第百四十二話 屍竜
ダイゴ以下ボーガベル勢とスミレイアとファムレイア、ルーンドルファ法皇のクリュウガン親子を乗せたアジュナ・ボーガベルは進路を南西に取った。
「こ……これが空飛ぶ船……」
憔悴していたスミレイアだったが、空からの眺めに感嘆の声を上げる。
「さて、今後なんですが、一旦ガーグナタまで行くという事で宜しいでしょうか」
副侍女長のルファが淹れた珈琲を一口啜るとダイゴが切り出した。
「その事なんだがね、南東の海岸沿いにシネアポリンという街がある。そこへ向かってくれないか」
「シネアポリン?」
「「シネアポリン!!」」
ダイゴと姉妹の声が重なった。
「父上! やはりあの女が裏にいたのですね!」
それまで物珍しそうに空からの眺めを見ていたスミレイアが血相を変えてルーンドルファに詰め寄った。
「あの女?」
「おいおい、自分の母親をあの女呼ばわりは無いだろう」
「あの女はあの女です!」
「誰なんですか?」
「ああ、それは……」
「マスター、ご歓談の所申し訳ございません。後方の偵察型擬似生物が本船を急速に追尾してくる物体を確認しました」
「何だと!」
その言葉にその場の空気は一瞬で変わった。
「アジュナを追って来るかよ。バーブナマズやゲルフォガの類じゃないな?」
「はい、もっと大型です。該当するのは……」
「竜か」
そう言って一同はソルディアナを見た。
既に彼女の弟がアーメルフジュバにいたという情報は眷属間では共有されている。
「ふむ……彼奴め」
「後方の偵察型擬似生物の捕捉領域に侵入、映像出ます」
正面上部の大型魔導受像盤にその姿が映る。
巨大な翼をはためかせるその姿は紛う事なき竜の姿だ。
「なんじゃ……アレは」
だが、予想外の声を上げたのは当の竜であるソルディアナだった。
「は? どう見ても竜じゃん」
「い…いや、確かに姿形は我と同じ竜ではあるが……何か違うのじゃ……」
「そういや赤くねぇな」
その竜の体色はは艶消しの灰色だ。
「ルナプルトならば体色は赤いはずじゃ。じゃがあれはまるで竜核が抜け落ちた後の……まさか……」
何かに思い当たった表情をソルディアナが浮かべる。
「屍竜……」
「何だそりゃ。抜け殻っていうかドラゴンゾンビって奴か?」
「そのどらごんぞんびが何かは分からぬが、竜核が抜けると大概竜体はあの色になってすぐに崩れ落ちるのじゃ。だが稀に形を保ったままの物もある。それを屍竜と呼ぶのじゃが……それが動くなどとは……」
「じゃあ何らかの方法で動かしてるんだろ」
「ど……どうやってじゃ」
「それは戦ってみねぇと何とも言えないな。全艦臨時戦闘態勢、機動砲台全機起動」
「了解しました」
ダイゴの指示を受けた船長のウイリアムが配備されている十二機の機動砲台に指示を送る。
「ウルマイヤ。レミュクーンで防御、セネリは騎士団と発進準備」
「かかか、畏まりましたぁ!」
「承知した」
「大将、俺も出させてくれよ」
そう言ってガラノッサが手を挙げた。
「お前、一度痛い目見たろうが」
センデニオ近郊の戦いで黒竜の竜息を受けたガラノッサは全身火傷に加え喉を損傷するダメージを受けた。
すぐさまシェアリアによる魔法治療を受けたが一つ間違えれば再生不能なダメージを追う所だった。
「尚更だ。もう同じ轍は踏まねぇ。それにこれがあるしな」
そう言ってガラノッサは金の台座に嵌め込まれた大ぶりな魔石を二つ取り出した。
「如何にそれでも直撃を喰らえば一溜まりもないぞ」
「分かってるって、行くぞリセリ」
「あっ、お待ちください!」
「二人とも、無理はするな。あとくれぐれもガラノッサを頼む」
「任せてくれ」
「お任せ下さい」
セネリとリセリはダイゴの唇に自分の唇を重ね、ガラノッサを追うようにブリッジを出て行く。
眷属であるセネリはともかく、そうでない普通の森人族であるリセリにも恐れや躊躇いは微塵も感じられない。
「ご……ご主人様! やっぱり私も出るぞ!」
その様子をじっと見ていたメアリアが意を決したようにダイゴに叫んだ。
「えー、メアリアサン、高い所駄目だよね?」
