第十三話 眷属
パラスマヤの防衛戦が終結して十日ほどが経った。
戦勝の余韻に浸る間もなく、ボーガベル王国は大きく、慌ただしく動いていた。
まず国王以下主だった王族、貴族が戦死した為、エルメリアが暫定女王として即位。
正式な戴冠式は後日改めて行うとされ、国王並びに王弟達の国葬の後、略式の戴冠式が城内大広間で執り行われた。
そして戦死したバルジエ将軍の代わりにメアリアが将軍に昇格した。
全ての段取りはまるであらかじめ決まっていたかのようにグルフェスが取り仕切っている。
この辺で悪辣な腐敗貴族と一悶着あるかと思っていたが、ボーガベル王国全十三州中、残っているのは高齢で出陣を免除された貴族が二人だけ。
後は嫡男等も含めてみんな戦死してしまった。
その中には帝国と内通していたり、文字通りの腐敗不正貴族もいたが、グルフェスが先の戦闘前に全て暴き出した上で、
「出陣すれば赦免。拒否すれば即死罪」
とやったせいで、皆出陣し討ち死にしてしまった。
グルフェス曰く――
「陛下と申し合わせての大掃除」
だそうだ。
確かに敗戦し、帝国に占領されればその混乱に乗じ、裏切り者どもが何をしでかすか分からない。
だが口で言ってもそういった貴族という海千山千の連中を動かすのは容易ではなかった筈だ。
改めてグルフェスという男の有能さを思い知らされた。
そして残った連中はグルフェスに恭順を示している者ばかりなので女王の即位はスムーズに運んだ。
その略式の戴冠式が終わると、すぐさま新将軍メアリアとゴーレムで構成された部隊が西部二都市の奪還に向かい、国境の街シャプアまでをあっけなく奪還した。
エドラキム帝国はまさかボーガベルが第八軍を破り、西部二都市を奪還しに来るとは夢にも思っていなかったようで、各都市には少数の兵力しかおらず、何れも戦わずに降伏した。
シャプアにゴーレム兵を駐留させ、ひとまず王国の危機は脱した。
そんな慌ただしさもひと段落し、クフュラに会う時間がようやく取れた訳だ。
ワン子と共に部屋の前に立つ。
扉の両脇にはゴーレム兵が警護の為立っている。
そのせいかクフュラも『ご学友』達も一度も問題を起こしてはおらず、大人しいものだとラデンナーヤ侍女長は言っていた。
ただ食事だけは注文が出たと苦笑いされたが。
ドアをノックすると中から澄んだ声が返ってくる。
「どうぞ」
部屋に入ると綺麗になった軍服に身を包んだクフュラが姿勢を正して椅子に座っていた。
「あ、ダイゴ様……」
「ああ、そのままそのまま」
立ち上がろうとするクフュラを手で制する。
「今日は正式に君達の処分を言いに来たんだ」
「はい……あの……私はどの様な処分でも受けるつもりです。ただ彼女達は私の世話してただけです。どうか寛容な処分をお願いします」
真っ直ぐこちらを見る視線には相応の覚悟がこもっている。
「まぁ処刑とかそういうのはしないから」
「そうですか……」
俺が手を振ってそう言うと、クフュラは少し安堵した表情を浮かべた。
改めて相対するクフュラは将軍というよりはまさに深窓の姫君という感じだ。
濃い群青の髪は元の世界ではあり得ないがロングストレートの髪型とマッチして違和感を感じさせない。
無骨な感のある深緑色の如何にもな軍装姿は正直似合っていない。
俺が彼女に興味を持ったのは、戦場という殺伐とした場所にあまりに場違いな印象を持ったからだ。
事実彼女は戦略も戦術も知らず、ただお飾りで連れて来られた、人の死を恐れ悲しむ人間だった。
そんな飾り物でしかなかった彼女が、あの土壇場で両軍の戦いを回避しようとした。
あの場で殺してしまうのは余りにも可哀相過ぎる。
かと言って帝国に帰した所で敗軍の将である彼女にはもはや未来は無いだろう。
そうなると俺が手元に置いておくしかない訳だ。
「そうだなぁ、まず親衛隊の十人は俺の捕虜なんだが、王国は買い上げるほどの余裕は無い。そこで俺の侍女として働いて貰うことになる」
「侍女……ですか?」
「ああ、他に思いつかなかったし帝国の貴族の娘って侍女の修業もしているんだろ?」
「は、はい。彼女達は元々は私付きの侍女として集められた者です」
