第百三十八話 風雲
――翌日、アーメルフジュバ。
「おはようございます、ご主人様」
「おはようございます、ご主人様」
目が覚めれば左右からエルメリアとワン子がこちらを見ている。
これは場所がボーガベルだろうがシストムーラだろうが同じだ。
「ああ、おはよう」
そう答えると他の眷属達も起きてきた。
起きないのも三人ほどいるが。
「おはようございます、ご主人様。結局、昨晩は襲撃はありませんでしたわ」
俺の口を吸いながらセイミアが言った。
初日にたちの悪い覗きを眠らせて以降、天井裏に潜む者はいなくなった。
「やはり俺達が出国してからなんじゃないか」
「いえ、逆に我々を出国させないつもりです」
「理由は?」
「まず、魔導大国を自負するシストムーラがボーガベルに魔法で劣るなどと喧伝されたくないでしょう」
「そうは言ってもさ、魔導士の数なんか桁違いじゃん。アレなんかとても真似できないぞ」
魔道法学院の生徒だけで優に五千人はいた。
ファムレイアによると彼等も有事の際は魔導兵として戦うそうだ。
軍全体では十万人の規模があり、その三分の一の三万が魔導士だそうだ。
残りの一般兵も徴兵された専業兵士であり、昔ながらの農民徴用兵が多いガーグナタ軍に量は大幅に劣るものの、質は比べものにならないほど高い。
実際この百年の間に度々あったガーグナタの侵攻は何れも退けられている。
「いえ、魔道法院の首席以下がご主人様に魔法で敗れた事が問題なのですわ」
「仕掛けてきたのは向こうだけどなぁ。で、面子を潰されたんで俺達を帰さないってか」
「それと魔法技術の剽窃ですわ。しかも内密に」
「つまり俺の魔法をそっくり頂いちゃおうってか」
「その尖兵として送り込まれたのが『魔法模写』を持つクリュウガン姉妹ですわ。でも……」
「俺のは失敗したと」
「ですが諦めてはいないでしょう。少なくともシェアリア様の魔法を模写する事は出来たのですから」
「まぁそうだけどさ、俺のをやったらいきなり血ぃ吹いてぶっ倒れたんだ。普通なら同じ真似はしないよ」
その時、扉の向こうで声がした。
「「おはようございます、ダイゴ様。もうお目覚めでしょうか?」」
このハモった声はクリュウガン姉妹だ。
噂をすれば何とやら。
「ああ、何だ? 火急の用事か?」
「「はい。急遽お伝えしたい事がありまして」」
その声にアレイシャが扉に目を向けた。
いきなり兵士が雪崩れ込んでくるってのはこの世界に来た時にグルフェスにやられた。
だが、廊下に忍ばせた偵察型疑似生物からの映像には姉妹の他に人影は無い。
それでもアレイシャは警戒したままだ。
「まだ寝姿だがそれでも良ければどうぞ」
「「失礼します」」
そういって声を揃えて入ってきた姉妹のその後の反応は違った。
「ひうっ!」
「……」
とファムレイアは小さな悲鳴を上げて立ちすくみ、スミレイアは無言で呆然とこちらを見ていた。
まぁ無理もないだろう。
濃厚な匂いと眷属たちのあられもない姿。
何時ぞやのルキュファみたいに鼻血を噴き出さないだけマシだ。
「おう、おはよう……って今日なんかあったっけ?」
「は……はい。昨日の友好通商条約の締結を受けた記念祝賀行事が午後より開かれますが……」
「あ? んなモン予定にあったっけ?」
俺の言葉にクフュラが首を横に振る。
「だ……だから条約の締結を受けて急遽決まったのだ。それを急ぎ報せに来た」
顔を赤くしたスミレイアが若干キレ気味に言う。
「いいよ、もう条約は締結したんだし」
「そうは参りません。両国の正式な取り決めなのですから」
そういうファムレイアも顔が赤い。
「あれだよ? 出たらおたくらんところの兵が攘夷でござる! とか言って襲い掛かって来るんじゃ無いだろうね?」
