第百三十一話 宴会
「んが……?」
何かが頬に当たって目が覚めた。
誰かの足が直撃したようだ。
こんな寝相の悪いのは……。
スラリと細い足の先、口を開けて寝ているのはやはりコルナだった。
ご丁寧に、
「おにきゅぅ……おかわりぃ……」
寝言まで言ってる。
足を除けながら首を振って脇を見るとエルメリアもワン子もスヤスヤと寝ている。
何時も俺が起きるとこちらを見ている二人の寝顔を見る機会はそうそう無い。
しかも二人とも浴衣が色っぽくはだけている。
ええっと……浴衣……。
何で浴衣……そういや部屋も何時ものアジュナ・ボーガベルじゃない……。
ああ、そうだ……。
俺は昨晩の事を思い出した。
――ボーガベル帝国カスディアン州。
そこに帝室専用温泉保養施設『星見山荘』が完成し、俺と眷属、グラセノフら将軍やグルフェスといった閣僚たちが集まっていた。
建物はクフュラが引いた設計図を元にアジュナ・ボーガベルの内装に関わった帝国お抱えの大工、ジンロゴ・ダヒリが和風旅館っぽく建築したものだ。
流石に純然たる和風とはいかないが、明治以降に建てられた和洋折衷式にも似ていて、却ってそこがいい味を出している。
アジュナ・ボーガベルのそれとはまた一味違った野趣溢れる露天風呂を堪能し、俺達は優に二百人以上は入れる大広間にて俺が約束していた慰労会が開かれていた。
この大広間の最大の特徴は、西大陸の領国アディナショ王国で発見されたイグサの近似種を元に作成した畳を使ってあることだ。
今までも麦藁で畳を作って見た事はあるがやはり質感が今一つだった。
「……と言うわけでボーガベル帝国ガーグナタ州と周辺領国も無事ボーガベル連邦邦としての出発を切れた。これもひとえに皆の力添えのお陰だ。今日は各地の美味い物や酒をふんだんに取り寄せた。思う存分食って飲んでくれ。アジュナ・ボーガベル」
「アジュナ・ボーガベル!」
イグサの香り漂う大広間の上座、浴衣姿の俺は皆の前で乾杯の音頭を取る。
すっかり慣れてしまったようでも、和風の宴会場に浴衣を着た異世界人の光景は何となく違和感がある。
「何かお気に召さない事がおありでしょうか?」
察したようで、隣のエルメリアが酒を注ぎながら訊いてきた。
浴衣姿がなんとも色っぽく、違和感などぶっ飛んでしまう。
「いやぁ、全然無いよ。ただこういうのも久しぶりだなぁってさ」
目の前には今や東大陸随一の漁獲高を誇るガラフデ王国から急送されてきた新鮮な魚介類の活け作りが並ぶ。
またロスペヨ村で作っている土鍋を使った鍋物、中身はラッサ鳥、ビフォン豚、野菜やキノコの入った物が旨そうな匂いを湯気と共に立てていた。
勿論、カイゼワラ名物のビフォン豚の煮込みも山と盛られて、すでにコルナがむしゃぶりついている。
こんな形の宴会を最後にやったのは勤めていた黒井運輸商会の忘年会の時以来だ。
「これがご主人様の世界の宴なのですね、私は好きですわ」
そう言ったエルメリアが俺が注してやった酒をクイっと呷る姿がまた何とも言えない。
「ご主人様、どうぞ」
反対側のワン子が俺の杯に酒を注ぐ。
こっちの浴衣姿もやはり破壊力満点。
訂正します。
和風の宴会場に浴衣は万国共通、違和感はありませんでした。
「それでは皆様お待ちかね~余興の時間となりました~。司会は私~、最近やっとオラシャント行きっぱなし状態から解放されたメルシャと~」
「ええええーっと、けけけ眷属になったのにななな何故か最近服が窮屈になって来たウルマイヤでお送りさせていいい頂きますっ」