「なら問題は無いな。近々俺は爵位と領地を拝領する事になっているんだ。恐らくはそこで働いて貰うことになるだろう」
これは俺への公的な褒賞として正式な戴冠式の後に戦死した貴族の土地の内、北部一帯を領地として貴族位と共に下賜される事になっている。
俺は堅苦しいのは嫌いだと固辞したが、エルメリアにボーガベルを譲るには必要な事だと言われ渋々内諾した。
確かにいきなり国あげましたという訳にはいかないだろう。
もっともエルメリアは笑いながら、もうこの国はダイゴ様のものですからと言っていた。
「そこで侍女を私達にやれという事でしょうか?」
すぐに察したクフュラが言う。
「そういう事だ、まぁ君には当分俺の部屋付き侍女をやってもらう」
部屋付き侍女の役割は彼女も知っていたようだ。
少し思いつめたようにしていたクフュラだったが、
「分かりました、寛大なご配慮を頂きありがとうございます」
立ち上がると深々と頭を下げる。
ワン子に合図すると、一旦部屋を出てラデンナーヤ侍女長を連れて入って来た。
彼女の家は代々王国の侍従長や侍女長を務めていた家系で、その功績で士爵の位を賜ったという。
彼女も物心ついた頃から侍女として王家に仕えていたそうだ。
まさに侍女の鏡のような人だ。
風体は有名なアルプスの物語に出てくる人を彷彿させるが、目鼻立ちはくっきりとしていて、国王の部屋付きを務めた事も多々あるそうだ。
「それじゃこの人に付いて良く教わるように」
「分かりました」
「侍女長のラデンナーヤです。クフュラさん、早速ですがこれから着替えて頂きます」
「あ、はい。わかりました。よろしくお願いします」
この人は厳しいのは厳しいが決して優しさを欠かさない人なので無理を言ってお願いした。
その日からクフュラの苦闘の日々が始まった。
『ご学友』達は貴族の子女だけあって帝室の侍女に召抱えられる事も多いそうだ。
侍女の行儀作法等を一通りは習っていたのでさほど問題は無かった。
問題はクフュラで文字通りの深窓のお姫様はそんな侍女の行儀作法は一切習っていない。
それこそ一からどころかマイナスから始めるようなもので初日からラデンナーヤも頭を抱えていた。
それでも本人のやる気は人一倍あったのでワン子が付きっ切りでサポートする事になった。
ネズミを通して見てみると……。
「クフュラ様、井戸の水はまだですか?」
「すみません、釣瓶が重くて上がりません」
ワン子が片手で井戸の釣瓶をガラガラと上げていく。
「クフュラ様、床が水浸しですが雑巾はキチンと絞りましたか?」
「あ、あの一生懸命絞ったのですが……」
ワン子がクフュラの雑巾を絞る以前に水がボタボタと垂れている。
「クフュラ様、かまどが炎上してますがどれ位薪をくべたのですか?」
「はわああっっ!」
十日ほど経ちどうにか形にはなってきたというので部屋付きにすることにした。
ここまで相当な苦労があったみたいで全くラデンナーヤとワン子の辛抱強さに頭が下がる思いだ。
夕食から戻ると早速エルメリアを連れてくる。
最近は侍女達も承知しているようだが、流石に夜分堂々と迎賓館に来るわけにはいかない。
女王になれば尚更だ。
「こんばんは、貴方がクフュラさんね」
柔らかにエルメリアが挨拶する。
「え、エルメリア女王様! は、初めまして、クフュラ……」
クフュラが言い淀んだ。
エドラキムは彼女の父親である国王を殺した国であり、自分はその張本人とも言える存在だ。
エルメリアは全てを察してクフュラの手を取った。
「良いのですよ、クフュラさん。貴女のことを恨んだり憎んだりする気持ちはありません」
「でもエルメリア様……」
「もしどうしても償いたいと仰られるなら、ダイゴ様に誠心誠意お仕えしてください」
「そ、それは、どういう……」
「ちょっとこちらにいらして」
エルメリアはクフュラを部屋の端に連れていき、そこで何やら物凄い熱意でクフュラに何かを説いていた。
俺はワン子のマッサージを受けながらぼけーっとその様子を眺めていた。
エルメリアの話をやはり熱心に聞いていたクフュラが徐々に救われたような晴れやかな表情を浮かべ、頬は上気し終いには感極まって涙を流し始めた。
な、何だ? 一体あいつは何を言ってるんだ?
