第百四十三話 魔女
「禁呪解放! 『蒼太陽』!!」
ダイゴの両腕に蒼白色の魔法陣が浮かぶと同時に、空中に固定された屍竜を包む様に幾つもの巨大な立体積層型魔法陣が浮かぶ。
「これ……が……」
魔導甲冑の中のファムレイアは目の前の光景に息を飲む。
と、唐突に彼女に異変が起きた。
「え! 何!?」
ファムレイアの持つ魔導杖が鈍く光りだし、その光を見たファムレイアの意識が濁っていく。
……これ……は……
それは上方に浮かぶスミレイアも同様だった。
自分の意に反して魔法模写が発動する。
……いっ……たい……
だが、流れ込もうとした膨大な濁流は何処かに吸い取られるように消えていく。
頭の中を高速で何かが駆け抜けていく。
そんな痺れるような感覚の中で二人は目の前で繰り広げられる幻想的ともいえる蒼い世界を見つめていた。
幾重にも現れた立体積層型魔法陣は球体状に屍竜を囲む。
球状になった魔法陣に絡め取られるように屍竜は動きを止めた。
「よし! 全員離れろ!」
その言葉と同時にダイゴの目前にも魔法陣が現れ、中央がせりあがっていく。
「爆縮!!」
そう叫んでダイゴは中央の魔法陣を殴り押した。
キュボッ!!
屍竜を包む魔法陣が一瞬で圧縮し、次の瞬間眩いばかりの光の玉と化し、吹きあがる爆風がダイゴ達に吹き付ける。
時間にすれば僅か一瞬。
だが屍竜は極超高温の太陽の中、その一瞬で崩れるように青い太陽と共に消滅した。
「ふぃぃ、やっぱ空中の方が被害は出ないな」
最初にダイゴが黒竜に使った時は地上で放った。
その為に地表には今なお残る破壊の爪痕が残った。
その反省から今回空中で『蒼太陽』をダイゴは使ったのだが、高速移動する物体に対して一点に固定しなければならないという問題も露呈した。
アジュナ・ボーガベル上甲板に戻ったダイゴとシェアリアの乗った浮遊台座に続き、レミュクーンが着艦するや姿を消し、ウルマイヤがトンと降りたつ。
続いて姉妹の魔導甲冑が降り立つが様子がおかしい。
「ご主人様!」
いち早く気が付いたウルマイヤの声がダイゴに飛ぶ。
「おい!」
ダイゴの声が響く。
強制展開された魔導甲冑からズルリと零れ落ちるように出て来た二人は完全に意識を失っていた。
その様子は明らかに尋常では無い。
「一体どうしたんだ?」
ウルマイヤが二人に治癒魔法をかけ始める傍らで、シェアリアが脇に落ちていたファムレイアの魔導杖を拾い上げ、丹念に調べる。
「……ご主人様、これ」
杖の装飾金具を外したシェアリアがやはりという表情を浮かべてダイゴに見せたのは、装飾金具の裏にびっしりと彫り込まれた呪紋様だった。
「何だこりゃ?」
「……解読しないと分からないけど、多分隷属の首輪の応用。特定の動作を強制させるみたい」
スミレイアの魔導杖の装飾も外し同じ呪紋が彫られているのを見せながらシェアリアが言った。
「特定の動作?」
「……多分二人の魔法模写を強制発動させる」
「そんなことしてどうする? 前は鼻血吹いてぶっ倒れた……待てよ……」
ダイゴの軽口はそこで止まった。
二人は意識を失ってはいるが前のように鼻血を吹いていたりはしない。
考えたくもない最悪の考えが不意に頭をもたげた。
「そんな事が出来るのか?」
その問いはそこにいる者に向けられてはいなかった。
進路をシネアポリンに取ったアジュナ・ボーガベルを追撃してくるものは最早皆無だった。
既に警戒態勢も解かれ、船は平常航行に移っている。
「あ……」
「う……」
揃って寝台に寝かされていたスミレイアとファムレイアはほぼ同時に目を覚ました。
「目が覚めましたか? 気分は如何です?」
