第十五話 隠し街道
「帝国が動いたな」
鳥型疑似生物の念を受けた俺はエルメリアの庭園で花の種を植えていたエルメリア、ワン子、クフュラの三人に告げた。
前回の戦闘時に作った大量の疑似生物を監視網として周辺に配備していたが、一部は西部二都市奪還時に撤退する帝国兵を追わせて、帝国東端の都市カナレ周辺まで配置していた。
その疑似生物がカナレに大規模な兵団が到着した事を告げてきた。
「前回の戦いから僅かひと月ですか、早いですわね」
「多分、冬前にパラスマヤを攻略出来ると考えているのでしょう」
いつもの農民服姿のエルメリアの問いにクフュラが答えた。
ワン子もクフュラも市場で買った麻の上下を着ている。
「帝国もやっぱ冬は戦闘はしないもんなんだな」
「そうですね。寒さや雪等問題が多過ぎますから」
「そうなるとこのひと月を凌げば当分帝国は攻めてこないって訳だ」
「はい。それで来たのは何軍かは判りませんか?」
「俺はそこまではな。見てみるか?」
クフュラにとっては自分の兄弟の誰が来るのかは多少なりとも気になるのだろう。
『感覚共有』で疑似生物からの映像を見せる。
「やはりテオリア姉様の第六軍です。総数は八千二百十」
クフュラが即答した。
「そうか。取り敢えずシャプアに残りのゴーレム兵九百を送るか」
「それがよろしいかと」
エルメリアが頷く。
現在国境の街シャプアにはゴーレム兵百体を配備してある。
その他には衛兵が約十人程度。
こちらは治安維持が主な任務な為、戦力としての期待は殆どできない。
日課としてゴーレム兵を一日三十体以上作ったお陰で今やその総数は千体以上になった。
何体かは各州の州都に送ってあるが残り九百体はパラスマヤにある。
これをシャプアに送るとパラスマヤはメアリア率いる近衛騎士団五十とグルフェスの兵百余りのみとほぼ丸裸になる。
だがシャプアが抜かれさえしなければまず問題は無いという考えだった。
農作業を切り上げ、直ちに臣下が集められた。
俺の現在の立場は王国参与カイゼワラ州領主ダイゴ・マキシマ侯爵だ。
エルメリアの女王就任直後に正式に任命された。
参与と言う職は女王の補佐役として助言を与えたりする職だそうだ。
そしてこの世界は元の世界と違って爵位は士爵と侯爵の二種類しかない。
騎士は士爵で領主になると侯爵になる。
どちらかと言うとシステム的には日本の戦国時代とか江戸時代の封建主義国家に近い。
つまり騎士は武士で領主が藩主だ。
しかし参与だ侯爵だと言われても俺には全くピンと来ないな。
カイゼワラ州はボーガベル北部の広大な土地で唯一漁が可能な穏やかな内湾があるそうだ。
ここに決まったのは、元々は戦死したバルジエ将軍の領地だが将軍自体が余り領地経営に関心が無く、もっぱら代官任せだったそうで、引継ぎも無難に行えるとのシェアリアの判断だった。
近々視察に行く予定だったが、それどころでは無くなった。
会議場に何時もの面々とクフュラが集まった。
クフュラも侍女服を着せて連れ回しているのですっかり皆と馴染んでしまった。
元の世界では親の仇だ戦犯だと色んなしこりが残りそうなものだが、この世界、特に奴隷になった者に対してはそういうわだかまりはないのだろう。
あるいは単にクフュラの人徳だけなのかもしれないが。
会議は俺の集めたデータを基に、シャプア近郊での防衛戦をゴーレム兵団によって行う事、指揮はメアリアが行う事、そして軍監として俺が参加する事が決定された。
基本方針が決まり、グルフェス達が細かな段取りを確認し軍議は終了した。
直ちにゴーレム兵九百体をシャプアに向かわせる。
城門を出る為に市中を行軍するゴーレム兵に街の人は声援を送っていた。
帝国兵を退けたのは彼らだと思っているからだ。
城下の練兵場。
ここでまだあどけなさの残る少年少女達が木剣での訓練に励んでいる。
先の防衛戦でほぼ壊滅した軍を建て直す為に対象年齢を下げて徴兵した二百名だ。
軽装鎧に外套をたなびかせながら彼らを見守る凛々しいメアリアの姿は姫騎士の見本のようだ。
「で、彼等は物になりそうなのかい」
並んで見ていた俺が聞くと
「まだまだだろうな。しかし夏には物になって貰わないと」
と振り返り言った。
「さっきも言ったがゴーレムだけでも十分なのに」
「それは判ってる、だが流石に軍全部をゴーレムにする訳にはいかないだろ」
確かに全ての兵がゴーレムでは例えば敵地を占領した時等に不都合が出るだろう。
ドクロ顔ではコミュニケーションは最悪だ。
「バルジエ将軍がいれば問題なかったのだがな」
メアリアが遠い眼で言った。
「バルジエって前の兵団長の?」
