第百五十六話 異世界
………………
あれ……?
気がつけば、俺は見覚えのある真っ白な空間にいた。
俺はどうして……確か自分のトラックに……
「そう、君はあのドンギヴこと千村敦也が押し出したトラックに跳ねられたんだ」
そこには小学生位の男の子が立っていた。
俺にとって忘れられない顔。
俺を異世界に送った張本人、『神様』だ。
「あ……どうも、お久しぶりです神様……ってか俺ってまた死んだんですか?」
流石に俺も異世界で自分のトラックに跳ねられるとは思いもしなかった。
「いや、伝えたい事があってね。意識だけ来て貰ったんだ」
「はぁ……」
その言葉に安堵と不安の入り混じった声が出る。
「いや、気が付いたら元の世界の病院のベッドの上で、医者に『いいですか、落ち着いて聞いて下さい。あなたが事故に会って五年が経ってます』なんて言われたらどうしようかと」
「心配性だねぇ、君の身体は今もってあの世界にあるから安心していいよ」
「まぁ、それなら良いんですけどね」
「まずは君のお陰で君が今いる世界樹はすごくいい成長をしてるよ。ありがとう」
「はぁ。自分では余り自覚無いですけどね」
「お陰で僕の徳も随分上がってね。新たな世界樹の管理を任されたんだ」
「はぁ」
この場合誰に何て聞いてはいけないのだろう。
何となく嫌な予感がしてきた。
「そこで君に……」
「ちょっと待った! まさかこのまま別の世界に飛ばされるとか!?」
「いやいやいや、話は最後まで聞いてよ。確かに君の腕を見込んで別の世界樹の世話を頼みたいんだ」
「いやいやいや、折角良い所まで行って眷属も一杯増えたのにそれを捨てろってのはちょっとどころじゃなくかなり酷くないですか?」
「だから神様の話はちゃんと聞いてよ。君を代行者から使徒に格上げしようと思うんだ」
「使徒? ですか……」
俺の脳裏に一世を風靡したアニメの敵役の姿が思い浮かんだ。
おおよそアニメに縁のない同僚の運転手が突如そのアニメのヒロインの名前を連呼するので何事かと思えばパチンコが大当たりした話を思い出していた。
「ああ、能力が拡張されて限定的だけど世界樹間を行き来する能力が与えられるんだ」
「それって……元の世界にも?」
「ああ、行けるのは元の世界、今の世界。そして行ってもらいたい世界。この三つの世界を自由に行き来できる。あとおまけで眷属たちも『転送』が使えるようになるよ」
「眷属とか普通の人を連れていくことは?」
「君は優しいねぇ。転移は移動門の形だけど君が望んだモノは全て通れるよ。あのティティフみたいにあまり大きなものは無理だけどね」
「まぁ、優しいってかやっぱとち狂ってあんな大それた事企むのなら送り返してやればいいかなぁって」
「それが優しいという事なんだけどね。まぁその気持ちが、結果的に世界樹をここまでにしたんだろうけどね」
「はぁ……」
俺にはサッパリ分からなかった。
そもそも世界樹の概念すら良く分かっておらず、何をどうすれば成長に寄与できるのかすら分からない。
やった事と言えば人助けの延長で何時の間にか一国の王となり、大陸の覇者となり、挙句に魔王だなんだと恐れられた事だ。
「うん、確かにそう思うのはもっともだね」
神様は俺の思念を読んだように頷いた。
「できれば説明が欲しいんですが」
「うーん、難しくなるから簡単に言うとあの世界は魔素が停滞していてそれが世界樹の生育に悪影響を与えていたんだ。上に伸びる筈なのに横に広がって他の世界樹と干渉を起こしたりしたのさ」
白い空間が暗転し、俗にセフィロトの樹と呼ばれる物を更に複雑にした物が浮かび上がった。
神様が俺に分かりやすく表した世界樹の概念図だ。
下の部分が灰色に淀み、根の部分が横に広がって隣の世界樹の根に干渉している。
俺の脳裏にドンギヴの言っていた言葉が思い出された。
「そう、あの千村敦也はそういった点では稀有な才能の持ち主だったね。でも結局『蒼太陽』が成功しても時空を抜くことは不可能なんだけどね」
