第百三十三話 来訪
アジュナ・ボーガベルから飛び出たシェアリアとファムレイアを乗せた浮遊台座は、アジュナ・ボーガベルの前方やや上に躍り出た。
周囲をバーブルーヌが遠巻きに並んで飛んでいる。
「シェアリア様、雷撃には気をつけて下さいね!」
「……分かってる」
そう言った端から一匹から雷撃が放たれ、それを合図に次々と雷撃が浮遊台座を襲う。
だがシェアリアは巧みに雷撃を掻い潜ると、魔導杖をかざして高速呪文を唱え始める。
「へぇ……」
ファムレイアが拍子抜けした声を上げた。
「雷撃」
シェアリアの魔導杖から白い雷が迸り、バーブルーヌの一体に直撃する。
だが雷撃はバーブルーヌの体表で拡散して消えた。
「……」
「ああ! バーブルーヌは雷撃は効きませんよ!」
「……分かってる。試しただけ」
「それはともかく、まさかあの雷撃がボーガベル帝国筆頭魔道士シェアリア様の最高魔術ではありませんよね⁉」
挑発的なファムレイアの言葉に全く動じることなくシェアリアは新たな呪文を唱え始めた。
まるで歌うかのような呪文。
来た……!
ファムレイアが心の中で快哉をあげる。
「『衝撃破弾』」
シェアリアの魔導杖の近くに赤熱化した塊が生成され弾け飛んだ。
それは口を開けて襲い掛かってきたバーブルーヌの口で爆裂し、頭を失ったバーブルーヌが落ちていく。
「はぁぁ……あ……勿体ない……」
感心した声を上げたファムレイアだったが、すぐに堕ちていくバーブルーヌに残念そうに目を向けた。
「……何?」
逃さずその言葉を聞いたシェアリアが聞き返す。
「あ、いえ何でもありません! ほら、一杯寄ってきましたよ!」
一匹が堕ちた為か次々とバーブルーヌが浮遊台座目掛けて群がって来た。
バーブルーヌの動きはゲルフォガのように機敏ではないが、大きさと数が相まっての威圧感にシェアリアは圧倒されそうになる。
……詠唱魔法だけか……。
無詠唱の殲滅魔法が使えればこんな魔獣は訳も無く殲滅できる。
だがファムレイアの、否シストムーラの今回の招待の目的が恐らくは殲滅魔法である以上、簡単に使うわけにはいかなかった。
今使った『衝撃破弾』はダイゴに教えてもらった内燃機関の吸入、圧縮、点火、爆発と言う工程を再現するため、火の属性を付与した魔素を風魔法で圧縮し、一気に発火させて解放することで花火を再現した魔法をを元にシェアリアが実践向けに改良した物だ。
これとて膨大且つ複雑な魔法式を必要とし、シェアリア自ら考案した音階式超高速圧縮呪紋を用いて実用化に成功したものだ。
エドラキム帝国随一の魔導士であるテネアですら習得するのに一か月以上掛かった代物だけに、一度聞いたところで簡単に模倣されるような事はまず無いと言えた。
パパパパァン!
複数のバーブルーヌから一斉に放たれた雷撃を、浮遊台座は巧みにかわしていく。
「凄いですね! どうやってこれ操っているのですか⁉」
両手を離した状態でも自在に動いている浮遊台座にファムレイアは目を輝かせて質問の声を上げる。
「……舌を噛まないように」
「分かりました!」
その間にシェアリアは次々と『衝撃破弾』でバーブルーヌを爆砕する。
だが他のバーブルーヌは怯む様子も無く次々と群がってくる。
「……きりがない」
「お手伝いしましょうか?」
「……もう見飽きたの?」
「そんな事はないですよ。シェアリア様全然魔力が尽きなくて凄いなぁって感心してました」
「……ふうん」
「では、私もちょっとお手伝いさせて頂きますね」
そう言うやファムレイアは手にした紫の魔石の嵌った魔導杖を上に突き出して呪文を歌い始めた。
「それは!?」
「『衝撃破弾』!」
パアアアアン!
シェアリアの驚きを余所にファムレイアの魔導杖から生成された塊が勢いよく撃ち出される。
その途端、天頂から浮遊台座にのしかかろうとしていたバーブルーヌが大きく爆ぜた。
「貴女……どうやって……」
「いやぁ、そんなに難しくないですよ」
事も無げにファムレイアが笑う。
「……」
正面を向いたシェアリアが魔導杖をかざして別の呪文を歌い始めた。
先程よりも長く、複雑な呪文。
「へええ」
ファムレイアが感心して聞き入る。
……これはどう?