二人を覗き込んでいるウルマイヤがにこやかに言った。
「わ……私達……」
「一体……何が……」
起き上がる気力も無く、辛うじて口を開く。
「お二人とも気を失ってらして、ご主人様の指示でここにお連れいたしました」
「あの……竜は?」
「無事ご主人様が葬りました」
ファムレイアの問いにウルマイヤは笑顔で答える。
「そう……ですか……」
『ファム……済まなかった……私は……』
スミレイアが念話を送ってきた。
屍竜との戦闘の事を言っているのだ。
『ううん……姉上は立派で……凄かったわ……やはり姉上は姉上』
スミレイアの発した『重縛鎖』は屍竜を歪ませすらする程の凄まじい威力を発した。
『だが……あの……あれは……何だったのだろう』
直後に起こった意識の混濁を言っているのだ。
『分からない……一体……』
「よう、目が覚めたって?」
そう言ってダイゴが部屋に入ってきた。
父親であるルーンドルファ法皇も一緒だ。
「ダイゴ様……父上……」
「二人とも、よくやった。立派だったぞ」
ルーンドルファが微笑んだ。
それだけで二人の表情は僅かにほころんだ。
「あの、私達はどうなったのです?」
「ああ、どうやら魔導杖に細工がしてあったらしい」
「細工?」
ファムレイアが質問し、スミレイアがダイゴの答えを聞き返す。
「ああ、どうやら二人の魔法模写で俺の『蒼太陽』をまんまと剽窃したらしいな」
「なんで……そんな事を……」
「まぁお前達を魔水薬で洗脳するって手もあったんだろうが……」
それを聞いたウルマイヤの表情が僅かに険しくなる。
「……それは俺に丸わかりになるからこんな回りくどい手を使ったんだろうな」
「では……魔法模写は……」
「ああ、向こうに竜がいるなら出来ない事は無いってこっちの竜が言っていた」
ダイゴほどではないがソルディアナも転送が使えるし、竜人兵や竜人将はゴーレム兵と同列の技術で作られている。
更には竜体や竜息など、ダイゴとソルディアナは自由度は異なるとはいえ、同一線上の存在と言えた。
「つまりお前達は読み取って発信する役目。あの屍竜は中継する役目。で赤竜に魔法を送っていると」
「で、では赤竜があの魔法を使えるように……」
「それはどうかな? そもそも竜は魔法は使えないそうだから」
「それでは一体何の為に……」
「さてなぁ、まぁロクでもない事に使われなきゃ良いけどな」
そう軽口を叩くダイゴだが、心中は重かった。
ロクでもない事……ドンギヴの言っていた元の世界に帰還する事と関連があるのか……。
かなり周到な準備と計画が張り巡らされているのは間違いが無かった。
そして、ダイゴにとって重要なブレーンであるグラセノフ、セイミア兄妹もこの事に関しては皆目予想が立てられなかった。
「申し訳ありません……ダイゴ様……また……」
ファムレイアの目から涙が零れた。
散々魔導法院の手先としての工作をした上に自分の意に反したとはいえまたもダイゴの魔法を剽窃した。
魔導杖は法院から首席と次席に相応しいと贈られた物だったがまさかその様な仕掛けが施してあったとは。
「……すまない……」
スミレイアの目からも涙が零れた。
「おいおい、泣く事は無いだろ? お前達は知らなかったんだし、どうってことないよ」
「しかし……あの様な魔法を法院が手にすれば……」
「うんにゃ、あれはそう簡単に扱える代物じゃないからな。あまり心配はいらないよ」
『蒼太陽』に限らずダイゴの魔法は神のAIたる『叡智』のサポートがあって初めて顕現できるものだ。
それを呪文化した所で普通の人間がおいそれと顕現する事はまず無いと言えた。
