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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第十二章 ストルプルド戦役編

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第百四十七話 迎撃

 ――バロルガッセ王国王都デマジュル



 一面の焼け野原を見下ろすかのように空中帝都ティティフの巨体が浮かび、魔導輸送船が絶えず出入りしている。


 デマジュル周辺からの市民を降ろした魔導輸送船は作業用のゴーレムや物資を乗せたカーペットを積載してまたデマジュルへと降下していく。


 総収容人数二百万人以上を誇るティティフにとって三十万のデマジュル市民を収容する事は造作もない事であった。

 収容された避難民にはこの世界の標準的な間取りの住居が割り当てられ、明日からは働ける者は地上の復興作業を始める事になっている。


 元々はダイゴの浪漫心から端を発した空中帝都ティティフではあるが、実際空中に浮かぶ帝都など平時の国の機能としてみれば不便極まりない代物だ。

 その真価は非常時、つまり災害や大規模戦争時に発揮されるといって良い。


 ダイゴがまだ一介のトラック運転手、牧島大悟だった時、東北地方で大規模な地震が発生し、大きな被害が出た。

 混乱の中、大悟に与えられたのは被災地へ仮設住宅等の資材を運ぶ仕事だった。

 大きな損傷を受けた東北自動車道を用心しながら走り、被災地でプレハブ資材や仮設トイレを学校の校庭やグラウンドに降し、すぐに戻ってまた資材を積み、少しの仮眠の後に再び被災地に向かう。


 そんな不眠不休の過酷な環境の中で大悟は朝焼けの空を見ながら考えた。

 ラジオではアメリカ軍の空母が支援の為に太平洋に展開しているとのニュースを流していた。


「客船とか退役空母を改造して仮設住宅とかにして迅速に派遣できないもんかねぇ」


 ティティフはその発想の延長線上に作られた、まさに『ノアの箱舟』だった。


 そのティティフの直下、王城跡に停泊しているアジュナ・ボーガベルの脇に並び立つテント村の外れに日本語とその下に小さくではあるが先だって正式に制定された公用ボーガベル語で「味自慢アニルフォツカエルメリアの店(セドイエルメリア)」と書かれた暖簾が下がるテントがある。


 以前、ボーガベルで塩ラーメンの再現に成功した折にダイゴを喜ばせようとエルメリア達眷属が極秘で開発したラーメン屋台。

 今回エルメリアはそれを福岡の屋台風に拡張改造したものを持ち込んできたのだった。


 そこで彼女は昼は生き返ったものの、全てを失ってしまったデマジュル市民達に暖かい食事を配り、日暮れには復興と救助に奔走した第一軍兵士に慰労の言葉と共に夕食を振る舞っていた。


