第百三十六話 呪符礼闘
――魔導法学院法錬堂
千鳥ヶ淵の日本武道館とほぼ同じ規模のこの建物は内外を防護呪紋によって防護されている。
二階部分に当たる観覧席はほぼ全ての法学院生によって埋め尽くされていた。
「第一試合! シストムーラ側! 第三席次魔導士! カイシュハ・ララスティン!」
司会役の法院生の弾んだコールに観覧席から歓声が上がる。
「対するボーガベル帝国! 筆頭魔導士! シェアリア・ボーガベル姫!」
ブーイングこそ上がらないまでも、会場は打って変わって静かになる。
『シェアリア、分かってるな?』
『……大丈夫、無詠唱は使わない』
シェアリアは会場を見回しながらダイゴに念話を送ってきた。
「ん?」
ダイゴはシェアリアがやたら会場を気にしているのに気が付いた。
『なんだ? 会場に何か仕掛けでもあるのか?』
『……何でも無い』
シェアリアはダイゴの脇に立つエルメリアの目をチラリと見た。
エルメリアは何時もと同じ笑顔。
ダイゴは二人のアイコンタクトを特に疑問に思うでもなく、すぐに法武台の反対側にいるクリュウガン姉妹に意識を移していた。
しかし、クリュウガン姉妹もあちら側とは……。
これはちとお仕置きが必要のようだな……。
「それでは、呪符礼闘第一試合、始め!」
その声に会場が湧き上がる。
「さぁて、ボーガベルの魔法をじっくりと見物させてもらおうかしら!」
余裕顔のカイシュハが魔導杖を構える。
シェアリアも自身の魔導杖を構えた。
「まずはご挨拶ね! ――緋王炎弾!」
五秒ほどの呪文詠唱でカイシュハの魔導杖から炎弾が撃ちだされる。
バパァン!
一瞬シェアリアの周囲に虹色の光が浮かぶと、炎弾は眼前で弾け飛んだ。
周囲に展開されている魔導防壁に当たったのだ。
同時にシェアリアの右手に嵌めてあった護符輪が砕けて地に落ちる。
ワァッ!
会場中に歓声が再び湧き上がる。
「あら、何も出来ずに棒立ちとはね! やはり魔法後進国は大したことないわ!」
「……」
シェアリアはそれには答えず、呪文を唱える。
「――『炎弾』」
シェアリアの魔導杖からも炎弾が撃ちだされた。
パァン!
だがそれもカイシュハの眼前で弾け飛ぶが、虹色の光は浮かばず、カイシュハの護符輪も砕けない。
「……聖盾」
シェアリアはそれが護符輪の魔導防壁によるものでない事を見抜いた。
聖魔導士が使える聖盾。
「あら、聖盾を張ってはいけないという事は無いわよ?」
カイシュハがニヤリと笑う。
「何だ! 事前の説明には無かったぞ!」
ダイゴの脇で見ていたメアリアがいきり立つ。
「まぁ使えれば防御魔法も有りなんだろ。使っちゃ駄目とは聞いてないからなぁ」
「くっ……あのカイシュハという女、複数属性持ちか」
「珍しくは無いんだろ。ウチだってシェアリアもそうだしテネアもそうだ」
「魔道士第三席ならば複数属性を持っていてもおかしくはありませんわ」
メアリアの隣のセイミアが法武台のシェアリアを見つめたまま言った。
「そういうことだな」
「さて! 次は……」
余裕のカイシュハが魔導杖を振りかざした時、
「!」
既に詠唱を終えたシェアリアの魔導杖から再び炎弾が撃ち出される。
パァン!
カイシュハは慌てて聖盾を展開しようとしたが間に合わず、炎弾が直撃した魔導防壁が虹色の光を放ちながら消滅した。
「くっ!」
「……お喋りしてる方が悪い」
「何ですってぇ! ――っ!」
激高し、再び詠唱を始めたカイシュハに更に炎弾が迫る。
速い……!
シェアリアの魔法詠唱はおおよそ三秒程。
同じ炎弾でもカイシュハのそれとは約二秒の差がある。
パァン!
「くっ!」
カイシュハの右足の護符輪が砕けて落ちる。
冗談じゃ無いわ……!
