第百三十四話 夜会
「おほおぉぉぉ」
思わず変に感心した声が漏れ出た。
バゲンディギアの王城シンドメンも壮大な建築だったがこの宮殿はそれ以上だ。
いや、要塞機能を優先して無骨なシンドメンに比べると洗練された優美さが感じられる。
純白の円柱が組み合わさった建物の屋根には金箔が貼られているらしく、嫌味にならない程度に美しさを引き立てている。
何よりもふんだんに使われているガラスが光り輝き荘厳さをいや増していた。
まさに光の宮殿といえる建物。
その建物をクリュウガン姉妹の先導で進んでいく。
周囲を宮殿衛兵らしき華美な服装に身を包み、魔石を嵌めた槍剣を掲げた兵士が屹立しているのは何処も同じ光景のようだ。
左右六本、計十二本の円柱の立つ広間の中央、大きな円に例の点と線の紋様といくつかの図案をあしらった、恐らくはシストムーラの国旗の前の豪奢な椅子にまだ四十台半ば過ぎの理知的な男が座っている。
横分けに切れ長の目。高い鼻に薄い唇のつまりはイケメン。いやイケオジだ。
その姿は昔のアニメの十四万八千光年彼方の星間国家の総統を思い起こさせた。
変なダジャレ云って床の落とし穴に落とされたりしないだろうな……。
そんな下らない事を考えているとイケオジの方が立ち上がって口を開いた。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました、ダイゴ・マキシマ皇帝陛下。私がシストムーラ魔導皇国法皇、ルーンドルファ・クリュウガンです」
ルーンドルファ法皇は自ら俺に近づいて手を差し出してきた。
迷わず俺はその手を握る。
どうやら即抹殺される心配は無さそうだ。
「お招きいただき光栄に存じます。ボーガベル帝国皇帝ダイゴ・マキシマです」
「我が国の不躾な申し出を快く受け入れて頂き、誠にありがとうございます」
「あの、何か……」
そう云いかけた途端握った手に僅かに力がこもる。
瞬時に俺はその意味を察した。
「御懸念はあるでしょうが、我がシストムーラは是非にも貴国との友誼を結びたいと思っております」
「そうですか、では……」
「その件につきましては明日正式な会談を執り行う予定でございます」
俺の言葉をスミレイアが遮った。
「そうか、そうだね。では皇帝陛下、この後は粗餐ではありますがが饗応の席を設けてます。まずは部屋にてお寛ぎでください」
「わかりました。法皇陛下のご厚情感謝いたします」
ルーンドルファの目がすまなそうにしている。
その時だった。
「法皇陛下! 私めをご紹介頂けないのは如何な物でしょうか⁉」
突如大音響が轟いた。
その声にクリュウガン姉妹の表情が険しくなった。
見ると脇の戸口から五人の人影が現れた。
「ああ、すまない。彼は……」
「儂はシストムーラ魔導法院々長、サダレオ・ララスティンである!」
ひと際デカい爺さんがひと際デカい声を張り上げる。
云っちゃあ悪いがエリンギの様に逆立った白髪、なみなみと蓄えた白髭、そして紫の魔道服。
何だコイツは。
悪の天才か。
だがズカズカと近づいて来たサダレオはその特徴的な髪型を含めれば優に二メルテ超の長身だ。
体格も良くとても老人の身体をしていない。
「あ、ああ。 ボーガベル帝国皇帝マキシマ……」
「法皇陛下! 魔導法院の許可なくこの様な事を為されるとはどの様な了見ですかな!」
あ、コイツはダメな奴だ。
人の話をロクに聞かない奴は、今までロクでもない奴ばかりだった。
それは元の世界でも、この世界でもだ。
唯一の例外はセイミア位なもんだ。
「サダレオ法院長、招いた国賓を出迎えるのは国主として当然の行い。一々法院の許可は要らぬと思うがね」
「そうであっても国権の最高府たる魔道法院にもそれなりの応対というものがあります!」
「サダレオ法院長! 賓客の前です!」
たまらずにファムレイアが声を上げた。