その言葉にお肉を貪り食ってた勇者様の動きが止まる。
「では一番手は眷属になったばかりのアレイシャさん!」
「え! き、聞いてませんが……」
セネリほどクールという訳では無いが、物静かな印象のアレイシャが平時に驚く顔はなかなか貴重だ。
「いや、そこは即興でお願いします」
「え……あ……で、では……この果物を投げて下さい」
そういってアレイシャは果物をメルシャに渡すと『静華』を構えた。
「いきますよ~」
メルシャが放り投げた果物に一陣の風が纏わり付き、瞬時に愛らしいクマのような形になった。
おおおお~
場内からどよめきと拍手が沸き起こる。
「すっごいですね~」
「い、いや……本来……風剣は……こういう風に使うものでは……」
真っ赤になって俯き、囁くように声を出すアレイシャ。
「いやいや~それにしては手が込んでますし何よりも可愛いじゃないですか~」
「あ……あ……ありがとうございました!」
深々と頭を下げて席へ戻るアレイシャ。
「いやぁ、アレイシャさんの乙女らしい部分が垣間見えた一芸でした。では次の方どうぞ~」
「なっ……!」
何か言おうとしたアレイシャに何も言わせずにメルシャは粛々と次へ進めていく。
「二番……大河劇、勇者と竜と姫君。作、アリメルエ・ルベガーボ」
拡声魔導回路からセバスティアンの声が響く。
下座の舞台の幕が開くと浴衣の上に鎧を着てエネライグを持ったコルナが立っている。
「やぁみんな、元気かい? ボクは勇者コルナだよ。今お姫様をさらった悪い竜を退治に行く途中なんだ。お、噂をすれば」
「どーらごーん!」
「あーれー……たすけてー」
出て来たのは浴衣姿に頭につぶらな瞳の竜の被り物を載せたソルディアナと、かなり気合の入った絹製の礼装に身を包んだヒルファだった。
「おお、これは姫君! すぐにこの勇者コルナが助けて差し上げます!」
「ああ……ゆうしゃさま……はやく……たすけて……くださいまし」
ただでさえたどたどしいヒルファが緊張でさらにたどたどしくなっている。
まるで俺と初めて出会った時のようだ。
「どどど、どーらごーん! ふぁっふぁっふぁ! ゆうしゃよ! この暗黒魔竜ファダレゴズを倒せるかな? どーらごーん!」
『ご主人様よ、本当に元の世界とやらの竜はこの様な声で鳴くのか?』
結構ノリノリの演技をしているソルディアナから念話が送られてきた。
『まぁ、鳴くんじゃね?』
『ううむ、今一つ腑に落ちんのう』
俺も見たこと無いけど。
「ええい! 喰らえ! コルナ・ふぁいなるぶれいく!」
「うぎゃー! やられ……んわ!」
「へ? ちょ、ちょっと!?」
「こぉんな可愛いヒルファを残して死ねるものかえ! 出直してくるがよいわ! どーらごーん!」
そう高らかに叫ぶとソルディアナはヒルファをお姫様抱っこして袖へ引っ込んでしまった。
「え? ええっ?」
『暗黒魔竜を追い詰めた勇者コルナだったが、寸での所で逃げられてしまった。だが、勇者コルナの戦いは始まったばかりだ。負けるな勇者コルナ! 戦え! 勇者コルナ! ヒルファ姫を取り戻すその日まで! 続くで御座います』
「ちょ! セバスティアン! 何良い風に締めてるのさ!」
呆然と立ち尽くすコルナに惜しみない拍手が送られ、幕が降りた。
「あれ、お前の作だろ? あの結末なん?」
俺は脇にいるエルメリアに訊いた。
「……勿論即興ですわ」
顔は何時もと同じくにこやかだが、雰囲気がなんとなく怪しい。
「そ、そそそそれでは続いてセネリさんのびっくり奇術です」