「そ、そんな事は無い! ある訳が無い!」
スミレイアがムキになって否定するが、この国、特に魔導法院とやらは色々やらかしてくれてるので説得力は余りない。
「まぁ、良いけどさ。仮にそんな事になればそいつら分の死体の山が出来ちゃうよ?」
俺の言葉を受けて静華を携えて壁にもたれていたアレイシャが鋭い視線を姉妹に向けた。
「っ……、そんな事はありません」
「まぁ良いけど、それで?」
「はい。本来の予定では今日が魔道法学院の視察でしたが、昨日済ませてしまいましたので、昼前は本来昨日行うはずだったアーメルフジュバのご案内をしたいと思います」
「要は市内観光ね。でも仰々しいのは御免だよ」
「ダイゴ様はそう仰ると思いまして、シストムーラの平服をご用意致しました」
「へぇ、気が利くねぇ」
「ただ、この人数ですとやはり目立ちますので人数を絞って頂きたいと……」
「ああ、良いよ」
ファムレイアの言葉にはやはり罠の匂いが漂っている。
昨日あれだけ散々な目にあったのにまだ懲りていないのか、あるいは……。
「それじゃ支度しますか」
そう言って寝台を降りた途端、
「ひぅっ」
ファムレイアは顔を覆い、
「あ……あのだな……か、隠してくれないか?」
スミレイアはそう言って視線をそらした。
ああ、いつもの調子で裸族全開でいたわ。
まぁ、入って来たのは姉妹の方だし。
この世界であからさまなセクハラ皇帝と罵られる事は無いだろう。
ワン子がゆっくりと、そしてじっくりと姉妹に見せつけるように綿生地のバスローブ状の部屋着を着せてくれている。
その様子を顔を真っ赤にした姉妹が目をそらさず見ている。
いや、逆に俺の方が恥ずかしいわ。
「じゃあ行ってくる。そっちの方は宜しく頼んだぞ」
「お任せください」
朝食を終え、用意されたシストムーラの平民服を着た俺に、エルメリアが自信満々に胸を張って言った。
市内観光にはワン子、アレイシャ、ウルマイヤ、コルナ、セネリ、メルシャが同行することになり、エルメリア、メアリア、シェアリアにセイミア、ニャン子、クフュラそしてグラセノフ達三将が居残りだ。
居残り組には事前にやるべきことは伝えてある。
特にニャン子は既に任務についており、ここにいるのはスライムで作ったコピーニャン子だ。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。お帰りをお待ちしております」
と語尾に『にゃ』を付けずにお辞儀するニャン子に違和感を感じつつ、俺達は用意された八人乗り大型馬車に乗って宿舎を後にした。
――アーメルフジュバ市街。
適当な場所で馬車を降りた俺達は市場へと足を運んだ。
メルシャ曰くその国を推し量るのであれば、首都の市場を見れば大体の事は分かるそうだ。
「でも、昔のボーガベルも何も無いって事は無かったぞ?」
「それは女王様が国の蔵を開いていたからです~種類とかは豊富では無かったはずですよ~」
「確かに」
小麦を売る店を覗くと何種類かの小麦がうず高く積まれている。
ボーガベルの時は確か一種類だけだった。
「量だけでは単純に推し量れません~本当に富んでいる所は種類と質を見ないと~」
実際ボーガベルで作られていたのは味は劣るが病害虫に強い品種で、シストムーラで主に生産されてるソレオ小麦は味は良いが病気に弱い品種だ。
「シストムーラでは農業にも魔法が取り入れられてますから」
ファムレイアが得意そうに言った。
「ああ、聖魔法を農作物に掛けてるのね」
確かに聖魔法は元は土魔法と言われているだけあって農作物との相性もいい。
