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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第九章 アロバ勇者譚編

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第百十七話 激突

 カァァァァァァン!


 カカァァァァァァァン!


 キキィン!


 キカァァァァァン!


 大寺院の広大な建物の中、剣を掲げた剣士達の見守る中で二本のエネゲイルが交差する音が響く。


 セソワは次々と連撃を繰り出し、コルナはこれを受けている。


「お姉様! 避けるだけでは! 勝負に! なりませんわ!」


 コルナはまだ斬撃を繰り出していない。ひたすらセソワの剣を受けているだけだ。


「これだけの剣戟を……いつの間に」


 セソワの繰り出す重く、迅く、正確な剣戟はとても昨日今日習得できるものではない。

 だがコルナはセソワが剣の稽古をしている所など見た事が無かった。


「大陸の! 各所から! 高名な剣士を! 招きまして! 夜毎! お姉様がお休みになられてから! 稽古しておりましたわ!」


「そんな……」


「そうでもしなければ! お姉様に知れたら! 止めさせられるでしょう! ですが! 私は! 是が非でも! 鍛錬しなければ! ならなかったのです!」


 言葉の合間にもセソワの剣戟は休みなく繰り出される。


「勇者に! 勇者になる為! 勇者を! お姉様を! 越えるために!」


「セソワ……」


 それほどまでに……。


 纏っているのは勇者の闇。

 だが、コルナが自身に見た滑稽な人形ではなく、凛としたセソワの姿がそこにあった。


 セソワは……本当はボクなんかよりずっと勇者に近かったんだね……。


 今こそコルナはセソワの胸中を痛い程に理解した。


 だから……だからこそ……!


 全身全霊で応えなければならない。

 それが今は己が主となったダイゴに教えられ、また与えられた事なのだから。


「セソワ!」


「!」


 瞬時に飛び込んできたコルナから振り下ろされたエネゲイルが唸る。


 ギンッ!


 辛うじて受けるとコルナは後ろ足を軸に猛烈な速さで下段への回転斬りを見舞う。


「くっ!」


 セソワはエネゲイルを切り返してそれを弾くがコルナはその反動を利用して今度は上段への回転斬りを放つ。


 こ、この剣術は一体……。


 コルナの剣は剣士との稽古で鍛え上げた剣なのはセソワも重々承知している。

 その為に名だたる師範達を集め師事してきた。

 その点ではセソワはコルナに剣技では劣らぬと絶対の自信があった。


 だが、ある時を境にコルナの剣は変わった。

 それまでは他の剣士と同じく剣に膂力を乗せて断ち割るような剣技が、コルナの身体に合った速さと速度を活かした物に変わっていた。


『ああ、確かドルスって言ってたっけ、変わった人だったよ』


 何気ない会話でそれが旅の異郷人の教えと分かった時には既にその男はアロバを後にしていた。


 だが、今のコルナの剣はその剣技に更に幾つかの技が入っている。

 それがボーガベルでのメアリアやセネリとの幾度に渡る鍛錬の末に身についた物とはセソワは知る由も無い。


 流石はお姉様ですわ……それにしても……。


 一番の疑問はコルナの息が全く乱れていないことだった。

 セソワも切れ間無い連撃のための呼吸法は会得しているが、コルナはそれ以前の問題で、会話をしても全く息が乱れていない。


 最早呼吸法がどうとかという問題では無い。

 コルナはどんなに激しく動こうが呼吸が一定なのだ。


「!」


 そう思う間に眉間目掛けて突きが迫りそれを弾く。

 コルナの全体重を乗せた突きは重く、弾いた手がビリビリと痺れる。

 それはセソワ自身が疲弊しはじめている表れだった。


 ならば……!


 姉であるコルナに初めて薄ら寒い物を感じたセソワは勝負に出る。


 お姉様はこれは会得しなかった! 断言出来る!


 高速言語呪文を唱え、魔素をエネゲイルの魔石に送る。

 魔石が淡く光り出した。


「それは……!」


 コルナの驚いた表情にセソワは会心の笑みを浮かべた。


雷迅斬アルディスニオン!」


 そう叫ぶやセソワのエネゲイルが剣身を雷光で煌かせながらコルナに飛ぶ。

 これを剣で受けても雷撃からは逃れられない。


 森人族の魔法剣士を招いて会得したセソワの奥の手だった。


 それをコルナがエネゲイルで受けた途端に凄まじい火花が散る。


 キィイイイン


 その雷撃でコルナのエネゲイルの剣身が折れて飛んだ。


「……」


 コルナが折れたエネゲイルを見つめる。


「やはり偽のエネゲイルでは本物には敵わなかったようですわね」


 だが、優位になった筈のセソワは再び得体の知れない違和感に襲われた。


 !? 剣身だけ? お姉様は無傷? どうして……?