そして涙を流しながら俺の元に駆け寄ると手をがっしりと握り、
「ダイゴ様! ああ、ダイゴ様! あなた様のお陰で私の心は闇から救われました! これからはダイゴ様の御慈悲に報いる為に誠心誠意お仕えいたします!」
え、なに?
何でいきなりこうなってんの?
「エルメリア?」
「クフュラさん良かったですわね」
エルメリアはそう言って笑っているだけだ。
うーん、エルメリア恐るべし。
結局エルメリアの口八丁手八丁で何時の間にかベッドの上には四人が寝てる状態になってしまった。
クフュラは初めてだったがひたすら感激していた。
「今日はダイゴ様に寄り添えないのは残念ですわ」
幸せそうに俺に縋り付いて寝ているクフュラの後ろに張り付く形のエルメリアが悪戯っぽく笑った。
「私が代わりましょうか?」
反対側のワン子が身を起こす。
「良いのですわ、こうするのも嫌いじゃありませんですし」
後ろからクフュラを抱くエルメリアの図はかなりくる物がある。
「しかしお前凄い手腕だな」
俺が感心して聞くと、
「え、だって本当の事をそのまま言っただけですが」
「一体何を言ったんだよ」
「何と申されましても、ダイゴ様の素晴らしさですわ」
振り返ればワン子も頷いている。
まさかこいつも何か影響を受けてるのか?
実はエルメリアってとんでもない人物なんじゃないかと漠然と思いながらも、俺は三人に囲まれ眠りについた。
翌日。
何時もの様にエルメリアとワン子は俺の目が覚めるのを待っていたがクフュラはスゥスゥと寝息を立てている。
「昨日ので疲れたのでしょうか?」
「かもね。このままにしておいてあげよう」
「ふぁ、おはようございます、ダイゴ様」
暫くそのままにしていると、ようやくクフュラが起きた。
ぼーっと辺りを見回して自分が丸裸なのに気づき、
「はひゃあ」
と可愛らしい声を上げてうつ伏せになってしまった。
「あうう、明るいと恥ずかしいです」
ワン子がすぐさま寝間着を持ってきて着せている。
これじゃ誰が誰の部屋付き侍女か分からんな。
まぁ建前上クフュラを部屋付き侍女にしたが、その内に何か別の仕事をさせるつもりだ。
帝国で将軍になれたのは才があるからで、それを活用しない手はない。
エルメリアを送って戻るとワン子とクフュラは朝食の準備を始めていた。
ワン子は慣れたもので流れるような動作だが、クフュラはやっぱりぎこちない。
しかし一生懸命さが伝わってくるので何も言わずにおく。
今日の朝食はパンに塩漬け肉薄切りと卵の要はベーコンエッグ、トマトに似たガラチェのサラダ、野菜のスープだ。
「そういや、食事に文句言ったって?」
「あ、あれは親衛隊の子が……すみません……」
「構わんよ。帝国じゃどんな朝食が出るのさ」
「主に肉が何種類かと温野菜が少々です。私はどちらかと言うと野菜が好きなので……」
「じゃあクフュラはここの食事に不満は無いんだね」
「はい。あと、いつも食べる時は一人だったので……今は楽しいです」
「そっか、食事は賑やかなほうが良いものな」
「はい。友達にお兄さんがいて、一度食事に招かれて一緒に食事したんです」
「ほお、ちゃんと友達いたんだな」
「ええ、親衛隊以外の子との付き合いはお母様に止められていたのですが、その子の家は帝国の名門なので……」
「成る程、帝国にも色々力関係があるんだな」
「その時も楽しくて、お兄さんがいるのがうらやましくて……」
「お兄さん欲しかったんだ」
成程、素のクフュラは丸っきり妹キャラだ。
「お兄様」とかぜひ言わせてみたいし、頼めば言ってくれそうだが、他の二人も真似して言い出しかねないので自重しておこう。
「ええ、でも今は平気です。ダイゴ様がいらっしゃいますから」
「へ?」
そう言って少し潤んだ目でこちらを見たクフュラにドキッとした。
お兄様と呼ばせたいなんて思った事を見透かされて……ないよな?