「もうじきシネアポリンに到着するんで様子見がてら呼びに来たんだ」
ダイゴの言葉を聞いて姉妹は顔を見合わせる。
「父上……私はこの船に留まります」
難儀そうに身を起こしたスミレイアがルーンドルファに言った。
「姉上……」
「あの女には会いたくありません」
「そういや、その話途中でしたね」
ダイゴが思い出したように聞いた。
「ああ、シネアポリンにいる私の妻の事でね」
「妻……つまり二人の母親という……」
「私はあの女を母親だとは思ってない!」
スミレイアが思わず声を張り上げた。
「スミレイア、ダイゴ帝の御前だ。控えないか」
「っ!……す……すみません、ダイゴ様……」
ルーンドルファの窘めにダイゴの方を見てスミレイアはうなだれる。
「うーん、家族問題にはあまり首を突っ込む気は無いんだが……一体……」
「そのことも含め着いたら是非にお話したいと思います。二人にも是非聞いてもらいたい」
「父上……姉上は……」
「お前達にも伝えていない事がある。それを聞く勇気が無いというのなら仕方ないが」
「……分かりました」
「……」
ファムレイアが答え、スミレイアは無言で頷いた。
密林地帯を抜けたアジュナ・ボーガベルは、東海岸を望む所に到達した。
「これが地方都市だって? 嘘だろ?」
ダイゴが声を上げた。
広大かつ整然と整備された街並みは人口四十万の法都アーメルフジュバと同等以上の規模。
更には隣接する海には立派な港があり、沖合に停泊している数隻の船との間に何艘もの艀船が行き交っている。
その姿はダイゴの言う通り、おおよそ一地方都市という姿では無かった。
「シネアポリンは人口三十万人を超えるシストムーラ第二の都市だよ。このような陣容になったのは至極最近の事だがね」
ダイゴの脇でルーンドルファが満足そうに言う。
「これだけの街を作るとはここの領主は相当な人物でしょうね」
法都アーメルフジュバの美しさも相当な物だったが、ここシネアポリンはそれを上回る。
というよりもアーメルフジュバを元にし、シネアポリンが造営されたのは明らかであった。
「ああ、この街を治めているのが私の妻のソミュア・ハガリオシュ大公だ」
「妻で大公?」
「ああ、かなり前に離縁してね。前法皇の娘で当代きっての大魔導士。巷では魔女とも言われているがね」
「はぁ……」
この世界では良い意味では使われない魔女という言葉よりも離縁という言葉を聞いてダイゴの心の奥が少し痛んだ。
ルーンドルファの案内で魔導防壁に囲まれた城の広大な中庭にアジュナ・ボーガベルは着底した。
使用人や侍女、そして兵士が居並ぶ中、濃紺の地味な服を着た女が待ち構えるように立っていた。
髪はウェーブの掛かった濃紺。
まだ歳は三十代にも見える。
「久しぶりだねソミュア。厄介になるよ」
「ふん、とうとうサダレオのジジイに追い出されちまったかい」
慇懃なルーンドルファに対しソミュアと呼ばれた女は呆れたように蓮っ葉な口調で返した。
「ああ、面目ない」
「全く、あんな筋肉ジジイに良いようにやられるなんて、ワタシャ旦那の人選を誤ったかねぇ」
「そう言ってくれるな。この通り客人も連れてきた」
ソッポを向いていた女傑の目が俺をチラと見る。
「ふ~ん」
「初めまして、私は……」
俺がそう言いかけると、
「待った! 客人に先に名を名乗らせるわけにゃいかないねぇ」
そう言って跪くと、
「皇帝陛下、ようこそお越しくださいました。私は法皇ルーンドルファの妻にして、この地を治めるシネアポリン大公、ソミュア・クリュウガンと申します。我が夫の命をお救い頂き感謝の極み。改めてお礼を申し上げます」
「あ……はい、ボーガベル帝国皇帝ダイゴ・マキシマです」
