第十二話 殲滅魔法
エドラキム帝国第八軍の本陣は騒然とした空気に包まれていた。
「ザバン様が! あり得ない!」
ザバンの右腕であるオンバ・バビドが悲鳴のような声を上げた。
「オンバ様! 如何致しましょう!」
「ええい! 全軍突撃だ!」
「待ちなさいオンバ!」
「ああん!?」
後方からの声にオンバは舐めるように後ろを振り向いた。
そこには『ご学友』に囲まれたクフュラがオンバを見据えていた。
「何でしょうかぁ?」
オンバがイラついた視線を向ける。
「副将でもないお前がクフュラ様を差し置いて指示を出すとは僭上にもほどがあるぞ!」
『ご学友』の一人、シルシア・シャシュドの放った言葉にオンバはやれやれといった顔をする。
「お言葉ですが、ザバン様が討たれたというのにぼけっとしている方がどうかと思いますがねぇ」
「貴様! クフュラ様に向かってその物言いは何だ!」
「ちっ! 人形共が……」
「オンバ!」
「へいへい、大変しつれーしましたぁ。ご指示を賜りたいと存じますぅっと」
「っ! クフュラ様、突撃のご指示を!」
……なんでぇ、結局突撃するんじゃねぇか。馬鹿かこいつらは……
オンバは心中の不快感を隠そうともしない。
「……」
クフュラは無言。
……そんな……私が指示を……どうすれば……
先程のザバンの無残な死、更にはその前の六人の兵士が侍女らしきものに一瞬で斃されるのを見たクフュラは敵ボーガベルの異様さを感じ取っていた。
……このまま突撃すれば……
だが、オンバとシルシアが望んでいるのは全軍突撃の号令だ。
しかしその号令でまた敵味方に多大な死者が出るのだ。
……私に何が出来る……
そう思ったクフュラの脳裡に母親の顔が浮かぶ。
〈何をグズグズしているのです。貴女は栄えある帝国将軍なのですよ〉
そうダ……ワタシハ……ワタシニ……ナニガ……デキル……
口を開こうとしたクフュラの視界に昨日のネズミがいた。
じっとクフュラの目を見ている。
ネズミ……さん……私は……
更にネズミの遥か彼方にいるザバンを倒した黒衣の男と目が合ったような気がした。
「わ……私が……あの者と交渉してみます」
震える声でやっと言った。
「はあっ? 何言ってんだアンタ?」
「クフュラ様!?」
オンバとシルシアが同時に声を上げた。
「クフュラ様、わが軍が圧倒的に有利なのですよ? 何故です?」
「シ……シルシア、先程のザバンの死を見たでしょう。あの者はよくは分かりませんが尋常ではありません」
「ですが、相手は一人、後方の兵も百人足らず、対してこちらは五千です。何も恐れる事はございません」
「いいえ、私はもうこれ以上どちらにも犠牲を出したくはないのです。ボーガベルとて数が分からぬ程無謀ではないでしょう」
「はあぁっ!? この戦場で何甘ぇ事仰ってくれてんですかぁっ!?」
「止めないかオンバ! ……分かりました。私も同行致します。オンバ、お前も同行しなさい」
「へいへい、畏まりましたぁっ……と。おいっ! 全軍突撃! 突撃だ!」
シルシアの声を遮りオンバが声を上げる。
「応!」
周囲の兵士たちが一斉に応える。
「オンバ! 乱心したか!」
「あー! ピィピィうるせぇんだよ! クソガキがぁっ!」
シルシアがオンバに詰め寄るが、オンバが蹴りを見舞いシルシアを吹き飛ばす。
「あうっ!」
「シルシア! オンバ! お止めなさい!」
クフュラは倒れたシルシアに駆け寄る。
「うるせぇ! 人形の遊び相手風情が! こっちはお頭やられて頭に来てるんだ! 好きにやらせて貰うぜ!」
「な!? 貴様帝国に背くつもりか!」
倒れてもなおシルシアはオンバを睨んで叫んだ。
「ふん、テメェ等の口を塞ぎゃ済む話だ!」
そう言ってオンバは倒れているシルシアに近寄り、軍服の前を乱暴に剥いだ。
「いやあっ!」
慌ててシルシアは露になった胸を隠してしゃがみ込む。
「へっ! お高くしてても一皮剥けばご覧の通りだ! おい! コイツらを見張ってろ!」
オンバの部下がクフュラ達を取り囲み、『ご学友』からは悲鳴が上がる。