「それは、俺にその能力が無かったからでしょ?」
「その通り。それは一種の安全装置なんだ。でも神の使徒になったらその安全装置は無くなるから、その点は注意して欲しいな」
「はぁ……それで俺は結局何をどうしてどうなったのですか?」
「君の功績は沈滞していたあの世界の魔素を活性化させた事だよ」
「沈滞した魔素の活性化?」
「君の生み出した様々な魔法、ゴーレム、魔導回路。それらを駆使して数年で五大陸中三大陸での戦争。これらが急速に沈滞していた魔素をかく拌して拡散させたんだ。そうする事で魔素は連鎖的に活性化し始めた」
「じゃあ『蒼太陽』とか使ったのが良かったと?」
神様の背後に、今まで俺とシェアリアやエルメリア、ウルマイヤ、クリュウガン姉妹が魔法を使うさまが浮かび上がる。
「君の魔法は勿論、眷属の使う音階式詠唱、あれが素晴らしいね。魔法文化の発展があの世界の魔素を活性化させる鍵なんだ」
「魔法が鍵……ですか」
「本来あの世界はもっと魔法文明が盛んになっているはずだったんだ。でも彼らは自ら一部の魔法を封じてしまった」
「ああ、土魔法ですか」
「そう、結果魔素の均衡は崩れて活性化が停滞してしまったんだ。沈滞した魔素は負の要素しか生まない。良い例が出生率の低さと出産病さ」
「ああ……」
確かにあの世界の出産率、というか受胎率は異常だ。
女性の出産は生涯に一度あるくらい。
血の繋がった兄弟は珍しく、双子に至ってはほぼ皆無。
更には出産した女性は高確率で出産病という病を発症し、治癒魔法はおろか蘇生魔法すら受け付けずに死んでしまう。
シェアリアやウルマイヤが原因究明に取り組んでいたが、結局魔素の沈滞が原因だったわけだ……
「それが僅かの期間でここまで持ち直したんだ。実に素晴らしいよ」
世界樹の下の淀みが薄くなり上に伸び始めている。
「なるほど」
図に示されてようやく俺にも理解できた。
「そんな訳で君の手際を見込んで一つ使徒として頼むよ」
「いやぁ確かに凄い能力ですが、個人的に欲しいかっていうと微妙だし、今の世界でまだやる事一杯あるし」
少なくともセネリ達アルボラスの民の土地の奪還はしてやりたいよな……
「うーん、弱ったなぁ。他に適任者がいないんだよなぁ、弱ったなぁ」
『神様』は大げさに悩む仕草を見せる。
「あーそんなどこかの配車係みたいな事言わないでくださいよ。分かりました。やります! やらせてください!」
トラウマを抉られて、俺は思わず首を縦に振ってしまった。
これじゃ運転手やってた頃とあんまし変わらないじゃないかよ……
ふとエルメリアやワン子達の顔が浮かんできた。
いや、そうだな……あの頃とは全然違うな……
何の夢も希望も無く、ただ牛丼を食べてテレビを見て寝ていたあの頃。
以前エルメリアは彼女達に夢と希望を与えたと言ったが、俺も彼女達から夢と希望を与えて貰った。
俺もまた、彼女たちに救われていたのだ。
帰ろう……彼女たちの元へ……
彼女たちがいればどうにかなるだろ……
俺の顔つきが変わるのを見て、神様は満足そうに頷いた。
「うん、君なら絶対引き受けてくれると思ったよ。それじゃ頑張って」
「それは構わないですが、何か連絡手段欲しいんですが」
「そうだねぇ、じゃあ『叡智』に連絡路を設けておくよ。君たちの世界でSNSみたいな形にしておくから」
「はぁ、じゃあ宜しくお願いします」
そう言った俺の視界が急に白くなっていく。
「……テの裏能力もそのままにしてあるからね……」
最後に神様が言った言葉は、俺にはよく聞き取れなかった。
そして俺の意識は沈んでいった。
「ご主人様! ご主人様! ごしゅじんさまあああっ!」
ワン子の泣き声が耳に響き、俺は目を開けた。
「ん……あれ?」
俺の周りに十六人の眷属達が集まって泣いている。
真っ先にワン子とエルメリアが抱きついてきた。
「良かった! 目を覚ました! ご主人様あああああ!」
「ちょ、ワン子苦しい、ウブっ! エ、エルメリア! 息が出来ん!」