 第一軍兵士は言うに及ばず、デマジュルの人々も廃墟に降り立った聖女手ずからの食事と温かい励ましの言葉に感動と感謝の涙を流していた。


 やがて日も落ち、そんな人の流れも漸く途絶えた頃、


「へいらっしゃい!」


 ダイゴが元々下着として来ていた物を『複製』した黒Tシャツに前掛け姿、頭に白い手拭いを巻いたエルメリアの威勢の良い声が響く。


 エルメリアが自らの主とその眷属の為に開いたささやかな慰労会。


 そこではダイゴと眷属達、そしてアルシュナがエルメリア自らが作った料理に舌鼓をうっていた。


「まぁ、アーメルフジュバからデマジュルとシネアポリンじゃ一日分くらいの距離差があるだろうから流石に同時攻撃は無理だし意味がないよ」


 おでんを模した煮物をつまみながらダイゴが言った。


「向こうは分断が目的でしょうから」


 隣に座ったクフュラが果実酒の入ったグラスを両手で飲みながら答える。


「まぁどうせ連中が来るのは明日の昼前だからゆっくり出るさ」


「何故分かるのだ」


 ラッサ鳥の焼き鳥を食べながらメアリアが訊く。


「全速で逃げる気嚢艦の速度を測ったのさ」


「だから追撃せずに敢えて逃がしたのか」


「そういうこと」


「もっももっっもももっもです」


「むほっは!ほは! ふほは!」


 隅で意味不明の言葉が響く。


「だから食ってるときに喋るなって……一人増えてんじゃん」


 そこではコルナとアルシュナが口いっぱいに頬張りながら何やら談義を交わしていた。


「いやね、今この貧乳姫に眷属のことを教えてたんだよ」


「だ、誰が貧乳姫ですか! 自分のことを棚に上げるのはやめるのです!」


「また、要らんことを……」


「まお……ダイゴ様! 私も是非その眷属にして欲しいのです!」


「色々すっ飛ばしてるなぁ……国王陛下と妃殿下が泣くぞ……ああ、別の意味で泣くか」


「きっと二人とも喜んでくれるのです! 間違い無いのです!」


「はぁ、まぁ落ち着いたら改めて考えるわ」


 エルメリアが出したガラフデから直送された新鮮な刺身の盛り合わせに箸を付けつつ、ダイゴがやれやれといった声で返事をした。


「ご主人様ぁ、その時はぜーったい胸が大きくなれなんて考えちゃだめだよ? むしろペッタンペッタンペッタンコって考えながら……ね?」


「ね? じゃぁ無いのです! どさくさに紛れてオマエ何言ってるのです!」


「決まってるよ!眷属で一番小さいのの座を降りる絶好の機会なんだ!」


「オマエ言ってて虚しくないのか?」


「全然、これっぽっちもないよっ! ねぇクフュラ?」


「私は別に……別の部分でお兄様……ご主人様を魅了しているので」


 クフュラは普段は見せない蠱惑的な表情で一瞬視線を下に落としてからダイゴを見た。

 その意味を十二分に悟ってるダイゴはごまかす様に刺身をパクつく。


「コイツ、何処が勇者かと思えるほど邪念に満ち溢れているのです。ならば今雌雄を決するのです! 表へ出るのです!」


「望むところだよ! アレイシャ! 審判をしてよ!」


「承知」


 三人は屋台を出て行き、暫くして鼻を膨らませてアルシュナが握り拳を掲げながらもどってきた。


「勝利なのです!」


「そんな……嘘だぁ……」


 がっくりとうなだれたコルナが後に続く。


「僅差でしたが……」


 アレイシャは表情を変えずに席に戻る。


「ご主人様ぁ! もう一回眷属やり直してよう! こんぐらい欲しいよう!」


 涙目のコルナはいきなりウルマイヤの胸を鷲掴みにする。


「いっひゃあっ! なななななにを!?」


「無理言うなよ……」


 あまりのしょうも無さにダイゴは顔をそむけてグラスを空けた。


「はいはい、店内揉め事禁止ですよー」


「う……」


 あくまでもにこやかだが、凄まじい圧のこもったエルメリアの言葉に漸くコルナはおとなしくなった。


「でも今回は屍竜とやらは出て来なかったな」


