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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第十章 ガーグナタ復仇編

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第百三十話 落城

 衛央都市ウゼビスに続く通門橋で『閃光』の女将シュグネ・ビロシュグは凡そ信じられない光景を目の当たりにした。


 門周辺を見知らぬおよそ百ほどの重装歩兵達が護っており、周囲には通門橋を守っていた哨兵が倒れている。


 既に降り切った橋をウゼビス側から同じような歩兵たちがヒタヒタと渡ってきている。

 鬨の声も上げず無言で押し寄せる様は不気味の一言に尽きた。


 一方バゲンディギア側ではやはり百人程の『閃光』兵団の兵が陣を敷いて謎の重装歩兵たちの動向を見守っていた。

 だがウゼビス側にいる敵歩兵はおよそ二千、ここを死守するには全くの兵力不足は明らかだった。


「こ、こいつ等一体何処に……」


 シュグネの口からそう出たのも無理はなかった。

 あの様な兵たちが入り込め、なおかつ潜めるような場所などバゲンディギアには皆無だからだ。


「シュグネ様! どうやらあの兵士はヘレリーシュ監獄の方から来たようです!」


 部下が生き残っていた哨兵から聞き出した話を伝える。


「馬鹿な! どうすればヘレリーシュ監獄から……」


 全く有り得ない話だ。

 囚人を投獄し、つまりは閉じ込めておく監獄からどうしてあの様な兵士が出てくるのか。


「と、とにかく戻ってシュウシオ様に報告せねば! お前達は兵を集めここを死守しろ! 絶対に通すな!」


 ここに留まって兵を指揮し、伝令を飛ばして増援を待つという考えは王都防衛を任とし、今まで対外的な戦闘を行った事の無いシュグネには考えもつかなかった。


「し、しかし!」


「命令だ!」


 シュグネは部下にそう言い残すと馬に飛び乗ってシンドメンに向かう。


 だが直後に、


「ぎゃああっ!」


「ひぎっぃぃ!」


「しょっ将ぐぎゃあああっ!」


 後方、今さっき自分がいた所から悲鳴が上がる。

 シュグネは一瞬目を閉じ、馬に鞭を入れた。



 早朝のバゲンディギアは文字通りの地獄と化した。


 いくら総数で勝るガーグナタ軍であっても明け方に衛央都市からの襲撃、しかも既に内部に入り込まれての急襲に完全に混乱状態に陥っている。


 ましてや指揮系統も確立されておらず、狭い道では数の有利など何の意味も持たなかった。

 隊ごとに訳も分からないまま飛び出した兵たちは、次々と謎の重装歩兵たちの餌食になっていく。


「いけません! 宰相閣下! 既に多くの兵が通門橋からバゲンディギアに侵入しており……」


 這々の体でシンドメンに逃げ戻ってきたシュグネに目もくれずに、


「こちらでもう確認した。全ての橋が落ちている」


 憮然と外を見ながらシュウシオが言った。


「で、では……」


「集められる兵を集め、このシンドメンの守りを固めさせよ! 急げ!」


「は、はっ!」


 行きつく間もなくシュグネは再び飛び出していく。


「何という事だ……」


 シュウシオが毒づく。

 要塞都市バゲンディギアは通門橋を上げていれば正に難攻不落の要塞だが、橋が降り、敵の侵入を許してしまえばその価値は無い。


 当然要所要所に敵を迎え撃つ様々な仕掛けはあるがそれもただの時間稼ぎに過ぎない。

 後はシンドメンに寄って籠城するのみだ。


「大王様にお知らせせねばな……」


 そう言って後宮に向かうシュウシオの足取りは死刑台に向かう罪人の如く重かった。


 各通門橋がヘレリーシュ監獄から湧き出た重装歩兵達によって降ろされて一アルワが経ち、既に衛央都市ウゼビスに抜ける通門橋周辺には両軍の兵士は皆無だった。


 戦いは通門橋の周囲からシンドメン方面に移っている、つまりはボーガベル側が押しているという事もあるが、ウゼビスにいたる道は非戦闘員の脱出路として確保されているせいでもあった。