「ボーガベルを落としたらお前らも一緒に可愛がってやるから楽しみに待ってな!」
「この……獣め!」
前を隠しながらもシルシアはオンバに向けて怒りの罵声を浴びせる。
「いくぞ! ザバン様の弔いだ! アゲンゴリの戦いぶりを見せてやれ!」
そんなシルシアを嘲るように一瞥してオンバは腕を掲げて叫んだ。
「オオオウ!」
周囲の兵が呼応し、それは全軍に伝播していく。
進軍の銅鑼が打ち鳴らされ、全軍が動き始めた。
本陣にはクフュラと『ご学友』、それを見張る数人の兵だけが残された。
アゲンゴリはエドラキムによって滅ぼされた蛮族の一つだ。
蛮族と言っても実際は帝国に服属しない辺境の少数部族を蛮族と呼んでいるに過ぎない。
彼等にしてみれば帝国こそ野蛮な侵略者である。
ザバン達はそのアゲンゴリの残党であり、何時かはその復興を夢見ていた。
ザバンが斃されたとしても所詮多勢に無勢。
数で押せばどうとでもなる。
長剣を携えた軽装騎兵がダイゴを、その向こうのパラスマヤを目掛けて突進していく。
自慢の駿馬で先頭に躍り出たオンバの脳裏には、すでにザバンの弔いなどという言葉は消え去っていた。
今日から俺が指揮官! そしてやがてはアゲンゴリの王に……。
その目の前に棒立ちしている黒衣の男がみるみる迫る。
まずはアイツを……!
そう思った途端、黒衣の男が右手を開いて突き出した。
その手に複雑な文字や図形を伴った赤い魔法陣が浮かぶ。
何だ? 何の真似だ……?
「『獄炎』」
オンバは確かに男がそう言ったのを聞いた。
一瞬の後オンバの背後が赤く染まり、熱風が吹き付けてきた。
後ろを振り向くと、丁度弓兵がいる辺り一帯から炎の壁が次々と吹き上がり、弓兵達を飲み込み、焼き殺している。
「な……」
オンバは絶句した。
魔法であることは確かだが、こんな魔法は見た事が無い。
そして燃え盛る炎の壁はオンバ達の退路を断っている。
最早後退することは出来なかった。
「突撃! 突撃だぁ!」
オンバが動揺を抑えるかのように声を張り上げた。
その間に黒衣の男、ダイゴが間近に迫る。
「死ねぇ!」
オンバが馬上から長剣をダイゴ目掛けて振り下ろす。
キン!
「ながっ!?」
頭をかち割る筈の剣が弾かれ、勢い姿勢を崩したオンバが落馬した。
そのオンバに目もくれずに、ダイゴは両腕を突き出すと黄色く輝く魔法陣を展開した。
魔法陣に念を送り、範囲と対象を指定し魔法を発動させる。
次の瞬間、兵士の頭上に黄色く光り輝く巨大な魔法陣が現れた。
幾つもの輪が複雑に回転し、様々な文字が刻々と変化していく。
進軍していた兵士達が頭上を見て皆足を止めた。
「殲滅魔法『雷電爆撃』」
次の瞬間轟音と共に巨大魔法陣からの無数の落雷が閃光と共に辺りを包んだ。
電光は次々と兵士に降り注ぎなぎ倒していく。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!
雷鳴が轟き、まさに雷の爆弾が雨霰のように兵士達に降り注ぐ。
「ひっ、ひいいいいいいいい!」
オンバは悲鳴を上げ頭を抱え蹲った。
やがて雷鳴が止んだ。
土煙が晴れ、オンバは恐る恐る辺りを見た。
辺りは炭化した兵士の死体で覆われていた。
『雷電爆撃』の雷は普通の雷ではない魔法の雷だ。
当たれば只では済まない。
兵士の死体はすぐに崩れ去っていった。
「あれ? 取りこぼしがいたか……まぁいいや」
オンバの方を一瞥したダイゴは構わず本陣の方に歩いていく。
何時の間にか本陣の手前で燃え盛っていた炎の壁は綺麗に消えていた。
「あ……あ……」
恐怖で震えるオンバが脇のザバンの無残な死体を見た。
舌をだらんと出して白目を剥いたその有様。
闘技場で百人を抜いた部族の英雄。
それを子供扱いにした上この様な姿にし、更には余りにも不可解な魔法を駆使してアゲンゴリを一瞬で殲滅させた男。
「バケモノ……バケモノだ……」
それでもガラ空きに見えるダイゴの背中に震える剣を突き立てようとした時。
ドシュシュ!