「心配したんですよっ! うわあああああん!」
だめだ相変わらず聞いてねぇ……ってかエルメリアのこんな物言いは初めて聞いたな……
「と、取り敢えず状況確認だ、クフュラ、説明してくれる?」
二人を引き剥がした俺は、脇でベソベソと泣いてるクフュラに尋ねた。
「は、はい、あの男が『とらっく』をお兄様にぶつけたようで……息も脈も無い状態で……一同……うぐっ、えぐっ、良かったですぅ」
見ればドンギヴが地面に転がっている。
眷属の誰かに殴り倒されたのだろう、死んでいるかのようにピクリとも動かない。
その脇でルナプルトと、ウルマイヤが蘇生して連れてきたカイシュハが寄り添いながら呆然と俺達を見ている。
「ああ、心配掛けたなみんな。もう大丈夫だ」
「うっ……か、回復魔法も蘇生魔法も効かなくて……一体……何が……」
余程魔法を使ったのか、ウルマイヤが少しやつれた表情で涙ぐみながら訊ねた。
「死んだ訳じゃない、ちょっと神に会ってきたんだ」
「か……神にですか」
「ああ、新しく使命を言い渡されたよ」
「そ、それはどのような」
セイミアが手巾で目じりを拭きながら尋ねた。
「その前にみんな集まってくれ」
俺は眷属達を集めた。
「どこかに転送するのですか?」
ファムレイアが心配そうに尋ねる。
「まぁ見てろ、『天国門』」
一同の前に魔方陣にも似た光の門が現れた。
「あ……ぅ……」
気が付いたドンギヴ・エルカパスの目の前には、降り注ぐ太陽の元、きらめく海とテレビ局の建物。彼方には高層ビル群が映っていた。
何かのイベントをやっているらしく、大勢の人波と彼らを整理する警備員が見える。
「こ……ここ……は……」
だがドンギヴ……千村敦也の脳裏にはあの忌まわしい出来事が蘇る。
俺が『疑地獄』と呼んだ正に偽りで塗り固められた地獄。
「ひゃあああああああっ! まっまたっ! またぁあああっ!」
突如悲鳴を上げた千村が頭を掻きむしる。
「やめろぉ! ダイゴォ! 止めてくれぇ! ここから出してくれぇ! 帰せ! 戻してくれ! 元の……元の世界にぃぃっ!」
奇声を聞いて警備員が駆けつけてくる。
「ちょっと、どうかしましたか?」
千村には中年の警備員の顔が俺に見えたのだろう。
「ひぃぎゃああああっ! いやだああああああっ! くっ! 来るなぁ! 触るなぁ!」
脇にあったパーテーションポールを掴むなり、それを警備員に振り下ろした。
「ぐあっ!」
辺りに鮮血が飛び散り、警備員が頭を抱えてうずくまる。
通行人の悲鳴があがった。
「お、おい! お前!」
周囲にいた警備員が続々と駆けつけてくる。
「ひっ! ひぃぃぃぃっ!」
血を流す警備員を見て更に悲鳴をあげながら、千村は道路に逃げていく。
「お、おいっ!」
千村の目に走ってくるトラックが映った。
「僕を! 僕を帰してくれぇ!」
そう叫んでトラックの前に躍り出る。
つんざくようなタイヤのスキール音が響く。
「バッカヤロー! ふざけんなぁ!」
寸での所でトラックは急停車し、すかさず窓から身を乗り出した運転手の怒声が響いた。
「テメェ見てぇなアホでも轢けば高くつくんだ! ……あ?」
運転手は千村が応援の警備員に取り押さえられるのを見て呆然とした。
「轢いてェ! 僕を轢いてくレェ! 帰るぅ! もっ元の世界ぃぃぃっ!」
「何を言ってるんだコイツ……ヤバイぞ」
「とにかく早く警察と救急車を!」
程なくサイレンの音と共に数台のパトカーが駆けつけ、千村敦也は連行されていった。
「通り魔らしいよ……」
「やだわ……」
そう話す野次馬の後方で、俺と眷属達はその一部始終を見ていた。
「折角ご主人様が元の世界に連れて来たってのに、あの男は何考えてる……にゃ」
「さぁなぁ……怖い夢でも見てたんだろ? さて戻るか」
「「ええっ!!」」
眷属全員から驚きと否定の混じった声が上がった。
「あんだよ? ドンギヴを戻したらすぐ帰るって言ったじゃん」
「それはそうですが、折角ご主人様のいた世界に来たのです。色々見たいものや食べたいものがありますわ」
