第百二十九話 強襲
――東大陸、新帝国ボーガベル領最高峰のアルコングラ。
その山中に竜の巣と呼ばれる巨大な洞窟がある。
以前はその地を統べる竜が住んでいたが、今は一人の見た目は初老にしか見えない老人が住んでいる。
その竜の巣へと連なる道を荷物を抱えたダイゴとワン子。そしてソルディアナが歩いている。
「ふむ、久しいのう」
ソルディアナが懐かしそうに目を細めた。
「そうは言ってもついこの間じゃん。ン千年も生きてりゃ大した時間じゃあるまいに」
「そういうものでもないぞ? やはり少しの間でも離れていれば懐かしいものじゃ」
そんな一行に気合の入った素振りの声が聞こえる。
声の主はケンドレンだった。
上半身は裸で一心不乱に木剣を振るう。
その脇の長椅子で自堕落に寝てる男がいた。
「ようケンちゃん」
「あ、ダイゴ様!」
ダイゴを見たケンドレンが声をあげる。
「なんじゃ? 天下の皇帝になれなれしい奴よのう」
「ああ、俺が良いって言ったんだよ。ケンドレン、腕は上がったか?」
「さてねぇ、なんせ師匠は寝てばっかりだし」
ケンドレンは肩をすくめて脇で寝ている男を見た。
「そりゃあ、望み薄だ。おい爺さん!」
「ン……ああ、皇帝陛下か……」
ダイゴの声に寝ていた男が目を開けた。
まるで自堕落で無防備な寝姿だが、この男は東大陸では知らぬ者のいない剣の達人『剣王』ドルミスノ・デルギ。
並の者が寝込みに打ち込めば即座に脇に転がっている枝で頭蓋を割られるだろう。
「皇帝陛下か、じゃないよ、昼間っからよく飽きもせず弟子ほっぽらかして寝てるなぁ」
「ああん? コイツを弟子に取った覚えはないがなぁ」
「コイツはコルナの弟子って言ったろ? 弟子の弟子は弟子も同然って言ったのはアンタだぜ」
「俺はそんな事言ってないぞ? それにコルナってお姫様だって教えたのはほんの数日だぞ?」
「まぁともかくほれ」
そう言ってダイゴとワン子はドルミスノの前に大きな袋を置く。
中には酒樽、干し肉や干し魚が山のように入っている。
「やれやれ、のんびりとした隠遁生活を送りたかったんだがなぁ」
そう言いながらも早速袋の中身を確認し、酒樽の蝋封を剥がし始めている。
「それで、二人はどうだ?」
「ソイツはまぁそれなりだな。基本はまぁ上出来だ」
「あれで基本なのかよ」
ケンドレンが呆れたように言った。
ドルミスノがケンドレンに教えたのはコルナと同じく数本の型のみ。
あとはそれをひたすら繰り返している。
だが天賦の才があったコルナは易々と物にしたが、平凡な才能のケンドレンにはその型を習得するのもかなり苦労し、寝ているドルミスノから容赦なく手や肩に木の枝が飛んだ。
それが飛ばなくなったのは昨日の事だ。
「いかんせん日数がなぁ、もう一人は……実際に見た方がいいな、峰の方でゲルフォガを狩りに行ってるはずだ」
「ゲルフォガを? 狩って平気なのか?」
魔獣ゲルフォガは仲間意識が強く、仲間が殺されると殺した相手を執拗に追いかけてくる。
「まぁ見ればわかるさ」
そう言ってドルミスノは酒樽の栓を開けてグビグビと飲み始めた。
ダイゴ達が峰に上がると、十数匹のゲルフォガが何かを狙って弧を描いている。
狙っているのはアレイシャだった。
ひと際大きな岩の上で目を瞑り、腰だめに構えている。
一匹のゲルフォガが音も無くアレイシャに迫った。
パッ!