オンバの身体から数本の剣が突き出た。
「あ……げ……?」
何が起こったのか分からないオンバが振り向くと、そこには鎧の兵士が数人オンバに剣を突き立てていた。
その顔面の庇が一斉に跳ね上がり、銀色に輝く髑髏の目が紅く光った。
そんな恐怖の光景を目の当たりにしてオンバの意識はプツリと途切れた。
突如として噴き上がった炎に後方にいた弓兵達が飲み込まれ、焼き尽くされた後、天に浮かんだ巨大な文様から放たれた無数の雷が自軍の兵を蹂躙していく様をクフュラと『ご学友』達は呆然と見ていた。
「な……何だ……何がどうした……」
クフュラ達を見張っていた兵士が呻いた。
いきなり目の前に現れたこの世の物とは思えぬ光景。
そして今、目の前の大地は一面黒く染まり、あちこちで煙を上げ、不快な臭いが漂っている。
「あ……あれは……」
兵士の視線の先には、ザバンを葬った黒衣の男がこちらに向かって歩いてくる。
更にはその周囲を鈍色の鎧に身を包んだ兵士達がオンバが刺さったままの剣を掲げながら近づいてきた。
それぞれの剣が引かれ、オンバの死体が四散するや兵士は剣を下げて歩を速めてくる。
「ひっ! ひいいい!」
オンバの無残な死に様に兵士たちが魂消るような悲鳴を上げると、クフュラ達に構わず逃げ出した。
「いやあぁああ!」
「しっ、死にたくないぃっ!」
『ご学友』達からも悲鳴があがる。
「みんな! 落ち着いて! 早く後方に逃げて!」
襲い来る恐怖とこみ上げる吐き気を押さえ、クフュラが上げた声に弾かれるようにご学友達は一斉に後方に駆け出す。
「助けてぇっ!」
「あうっ」
半狂乱の『ご学友』の一人に突き飛ばされクフュラは尻餅をついた。
「クフュラ様!」
それを見たシルシアが駆け戻ってクフュラを引き上げようとする。
「シルシア! 早く逃げなさい!」
「で、でも!」
「いいから早く!」
「クフュラ様……」
シルシアはクフュラがここに残るつもりである事を悟った。
「クフュラ様! ごめんなさい!」
その謝罪の言葉は恐らくクフュラを置いていく事だけではないのだろう。
クフュラは後方の森に走っていくシルシアを見送ると、震える手で腰の短剣を抜こうとして、止めた。
剣技などろくに出来ない私に何が出来よう……。
「あ……」
見れば剣を下げた奇怪な兵士達がジャギジャギという音を立てながらやって来る。
ああ、ここで終わってしまうのね……。
自分がここにいれば敵兵は『ご学友』達には目もくれないだろう。
数刻後には切り刻まれた死体と化しているか、あの兵士達に嬲られているのか。
どちらにせよクフュラ・エドラキムという人間はそこで終わるのだ。
だが悔いは無かった。
セイミア……御免ね……。
脳裡に浮かんだのは厳しかった母ではなく、たった一人の友人だった異母姉妹。
『絵よ。絵を描きなさい』
『絵? どうして?』
『絵は心を育てるわ。貴女には必要なの』
そうねセイミア……
絵は私にいろんな事を教えてくれた……
木々の楽しげな笑い……日の光の暖かさ……
でも……苦しいことも悲しい事も知ってしまった……
兵士たちが目前に迫り、クフュラは目を閉じ、決意したように見開いた。
「エドラキム帝国第八軍の将、クフュラ・ラ・デ・エドラキムです! 逃げ隠れは致しません!」
だが兵士たちはクフュラを素通りしていく。
そんな……どうして……
呆然とした表情を浮かべてへたり込んだクフュラの前に黒衣の男が立った。
先程ザバンを、そしてオンバを倒したボーガベルの将だ。
「あ……」
「あーエドラキムの将軍クフュラさん?」
男は戦場には似つかわしくない、穏やかだが何処か剽げた口ぶりで訊いてきた。
「え? あ……は……はい、クフュラ……エドラキムです……」
相手の男の軽い乗りの言葉についクフュラも素の返事をしてしまう。
「何だよ、親衛隊アンタ置いて逃げちゃったのか」
「い、いえ……私が逃げるように……」
「へぇ、部下思いなんだな」
周囲のゴーレム兵達はその『ご学友』を追いかけるように次々とクフュラを素通りしていく。