あれ? 苗字が戻ってるじゃん。
それに妻とか我が夫とか……。
「ソミュア、良いのかね」
苦笑いをしながらルーンドルファが訊く。
恐らくは苗字が戻った事だろう。
「良いでしょうよ。時は来た! それだけよ」
ルーンドルファの問いに顔を上げたソミュアは片目を瞑った。
随分とまぁ……ファムレイアとスミレイアが合わさったような豪儀な性格だ……。
ダイゴは何処となくガラフデの元奴隷商人で今は娼館を経営しているショジネアを思い出した。
「母上……」
「おや、お前達は揃ってこっちに来たんだね? またどうしてさ」
ソミュアはとっくに気付いているのにとぼけた風に姉妹に訊く。
「どうしてって……父上を……」
そう言ったのはファムレイア。
スミレイアは無言でソミュアを睨んでいる。
「まぁお客人の前だ。今はいいさね。まずは入っておくれ。色々聞きたい事があるんだ」
そう言うやソミュアは踵を返して館に入っていく。
「すまんな、皇帝陛下。がさつな妻で」
「聞こえてるよっ」
ソミュアの声にルーンドルファは肩をすぼめた。
館の広大な応接間にはシストムーラ側はルーンドルファ夫妻と娘のスミレイアとファムレイア。
ボーガベル側はダイゴとエルメリア、ワン子とセイミア、グラセノフ。
落ち着いた調度に囲まれたやわらかで大ぶりな椅子に座っての会談が始まった。
それまでのいきさつをファムレイアとセイミアが順序だてて説明していく。
「はぁん、サダレオも随分と無茶やったもんだねぇ」
サミモールという芳香の強い茶を啜りながら、呆れるようにソミュアが言った。
「母上、私と姉上はどうにか父上と法院、そしてダイゴ様のボーガベルとの間を取り持ちたかったのですが……残念です」
「仕方ないよ、アレとの因縁はお前達が産まれる以前……いやさお前達が産まれる事で極まったのだからね」
「私達が? どういう事だ?」
今までソミュアを睨んでいたスミレイアが口を開いた。
「……スミ、アンタは随分私を恨んでるようだが……」
「当たり前だ! 私達姉妹は本来一人だったのを分かたれて産まれた。貴女によって! ただ強い魔導士が欲しいという為だけに!」
その為に確かに強い魔力と強力な技能を持って二人は産まれた。
だがそれは人間としての根本を分かたれた事になり、それは髪の色や性格などに表れた。
気丈な口調だが臆病で繊細なスミレイア。
柔和な口調だが豪胆で奔放なファムレイア。
そしてその事実を受け止めたファムレイアとは逆にスミレイアは苦悩の谷に落ちていった。
「二人とも、これから話す事は真実だよ。どう受け止めるかはお前達次第だがその覚悟はあるかい?」
改めてソミュアにそう言われ、姉妹は顔を見合わせたがすぐに頷く。
「ダイゴ陛下、私事で済まないがこれはサダレオとの確執の理由でもあるんだ」
「構いませんよ、是非お聞かせください」
そう言ってダイゴは手を振った。
「そう、元々この二人は一人として産まれるはずだった。それを手を加えて二人に分けたのさ」
「二人に? そんな事が出来るのですか?」
「胎の中にある芽を分割して回復魔法を掛ける。随分と困難だったけどね。まぁ偶然と幸運も重なった。そして二人は産まれた。伝承にいわれる高い魔導特性と魔力を持ってね」
「だから私達は……」
スミレイアの言葉は途中で途切れた。
「ああ、だが二人は見ての通り、髪の色や性格は違うだろ? これは魔法で強制的に分割した副作用のようだ。結局、私を含めて百人の魔導士がこの計画に参加したけど、実際に産まれたのはこの二人だけだったのさ」
「他の魔導士は……」
ファムレイアの問いにソミュアは首を振る。