「『連撃炎弾』」
パパパパパパパパァン!
湧きだした無数の小さな炎がバーブルーヌの身体を貫き、燃え上がって浮力を失ったバーブルーヌ達が次々と煙を吹きながら墜落していく。
通常の炎弾と違って小型で燃焼性のある衝撃破弾を無数に撃ち出す魔法であり、威力も桁違いに高い代物だ。
「成程、こっちの方が効率がいいですね。では!」
そう言って構えたファムレイアが同じように呪文を歌いだす。
……これも……?
そうシェアリアが思った瞬間。
「『連撃炎弾』!」
パパパパパパパパァン!
ファムレイアの魔導杖から無数の炎弾が撃ち出される。
数匹のバーブルーヌの身体を炎弾が貫き、燃え上がらせる。
シェアリアとファムレイアの二人掛かりの『連撃炎弾』はさながら対空砲火の如く弾幕を張り、次々とバーブルーヌを叩き落としていった。
「シェアリア様のだけじゃ不公平なんで私の魔法もお見せしますね」
そう言ってファムレイアは水平に魔導杖を構えた。
聞いたことのない呪文、恐らく独自の超高速圧縮呪文なのだろう。爪を立てるような高周波音に近い音がシェアリアの耳を打つ。
「――『躁舞火球』!」
その言葉と共に六つの火球が湧きだすや、それぞれバーブルーヌに向かって不規則に飛んでいく。
それに気が付いたバーブルーヌが慌てて回避しようとするも、火球はバーブルーヌを的確に追尾し、命中する。
一瞬でバーブルーヌは燃え上がり、黒い煙を吹きながらゆっくりと沈んでいく。
「おいおい……ありゃあ……」
アジュナ・ボーガベルのブリッジでその様を見ていたダイゴも流石に唖然とした。
その火球の動きがまるで昔見たアニメの誘導ミサイルの動きそっくりだったからだ。
「あんな真似が出来るとはなぁ……」
「それ以前にシェアリア様の魔法をすぐに使いましたわ……一体……」
セイミアも愕然としている。
だが、ダイゴの表情はすぐに笑い顔に変わる。
「いや、面白そうじゃないか。魔導皇国シストムーラって名前倒れじゃないって事だ……なぁシェアリア?」
『……問題ない、実に興味深い』
そうすぐに返って来たシェアリアの念話も口惜しさは微塵にも感じられなかった。
それから半ミルテ(約三十分)程でバーブルーヌを全滅させたシェアリアとファムレイアがアジュナ・ボーガベルのブリッジに戻って来た。
「……ご主人様、殲滅完了した」
「お疲れさん」
ダイゴが短く声を掛けると、途端ファムレイアが跪いた。
「?」
「皇帝陛下、この度は差し出がましい真似をして申し訳ございませんでした。平に謝罪いたします」
「はへ?」
いきなりの謝罪に流石のダイゴも周りの眷属達も呆気にとられた。
「もし、皇帝陛下並びにシェアリア様の勘気が解けないというのであれば、この命を持って償う所存で御座います!」
とうとう土下座になった。
「よせやい、そんな謝罪必要ないよ」
ダイゴが面倒くさそうに手を振る。
「し、しかし……」
「案内した先に魔獣がいたから責任感じたんだろ? 別に被害も無く済んだんだしまぁいいじゃん。なぁシェアリア」
「……問題ない」
シェアリアはダイゴに合わせて手を振る。
「皇帝陛下とシェアリア様の広いお心に感謝いたします」
逆に呆気にとられた後に、そう神妙な態度を取って更に頭を下げたファムレイアだったが、
口元はやはりダイゴと同じく笑みを浮かべていた。
――シストムーラ領空
空ナマズどもを撃滅し、卓上台地を抜けたアジュナ・ボーガベルは一転、平原の上を進んでいく。
途上に円形の城壁に囲まれた街や村を通過していく度にファムレイアは、
「あそこはケッブハニザの街で約五千の民が住んでおります」
「ここはサンマーファレルの村で、ソレオ小麦が獲れます」
などと俺達に丁寧に説明している。
空ナマズの襲撃以降は魔法に関する質問もぱったりとしなくなった。
やはりあからさま過ぎたと思っているのだろう。
やがて中央に白亜の塔をそびえ立たせた巨大な街が見えてきた。
「あれが我がシストムーラ魔導皇国の皇都アーメルフジュバです」
「へぇ」
思わず俺は感嘆の声を上げた。