「さぁ! ここは安全だ! 早くウゼビスへ!」


 ケンドレンの声が響き、『マーシャ』のメンバーが非戦闘員を通門橋に誘導している。


「まだ残っている人がいないか手分けして探そう!」


『マーシャ』のメンバーがニ、三人に別れて散らばる中、ケンドレンは一人で探しに出た。


「早く! ウゼビスの通門橋に!」


 バゲンディギアの非戦闘員はほとんどが将校の家族や使用人達、それに商人だ。

 将校の家族の大半は屋敷に隠れているが、それでも何らかの理由、大半は恐怖からバゲンディギアから逃げようとする人達をケンドレンはウゼビスの方に逃げるように指示していく。


 そんな中、避難している者達の中に布で顔を覆っている男の風体にケンドレンは見覚えがあった。


「おい! お前!」


「うっ!」


「リョ……リョクレン……」


「よ、よう、ケンドレン……」


「お前……ここで何を……いや、ネルティアはどうした!」


 ケンドレンが掴んだ腕を乱暴にリョクレンは振りほどく。


「さぁな! 俺はもうここからずらかるんだ! 離せ! 誰かぁ! ここに『マーシャ』がいるぞ!」


 大声で叫ぶリョクレンの姿を呆然と見ていたケンドレンだが、思わず剣を引き抜いた。

 それを見たリョクレンの口元が歪み、更に大声で叫んだ。


「助けてぇ! 魔王の手先の『マーシャ』だぁ! 殺される!」


 その声に周囲で避難していた人々も騒然とする。


「貴様等ァ! 何をやっとるかぁ!」


 剣をかざした兵士の一団が叫び声を聞きつけて雪崩れ込んできた。


「助けてください! こ、こいつ『マーシャ』です!」


 リョクレンが兵士の元に駆け寄る。


「何だと! おい!」


「くそっ!」


 忽ちケンドレンは十人ほどの兵士に囲まれた。

 兵士の脇でニヤリと笑いながら橋へ逃げて行くリョクレンが見える。


「詮議など要らん! 斬り殺せ!」


 兵士の隊長らしき男が叫ぶ。


「待ったぁ!」


 両者の間に何者かが飛び降りてきた。


「コ、コルナ!」


 それはエネライグを携えたコルナだった。


「ちーっちっち。ケンちゃんボクの事は師匠と呼び給えと言ったじゃん」


「何だ貴様ぁ!」


「ボク? ボクはゆう……」


 コルナの名乗りが終わらない内に斬りかかった兵士にエネライグが一閃し吹き飛ばされる。


「全く何で人の名乗りをちゃんと聞かないかなぁ」


「コルナ様、この様な修羅場でちゃんと名乗りを聞く者などはいないと存じますが」


「だってセバスティアン、ご主人様の世界の映像だと大概みんな大人しく待ってるじゃないかぁ」


「コルナ様、あれは架空のお話がほとんどでございます。従って……」


「話は後! 一杯来たよ!」


 騒ぎを聞きつけた他の兵士の一団を見るなりコルナはエネライグを構える。


「ケンちゃん! ここはボクに任せてアイツを追いかけな!」


「わ、分かった!」


 ケンドレンはリョクレンが逃げていった通門橋の方へ走る。


「待て! 逃がすな!」


 だが追おうとした兵士達の行く手を躍り出たコルナが塞ぐ。


「おっと、ここから先は通さないよ」


「くっ、掛かれ!」


 コルナに向かい剣を構えた兵士達だったが直後後方からうめき声が上がった。


「なっ!」


 振り向いた兵士の視線の先には二人の獣人、ワン子とニャン子がいた。


「コルナ様、お手伝いに来ました」


「そうそう、ゴーレムは全部完成した……にゃ」


「もう、こんなの僕一人で十分なのに……」


「まだやる事は山盛り……にゃ、さっさと片付ける……にゃ」


 その言葉と同時に三人が兵士たちに突進していく。

 コルナのエネライグが唸り、ワン子の双短剣が、ニャン子のクナイブレードが次々と兵士たちを仕留めていく。

 その場に居合わせた兵士達が沈黙するのに十ミルテも掛からず、三人は再び散っていった。


 一方、ケンドレンを振り切ったリョクレンは漸く通門橋の袂までやって来た。


「ここまで来れば……あ?」


 ウゼビス側から人が一人、橋の真ん中を歩いてくる。


 堂々と、かつ典雅な歩みは何処か浮世離れをしていて戦場と化したこの地には似つかわしくない。


「ア、アレイシャ……?」


 見慣れぬ服を着、長大な剣を携えてはいるが、確かにそれは長年一緒にいたアレイシャだった。


 どうしてこんな……いや、丁度良い……ネルティアの代わりにコイツを……。


 リョクレンの心が卑屈に嗤った。


「アレイシャ! 生きていたのか!」


「リョクレン……ネルティアはどうしました?」


「聞いてくれ! ネルティアと逃げていた俺はケンドレンに助けられた。だけどそこで兵に襲われてケンドレンとネルティアは殺されちまった」


「なんですって……」


 よしっ……。


 手応えを掴んだリョクレンは更に顔を歪ませる。


「ううっ、死ぬ前にアイツは……アレイシャのことを頼むって……だからアレイシャ! オレと一緒に逃げてくれ! ケンドレンの為にも!」


 涙と気合いを吹き上げケンドレンが嘘を絶唱する。


「ではあそこにいるのは亡霊か何かですか?」


 冷徹にい言い放ったアレイシャの言葉にドキリとしたリョクレンが振り向く。

 その視線の先に剣を構えた怒りのケンドレンがいた。


「リョクレン……貴様……」


「ケ……ケンドレン……ま、待ってくれ……」


 そう言いながら懐の短剣をソロリと出すや、アレイシャに突きつける。


「動くな! 少しでも動けばブスリといくぞ!」


「リョクレン……お前、そこまで腐ってたのか……」


「はぁ!? ふざけるな! 俺は最初からこうだった! こうやって一人で生きてきたんだ! おまえたちとつるんでたのも何時かは俺がのし上がるための踏み台だと思ってたからさ!」


「ネルティアはどうしたのです?」


 顔色一つ変えずにアレイシャが訊く。


「ああ? アイツは行きがけの駄賃にヒディガの奴隷商に売っぱらったよ! 俺に抱かれておきながらお前が戻った途端ケンドレン、ケンドレンって飛んだ尻軽だったからな! ヘヘッ」