カイシュハとて魔道法院第三席である。
この地位に就くためには血の吐くような修練を重ねてきた。
火、雷そして聖の三属性を持つカイシュハは法院長である大魔道士サダレオの孫として産まれ将来を嘱望されて生きてきた。
その血筋と素養の為に父親が妾腹に産ませたガイツ達三人の兄を下僕のようにこき使い、彼女は何不自由なく育ってきた。
だが勿論血筋からなる優れた素質はあってもそれを伸ばすのは修練を積み重ねないと出来ない。
カイシュハは祖父であるサダレオの厳しい指導の下修練を重ねてきた。
峻烈な性格はそのためと言っても良い。
だが、そんなカイシュハでさえも遠く及ばないのがスミレイアとファムレイアのクリュウガン姉妹だった。
彼女たちは双子ゆえの膨大な魔力と五属性全てを行使できる素養、そして何より神より与えられし『魔法模写』の技能によって易々と魔法を習得し、最年少の十三歳にして魔導法院首席と次席の地位に就いた。
席次を決める呪符礼闘で姉妹に敗北したカイシュハは、怒りのサダレオの指示でガイツ達に散々暴行を受けた挙句、雨の中裸で屋敷の門外に晒されるという折檻を受けた。
あの二人のせいよ……!
その屈辱と怒りは全てクリュウガン姉妹に向けられた。
彼女にとって大魔導士サダレオ・ララスティンは絶対者なのだ。
あの二人の前で無様な姿を……!
今までクリュウガン姉妹以外には当てさせた事など無かった魔導防壁を二つも失った。
即座に聖盾を張って詠唱に入る。
「――聖帝雷撃!」
カイシュハの魔導杖から伸びた白雷が瞬時にシェアリアの魔導防壁を打ち砕き、シェアリアの右足首の護符輪が砕け落ちる。
いけるわっ……!
事前にボーガベルにて『摩訶不思議奇術団』として調査していたファムレイアから上がってきた魔道法院への報告書では、シェアリア・ボーガベルの魔法属性は火、水、風であり、聖は無い。
つまり聖属性の防御魔法を持ってはいない。
これがカイシュハの勝算だった。
「――『炎弾』」
シェアリアが炎弾を放つがそれは聖盾に弾かれる。
「――聖帝雷撃!」
パァン!
再び放ったカイシュハの雷撃がシェアリアの左手の護符輪を打ち砕いた。
ふん、やはり詠唱が少し速くてもそれだけ……大したことないわ……!
「――『炎弾』」
「――聖帝雷撃!」
炎と雷が交差し、互いの護符輪が一つずつ砕け散る。
これで向こうはあと一つ、終わりね……!
こちらはまだ二つ残っている。
心にゆとりの出たカイシュハが敬愛して止まぬ祖父の大魔道士サダレオを見、そしてジッとこちらを見つめるクリュウガン姉妹を見た。
どう! あなた達に決して後れなど……!
その一瞬を突いてシェアリアの炎弾が迫る。
無駄なことを……!
「――聖帝雷撃!」
既に張っていた聖盾に炎弾は弾かれる。
「勝った!」
思わずカイシュハは叫んだ。
これで最後の護符輪を砕いて勝利だ。
この勢いで皇帝も倒せば……!
バシュウン!
その眼前を朦々たる水煙が塞いだ。
パパパパパパパッ!
カイシュハの雷撃がその水煙で弾けるように拡散する。
「な、何!?」
「――『水爆』」
ゴォッ!
シェアリアの呪文が響き、水煙を突き抜けた炎と水の塊がカイシュハに迫る。
まさか……二属性同時詠唱……。
そう思った瞬間に二つの塊が合わさり凄まじい轟音と共に爆ぜた。
ボポォン!
「ふばぁっ!」
その威力は魔導防壁諸共カイシュハを吹き飛ばす。
「な、何……今のは……」
三回ほど転げて尻餅をついたカイシュハが呆然と呟く。
シェアリアが最初に使ったのは『水盾』。
対雷撃用の水で出来た盾で、雷を拡散する。
そして『水爆』は水の弾に高熱の炎弾を重ねることによって水蒸気爆発を起こす魔法である。
「うっ……くっ……」
カイシュハが魔導杖に縋りながらヨロヨロと立ち上がる。
お互いの護符輪はもう一つしか無い。
だが、吹き飛ばされた衝撃でカイシュハは呪文の詠唱が出来ない。
「――『衝撃破弾』」
「ひうっ!」
すかさず放たれたシェアリアの魔法弾が再び轟音を上げて炸裂する。
ドォォォン!