「だぁ! だっだだっだだっ……大丈夫だ! みっんみんみん……みんなが戦っているのに! わわわ私だけここで指を加えて見ているわけにはいかない!」
言っている決意は立派だが、足はガクガクと震え、顔色は真っ青だ。
アジュナ・ボーガベルに乗る事自体には漸く慣れたメアリアだが、未だに高所は駄目で滅多にブリッジに顔を出す事は無い。
「そうは言ってもなぁ……お前の分の魔導甲冑作ってねぇし」
「あ、あれがあるじゃないか! セネリが漏らしたあれが!」
「ああ……」
それは試作汎用型魔導甲冑の事だ。
ダイゴに勝負を挑んで敗北したセネリがお仕置きと称して強制的に装着させられ、恐怖のどん底に落とされた代物だ。
そう言った途端上部甲板に行ったはずのセネリが顔を真っ赤にしてすっ飛んで来た。
「どうやら竜を倒す前に倒さねばならぬ相手が出来たようだなぁ! ええ? 寝坊助!」
「い、いや……ほ……他に表現のしようが無かったのでな……」
「おおいセネリ君、遊んでないで早く発進してくれよ」
「し……しかし!」
「いいからはよ行けって」
「し……仕方あるまい……この話は戻ってゆっくりするぞ! いいな寝坊助!」
セネリは顔を真っ赤にしたままそう言って再びブリッジを出て行った。
「まったく、あれ程気の短い奴とは思わなかった」
「お前もお前だ。今回は大人しく見てろって」
「あう……だ……駄目だ! アレを貸してくれ!」
そう言うメアリアの目だけは真剣だった。
「しょうがねぇなぁ、ほれ」
根負けしたようにダイゴは紫の魔石をメアリアに手渡す。
「かっ! かか感謝する!」
メアリアはダイゴに口づけするが歯がカチンと音を立てた。
「で……では……行ってくる!」
「おう、頑張れよ」
そういってへっぴり腰のメアリアもブリッジを出て行った。
アジュナ・ボーガベルの上部甲板の扉が開き、高機動型魔導甲冑ハリュウヤを纏ったセネリと戦乙女の羽衣を纏ったリセリ達遊撃騎士団の森人族が出撃していく。
「へっへっへ! 行くぜ!」
続いて鈍色に輝く高機動型重魔導甲冑グレイガレイオンを纏ったガラノッサが背面四基の大型魔導素子から発する紫の光を燦めかせながら宙に舞う。
「うーん、まるっきりSFアニメの世界だなぁ」
「えすえふ……何ですか? それ」
目の前に展開されていく光景に妙な気分を感じて苦笑いするダイゴにファムレイアが訊いた。
「ああ、俺の故郷で流行っていた空想科学物語さ。宇宙とかで巨大な船や大きな鎧人形が戦争したりするんだ」
「かがく……うちゅ……う?」
初めて聞く言葉にファムレイアもスミレイアも首を傾げる。
「まぁ落ち着いたら見せてやるよ」
ダイゴがそう言って笑った直後、中空に発生した魔法陣から捻り落ちたレミュクーンが上部甲板を脚部で抱き掴む。
「……私はどうする?」
脇で外を見ていたシェアリアがダイゴに訊いた。
「取り敢えず上部甲板に俺と一緒に来てくれ。それと浮遊台座を出せるように」
「……分かった」
「我も行こう。色々確かめたいでな」
ソルディアナが神妙な面持ちで言った。
「分かった。グラセノフ、ここの指揮は頼んだ」
「ああ、任せてくれ」
「じゃあ行こう」
「あ、あの! 私達も何か出来ないでしょうか!?」
そう声を挙げたのはファムレイアだった。
「何だ? 流石に今回は大人しくしててくれよ」
ダイゴが窘めるように言った。
「しかし……」
「流石に今回は相手が悪すぎる。空ナマズの時とは訳が違うんだ」
「う……」
自分が引き起こしたバーブルーヌの件を持ち出されてファムレイアはうなだれた。
――アーメルフジュバ近郊上空。
散開したセネリ達の魔導甲冑が空を切って進む。
『いいか、魔導甲冑とはいえ竜息の直撃を喰らえば一溜まりもない。各人くれぐれも慎重に!』
『了解!』
セネリの言葉に一斉に返答が返ってきた。
「見えた!」
先頭を飛ぶセネリが遠くからみるみる大きくなる黒点を確認した。
と、黒点が一瞬輝いた。
『竜息!』
念話を送った直後に巨大な火の玉が迫る。
竜の放つ竜息だ。