スミレイアは無言。
「ファムレイア様、次席の身で法院長に無礼ではありませんか?」
サダレオに付き従っていた黒と濃紺の魔導服を着た四人の男女。
その中の赤毛のいかにも気の強そうな女がファムレイアの前に立って鋭い声を投げつける。
「カイシュハ……」
カイシュハと呼ばれた女はフンと一瞥してソッポを向く。
「まぁ良い。挨拶は済んだので私は饗宴は欠席させて頂きますぞ」
大音響で云い放ってサダレオ達は出ていった。
あれが挨拶なのか……。
自分で紹介しろと云っておきながらあの態度。
旧バッフェ王国のパハラ・モハラ議長やオラシャントのカゼホ大臣を思い出させるが、その尊大さは彼等以上だ。
「申し訳ない皇帝陛下。醜態を見せてしまった」
頭を下げようとしたルーンドルファを手で制した。
「構いません、頭は下げんでください。こういうのには慣れているので」
「慣れている?」
「ええ、そりゃあもう、嫌というほど」
俺は片目を瞑って云った。
そこでルーンドルファが笑った。
先程の法院長に比べればこの法皇は信用できそうだ。
だが、この国は……まぁ何処もそうなんだろうが色々問題を抱えているようだ。
この法皇の置かれている立場も何となくだが察しがついた。
さっき手を握ったのは恐らく迂闊な事をここで云うなという警告……いや気遣いだろう。
謁見を終えた俺達はファムレイアの案内で宿舎である建物に移った。
百年鎖国していたシストムーラでは迎賓館なるものは存在せず、急遽何かの建物を改装したらしい。
「本当に、申し訳ございませんでした」
宿舎の居間とも云える広い部屋でファムレイアが深々と頭を下げた。
「ああ、構わんよ。さっきもルーンドルファ法皇陛下にも申し上げたけどああいった事は慣れてる」
俺のオッサンに対する相性の悪さは未だにあるようだ。
「間もなく、饗宴の支度が整います故、しばらくお待ちください」
先程の件があったせいか、ファムレイアはかなりばつが悪そうだ。
「そういやスミレイア殿は?」
「はい、姉は魔導法院へ行ってます。饗応には参りますので」
「あっそう。まぁ主席じゃ忙しいんだろうしね」
「いえ……はい、そうです……」
ファムレイアの返事は云い淀んだ上に歯切れが悪い。
その様子をじっとセイミアが見ている。
他の眷属やグラセノフとガラノッサは供された茶を飲んだり窓の景色を眺めたり、シェアリアに空ナマズの話を聞いたりしている。
メアリアとコルナ、そしてレノクロマは剣の素振りにいそしんでいるが、同じく剣士であるアレイシャは静華を抱いて入り口近くの壁に寄りかかり、目を瞑ったまま。
だがすぐにアレイシャが念話を送ってきた。
『ご主人様、天井裏に三人。斬りますか?』
『止めておけ。ファムレイアもいるし重要事案は念話で』
天井裏の人影の事はすでに『探知』で分かっていた。
すぐにグラセノフ達三将軍に手でサインを送る。
三将軍から『了解』のサインが帰ってきた。
『今後の事を考えるとアジュナ・ボーガベルに戻った方が良いのでは?』
そう念話で聞いて来たのはクフュラだ。
『いや、問題はないだろ? 仕掛けてくるなら仕掛けてこさせるさ。それよりも……』
『シストムーラの内部事情ですか?』
『ああ、やはり随分と厄介な事情がありそうなんだ。法皇には何かあるようだが、どうやら姉妹には聞かせたくないみたいなんだ』
『現時点で考えられるのはあの魔導院々長との確執……ですわね』
割り込む様にセイミアが念話を送ってくる。
『うん、俺の思っているような図式に当てはまれば良いが、それにしてはあの姉妹の立ち位置が今一つ分からないんだよなぁ』
『単純に我が国の魔法技術を剽窃するためだけでは無いと……』
『どっちにしろまだ断定するには情報不足だし』
『面倒くさい……にゃ。そんなに魔法が見たければご主人様がドーンってやってボーンってやれば良い……にゃ?』