再び魔導防壁ごとカイシュハは吹き飛ばされた。
失神して倒れたカイシュハの首から、最後の護符輪が砕けてずり落ちた。
「しょ……勝者……シェアリア・ボーガベル……」
静まり返る会場に震える声がこだまする。
その中でシェアリアは魔導杖をクルリと一回転すると礼をして踵を返す。
「あ、あの……まだ次戦があるのですが……」
進行役の法院生が恐る恐る呼び止めた。
「……棄権。別に負けでも良い」
そういってシェアリアは首の護符輪を外すと、さっさと法武台を降りてしまった。
「何をボヤボヤしておる! さっさとそやつを連れ出さんか!」
サダレオ法院長の怒声が響き渡り、ガイツ達が白目を剥いて失神しているカイシュハを抱えて会場を出て行った。
「折角勝ったのに良いのか?」
「……構わない。元よりあの女をぶっ飛ばしたから……それに主役のお株を奪っては申し訳ない」
シェアリアはダイゴに向かって少し笑みを浮かべると椅子に腰を下ろした。
「そ、それでは……ただいまの試合は引き分けと言うことで、第二試合を行います。ボーガベル側、ダイゴ・マキシマ皇帝陛下……」
法武台にダイゴが上がるが未だ会場内は静まり返ったまま。
「対するシストムーラ魔道法院、次席……えっ?」
法武台に上がったのは次席のファムレイアでは無く、筆頭のスミレイアだった。
「私が出る」
「姉上!」
「向こうがああなのだ。筆頭魔道士たる私が出るのが筋だろう。宜しいか!?」
「良いも悪いもこっちは二人掛かりでも良いって言ってるんだけどなぁ」
「余り見くびらないで貰いたい」
「まぁいいや、妹も姉がヤバくなったら何時でも助っ人に来て良いぞ」
「っ!」
「何処までも言ってくれる」
スミレイアの苛立ちは単にカイシュハの惨敗とシェアリアの棄権というある意味屈辱的な事によるものだけでは無かった。
昨晩の夜会の舞踏。
ダイゴと踊るファムレイアの顔。
あんな表情のファムレイアを見るのは初めてだった。
まさか……。
スミレイアの胸にいいしれないモヤのような物が沸き上がった。
そしてその晩の閨での何処か心ここにあらずと言った仕草がスミレイアの心の何かに火を点けた。
その苛立ちを隠そうともせずにスミレイアは練武台に上がる。
見ればダイゴは手ぶら。
魔道士必携の魔道士杖を持っていない。
「皇帝陛下、魔導杖は如何なされた」
「あ? んなもんいらんわ」
ダイゴは手をプラプラと振って言った。
「なっ……」
勿論スミレイアも魔導杖無しでも魔法を行使することは出来る。
だが、その時の威力は遙かに弱く、魔力消費も大きい。
魔法先進国のシストムーラでも魔導杖の使用は当然のことであった。
まさか魔導杖無しでも……。
その考えがスミレイアの脳裡をかすめたが、長年染みついた常識と、それを冒涜されたような怒りがそれを打ち消した。
「後悔しても!」
そう叫ぶや呪文の詠唱に入る。
超高速高密度圧縮呪文。
それはダイゴのいた世界でパソコンのファイルの圧縮、解凍とほぼ同じ原理だった。
事前に高圧縮言語化された呪文を伸張の言霊を織り交ぜて解凍し、一気に顕現化させる。
これがシストムーラの辿り着いた魔法だった。
原理はシェアリアの音階式多重圧縮言語と同じ。
だがシェアリアのそれは高圧縮化された言語を多重音階化して伸張無しに顕現する。
まずは……!
「――緋王炎撃!」
魔導杖から湧き出た炎の塊を撃ち出そうとしたスミレイアはダイゴの突き出した右手が紫の魔法陣を展開したのを見て目を見開いた。
な……!
炎の塊はダイゴ目がけて撃ち出される。
「『魔妄鏡守刑』」
ドン!
瞬時に練法場に十数枚の縦ニメルテ、横一メルテの鏡が現れた。
炎塊は鏡の一枚に当たると加速して弾かれ、別の一枚に当たって更に加速する。
それを五枚ほど繰り返し呆然としていたスミレイアに戻ってきた。
パァン!
