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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第十章 ガーグナタ復仇編

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第百二十六話 大脱出

 ドミネの後に続いてリョクレンとネルティアが入ってきた。


「リョクレン! どういう事だ!」


「どうもこうも、俺が特警隊を先導して来たんだ」


「何だと!」


 悪びれぬリョクレンの言葉にドミネが怒りの目を向けるがリョクレンは涼しい顔だ。


「スマンなケンドレン。まさかお前がこんなに早く帰ってくるとは思ってなかったんだよ」


「ネルティア!」


「……」


「ネルティア?」


「ケンドレン……ごめんなさい……私……」


 震えるネルティアの肩をリョクレンが抱いて引き寄せるが、ネルティアはされるがままだ。


「な!?」


「まぁそう言うこった。悪く思うなよケンドレン。放っておくお前が悪いんだ」


「リョ……リョクレン……貴様ぁ……」


『話をするならやはりアレイシャは必要だ。それじゃお前が行ってアレイシャの代わりが務まるか?』


『まぁ留守は任せておけよ』


 ケンドレンの脳裏にリョクレンの言葉が蘇り、


『必ず無事に帰ってきて……待ってるから』


 ウゼビスを出る前のネルティアの顔が、声が脳裏に浮かぶ。


「リョクレン!」


 怒りのケンドレンがリョクレンに掴みかかろうとした瞬間、強い力で肩を押さえられた。

 押さえたのはダイゴだ。


「ダ……」


 ダイゴは何も言わず首を振った。

 だがその目が完全に座っている。

 その気迫に押されたケンドレンの力が抜け、ガクリとうなだれた。


「ふん、そっちの助っ人はよぉく分かってるじゃないか」


 リョクレンが鼻で笑う。


「どう言うことか説明してくれると有難いな」


「アンタも商人らしいが俺も商人。そういう事だ」


「つまり武器蔵襲った損失分を埋め合わせて儲けていたわけだ」


「へぇ、察しが良いな」


 その時軽装鎧に短剣を携えた兵士がなだれ込んできた。


「全員その場を動くな!」


 忽ちにダイゴ達を取り囲む。


 やがて外から軍服を着た男が入ってきた。

 でっぷりと太った体躯にオールバックになでつけた髪。

 爬虫類のようなギョロリとした目がダイゴ達を睨める。

 特警隊々長のアギュント・ボーエロだ。


「ふーむ、これが『マーシャ』の首領ケンドレンとボーガベルとやらの手先ですか。見た所貧相な商人のようですが」


「貧相な塩商人のディエゴ・マキシオだ」


「お前の名前などどうでも良いです。さっさと拘束しなさい」


 アギュントの声に特警兵がダイゴ達に手枷を嵌めていく。


「ボク達をどうするつもりさ?」


「勿論、他の反逆者と一緒にヘレリーシュ監獄に送ります。大人しくした方が身の為ですよ。ああそうだ、お前達が拉致していたアレイシャ姫も我々が保護しましたので」


「何だって……」


 ケンドレンが力無く呻いた。


「さぁ能書きはこれ位で良いでしょう、そこの馬車に大人しく入ってもらいましょうかね」


 アギュントが示した先には丁度人が四人入れる木箱が荷車に乗せてあった。


「何が馬車だよ! 荷車に箱が乗ってるだけじゃないか! ボク達家畜じゃないよ!」


「フン! 我が国に要らぬ騒乱を企む者など家畜にも劣りますねぇ……おや?」


 と、コルナの罵声を受け流していたアギュントがワン子を舐めるように見るや、好色そうなネバついた笑みを浮かべる。


「ふむ、この獣人の女は私が直々に尋問してあげましょう。私の馬車に乗せておきなさい」


「ちょっとぉ、ボクもうら若き乙女なんだけどぉ」


 そう言ってコルナが手枷を嵌められた両腕をブラブラと振る。


「何ですかぁお前は、男では無かったんですかぁ、あー要りませんねぇ」


 アギュントがコルナの胸元を見ながら手を振った。


「むー! むかつくなぁ」


 ワン子は外に連れていかれ、手枷を嵌めたままのダイゴ達は木箱に押し込められると、外から錠が掛けられ、更に厳重に鎖が巻かれていく。


「おい」


 副官のハブンチがリョクレンに外に出ろと促す。


「は、はいっ! ネルティア、外に出るぞ」


「え?」


 リョクレンがネルティアの腕を引いた。


「ちょ、ちょっと!」


 二人と入れ替わりに入ってきた藁束を持った特警兵達が木箱の周りに藁束を置いていく。

 更には樽に入った液体を木箱に掛け、周りにもぶちまけていく。


「ちょっと! 何やってるのさ!」


 木箱の中からコルナの声が響くがアギュントたちは無視して蔵を出ていった。


「反逆者共は抵抗して立て籠もりました! 残念ですがこの場で処刑します! 危険なので皆下がりなさい!」


 出てくるなり大声でアギュントが周囲で恐る恐る見ていた野次馬達に宣言した。


「ええっ!? 何で!?」


 ネルティアが驚いた表情を浮かべる


「火を放てい!」


 アギュントの声が響くや、帯同していた魔導士達が一斉に火弾を放った。

 次々と吸い込まれた火弾が爆ぜ、瞬く間に燃え広がる炎と黒煙が酒屋を覆いつくしていく。


「リョクレン! ケンドレンの命は助けるって言ったじゃない! どうして! 止めさせてよ!」


 事の成り行きにネルティアがリョクレンに食ってかかる。


「特警隊が決めた事だ。俺にはどうすることも出来ねぇな」


「そんな……」


「全く、もういい加減あきらめろよ」


「でも……それは……リョクレンが……」



 バァン!


「ああっ!」


 酒屋の建物から何かが爆ぜる音が響き、ネルティアは視線を戻した。

 次々と炎が吹きあがっていく。


「ケ、ケンドレンが……死んじゃう……」


 ネルティアがそう呟いた直後、


 ボォォォォォン!!!


