第百五十一話 怪異
――アーメルフジュバ市街
延々と続く防波堤のような魔導防壁に添うように聖剣エネライグを担いでコルナが走る。
「アルシュナの奴上手くやってるかなぁ」
「おや、ご心配ですか?」
「そりゃぁ……ってち、違うよ! セバスティアン! ボクはあくまでこの作戦が上手くいくのにアルシュナが足を引っ張らないか気にしてるだけだからね!」
「ほうほう、左様でございますか」
「うーっ!」
「コルナ様、唸りをあげるのは宜しいですがそこの角が指定の場所でございます」
「本当? よぉっし!」
「ですが……」
「うわっ!」
コルナの眼前には二百人程の魔導兵と二十体の鋼魔兵が待ち構えていた。
「ハァーッッハッハッハァ! 待っていたぞ! ボーガベルの犬め!」
腕を組んで黒と紫の対魔鎧を付けたガイツが中央で高笑いする。
「なぁんだ、馬鹿兄弟の長男かぁ。お呼びじゃぁ無いんだよね」
そう言ってコルナは聖剣エネライグを構えた。
「ふん、ガーグナタの属国アロバのエセ勇者が偉そうにほざきおってからに」
「へっへーん、残念でした。今のボクはボーガベルの勇者コルナだよ!」
「同じ事よ! 掛かれ! コイツを捕らまえ……いや、八つ裂きにしてしまえ!」
ガイツの命令一下鋼魔兵を先頭押し立て、魔導兵たちが殺到する。
各々手に持った魔槍剣で呪文の詠唱を開始していた。
「そりゃあっ!」
先頭の鋼魔兵が重槍剣を振りかざし斬り込んでくるのを、コルナは構わずにエネライグを振り上げ受け止める。
「今だ! 放て!」
魔導兵の隊長の号令で一斉に火弾が鋼魔兵と対峙しているコルナに撃ち込まれた。
たちまち鋼魔兵ごとコルナは炎に包まれる。
「やっ……?」
快哉をあげようとした隊長は直後炎から飛び出してきたコルナに真っ二つに叩き切られた。
最後に見たのは炎の中斜め斬られて崩れ落ちる鋼魔兵の姿だった。
隊長を斬り飛ばしたコルナはそのまま吹き飛ぶように魔導兵達に突っ込み、エネライグを薙ぎ振るう。
「あっついなぁ!」
口を尖らせながらコルナがエネライグを振るい、三人の魔導兵がその一挙動で跳ね上げられるようにふきとばされた。
「バ、バケモノか!」
そう口にした魔導兵も次の瞬間、エネライグに振り回されるように踊り込んできたコルナに逆袈裟の様に斬られる。
「こ、鋼魔兵は何を……うがぁっ!」
鋼魔兵もコルナに斬り掛かろうとするが、速い動きのコルナを補足できないでいた。
だが、目の前で部下が次々と屠られる様を見てもガイツは口元に笑みを浮かべていた。
更には全身をカタカタと武者震いの如く震わせている。
「クックック……そ……そうで無くてはナ……」
「!?」
突如吹きあがった異様な気配にコルナは最後の魔導兵を斬り上げるとそのまま跳んで間合いを取る。
ガイツの様子が明らかにおかしい。
「なんだ……コイツ……」
「貴様……ギ……ギザマラぁ……ガ……ガベハ……」
よく見るとガイツの鎧の首筋にあった二本のガラス状の筒から赤い薬液が注入されている。
「な……なんだ……アレ……」
「コルナ様、あれはワテクシが推測しますに、マスターの世界での薬液注射に類するものかと」
「ご主人様の? 薬液注射? 何さソレ……」
「恐らくコルナ様であれば泣いて嫌がる類の物かと」
「うへぇ……」
そんなやり取りをよそにガイツの身体が徐々に膨らんでくる。
サダレオとドンギヴがガイツ達に施した最後の強化策。
それが只人族を獣化させる魔水薬の注入だった。
「くぉ……コココ……コンドォ……こそ……ギザマラ……ミナゴロシィ……」
「冗談じゃぁないよ!」
コルナはその場から跳躍し、全体重を乗せてガイツに斬り掛かる。
だが、カキンという乾いた音と共にガイツは素手でコルナの剣を受け止めた。
「な!?」
「ウバァッ!!」
エネライグを握ったガイツがそのままコルナを壁に投げつけた。
「ぐぅっ!」
凄まじい破砕音と共にコルナが激突した壁が崩壊する。
濛々たる土埃が巻きあがった。
「ゴ……ゲ……ゲバババァッ!」