セネリ以下遊撃騎士団は散開してこれを躱す。
竜息はアジュナ・ボーガベルの遥か手前で破裂した。
「いきなり撃ってくるか……」
『狙いはやはりアジュナ・ボーガベルですね』
アジュナ・ボーガベルの無事を確認し呟いたセネリにリセリの声が響く。
『ああ、全員近づけさせるなよ!』
そう言っている間に姿かたちが視認できるほどに竜は近づいて来た。
「ほう……」
セネリが思わず声を漏らす。
全長は百メルテを優に超え、以前見たソルディアナの竜体より一回り大きい。
全身が艶の失せた灰色で、所々が綻びの様に崩れている。
『雷撃始め!』
セネリの合図と共に一斉に雷撃が放たれる。
だが二百近い雷撃は全て屍竜の濁灰色の体皮表面で拡散していく。
「やはり……魔法は通らんか」
黒竜の戦いで竜体には魔法耐性がある事は分かっていた。
敢えて撃ったのは屍竜の能力を図る為だ。
『炎弾を撃つ。それが通らなければ全騎距離を取れ』
『了解!』
直後に一斉に炎弾が放たれ、轟音と共に屍竜が炎に包まれる。
だが、その炎を抜け、屍竜はなおもアジュナ・ボーガベル目掛け突き進む。
「ならば!」
セネリはハリュウヤを展開し、槍剣グリオベルエを構える。
魔力を注がれたグリオベルエが白光を放ち始める。
「ご主人様が名付けたこのハリュウヤは竜を破る矢という意味だ! 喰らえ! 雷迅突!!」
文字通り、白く輝く矢となったセネリのハリュウヤが屍竜の腹部を突き破った。
「どうだ!」
魔導素子を展開し急制動を掛けながら転回したセネリが見たのは、突き抜けた所に穴を開けたままなおも突進する屍竜の姿だった。
この動き……。
セネリには屍竜の動き、そして雰囲気に覚えがあった。
『ご主人様、この屍竜おそらく聖魔兵と同じだ』
『何だと?』
『何じゃと?」
ダイゴとソルディアナが同時に念を上げた。
『動きが単純だ。これはあの聖魔兵の動きと同じだ』
『そういう事か……それでも大したもんだが……』
『どうやら自己再生とやらは無いようだ。開けた穴が塞がる様子は無い』
『分かった。皆を下げてくれ』
『ちょっと待て! 俺はまだ何もやって無いぞ!』
ガラノッサの声が響く。
『やらんでいい。リセリ、首根っこひっ捕まえて押さえておけ』
『畏まりました』
『あ! おい! ちょ! リセリ! お前ら!』
偵察型疑似生物の送ってきた映像でガラノッサにリセリ達が群がって取り押さえているのを確認してダイゴは脇で腕を組んで屍竜のいる方を睨んだ。
「ソルディアナ」
「何じゃ」
「竜になってアイツを取り押さえられるか?」
「ほう、生粋の地の竜である我があのような抜け殻に遅れを取ると思うておるのか? ……って一寸待て。何をするつもりじゃ?」
「何って決まってんだろうが、『蒼太陽』でアイツを焼却すんだよ。チマチマ攻撃しても効きそうもないしな」
魔導戦艦ムサシならば可能だろうが現在のアジュナ・ボーガベルの火力では如何ともしがたい。
そしてムサシは現在空中帝都ティティフに係留中で間には合わない。
「ほう、つかぬ事を聞くが我はどうするのじゃ?」
「ああ、ちっと我慢しててく……」
「ふざけるでないわ!」
肩をいからせたソルディアナが怒鳴った。
「いや、前も耐えられたんだし良いじゃん」
「ちっとも良くはないわ! 何が悲しゅうてあんなモノに二度も我が身を晒さねばならんのじゃ! そんなモノは数千年の生の中で一度で十分じゃ!」
「ちぇっ、我が儘だなぁ」
「我が儘とかそういう問題では無いわぁ!」
もはやソルディアナは涙目状態だ。
「むう……作戦変更、ソルディアナに断られた」
「……当たり前」
シェアリアが当然といった感じで応える。
「さてもどうしたものやら……」
「……捕縛魔法を当ててみたら」
「それはいいが、使えるのはお前と、エルメリアとウルマイヤしかいないぞ?」
「……しかし、魔法はあるけどすぐに使える魔導士なんて……」
そう言ったシェアリアとダイゴが同時に思いついた。
「……いた」
「いるじゃん」
直後、激しい爆炎とドオンという轟音が響き、辺りが深紅に染まる。