「あ、あのっ! 彼女達はどうかお見逃し下さい! か、代わりに……わ、わっ……」
中々言葉が出ず、クフュラはぐっと言葉を飲み込み、大きく息を吸って立ち上がった。
「私の、エドラキム帝国第八軍大将クフュラ・ラ・デ・エドラキムの命を差し上げます!」
「へぇ」
ダイゴが思わず感嘆の声を漏らした。
その顔は昨晩見た人形では無く、人の命を賭け、覚悟を決めた意思の表れだったからだ。
「アンタ、今凄くいい顔してるよ」
「えっ」
ハッとした顔に薄く朱が差した。
「まぁ彼女達は殺さないよ。ただ色々帝国に話されちゃ不味い物を見ちゃったからなぁ。一応捕虜にはなってもらう」
「あ……あの……」
「あぁ、勿論手荒な真似はしないよ。保証する」
「あ、ありがとうございます……ではお願いいたします」
そう言ってクフュラは静かに目を瞑った。
「へ? 何を?」
「私をお討ち下さい」
目の前の男はどうやらボーガベルの将軍のようだ。
態度や風体がおおよそ将軍には似つかわしくはないが、ザバンやオンバを斃す実力や、あの奇妙な兵士達を指揮している事から間違いないだろう。
……このような人に討たれるのであれば……
何故かは分からないがクフュラの心にそんな思いが湧きあがり、クフュラ自身が驚いていた。
「あのさぁ、何でアンタみたいに絵の巧い子をホイホイ殺さなきゃあかんのかね?」
「えっ!?」
驚いて目を開いたクフュラの前にダイゴの手に乗ったネズミがいた。
「あ……ネズミさん……無事で……え? でもどうして……」
「コイツは俺の使い魔でね。俺はコイツが見た物を見る事が出来るんだ」
「え!? ええっ!? ま、まさか……」
クフュラの顔が更に赤くなる。
「まぁ、その、なんだ……スマンね」
「あ、あう……あううううう……」
そのネズミ相手に散々言いたいことを言って、挙げ句に絵を見せてた自分を思いだし、クフュラは顔を真っ赤にして俯いた。
「で、あんだけいい絵を描けるアンタを殺すなんて勿体ない事を俺がする訳が無い」
「で、でも……私の命で貴方達ボーガベルの国王を始め沢山の人が死にました。私には死んでいった人々への責があります」
「あー、そういう辛気くさいの苦手なんだよね。アンタはお飾りであのザバンってのが殆ど仕切ってたんだろ? じゃぁそこまで思い詰めることないじゃん」
「で、でも……」
「じゃあ……えいっ」
「あう」
ダイゴはクフュラの頭に軽くチョップをいれる。
「あ、あの……」
「これで悪い侵略者クフュラ将軍は死にました。以上! 終了!」
「そ、そんな……ま、待ってください……」
「あのねぇ、アンタ戦争は嫌いなんでしょ?」
「は、はい……」
「人が死ぬのは嫌なんでしょ?」
「はい……」
クフュラの双眸から涙がポロポロと零れ落ちた。
「あれだけやって説得力無いかもしれないが、俺だって戦争は嫌いだし人が死ぬのも嫌なんだ。だからもう人は死んで欲しくない。分かるな?」
「わ、分かります……分かります……ううぅっ」
「とにかくアンタらをパラスマヤに連れていくが、大人しくしていてくれれば絶対手荒な真似はしないから」
「分かり……ました」
「あ、そうだ。身の回りの物とあの絵を持って来なよ。直に見せてくれよ」
「え? で、でも……分かりました。お待ちください」
涙を拭いたクフュラは少しモジモジとした後に後方の天幕に小走りに駆けて行った。
その間に『ご学友』だけを捕縛したゴーレム兵が続々と戻って来た。
散々逃げ回ったのか、あちこちが泥だらけの者、木に引っ掛けたのか軍装が破れている者、恐怖のあまり失禁した者など、皆恐怖と疲労でうつろな表情でゴーレム兵に連行されている。
「……」
天幕から出て来たクフュラが連行される『ご学友』達を呆然と見ていた。
『ご学友』達はそんなクフュラを見るでもなくパラスマヤの方に歩いて行った。
ただ一人、シルシアが無言でクフュラを見つめ、そのまま連れていかれた。
「心配かい?」
「いえ……貴方の言葉を信じてますから」
「おいおい、俺は敵軍の……一応将だぞ? 簡単に信じちゃったら不味いだろ?」