既に元倍以上に膨れ上がり、顔も赤い表皮が浮かびあがった異形の姿になったガイツが高らかに嗤う。
「ちょっと待ちなよ……まだ勝ったと思われたら困るなぁ……」
「ガッ……ガガァレェッ」
瓦礫の中から這い出てきたコルナを認めたガイツは鋼魔兵に指示を送る。
残る四体がコルナに斬り掛かろうとする中、一体の鋼魔兵の頭をガイツが掴む。
「ゴゴゴォォォォン!!」
そのまま鋼魔兵の頭を引き抜くや、その身体をコルナ目掛けて投げつけた。
「うわっ!!」
斬り掛かった鋼魔兵をかわした直後に飛んできた首無し鋼魔兵の直撃を受けてコルナが再び壁面に叩きつけられる。
「げふっ! がふっ!」
崩れ落ちた瓦礫の中、コルナのむせ込む声が響く。
「コルナ様? 如何なされましたか? バイタル値は正常でございますが」
「ううーん、ちょっと頭に来ちゃったなぁ……」
瓦礫の中の声目掛け、鋼魔兵が一斉に突き潰しに掛かる。
「うりゃあっ!」
瓦礫ごと鋼魔兵が弾き飛ばされ、煤けたコルナが現れた。
「ま、まさかまたワテクシを飛ばすのでは……」
「ああ、アレを使うからそんな事はしないよ」
「左様でございますか……って、アレとはまさか……!」
「来たよっ!」
斬り込んできた二体の鋼魔兵の槍剣をかわしつつコルナはその両腕を斬り飛ばした。
そのまま宙に飛んで二体の頭部も斬り飛ばす。
「!」
その間隙を縫ってガイツが突き込んでくる。
「コイツ! 意外とすばしっこい!」
「ガハババババババハハァッ!」
最早人の言葉すら満足に話せなくなったガイツは着地するや、脇に倒れていた鋼魔兵の足をひっつかむとそのまま力任せにコルナに投げつけた。
「このぉ! そう何度も何度も!」
腰だめに構えたコルナはエネライグを薪割の斧のように振るうと飛んできた鋼魔兵を真っ二つにし、そのままガイツに斬り掛かる。
「オガアアアァッ!」
再びガイツがエネライグの剣身を掴む。
その機をコルナは逃さない。
「セバスティアン・ロケッタァァァッ!」
「エエエエエエエエエエェェェェェェ!?」
「ガバアアアアアアアアァァァァァァ!!」
射出されたセバスティアンとガイツの悲鳴と雄たけびが少し先の建物にぶち当たって崩れ落ちる。
「『撃魂霊刀』!」
すぐさま柄から煌く光の刀身を噴出させたコルナは、残った二体の鋼魔兵を瞬時に両断した。
「ボッゴワァァァッ!」
怒りに目を真っ赤にしたガイツが握っていたエネライグの刀身を振りかざしコルナ目掛けて駆けていく。
「あーそこの者。 ワテクシ、コルナ様にお仕えする支援剣身セイバースティアン、略してセバスティアンと申します。誠にあいすみませんがその手を即刻離していただけませんでしょうか? いえ、例えワテクシ捕虜の身となれど、主であるコルナ様に己が刃を向けるなどと云う事はこれ、万死に値する所業でございまして」
だが当然のことながらガイツは全く聞いてはいない。
その視線の彼方に足を広く開き、後ろに反るように剣を構えたコルナがいた。
「コ、コルナ様? ま、まさかそれは……」
「セバスティアン、ちょっと我慢しててね」
そう言ったコルナの握るエネライグの柄にはまった魔石が輝きを増していく。
「ガオアアアアアアアアアッ!」
握りしめたセバスティアンをかざしてガイツが跳んだ。
コルナが握ったエネライグの光の奔流が増していく。
師匠ドルスから教わった絶対無比の必殺剣。
だが、自らは闇に囚われ、ニセモノの聖剣でダイゴに放った時は脆くも砕け散った。
……この剣なら! 今のボクなら!
「『星崩し』ッ!!」
次の瞬間、ガイツは強大な剣気の濁流に飲み込まれた。
その濁流は次々とその身体を削っていく。
ガイツは必死に身体を再生させるが追い付いていかない。
剣身を握った手がボロボロと崩れ、剣身は何処かに吹き飛んだ。
だがガイツにはそれを気にする余裕など全くない。
身体が無数の剣戟で突き崩されていくようだった。
「ガッ! ガガッ! ガァ……」
喉が突き崩されたのか悲鳴も途切れた。
シ……ヌ……?