 ダイゴの隣のセネリが空いたダイゴのグラスに酒を差しながら尋ねる。


「多分シネアポリンに使うつもりだろう。コッチは既に焼け野原だし何より俺がいるなら喪失する可能性が高いからな」


 ソルディアナの話では竜体は一度構成が喪失すると再生に半年以上は掛かる。

 複数の屍竜が存在しているとしても数はそう多くは無いという見立てだった。


「さて、明日はまた忙しくなるぞ。女将……じゃなかったエルメリア、くれぐれもこっちは頼むぞ」


 締めの豚骨ラーメンを食べ終わったたダイゴが席を立った。


「畏まりましたわ、お任せですわ」


 まるっきりラーメン屋の店主の風情の女王様はダイゴに向かってサムアップをして笑った。






 ――その晩、アジュナ・ボーガベル。


 保安上の問題もあり、国王夫妻とアルシュナは貴賓室に泊まってもらっていた。


 のだが――


「お邪魔しますです!」


 ダイゴの寝室に突如アルシュナが乱入してきた。


「おう、アルシュナどうしたんだ……ってまさか」


「そのまさかです! 眷属にさせて頂きに来たのです!」


「いや、言わなかったか? この件が片付いたらって」


「そんなまどろっこしい事を悠長に待ってられないのです!」


「い、いや……だってあのなぁ……」


 珍しくダイゴが狼狽えている。

 というよりアルシュナのパワーに押されているといった方が正しい。


「父上も母上も、立派にお勤めを果たして来いと涙を流して送ってくれたのです! もはや後には戻れないのです! 不退転の覚悟です!」


「ちょっとぉ! ご主人様は今度はボクの番なんだよ! 帰った帰った!」


 ダイゴの横にいたコルナが頬を膨らませる。


「ふっ、敗残者が何か喚いているようですが、さっさとそこの場所を空けるです」


 そう言ってアルシュナは着ていた服をスポポポーンと投げ捨て、ダイゴとコルナの間に割り込んだ。


「あ! ちょ! 何してるのさ!」


「決まってるのです……さぁ! まお……ダイゴ様、パンパンパンとお願いするのです」


「いや、眷属化はまぁ良いとして、この状況はちょっと……」


「大丈夫です! 私も父母より男女の営みの何たるかは十二分に教えられてきたのです! 初めてではありますがそこの胡散臭い勇者よりもまお……ダイゴ様をご満足させる自信があるです!」


「だ、誰が胡散臭いって! ようし! どっちがご主人様を満足させられるか勝負だよ!」


「望むところです!」


「オマエ達なぁ、いちいち人で勝負すんなよ……」


「うふふ、まるで漫画のネズミとネコみたいですわ」


「全くです」


 鼻を突き合わせてにらみ合うコルナとアルシュナにエルメリアが微笑み、アレイシャがそれに同意して頷く。


 こうしてこの晩、紆余曲折を経たものの、また一人、新たな眷属が誕生したのだった。





 ――翌朝、シネアポリン北部大樹海


 アーメルフジュバを発進したガイツ指揮下の六十隻にも及ぶ気嚢艦の大艦隊は一路シネアポリン攻略を目指し突き進んでいた。


「くくく……これだけの艦隊は流石にボーガベルにもあるまい、シネアポリンなど日の沈まぬ内に焼き尽くしてくれるわ」


 旗艦『デルバッシュ』の艦橋内、華美な装飾が施された司令官席で大ぶりの金杯に注がれた酒を流し込みながらガイツはほくそ笑んだ。


 気嚢艦は兵士なら五百名、鋼魔兵ならば二百体の収容能力がある。

 兵士総数二万人、鋼魔兵は四千体の文字通りの大部隊。

 更に四体もの屍竜が同行し、ストルプルドとしては盤石の体制といえる布陣だった。


「さらに……」


 周到な計画はそれだけには留まらない。


 祖父サダレオ・ララスティンの考え出した悪魔的な計略にガイツはただただ感服するばかりだ。


「ボーガベルの連中はまんまとデマジュルにおびき出された。取って返したところで三日は掛かる。見るのはデマジュル同様更地になったシネアポリンだ。まぁオゲラーは貧乏くじだが、下半身馬鹿には丁度いいだろう」