朝食が終わるとすぐさまワン子とクフュラが部屋の掃除を始めていた。
他の侍女にやらせればと言うと、ワン子に断固拒否された。
クフュラもコクコク頷いている。
仕方ないのでその辺をブラブラして時間を潰すことにした。
最初は縛られて叩き出された俺も参与になった今ではすっかり城内フリーパスだ。
クフュラの見立てでは、帝国の再侵攻は少なくとも一月は先だろうという事だった。
毎月が三十日、つまり一年は三百六十日と言う違いはあるものの、この世界も大体もとの世界と日付等は同じみたいだ。
中庭で威勢の良い掛け声がするので足を向けると案の定、メアリアが剣をゴーレム兵相手に振るっていた。
「朝っぱらから精が出るなぁ」
俺が声を掛けると、
「ああ、コイツとの稽古は実に良いからな」
打ち込みを続けながらメアリアは言う。
当初はゴーレム兵にコテンパンにやられていた。
だが王国随一の剣を自負していたプライドからか、連日相手にして稽古していたお陰で今では良い勝負になってきている。
もっともゴーレム兵はかなり手加減するように設定してあるんだが。
「バルジエ将軍ももういないからな。私がしっかりしないと」
バルジエ将軍、先の防衛戦で国王達と共に戦死した王国兵士団長か。
「その兵士団だが再編はどうするんだ?」
元々王国兵士団は一万人近くを擁していたそうだが、相次ぐ帝国との戦争で徐々に数を減らし、予備役を徴兵してまで編成した最後の戦力である二千は先の防衛戦で全滅した。
今残っているのは王都守護の為に残った近衛騎士団とグルフェス麾下の兵、合わせて百五十余りだけだ。
「当然しなければならないが、徴兵から練兵で最低でも半年は掛かる。対象年齢も下げざるを得ないから頭が痛いところだな」
この世界では十五歳で成人とみなされ軍役の対象となる。
元の世界では高校生になりたての頃だ。
それより下なら中学生か………。
「半端な練兵では命を無駄にするだけだ。帝国ならいざ知らず、我が国にそんな余裕も気持ちも無い。したがって当面はコイツに頼らざるを得ないわけだ」
そう言ってメアリアは更にゴーレム兵に打ち込みを入れる。
「それは任せておけ、どうにか二千位は頑張って作るよ」
「頼んだぞ、ダイゴ殿」
そこで初めてメアリアは打ち込みを止め、俺に笑いながらそう言った。
メアリアは本当に良い笑顔を見せる。
「そうだ、私に剣技を教えてくれないか」
「俺がか? 王国最強の剣士様に?」
「ああ、是非頼む」
「何でさ」
「この前の剣技は凄かった。もう習うべき師はいないと思っていたがここに代わりがいた」
「代わりかよ」
「剣聖バルジエ公の代わりと言うだけでも名誉なことだぞ。ぜひ頼む」
「まぁいいか」
俺は『叡智』から引き出した実戦向きの技をいくつか教えた。
「死角からこう急所への三連撃、これが霞」
「こうか?」
メアリアはゴーレム兵に実践してみる。
腕前は確かだから覚えも早い。
「なるほどな、こういうやり方もあるんだな」
「剣に関してはホントお前才能あるよ」
「ありがとう、後はモノにして磨いてみる」
「ああ、頑張れよ」
「ダイゴ殿」
去ろうとして呼び止められた。
「ん?」
「楽しかった。また教えてくれ」
メアリアがニコリと笑って言った。
普段の凛々しい彼女の笑顔はドキッとするものがある。
「ああ、構わんよ」
俺はヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
中庭から出て、さてと考える間もなく、
「……ダイゴ、ちょっと良い?」
シェアリアが物陰から現れた。
多分俺がメアリアとの稽古を終えるのをずっと待ってたんだろうな。
「ああ、いいぞ。魔導核の調べはついたのか?」
「……うん、その事なんだけど」
ゴーレムの核となる魔導核を調べてみたいと言うので、本体生成を中断した物を貸していた。
以来ずっとシェアリアは魔導核に掛かりきりになっていた。
見れば睡眠不足なのか血色は悪く、眼が赤く、うっすら隈すら浮かんでいるようだ。
「うん、余り寝てないようだが大丈夫か?」
そう言われたシェアリアは一瞬何かを思い出した顔をして何故か赤くなり、そっぽを向いた。
「……平気、何でもない」
何か恥ずかしい事でも言ったか?