 盛大な轟音と共に酒屋が爆発を起こした。


「いやああっ!」


「うっゎー、すげぇな……」


 悲鳴を上げるネルティアとは対照的にリョクレンは感嘆した。


「あ……ケ……ケンドレン……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」


「フン、これで踏ん切りが付いたろ?」


 リョクレンの言葉も聞こえないようにネルティアはまだ燃え盛り、崩れていく酒屋を見つめて涙を流したままだ。


「……チッ」


 その様にリョクレンは苦々しく舌打ちし、やはり酒屋に視線を移す。


「ほうほう。随分と良く燃えますねぇ」


 爆発の瞬間ビクッとしたアギュントだが予想以上の結果に感心した声を上げる。


「油も黒油と獣油をたっぷりと掛けたからでしょうな」


 ハブンチが得意そうに応える。


 黒油はいわゆる原油で、ガーグナタでは数カ所に黒油の湧き出る場所がある。

 だが蒸留精製の技術など無いこの世界では黒油は燃えはするものの煙と匂いが酷く、当然ながら実用的なものではなかった。


 また、アガモという魔獣から取れる獣油は瞬間的に勢いよく燃え上がる性質があり、ガーグナタでは専ら火葬や敵陣営に対して黒油と獣油を混合して使っていた。

 先だってのビタシィに着火するための着火剤としても用いられている。


「成程成程、これなら万に一つも生きてはおらぬでしょうね」


「骨も残りますまい」


「では私はバゲンディギアに戻ります、後始末は任せましたよ」


「はっ、お任せください」


「あ、あの……アギュント様……」


 手を揉み、これ以上は無い愛想笑いを浮かべながらリョクレンがアギュントに近づいてきた。


「ああ、行方不明の姫様を見つけ出し、不穏分子も一掃出来た。お前達のお陰だ。約束通り赦免と報奨金だ。これを持って何処へでも行くがよい」


 卑屈に笑うリョクレンに少しの嫌悪の表情を浮かべたアギュントが顎でハブンチに指図するとハブンチはズシリと重そうな革袋をリョクレンの足元に放った。


「あ、ありがとうございます、へへへ」


 不意の斬撃を警戒しながらリョクレンは用心深く革袋を拾い、素早く中身を確認する。


「フン、早く失せろ。目障りだ」


「は、はいっ。へへへ、ではこれで……おい」


 リョクレンはまだ崩れ落ちていく酒屋を見て涙を流していたネルティアの腕を曳く。


「……」


「ほら! 行くぞ!」


 リョクレンに曳きずられるようにネルティアはその場を後にした。


「本当にあの者を放免して宜しかったので?」


 去っていくリョクレン達を苦々しく一瞥しながらハブンチが訊いた。


「構いません、あの様な者はすぐに利のある方に転がるモノです。価値が無くなれば始末すれば良いのです」


「なるほど」


「では後は任せましたよ」


 アギュントが自身の乗ってきた馬車に乗り込もうとする。


 これで大王様の覚えもめでたく、次の大将軍の座も夢では無くなりましたねぇ……。


 その様を思い描いてほくそ笑む。


 ハブンチが恭しく扉を開けようとした瞬間、


「オゲェッ!?」


 馬車の中から強烈な蹴りが飛び、アギュントは悲鳴と共に吹き飛ばされた。


「な、な、な、何ですかぁ! 一体ぃ!?」


 足をV字開脚した状態でゴロゴロと三回転ほど転がったアギュントが吠える。


「いりゃあっ!」


 気合一閃と共に馬車の車体が斜めにずれ、中からダイゴ、ワン子、それにエネライグを振り切った姿のコルナが現れた。


 ケンドレンと目を瞑って震えているドミネも一緒だ。


「な!? な!? 何で!?」


「き、貴様ら! いつの間に!?」


「ふっふっふのふー、これぞ大魔術! これこそ大脱出! イリュージョン!」


 驚愕するアギュントとハブンチを尻目に独りごちのダイゴ。

 その脇で単に転送を使っただけのタネを知ってるワン子とコルナは微妙な表情だ。


「おのれ! 奇怪な魔法で誑かしおって! 直ちに取り押さえ……いいえ、殺して構いません!」


 忽ちに兵士達が馬車を取り囲む。


「うん、そう来なくっちゃな。ワン子! ケンちゃんとそのオッサンを頼む!」


「畏まりました」


 素早く御者台に飛び乗ったワン子が御者を突き落とす。


「失礼します」


 手綱を握るや鞭を入れ、馬車を走らせる。


「と、止めろ! 行かせるな!」


 ハブンチの命令にすぐさま兵士が御者台に駆け寄ろうとするが、


「そうはいかないよ!」


 パパパン!