ウルマイヤの紹介で舞台にはレオタードっぽい衣装に身を包んだセネリが現れた。
遊撃騎士団の森人族が何やら等身大の木箱を運んできた。
「さぁ、皆の衆お立合い。今から私が緊……もとい拘束された状態でこの箱に入り、外から無数の剣を貫かせるという世紀の大奇術を行う。ご主人様、すまないが来て頂けまいか?」
「あ、いいけど」
セネリに呼ばれ俺は上座から舞台に上がる。
「で? 何すれば良いんだ?」
「勿論! この縄で、こ! こ! 拘束してくれ! ぎゅうっとおもいっきり!」
縄を突き出すセネリの目が異常だ。
普段のクールな姿からは想像もつかない有様。
「ちょっと待て」
「な、何だ? 焦らさなくて良いから早く!」
「そうじゃねぇ、眷属のお前剣で刺しても面白くも何ともねぇじゃん」
「そ! そんな事は無い! わ、私はとても……」
「あーリセリさん、代わって」
俺は脇でセネリとのやり取りを呆れて見ていたリセリに振った。
「ちょ! ちょっと待ってくれご主人様! リセリは眷属では無いし、第一その……」
「あ? まさかホントに眷属頼みだったのか?」
「そそそ! そんな事は無い! よしっ! リセリ! 代わってくれ!」
「ええええ! セネリ様! いきなり何ですか!?」
「大丈夫だ! 問題ない! ……と思う」
「そう言う訳なんでちょっと縛るよ」
「は、はい……お願いします……」
俺はリセリを拘束し始めた。
「あああぁ……」
脇で見ているセネリがすんごく残念かつ羨ましそうな声を上げる。
「はうっ」
リセリが艶めかしい声を上げた。
「お、きつかったら言ってくれよ」
「あ……は……はい……だ、大丈夫……はあぁうっ!」
そう言ってリセリは甲高い声を上げたと思ったらその場にへたり込んでしまった。
「……森人族ってみんなこうなんか?」
俺の問いに他の森人族が皆首を横に振った。
「え~大奇術は予期せぬ事態で中止でございます~。次の出し物は~」
全く動じることなくメルシャが粛々と進行していく。
「全くリセリまでもとは……ってあれ?」
それまでワン子が座ってた隣の席に竜の被り物をしたままのソルディアナが座っている。
「ああ、今度はワン子の出番か」
「うむ、セイミアが我に是非ここに座っていてくれと言うものでのう」
そう言いながら巨大な酒瓶の酒をラッパ飲みでグビグビと飲み干しているソルディアナ。
恐らく今日の酒の消費の殆どがコイツだろう。
やがて会場の照明が消え、おお~と小声が響く。
でんでんでっでんででん~ん、でででで~ん。
「こ! これはまさか!」
会場に鳴り響く魔導拡声器からの音楽に、やる気なさそうに酒を飲んでたソルディアナの目の色が変わった。
照明が当たり、帽子を被ったニャン子が現れた。
「はーい、会場のみんな元気かにゃー? 司会のニャン子お姉さんですよーにゃ」
おお、何となく歌のお姉さんっぽいが……。
と、会場が再び暗くなる。
「ウフフフフ! オーホッホッホ!」
「だ! 誰にゃ!」
「我々は悪の侵略組織ブラックコーポレーション! その幹部タカビシャー!」
そう言って気合の入った衣装に身を包んだセイミアが現れた。
「ブラックコーポレーションのタカビシャーですって……にゃ!」
「おおおおおっ!」
ソルディアナの目がビームを出しそうな程に輝く。
「この山荘は我々が接収しましたわ! 今日は戦力補充の為優秀な戦闘員を勧誘に来たましたの!」
あ、これって昔ショッピングモールでやってたヒーローショーと同じじゃん。