「……それで魔導核の話だけど」
シェアリアが話題を切り替えた。
「……やはり魔石に膨大な数の魔法陣が刻印されている。ゴーレム兵で約千以上。どれも複雑すぎてさっぱり……」
「なるほど、魔導核はゴーレムを動かす動力炉兼制御回路って訳か」
そこで俺はふと閃いた。
魔石に魔法陣を刻印して手軽に魔法を発動できないかと。
確かワン子の付けている隷属の首輪には魔石に呪文らしき物が彫り込んであった。
あれは人の叛意を関知して苦痛を与える簡単な仕組みだった。
俺ならもっと複雑な物が作れそうだ。
試しに『叡智』に「創造――魔石生成――特定魔法陣刻印」を通してみると、スキル生成可能と出た。
「ちょっとこれを見てくれ」
そう言って俺は新たに創造したスキル『魔導回路作成』を使い手のひらに乗る四角い魔石を生成した。
何故回路かというと、その姿が子供の頃に電子部品が入ったブロックを組み合わせてラジオ等の回路を作ったりするおもちゃがあったが、そのブロックに何となく似ていたからだ。
「……これは?」
シェアリアに渡すとすぐに透かして見た。
魔石の二面にそれぞれ魔法陣が一つずつ刻印されている。
「この魔法陣は……?」
「それに魔力を当ててみ」
この世界で魔法を使える人間は例外なく手のひらに魔力を出すことが出来る。
それから魔法として顕現させる事が非常に大変なのだが。
シェアリアが魔力を込めると魔石の魔法陣がうっすら輝き、もう一つの魔法陣から水が湧き出してきた。
「水魔法!? 一体!?」
シェアリアが魔力を込めるのをやめると水の湧出も止まった。
「ゴーレムの仕組みを利用して簡単に魔法を使えるようにした『魔導回路』だ」
「す、凄い! ダイゴ凄い!」
俺は続いて光の魔導回路を生成した。
「この光の奴は一度魔力を込めるとずっと光り続け、もう一度魔力を込めると消える様になってる」
「そ、それって……」
「ああ、灯りになるな」
その光はLED電灯並の明るさを放っている。
「今の所俺しか作れない代物だが普及すれば生活水準は随分上がるだろうな」
「う、うん、魔石は採掘できるからどうにか刻印できないか調べてみる」
「おう、頑張れよ」
「ダイゴ、あなたは本当に凄い人……」
すこし潤んだような眼で俺を見たシェアリアは魔導回路を抱えて自分の居室へ戻っていった。
「あれ、お部屋にも欲しいですね」
いきなり背後からワン子が話し掛けてきた。
「うわっ! お前いつの間に!」
「お部屋の掃除が終わりましたのでお呼びに参りました」
気配殺して近寄ってくるなよ……。
「じゃあ、戻ってゴーレムと魔導回路作るか」
「畏まりました」
そう言って迎賓館に向かう道中、心なしか後ろを歩くワン子の距離が近くなっているような気がした。
「これは凄いですわ、まるで昼間のよう」
魔導回路の明かりに照らされた玉座の間でエルメリアが驚きの声を上げる。
取りあえず百個程の光魔導回路を作り、城内に設置させた。
「しかし、なんで市民には配らないんだ? まさか売って儲けようなんて企んではいまいな?」
メアリアが言う。
「まさか。今はまだその段階じゃない。俺もこれの作成だけで一日を終わらせたくないしね」
それでは前の世界と同じだ。
仕事に明け暮れ家に帰れば寝るだけの生活を、何が悲しくて異世界で送らねばならんのだ。
「燭灯や松明を売って生活している者もいるだろうから、彼等の生活をいきなり奪ったら不味いだろう」
「それは……確かにそうだ」
「それに不用意に国外にでも流れれば、それだけで他国の侵略の発端になりかねない」
「確かにエドラキムならあり得ますね」
クフュラが言う。
「ただ市街には灯りを置きたいな。街灯を要所要所に配置するか」
「……盗まれない?」
「ゴーレム兵を張り付かせれば大丈夫だろ」
「では早速明日にでも職人に手配させます」
「ああ、グルフェスも屋敷にいくつか持って行ってくれ」
「宜しいのですか?」
「もちろんだ。これからは早寝なんかさせないからな」
「畏まりました」
翌日から市街各地に街灯と水場が設置されていった。