 コルナのエネライグの横殴りの一閃が兵士を殴り飛ばす。


 馬車は逃げ惑う野次馬を描き分けるように進んでいき、それを追おうとする兵士達の前にコルナが立ちはだかる。


「だからそうはいかないって」


 その様を見てようやくハブンチの助けを借りて立ち上がったアギュントが叫ぶ。


「ええい! こいつら皆始末しなさぁい!」


 その号令に兵士がダイゴとコルナに襲い掛かる。


『コルナ、街中だから殺すなよ』


『分かってるって!』


 そう言うやコルナは次々とエネライグで兵士を殴り倒していく。


「な、何ですかぁあ奴は……やっぱり男じゃないですかぁ……」


 屈強な兵士が次々と一撃で昏倒させられていく様を見てアギュントが漏らした。


「聞こえてるよ! ほんっとむかつくなぁ!」


 兵士を殴り飛ばす手を休めずコルナが怒鳴った。


「ひいっ!」


 アギュントが悲鳴を上げた。

 だがそれはコルナの言葉にではなく、やはり兵士たちをかき分けるように物差しで殴り飛ばしながらダイゴがヒタヒタと近づいてきたからだ。


「ハ、ハブンチ! やってしまいなさい!」


「はっ!」


 アギュントを護るように前に出たハブンチが魔石入りの剣を抜く。


「フホホホ! ハブンチは王国剣技指南役でもあるのですよ!」


「あっそう」


 そう言った瞬間スススッっと前に出たダイゴの峰打ちがハブンチの脳天に直撃し、ハブンチはウンとも言わず昏倒し前のめりで倒れた。


「な……何で……どうして……」


 先程までの自信に溢れていたアギュントの顔が一気に恐怖に歪んだ。


「さてと、恒例の告白タイムだ。お前には色々謳って貰うぞ」


「うぇ、あれかぁ……ボクあれは未だに苦手なんだよね」


 ダイゴの背後でコルナがエネライグを担いでボヤいた。

 既に兵士は皆地面に倒れ伏している。


「な、何でも話しますから命だけは!」


 腰が抜けたのか膝をついたアギュントが先程とは一転した態度で手を合わせて懇願する。


「へ?」


「本当かなぁ」


 散々男扱いされたコルナが疑いの眼差しを向けている。


「本当! 本当ですとも! お美しい女剣士様! ささっ! 何でもお聞き下さい! 親切丁寧真心を込めてお答え致しますぅ!」


 今度はヘコヘコと地面に手をついて平伏する。

 その豹変ぶりにコルナも開いた口が塞がらない。


「まぁいいか。アレイシャは何処へ行った」


「しりましぇーん」


 満面の笑顔で少し舌を出し気味にアギュントがそう言った瞬間、


「『自白カツドン』」


「ハプゥゥゥン! デレワイマス大王の後宮に連行されましタパヤァァァァァ! ピブゥゥゥゥッ!」


 ビクンと直立したアギュントは身体をグネグネと踊るように振ると、色々なモノを吹き出しながら仰向けに昏倒した。


「うわぁ……ご主人様、全然信用して無いね」