ガイツの残された意識が最後にそう思った直後。
その身体は星の煌きのように輝きながら宙を天に向けて吹き抜けていった。
その頃、別の制御呪紋盤を目指し、緑の大きなツインテを揺らしてアルシュナが駆けていた。
「魔導……そろそろの筈です。あのうっかり勇者はちゃんとやっているでしょうか……」
「おい! そこの!」
コルナの事を考えていたアルシュナに魔導兵の声がとんだ。
「いけないです! 余計な考え事をしていたら見つかったです!」
言うやアルシュナは魔導兵たちの頭上に高々と跳んだ。
「いりゃぁっ!」
魔導兵たちが頭上を見上げる間でもなく猛烈な勢いで飛んできたアルシュナの二本の足が魔導兵たちの頭蓋を兜ごと粉砕し、着地するや強烈な肘打ちが残りの魔導兵を弾き倒す。
そのまま跳ねるように跳び、彼方に着地するやまた一目散に駆けていく。
残った魔導兵達には目もくれない。
制御呪紋盤のある塔の前にはやはり魔導兵と鋼魔兵が待ち構えていた。
そして……。
「むう、な、なんだ……バロルガッセの小娘か……つつつつまらーん!」
地団太を踏む様に待ち構えていたオゲラーが叫ぶ。
「誰かと思えば私をさらった変態筋肉バカですね! 過日の! そしてデマジュルを滅ぼしてくれた礼をさせてもらうです!」
怒りの目つきでアルシュナは両こぶしを合わせた。
あの男のにやけた顔。
成す術無く捕まり、竜の炎に焼かれるデマジュルを見せられた。
あの日の悔しさは今でも忘れない。
そしてダイゴによって救われた。
伝説の魔王は実在した。
目の前で自分の父母を蘇らせたのを始めとした、振るう数々の権能はまさに魔王と呼ぶにふさわしい。
魔法、魔闘技など全ての魔導に連なる技の頂点に立つ者、魔王。
子供の頃からの憧れであった魔王の花嫁の末席に半ば強引とは言え自分も加えさせてもらった。
それに見合う働きを見せねばならない。
金色の光を放つ『神の拳骨』の向こう側でオゲラーが天を仰いで叫ぶ。
「ううううう! 足りぬ! 貴様の如き小さなものではこの俺様の猛り狂う俺の欲望を鎮める事などできぬわぁ!」
「言ってることがまるっきりおぞましい事この上ないです! この魔王様の奴隷姫アルシュナ・バロルガッセがその口と節操のない下半身に終止符を打ってあげるです!」
「ガハァーッハッハッハァ! おーもーしーろーいー! デマジュルが焼き尽くされるのをピィピィ泣いて見ているだけだった奴がぁあぎゃあおおおおおおおおおおおおっ!?」
大口を開けたオゲラーの笑い声が突然絶叫に変わった。
何時の間にか接近していたアルシュナの右こぶしがオゲラーの股間にめり込んでいた。
「調子こいて喋ってるんじゃないです!」
「おっ! おぅ! おおぅ! おほほほぉぉぉっ!!」
股間を押さえて悶絶するオゲラーを見下ろしながら壮絶な気迫でアルシュナが言い捨てた。
殴った右手はプルプルと振られている。
「きっ貴様ぁ! いつの間にぎはぁっ!」
「とりげほぉっ!」
「なでぃばはぁっ!」
周囲の魔導兵も口を開いた瞬間にアルシュナの拳か足先がめり込み、その場で一回転しながら倒されていく。
ようやく鋼魔兵が槍剣を構えて斬り掛かってきた。
振り下ろされた槍剣を無造作によけながら槍剣の横を蹴り上げる。
蹴り飛ばされた槍剣が別の鋼魔兵に突き刺さるのも見ずにアルシュナは己の右手に念を込める。
『神の拳骨』が反応して輝き始めた。
「喰らうです! 『雷管』!!」
その言葉に起応して右手の『神の拳骨』の魔石が白い輝きを放つ。
直撃を受けた鋼魔兵の体内に夥しい魔力を伴った白雷が流れ込み、一瞬で駆動用の魔石核が破壊され、鋼魔兵は煙を吹いて沈黙した。
「おおおおおお!」
雄たけびをあげながらアルシュナは次々と鋼魔兵に拳を叩き込み、破壊していく。
十アルワ程でその場の魔導兵と鋼魔兵は皆地べたに横たわり、動かなくなっていた。
「後は、制御呪紋盤……」
そう言った瞬間アルシュナは殺気を感じて上を見た。
頭上を巨大な影がその両手を振り上げている。
目が不気味に赤黒く光っていた。
「!」
人間離れした速さで振り下ろされた両手を辛うじてアルシュナはかわした。
「お前!」
にばぁっと涎がねとつくような笑いをしながらアルシュナを見たのは先程まで股間を押さえて悶絶していたオゲラーだった。
「そんな! 確かに潰したはずです!?」
「おっおおおおっ! オ、オメェ! モモモウユルザザザザネェ! 串ザシニシタママニシテヤヤヤルゥ!」