ゲルフォガの巨大な口がアレイシャに迫る直前、ゲルフォガが三つに切り裂かれて四散した。
だが、アレイシャは構えたままだ。
「ギキャァァァ!」
別のゲルフォガの叫びを合図に次々とゲルフォガが襲い掛かる。
アレイシャがその姿勢のまま跳んだ。
宙に浮かんだアレイシャに二匹のゲルフォガが襲い掛かるが何れもアレイシャに近づくと四散する。
木の天頂につま先を付け、そのまま向きを変えて自分からゲルフォガの群れに飛び込む。
パパパパパッ!
瞬時に周囲のゲルフォガ数匹が散った。
「ほう」
ソルディアナが感心の声をあげる。
アレイシャは明らかに自身の剣の寸を超えた距離のゲルフォガすら屠っていたからだ。
仲間が次々と四散し、恐れをなしたのか残りのゲルフォガは逃げ去った。
ふわりと一回転して元の岩にアレイシャは降り立った。
「ご主人様、いらしてたのですか」
そこでようやくアレイシャは目を開き、ダイゴ達を見た。
「ああ、見事なものだな」
「恐縮です。それで今日は……」
「ああ、いよいよ作戦決行日なんで迎えに来た」
「畏まりました」
深々とアレイシャは頭を下げた。
「じゃぁな爺さん、また来るぞ」
アレイシャとケンドレンが荷造りを終えるのを待ってダイゴは寝そべっているドルミスノに声を掛けた。
「ああん? 当分は静かにさせてくれよ」
「さぁてなぁ。おっと」
そう言ってダイゴは酒樽を一個持つと少し離れた所に立っている二本の杭と剣の前に立ち、その片方に酒を掛けた。
「アンタの子供達を連れてこようかとも思ったんだが多分アンタはそういうのは好きじゃないだろうからな」
その姿をチラと見たドルミスノが口角を少し上げ、また樽の酒を呷った。
――ボーガベル帝国軍がソデュニス要塞を落とした翌日。
ガーグナタ王国王都バゲンディギアにあるヘレリーシュ監獄。
元々の地名であったヘレリーシュ要塞を捕虜収容の為に改築した、禍々しいまでに頑強な威容を誇る。
現在では捕虜の他にも凶悪犯や反乱分子が数多く投獄されている。
ここに一人の男が投獄された。
前日の晩、衛央都市ウシオスの酒場でヒディガのゴロツキと乱闘騒ぎを起こし、勢い捕縛される時にデレワイマス大王に対する罵詈雑言を吐いた為に即、投獄が決まりここに送られてきた。
入口で突き飛ばされると頑丈な鉄の扉が音を立てて閉まる。
「ブワッキャロー! もっと優しく扱いやがれってんだ!」
男は門に、いや、自分を突き飛ばした獄吏に向かって悪態をつく。
「あんだよ! ふてぇ奴をふてぇって言っちゃ悪ぃのかよ! それに一緒にいたあのアホ共は何で捕まってねーんだよ! おかしーじゃねーか! アホー!」
ひとしきり悪態をついていると、いきなり後ろから棍棒で殴られ、地面に倒れた。
直後、何本もの棍棒の連打が浴びせられる。
「ちょっ! 待っ! ぐげ! ぎえ!」
「ようし、いいだろ」