 末弟であってもガイツにはオゲラーに対する兄弟の情など微塵もない。

 成程女を犯した後の魔力量は凄まじいものがあるが一々女を抱かねば使えない力など不便この上ない。


 そんな不出来に何の価値があるものかよ……。


 湧き出す不快感を紛らわすように金杯を空けるとすかさず脇の当番兵がすかさず新たな酒を注ぐ。


 見ておれ、あの時の屈辱、晴らさせてもらうぞ……。


 ガイツの脳裏にアーメルフジュバ宮殿での失態が思い起こされる。


 その為にあのお方に……。


 その時、ガイツは己の瞳が赤黒い光を放っている事に気が付いていなかった。





 ――同時刻、シネアポリン北西部山岳地帯


 西大陸を北西に走る大山脈の北端、両脇を三千メルテ級の高山が連なる深い渓谷がつづら折れに続くこの地にニ十隻の気嚢艦が縦隊で進行していた。


 マシュカーン率いる別動隊だ。


 オゲラーと同じく二千体の鋼魔兵と五千人の魔導兵を搭載し、この細く険しい渓谷を通ってシネアポリンを裏側から急襲する為、二日早くアーメルフジュバを出発していた。


「いいか! もうすぐシネアポリンだからといって気を抜くなよ!」


 旗艦『ハネルメ』の船橋で自ら正面に立ってマシュカーンは激を飛ばす。


 本当はマシュカーン自身は当然の如く指揮官席でふんぞり返っていたかった。


「部下に任せず自分の眼で見るのが一番だろう、『指揮官』どの?」


 嫌味交じりの声がその指揮官席から飛ぶ。


「い、言われなくてもやっている……カイ……」


「『総司令官』だ。たがえるなよ」


 その声の主はカイシュハだった。


 鮮やかな紅い魔導服の下に同じく紅い軽装鎧を着込み、足を組んでマシュカーンを見下ろしている。

 魔導法院筆頭魔導士であるカイシュハはストルプルドに改国した直後に軍総司令官の地位を赤竜帝ルナプルトと、彼を補佐する祖父のサダレオ・ララスティンから任ぜられていた。