オゲラーの首にはまった注入首輪から獣化薬が注入されていく。
その身体が赤く染まった上にあちこちがボコボコと瘤の様に膨れ上がる。
見れば直撃を与えた筈の股間が前より凶悪になっていた。
「御免こうむるです!」
「オギャアアッガアアアアアアアッ!」
雄たけびとも悲鳴ともつかない声をあげてオゲラーが組んだ両手を振り降ろす。
アルシュナは寸でのところで避けるがそこへ拳の直撃を受ける。
「なっ!?」
オゲラーの背中の瘤が膨れ上がり、腕を形成していた。
その背中から生えた腕がアルシュナを殴りつけていた。
吹き飛ばされたアルシュナが石畳を割りながら転がる。
「ガバーッババババァッ!」
四本になった腕を振りかざしながらオゲラーが迫る。
「き、気色悪いにも程がある……です!」
片膝をついて立ち上がったアルシュナを四本の腕のラッシュが襲う。
「ガババババババババババァッ!」
リーチの長さは倍近くになっているのにスピードは倍に比している。
しかもそれが四本。
並みの人間ならまず避ける事は出来ないが、アルシュナは紙一重でかわし続ける。
「ガババババァッ! ドゴマデェガワゼラレルガナァ!」
「ううっ、喋っても気色悪です……しかしこのままでは埒があかないです」
そう言いながらも避けていたアルシュナだが背後の壁に退路を阻まれた。
「ボボボボ! ボラッダァ!」
四本の腕が素早く伸び、アルシュナの四肢をつかんで宙に持ち上げた。
「……」
「ブボォバァッハハッハァッ! ゴレデモウ身動ギドレマイ!」
既に顔も瘤で肥大化し、まるで恐竜の如き顔に変貌したオゲラーの口からダミ声が漏れるように響く。
「ゴノママ八ツ裂ギニジデヤロウカ? ソレトモブッ挿ジデヤロウガ? アアアン?」
「……」
さかさまにされて礼装がめくれるのも構わずにアルシュナは冷静にオゲラーを睨んだ。
「前ミダイニ泣ギ叫ベ! 許ジヲ乞エ! ゾジデ俺ザマニ犯ザレロ!」
オゲラーが大きな瘤を揺らして嗤う。
「あまり寝ぼけた事言ってるなです」
アルシュナがそう言い放つとオゲラーが掴んでいた『神の拳骨』が白い光を放つ。
次の瞬間その手は吹き飛び、アルシュナは身を捻って足を捕らえていた腕も粉砕する。
「アギャバアアアアアアア!」
四本の腕から血を吹き出しながら絶叫するオゲラーの目前で、アルシュナは一回転して着地した。
「うおおおおおおおっ!」
雄たけびを上げてアルシュナはオゲラーに無数の拳を叩き込む。
「ゴボボボボボボボボボべべべべべべべべべバババババババババ!」
「バロルガッセの! デマジュルの! 仇ですぅっ!」
例え生き返ったとしても死の恐怖と苦痛は消えはしない。
そしてあの美しかったデマジュルの街は失われた。
バロルガッセの民は多くの物を失った。
その怒りが拳となってオゲラーを打つ。
やがて最後の一発を叩き込んだアルシュナの前にはオゲラーだった肉塊が山のように鎮座していた。
だが……。
「オガガガガガガガガァァッ!」
肉塊の一部から口が開き、ボゴボゴと瘤が盛り上がっていく。
再び再生を始めたようだ。
「しつこいです。いい加減消えるです」
そう言ってアルシュナは右手を真横に開いて出した。
赤い魔法陣が浮かび上がり、魔素が集約されていく。
その間にも瘤の集合体は前よりも倍する大きさに膨れがって励起屹立していく。
その形はオゲラーの執念を反映したかの如く、まるで局部そのもの。
掌に溜まった赤く輝く光の玉を握るとアルシュナは瘤目掛けて跳んだ。
瘤からは何本もの腕が伸びてアルシュナを掴もうとするがアルシュナはその間隙を縫うや拳を叩きつける。
「『噴火』!!」
その言葉の直後、オゲラーだった瘤の肉塊の先端から火柱が噴き出した。
続いて瘤のあちこちから膿の如く赤い炎が噴き出していく。
「バボオオオオオオオオオオォォォォォォォン!!!!」
崩れた口から断末魔の叫びをあげ、炎に包まれた肉塊が崩れていく。
崩れた部分が再生しようとするが、その途端にそこから炎が噴き上がる。
やがて肉塊は徐々に小さくなっていき、最後は消し炭となって消えた。
「終わったです……」
ふと振り向くとコルナの向かった方で天に伸びる光の帯が見えた。
「うっかり勇者もちゃんとやってるようです……」
笑みを浮かべてアルシュナは踵を返すと制御呪紋盤のある塔へ向入って行った。
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次回をお楽しみに!