「そうですね……でも私は信じます。どうぞ」
クフュラは持ってきた羊皮紙の束をダイゴに差し出した。
「どれどれ……やっぱ上手いなぁ……デッサンがしっかりしてるって言うのかな?」
「でっさん? 初めて聞く言葉です。貴方は何処の方なのです?」
「うーん、ちょっと説明するのは難しいかな。さて、じゃあパラスマヤに行こうか。クフュラさん」
「はい。あの……どうぞクフュラと呼び捨ててください。私は貴方の捕虜なのですから」
「あそう、じゃクフュラ、行こうか」
「は、はい……」
ダイゴの後をついてきたクフュラは目の前の焼け焦げた大地を見て足を止めた。
「……どうした?」
「沢山の……兵が死んだんですよね……私の所為で……」
「そうだなぁ……でもクフュラの所為じゃあないよ。それはさっき言ったろ?」
「それでも……こんな事をしても何にもなりませんが、せめて死んでいった者達に祈らせてください」
「ああ、構わんよ」
ダイゴはヒラヒラと手を振った。
クフュラは両手を胸の上に当て目を閉じる。
暫くして目を開くと、
「ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
パラスマヤ防衛戦は終わった。
夕暮れの平原に無数の煙が立ち上る。
王国兵とゴーレム兵達は残った兵士の死体を集め荼毘に付したり輜重隊から集めた食料を運び込んだりしている。
その後に続いてダイゴとクフュラが城門に入る。
ダイゴを見た兵士達は一様に恐怖のまなざしを向けた。
まぁそうだろうな……あれだけ派手な魔法を使ったんだ……
「お帰りなさいませ、ご主人様」
そう思っていたダイゴをワン子が出迎えてくれた。
脇ではグルフェスがやはり恐怖のこもった目でダイゴを見つめている。
「『敵将』ザバンは倒したし、軍も壊滅させた。捕虜にした『軍監』のクフュラ姫とそのお付きは俺の管理下という事で良いな?」
ダイゴの言葉にクフュラがハッとして見た。
「は、はい、捕虜は捕らえた者の褒美なのが戦の作法、如何様にも」
グルフェスはクフュラを一瞥してそう答えた。
「じゃ迎賓館に連れてってくれ。一応ゴーレム兵を見張りにつけるが、くれぐれも丁重にな」
「承知しました」
クフュラと『ご学友』の面々は衛兵に連れられて行った。
「エルメリア達は?」
「こちらへ」
グルフェスに案内された一室には、王家の旗を被せられた三人の遺体が安置されていた。
既に槍は抜かれている。
メアリアとシェアリアは泣いていたがエルメリアは思いつめた顔をして耐えているようだ。
「ダイゴ様」
ダイゴの姿を見たエルメリアが駆け寄る。
「ありがとうございました。父達の無念も名誉も少しは晴れたと思います」
「そうだな」
ダイゴは三人の遺体に向かって手を合わせた。
見ればワン子とエルメリアも同じように手を合わせていた。
何もそこまで合わせる事は無いんだがな……
ダイゴにとっては会った事も話をしたことも無い人達だったがエルメリア達の親だ。
ザバンの仕打ちに腹を立てたのも事実であり、冥福を祈りたい気持ちも本当だった。
その夜もエルメリアはダイゴの部屋に来た。
「良いのか? 国王達を生き返らせる事も出来るんだぞ」
ダイゴは胸元のエルメリアに聞いた。
『復活』は有る程度の姿形さえ残っていれば完全復活させることが可能だ。
だが、エルメリアは前日にその申し出を断っていた。
「良いのです、父王たちはそれを望まぬ覚悟で私達の処遇をグルフェスに託したのですから」
疲れきった気怠い表情でエルメリアは答える。
今国王達を生き返らせた所でダイゴやエルメリアにメリットは余り無い。
エルメリアと交わしたボーガベルを渡すという約束を妨げる障害にしか成り得なかった。
「やはり私は悪い女ですね、父親の死ですら平然と切り捨てる事が出来るんですから」
そう言って顔を胸にうずめた。
「でも……少しだけこうさせて下さい」
やがて、身体を震わせて嗚咽を漏らし始めた。
ワン子は背中を向けていたが、ダイゴの方に向き直ると空いている腕をぎゅっと掴んだ。