それまでは近くの川を引き込んでそこで水を汲むか井戸を使っていたが、やはり重労働であり、また衛生上でも問題があった。
そこで各場所に水魔導回路で水が汲める場所を設置。
そこから順次川からの水汲みを禁止する触れを出した。
冬前にはお湯が使えるようにし、ゆくゆくは下水道を整備するつもりだ。
そんな国内整備に慌ただしく時が流れていたある日の事。
「ところでダイゴ様、シェアリアが酷く悩んでいるのはご存知でしょうか?」
寝台の隣で寝ているクフュラの向こう側でエルメリアが真顔で聞いてきた。
「ああ、知ってるよ。俺の使ってる魔法が自分にも使えないかって事だろ」
最初に水魔法を使った後、シェアリアに質問攻めにあった。
特に展開した魔法陣が光魔法だという事に気が付いて、それの発動方法をどうしても教えて欲しいと言われたがこればっかりは教えてどうなるものでもない。
使っている俺ですら判ってないのだから。
「どうにかご教授頂けないものでしょうか」
「教えてやりたいのは山々だが、こればっかりはなぁ」
俺の魔法はこの世界のそれとは根本的に似て非なるものだ。
エレメントを介さずに直接魔素を変換する。
最近魔法陣を使っての魔法行使の方が変換効率が良い事に気付き、その方式に切り替えた。
そして魔法陣を出現させる光魔法の行使には『叡智』のサポートが必要不可欠だ。
具体的には魔法陣の書式は『叡智』が造ってくれる。
だから俺が見ても何がどうなっているかはさっぱり判らない。
この世界の住人は光魔法ですら扱えない。すると魔法陣を展開することが出来ない。
エレメントを通しての変換では『炎弾』ですら1日中呪文を詠唱する羽目になるだろう。
それではとても役には立たない。
ただ……。
「やれる方法があるにはあるんだけどな」
「本当ですか! それはどの様な?」
思わずエルメリアが身を乗り出した。
「うぶっ……」
そのせいでクフュラの顔に胸がのしかかり、クフュラが苦しそうに喘いだ。
「眷属化だ。俺の眷属になれば神技の一部を付与できる。魔法行使も神技の一つだから出来ない事はない」
「その眷属というのはどの様な……」
慌ててクフュラに乗った胸をどけながらそう尋ねるエルメリアの眼が何故かぎらついた感じがした。
見ればワン子も似たような目をしている。
「今言った限定的なスキル付与の他に不老不死ってのがある。だがお勧めはしないな」
俺は『叡智』から引き出した眷属化の概要を話した。
スキル使用時に血液なり体液を相手に摂取させると相手は俺の眷属になる。
眷属は不老不死の他に限定的だが俺の使えるスキルを使うことが出来る。
勿論『叡智』も使える為、俺の魔法を使うことも出来る。
また擬似生物を生み出すことは出来ないが『念話』が使える為、離れた所での会話や擬似生物やゴーレムに命令することも可能だ。
デメリットは一度眷属化した者は二度と普通の人間に戻れなくなることだ。
そして主人である俺の発する『命令』に背く事は出来なくなる。
要は神の力を一部使えるようになる代わりに人を捨てて未来永劫俺に仕える奴隷になるという事だ。
人は限りある生を精一杯生きてこその幸せという物がある。
それが人生というものだ。
そう考えると余り良い印象が無い為俺はこのスキルを使う気にはなれなかった。
勿論ワン子やエルメリア達が俺より先に死んでしまうのは寂しい。
だがその為にワン子達を未来永劫俺に繋いでおいて良いのかという思いが強かった。
しかし、
「ご主人様、ぜひ私をその眷属にしてください」
「私もお願いします」
ワン子とエルメリアが即答に近い速さで言った。
その瞳には一片の迷いも無い。
「いいのか? 一度眷属になったらもう普通の人間には戻れなくなるぞ」
「構いません、私はずっとご主人様にお仕えしたいのです」
「私もダイゴ様のお側にずっとおりたいのです。いけませんでしょうか?」
二人とも真剣な表情だ。そんな二人の脇でふにふにした寝顔のクフュラが可愛らしい。
しかし、当初の話とずれてきてないか?