バゲンディギアに匹敵する規模ながら、この世界では一般的な城壁が無い。
代わりに等間隔に長方形の巨大な一枚壁が並んでいた。
壁にはファムレイアが着ている外套と同じ様な点と線のモールス符号のような文様が彫りこまれている。
「あれってさぁ、もしかして防御呪紋か何か?」
「流石皇帝陛下、良くお分かりになりますね。あの紋様は外部からの物理及び魔法攻撃を防御する物です」
「へぇ、それじゃその外套も?」
「はい。試してみますか?」
俺がファムレイアの着ている外套を指さすと、ファムレイアの目が光った。
「あぁ、いいよ別に」
俺が手を振ると、ファムレイアの視線も元の穏やかな光に戻る。
……どうにか俺の魔法能力を知りたいんだろうなぁ。
出立前のセイミアの報告を思い出される。
「『摩訶不思議奇術団』なる一団がセンデニオに長期に留まっていたのは例の場所を調べていたからのようですわ」
例の場所とは俺がソルディアナに対し『蒼太陽』を使った場所だ。
そこは未だに直径一キルレにも及ぶクレーターが出来た荒涼たる地のままだった。
その点だけにおいてもシストムーラの目的がボーガベルの魔法技術にある事は明白だった。
そして今回の招待だ。
だが本来ならばあべこべの話だ。
シストムーラは後進大陸ともいえる東大陸ではそう言った魔法文明が進んだ国がどこかの大陸にあるらしい程度の認識しかなかった。
シェアリアやテネアが様々な文献や商人の伝聞を漁ってみたところで、当の魔導皇国は百年も前から鎖国をしており、その実態は既に西大陸でも半ば伝説化していたのだから無理はない。
その伝説の魔法国家が接触を求めてきた。
おおよそシェアリアにとっては考えられる事では無かった。
伝説の魔法大国が辺境の魔法後進国に鎖国を破るほどの興味を持つ筈が無い。
あるとすればやはり俺の魔法しかない。
しかし、それは秘密のベールに包まれていたシストムーラの実態を余すことなく見聞する好機でもある。
ただなぁ……。
エルメリアの話ではもう一人のシストムーラの使者であるスミレイアには案内人にあの胡散臭い商人ドンギヴ・エルカパスが帯同していたそうだ。
東大陸でのアルボラス傭兵団の件から、ムルタブス神皇国の件までドンギヴ・エルカパスは直接的に俺達に何かをする訳では無く、傭兵団の斡旋や武器や魔水薬の敵陣営への供給という形で関わって来た。
後になってムルタブスで聖魔兵の制作者であるペルド・ファギを連れて東大陸から姿を消したことが判明している。
セイミアは一連の行動を武防具や魔水薬の試験乃至実験以外にも何かしらの技術習得を目的にしていると分析していた。
アイツが絡むとロクな事無いからなぁ……。
俺の唯一の懸念はそこだけであった。
アジュナ・ボーガベルはアーメルフジュバ上空をゆっくりと進む。
上から見ると街の人々が皆こちらを見上げている。
やはり空飛ぶ船は珍しいようだ。
「で? 中庭かなんかに降りれば良いのかい?」
「闘技練兵場にお願いします。あそこの円形になってる所です」
そう言ってファムレイアが指さした先には周囲を堀で囲まれた平円、野球のグラウンドにも似た広場があり、人が一人だけ立っている。
アジュナ・ボーガベルはその前に音も無く着底した。
舷梯が降りた俺達の前に現れたのは黒い髪にファムレイアと瓜二つの顔の女。
「ダイゴ皇帝陛下、遠路はるばるようこそシストムーラ魔導皇国へ」
女は恭しく跪いて礼をする。
「出迎えご苦労さん。あんたがファムレイア殿の姉の……」
「皇帝陛下並びに女王陛下のご尊顔を拝し光栄至極に存じます。魔導法院筆頭魔導士、スミレイア・クリュウガンに御座います」
「ボーガベル帝国皇帝ダイゴ・マキシマだ。宜しく頼む」
「ボーガベル王国々王のエルメリア・ボーガベルです。お久しぶりですわね」
エルメリアとスミレイアは以前にオラシャントで顔を合わせている。
一緒にいたメルシャの話ではその時は随分と挑戦的な様子だったが今はそんな気配は微塵も感じられない、恭しい態度だ。