接近してきた屍竜の竜息がレミュクーンの『黒防壁』に弾かれ爆ぜたのだ。
「ちっ、もう射程距離まで来やがったか。ソルディアナ! 奴を足止めしてくれ!」
「一緒に焼いたりせんよな?」
「しないしない! する訳ない!」
「……さっきまでする気マンマンだった気がするがのう……まあ良いか……」
ソルディアナはそう言ってつま先を伸ばしてダイゴに口づけをすると向き直って構えた。
「竜化転身!」
その身体が白く輝いた後に消え失せ、同時に上空に黒く輝く竜が出現した。
背中の羽根を羽ばたかせて瞬時に黒竜は加速すると、竜息を放とうとした屍竜に真正面から組み合った。
こ、こ奴……。
屍竜は組み付いている黒竜に構わず、なおもアジュナ・ボーガベルに向け竜息を放とうとする。
首を掴んだ黒竜がそれを懸命に阻止している。
「おー、やっぱ巨大怪獣同士の格闘戦って迫力満点だなぁ」
「……感心してる場合じゃない」
「まぁ慌てんなよ」
「お待たせしました」
「……」
「……」
クリュウガン姉妹がエルメリアに連れられてやってきたが、いきなり眼前で繰り広げられている巨大生物同士の格闘戦に肝を潰している。。
「ああ、二人にちょっと手伝ってもらいたいことが出来たんだがいいか?」
「お手伝い……ですか?」
「い、一体何を……」
今この場において、先程のダイゴの静止の意味が理解できたというのに、今度は真逆の事を言われている。
この非現実な状況下で一体自分たちに何が出来るというのか。
『ソルディアナ、一度防御魔法をブチ当てる。その後『重縛鎖』で拘束してから『蒼太陽』を使う』
『さ、さっさとやらんか!』
『お前ごと焼いていいならすぐやるが嫌ならもうちっと頑張ってくれい』
『難儀じゃのう……早くせい!』
そう言っている間に屍竜は竜息を吐こうとするが黒竜の尾の一振りを顎に受け、竜息は見当違いの方へ飛んで行く。
「わ……私達がですか?」
「あ、相手は地の竜だぞ!」
ダイゴから説明を受けたクリュウガン姉妹はあまりの事に愕然とした。
とてもちょっと手伝うという範疇の事では無い。
「二人を見込んで頼んでるんだがな。それとも筆頭だの次席だのの肩書きはお飾りか?」
ダイゴの言葉に二人はハッとした表情を浮かべた。
「そ、そんな事は無い! や、やってやる!」
「わ、わかりました。やります。しかし、どうやって」
「これからシェアリアが魔法を使う。二人はそれを模写して屍竜に使ってくれ」
「魔法……ですか?」
「ああ、散々知りたがってたんだからいい機会だろ?」
「そ、それは……」
「シェアリア」
反論しようとするスミレイアを遮るようにダイゴはシェアリアに声を掛け、シェアリアは魔導杖をかざして高速詠唱に入る」
「――『重縛鎖』」
直後、黒竜が組み付きを解き、逃れた屍竜はアジュナ・ボーガベルに竜息を吐こうと口を開けた。
だが何かにぶち当たり跳ね飛ばされるように仰け反った。
「どうだ?」
「模写は出来た。だがどうやって上下に行くのだ?」
土魔法『重縛鎖』は、ダイゴの使う『重力縛』を詠唱で再現した物だが、威力も劣る上に直線上にしか出せないという欠点があった。
その為シェアリアにとっては自在に使える『重力縛』の方が使い勝手は良いので、『重縛鎖』は没魔法とされていた。
「やっぱりアレしか無いか」
「アレ?」
ファムレイアが聞き返すも答えの代わりにダイゴは掌から魔石を二つ生み出した。
「ええっ!?」
「なっ!?」
姉妹の驚きを余所にダイゴは二人に魔石を渡す。
「ちょっと『装着』って言ってみ?」
「え? 装着……」
「……装着」
次の瞬間眩い光が二人を包んだ。
「ひっ! ひゃああああああっ!」
「なっ! うわあああああああっ!」
光が収まると二人は無骨な甲冑の中に飲み込まれていた。
「ダ! ダダダダイゴ様!? こ、これは一体!」
「ちょ! ななな何だこれは!」
「あー時間が無いんでとっとと配置についてもらう」
そう言ってダイゴが念を送ると二体の魔導甲冑は宙に浮いた。
「あっ! やっ!」
「ひっ! いっ!」