だがボーガベルでは聖魔法を使えるのがラモ教の司祭だけだったので、そこまでは出来なかった。
「おっ、魔導杖の店なんてあるんだなぁ」
店先には様々な魔石、杖本体になる古木、装飾具が所狭しと並び、いかにもなばあさんが粘るような目つきでこちらを見ている。
「はい、ダイゴ様はともかく、魔導士には魔導杖は必携ですから……」
ファムレイアが少し落ち込み気味に言った。
まぁ魔導杖も使わずに無詠唱で魔法行使してみてたんだから無理も無い。
「ダイゴ様に上等の魔導杖を進呈しようとも思ったのですが……」
そう言ってファムレイアは目を伏せた。
「いいじゃん、作ってくれよ」
「え? でも……」
「いや、使う機会が無かったから使わなかったけど、そういう事なら記念に一本欲しいな」
「あ、は、はい……では」
「……」
少し笑顔の戻ったファムレイアと更に押し黙ったままのスミレイアと店に入り、あれこれ見て回る。
「杖はエギル樫にしましょう。硬くしなやかでいざという時に武器にもなります」
「へぇ」
「魔石は……ダイゴ様と姉上の髪と同じ、この黒色がいいです」
「黒い魔石なんてあったんだ」
東大陸にも魔石鉱山はある。その内ボーガベルにあるのは皇帝である俺の直轄地だが、大概赤、青、紫の三種が殆どで黒い魔石が産出されたという話は聞いたことが無い。
「希少ですので」
「なら二人のもそうだっけ?」
たしか二人のは紫だったような。
「色々と煩いのだ」
そうスミレイアが云った途端、あのカイシュハという女の顔が浮かんだ。
「ああ」
俺は姉妹の置かれている立場に納得した。
出来上がるまでの間、小休止しようと言う事になり、市場のはずれにある食い物屋の屋台が集まる広場に来た時だった。
「おやぁ! これはこれは!」
素っ頓狂な声を挙げて色とりどりの布を継ぎはぎした外套を着た男が踊るようにやってきた。
ドンギヴ・エルカパスだ。
「ダイゴ様! お久しぶりでござりまする」
そう言うやドンギヴは大げさな身振りで礼をする。
「っ……」
その姿を見てウルマイヤは表情を硬くし、
「……」
アレイシャが無言で静華の柄に手を掛けたが、俺が手で制する。
「おう、久しぶりだな。って、こんな所で何やってんだ? アンタ」
「まずは皇帝にご即位あそばし、まっことにおめでとうございます! 本来であればこのドンギヴ・エルカパス、何を置いても馳せ参じて祝辞と祝いの品を献上する次第でござりましたが……」
「ムルタブスからいち早く逃げちまったじゃねーか。で、何やってんだよ」
「いえいえ、あれは丁度商いを終えて帰る所でしたので、ハイ」
「で? な・に・を・やってるんだよ」
「いやぁ、ダイゴ様には敵いませンなぁ。実はワタクシ客人と一緒でございまして、そのお方が何処ぞへ消えてしまいまして、探している最中でござりまする」
「とても探している風には見えなかったけどなぁ」
「いえいえいえ、こう見えましてもそれはもう血眼、必死の形相でござりますよ、何しろ神出鬼没、ちょいとの隙にフイと消えてしまうお方ですのでまぁ」
そう云いながらドンギヴは大仰に額に手を当て、遠くを見回すゼスチャーをする。
「ふうん、ウチにも似た様なのがいるけどなぁ」
そう言えばその似た様なのも、アジュナ・ボーガベルからヒルファを伴ってどこかに行ったと留守番役のリセリから連絡があったっけ。
「とはいえ、ここでお会いしたのも何かのご縁、如何でしょう? 少々お話でもさせて頂ければ幸甚の至りでござりまする」
「ああ、いいよ。俺も丁度アンタに聞きたいことが色々あったんだ」
少し離れた公園に移動し、石段に腰を掛けると、ドンギヴは恭しく跪く。
「遅れましたが、ウルマイヤ様に置かれましてはその節はまっこと失礼を致しました。お許しくださりませ」