「はい。女王陛下もご健勝のご様子で何よりでございます。まずは道中、当方の不手際により魔獣の危機に晒してしまった事、真に申し訳なく改めてお詫び申し上げます」
そう言ってスミレイアはファムレイアがそうしたように土下座をし、ファムレイアも隣でそれに倣った。
「ああ、良いって良いって。大した事じゃ無かったし。一々気にしないでくれよ」
「有難きお言葉、やはり噂通りのお方ですね」
そう言ってスミレイアとファムレイアは揃って立ち上がる。
寄り添う二人は成程髪の色さえ除けば全く同じ。
だが快活な感じの妹のファムレイアに対し姉のスミレイアは厳格な雰囲気を漂わせている。
「噂?」
「はい、今やこの西大陸でも魔王と恐れられる東大陸の覇者ダイゴ・マキシマ陛下の素顔は恬然として快活。凡そ君主の器に収まらぬもの……と」
「へぇ、鎖国のシストムーラでもそんな評判が立っている物なんだね」
「鎖国と申しましても世の巡り事を知るは当然の事で御座います故」
「まぁ国としては当然の心がけだろうね」
「恐れ入ります」
実際我がボーガベルでも『サクラ商会』や『耳目』が他国の情勢を調べているし、俺も観光がてら他国に行って調査することもある。
『摩訶不思議奇術団』というのがシストムーラの諜報における隠れ蓑なのはまぁ間違いない。
「で、この後の予定は?」
「はい、宮殿にて法皇ルーンドルファがお待ちでございます。その後は歓迎の宴を催させて頂きます。それ以降のご予定については、馬車の中でご説明いたします」
そう言ったスミレイアの視線の先には豪華な装飾の馬車が五台ほど止まっている。
「あ、そう。じゃぁよろしくね」
「ではご案内いたします。こちらへ」
俺と眷属たち、そして三将軍をそれぞれ乗せた馬車はシストムーラの法騎兵と呼ばれる騎兵に守られながら闘技練兵場を後にした。
随行していたリセリ達遊撃騎士団には当然の如く抗議されたがセネリがアジュナ・ボーガベルの警備を命じ、渋々納得してもらった。
そしてもう一人。
「我は堅苦しい席など真っ平御免じゃ。ここでリセリと一緒に留守居させてもらうでの」
そう手をピラピラと振って言ったソルディアナが残る事になった。
一番豪華な装飾の馬車には俺とエルメリア、ワン子、シェアリアとスミレイア、ファムレイアのクリュウガン姉妹が乗っている。
「ご安心くださいませ。陛下並びに随行の皆様のご安全はこの私どもが補償いたします故」
スミレイアの言葉にファムレイアが頷く。
外を見れば道には等間隔で兵士が並んでおり、その外を沢山の市民がこちらを見ている。
だがその目は一様に冷ややかで歓迎されているといった感じは全くない。
「申し訳ございません、何分他国の来賓など初めての者が多く……」
俺の考えを悟ったファムレイアが慌てて言い繕う。
「ああ、別に気にしちゃあいないよ」
申し訳なさそうなファムレイアと対照的にスミレイアは全く感じ入る様子も無く無言。
やはり双子と言っても性格は違うようだ。
「あのさ、君たち魔導法院筆頭と次席って肩書だけど、そもそも魔導法院ってのは何なの?」
「はい、魔導法院はその名の通り魔導法、つまり魔法を統括する所で我が国においては行政や立法、軍事など国の運営を司る所です」
今度はスミレイアが口を開いた。
「ふうん、じゃあひょっとして優れた魔導士が偉いって奴か?」
「流石皇帝陛下。ご賢察の通りでございます」
「まぁ筆頭と次席がわざわざ出張ってくるんだからそうなんだろうなぁとは思うけどね」
「いえ、私ども姉妹は法皇ルーンドルファ・クリュウガンの実子でもあります。我ら姉妹が陛下をお迎えに上がったのは法皇のご意思によるものです」
ファムレイアの言葉に一瞬スミレイアが厳しい目を向けた。
「へえ、じゃあ二人ともお姫様なんだ」
俺の言葉に姉妹は少しキョトンとした表情を浮かべ、エルメリアは笑顔、シェアリアは一瞬鋭い視線を送ってくる。
ワン子はあくまでもいつも通り。
だが、その視線はスミレイアに向いていた。
やがて、馬車の一群は大きな門をくぐり、壮大な白亜の宮殿に到着した。