確か娘連れてったら怪人見てギャン泣きされたんだよなぁ……。
「この中に将来有望なちびっ子は……」
「はい! はいはいはい! ハイなのじゃ!」
必死に手を上げるソルディアナだが、
「そこの可愛らしい礼装の子を連れて来なさい!」
「承知しましたタカビシャー様!」
手下役のテネアがヒルファを連れてくる。
「な! 何故じゃ! おい! 我を無視するでない! こらぁ!」
雄たけびを上げるソルディアナは完全無視だ。
まぁ先程の寸劇を見れば気持ちはわかる。
ほけーっと立ってるヒルファに悪役令嬢キャラがこれ以上ない程似合ってるセイミアが手に持った馬鞭をピシピシ叩きながら言った。
「それではお前をこれから怪物に変えて差し上げましょう」
「や! やめろ! ヒルファにその様なことをするでない! ちょ! ご主人様! 離せ! 離さぬか!」
俺に羽交い絞めにされたソルディアナが喚く。
成程、その為に俺の隣に寄こしたのか。
流石策士セイミア。
「ソルディアナさん、静かに観覧してくださいね」
「ううっ……」
にこやかに言ったエルメリアの一言にソルディアナは大人しくなってしまった。
「大変……にゃ! みんなでハニキュアを呼ぶ……にゃ! せーの」
「ハニキュアー」
会場のあちこちから小さな声が上がる。
「声が小さいにゃ!」
「ハニキュアー!」
再び場内が暗くなる。
「はっはっはっはっはー!」
照明にポーズをとった四人の姿が浮かぶ
「甘き愛の戦士、ハニローザ!」
とクフュラ。
「甘き光の戦士、ハニシャイン!」
とワン子。
「甘き幻想の戦士、ハニファンタジー!」
とメアリア。
「……甘き夢の戦士……ハ、ハニドリーム……」
と、すんごく恥ずかしそうなシェアリア。
「「我ら、魔法少女戦隊ハニキュアイレブン・ウルトラメガバースト!」」
そう言って決めポーズを取る四人。
「何じゃ……ファンタジーとドリームは初代ハニキュアではないか……」
ヒーローショーでありがちな混合編成にハニキュア全作を十周は見て造詣の深いソルディアナの冷静なツッコミが入る。
「おのれ! ハニローザ! いつもいつも私の邪魔ばかりして! 今日こそは決着をつけますわ! 出でよ! ワルモンダゾー!」
「ワルモンダゾー!」
下手から黒覆面を被った男が唸りながら出て来たが、どう見てもガラノッサだ。
「こい! ワルモンダゾー!」
四人がファイティングポーズを取る。
普段は戦いに無縁のクフュラの凛々しい姿はこれはこれで絵になってる。
対してシェアリアはどうにも羞恥心が勝っているのか動きが縮こまっている。
「ハニキュア共! おかしな真似をするとこの子の命が無くなりますわ!」
そう言ってセイミアがヒルファに短剣を突きつける。
「やっ! やめろおおぉ! タカビシャー! わっ我が代わるからやめるのじゃあああ!」
もはや現実と虚構の区別がつかずに再び騒ぎ出したソルディアナを羽交い絞めにする。
ン千年生きてきてこの純朴さは何なんだろう。
「タカビシャー! あなたはそんな事ができる人じゃない! お願い! あの優しかった弥子に戻って!」
因みに原作ではハニローザの鬼龍院オルガとタカビシャーの鷹菱弥子は同級生だ。
「ううっ、何だ……頭が……」
クフュラことハニローザの必死の訴えに、セイミアことタカビシャーが頭を押さえたその時、何処からともなく口笛が流れて来た。
「何だ! 何者だ!」
「この口笛は! イケメン仮面様!」
は?
何この展開?
これって別番組のキャラじゃなかったっけ?