「リョクレン……てめぇ……」


「おっとぉ、動くな……」


 そうリョクレンがいった刹那、その周囲に風が舞った。


 カラン


 リョクレンの持っていた短剣が音を立てて落ちた。


「え?」


 リョクレンの両手の指全部がきれいに切断され、痕から血が流れ出ている。


「ぎゃああああああっ、ゆ、指がぁぁぁ!」


 悶絶するリョクレンに構わず、アレイシャは目前にそびえるシンドメンに向かって歩いていく。


「ケンドレン、ここは任せます。貴方は貴方の決着をつけなさい」


「分かってる」


 リョクレンを見据えながらケンドレンが応えた。


「ああっ! あああっ!」


 吹き出る血を押さえようとしているリョクレンの前にケンドレンが仁王立ちした。


「ケ、ケンドレン……た、助けてくれよ……」


「残念だ、リョクレン……お前はネルティアだけじゃない、『マーシャ』の皆も裏切った。ヘレリーシュにいた何人かは死にかけてたぞ」


 ケンドレンは首を振った。


「ちっ、チキショオオオオッ! ネ、ネルティアが喘いでたぞ! 俺の方が大きいってなあがはぁっ!」


 嘲笑いながら叫んだリョクレンの脳天にケンドレンの剣面が痛撃し、リョクレンは鼻血を吹きながら昏倒した。


「だからどうした……デカけりゃ良いってもんじゃないだろ」


 仰向けに倒れたリョクレンを見下ろしてケンドレンは悲しそうに吐き捨てた。




 バゲンディギアの頂にそびえる王城シンドメン。


 そこへ続く道は一直線の長い石段になっている。

 馬車溜まりのある一の門には既にボーガベルの重装歩兵ゴーレム達がひしめくように押し寄せており、破られるのは時間の問題だった。


 城門でもある二の門には『閃光』のシュグネが最後の防衛線を敷いていた。


「良いか! ここを落とされれば後は無い! 何としてでも死守するのだ!」


 派手な外套を着込んだシュグネが残った兵およそ二千に檄を飛ばす。


 だが、その手も足も震えが収まろうとはしない。

 それを兵に気取られないため外套を着込んでいるのだ。


 一の門の敵兵に変化が現れた。

 何かが兵の中を進んでいるようだ。


 講和の使者か……ならば……。


 生き残る道もあるかもと期待したシュグネだったが、


 三メルテはある分厚い一の門が突如三等分になって崩れ落ちた。


「なぁっ!?」


 土埃の中から現れたのは銀髪の女。

 見慣れぬ薄水色の戦闘礼装に身を包み一歩前に出ると澄んだ声で叫んだ。


「元ガーグナタ王国第一王女にして、ボーガベル帝国刺客人アレイシャ・ガーグナタである! 我が主君、ダイゴ・マキシマに仇為し、あまつさえ我が両親である前国王、王妃を謀殺し王位をを簒奪したデレワイマス、絶対に許す事能わずと知れ!」


 二の門前を埋める兵達に僅かに動揺が走った。


「シュグネ! あの者にこれ以上語らせるな!」


 門の上でシュウシオの声が飛ぶ。


「は、はっ! 掛かれぃ!」


 シュグネの号令に一斉に兵士が石段を降っていく。


「愚かな……」


 そう呟いたアレイシャが刀の柄に手を掛けた。


「死ぃんげ……」


 先頭で剣を振り下ろそうとした兵士が瞬時に三等分になり、石段に臓腑をぶちまけながら転がり落ちていく。


 次の瞬間にはその後ろにいた兵士も次々とバラバラになって坂道を転がっていく。