 あれだけの帯雷した剣戟を受ければコルナ自身も無傷では済まないはずだ。

 だが、纏っている戦闘礼装や勇者の鎧は損傷しているものの、コルナ自身は傷一つ負っていない。


 魔人……。


 セソワの脳裏に魔王の配下となった人間が超常の力を持った魔人となるという講談師の一節が浮かび、背筋に冷たいものが走る。


「セソワ……このエネゲイルが偽物なのは分かっていたよ。前にも砕けたからね」


「……では何故敢えて偽物と知りながら携えているのです?」


「魔石にね、想いが込められていたんだ。 無事でいて下さいって……」


 セソワを見るコルナの目が和らいだ。

 それはいつもの、セソワが敬愛して止まぬ姉のまなざし。


「まさか……私の……?」


 セソワに覚えがあった。

 出来上がった模造のエネゲイルを手にした時に思わず姉の無事を護り石である魔石に願った。

 セソワ自身も姉を絶対の死地へ送る企みに加担しながらの矛盾と思ったが、姉を思う気持ちもまた偽らざるセソワの気持ちだった。


「だからこの魔石は砕けなかったんだと思う。それでご主人様に直してもらったんだ」


「デ……デタラメですわ! 私はそんな事!」


「ううん、この想いは確かにセソワの物だよ。これは……セソワに貰った勇気だ……」


「ざ……戯れ言は聞きたくありませんわ!」


 再びセソワが高速言語呪文を唱えた。

 先程よりも激しい魔素の集約でエネゲイルの魔石が輝きを増す。


「ご主人様に戴いた能力、師匠の教え、そしてセソワがくれた勇気……それが今のボクのこの力だよ! 『撃魂霊刀イレイザーブレード』!」


 コルナが横に翳した柄だけのエネゲイル。

 その魔石が膨大な魔素を吸収し圧縮していく。

 それは剣気と共に折れた剣身から高圧縮された魔素が噴き出すとガストーチのように収束し、やがて光る剣身と化した。


 眩く光るそれにセソワもパナポス国王も、カティヌ隊長達も魂を奪われたかのように魅入った。


 魔法? いえ……呪文を詠唱していない……。


 コルナが横振り抜きに構え、光る剣身が揺らめく。


「はっ!」


 とっさに我に返ったセソワも雷を帯びたエネゲイルを撫で斬りに振る。



雷迅斬アルディスニオン!」


森羅烈風ヴォルテクォロン!」


 共に放ったのは奇しくも森人族の剣技。


 セネリから教わった後の先を取るカウンター技がエネゲイルを捕らえた。


 バシュワアアアアアッ!


 凄まじい音と火花が散る。


 エネゲイルの剣身が纏った雷が一瞬だけコルナの光刃を受け止める。


「!」


 だが、その中でセソワは聖剣エネゲイルの剣身がまるで飴細工のように融けて行くのを見た。


 バチュウウウウウウン!


 弾けるような炸裂音と共に溶断されたエネゲイルの剣身が飛び、赤く溶融した鉄塊となって床に落ちた。


「……そ……そんな……聖剣が……エネゲイルが……」


 セソワも柄だけになったエネゲイルを信じられないといった表情で見た。


 そのセソワの目前にコルナの光刃が突きつけられる。


「……セソワ……まだやるかい? もう聖剣は折れちゃったけど」


 コルナが発したのは以前ダイゴに言われた言葉。


 セソワは理解した。

 コルナは最初からこの一撃、聖剣エネゲイルだけを狙っていたのだ。


 セソワが纏う神託の勇者の闇。

 それは聖剣エネゲイルがもたらしていた呪縛。

 それが断ち切られ、闇がセソワから抜け落ちていく。


「お姉様……私の……負けです……さぁ、どうぞとどめを……」


 セソワは腕を下ろし目を瞑った。


「……」


 コルナは無言のまま。


「お姉様……この期に及んでの情けは却って私には辛い事だとご承知ください。私は正々堂々と戦って敗れたのです。悔いも未練もありません……さぁ!」


「ま、待ってくれ!」


「へぶぅっ!」


 泣き顔で剣を掲げていたボンギを突き飛ばしてパナポス国王が二人の間に入った。


「「父上……」」


 姉妹の声が重なる。


「も、もう止めてくれ! 儂の……儂の娘が目の前で殺し合う! も、もう沢山だ! コルナ! セソワ! 儂が間違っていた! 儂が悪かった! 許してくれ! うああああああああ!」