「そんな……」
「分割自体は上手くいっても結局母体が耐えられなかった。私もその時は自分の命を繋ぐだけで精一杯だったからね」
「その計画を主導したのが今の魔導法院院長のサダレオ・ララスティンだ」
「何だって……」
ルーンドルファの言葉にスミレイアは愕然とする。
ソミュアがふうっと一呼吸入れた。
「スミ、お前がアイツに何を吹き込まれたかは察しが付くよ。だがアイツは魔導法院の名の元に百人の魔導士を集め、自分の精を注いで最強の魔導士を人為的に作ろうとした張本人なのさ」
その言葉に姉妹の表情が崩れた。
「「え?」」
「集められた百人の中には前法皇センドリュネの娘でもあった私も含まれていた。皆高い魔導力を持った優秀な魔導士だったのさ。だが、待っていたのは……」
流石のソミュアもそこで言葉を切った。
「そ……それじゃぁ……」
「あ……ああ……」
二人は揃ってルーンドルファを見た。
そのルーンドルファは沈痛な面持ちで目を伏せたまま頷く。
「『鷹乃眼』を通してその事実を知った私は法院に乗り込み、死にかけていたソミュアとお前達を連れ出した。以来サダレオとは知っての通りだ」
「アイツは自分の血筋に最強の魔導士を残したいが為だけにこの悪魔の所業を行ったんだよ」
「「……」」
「結局その計画はルーンドルファの手で公になり、破棄されたけど、サダレオは今でもその夢を捨てていない筈だよ」
「カイシュハ……」
ファムレイアがポツリと言った
「それじゃぁ……私達は……何なの? 何のために産まれて来たの?」
涙声でスミレイアが言った。
「何の為? サダレオの欲の為さ。 アイツの自分の家から最強の魔導士を輩出したいという欲の為に多くの魔導士が犠牲になった。アンタ達はその犠牲の上で成り立っているんだよ」
「う……」
怒気を含んだソミュアの言葉にスミレイアは言葉を返せない。
「そんなサダレオを私達夫婦がどうして許す事が出来る? 私と、何よりお前達という命を弄んだあの男に」
「……っ!」
「姉上!」
顔を覆いながら飛び出していったスミレイアを追うようにファムレイアが皆に一礼して出て行く。
その目からはやはり涙が溢れていた。
「さて、つまらない昔話はこの位にして今後のことを話そうかねぇ」
深いため息をついてソミュアがダイゴに言った。
「いいんですか?」
「あの子たちが知りたいと思ったことを言ったまでさ。それに真実は一つしか無いんだよ。それをどう受け止めるかはあの子たち次第。違うかねぇ?」
「……そうですね」
「あの子たちは今まで私やルーンドルファに対する思いを魔導法院に預けてきた。その結果サダレオ達に良いように利用されてしまった。そして今はアンタがいる」
「俺……ですか?」
「ああ、アンタはそれが出来る人間だと見込んでお願いするよ。あの子たちの思いを受け止めて、掬ってやってくれないか」
「私からも頼む」
夫婦が揃って頭を下げる。
「俺には貴国との友誼を結ぶ事より難しい事の様に思えますね」
「ふうん、アンタは物凄く力はあるけど、その辺はからっきしのようだねぇ。女王サマ?」
「仰る通りですわ。でも、そこが帝の良き所なのですわ」
エルメリアは変わらず咲いた花の様に笑う。
「だろうね。さて、そろそろ本題に入るかねぇ」
「俺、引き受けるとは言ってませんよ?」
「ふうん、そうかい」
ソミュアは見透かした顔でそう言ったきりだった。
「では、私はここシネアポリンを新たな都と定め、改めてアーメルフジュバに巣食う逆賊共を討伐する号令を発する事にする」
毅然とルーンドルファが宣言した。
「そこでボーガベルに支援を仰ぎたいと言うことですか」