 石段を登っていくアレイシャの後ろは凄惨な地獄と化していた。


「な、何だ……」


 兵士達はアレイシャが刀の柄に手を掛けているだけにしか見えず、隙ありと斬り込もうとするのだが、気が付いたときには身体を寸断され絶命していた。


 勢いの付いた兵達は止まることも出来ず、まるでベルトコンベアーで運ばれて加工される素材のように次々とアレイシャに切り刻まれていく。


「あああっ、い、嫌だぁ! ど、どけぇ! うぐぁ」


 恐怖にかられた兵士が逃げようと向きを変えたが、うしろの兵達に押され、他の兵士を巻き込み転げ落ちていく。


「ひぃぃ! バケモノだがぁっ!」


 悲鳴を上げる傍から次々とバラバラになっていく兵士達。


 石段に吹き上げる血しぶきと悲鳴に二の門でその凄惨劇を見ていたシュグネは嘔吐した。


「グェ……ゆ、矢だ! 矢を射掛けよ! ど、弩も撃て!」


 石段脇の哨櫓から次々と矢、そして弩も射掛けられるが全てアレイシャに届く前に切断されていく。

 しかもアレイシャが通った哨櫓すら中の弓兵ごと切断されていった。


 恐怖に駆られた兵たちが次々と石段を駆け上ってきた。


「シュシュウシオ様! 門を開けてください! は、早く! も、もうすぐそこに!」


 真っ先に二の門に齧りついたシュグネは必死に門を叩き、シュウシオに懇願している。


 だが門の上から声は無い。

 そのシュウシオも既にその場から逃げ去っていた。


 とうとう石段の上にアレイシャが現れた。

 結わえた銀の髪と氷の様な薄水色の瞳。

 あれだけの殺戮をしていながら血しぶき一滴付いていない戦闘礼装。


「た……助け……たすけ……てぇぇ」


 腰が抜けた上に失禁しながらシュグネが懇願する。


「死にたくなければ道をお開けなさい」


 一瞥したアレイシャが冷酷に言い放つ。


「ひゃ! ひゃひぃぃぃ!」


 悲鳴をあげながらシュグネは這うように脇へ逸れる。


 ガラガラガラン!!


 アレイシャが柄に手を掛けた途端、二の門もあっさりと崩れ去った。


「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 その様を見てシュグネが更に悲鳴を上げる。


「よう、アンタ見たとこ将軍のようだけど」


「ひゃい?」


 不意に呑気な声を掛けられシュグネがグリンと首を回すとそこに物差しを首に当てたダイゴが立っていた。


「お……おみゃえは……」


「ご主人様、如何なされました?」


 ご主人様……? まさか……。


 『魔王』という言葉がシュグネの脳髄をぶん殴るように響いた。


「ああ、いよいよ大詰めだから立ち合おうと思ってさ」


「ありがとうございます」


「そんな訳でアンタ、デレワイマスの所へ案内してくんない?」


「ひゃ! ひゃい! 喜んで!」


 直立したシュグネはそのまま向きを変え、シンドメンの中に入り、ダイゴとアレイシャもそれに続く。


「ご主人様、私も元とはいえ王族ですし、この間も来ましたが……」


「まぁいいじゃん、これ以上余計な血を流しても……」


 ダイゴがそう言った時、シュグネが横に飛び脇の壁の凹みに転がり入る。

 その途端、猛烈な勢いで天井が落ちてきた。

 いわゆる釣り天井と呼ばれるものだ。


 ドオオオオオン!