『そう簡単に云うなよニャン子クン。物事ってのはキチンと裏を取ってからじゃないと駄目な事だらけなんだよ? 第一あのサダレオとかいう奴の態度が気に入りません、『蒼太陽』! とかやる訳にはいかんでしょう? それこそ鬼畜、魔王の所業だよ?』
『うーん、それも面倒……にゃ。まぁ今回も出番があれば良い……ニャ?』
『それなんだが、ニャン子も随行員として届けてあるから、抜け出るわけにはいかないぞ?』
『な、何で……にゃ⁉』
『お前が云ったんじゃん。たまにはご主人様と一緒にいたいにゃーって』
『あうう、そうだった……にゃ。失念してた……にゃ』
『まぁその辺は偵察型疑似生物にやらせるから、俺達は取り敢えずおもてなしを受けよう』
「ではまずご主人様のお着替えですわ。張り切りますわ」
そうエルメリアが云った途端、メアリア、セネリ、コルナの三人掛かりで羽交い締めにされた。
「お、おい! お前ら! 何をする気だだ!?」
「エヘヘ、一寸大人しくしててねー」
「ああっ! コルナ! 抱きつくとは聞いてないぞ!」
「良いじゃ無いかメアリア様ぁ。役得役得」
「な、何だって……げ」
正面に不気味に目を光らせたエルメリアが何やらキラキラしい物をお持ちになって立ち塞がっていた。
饗応、つまりは歓迎の晩餐会は俺の予想に反して極めて盛大に行われた。
各地の領主や貴族とその夫人が集まり、立食の形で絢爛豪華な料理が並ぶ。
ヴィオラに似た弦楽器やリコーダーを大きくしたような木管楽器による音楽が奏でられる。
ああ、昔の晩餐会とか夜会ってのはこういう感じだったのかなぁという代物だ。
そう云えばボーガベル帝国ではこの様な感じの催しは殆どやってない。
執政官制になった所為もあるが、旧ボーガベル王国は貧乏過ぎてそんな事やる余裕はまるでなかったし、エドラキム帝国は皇帝バロテルヤの意向でそういった華美な事は禁止されていた。
唯一頻繁に、それも国家財政を傾けかねない程に行われていたのは旧バッフェ王国だけだったが、王国の崩壊と共に事実上廃れていった。
ただ夜会等を全面的に禁止した訳ではないので地方では領主の誕生祝いなどで小規模ながら行われてはいるようだ。
だがやって無いと云っても、ここにいる眷属たちは皆元は姫と呼ばれる身分の者達。
そして三将軍もガラノッサは立派な侯爵であり、グラセノフとレノクロマは元帝国皇子。
作法や礼儀はしっかりしている。
貴族たちはエルメリア達と和やかに談笑し、夫人達はもっぱらグラセノフとガラノッサと楽しそうに語らっている。
一人レノクロマだけが近寄りがたいオーラを放ちながら壁際で酒を飲んでいた。
「如何でしょうか?」
丁度オラシャントの『ぷろとん』で着ていた水着の様に胸元の開いた白い礼装に身を包んだファムレイアが酒を満たした金の盃を二つ持って声を掛けてきた。
「ああ、楽しんでいるよ」
ファムレイアから盃を受け取ってチン、と合わせる。
俺は例のキンキラ礼服姿だ。
エルメリアにもう儀礼の席でしか着ないと啖呵を切った手前、儀礼の席では着なくてはならなくなった。
しらばっくれていたが通用しなかった。
「かくも盛大な宴を催していただき、感激の極み」
大げさに手を前に振る。
ファムレイアは可笑しそうに笑った。
「うふふ、大変失礼ですが皇帝陛下はそういうのがお似合いにならない方ですね」
「はっきり云ってくれるね」
「お気に召しませんでしょうか?」
「いんや。事実だしな」
多分に服の事では無く、俺自身の事を云ってるのは丸分かりだが別に腹も立たない。
事実なんだから。
「差し支えなければ出自をお聞きになっても宜しいでしょうか?」
「平民だよ、平民。まぁ何だ、荷馬車の御者みたいな事をやっていたんだ」
まぁ、間違ってはいないよな。