「ああ、ここの兵力でアーメルフジュバ奪還と言いたいところだが正直なところ兵力差は三対一と心許ない。それに今までは密林がアーメルフジュバからの往来を阻んでいたが、法院が気嚢船を配備すればその利は無くなる」
「分かりました。貴国との条約は生きています。ボーガベルはシストムーラの反抗勢力掃討を支援させて頂きます」
「そうと決まれば帝は部屋から出て行ってくれないかね?」
「へ?」
唐突にソミュアに言われた言葉にダイゴは間の抜けた返事を返した。
「へ? って行くとこあるだろうが、さっさとお行きよ」
「え? いや、あの……」
「ダイゴ、後の事は我々に任せてあの二人の所に行ってやれってことだよ」
グラセノフが助け舟を出す。
「ふうん、そっちの良い男は良く分かってるじゃぁないか」
ソミュアは愉快そうに笑った。
「そっか、じゃあそっちは任せるわ」
「お任せください」
エルメリアの微笑みに見送られ、ダイゴはワン子を連れて部屋を出て行った。
「ああ、ここにいたのか」
広大な中庭の隅で姉妹は抱き合って泣いていた。
「ダイゴ様……」
「ダイゴ様……私……私達は何なんだ……一体……」
「何ってスミレイアとファムレイアだろ? それ以上でもそれ以下でもない」
「でも……でも……」
そこにいたのは気弱な内面を曝け出したスミレイアだった。
「ああ、別れてウンタラって奴か。俺のいた世界じゃ双子は珍しく無かったが大概性格は違ってるのが当たり前だったしなぁ」
むしろ声を揃えて喋ったりする双子など大昔の怪獣映画位でしか見た事が無い。
「そうなんですか……」
「もし、自分に欠けている物があると気にしてるのならそれは違うぞ? それはその個人の個性であって双子うんぬんは関係ないと俺は思うな」
「……」
「元から完璧な人なんていないのが当たり前だ。俺だってそうさ。皇帝なんてやってるけど元はしがない一平民だぞ? 軍才に長けている訳でも政治に秀でてる訳でもない。失敗も沢山した。言ってみりゃ無能だな」
「で、でも……魔法は我々姉妹よりも遥かに凄い物を使えるじゃないですか」
「そ、そうだ……何を卑下する事がある」
「だろ? 別に俺はそれを恥とも思わんし、無い才が欲しいとも思わない。俺は俺。それ以上でもそれ以下でもない。なら己の持ってるもので精一杯やるだけ。そうじゃないか?」
そう言われて姉妹はハッとした。
「どんなに強い力を持っていても一人では結局壊す事しかできない。俺はこの世界でそれを痛い程教えられた。だが俺は優れた者達に巡り合えた。お前達だってそうだ」
「私達……も?」
「ああ。そうやって欠けた部分を皆で補っていけばいいんじゃないか?」
「「……」」
「まぁ差し当たってまずは親子で話し合ってみな」
真実を告げる事は恐らく夫妻にとっても辛い事だったろう。
特にルーンドルファの心の痛みは元人の親だったダイゴには痛い程分かった。
そう言ってダイゴは立ち上がると彼方で見守っていたワン子の方に歩いていく。
その姿を見送っていたスミレイアが不意にガシガシと涙を拭うと、ファムレイアの方に振り向いた。
「付いていこう」
その顔は何時もの気丈なスミレイア。
「ええ、姉上。一緒に」
「ああ、一緒にだ」
姉妹は揃って新たな一歩を踏み出した。
――アーメルフジュバ、魔導法院。
その地下の巨大な広間に幾重もの円形の壁がそそり立つ。
壁には一面びっしりと魔呪紋が彫りこまれており、その中央に二十人もの神官が円を作っていた。
円の中心にはやはり奇妙な呪紋が彫りこまれた魔石製の椅子が光を放つ。
そこに座っているのは赤竜ルナプルトだ。