まぁ、ヒーローショーじゃよくある事か……。
「無二の友が互いに争う……それはとても悲しい事。心の涙が私を呼ぶ。人呼んでイケメン仮面推参」
そう言って下手から目をマスクで覆い、口元に薔薇っぽい花を咥え、マントを被ったグラセノフが出て来た。
「きゃあああああっ! イケメン仮面さまぁぁぁ!」
場内の眷属を含む侍女や森人族ら女性陣から一斉に黄色い声が飛ぶ。
イケメンは何やらせても許されるからいいよなぁ……。
「ハニキュア! ここは私に任せたまえ!」
「おのれお兄様……じゃなかったイケメン仮面! やってしまいなさい!」
「ワルモンダゾー!」
「トウ!」
「ヤラレター!」
イケメン仮面のチョップを喰らい、あっけなく退場するガラノッサ怪人。
「お、おのれ!」
「さぁ、正義の心を取り戻すんだ。解放波!」
「ああっ、……わ、私は何を……」
「君の中の悪の心は私が取り除いた。今日から君は正義の戦士ハニバンタムだ」
「わ、私が……ハニバンタム」
「良かったわタカビシャー……いえ、ハニバンタム!」
「ハニローザ……私、一生懸命戦いますわ!」
がっちりと握手をする二人。
『こうして新たな戦士ハニバンタムを加えたハニキュアの戦いはこれからも続く。戦えハニキュア! 負けるなハニキュア! 続く……にゃ』
万雷の拍手と共に幕が降りる。
結局ハニキュアと関係ないイケメン仮面が全部持ってってしまった。
「これ……脚本お前か?」
「いいえ、謎の覆面女流作家アリメルエ・ルベガーボですわ」
優雅にグラスの果実酒を飲んで答えるエルメリアだが若干鼻が高そうに見える。
「そりゃあどうでも良いが色々混じりすぎて無いか?」
「あら、舞台化は原作通りにやっても面白くありませんわ、改変は必要ですわ」
「いやいやいや、流石に変えすぎだろ? 元と違い過ぎてソルディアナですら固まってるぞ」
元の世界だったら原作ナントカとか言われてネットで大炎上しかねない代物だ。
「あら、ご主人様の世界の数多の実写化作品を見て勉強した私……オホン、アリメルエ・ルベガーボに死角はありませんわ、完璧ですわ」
と、幕から劇中何もやる事が無く突っ立ってただけだったハニファンタジーことメアリアが出て来た。
「?」
嫌な予感が急速に高まっていく。
「それでは最後にこのメアリア・ボーガベルの歌を十曲ほど、ボ……」
「皆! そいつに歌わせるな!」
俺の咄嗟の声にニャン子やセネリ達が一斉に飛びかかった。
「な! 何をするか! くっ! 殺せ! じゃなかった歌わせろ! ボエエエエエエッ!」
「ぎゃあああああああす!」
後はよく覚えていない……。
で、気が付いたら全員ここで寝てた訳だ。
脇を見るとハリュウヤでがっちり拘束されてるメアリアがやはり口を開けて寝ている。
魔導甲冑まで投入して鎮圧したのか……。
ワン子やエルメリアがすやすや寝ているのは多分その為なんだろう。
ふと旅館にあるような広縁の椅子に誰かが座っているのが見えた。
刀を肩に掛けているアレイシャだ。
そっとエルメリア達を起こさないように起き上がると眷属たちを踏まないように広縁に行く。
「あ……」
「しーっ、眠れないのか?」
反対の椅子に座ってガラス窓越しに外を見る。
天中に輝く月は今の時期だと青く輝いている。
この世界の人はそれで季節や月の変わり目を計っているらしい。
「夢を見て起きてしまったので……」
「ん? 嫌な夢だったか?」
アレイシャの夢の話は聞いていた。
「いえ、両親と食事をしている夢でした。私は今の姿で、両親に今幸せかと訊かれました」
「へぇ、それで何て?」
「とても幸せですって言ったら、両親は笑って頷いて……そこで目が覚めました」
「そうかぁ」
デレワイマスを討った直後、暫定国王となったアレイシャは正式に王位に就くことなく俺に一切の権限を移譲することを宣言した。