「まぁ、それがそのお歳で今や二つの大陸を股に掛ける豪雄とは、如何になさったのですの?」
「そうだなぁ……」
「是非私もお伺いしたいものだ」
そう云ってファムレイアの形は同じだが黒い礼装姿のスミレイアが寄ってきた。
元の世界では双子は珍しくはなかったが、この二人は単に双子というだけには留まらない何かを感じさせる。
そういや姉とはまだまともに話していなかったな。
エルメリアと会話した時の事で聞きたい事もあったんだっけ。
「ここだけの話、二人は同じくらい美人だから云っちゃうけど」
二人はまじまじと俺を見ている。
気の利いたジョークは理解されなかったらしい。
「俺の正体は神の代行者なんだ」
二人は顔を見合わせ
「うふふ、面白い冗談ですわ」
「からかうのは止めて頂きたい」
別々の反応をした。
同じなのは信じていない事だ。
本当の事を云ったんだけどなぁ。
「そういや、スミレイア殿はエルメリアに『いつの日にか相まみえる日を楽しみにしている』って云ったんだって?」
「ああ、そしてこうして相まみえる事が出来て光栄の至りだ」
そう云って不敵に笑った。
成程、上手い切り返しだ。
口調も昼間の丁寧な言葉遣いから、恐らく地なのであろうエルメリアから聞いていた口調に変わっている。
「ウチの国にある物はこの国にもあるってのは?」
「それは残念ながら全部では無い。だが例えばあれだ」
そう云って指さした先には球形の物体の中で炎が揺らめき、ランプのように眩い明りを放っている。
「あれは……魔導回路か?」
「貴国ではそう呼んでいるらしいがな。我が国でも火と水を出す魔道具は存在する」
「成程ね」
「貴国の魔導回路を研究しようとしたのですが……」
ファムレイアが口を挟んできた。
「ああ、着いたら消えちゃったんだろ? アレはそういう仕組みなんだ」
「残念です」
「そっかぁ、じゃあ」
俺は懐に手を入れ円筒形の魔導回路を生成する。
「パパーン! あかりまどうかいろー」
未来から来たネコ型ロボット風なセリフと共に取り出す。
「えっ⁉」
「何時の間に?」
二人の顔が同じ唖然とした顔になった。
「デュワッ!」
そう云って魔力を込めると煌々とした光を放つ。
「あげる」
そう云って二人の前に差し出すとスミレイアが奪うように手に取った。
「こ、これは……まさか……光魔法?」
「ね、姉上。云った通りでしょ?」
「いや……でも……この呪紋は一体……」
「ああ、それは金属の赤熱による発光を再現した物で光魔法じゃないよ」
ボーガベルでも王宮に使われている以外の街灯や一般市民に配布されている灯り魔導回路は金属に電流を流す事によって赤熱発光する、つまりは電球を再現した物だ。
これは電気回路を再現する実験の一環で副産物的に生まれたもので、光魔法と云う伝説にしか残っていない魔法を秘匿する意味でこちらを広める事にした。
「光魔法ではないのですか?」
「ああ、ここに金属があるだろ? これをフィラメントって云うんだけどここを雷魔法で赤熱化させて発光するんだ。あの灯り魔道具が作れるんだから再現は出来るんじゃないか」
「は……あ、ありがとうございます」
「いや、陛下は光魔法を……いえ、何でも無い……」
何かを訊こうとしたスミレイアが思いとどまったように口をつぐんだ。
そんな時、入口が騒々しくなった。
「我々を入れないとはどういった了見だ!」
黒と紫の礼服に身を包んだ三人の男と、深紅の礼装姿の赤髪の女がズカズカとやってきた。
あれは昼間サダレオとかいう爺さんと一緒にいた連中だ。
登場の仕方がうり二つだ。
「カイシュハ! 来ないって云ってたじゃないの!」
「それはサダレオ御爺様……いや、法院長の事。我々は出ないなどと云ってないわ」
「でも……」
「招待ならお前の姉上にちゃんと頂いている」
「え⁉ 姉上?」
驚いたファムレイアがスミレイアを見る。
