第百二十二話 戦端
オラシャント王国王都ハルメンデルを延々と取り囲む城壁。
その城壁の一角の上部に天蓋付きの特別観覧席が誂えてある。
そこにはマルオラ神皇国のエブレン卿を始めとする各国の代表や特使、更には有力な大商人などが地平の彼方、ガーグナタの陣を見据えていた。
彼らはオラシャントとの縁で合併式典に出席するためにハルメンデルを訪れたのだが、南の大国ガーグナタが大軍を率いて攻めに来たという報を聞き、急ぎ帰国しようとしていた所、
『わが軍の実力を是非とも安全な場所にてご覧になって頂きたい』
という前代未聞の申し出に半信半疑ながら応じたものだ。
ここに集まった国々の多くはガーグナタの大国らしい横暴や無理強いを快く思ってはおらず、ボーガベルがどう相対するのかに興味があるのも事実だった。
「皆様、夜明け前の早い時間にも関わらずお集まりいただき誠にありがとうございます」
魔導拡声器で澄んだ声を響かせるのはメルシャだ。
「間もなく両軍の戦闘が始まります。その前に女王エルメリア・ボーガベルより挨拶がございます」
壇上に現れたエルメリアの美しさに大きなどよめきが起こる。
「皆様、ボーガベル王国々王エルメリア・ボーガベルと申します。今回、この様な席を設けましたのは、未だこの大陸の方々には未知数とも言える我が国の姿を知って頂きたいと思ったからでございます。斯様な戦場の地にご不安を抱く方もいらっしゃるかと存じますが、この場は全くの安全でございますのでご安心下さいませ」
観客席自体が浮遊台座になっており、緊急事態の折には観客ごと離脱できるようになっている。
勿論この事は観客である各国要人達には知らされていない。
「今回、西大陸で一、二を争う大国であるガーグナタ王国が我がボーガベルの合併の日に斯様な大軍を送り込んでくるという事は真に遺憾な事でございます。ですがわがボーガベルはこの様な非道な侵略行為に対し、毅然たる態度で望む所存でございます。各国代表の方々に置かれましては我が国の実力を良くご覧頂いた上で将来に渡る友好の一助になればこれ幸いと存じます」
この一種のデモンストレーションはエルメリアを中心としてメルシャとセイミアが立案したものだ。
合併とはいえ他大陸の国家が乗り込んでくるとなれば周辺諸国には当然拒否反応は出るだろう。
その最たるものが即軍事行動を取ったガーグナタだ。
ならば合併式典の日を狙ってくるガーグナタを撃退する様を見せて今後の抑止と関係発展に繋げようと考えたのだ。
勿論、それは数々の制約を課すことにもなる。
まずダイゴや眷属の能力はあからさまに使う事はできない。
従ってゴーレムや殲滅魔法は以ての外。
魔導輸送船は対外的にも知られた存在だが、空中からの強襲と言う運用はなるべく見せたくなかった。
以上の点をグラセノフに言ったところ問題無いと快諾した為、今回の事態と相なった。
もっともエルメリアから聞いたダイゴは、
「なぁんか、悪の組織に磨きが掛かってるような気がするなぁ」
とぼやいたきりだったが。
「敵は槍騎兵が先陣だ! 食い止めるぞ!」
メアリアの声が戦場に響く。
続くのは旧エドラキム帝国第一軍を中心に再編された、ボーガベル帝国第一軍の精鋭二万。
何れも白の軽装鎧に鉄兜、多くの者は矢避けの盾も装備している。
ガーグナタの先陣を切ってくるのは二メルテ強の長槍を構え、西大陸独特の唐草に似た文様が施され、兜に羽飾りをあしらってあるのが特徴的な軽装鎧に身を包んだ槍騎兵。
東大陸のボーガベル帝国の騎士達は槍剣もしくは長剣を使うのに対し、ガーグナタやシムオ公国の剣士と呼ばれる立場の者達が務める槍騎兵は長槍と剣を装備している。
火薬が存在しないこの世界に置ける戦闘の基本は長い間西も東もさほど変わらなかった。
騎兵同士の押し引きに弓兵の援護射撃。
そして歩兵による掃討。
第一軍の騎兵を従えて先頭を駆けるメアリアの眼前に異大陸の騎馬が槍を構えて迫ってきた。
駆け抜けては駄目だと言われたが、一番剣は付けさせてもらう……!