 泡を吹き白目を向いて昏倒してるアギュントを目線を逸らし気味に見ながらコルナが言った。


「当たり前だろ、この手の奴が信用できた試しが無ぇ」


 素っ気なく言ってダイゴは後ろを振り返る。

 そこには未だに煙を燻ぶらせている、最早瓦礫の山となった酒屋があった。


「おうおう、盛大に燃えたねぇ」


「ご主人様、ちょっとやりすぎだよ。お酒ってあんなに燃えたり爆ぜたりしないでしょ?」


「あー、演出だよ演出。ちょっと派手そうな方がインパクトあっていいじゃん」


「いんぱくと? また難しい事を言うよ。でも何でこんな回りくどい事したのさ? さっさと転送しちゃえば良かったのに」


 早々に手枷を外したダイゴ達は酒屋だけが崩れるように威力を絞った『華火』の魔法を放ってからワン子の乗っているアギュントの馬車に転送した。

 その為爆発の見た目は派手ながらも、建物自体は内側に崩れてすぐに鎮火し、周囲への延焼などは皆無だった。


「身も蓋も無い突っ込みだなあ、一度こういうのやってみたかったんだよね」


 ダイゴが子供の頃見た天才奇術師と呼ばれた男の大掛かりな大脱出ショー。


 自分もいつかあんな事をしてみたい……


 子供の頃のダイゴは目を輝かせてそう思っていた。

 方法は大きく違えど、ダイゴは近しい事を達成して満足気味だった。


「それでこの後はどうするのさ」


「ああ、一旦ワン子と合流してアレイシャを連れ帰ってくるさ」


「アレイシャ大丈夫かななぁ」


「ちゃんと偵察型疑似生物ドローンを貼り付けてあるからな」


「何だ、やっぱり知ってて『自白カツドン』使ったんだ。ご主人様も人が悪いなぁ」


 コルナがチラと己の汚物と吐瀉物に塗れて痙攣しているアギュントを見る。


「ん? 駄目だったか?」


「全然!」


 コルナがニコッと笑った。







 バゲンディギア頂上にそびえる王城シンドメン。


 バゲンディギアはおろか六つの衛央都市を見下ろせる王城に連なる巨大な館。

 その一室に連れて来られたアレイシャは、全身を布で覆われた者達に化粧を施されていた。


 既に衣服は薄手の物にあらためられており、これからの自分がどの様な境遇に置かれるのかを暗示していた。


 オリブ……何故……


 端然とした表情を崩さないアレイシャであったが、心中は忠臣である筈オリブの裏切りとも言える行為に疑念と悲しみが渦巻いていた。


「これを……」


 布を被った世話役が恭しく掲げた盆に、綺麗に掃除された前王の形見の短剣が乗っていた。


「良いのですか?」


 そう言いながらアレイシャは短剣を取り、鞘から引き抜く。


 細工どころか丁寧に研ぎ直してある。


「大王様の命に御座います」


 世話役の言葉にアレイシャは短剣を収め、腰帯に差した。


「こちらへ」


 世話役に従って後に続くアレイシャの胸中には復讐の念だけが満たされていく。


 千載一遇の好機、今こそ……父上の、母上の無念を……!