ガーグナタの領国は朝貢金の撤廃と兵力供出の見直しを条件に、ほぼ全ての国がボーガベル領ガーグナタ州を母体とするボーガベル連邦への加入に同意し、オラシャントやアロバを含む一大経済圏として再出発を切る事になった。
「なぁアレイシャ、父親の跡を継いで王位に着こうとは思わなかったのか?」
俺の問いにアレイシャは首を横に振った。
「王家の事を思うのならそうするのが一番でしょうが、私にはその思いはありません……父王は私には見せまいとしていたようですが、政には大変苦労していたようです……民草の事を思えばこれが一番良いと思ったのです」
結局ガーグナタは会社経営が下手な兄を弟が追い出して社長になったものの、専務に任せて女遊びにうつつを抜かしているような無能だったので専務は下請け業者を締め上げて利益を出してましたみたいな感じだったようだ。
行方不明になったシュウシオとかいう宰相がグルフェス並みの才があればまた話も変わってたかもしれない。
「そうか、ならいいんだけどな……ちょっと寝汗搔いたから風呂入ってくるわ」
「ではご一緒してよろしいでしょうか」
「構わんよ」
俺とアレイシャは連れ立って、深夜の広大且つ絶景な露天風呂へ向かった。
――翌朝。
ルファたちの懸命の努力によって元通りになった大広間で皆で朝食を取っている時だった。
「ご主人様、お食事の所申し訳ありません」
セイミアが近づいて小声で言った。
「おう、どうした?」
「オラシャントの執政官からの念話で、シストムーラの使者が親書を持ってきたと」
「へぇ」
シストムーラ魔導皇国はガーグナタに匹敵する大国ながら、これまで他国との関りを殆ど持たずに鎖国状態にある国だ。
魔導皇国の名が示す通り、高度な魔法文明を有しているらしいがその実態は謎に包まれている。
貿易は行われてはいるが、商品のやり取りは国境にある取次所で行われ、他国の商人は国境から中に立ち入ることは出来ない。
だがオラシャントでドンギヴと共に戦闘を見に来たスミレイアと名乗る女は、自分の事をシストムーラの筆頭魔導士とエルメリアに言ったそうだ。
「で、親書には何て?」
「要約すれば国交を結びたいのでシストムーラまで出向いて来いですわ」
「ふうん、異大陸の新参国家だから舐められてるのかな?」
「どうでしょう? 実力は十分に見せつけた筈ですが、あるいは……」
「それでもなお自信があると」
セイミアが頷く。
「いいじゃん、乗ってやろう」
「ご主人様ならそう言うと思いましたわ、それで何時参りますか?」
「その使者とやらはもう帰したのか?」
「いえ、すぐに返事をする故と留め置いてますわ」
「じゃぁそいつに道案内させよう。数日中に行くから執政官に丁重にもてなすよう伝えてくれ」
「既に手配してありますわ」
「うん、良い手際だ」
「お話は決まりましたか?」
脇で聞いていたエルメリアが声を掛けてきた。
「ああ」
頷くと俺は立ち上がった。
皆が一斉にこちらを見る。
「今日、シストムーラから接触があった。なんでも国交を結びたいので我が国を招待したいそうだ」
会場がどよめく。
それを聞いて焼き魚を美味しそうに食べてたウルマイヤの顔が曇った。
隣のクフュラがその背中に手をやる。
「敢えて乗るのが俺の流儀なのは皆承知してると思う。気苦労を掛けるが皆安心して欲しい」
「編成は如何なされますか?」
浴衣に丹前姿でも相変わらず渋いグルフェスが訊いてきた。
「第一、第三軍はバゲンディギア、第二軍はアロバにて引き続き待機。使節団随行は三将に遊撃騎士団、付帯人員……まぁいつもの面子だな。以上」
再び皆何事も無かったように食事に戻る。
だが一人シェアリアが目を輝かせていた。
「……魔導皇国……実に興味深い……」