 号泣して二人の足下に這いつくばった国王を姉妹は困惑の表情で見下ろしている。


「その自分の娘の片っぽを殺そうとしておいて随分虫の良い言い草だな、アンタ」


 そう声を掛けたのは、いつの間にか大寺院の裏手に続く扉の前に立っている

 ダイゴだった。




 少し前。


 大寺院裏手の人気の無い通路をクンゾォ大司教は小走りに進んでいた。

 皆の視線がコルナとセソワの対決に釘付けになった隙にこの通路に逃げ出してきたのだった。


 不味いことになった! ギシャムの奴めしくじりおって……!


 コルナが生きていたことはどうでも良かったが、ギシャムに自身がヒディガの首領で有ることを暴露されたのは致命的だった。


 かくなる上はガーグナタへ戻り、大王様へ申し上げねば……。


 既にクンゾォの頭の中は脱出の算段と大王へどう釈明するかで一杯だった。


 と、通路の先に何者かの影を認めてクンゾォ大司教は足を止めた。


「何者か!?」


 法衣に忍ばせた短剣に手をかけながら叫ぶ。


「だーかーらー魔王ですが、何か」


 それはクンゾォやパナポスに魔王、そしてボーガベル帝国皇帝と名乗った男だった。


「貴様! いつの間に!?」


「んな事は別にどうでもいいだろ? ヒディガの首領さんよ」


 ダイゴが物差しを抜く。


「アンタがこの一件の黒幕だって事は良く分かった。だから落とし前を付けてもらおうか」


 物差しを下げたまま、ダイゴがヒタヒタと近づいてきた。


「ま、待て! 儂を殺せば各国にいる五千のヒディガが貴様を、いや貴様の一族郎党を根絶やしにするまで付け狙うぞ? それでもいいのか?」


「あ? やってみろよ。殺せればの話だけどな。まぁそれ以前に俺がヒディガを根絶やしにするけど」


「な、なぜだ!?何故そこまでヒディガを目の敵にするのだ?」


「あぁ? 俺にちょっかい掛けて来たろうが。それを潰すのに一々理由付けが必要なんか?」


「ま、待て! 我々ヒディガはガーグナタ王国の庇護を受けてるのだぞ? 我々に手を出すことはガーグナタに手を出すことになるのだぞ? それでもいいのか?」


「はぁ……、今度は俺のバックにゃ偉いのがいるんだぞ……かよ。ホント変わらねぇんだな。まぁいいや、そのガーグナタ王国がしゃしゃり出てくるならそいつも潰すだけだ」


「ば、馬鹿も休み休み言え! 西大陸最大の百万国家に東大陸の田舎国家が太刀打ち出来る訳無かろう!」


「うん、まぁ出来るんだが別にお前に事細かに説明するほど俺も根気が良い方じゃないんでな」


「な、何だと……」


 次の瞬間ダイゴがクンゾォの視界から消えた。


「な!?」


「おい」


 真後ろから声がして慌てて短剣を構えながら振り向いたクンゾォの額にベタンと紫の魔石が貼り付けられた。


「あ⁉ あばやああぁぽおおおおおおおおおん!」


 魔石が光ると同時にクンゾォの顔がだらしなく歪み、全身を痙攣させながら奇矯な声をあげる。


「ぱおっ! ぱおおっ! ぱおおおおおおおおおおおおん!」


 白目を剥いてクンゾォ大司教は大の字に倒れた。


 そのまま額に張り付いた魔石を取ると、それに魔力を込める。

 魔石が輝きだし、水色の粘液が作られていく。

 それが徐々に人の形になると裸のクンゾォ大司教になった。


「よし、じゃぁそいつの服を着て後はよろしくやってくれ」


「畏まりましたマスター」


 そう言うや、即座に失神しているクンゾォから法衣を剥ぎ取っていく。


 やがて法衣を着たクンゾォと裸のクンゾォが入れ替わった。


「では、失礼します」


 本物のクンゾォが決して見せそうもない恭しさで礼をして複製のクンゾォ大司教は再び小走りに去っていった。


「さてと……」


 人差し指を本物のクンゾォの額に当てる。


「お一人様ごあんなーい」


 ダイゴとクンゾォの姿はそのまま掻き消すように消えた。