「むん!」
ガーグナタの先陣に食いついたメアリアが重長剣バルクボーラを振るう。
数本の槍の穂が斬り飛ばされるが槍騎兵たちは構わず突き込んでくる。
「意気や良し!」
柄だけになった槍をかいくぐって更にバルクボーラを薙ぐとガーグナタの槍騎兵が数人吹き飛んでいく。
「馬だ! 馬を狙え!」
槍騎兵隊の部隊長らしき男の掛け声でパトラッシュ目掛けて数本の槍が突き込まれる。
だがパトラッシュは避けもせずに逆に槍に突っ込み、これを弾き飛ばす。
「な、何だこギャアアッ!」
馬鎧を着けてるとはいえその隙間に突き込んだ槍すらも弾く有様に驚く間もなくガーグナタの兵士達は巨大な馬体、あるいは黒い超重剣に屠られていく。
「どうした! 蛮族の国に遅れを取るほど西大陸は上品なのか!」
逆袈裟から切り上げながらメアリアが叫ぶ。
「おのれ! 言わせておけば小娘が!」
挑発に乗った部隊長が朱槍を振るって躍り出る。
「我はシムオ公国筆頭槍! アンダヌ・ボバン!」
「ボーガベル帝国メアリア・ボーガベルだ!」
ボーガベル! 皇族だと!? ならば捕らえて……。
そう思った瞬間にアンダヌ・ボバンの首が高々と飛ぶ。
「語る暇があったら槍を振るうべきだったな!」
そう言い放ったメアリアの剣は既に他の槍騎兵を次々に斬り飛ばしている。
中央でのメアリアの奮戦で全体の流れが停滞する。
左右から第一軍の騎士達が敵槍騎兵に激突し、激しい乱戦にもつれ込む。
その中でもメアリアのいる中央は一番の激戦地帯になった。
何しろただでさえ目立つ白馬に乗った姫騎士が、まさに鬼神の如き動きで次々とガーグナタ兵を屠っていく。
斃れた槍騎兵の間隙を埋めるかの如く別の槍騎兵が槍を突き込み、またバルクボーラの一閃に吹き飛ばされていく。
「これが……ボーガベルの暴風か……」
脇で槍剣を振るってた第一軍の兵はその流麗かつ勇壮な姿に身震いすると共に名状しがたい武勇を分け与えられた気がした。
「メアリア様に遅れを取るな! 我が第一の武勇ここにあり!」
「応!」
戦闘開始後約半アルワ(三十分)で戦場に変化が現れた。
乱戦ではあるが徐々にガーグナタが押され始めてきたのだ。
「敵の陣形が崩れかけている! 遅れるな不……」
不愛想と言い掛けた言葉をメアリアは飲み込む。
不愛想ことセネリはダイゴとアロバ防衛に行っているのだ。
参ったなぁ……。
いつの間にか一緒に戦うのが当たり前になっていた相棒。
彼女は今日は元々の部下たちと別の戦場を駆ける事になっている。
「一気に押すぞ!」
照れるように舌を出したメアリアがすぐさま後続に声を上げた。
一方ガーグナタの本陣ではガシュノが焦れていた。
三万のガーグナタ領国兵に対し相対するボーガベル軍は二万。
数の上の優位を鑑みれば押していて然るべしだが戦局は膠着、寧ろ押され始めているようにもガシュノには見える。
「領国兵の働きが鈍いですね。一体何を手間取っているのでしょう」
思わず神経質そうに爪を噛む。
「矢を射かけますか?」
副将の言う相手はボーガベルでは無く領国兵に対してだ。
ガーグナタでの領国兵の扱いは捕虜兵や奴隷兵とさほど変わらない。
「シムオには後ほど上貢額を大幅に上積みせねばなりませんね。やむを得ません。全軍に前進を命じなさい。あ、まずは魔道兵団に掃討をさせなさい」
「はっ、前線の兵たちは如何いたしましょう?」
「魔法は詠唱に時間が掛かります。足止めが必要なのは分かっているでしょう」
「はっ! 直ちに!」
副将は深く頭を下げると、すぐに指示を出す。
銅鑼の音と共に赤と緑の旗が掲げられた。
槍騎兵に守られた薄茶色の導服を着た一団を先頭にガーグナタ軍本隊五万が鳴動を始めた。
槍騎兵を斬り伏せていたメアリアは彼方で動き始めた敵軍本隊の最前列が槍騎兵でないことに気が付いた。
「あれは……」
その一団が魔導士だと分かった次の瞬間、いくつもの火の玉が前線に降り注いできた。