「おいおい、シェアリアの悩みの話がどうしてそうなるんだい?」
「勿論シェアリアの事も大事ですが、それとこれは別の話です。ダイゴ様はシェアリアに無理強いするおつもりは無いのでしょう?」
「そりゃそうだ、無理に眷属化する事も出来るが俺はやりたくないね」
あくまで本人の意志が強ければ……ってあれ、嵌められたか?
「では私達を眷属にして頂く事に問題はございませんね」
エルメリアの王手の言葉にワン子もブンブンと頷く。
二人ともそれほど真剣に俺の事を慕ってくれているのだろう。
「私が先に老いてダイゴ様とお別れするのは絶対に嫌ですし」
エルメリアが愛情たっぷりの眼で言い、
「ご主人様に悲しい思いをして欲しくありません」
ワン子も慈愛に満ちた眼で語る。
「「どうか私達をずっとお側においてください」」
最後は申し合わせたようにハモりながら言った。
俺の胸がジンと熱くなった。
これ以上何かを言うのも聞くのも野暮と言うものだろう。
「ダイゴ様! お願いがあります!」
いつの間にか起きあがったクフュラがキリッとした表情で俺に言った。
「ん、なんだ起きてたのか」
「何か息苦しくて目が覚めました!」
「あら」
エルメリアが申し訳ない表情を浮かべた。
「で? もしかして……」
「はい! 私も是非その眷属にして欲しいのです!」
そう言ったクフュラの目は今までに無いほど真剣だった。
「でも良いのか? さっきも言ったが眷属になれば元の人間には戻れないんだぞ」
「構いません! 私もずっとダイゴ様の傍でお仕えしたいんです!」
なおもクフュラの独白は続いた。
「母の元で人形のように生きてきた私にダイゴ様やワン子さん、それに言わば親の仇同然なのにエルメリア様やメアリア様、シェアリア様は温かく接して下さいました。今はもうここが私の家、皆さんは私の家族、そして何よりダイゴ様は私の兄であり、何より一番大切な人なのです! だから! だから!!」
そういったクフュラは今までに見せたことの無い艶っぽい顔で俺の首元に手を回し、耳元で囁いた。
「おねがい、おにいさま……」
あー反則だわー特大の反則だわー。
なんかすっかり見透かされてたんだな。
「私もお願いします、お兄様」
「私も是非お願いしますわ、お兄様」
「お前達は真似するんじゃないよ。ああ、もうしょうがないなぁ」
こうしてこの夜、未来永劫俺と共にあり続ける三人の眷属が誕生した。
奴隷という不遇の身分にいたワン子。
帝国に奴隷姫として差し出される運命だったエルメリア。
帝国で人形のように生きてきたクフュラ。
俺は果たして彼女達を救えたのだろうか。
それとも救われたのは俺の方だろうか。
答えなんか多分、分からないだろう。
でもそれで良いと思う。
何せ俺は神様じゃない。
その『代行者』なのだから。