「いや、それはまた今度に……まだアーメルフジュバの後始末も……」
そう言った俺の腕を、シェアリアがガシッと掴んだ。
「……おねがいご主人様、買いたい同人……書物が一杯あるの……何でもするから」
今同人誌って言い掛けたなコイツ……
「私もぜひ行ってみたいところがあるのだが。そう、海辺のテーマパークとか」
そう言って手を挙げたメアリアに続いて、眷属全員が手を挙げる。
「何かしらあの人たち」
「コスプレの参加者か何かか? 剣とか持ってるし」
「動画配信じゃないの?」
流石に異質な風体の俺達に、ドンギヴが連行される様を見ていた野次馬の視線が集まりだしてきた。
警官に職質でもされたら面倒だからな……。
何しろ俺は行方不明者で眷属たちは身元不明の異世界人だ。
捕まりでもすれば大騒動は避けられない。
「わかったわかった。だが今は持ち合わせが無い。ちゃんと準備してからだ」
あの世界に行った時の俺の所持金は一万五千円程。
眷属達の願いを叶えるなら、適当な宝飾品でも持ってきて換金するしかない。
「絶対ですわ! 約束ですわ!」
エルメリアが絡めた小指をちぎれんばかりに振る。
「わーかったって! 指がもげる! とにかく帰るぞ! 『音響弾』!」
パパーンと大きな音が響き辺りの人々は皆音のした方を見る。
だがそこには何もなく、人々が視線を戻すと、そこにいた奇妙な一団――つまり俺達は綺麗に消え失せていた。
東方バンゲルド大陸辺境の弱小国家シルカス。
数年前より突如大陸に侵攻を開始した魔帝国ゲヒディウスにより、今まさに滅亡の危機に瀕していた。
そのシルカスの王都ボルヒンガの王城の中庭。
そこに美しい三人の姫が祈りを捧げている。
既に王城は十万の兵に包囲され、国王自らの指揮の元、必死の籠城戦が繰り広げられていた。
「伝説の英雄神ゲナヴよ、どうか我が願いをお聞き届け下さい。この国を、民を邪悪な魔族の手からお救いください!」
太古に国を救ったと伝えられる英雄神ゲナヴの像の下、第一王女であるルティリアの祈りの声が響く。
そこに兵士が息を切らせながら駆け込んできた。
「姫様! ここはもう駄目です! お逃げください!」
「何を言うのです! ここで私が退けば兵達の士気に!」
「しか……ぐはっ!」
兵士の胸から剣が飛び出し、血を吐いて倒れた。
その背後から人型ではあるが明らかに人とは違う姿がのっそりと現れた。
「ああっ!」
「魔族め! もうここまで! マルシル! ルティリアを護るぞ!」
「分かったわ! セルトーラ!」
「ブッフッフゥ! 王女ルティリアだな! 大人しく魔王ヴォギュボルオ様の贄となって貰おうか」
「だ、誰が魔王の花嫁などに!」
「ブッフッフゥ、国王も既に討ち死にし、残った王族はもはやお前ら三姉妹だけだ」
紫色の異形の顔が醜悪に歪みながら嗤った。
「そんな! ああ……」
その言葉にルティリアは膝から崩れ落ちる。
「おのれ! ルティリア! 早く逃げろ!」
「ここは私達が!」
「そんな……」
「喰らえ! シュピンガーゲル!」
「アレナ・シスレイウ・ストロンドガ・セロニガスカ!」
鎧姿の女剣士セルトーラの斬撃と魔法使いマルシルの火魔法が魔族に放たれる。
「ぐははははっ! 蚊ほども感じぬわっ! ぐりゃあっ!」
巨大な包丁にも似た剣のひと薙ぎが攻撃もろとも二人を薙ぎ倒した。
「あうっ!」
「きゃああっ!」
「セルトーラ! マルシル!」
「ぐっ……ルティリア……逃げ……ろ……」
「に……逃げ……て……」
「グハーッハッハッハァ、魔王様はお前一人を無傷で連れてこいとの仰せだからなぁ、コイツらはどうしても構わんよなぁ」
「あうっ!」
「ヒィッ!」
動けない二人が踏みにじられて悲鳴をあげた。
「ま、待ちなさい!」
「あーん? 聞こえねぇなぁ。王女様はお口の利き方も知らんようだ」
「くっ……お、お待ち下さい魔族様!」
「魔族様、じゃねぇ! 俺様は魔王様の一の臣下、魔将軍ブブルヴェグ様だ! 言い直せ!」