片肘をついた姿勢で目を瞑っている。
目の前には両手足を鎖で繋がれたカイシュハが倒れている。
「――! ――――! ――! ――――――!!」
目から涙を流し悶絶するカイシュハだが、悲鳴の代わりに口から吹き出るのは呪紋だった。
周囲にいる者達はそれを懸命に書き写している。
「うぅぅん、ダイゴ帝は実に用心深いお方。大分仕込みには手間暇掛かりましたが、成果は上々の様ですねぇ」
脇でドンギヴは呪紋を紡ぎながらのたうち回るカイシュハを見てほくそ笑む。
「――! ……」
限界にきたカイシュハの鼻から血が吹き出し、目がグリンと裏返る。
すかさず脇に控えていた魔導士達が『回復』呪紋を掛け、カイシュハは途切れることなく呪紋を紡ぎ続ける。
「ドンギヴよ、これは一体どういう事なのだ。」
隣で孫娘を何の感慨も無く見つめるサダレオが口を開いた。
この儀式が始まってかれこれ一昼夜を過ぎているが未だに終わる気配がない。
「ダイゴ帝の例の魔法、これを今呪紋式にしているのでございます。なにせ膨大な術式故お時間が掛かるのは致し方ないと」
「それは構わぬがなぜカイシュハを使う? 例の魔水薬で姉妹を操れば事足りたのでは無いか?」
「いえいえ、呪符礼闘で試した結果、あの姉妹の魔法模写でもダイゴ帝のあの御業を模写する事は不可能と分かりました故」
「何故だ?」
「『神のプロトコル』とでも申しましょうか。ダイゴ帝はそれを使って魔法を紡いでらっしゃるのです」
「『かみのぷろとこる』? 何だそれは」
「神の使徒がその御業を顕現する為の呪文式とでも申しましょうか」
「それが使えれば我々も神の御業が使えるのではないか?」
「いえいえ、それが使えるのは神の代行者たるダイゴ帝のみ。余りの情報量の多さに常人ではとてもとても」
「それでは今行っている事も無駄ではないのか?」
「いえいえ、同じく神の使徒である地の竜ならば使えないまでもそのプロトコルにアクセスする事は可能……と私は推測しておりましたがまさにその通りでございました」
「あくせす? 言っている事は良く分からぬが……」
「つまるところ、竜の力を介してあの姉妹にダイゴ帝の力を読み取らせ、そのままこちらに送ってカイシュハ様に呪文を紡がせているのでございます」
「むう……」
結局のところサダレオにもよく理解は出来なかった。
「しかし、これでサダレオ様ご悲願の物が手に入るのでございまするよ」
「うむ、それ一つで街、いや、国すら滅ぼせるという究極の魔法……胸が踊るわ」
「はい、それが手に入ればシストムーラは西大陸、いや五大陸全ての制覇も夢ではございません」
「それを運用する為の気嚢船、魔鋼兵そして屍竜。それらが揃えばボーガベルなど恐れるに足らぬわ」
「……左様でござりまするなぁ」
サダレオには見えぬところでドンギヴは嬉しそうに嗤う。
それは愚者に対する嘲りの様でもあった。
「――――――! ――――――! ――――――!!」
狂気の表情を浮かべながらなおもカイシュハは呪紋を紡いでいく。
自分の意思とは関係無く何処からか、恐らくは目の前の男から送られてくるモノが口から噴き出ていく。
みんな……みんな……アイツらの……せいだ……殺す……コロスコロスコロスコロスコロスコロス……。
辛うじて繋げられた意識はクリュウガン姉妹への殺意で塗りつぶされていった。
今話で第十一章は終了です。
面白いと思った方、続きが気になる!読みたい!と思った方は、ぜひブックマークと五つ星評価、いいねをよろしくお願いします。
次回から第十二章「魔導皇国栄華興亡編(仮)」が始まります。
どうぞお楽しみに!