顔を覆った男が恐る恐る見上げると六人ほどの厳つい男達が棍棒を片手にニヤついていた。
「ようこそ、地獄のヘレリーシュへ」
「な、何だお前ら……ぐは!」
そう言った男が話し掛けた男に腹を蹴り上げられる。
「ぐえ!」
「まだそんな元気があるのかよ。俺達はここを仕切ってるモンだ。お前、外の仲間を随分可愛がってくれたそうじゃないか」
「どうしてそれを……お前らヒディガ……ぐは!」
再び男を棍棒の嵐が襲う。
「余計な事は口にしない方が身のためだぞ? おい、連れてけ!」
半死半生状態の男はそのまま引き摺られていった。
監獄の広間にいわゆるモヒカン頭の大男が、囚人らしき女を侍らせ酒を呑んでいた。
「お前が外の連中を六人も半殺しにしたドミンゴって奴か」
「だ、誰でいアンタ……ぐえ!」
そう言うやドミンゴと呼ばれた男は再び周りの男に棍棒で殴られる。
「ふん、口の利き方には気をつけるんだな。このお方はこのヘレリーシュ監獄を取り仕切るヒディガの幹部、マチョハム様だ」
「ふん、これだけヤキを入れりゃ大人しくなるだろう。コイツは『マーシャ』の連中と一緒に水牢に放り込んどけ」
「水牢? ぎえ!」
そう聞いたドミンゴがまた殴られる。
「へっ、地下の下水が溜まっているところだ。連中まだ生きてはいるだろうが、そろそろネズミのエサになる頃だろうなぁ」
「そうか……」
そう呟いたドミンゴに再び棍棒の雨が降る。
だが、
「ぎゃっ!」
「ぎえっ!」
「グエッ!」
悲鳴を上げて倒れたのは殴りかかった男達の方だった。
「あに?」
マチョハムが意外な展開に目を丸くする。
「いや、『マーシャ』の連中の所在が知りたかったんだよ。アリガトサン」
「な、何だテメェは! おい!」
マチョハムの号令で棍棒を持った男達が広間に押し行ってきた。
その数およそ二十人。
「まぁ牢名主如きに一々名乗るのもどうかと思うんだが、まぁ良いか。俺の本当の名前はダイゴ・マキシマ。ボーガベル帝国の皇帝をやっている」
「知らねぇなぁ! 皇帝が酒場で捕まる訳ねぇだろうが!」
「……だろうなぁ、だからどうかと思ったんだよ」
「うるせぇ!」
「はぁ……お前みたいな奴は何でこうナントカの一つ覚えみたいに『知らねぇ』と『うるせぇ』しか言わないんだろうねぇ。それで最後は……」
「やかましぃ! テメェは殺す!」
「そう、それ。すーぐ『殺す』だよ。『殺す』って言ったからには殺される覚悟はあるんだろうな?」
そう溜息交じりにぼやくダイゴに男達が殺到する。
最初に殴りかかった男の棍棒沿いに左手を滑らせ腕を掴むと捻る。
その拍子に男の巨体が宙にフワリと浮いた。
「!?」
「うりゃ!」
そのまま右手を肩に当て、腰を捻ると宙に浮いた男の身体が周囲を巻き込んで回転し、壁まで吹き飛ぶ。
巻き込まれた男共々投げられた男は壁に激突して気絶した。
「野郎!」
何が起こったのか理解できない男達が更に殺到する。
パペン!