 青碧の瞳を鋭く輝かせながら歩くアレイシャには壁の窪みに蹲り、横たわっている自分の成れの果て達には気が付いていなかった。


 奥の部屋に着くと世話役は下がっていった。


「入れ」


 部屋から野太い声が響く。

 アレイシャは唇を噛むと部屋に入った。


 天井は明かり取りの硝子細工になっており、壁上部は男女の営みを描いた絵が描かれている。

 奥には大きな寝台が置かれ、赤い豪奢な王装に身を纏った大男が座っていた。

 現国王、デレワイマスだ。


「アレイシャか、懐かしいのう」


「……」


「どうした? 永年の下々での暮らしで礼儀すら忘れたか?」


「……叔父上、お久しゅうございます。ですがいきなり自分の姪を後宮とやらに連れてくるとは如何なる了見でしょうか」 


「ふむ、既に余は国王、いや大王なのだがな」


「何を仰いますか。我が父である国王を王妃である我が母と共に亡き者にし、簒奪しておきながら!」


「ほう、斯様な話を誰に吹き込まれた?」


「今際の際に父上が! それにオリブが!」


「ほう、オリブがのう、あ奴はお前に何と申したのだ?」


「あの事故は何者かが馬に吹き矢を放って暴れたせいで崖から落ちたと。オリブが後日父母の遺骸を引き取った際、馬に刺さっていた吹き矢を見せてくれました」


「そうか、オリブが……くっ、くはっ! くはははは!」


「何がおかしいのです!」


「うはははは! それはそうだ! その吹き矢を吹いたのは他ならぬオリブだからな!」


「なっ……!」


 アレイシャが浮かべた驚愕の表情を見てデレワイマスはさも堪らないといった歪んだ笑みを浮かべた。


「あっはっはっは! その顔! 実に愉快!」


「ど、どういう事です!? なぜオリブが!」


「どうもこうも無いわ。兄上は王としては全くの無能者だった。思いつきの施策は無駄に国庫を疲弊させ、度重なる周辺国家との戦争は民と国を損耗していった」


「う、嘘です……」


「嘘な物か。お前が妃とここにあった奥宮で温々としている間に大飢饉が襲い、国庫は破綻、四十あった領国も度重なる朝貢金の増額でアロバやシムオの恩顧の国を除き大半が離反しようとした」


「そんな……」


「余や宰相のシュウシオ、それに六大将軍筆頭だったオリブが散々諌言したが聞き入れられなかった。そこであの様な仕儀となった訳だ。オリブは自ら手を下す役を買って出てくれたよ」


 アレイシャの脳裏にあの事故の、血塗れの父母の顔の向こう側の記憶。

 父母に手を引かれ馬車に乗り込む時に見た、馬に乗った赤銅色の髪と髭を持つ片目の男が鮮明に浮かんできた。


「なぜ……何故……」


「何故? お前も父親似だな。 暗愚な王を討ち新たな世を作る。それ即ち国の為民の為」


「そ、それ以上虚言を弄して父上を冒涜する事はこのアレイシャ・ガーグナタが許しません!」


 アレイシャが懐の短剣を引き抜く。


「ふむ、ならかかってくるが良い。己が蓄えてきた怨念と執念とやらを見せてみよ」


 デレワイマスがそう言って鷹揚に立ち上がった時にはアレイシャは跳躍して突き込んでいた。


「覚悟!」


 この時をどれだけ待ち望んでいた事か。

 アレイシャの脳裏に父母の死に顔、ケンドレンとネルティア、最後にオリブの顔が浮かぶ。


 オリブ……!


 アレイシャの眼差しが僅かに細くなる。


 その瞬間、


「んぱわぁっ!」


 デレワイマスが怒声が響いた。

 前掲して腕を握り、ボディビルで言う所のモストマスキュラーのようなポーズを取る。


 キン!