「ああ、前も言ったが私の剣の師匠だ。この大陸で唯一『剣聖』を名乗る事の出来る人だ」
「それなんだが、それだけの人物がどうしてあっけ……」
そういった所でワン子がすかさず俺とメアリアの間に割って入った。
メアリアが剣の柄に手を掛けたからだ。
「いくらダイゴ殿でも師を愚弄する事は許さんよ」
メアリアと俺、と言うよりワン子との間に恐ろしく張り詰めた空気が流れる。
稽古してた連中が思わず手を止めてこちらを見るほどだ。
一緒にいたクフュラはあわあわと慌てている。
「すまん、そんなつもりは無いよ」
何も言わずメアリアは両手を大げさに離す動作をする。
ワン子はすぐに俺の後ろに下がった。
「なんでもない、続けてくれ」
メアリアがそう言うと訓練が再開された。
「ダイゴ殿に言われるまでもない、私だって腑には落ちんのだ。バルジエと第一兵団がいくら霧が出ていたとは言えそう簡単に壊滅するはずが無い」
「帝国にもかなりの魔導士がいるとかか?」
「そうかもしれない、それか罠に掛かったのかもしれない」
意図的に方向を変えたが俺は別の可能性を疑っていた。
バルジエ将軍が裏切ったと言う可能性だ。
王国軍が敗れた時にシェアリアが言った
『……脆すぎる』
って言葉が気になっていた。
「邪魔したな」
そう言ってその場を去ろうとすると、
「ダイゴ殿、すまなかった」
メアリアが頭を下げた。剣を抜きかけた事を言ってるのだろう。
彼女のストレートな感情表現は純粋さ故だ。
それを咎める気は全く無い。
「気にするなよ」
掌を振って俺は練兵場を後にした。
「クフュラはバルジエについて何か知ってないのか?」
歩きながら当事者の一人であるクフュラに聞いてみた。
「申し訳ありません、その方については何も……主な事は皆ザバンに任せていたので……」
「そうか……」
やはり思い過ごしだったのか。
「あ、ただ……」
「何だい?」
「はい、元々今回の侵攻は第二皇女であるテオリア姉様の第六軍が行うはずでした。それが私が第八軍の将軍に昇格した事で急遽変更になったのです」
「ふむ、それで?」
「テオリア姉様から侵攻前に作戦の引継ぎをしたいとの事でザバンを呼ばれました。もし何かあればその時かと」
「何を言ったのかは聞いてないんだな」
「はい……すみません」
「いいよ、問題ない」
可能性は残ったと言う事か。
何と言うかモヤモヤが消えない。
そもそも五千もの兵を失った帝国が馬鹿正直に力押しで来るだろうか?
何かしら仕掛けてくる可能性もあるはずだ。
運送の仕事での標語
「分からなければまず確認」
それが思い出された。
確認し過ぎる事は無い。
納得するまで確認すればいい。
それで何もなければそれで良い。
ではどう確認するか。
中庭で色々考えていると
「……どうしたの?」
シェアリアがやってきた。
「ああ、そうだ。前にバルジエ将軍の部隊で脆すぎるって言ったろ」
「……ああ、あの時」
「あれ、どういう意味だ?」
「……どうって、そのまま」
「例えば霧に乗じて戦線を離れたって可能性は?」
「……メアリアが聞いたら怒る」
「シェアリアの見立てはどうなんだ。有り得るのか有り得ないのか…」
「…………」
すこしシェアリアは考えて言った。
「……それなら簡単に突破された説明は付く。でもバルジエ将軍に限ってそれは有り得ない」
「どうしてそう言い切れる?」
「……グルフェスと並んで彼は王国に対する忠義に厚い人だった。様々な施策を提案し……」
そこでシェアリアは少し止まった。
「……まさか」
「何か思い当たる事でも?」
「……何年か前、非常時に備えて大森林に隠し街道を作るって将軍が提案した」
「隠し街道? なんだそりゃ」
「……有事の敵の侵攻に備えて大森林に秘密の抜け道を作ろうって。用途は奇襲、緊急の脱出路、避難等色々」
「それだ」
「……でも、予算が足りないので却下された」
「それが何らかの形で続けられる可能性は?」
「……当初は馬車が通れる広さだったけど人だけなら多分」
「その計画は何処から何処まで?」
「……大森林はシャプア西の帝国国境線からパラスマヤを経てカイゼワラまで……」
カイゼワラは元々バルジエ将軍の領地だ。
「確かめるしかないな」
俺は念を送り周辺の疑似生物すべてを大森林に向かわせた。
更に鳥型の疑似生物を十羽以上造り空に放つ。
「嫌な予感が当たってなければ良いがな」
「……でも、まさか」
一アルワ後に鳥型疑似生物から念と共に映像が送られてきた。
大森林の中に一本の筋が通っている。
「あった!」
すぐに近くの疑似生物を向かわせる。
「よし、皆掴まれ。飛ぶぞ」
ワン子、シェアリア、クフュラが俺に掴まり、転送を発動する。