ダイゴが振り上げた手の甲が相手の顎に辺りスナップで振り下ろした掌が顔面にヒットすると、相手はそのまま昏倒する
「コイツ! 変な技を……」
そう言い終わらないうちにダイゴの掌打が顎に当たった男はその場に崩れ落ちる。
「がああっ」
太めの男が振り下ろした棍棒に対し地を這うように進んで出したダイゴの掌打が棍棒を弾き飛ばしそのまま腕を取りつつもう片方の掌を即頭部に当てると男の身体が浮き上がり、顔面から地面に叩きつけられた
次々と男たちは倒され、約五ミルテで広間に立っているのはダイゴとマチョハムだけになった。
「あん、こんだけか? 隠して置いても同じだぞ?」
服の埃を払いながらダイゴが言った。
「き、貴様一体何者だ……」
「だ、だからさっき言ったろうが。物覚えの悪い奴だな。それともあれか? 魔王って言えば分かるか?」
「ま、魔王だと!」
そう聞いたマチョハムの顔色が一瞬で変わる。
「……オイ、何でそっちの方が一発で通るんだよ」
「ま、まお、まおお、まあああおおお、うっきゃあああああ」
汗をダラダラと垂らした挙げ句奇声を上げてマチョハムがダイゴに飛び掛かる。
だがダイゴが軽くいなし腕を取って足を払うとマチョハムの巨体がフワリと浮いた挙げ句、二回転して地に落ち、マチョハムは白目を剥いて昏倒した。
ダイゴの使った投げ技は合気道にも似ているが、実際は土魔法の力場制御を利用して相手を浮かせて投げている。
「まぁ偽クンゾォから聞いてはいたが、大した奴じゃねぇな」
そう言ってその場から消えたダイゴだがすぐにコルナとケンドレンを伴って現れた。
「やい悪党共! ……ってあれ、なんだもう終わってるじゃん。ご主人様ぁボクの分残しておいてよ」
エネライグを構えていたコルナががっかりしたように言った。
「それほどのモンじゃ無かったんだよ。オイ」
ダイゴが失神しているマチョハムのモヒカン頭を軽く蹴ると白目だった目に黒目がグルンと戻った。
「あ? げ! みゃ! みゃおおおおおん!」
「あーもう、そういうの良いからとっとこ水牢とやらに案内しろよ」
「水牢だって!」
どの様なものか知っているケンドレンが声を荒げる。
「コルナ、ケンちゃん、『マーシャ』の方は任せた。俺はここでやることがあるから」
「分かったよ! ケンちゃん行こう」
「ああ、ほら! 案内しろ!」
マチョハムにエネライグを突きつけ、コルナとケンドレンは広間を出ていった。
「さてと……」
そう言ってダイゴが両腕を前に出し、手をワキワキと動かす。
すると掌から次々と掌サイズの紫に光る立方体状の石が生み出され、地面に転がっていく。
やがて石の光が強くなると魔素が集約しだし、石を中心に人の形が作られていく。
その姿は一般の兵士とは違い、左手が盾状に、右手が剣状になっており、更には兜からは銀の髑髏が覗いている。
甲冑の隙間も肋骨が垣間見え、その姿はまるでアーマースケルトンという表現がぴったりだ。
「う……」
ダイゴに倒されたヒディガの男の一人が失神から覚めた。
目の前に鎧姿の兵士が立っている。
衛兵? マチョハム様が呼んだのか……。
男の呻きに兵が振り向いた。
その兵士の兜の下の骸骨顔が光るや、頭に衝撃を受け、男はまた失神した。
「いりゃぁっ!」
裂帛の気合い一閃コルナのエネライグが水牢の扉を斬り飛ばした。
「みんな! 助けに来たぞ!」
ケンドレンが中に入るなり叫ぶ。
さほど広くない水牢は膝まで泥水が溜まっている。
その中に『マーシャ』の約二十名が閉じ込められていた。
「ケ、ケンドレン? 戻ってたのか」
そう言ったのは鍛冶職人のガモモだ。
「ガモモ! みんな無事か?」
「ああ、だが衰弱が激しいのが何人かいる。ネズミがそいつらを狙ってて」
そう言って見上げたガモモの視線の先、明り取りの小窓の辺りにドブネズミが数匹たむろしていた。