「炎弾か! 散開! 散開しろ!」
メアリアの声に第一軍の兵たちは距離を取ろうとするが、領国兵たちに阻まれて思うように動けない。
その間にも次々と炎弾は容赦なく降りかかってくる。
領国兵の頭上にも炎弾が直撃し、次々と燃え上がっていくが領国兵たちは突撃を止めない。
文字通り火達磨になりながらの猛攻に、さしものボーガベル帝国第一軍の精鋭にも手負いや討たれる者が出始めた。
「……全く!」
『セイミア! 相手は魔法を出してきたぞ! どうする!』
舌打ちしたメアリアがモルトーンⅡ上のセイミアに念を送る。
『予定通り、もう少し本隊が近づくまで待ってください。負傷者は後方のウルマイヤさんの所まで搬送を。死者は後ほど蘇生しますので放置で』
『分かった!』
やり場のない憤りをぶつけるかの如く目前の槍騎兵を弾き飛ばすとメアリアは叫んだ。
「お前たちはっ!」
「思ったより早く動き始めましたわ」
ハルメンデル市街正面門前に鎮座するモルトーンⅡ上で戦況を見守っていたセイミアがメアリアの念を受けてグラセノフに言った。
「メアリア様の動きが想定外だったからだろうね。中央を抑えられて左右が突出出来なかったというのもあるけど」
「魔道部隊はかなりの数がいるようですわ」
「まぁそれもセネリ殿やメルシャ殿の話からある程度分かってはいたけどね」
更にはボーガベルは南大陸での金獅子族ガルボや鬼人族デドルとの戦いで知った対魔法呪紋を施した防具の存在から魔法を実戦配備した国の存在を把握し、自軍の防具にも対魔法呪紋を施したものを装備している。
「では……」
「うん、そろそろ頃合いかな。シェアリア様に連絡を」
「分かりましたわ」
再びセイミアは目を閉じる。
『シェアリア様、お願いします。お客様がご覧になってますのでくれぐれも派手な物はお控えください』
『……残念だけど分かった』
ガーグナタ魔導部隊による炎弾攻撃は激しさを増していた。
百人以上からなる魔導士が交互に炎弾を放っている。
それはまるで戦国時代の火縄銃の輪番射撃の様相を呈していた。
ボーガベル軍の押していた勢いは削がれ、逆に領国兵たちが押し返し始めていた。
「流石は我が国の誇る魔導部隊。いい仕事をしていますね」
その結果にガシュノはひとりごちだ。
「領国兵共にも良い鞭となったようですな」
「そうですね、『激流』とはこのように留まることなく、迸らねばなりません」
「仰る通りでございます」
「では一気に敵を殲滅しなさい」
「はっ!」
再び銅鑼の音と共に赤と橙の旗が上がった。
全軍総攻撃の合図だ。
ガーグナタ本軍の兵達が駆けていく。
その時だ。
「『衝撃破弾』」
ドドドドドドドドドドドォォォォォォォォォンンン!!!!!
突撃中のガーグナタ本陣から無数の爆発が起こり、兵士たちが木の葉のように吹き飛ばされた。
「なぁっ!?」
あまりに突然且つ予想外の光景にガシュノは椅子から立ち上がり、裏返った声を上げた。
濛々たる煙が立ち込める中、ガシュノが見たのは爆発の衝撃で無様に地面に倒れている自軍の兵たちだった。
「な……何だ今のは……何が……」
煙の中、ヨロヨロと兵たちが起きあがろうとした次の瞬間。
ドパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパァァァァァァァン!!
第二射が一斉に爆発し、立ち上がろうとしていた兵士たちが再びひっくり返るように倒れた。
「な……何だ……何が……」
突如目の前に起こった異常な事態にガシュノは先程までの端然とした表情から一転口をあんぐりと開けた間の抜けた表情を晒している。
「ま……まさか……魔法攻撃……」
同じような顔を晒していた副官が絞り出すように言った。
「ば……馬鹿な……あんな魔法……見た事も……聞いたことも……」
ズババババババババババババババババババババァァァッァン!!!!