「うぅっ……ブ、ブブルヴェグ様、どうかその者たちの命だけはお助けください」
「ブーフッフッフ! これは愉快! 先頭きって我々魔族を征伐するなどと息巻いていた王女が命乞いとはなぁ」
「な……なぜそれを……」
「簡単な事よ、ソンガ大臣とか言ったか? 奴は長年我々の協力者だったのよ。まぁ今はその辺の森の下に埋まっているがなぁ」
「そんな……」
忠臣と思っていた大臣の裏切りと死を知らされ、ルティリア王女の顔に絶望の色が浮かぶ。
だが魔族の将ブブルヴェグは更に追い打ちを掛ける。
「よし、それじゃ跪いて服従の証として俺様の足を舐めろ」
「なっ!?」
「な、じゃねぇ!」
「がふっ!」
倒れていたマルシルの腹に重く太い蹴りが入る。
「マ、マルシル! やめて下さい!」
「フン、さっさと舐めねぇからだ」
「な、舐めます! 舐めますか……」
「ひぎぃっ!」
今度はセルトーラの腕が踏みつぶされ、ボキリと折れる音と悲鳴が同時に響く。
「セルトーラ! どうして!?」
「舐めさせて頂きますだろうが! お前本物の王女かぁ? 躾がなってねぇなぁ」
「あ……な、舐めさせて……いただき……ます……ううっ」
そう言って顔を伏せたルティリアの瞳から涙が溢れ落ちる。
「仕方ねぇなぁ王女様のお頼みとあっちゃ。オラ、早くしねぇとコイツら死んじまうぞ?」
ルティリアが足元に跪くのをブブルヴェグとその配下はニヤニヤと笑いながら見下ろしていた。
ルティリアの目に、ブブルヴェグの薄汚れた足の下に踏みにじられ、今にも絶命しそうなセルトーラが映る。
……ああ、神様……どうかお救いください……せめてこの二人を……
だが、目をつぶって伸ばした舌の先にブブルヴェグの足はなかった。
「がばっはぁっ!」
「おーナーイスタイミング」
突如響いた聞きなれぬ声にルティリアが目を開くと、彼方の魔族たちの群れと共にブブルヴェグが短い脚をV字に開脚させた状態で倒れていた。
ルティリアが振り返り見上げると、そこには黒髪の見知らぬ男が拳を突き出した姿勢で立っていた。
「綺麗な女性がきちゃないものを舐めちゃあいかんなぁ」
俺はルティリアに笑顔で言った。
「あ……貴方様は……英雄神ゲナヴ様で?」
「いや、俺の名前はダイゴ・マキシマ。神の代行者……改め神の使徒だ」
そう言った俺の背後、ゲナヴ像の辺りに光り輝く門が浮かび上がっている。
そこから次々と美しい女達が湧き出してきた。
「か……神の……あ、ああああ……お、お助け下さい! 我が国を! 我が民を! どうか!」
目の前で突如起こった信じられないような出来事にルティリアは身を震わせて懇願する。
「随分懐かしい状況だな」
「……涙が出そう」
俺の後ろに立ったメアリアとシェアリアが、かつての自分達を思い出してしみじみと言った。
エルメリアが進み出て跪いてるルティリアの手を取った。
「このお方はあなた方のみならずこの世界に平穏をもたらすためにやって来ました。もう安心ですよ」
「あ……ああ……ありがとう……ありがとうございます……」
そのにこやかな顔にルティリアの双眸から涙が流れ落ちる。
ああ、私もあの時はこんな顔をしていたのですね……そして……
その間にもウルマイヤが倒れている二人に治癒魔法を掛ける。
「なななななんだ! 貴様は!?」
無様に殴り飛ばされて白目を剥いて昏倒していたブブルヴェグがようやく立ち上がって喚いた。
「あー、もう死ぬ奴に説明すんの無駄だからパス」
俺が面倒くさそうに手を振る。
「ふざけおって! やれ! 八鬼衆!」
ブブルヴェグは配下で武勇の誉れ高い八人の配下に命じた。
だが反応がない。
「ん? 何を……なぁっ!?」
振り返ったブブルヴェグの目に映ったのは、『転送』で瞬時に移動したメアリア達に剣で刺され、寸刻みにされ、頭部を殴り潰され壊滅したばかりの八鬼衆の姿だった。
「い、いつの間に……」
「あれ? もしかしてこれが八鬼衆っての? 何か歯ごたえ無いなぁ」
コルナが心底がっかりした声を出した。