「……ああ、私が招待した」
「そんな……」
うーん、やっぱなんか複雑な事情がありそうだなぁ……。
「まぁ、良いじゃないか。改めて自己紹介してくれないか?」
「フン、私は魔導法院……第三席のカイシュハ・ララスティンだ」
「俺は魔導法院第四席、ガイツ・ララスティン!」
「第五席、マシュカーン・ララスティン!」
「第六席、オゲラー・ララスティン!」
「あっそう、よろしく」
どうやらあの爺の孫で兄弟らしいが興味は無い。
「な、何だ! その態度は!」
カイシュハが激高して声を張り上げ、野郎どもも顔を真っ赤にしている。
いや、人の態度云々より自分たちの態度だろ。
しかしこのカイシュハ、赤毛の気の強い女と云えばツンデレと元の世界のヲタク同僚が云ってたが、どうにも目つきがきつすぎるせいか、ツンの部分が強すぎてデレ成分が微塵にも感じられない。
身体も結構ガタイが良いし、どっちかと云うと魔導士よりも剣士と云った方が似合いそうだ。
「まぁ鎖国が長くて他国との交流が無いから仕方ないとは云え、もう少し礼儀作法ってものを習った方がいいんじゃぁ無いでしょうかねぇ」
「い、云われなくても分かっている! ガイツ! アンタの踊りを……そうね、女王陛下にお相手をして差し上げなさい!」
「おうよ!」
「まさか、女王陛下は受けて頂けるのでしょうね?」
その尊大な云いっぷりに流石にイラっとした瞬間、
「ええ、是非踊らさせて頂きますわ」
そう云って静々とエルメリアが歩み出て来た。
今日の礼装は胸元、脇、スリットが大胆に開いた白絹の物だ。
流石にハリウッドセレブがレッドカーペットで着てくるようなスケスケでは無いが耳目を引き付けるには十分な大胆さ。
カイシュハの連れの、恐らくは兄弟であろう三人も鼻の下を長ーく伸ばしてやがる。
『おいおい』
『ここはお任せくださいませ』
念話で声を掛けるも自信満々な答えが返ってくる。
ならまぁいいか。
エルメリアは楽団の指揮者を呼ぶと、何やら曲を指示する。
「陛下! あの者は……」
心配したファムレイアが声を上げる。
「まぁ見てなよ」
大方禄に踊れもしない唐変木で皆の面前でエルメリアを撫で回したり揉みしだいたりする積りなんだろう。
あの知性の足りなさそうな鼻の下を伸ばした顔から十分意図は汲み取れる。
だがしかし。
エルメリアとガイツとやらがお互いの左手を取って高々と上げた。
場内にタンゴのような曲が流れる。
曲が始まるとガイツが早速エルメリアの尻を鷲掴みにしようと手を伸ばす。
だがその瞬間エルメリアが軽く腰を捻った。
「っ!?」
巨漢のガイツの身体がクルンと振り回される。
「!」
開いている右手で今度は胸を掴もうとするが、エルメリアは自身の身体を捻り腕を交わしていく。
そしてまた身体を捻ってガイツを振り回す。
それからのガイツは懸命に振りほどこうと、あるいはどうにかエルメリアを掴もうとするが、逆にエルメリアの動きに翻弄され、操られるようにダンスを踊っていく。
その姿は傍から見ればまるで息の合ったペアのようだ。
だがその実態はエルメリアの体術によってガイツは操り人形宜しく良いように振り回されているだけ。
耐え切れずにガイツが尻もちを着こうとしたところをエルメリアに引き上げられ、ポーズを取らされた所で曲が終わり、会場は拍手に包まれた。
エルメリアが手を離すとガイツはドスンと尻もちを着く。
構わずに優雅にお辞儀をしてエルメリアは俺の所へ戻って来た。
「如何でしたでしょうか?」
「良いんじゃないの?」
「ウフフ、たまにはご主人様に妬かれるのも悪くありませんわ」
「云ってろよ」
ふと残りの二人に引き起こされているガイツの脇でカイシュハが怒りの目でこちらを見ている。
「今日は気分が悪いのでこれで失礼する! 明日の法学院、楽しみにしているわ!」
「法学院?」