なおも立ち上がろうとした兵士たちに第三射が襲い掛かり、再び多くが地面に倒れ伏した。
事実シェアリアとテネアの放ったこの魔法はその名の通り、衝撃波によって破壊よりも敵の面制圧を重視した魔法であり、直撃を喰らわなければ即死するような事は無い。
だが突き抜ける衝撃波によって暫く行動不能になるほどのダメージを受ける事になる。
突如起こった事態に五万のガーグナタ本隊は完全に混乱状態に陥っていた。
「ど、どこから、何処から魔法を放っているんだ! さ、探せ! 探し出して……」
我に返って喚き始めたガシュノの顔がまたも呆けたようになった。
左右に広がる荒野の中から突如砂塵と共に左右二隻ずつ計四隻の魔導輸送船が姿を表したのだ。
すぐさま正面のスロープが降り、そこから無数の騎兵が吐き出されていく。
「全騎続け! 目標ガーグナタ軍本隊! 食い破れ!」
黒毛の疑似生物の馬に乗ったレノクロマが叫ぶや先頭をガーグナタ兵めがけて驀進していく。
「待ちくたびれたぜ!」
反対側の魔導輸送船から青毛の疑似生物の馬に乗って先頭を走るのは第三軍副官代理のルキュファだ。
片翼五千ずつ、計一万のボーガベル帝国第三軍が一気に浮足立っているガーグナタ本隊に襲い掛かった。
「うおおおおおおっ!」
雄たけびと共に愛剣ゴシュニを振るい、当たるを幸いとレノクロマは敵を斬り飛ばしていく。
先程の魔法攻撃の影響で、ガーグナタ兵は耳や平衡感覚をやられた者も多数おり、満足に立ち上がれないものまでいる始末だ。
馬も同様で、失神したままか遁走したものが殆どで使い物にならない。
だがそれでもかなりの数の兵たちが襲い来る敵に対し、槍や剣を構えたが、レノクロマ達第三軍は容赦なく屠っていく。
「でりゃあああああっ!」
ルキュファの破砕剣が唸りを挙げて振り下ろされ、鎧兜ごと槍騎兵を叩き潰す。
前線の方も第三軍の会敵を確認したメアリアが突撃を開始して既に中央を突破しかけている。
「ひぎゃあああっ!」
ガーグナタの魔導士の悲鳴が響き、パトラッシュに跳ね飛ばされた魔導士たちが宙に舞う。
最早警護の槍騎兵も斃れ、護る者もいない彼らは呪文を詠唱する間もなく、逃げ惑うだけの存在になっていた。
「ぐ……あ……が……」
あっという間に崩壊した自軍の有様をガシュノはくぐもった声を出して見つめるしかなかった。
「ガシュノ様……このままでは……」
副将がようやく声を上げた。
最早戦線の崩壊は明らか。
今にも三方から先頭を走る三人の騎士達が躍り込んできそうな勢いだった。
ガシュノの顔が恐怖と屈辱に歪む。
「て……撤退だ! 急ぎこの場から離れる!」
「は、はっ!」
早馬が曳かれ、ガシュノは慌てふためいて鐙から足を滑らせながらも引っかかるようにしがみ付きながらシムオに向かって馬を走らせた。
副将を含む供回り数騎もこれに続く。
な、何なのだ! 何なのだ! あれは! あいつらは……!
こちらの魔導部隊が押し返していたまでは良かった。
あの直後全軍に前進を指示してから一気に風向きが変わった。
まさか……まさか……全軍が動くのを待っていたのか……。
確かに事前に伏兵の存在は入念に調べていた。
だがあのような、空飛ぶ船が地に潜っているなど思いもつかなかった。
ボーガベル……まさか……まさか……本当に……魔王の国……。
と、進行方向の先に二人の人影を見つけた。
あれは……まさか……。
それぞれ緑と濃紺の魔道服を来た魔導士、一人は魔道杖を構え詠唱に入っているようだ。
あやつら、まさか最初からここで……。
「き、斬り殺せ! 相手は二人だ!」
ガシュノの声に副将達が剣を抜く。
「……テネア、良い?」
迫りくるガーグナタの将軍らしき男達を冷静に見ていたシェアリアの脇で呪文を詠唱していたテネアが頷く。
「……さようなら」
シェアリアも開いた右手を突き出し、赤く光る魔法陣を展開する。
「「『華火』」」
パボォォォォォォォンンンン!!