 凄まじい音が響く。


「あ……あはっ! あはははははっ! やった! やったぞ! 見事魔王をこの私が討ち取ったぞ! あははっ! これで……」


 そう嗤ったシュグネの眼前、土埃の晴れた先に二つの人影があった。


 柄に手を掛けたアレイシャと釣り天井の一部を頭に乗っけたままのダイゴがシュグネをじっと睨んでいた。


「ぎゃはあああああああああっ! な、なんでぇええええええ」


「おい、よくもこんな間抜けな姿にしてくれたなぁ……」


 アレイシャが円形に切断した天井を頭に日傘宜しく乗せてる姿は確かに滑稽にも見える。


「ひっぎいいいいい! すみません! ごめんなさい! もうしません! だ、だから殺さないで! おねがひしましゅうう!」


「ご主人様に仇為したのです、今すぐ誅した方が宜しいかと」


 アレイシャが腰を低く落とした。


「絶対です! 誓います! お願いでしゅ!」


 アレイシャの言葉にとうは立っているものの未だに美貌を誇っていたシュグネが恥も外聞も無く更に頭をヘコヘコと下げて懇願する。


「まぁいいか。次何かやったら即死だからね」


「ひゃ! ひゃい! ありがとうごじゃいましゅ!」


 命を繋いだ安堵で失禁しながらシュグネは再び這うように先頭を歩き、それに続いてダイゴとアレイシャがツカツカとデレワイマスの部屋へと闊歩していく。


 抵抗する者も無く、三人は後宮の入口にやって来た。


「こっから先は俺達だけでいいや」


「で、では私は……」


「ああ、アンタには兵の戦闘停止と武装解除を命令してもらう。ニャン子!」


「はいはいにゃーん」


 何時の間にかシュグネの後ろにニャン子が立っていた。


「ひゃあはああああ!?」


「ああ、もう一々奇声上げて驚くなよ。こいつが付いてるから妙な真似はもうするなよ?」


「しません! しません! 絶対に!」


「私はご主人様程寛大じゃない……にゃ? 覚悟する……にゃ?」


 そう言ってニャン子はクナイブレードでシュグネの頬を突く。


「しいいいまああせええんぅええええええっ!」


 とうとうシュグネは号泣し始めた。


「ああ、じゃニャン子連れてってくれ」


「畏まり……にゃ、ほれ、さっさと行く……にゃ」


 ニャン子に促され、シュグネは戻っていった。


 ダイゴ達は後宮に踏み入り、進んでいく。

 その廊下を布を被った世話役の老婆たちが悲鳴を上げて逃げていく。


「あ……ああ……」


 途中に横たわっていた裸の女が弱々しく手を挙げた。

 セグリア公国の姫だった女だ。

 デレワイマスの後宮で慰み者にされていた女達は全員捨て置かれているようだった。


「……」


 立ち止まったアレイシャはしゃがむと以前の自分だったその女の手を優しく取る。


「分かりました……貴女の思いも……私が受けましょう」


「あ……あ……」


 見据えた公国の姫の瞳から涙が零れた。


 再び立ち上がるとアレイシャは歩を進める。

 道中の抵抗は一切無い。


 ダイゴとアレイシャはついこの前訪れ、苦杯を舐めさせられたデレワイマスの部屋の前に着いた。


「さて大詰めだ。良いな?」


「はい。この間の如き醜態はお見せしません」


「その意気だ」


 アレイシャがダイゴの唇に自分の唇を少し重ねた。

 そして凛とした顔で部屋に入る。


 デレワイマスは前と同じ部屋で深紅の王装に身を包んで立っていた。

 既に抜き身の大剣を突いている。


「ほう、この前の男も一緒か。貴様何者だ?」


「神の代行者」


 入口に陣取ったダイゴがポツリと答える。


「ふん、おめおめと逃げたお前が再び何の用だ?」


 ダイゴを一瞥し、視線をアレイシャに向けデレワイマスが訊く。