そう言って深々と土下座をする。
「……」
ウルマイヤの表情は硬いまま。
無理も無い。
コイツの薬で操り人形にされたんだ。
「エルメリアに叱られたそうじゃないか」
「はい、商いの事とは言え、女王様のお叱り、重々受け止めましたでござりまする」
「そう云う訳だ。俺にも責任はある。ウルマイヤ、改めてあの時はすまなかった」
「い! いいいいいえっ! ごっごごごごごご主人様がお謝りになられることはごごごごございません!」
慌ててウルマイヤは両手をブンブンと振って言った。
「まっことダイゴ様の慈悲深いお心、このドンギヴ、甚く甚く感激しておりまするでござりまするですよ」
「あん? 見え見えの世辞は要らんよ? で、お前はここで何してんの?」
「いえいえ、それは先ほども申し上げた通りで」
「そうじゃない。この国で何をやってるのかって聞いてるんだよ」
旧エドラキム帝国、そしてムルタブス神皇国。
俺に立ちふさがった敵の裏にコイツの影が見え隠れしていた。
そして今またこのシストムーラにいる。
「それはもう、私ども商人がする事といえばただ一つ! 商いでございます」
「それ以上は企業秘密か。さしずめ今度はサダレオ法院長に何かを売り込んでいる……ってところか」
「流石ダイゴ様、お察しが早い」
「まぁいいけどさ、俺の魔法を調べてんのは何でさ?」
「いやはや、そこまでお察しとは、まっことダイゴ様には敵いませぬなぁ」
そう言って笑いながらドンギヴは額をピシリと叩いた。
「俺に直接関わってくることなら俺もそれなりに対応するよ?」
「いえいえいえ、ダイゴ様のお手を煩わせることも、覇業を邪魔立てする積りも毛頭ございませン……ですが」
大げさに首を振るドンギヴの雰囲気が不意に変わった。
「ですが?」
「『元の世界』に戻りたいとは思いませンか?」
その言葉は俺にハンマーで殴られたかの如き衝撃を与えた。
――同時刻、アーメルフジュバ市街。
この国独特の円柱状の建物が立ち並ぶ通りを行き交う人々は厚手の麻の上下に紋様の入った貫頭衣を着ている。
これがシストムーラの一般的な服飾だ。
その中で周囲とは違った服を着た二人組が目抜き通りのど真ん中を歩いている。
長い鎖国状態にあったアーメルフジュバの市民は遠巻きに奇異な目で二人を見ていた。
その姿はあたかも地方から来たお上りさん。
「ふうむ」
ソルディアナは自分たちに向けられる視線などお構いなく街をキョロキョロと見回していた。
「あの……何を……探して……いるので?」
後ろからは侍女服姿のヒルファが付いてきている。
ソルディアナの気紛れ外出は今に始まった事では無いが、ここは色々問題を抱えた国の首都だ。
ふとした騒ぎが大問題になりかねない。
そうでなくともソルディアナの黒絹の礼装姿は人目を引く。
だがソルディアナ自身は一向に気にする様子もない。
ヒルファが追いかけようとした時、ポスンと外套姿の男にぶつかった。
「あ……ごめん……なさい……」
何時の間に……。
そう思った瞬間、
「邪魔だ」
の男の声と、
「ヒルファッ!」
そう叫ぶソルディアナの声が重なり、ヒルファは宙に浮いた。
恐らくは男が払った足蹴りをソルディアナがヒルファを投げるように上にあげてかわしたのだろう。
直後に猛烈な風がヒルファの周囲を行き交い、
パパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
炸裂音にも似た乾いた衝撃音が鳴り響く。
男が放つ瞬速の猛攻をかわしソルディアナが反撃の連打を浴びせている。
それも両者ヒルファを避けながらだ。
トン。
パァン!