次の瞬間、ガシュノのいた地点が光に包まれたかと思う間もなく大爆発を起こし、ガシュノは白い視界に飲み込まれたまま意識を切らした。
「あーあ、私も無詠唱魔法遣いたいなー。シェアリア様ずるいずるいー」
「……魔法は詠唱があってこそ」
「そう言って自分は詠唱なんかしないくせにー」
「……さっさと帰る」
シェアリアは隠していた小型浮遊台座を呼び出すとぶー垂れるテネアを押し込んでハルメンデルの方へ向かっていった。
「シェアリア様が敵の大将らしき人物を討ち取ったそうですわ」
モルトーンⅡ上でセイミアがレノクロマに報告をする。
「分かった。被害状況は?」
「戦死者百十三、現段階での重軽傷者千二百二十ですわ。戦死者は後ほど回収して蘇生措置。他は順次ウルマイヤさんが手当を行っていますわ」
「うん、お客様方にはくれぐれも悟られないように。特に厄介なお方がいるようだからね」
「例の商人……」
「うん、放胆と言えば余りにも放胆だね。果たして何処の国についたのやら」
「あら、お兄様にはもう見当がついてらっしゃるのではなくて?」
グラセノフもダイゴに付いて西大陸を何か国か訪れている。
「ああ、恐らくは……」
そこから出た名前は流石のセイミアをも驚愕させた。
ハルメンデル城壁上の特別観覧席では圧倒的な勝利に湧いた各国首脳がエルメリアとメルシャに見送られ、送迎の馬車に乗ってこの後行われる合併式典の会場に向かっていった。
その列の最後尾、紫の髪に奇矯な出で立ちの優男がいた。
「こぉれはこれは女王陛下に置かれましてはご健勝であらせられ、このドンギヴ・エルカパス、まっこと光栄至極の至りでござりまする」
「まぁ、貴方がドンギヴ殿ですのね?」
「おおなんと、某の名前を覚えて下さり、真に感激の念が禁じ得ませン」
「まぁ、面白いお方。今日はダイゴ帝はおりませんのよ?」
「その様でござりまするなぁ、いや、残念。積もる話も、新しいご商売のご提案もございましたものを」
「まぁ、それは残念。そうそう、ウルマイヤに飲ませた薬はいけませんよ」
「これは真に申し訳ござりませン、私めも慚愧の念に堪えませンでござりましたが、これも仕事の故、何卒、なにとぞご容赦を」
例によって本当に反省しているのか分からない謝罪を土下座でするドンギヴ。
だが何故かエルメリアとの会話が噛み合っている。
「それで今日はご商談で?」
あまり気にも留めない風なエルメリアの問いにすっくと立ちあがるや、
「いえいえ~、今日はさるお方のご案内役を仰せつかっておりまして~」
そう言いながら恭しいポーズでツツツと横移動したドンギヴの向こう側に線と点と特異な柄の薄い外套を被った人物が立っていた。
「あら?」
「……この様な不躾な風体失礼仕る。何分国のしきたりなものでな」
身体の線、そしてその声は明らかに若い女性の者だった。
「構いませんわ。でもせっかくですのでお顔をお見せくださると嬉しいのですが」
「勿論だとも」
そう言って女性は外套をはだけた。
「まぁ」
エルメリアが驚いた声を上げた。
そこから現れたのはまだ若い女。
聡明な高い知性を感じさせる顔立ちだが妖しい雰囲気を漂わせ、その瞳の虹彩は丁度ホログラムのシールのように輝いている。
なによりもエルメリアを驚かせたのは、その女の髪がダイゴやソルディアナと同じ黒だったからだ。
「私はシストムーラ魔道皇国筆頭魔導士、スミレイア・クリュウガンと申す。本日の余興、真に楽しませて頂いた。改めてお礼と合併のお祝いを述べさせていただこう」
そう言ってスミレイアは深々と頭を下げた。
「まぁ、シストムーラから。それは大変嬉しゅうございますわ」
手を合わせて喜びの表情を浮かべるエルメリア。
西大陸中東部に位置するシストムーラは鎖国主義を取っていて滅多なことでは諸外国と接触を持たない国と言う話だった。
そのシストムーラがわざわざ合併式典に来てくれたのだ。
「私もだ。これから貴国と相対するにあたってどの程度の物か良く分かった」
スミレイアの目が挑戦的に光った。
「そうですか、ぜひ仲良くなりたいと思いましたのに」
エルメリアが少し残念そうな表情を浮かべる。
「うむ、一つ言わせて頂けば貴国にあってわが国に無いものは無い。と言う事だ」
「まぁ、それはすごいのですねぇ」
「うむ、いつの日にか相まみえる日を楽しみにしていると、貴国のダイゴ皇帝とやらにお伝えしておいてくれ」
「はい、承りましたわ」
にこやかに返すエルメリアに若干戸惑いの表情を浮かべたスミレイアだったが、外套を被りなおすと
「では失礼する」
踵を返して観覧席を出ていった。
「あらあら、どうにも失礼をば致しまして申し訳ございませンでござりまするね」
「良いのですよ。こうしてお話が出来ましただけでも喜ばしいですわ」
「まっこと女王様はお優しい方でござりまするなぁ。それでは私めもこれにてお暇を、ではではでは~」
そう言ってドンギヴは軽やかに去っていった。