森の中に出た俺達は周囲を見回した。
木が綺麗に伐採されちょっとした広場になっている。
「ここは?」
クフュラが見回しながら言った。
「どうやら休憩所みたいなもんだろうな」
落ちていた水樽を指して俺は言った。
他にも食べ残しの食い物等が散らばっている。
見れば西と東に細い道が続いている。
幅は人が一人通れる程度。
この位置では街道からは絶対に分からないだろう。
「落ちているゴミから見てつい最近誰かが通ったのは間違いないな」
「……じゃあやはり……」
「ああ。この状況下で狙われるとしたら……」
「……当然兵力の薄くなったパラスマヤ」
「そういう事だ。すぐ戻るぞ」
パラスマヤに戻るとすぐに官舎に行き、グルフェスに全員を集めるように言う。
程なく会議場に朝と同じ面子が集められた。
「どうしたんだダイゴ殿。そんな血相を変えて。らしくないぞ」
練兵場から戻って来たメアリアが言う。
「みんなこれを見てくれ」
俺はそう言って拾ってきた水樽を机の上に置いた。
「これは? 見た所ただの水樽ですが…」
グルフェスが言う。
「ああ、だがこれが落ちていたのは大森林の中だ」
「大森林の? また何で?」
「隠し街道の話は知ってるよな」
「はい、数年前にバルジエが立案した計画でしたが……」
「その隠し街道は実在していた。こいつはそこに落ちていたんだ」
一同は固まった。
特にメアリアの顔が一瞬で真っ青になった。
「な……どういう事だ……」
「落ちてたこれとゴミからこれが捨てられたのはつい最近だ」
「つまり最近何者かがこの道を通ったことになる」
「しかし、隠し街道の計画は予算不足で頓挫しました」
「だが、現実に存在していた。規模は大分縮小されたみたいだから、おそらく私費で細々とやっていたのだろうな」
「まさか……帝国の連中が作ったかも知れないじゃないか」
「道はカナレからパラスマヤを通ってカイゼワラまで続いていた。帝国ならパラスマヤまでで十分の筈だ」
「それはつまり……」
「隠し街道はカイゼワラを起点に作られたって事だ」
「そ、それでは………」
グルフェスが呻く。
「ああ、以上の状況を鑑みてまず間違い無い」
「い、言うな………」
メアリアが震えながら呟く。
「バルジエ将軍は生きている。そして今は俺達の敵だ」
「言うなぁあああ!」
激高したメアリアが剣を抜いた。
ワン子がすかさず前へ出ようとした………その前に
エルメリアが間に滑り込むとメアリアの頬を張った。
パァアンといい音が響き、メアリアがキョトンとした顔をしたまま尻餅をつく。
その場に居た誰もが予想外の人物の予想外の行動に唖然としていた。
こいつ、上級格闘使ったな。
あれ程使うことは無いでしょうって言ってたくせに。
「メアリア! うろたえるでありません!」
「え、エルメリア……」
「近衛騎士団長ともあろう者が何ですかその体たらくは! 恥を知りなさい!」
出た、恥を知れ。
キリッとしたエルメリアが言うと迫力満点だ。
「し、しかし……」
「ご、ダイゴ殿は私心無くボーガベルを救う為に奔走してくれているというのに貴女は! そんなダイゴ殿に事ある毎に剣を抜いて! 山賊野盗の如き振る舞いを! それが貴女の騎士道ですか!」
「そ、そんな………違う……」
そう、違う。
メアリアが剣を抜くのは俺に対する甘えなのだ。
それは本当はエルメリアも分かっているはずだ。
だが。
そう……だが……だ。
「何も違いません、次にこの様な事をすれば、近衛騎士団長の任を解きます。良いですね?」
「そんな……」
断ち切るようなエルメリアの言葉に、メアリアはうなだれた。
「カイゼワラに続く道に疑似生物を送ってある。その内にはっきりするだろうよ」
敵がパラスマヤに侵攻してるなら何処かで出くわすはずだ。
会議場にいる誰もが重苦しい空気の中にいた。
メアリアはうなだれたままだ。
そして……
「来た。やっぱりいたぞ」
疑似生物が隠し街道を進む集団を見つけた。
『エルメリア、確認してくれ』
『畏まりました』
俺達は念話でやりとりをしつつエルメリアに確認させる。
『いましたわ、やはりバルジエ将軍です』
黒づくめの鎧の顎鬚を豊富に生やした男を見たエルメリアが言った。
「メアリア……残念ですがバルジエ将軍がいましたわ」
「な? なんでエルメリアが? どういう事だ?」
「ダイゴ殿から力を授かったのです」
「そ、そんな事が……」
「どうして……」
シェアリアまで驚いている。
「バルジエって青髪の顎鬚が生えてる奴だろ」
その瞬間メアリアの表情が衝撃を受けて歪んだ。
「そ、そんな……そんなぁ!」
俺の言葉を聞いたメアリアの慟哭が会議場に空しく響いた。