 心臓目掛けて飛び込んだアレイシャの短剣が堅い岩に当たったかのように弾かれた。


「あうっ!」


 その反動でアレイシャはもんどりうって倒れた


「ど、どうして……」


「くっくっく、こういう事よ」


 王装を脱ぎ捨てたデレワイマスの姿にアレイシャは息を飲んだ。


「こ、これは……」


 全身が異様なまでに筋肉で盛り上がり、さながら肉の鎧のようだ。


「これが余の生まれながらの体質。気を込めれば鉄よりも硬し。だが兄上は余のこの身体を王に相応しくないと笑った。冗談では無い、己の方が余程相応しくなかろう。だから殺した、これで満足かね?」


「くうっ!」


 アレイシャが渾身の力を込め斬りつける。


「んぱわぁっ!」


 だが気合いを入れたデレワイマスの身体には傷一つ付かない。


「うあああああっ」


 再びアレイシャも気合いを込めて突く。


「んぱわぁっ!」


 だがそれも呆気なく弾かれた。


 ……ここまで、ここまで来てこんな……父上、母上、私に力を……!


 その時、アレイシャの願いに応えるかの如く短剣と首飾りの魔石が淡い光を放った。


「ふん、亡者の魂がまだ燻っておるか。面白いわ! 来るがいい!」


 デレワイマスはまるで野生の熊の如く両手を広げた。


 それを見てアレイシャは短剣の柄尻に右手を当てて突進する。


「覚悟ぉぉぉ!」


「んんぱわぁぁぁっ!」


 ピキィィィィン!


 渾身の突きと渾身の気合いがぶつかり、アレイシャの短剣が折れ飛んだ。

 同時にアレイシャの心を銀髪を結っていた紐が解け、髪が広がっていく。

 その様は彼女の心を表しているかのようだった。


「あ……ああ……」


「ふん、その程度であったか」


 柄を握ったまま崩れ落ちるアレイシャを見下ろしてデレワイマスが嗤う。


「気の強い女の鼻っ柱と心をへし折るのはなんとも堪らん。アロバの勇者の代わりにお前にはたっぷりと泣き喚いて貰おうか」


そう言って呆然とするアレイシャに伸びた手が止まった。


「誰だ貴様」


 振り返ると寝台の上に黒い服を着た男、ダイゴがあぐらをかいていた。


「よう、アンタがデレワイマス大王かい。俺はボーガベルのダイゴ・マキシマって者だ」


「ふん、知らんなぁ。どうやって入り込んだのかは知らんが不埒な奴よ、このシンドメンから生きて出られると思うておるか」


「あん、入ってこれたんだから出て行けるだろ」


「愚か者が! 今死ね! んぱわあっ!」


 瞬時に跳躍したデレワイマス渾身の拳がダイゴに直撃する。


 ガン!


 気合を入れれば人の頭蓋など容易に粉砕できる威力の拳がダイゴの額で止まった。


「なにぃ!?」


「んぱわ」


 ダイゴがニヤリと笑ってデレワイマスの口まねをする。

 次の瞬間ダイゴが放った水面蹴りがデレワイマスの足元を掬い、デレワイマスはもんどりうって倒れる。


「ぐおっ!?」


「俺が勝負してやっても良いんだけどな、まぁ約束だから。一時預からせて貰うぜ」


 そう言ってダイゴは呆然としたままのアレイシャを肩に抱え上げた。

 脇に紐がスルスルと降りてきて、ダイゴは紐を掴み、先端の輪に足を掛ける。


「貴様一体……」


「じゃあな~、あ~ば~よ~変態ムキムキング~」


 似ていない怪盗の口真似でそう言うやダイゴの掴んだ紐はスルスルと上に上がり、何時の間にか外されていた硝子窓に吸い込まれていった。


「おのれ! 衛兵! 衛兵を呼べ! 賊だ! 賊が忍び込んでおるぞ!」


 デレワイマスの怒声が響く中、屋根では特殊部隊風の黒服に身を包んだワン子がダイゴ達を引き上げてた。


「よし、長居は無用、さっさとズラかるぞ」


 そう言うと三人の姿は淡くかき消えていった。

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