「勿論、叔父上を討ち、誅殺された父母の無念を晴らす為」


「ふう、ここまで分別の無い愚者だったとはな。やはり血は争えんと言う事か」


「それは叔父上も同じでしょう」


「ほう……何故だ?」


「ヘレリーシュ監獄の有様、ヒディガを使って裏からの民衆支配。領国に対する過度な締め付け。決して国が栄えているとは申せません」


「だが余の治世になってからこそ国の乱れは収まったではないか。全ては兄上が無能であったためよ」


「確かに父上は政には疎かったやもしれません。ですがそれは叔父上とて同じ事」


「ほう、言うてくれるわ」


「なればこそシュウシオ如き奸臣に任せて後宮で己が欲望に耽る日々を送っていたのでしょうが」


「ふははっ、ならばどうする? 魔王の走狗と成り果てたお前が政を為すのか? それともいっそ国を売るのか?」


「それは私の知る所ではありません」


「はん! やはりあの時にさっさと犯しておけばよかったのう!」


 デレワイマスが幅広の長剣を構えた。

 アレイシャには見覚えのある剣、王国の宝剣セナンジャ。

 アレイシャの持っていた形見の短剣ポリジャと元々は対になっていた物だ。


 そのポリジャは今は形を変え、アレイシャの腰にある。


 アレイシャも腰溜めの構えを取る。


「んんぱぁわあっ!」


 気合いと共に斬り込んだデレワイマスに風が襲う。


 ギュチィィィィン!


 鈍い音を放って両者が弾け飛んだ。


「ふうむ、風剣か、オリブの仕込みだな。だが……」


 デレワイマスの紅い王装がズタズタに裂ける。

 だがアレイシャが見たのは両断された胴ではなく、鈍く光る鎧だった。


「ふん、この着込み鎧には魔法紋が施してあってなぁ、おいそれとは断ち切れんぞ?」


「そうですか」


 全く意に介さずに、直立したアレイシャが再び剣を構える。


「ほう、やはり愚かな所は治ってはおらんな」


 せせら笑いながらデレワイマスは剣を構える。


「ならばオリブの遺した『静剣』受けて死ぬが良いでしょう」


 アレイシャの瞳が青白く光を放つ。


「んんんんぅぷわぁあああああぅわあああああああっ!!!」


 デレワイマスの渾身の斬撃が、オリブのそれを遥か凌駕する凄まじい剣風が雪崩のように、大瀑布のようにアレイシャに迫る。


 ヒュフィン!


 髪より薄い一撃が奔った。


 振りぬいたデレワイマスの顔が驚愕に歪む。


「ぱわ……?」


 自分の身体が徐々にズレてきている。


「ああああ! んぱ……」


 驚きの後に気合を入れようとした瞬間、切断面から噴き出した血で身体が二つに分かれた。


 パチン!


 アレイシャが静華を鞘に納めた音と共にデレワイマスは倒れた。



「やったな。アレイシャ」


 壁際のダイゴの言葉にアレイシャはデレワイマスの亡骸を一瞥もせずにダイゴに歩み寄る。


「ありがとうございます……ご主人様」


 一礼したアレイシャの目から一筋涙が零れた。




 こうして僅か半日で大要塞王都バゲンディギアは陥落し、ガーグナタ王国はボーガベル帝国の軍門に下った。



 一夜明けたウゼビス等各衛央都市は比較的落ち着いた様子を見せていた。

 昨日のうちに、前王の遺児アレイシャ王女を名乗る声が各都市に響き、簒奪者デレワイマスの死去と冷静な行動を市民に呼びかけた為だ。


 そして一晩のうちにどこからともなく現れた、実際は魔導輸送船で運ばれてきた帝国兵が市内の各所を警護している。


 バゲンディギアに通じる門は全て閉鎖されているものの、街道や他の衛央都市に通じる門は開け放たれたままで、聡い者達は早々に荷物をまとめて他の街へと逃げ出し始めていた。