「あうっ!」
スミレイアが気付いたときは炎塊が直撃し、虹色の魔導防壁が吹き飛び、スミレイアの左腕の護符輪が砕けて落ちた。
呆然とするスミレイアの眼前で鏡が紫の粒子になって消えていく。
呪文? 呪文は……。
スミレイアは、いやファムレイアもサダレオも。
その場に居たシストムーラの者達全てが、ダイゴが呪文を詠唱せずに魔法を発動させた事に気が付いた。
「何だ……それは……」
ダイゴは答える代わりに赤く光る魔法陣を展開した。
「『炎爆弾』」
キュボッ!
先程スミレイアが撃ち出した炎塊より遙かに大きな炎が直撃する。
ボォン!
その威力は魔導障壁を一枚軽く吹き飛ばし、スミレイアの左足首の護符輪も砕けた。
「くっ!」
体制を立て直し、再び呪文を詠唱する。
これならどうだ……!
「――『躁舞火球』!」
「『魔妄鏡守刑』」
スミレイアの魔導杖から同時に六発の火球が放たれる。
だが再び現れた鏡が全ての火球を加速反射し、スミレイア自身を同時に撃つ。
「ああうっ!」
「姉上!」
右腕の護符輪が落ちた。
「くっ! え?」
砕けた護符輪から再びダイゴを見たスミレイアの表情が驚きに変わる。
闘場のダイゴが何人もいるのだ。
『コイツはこういう使い方も出来る』
『さて、本物の俺はどれでしょう?』
『俺だ』
『いや、俺だよ』
『いいや、俺だ』
『俺だよ俺!』
『詐欺かお前は!』
『みんな! 喧嘩は止めよう、俺達同じダイゴじゃないか』
『うるせえ! お前はだまってろ!』
『なんだと! ダイゴのくせに生意気だ!』
『テメェ! ぶっ殺してやる!』
ダイゴ達はそれぞれ独立して違う事を言っている。
「ば、馬鹿にするな! ――緋王炎撃!」
背筋に得体の知れない悪寒を感じながらもスミレイアは最初にいた位置のダイゴ目掛けて炎撃を放つ。
パァン!
「はぐっ!」
ダイゴに命中したと思った瞬間炎撃は反射されスミレイアに直撃する。
魔法障壁が吹き飛ばされ、右足の四つ目の護符輪が砕け散る。
『はずれ』
『外れだな』
『おーはずれー』
会場の法学院の生徒たちは、いや会場中が静まり返っていた。
今までに見た事も無い魔法。
そして魔導院筆頭のスミレイアが成す術も無く追い込まれている。
残す護符輪は首のあと一つだけ。
「くっ……」
スミレイアは魔法を放てない。
放てば自分に跳ね返ってくるのが目に見えているからだ。
どうする……どうすれば……。
だが答えは出てこない。
「どうした? やらないのならこっちからいくぞ?」
何もない所から声がして、ダイゴが湧きだすように現れた。
「……んな……にこれ……んなの……」
スミレイアはそう呟いて呆然としたまま。
それはダイゴの魔法を初めて見た時のシェアリアと同じだった。
「『炎爆弾』」
ダイゴの掌の赤く光る魔法陣から灼熱の炎が撃ちだされ、スミレイアに迫った。
だがスミレイアは放心したまま。
「姉上っ!」
ファムレイアが覆いかぶさり、炎はファムレイアの魔導防壁を吹き飛ばす。
「ああっ!」
散り咲く炎の中、姉妹はもんどりうって地面に倒れた。
「ファ……ファム……」
「姉上! しっかりしてっ!」
「あ……ああ、すまない……」
「私もやるわ!」
「し、しかし……」
「もう後が無いじゃない!」
スミレイアの護符輪はあと一つ。
それが砕けた時、シストムーラの敗北が決まるのだ。
「わ……わかった」
姉妹は立ち上がると魔導杖をかざしてそれぞれ聖盾を張る。
ダイゴの腕の魔法陣が赤い物に変化した。
「『豪炎爆嵐』!」
忽ち練武台一杯に火の渦が巻き上がる。
「「あああああっ!」」
ファムレイアだけでは足りず、スミレイアも聖盾を展開して辛うじて耐える。
姉妹の前にあった聖盾が一撃で消え去り、ファムレイアの魔導防壁が次々と吹き飛ぶ。
姉妹に襲い掛かった炎の渦は一瞬でファムレイアの魔導防壁を二つ吹き飛ばした。
周囲に焼け焦げた護符輪の残骸が燻ぶりながら舞い落ちていく。
「ふうん、やっぱ同時に同じ声が出たりするんだな」
だが二人にそんなダイゴの戯れ言に反駁するゆとりなど無かった。