「とにかくここを出よう、回復魔法が使える人がいる」
「だがヒディガの連中は!?」
「奴らは大丈夫だ。さぁ急げ!」
ケンドレンの声とコルナの指示で次々と『マーシャ』のメンバーが水牢を出ていく。
「ケンドレン……俺達が捕まったのは……」
「分かってる。リョクレンと……ネルティアだろ」
「知ってたのか……」
「二人の決着はつける。今はここから出る事が優先だ」
「ケンドレン……お前……」
ガモモの目には今のケンドレンは何処かが変わっていた。
オラシャントに向けて旅立った時のケンドレンはどこか優柔な部分を残した若者だった。
だが、今その顔つきは芯の強さを滲ませている。
それは荒れ地に踏み躙られた雑草が再び根を張り、茎を伸ばし葉を張って、今ささやかな花を咲き誇らせている。
強いて表現すればそんな感じであった。
――ヘレリーシュ監獄の分厚い鉄でできた正門。
突如その門から光が迸り出た。
「なぁ!?」
脇で眠気まなこで立っていた見張りの哨兵が慌てて飛びのいた。
迸り出た光はそのまま分厚い鉄の扉を焼き切っていく。
やがて鉄の扉は前に倒れ、中から光る剣を構えたコルナが現れた。
「コルナ様、ワテクシを不用意に地べたに差し込むのはおやめ下さいとあれ程申し上げましたのに」
「いいじゃんセバスティアン。置き場が無かったんだから」
光が収まったエネライグの柄に地面に差した剣身を嵌めながらコルナが言った。
「な、ななな……」
「あ、お仕事ご苦労さん! じゃあねー」
唖然として声が出ない哨兵にコルナは手を振って通ろうとする。
「ちょっ! ちょっと待て! お前は!」
そう言って哨兵がジャギジャギという奇怪な音に監獄の中を見ると、剣と盾を構えた重装歩兵の一群が湧き出てきた。
「ギャアアアアアス!」
たまらず悲鳴を上げた哨兵だったが歩兵に剣で殴られ昏倒した。
「さぁ、みんな橋を降ろしてきてね!」
コルナの言葉に呼応するように重装歩兵たちは数体ずつに別れて通門橋に向かっていった。
更に重装歩兵の大軍が門から出て、ウゼビスに通じる通門橋に向かい、最後にダイゴとケンドレンに連れられた『マーシャ』の構成員達が出て来た。
「ケ、ケンドレン……これは一体……」
何が何だか分からないガモモが声を上げた。
「いいか、みんな。これからあの兵士たちが通門橋を降ろす。ここは戦場になるから俺達はこのバゲンディギアに残っている兵士じゃない人々をウゼビスに逃がすんだ!」
「戦わなくていいのか?」
『マーシャ』構成員の一人が聞いた。
「ああ、兵士じゃない人の安全を確保する。それが俺達『マーシャ』の役目だ」
「分かった。みんなやろう!」
「戦場でやる事だ! 皆くれぐれも気を付けてくれよ!」
「おう!」
威勢の良い声を上げ、ケンドレンを先頭に『マーシャ』の構成員たちは駆けてていった。
「コルナ、『マーシャ』の護衛頼むぞ」
「うん、任せてよ!」
そう言ってコルナは『マーシャ』達の後を追っていく。
「さてと、ワン子達の方も首尾良くいっているかな?」
一人残ったダイゴはそう呟きながらウゼビスの方へ歩いて行った。
――衛央都市ウシオスの路地裏にある倉庫。
そこに積まれていた木箱が淡く光を放っている。
やがて木箱が細かく震えだすと、一辺が開いて中の光るものがザラッと流れ出た。
それは紫に光る魔石だった。
やがて魔石は魔素を吸収し始めると、徐々に人の形を作り始める。
約五ミルテ程でそれはヘレリーシュ監獄でダイゴが生み出したのと同じ鎧の兵士となった。
紫色の光を発しながら次々と生まれる兵士を脇で忍者服姿のニャン子が満足そうに見ている。
「上出来……にゃ。時間が来たら出撃する……にゃ」
そう兵士たちに声を掛けるとニャン子はその場から姿を消した。