ヒルファが地に足を着けた途端、頭上でソルディアナの拳を男が手の平で受け止めた状態で止まった。
僅か数秒の間に百発以上の攻撃が応酬されていた。
「やはりお主じゃったか……ルナプルト」
「久しいな、姉者」
めくれた外套から現れたのは灼熱にも似た鮮やかな紅毛の長髪。
涼やかな目には金色の瞳が光る。
「あね……じゃ?」
「ふん、我の不肖の弟じゃ」
拳を引きながらヒルファを抱えたソルディアナが言った。
「なんだ、このちんまいのは姉者の従者であったか」
「ふん、此奴に害を為せば、いかなお主であろうと容赦はせんぞ?」
「ほう」
一瞬ルナプルトの目が挑戦的に光った。
「いや、今日は止めておこう。折角の再会だ。何千年ぶりだ?」
「数えてなどおらんわ」
「まぁいいか。しかし姉者は何だってここに来た」
「ふん、色々あってな。そう言うお主は何故そんななりでこの街をうろついておる」
「はっ、内緒の話だがこの国の偉い奴に招かれて来たのよ」
「招かれた?」
「ああ、今の我は何と! 超竜煌輝帝国ストルプルドの皇帝だからなぁ」
「はぁ?」
「ふっふっふ、驚きの声しか出ないか。そうであろうなぁ」
「いや、呆れてモノが言えんだけじゃ……なんじゃその……ちょうりゅうナントカとは……」
「我の打ち建てた国よ。超竜煌輝帝国ストルプルド。格好良き名であろう?」
「国を建てた? お主、神の……いや大地の守護者の任はどうしたのじゃ?」
ソルディアナの関心はよく分からない国名よりも大地の守護者たる地の竜が国を打ち建てたという事にあった。
本来神から与えられた役では彼らは国家には不介入であり、自らが国を建てるなど考えられない事であった。
「ああ? いい加減穴倉にこもっておるのも飽きたのでな。丁度面白い話を持ってきた者がおって……まぁ退屈しのぎよ」
「むう……」
それに関してはソルディアナは何も言えなかった。
彼女自身がやはり霊峰アルコングラでの孤独な暮らしに飽きていた所をエドラキム帝国第一皇女ファシナの持ってきたボーガベル討伐の話に乗った経緯があったからだ。
結果は自身に大きな変化をもたらす事になったのだが。
「それはともかく誰に招かれたのじゃ」
「何と言うたか……ああ、サダレオとかいう爺だ」
「サダレオじゃと? それでお主何をしに来た」
サダレオの名は『感覚共有』でソルディアナも承知している。
昨日の『呪符礼闘』は面白い余興だと感心していたのだが。
「何もしておらん。ただ退屈しのぎに街をぶらついていたら姉者が見えたので近寄ったらこのちんまいのにぶつかったのよ」
「ふん、嘘をつくな。ガーグナタの戦場で我を見ていたであろう」
「ああ、やはり気付いておったか」
「そうか……あの毒鳥はお主が……」
聞けば魔獣ビタシィとやらは只人族如きが容易に捕獲できる物ではない。
だが竜族、しかも地の竜ならば造作も無い事だ。
「それよりも姉者は人間に負けたそうだな」
「人間ではないぞ? 神の代行者だ」
「ははっ! 馬鹿な事を。神の代行者とは我らの事では無いか」
「我もそう思っておったがのう、どうやら違っていたようじゃ」
「ほう、そ奴が我らよりも上というのか」
再びルナプルトの金色の瞳が光を帯びた。
「現に我は敗れた」
「はん、それで今はそ奴の奴隷か。全く我ら一族の面汚しだな」
「ふむ、暫く見ぬ間に随分と聞いた風な口を叩くようになったな。何時も我の後ろで泣いていたくせに」
「はん、あの頃の我と思うなよ。現に我は既にこの様な姿だが、姉者は何の変化も無いではないか」
確かに当時のルナプルトはソルディアナよりも小さく幼かった。
だが今では身長も遥かに高く、容姿はニ十歳そこそこにも見えた。
「ふん、我はこの姿が気に云っておるのじゃ」
「はん、見てくれは変わらぬが口ぶりだけは年寄り臭くなったな」
「余計なお世話じゃ! 貴様、今ここで縊り殺されたいのか!」
「はん、すぐに頭に血が上るのも変わらんな。だが、ここで騒ぎを起こすのは不味い。姉者もそうであろう?」
「ふむ、多少の分別はわきまえるようになったか」
「我は姉者よりも大人だからな。それに我も為すべき事がある。いずれまた会おうぞ」
そう言って踵を返すとルナプルトは見物していた人々の合間に消えていった。
「ふん……痴れ者が……」
その言葉を発したソルディアナの顔は今までヒルファが見た事のない、悲しげな顔だった。
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次回をお楽しみに!