「そんな……護符輪が……二つ……一撃で……」
「なんて威力だ……」
「姉上……呪文は読めたの?」
「呪文の詠唱が無い……これでは……」
姉妹の技能である魔法模写が使えない。
「あの呪文名らしいの自体が呪文なのかも……私が次でやってみるわ」
「ああ……頼む」
ダイゴの右手の魔法陣の色が黄色に変わった。
「来るぞ! ファム!」
スミレイアの声に慌ててファムレイアが慌てて聖盾を展開する。
「『東方紫電』」
そうダイゴが言った瞬間、魔法陣から紫の雷光が噴出した。
「「ああっ!」」
姉妹の聖盾はその魔力量とも相まって相応の強度を誇っていたが、その盾が、それも二重に重ねた堅牢な筈の魔法の盾が、蠟細工の如く溶けるように消失していく。
「も、もう……保たない……」
「い、今だ! あの魔法を!」
「で、でも!」
「いいからやれ! やるんだ!」
「わかった!」
ファムレイアは『魔法模写』を発動させる。
普通であれば頭の中に呪文が流れてきてそのまま発動できる。
――だが。
「ああぁおおぉっ!?」
ファムレイアの頭の中に一瞬膨大な何かが津波の如く流れ込んできた。
明らかに呪文ではない。
形容しがたい何か。
余りの量にファムレイアの頭はパンクしかける。
「ら……らめぇ! 壊れりゅぅ!」
突如、
『認証エラー、権限の無いアクセスによりダウンロード中断』
の言葉が浮かび、奔流は途切れた。
だがその時にはファムレイアは鼻、目、耳から血を吹いて昏倒していた。
「……か! しっかりしろ! ファム!」
治癒魔法を掛けたのかスミレイアの声が木霊のように頭の中で響く。
「あ……姉上……私……」
「何があった⁉ いきなり倒れたが!」
「分からない……分からないけど……あれは……あれは魔法じゃないわ……」
ファムレイアの目が怯えの色に染まった。
「馬鹿言え! あれが魔法じゃなきゃ何だ!」
「分からない……分からないわ……」
とうとうファムレイアは肩を抱いて震えだす。
それは自分が未知の領域、人が触れてはいけない物に触れた事への本能的な畏れだった。
「どうした? 真似するんじゃなかったのか?」
ダイゴの低い声が姉妹の背筋を不気味に撫でていく。
「あ……ああ……ご……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」
既にファムレイアは戦意を完全に失い、怯え震えるだけだった。
おのれ! よくもファムを……!
スミレイアは自身の魔導杖を握る力を強める。
自分たちが仕掛けた事と言う思いは消え失せていた。
それ程目の前の男、ダイゴの能力は常人離れしていた。
先程の魔法でファムレイアの左足の護符輪は砕け散り、残るのはそれぞれ首に嵌めた護符輪だけ。
「これでお終いだ。『灼炎轟雷』」
ダイゴの右手には赤、左手には黄の魔法陣が展開される。
私は魔導法院筆頭魔導士だ! やって見せる……!
スミレイアも『魔法模写』を発動した。
忽ちに脳内に何かの濁流が押し寄せる。
「あっ……あああっ……あがあああっ!」
目を見開き、身体を痙攣させたスミレイアはファムレイアと同じく鼻や目から血を吹き出して、倒れた。
ダイゴの腕から魔法陣が消えた。
ツカツカと姉妹の元へ歩み寄る。
ガタガタと震えるファムレイア。
そして白目を剥き、痙攣しているスミレイア。
ダイゴの右手から紫の魔法陣が展開され、途端にスミレイアが回復していく。
「はぁっ」
ダイゴは天を仰いで深いため息をついた。
「戦意喪失ってことで俺の勝ちで良いかな?」
震えたままのファムレイアがガクガクと首を振る。
「俺の勝ちだ! サダレオ法院長! 約束通り会談を法皇陛下とさせてもらおう!」
ダイゴの声だけがさながら無人の如く静まり返った会場に響き渡る。
目の前に展開された有り得ない事態にたじろいでいたサダレオ法院長は苦虫を嚙み潰す様な表情で頷くと、身を翻してその場を後にした。
面白いと思った方は、ぜひブックマークと五つ星評価をよろしくお願いします。
次回をお楽しみに!