「じゃあ頼んだぞ」
その声と共に二体は中空に飛翔する。
「いやあああああああああああああっ!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいっ!」
二人の悲鳴と共に。
「まぁ、最初は仕方ないが、何せ緊急事態……あっ」
そこでダイゴはもっと効率の良い方法を思いついた。
「……いいか、始めちゃったし、黙っとこ」
「……ご主人様、鬼畜」
ダイゴが何を思い至ったのか察したシェアリアと頭を搔いているダイゴを乗せて『浮遊台座』は中空に浮かび上がった。
続いてレミュクーンも浮かび上がり、手を振って見送るエルメリアがアジュナ・ボーガベルの上部甲板に残る。
黒竜による必死の足止めはなおも続いていた。
自身に比べさほど動きは速くは無いものの、体格と力が上回る屍竜を黒竜は取り押さえるのが精一杯であった。
いい加減、取り押さえるのも限界が来かかっていた時、ダイゴの念話が響いてきた。
『待たせたな、ソルディアナ』
『まっ、待たせすぎじゃ!』
『黒竜ともあろうものがそんな抜け殻に手こずるのかよ?』
『そ! そういう煽りは要らんから早うせんかぁ!』
ソルディアナの念話に必死の色が濃くなる。
弟の、しかも抜け殻である屍竜に手こずるなど誇り高き地の竜としては認めたくはないのだろう。
『よし、全員配置についたな』
『お任せですわ』
『……問題ない』
『つつつ、付きました』
エルメリア、シェアリア、ウルマイヤからは即座に念話が帰ってくる。
それぞれが屍竜を囲むように展開していた。
『だ、だだだ……大丈夫です』
やや遅れてファムレイアの声が魔導甲冑を通してダイゴの頭に響く。
『……』
だがスミレイアの声がしない。
『おーい、スミレイアサン?』
まさか伸びちゃって無いだろうな……。
『だ……大丈……夫……だ……』
何時ものスミレイアらしからぬ弱弱しい声が響いて来た。
『よし、やるぞ! ソルディアナ! 離れろ!』
『やっとか!』
それまで尾も含めて屍竜に組み付いていた黒竜が突き放すように離れる。
一回転した屍竜が頭をアジュナ・ボーガベルに向けた。
『今だ!』
「『重縛鎖』!」
「『重縛鎖』!」
「『重縛鎖』!」
エルメリア、シェアリア、ウルマイヤが同時に無詠唱で『重縛鎖』を発動し、屍竜が押し付けられるように動きを止める。
『――重縛鎖!』
一拍遅れてファムレイアが詠唱型の『重縛鎖』を発動し屍竜の足元が塞がれる。
「!?」
だが屍竜の身体が這い出るように上へ動いていく。
上辺が塞がっていないのだ。
「スミレイア!」
甲冑から聞こえるダイゴの声を余所にスミレイアは震えていた。
初めての実戦、しかも相手は抜け殻とはいえ竜。
いや、抜け殻とはいっても当の地の竜よりも大きく、力も均衡している。
そんな相手と初めての虚空にすっかりスミレイアは委縮していた。
こわ……い……怖い……。
甲冑の中でこそ己に曝け出された本当の自分。
〈お前はお姉さんなのだよ〉
そう言われて今まで自分はそれを心の拠り所として生きてきた。
本来一つであるはずが二つに分かたれた姉妹。
その事実を知り、それでもなお、姉として誇りを持って生きてきた。
でも……でも……本当は……私は……。
「スミレイア!」
ファムレイアの己が名前を呼ぶ声でスミレイアは我に返った。
「しっかりしなさい! 姉上でしょう!」
「ファム……」
「スミレイア! 自分自身を信じろ! やれ!」
続いて響いたダイゴの声に、スミレイアの心の何かが弾けた。
「あああああああああっ! ――重縛鎖ぁ!!」
気合を込めて放った重縛鎖が、上方から戒めを抜けようとした屍竜を圧し潰すように閉じ込め戻した。
「良し! ちょっとやり過ぎだが良いぞ!」
なおも屍竜は重縛鎖の囲みを抜け出ようともがく。
「禁呪解放!」
そう叫んだダイゴの両腕に淡く光る蒼白色の魔法陣が現れた。
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次回をお楽しみに!