 その一角、薄暗い路地に不似合いな馬車が止まっていた。


「ほらっ! 早く入れっ!」


「あうっ!」


 投げ込まれるように馬車に乗せられたのはボロボロになった服を着たネルティアだった。


 見回すと同じ年頃の娘が三人、いずれも虚ろな目をして蹲っていた。


「よし! とっとと逃げるぞ!」


 表で声がするや馬車が動き出した。


 どうして……こんなことに……


 泣き暮れていたネルティアは突然押し入ってきた男達にここに連れて来られた。


 その後の出来事を思い出して頭を振る。


「ちっ、混み出しやがった。おい、声を出すんじゃねぇぞ!」


 他の女達は怯えているのか諦めているのか無反応だ。

 ネルティアは僅かな明かり取りの窓からそっと外を覗いた。

 

 目に映った男の姿に思わず息を飲む。

 死んだと思っていたケンドレンがそこにいた。


 ケンドレン! 生きていた……!


 思わず手を伸ばす。


 ……。


 だが、掴み取るように広げた手は力無く項垂れる

 ケンドレンに近寄ったアレイシャを見た


 アレイシャ……。


 黒鞘の長剣を携え、変わった意匠の戦闘礼装に身を包んだアレイシャは眩しいほどに輝いている。

 ケンドレンとアレイシャは誰かを捜しているように辺りを見回している。


 誰かを捜している? リョクレン? まさか私……?


 今更……。


 ネルティアは力無くへたり込んだ。


 ケンドレンもアレイシャも『マーシャ』の皆も裏切った。


 そんな自分にはケンドレン達に合わせる顔が無い。

 仮に裏切り者として捜しているのだとしても、もうケンドレンにあの時の目で見られたくは無かった。


 消えよう……このまま……。


 これは罰なんだとネルティアは思った。

 馬車がゆっくりと動き始める。


 と。


「何だアンタ」


 外の男の荒れた声が響いてきた。


「そのなかにいる者に用があります」


 アレイシャの声にネルティアは息を飲む。


「あ? 女なんていねぇよ! どかねぇと跳ね飛ばすぞ!」


 スパァン!


 男がそう言った途端、乾いた音と共に馬車に軽い衝撃が走った。

 と同時に馬車の車体がガラガラと崩れ、ネルティアの視界が開けた。


 自分を押し込めた男達が自分達より酷い丸裸同然の姿になっている。


「ひっ!? ひぃぃぃぃぃっ!」


 振り返ると剣を腰だめに構えたアレイシャが振り向いた。


「ア、アレイシャ……」


「やっと見つけた」


 聞きたかった、そして聞きたくなかった声にドキリとして反対を見上げるとケンドレンが立っていた。


「ケン……ドレン……?」


 間近で見るケンドレンは何処か逞しくなったようにも見える。


「不法奴隷売買の容疑で逮捕する!」


 ボーガベルの兵士がすぐに男を取り押さえた。


「い、一体……」


「ああ、ボーガベルの皇帝にバゲンディギア一帯の治安維持官って役職に任ぜられたんだ。凄ぇだろ」


「あの……私は……」


「ああ、お前は何も心配するな」


「そうじゃなくて……私……」


「……ああ」


 少しケンドレンが考えたようだった。

 ネルティアにとっては途方もなく長い時間に思えた。


「来いよ」


 そう言ってネルティアの手を掴んで引き上げた。


 それは二人が出会ったあの時と同じ。

 笑うケンドレンの顔もあの時のままだった。


 抱き合う二人を見たアレイシャは一人歩を進める。


 向かった先はバゲンディギア。


 目の前には見慣れたオリブ・デセングブの屋敷。

 門を入ると荒れ果てていた庭が綺麗に手入れされていた。


 だがアレイシャはそれには目もくれずに一礼すると佩刀である静華を抜き、静かに言った。


「泰山之誉」


 そしてアレイシャは詩を吟じながら剣舞を舞う。


 激動の國、民の悲憤

 泰山の志、我が望み

 忠に生き、義に死せる我が身なれ

 泰山の志、我が誉れ


 それは忠義に生き、忠義に殉じたオリブへの餞の舞。


 舞い終わり、静華を鞘に収めると再び深く礼をしてアレイシャは庭を去っていった。


 屋敷の二階のテラスで、大きな車の付いた椅子に座っている老人がいた。

 その片目からとめどなく涙が流れている。


「旦那様、もう冷えて参りますよ、中へ入りましょう」


 使用人頭のスオランがそう言って車椅子を押した。

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