別の衛央都市ウレフスの倉庫ではやはり生成される兵士たちを特殊部隊風の黒装束に身を包んだワン子が見守っている。
六つの衛央都市で生み出された骸骨兵士たちは音も無く倉庫を出て、まだ闇に沈む衛央都市のバゲンディギアへ通じる跳ね橋門へと音も無く向かっていった。
――バゲンディギア内、シュウシオの館。
「シュウシオ様ぁ!」
ソデュニス要塞陥落とそれに伴う『雷迅』及び『旋風』の二兵団の全滅と言う驚くべき報せを受け、夜更けまで続いた軍議。
それを漸く打ち切り、自身の館で昏々と眠っていた宰相シュウシオだったが、けたたましい家臣の声に跳ね起きた。
「なんだ! 何事か!」
「衛央都市に! 敵兵が!」
「何と! もう攻めて来たのか! 一体!?」
何時の間に進軍してきたのか……。
昨日には周囲にはその気配は無かったはず……。
ソデュニス要塞が落ちてまだ二日と経っていないではないか……。
「急ぎシンドメンに向かう!」
すぐに用意された馬車に飛び乗ると夜明けの明かりがさし始めた坂道をシンドメンに向かって駆け上がっていく。
一体何が……。
シンドメンに転がり込む様に入り、大広間へ駆けていく。
そこには六大将軍の残る一人、王都防衛を任とする『閃光』兵団の女将、シュグネ・ビロシュグが既に部下に指示を下している最中だった。
「シュグネよ! どういう状況か!」
「はっ、明け方各衛央都市に敵兵らしき重装歩兵が現れ、各通門橋に進軍しているそうです」
鎧姿の女傑が声を上げた。
「重装歩兵だと!? 何処から!? 数は!?」
「はっ! 各都市に約二千。総数一万二千余りかと」
「何だと……馬鹿な……一体どうやって……」
「分かりません……通門橋の番兵によると明け方に突如現れたとしか……」
「むうう……周囲は……衛央都市外の様子は!」
「はっ、ここから見るに周囲に敵軍の陣や宿営地は確認できません」
「ぬうう……」
まさに失態などと言う言葉では済まされない事態だった。
いつの間にか敵兵が衛央都市内に入り込み、このバゲンディギアに侵攻しようとしているのだ。
「宰相閣下!」
頭脳をフル回転させて状況把握と対処を思考していたシュウシオに再びシュグネが声を上げる。
「現在敵兵は通門橋を渡れずにおります! 今のうちに我が『閃光』兵団が各通門橋に向かい、これを迎え撃つよう既に命じてあります!」
「うむ! 急ぎ衛兵たちに怒砲、投石機の準備をさせよ! 動ける者は全て動員しろ! 決してバゲンディギアに入れてはならん!」
「はっ!」
バゲンディギアには『閃光』兵団六万の他に衛兵や警兵、そして予備役などが一万の都合七万の兵力がおり、食料備蓄も優に一月は持ちこたえられるだけはある。
だが本来籠城は各衛央都市を含めた物を想定しており、バゲンディギアのみの籠城戦は宰相であるシュウシオも現実に起こるとは予想していなかった。
とにかくバゲンディギアに入れてはならん……。
シュウシオがそう思った時だった。
「シュ! シュウシオ様! 門が! 通門橋がぁ!」
各通門橋を監視していた兵の一人が悲痛な叫びを上げた。
「どうした……なあっ!?」
声を上げた兵の元に駆け寄り外を見たシュウシオも悲鳴を上げた。
ウゼビスの通門橋がゆっくりと降り始めている。
「な、何をやっている! どういう事だ!」
「わ、分かりません……ここからでは……」
「シュグネ! 至急見て参れ!」
「はっ!」
一礼してシュグネが部下と共に大広間を飛び出していった。
その後ろ姿を見送るシュウシオの胸中に不吉な予感が広がっていく。
「急ぎシンドメンの守りを固めよ! 特に後宮は全ての門を閉めるのだ!」
甲高い叫びに弾けるように衛兵たちが飛んでいく。
シュウシオも後宮へ向かって駆けて行った。
西大陸有数の大国であるガーグナタ王国は建国以来最大の危機を迎えていた。