「な? な……が……い、いい気になるなよ? 城の外にはまだ十万の兵がいるんだ。貴様らに逃げ場はないぞ?」
「いや、どうやってここに来たかを考えれば普通そういう台詞は出てこんが、魔族ってひょっとして頭悪ぃのか?」
「何だと!」
「まぁいいや。えーっと十万だっけ? シェアリア、スミ、ファム」
「……任せて」
「「畏まりました」」
クリュウガン姉妹がそれぞれ黄と赤の魔法陣を展開して叫ぶ。
「殲滅魔法! 『雷電爆撃』!」
「殲滅魔法! 『豪炎爆嵐』!」
上空と大地にそれぞれ黄と赤に輝く巨大な魔法陣が浮かび上がる。
次の瞬間、眩いばかりの白光が両翼の魔族達に降り注ぎ、大地から赤く輝く炎が噴き上がる。
更にシェアリアが緑に輝く魔法陣を浮かび上がらせた。
「殲滅魔法! 『擂潰颱風』!!」
突如巻き起こった巨大な竜巻に魔族の兵たちは巻き上げられ、光と化して消えていく。
「なっなっななななななななぁっ!!!!」
それまで天を覆っていた暗雲が跡形もなく吹き飛び、澄んだ青空の下、城の外を埋め尽くすがごとく包囲していた魔族達が跡形もなく消滅していた。
「ハイ十万消えた。何だ、魔族って言うから期待してたのに大した事ないなぁ」
俺も残念そうに首を振る。
「ふ、ふざけるな! 何だオマエ! 何者だ!」
「ああん? さっき言っただろうが。神の代行者改め神の使徒って。耳悪いんか? このアホ魔族は」
「ぐ、ぐうう! あ、アホではないっ! わ、我は魔王ヴォギュボルオ様の一の臣下、魔将軍ブブルヴェグだぁっ!」
ブブルヴェグが巨大な剣で斬撃を送ろうとする。
「あっそ。『幻滅』」
そう言って俺はブブルヴェグの斬撃よりも速く間合いに踏み込み、その拳でブブルヴェグの頭部を瞬時に打ち砕く。
だが俺が拳を引いている間にブブルヴェグの頭部は瞬時に修復される。
ブブルヴェグの力では無く、俺が修復したのだ。
一瞬で生き返ったブブルヴェグだが、次の瞬間放った俺の一撃が心臓を破壊し絶命する。
そしてまた俺が拳を引くとブブルヴェグは一瞬で生き返る。
俺の拳や蹴り一発一発がブブルヴェグに生死を、厳密には死の苦痛と恐怖だけを与え続ける。
「……! ……! ……! ……! ……! ……! ……! ……! ……! ……! …………」
声すらも出せず、ブブルヴェグはひたすら死に、生き返った。
次第に身体全体が弛緩し、顔が白目を剥いて舌を伸ばしたままになる。
やがて俺の攻撃が止まった。
「ひぴゃああああああああああああああああああっ!!!」
途端にブブルヴェグが姿に似合わぬ悲鳴を上げて失禁しながら崩れ落ちる。
「やっ止めちぇえぇっ! も、もう殺しゃないでぇっ! 生き返らしぇないでぇっ!」
「何だ、魔族ってこんなもんなん? 目からビームとか出ないん? ちょっと出して見せてよ。ホラ」
俺が意地悪そうに追い打ちを掛ける。
「ひぃぃぃぃぃっ! で、できまっしぇぇん びーむだせまっしぇん!!」
「はぁ、まぁいいや。取り敢えずお前には色々謳って貰うぞ。『自白』」
「あぎゃおんんぺぇぇぇええぇっ!」
豪勇でその名を轟かせた猛将ブブルヴェグは、身体中のあらゆる穴から色んな汁を吹き散らかしながら、この世界の事や魔王の事を残らず喋った。
「も……やべ……て……」
最後はだしがらのように文字通り真っ白になって動かなくなった。
セルトーラとマルシルはその様子を震えながら抱き合って見ていたが、ルティリアは顔を上気させて潤んだ瞳で俺を見つめている。
「ご主人様、付近の魔族とやらは一掃されました」
「この後は如何いたします?」
ワン子とエルメリアが恭しく聞いてきた。
「そうだな……」
俺は空の彼方を見上げた。
他の眷属達もじっと俺を見つめ、ルティリアたちもそれに倣っている。
「取り敢えず……メシかな?」
これにてこのお話は完結になります。
長い間のご愛読、応援まことにありがとうございました。
次作も引き続き応援をよろしくお願いします。