「しらばっくれないで! 行くわよ!」
そう云ってカイシュハは三人と共に出ていった。
騒然とした会場であったが、再び音楽が流れて空気が穏やかに戻っていく。
「重ね重ねの失礼、申し訳ございません」
またもやファムレイアが頭を下げてるが、スミレイアは苦い表情で下を向いたままだ。
「そりゃあ良いんだけど法学院って何だっけ?」
「はい、明日急遽会談の前に魔導法学院の視察が予定に入りまして……」
「は? なんじゃそりゃ? 法皇陛下との会談が先じゃないの?」
まさに、聞いてないよー! だ。
「は、はい……本来はその予定でしたが……その……サダレオ法院長の強い意向で……急遽決まりまして……」
「はぁ……あのさぁ……」
流石にこれは色々おかしい。
というかおかしすぎる。
「陛下のご懸念はごもっともです。ですがそこを曲げてお願いします!」
ファムレイアは頭を下げっぱなし。
まるで無理難題を吹っ掛けられまくってるツアコンのようだ。
まぁこっちは何も吹っ掛けてないし、むしろ吹っ掛けられっぱなしだが。
「スミレイア殿はどうなんだ?」
「私からも……お願いする」
スミレイアも苦々しそうに頭を下げた。
「はぁ、分かったよ。で、その魔導法学院……て学校か? 俺入学するんかい?」
一応俺見た目二十五の中身五十過ぎで皇帝なんですが……。
「ま、まさか……あくまでも視察です。それと……」
「それと?」
「全学院生の前で記念の講演をして頂こうと」
「却下」
「え?」
「他はどうでも俺はそういう講演だのってのはやらない事にしてるんで」
「え……で、でも……」
ファムレイアがかなり狼狽えている。
だが俺も産まれてこの方人前で講演なんかした事ない。
そりゃあボーガベルでは何度か聴衆相手に喋ったがあれとてかなり短い挨拶程度だ。
とても講演なんて出来ない。
「し、しかし……」
「申し訳ない、陛下」
助け舟を出すようにルーンドルファ法皇が近寄ってきた。
すかさず何人かの男が周囲に近寄ってきた。
護衛……じゃないな。
恐らく何を云うかを聞き取ろうとしているのだろう。
「法院長が会談の条件として出してきたのだ。飲んでくれませんか」
成程、やはり法皇と法院長の間は相当キナ臭くなっているようだ。
「しかし、ボーガベルはシストムーラに比べて遥かに魔法については遅れています。そんな国が講演した所で……」
「そのような事はありませんでしょう。ボーガベルには優れた魔導姫がおり、新たな魔法言語を開発したとも聞き及んでおります」
ファムレイアがシェアリアの方を見ながら云った。
間近で見ておいてよく云うわ。
『ご主人様、私が講演する』
その視線を受けたシェアリアの念話が飛んできた。
『へ? いいのか?』
『……良い。どの道ご主人様には魔法の講演は無理』
『まぁ、そうなんだけど』
『……大丈夫、任せて』
「……わかりました。法皇陛下の御為喜んで講演をさせて頂きましょう。会談はその後で」
「おお、受けてくれますか」
法皇とファムレイアの表情が僅かに緩んだ。
反対にスミレイアは意外そうな表情を少し浮かべた。
「ええ、ただし私は序盤の挨拶程度で、後は筆頭魔導士のシェアリア・ボーガベルが行いますが宜しいでしょうか?」
「構いません、是非にお願いいたします」
俺の目を見た法皇の目が悪戯をしたように笑った。
「陛下、ありがとうございます」
ファムレイアが更に頭を下げた。
この子はなんか頭下げっぱなしだなぁ。
おし。
久しぶりに『創造』で新たな神技『舞踏奥義』を作る。
「じゃぁ俺達も踊ろうか」
「え? 私とですか?」
「ああ、あとは」
指を指した先にはスミレイア。
「わ、私もか?」
「ああ、姉妹まとめてかかってこい」
そう云って二人の手を取ると音楽が流れ出す。
困惑する二人を連れ出し、俺は会場のど真ん中に躍り出た。