「この部隊こそがシネアポリンの真の攻略部隊なのだ、再びアーメルフジュバでのような無様な失態を繰り返せばこの私が誅してやると思え」


「くっ……カイシュハ……赤竜帝の寵を受けたからって調子に乗るなよ……」


 歯噛みするマシュカーンにカイシュハは鼻で笑って言い放った。


「何だ? 魔導法院筆頭にして赤竜帝陛下の寵を受けたこのカイシュハ総司令官に盾突く気か? どうやら少し躾が必要なようだな」


 言うやカイシュハは魔石の嵌った短剣を素早く抜き出し、瞬時に呪文を詠唱する。


「――聖帝雷撃」


 バシュッという音と共に船橋が白く染まり、ごく短い雷撃がマシュカーンを打った。

 雷撃は身に纏った対魔紋の施された鎧を粉々に砕き、マシュカーンは黒焦げになって声も無く倒れた。


 奇妙な事が起こった。


 倒れたマシュカーンの目が赤黒く輝き、雷撃によって焼け焦げた肌がウジュウジュと再生していく。

 その場にいる者は全て魔導士だが、誰も治癒の魔法を掛けてはいない。

 皮膚、マシュカーンの身体が勝手に再生していたのだ。


「グ……ガ……」


「ふん、赤竜帝陛下とこの私に感謝を忘れるなよ? いいな」


「……」


 一瞥もせず外を見たままそう言い放つカイシュハに、再生中のマシュカーンは答える事は出来なかった。


 その時だった。


 ズシンと低く響く音が響き、同時に橙色の光が渓谷を彩った。


「な、何だ!? 状況報せ!」


 先程のカイシュハの折檻を震えながら見ていた艦長に伝声管から後部の見張りの声が飛ぶ。


「さ、最後方! 『ガテリン』炎上してます!」


「な、何だと!」


 その声にカイシュハはニヤリと笑って指揮官席を立つ。


「艦長、敵襲だ。全艦戦闘準備。教えられた通りキチンとこなせよ?」


「は、はい!」


「私は外で様子を見てくる。 おい! マシュカーン! 分かってるな?」


 まだ再生が完全では無いマシュカーンだがヨロヨロと立ち上がって頷いた。




 火達磨になった『ガテリン』が浮力を失って墜落していく。

 その前を航行していた『アンガボ』も火球に包まれた。


 赤く照らされた僚艦『シノインル』艦内はパニックに陥る。


「何処だ!? 何処から攻撃しているんだ?」


「撃て! とにかく術撃で……」


 周囲を見回していた魔導兵は頭上の太陽の中に漸く影を見つけた。


「直上……」


 直後『シノインル』も炎に包まれ、何が起こったのかすら分からない多くの魔導兵諸共岩肌に激突して崩れ落ちていく。


 二機の浮遊台座プラットフォームがそれぞれシェアリアとメルシャ、そしてクリュウガン姉妹を乗せている。


「やっと気づいたみたいですね~」


「……あと十七隻、渓谷を出る前にカタをつけよう」


「了解です~、ファムさんスミさんよろしく~」


『承知しました』


『任せてくれ』


 新調した魔導服に身を包んだクリュウガン姉妹を乗せた浮遊台座が打ち込まれる魔装砲の攻撃を搔い潜りながら気嚢艦に肉薄する。


 やはり……シェアリア様の魔法が流用されている……。


 魔装砲から放たれるのは『衝撃破弾ロックショック

 竜骨各所に設置されている小型砲座から放たれるのは『連撃炎弾フレイムオブロック


 何れもファムレイアがシェアリアから剽窃し、呪文式にしてドンギヴに渡したものだ。


 私のせいだ……。


 ファムレイアの脳裏に悔恨の情が湧き上がろうとした。


『……気にしないで』


 それを塗り潰すようにシェアリアの念話が飛び込んでくる。


「!」


 その念話を合図にするかのように二人が同時に呪文を詠唱する。


「「――激王炎舞!!」」


 同時に撃ちだされた火球が吸い込まれるように気嚢艦に直撃し膨張した火球が気嚢艦の各所を焼損していく。

 コントロールを失った気嚢艦が真横の僚艦に激突し、二隻は一つの火球となって落ちていった。


「二人とも無詠唱が使えるのに、こだわってますね~」


「……魔導士ならば当然」


 メルシャの感心したような言葉にシェアリアは当然といった風に返す。


「でも~何で魔導甲冑にしないで浮遊台座なんでしょう?」


「……恰好悪いからだって」


「ああ~」


 セネリの纏うハリュウヤと違い、試作型の魔導甲冑はかなりずんぐりとした恰好をしている。

 ダイゴ的には良いと思っていたが、眷属たちの評判は今一つだった。


「……それにファムレイアは一度浮遊台座を経験してるから」


「なるほど~」


「……私達も行こう」


「はいはい~」


 二人を乗せた浮遊台座も加速して狂ったように砲火を放つ気嚢艦の列に突っ込んでいった。



 一方先頭を行く『ハネルメ』では次々と爆発し墜落していく後続の僚艦の惨状に大混乱に陥っていた。


「ええい! まだ相手が何者か分からんのか!」


 マシュカーンが吠える。


「こ、小型の籠の様な物が二つと言う事しか」


「ぐっ……くそう……一体……ぐおっ?」


 歯噛みした直後に船体が激しく揺れた。

 艦体の一部が崖に接触したのだった。


「ええい! 艦長! 何をやってる!」


「も、申し訳ありません! しかし、これ以上の速度は……」


「くっ……」


 この作戦を授けたサダレオの話では、三千メルテ級の高さの山々の合間のこの渓谷を抜けて行けば敵に見つかる事は無く、万一にも防御の陣など敷きようもないと言う事だった。


 だが現実は極めて少数の敵が次々と気嚢艦を堕としている。


「まさか……」


 マシュカーンの脳裏にはボーガベルではなく、クリュウガン姉妹の顔が浮かんだ。


「マシュカーン、後部格納扉を開けろ。私が退治してくれる」


 伝声管を通してカイシュハの声が響いた。


「お、お前がでるのか!? まさか逃げるんじゃないだろうな!」


「お前ではない。総司令官殿と言えと言っただろう。相手は恐らくクリュウガン姉妹だ。ここで決着をつけてくれる」


「そ、総司令官殿……」


「さっさと開けろ、グズグズするなウスノロめ」


「は、はい……後部格納扉開け! 早くしろ!」


 歯噛みしながらマシュカーンは艦長に命じる。


 後部格納庫が開くと小型の気嚢艇が姿を現した。

 司令官の脱出用で左右に振り出された竜骨の間に気嚢が収められ、後部に操舵席と小型の魔導墳進炉が備え付けられている。

 通常の気嚢艦よりも小型の気嚢艇の方が製作が難しいのか、この艦隊でも旗艦に一艇しかない代物だ。


「待っていろ! スミレイア! ファムレイア! 必ず殺してやるぞ!」


 瞳を赤黒く輝かせながら歓喜の表情に顔を歪ませたカイシュハを乗せ、気嚢艇は『ハメルネ』を飛び出していった。

面白いと思った方は、ぜひブックマークと五つ星評価、いいねをよろしくお願いします。


次回をお楽しみに!

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