 そして今、ダイゴはクンゾォがこっそりと出ていった扉から現れた。


「そ……それは……仕方……仕方なかったのだ……セソワを勇者にして差し出さねば……アロバは……」


「差し出す? お父様……それはどういう事ですの!?」


「ガーグナタのデレワイマス大王がクンゾォ大司教を通して、勇者としてセソワを参内させよと……」


「参内? まさか……後宮に?」


 セソワ自身も知らされていなかった話だったのか、声が震えている。


「大王が……見目麗しいと評判のセソワを……勇者に……その上で……た……ううっ……種付けの栄誉に預からせてやろうと……うううううっ!」


 そこでパナポス国王は更に泣き崩れた。

 周囲の剣士達も騒然としている。


 デレワイマス大王の後宮は入ったが最後二度と出てこれない魔窟との噂はガーグナタの剣士達にも知れ渡っていた。


「父上っ!」


 蒼白な顔のセソワの横でコルナが叫んだ。


「仕方ないのだ! 古来よりアロバはガーグナタの意向には逆らえんのだ!」


「神託ってのも皆ガーグナタの命令だったんだろ?」


 ダイゴの言葉に国王は力無く頷いた。


「そんな……そのための……そのためだけの勇者……そんな……」


 がくりと膝を突いたセソワがうわごとの様に呟く。


「そんな事の為に……毎日……毎晩……お姉様を殺そうとしてまで……うっ、ううううっ……うああああああああああああっ!」


 国王とセソワの号泣が大寺院に響く。


 カティヌ隊長も護衛剣士隊も、その他の剣士達も泣いていた。


 そしてコルナも……。


「……勇者って……」


 項垂れて号泣するセソワを見ながら涙をこぼした。




 こうしてアロバ王国の勇者を巡る騒動は終結した。


 翌日、落ち着きを取り戻したパナポス国王とダイゴの間で正式な講和会談が執り行われ、ボーガベルは皇帝暗殺未遂の賠償として第一王女コルナを奴隷姫として迎えることで合意した。

 これによりコルナの王籍は除かれ、セソワが正式に第一王女となった。


 だが後味の悪さしか残らない結末に、晴れた顔を浮かべる者はいない。


 どの道コルナは自分の肉親に命を狙われた以上、アロバに留まることは出来ない身だ。

 それが分かっていたからこそ、コルナは迷うことなくダイゴの眷属になる道を選んだ。


 そして残されたパナポス国王や第一王女セソワ、そしてアロバ王国には茨の道しか残されていない。


「そこで提案だ」


 ひとり、にこやかにダイゴが言った。



 更にその翌日。


 白鳥城の城門前の馬場にアジュナ・ボーガベルの白く美しい巨体があった。


 タラップの前にはダイゴとその眷属達。

 そしてコルナとセソワの姉妹とパナポス国王。

 周りには新たにセソワ付き護衛剣士隊になったカティヌ達がいた。


「じゃあ、ガーグナタには行かないんだね」


「はい。神託が偽物と分かった以上、私は勇者ではありませんので……」


「ううん、セソワは立派なアロバの勇者だよ」


「お姉様……」


「でも、ガーグナタに行く必要なんて無い。それもまた勇気なんだ」


「はいっ」


 その言葉にセソワは目を輝かせた。


「カティヌ隊長、セソワをよろしく頼んだよ」


「お任せください。コルナ様」


「ヴヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ! ゴルナざまぁっ! だまにばおがえりになられでぐださいねぇぇぇぇ!」


「ポ、ポンギ、勿論だよ。だから鼻水拭こ?」


「じゃぁ行くか。国王陛下、後は取り決め通りに」


「皇帝陛下のご厚情、感謝いたします」


 大寺院の時とはうって変わった慇懃さでパナポスがダイゴに頭を下げた。


「そ……それじゃあ、父上。お元気で」


 少し決まりが悪そうにコルナが言った。


「コルナ……本当にすまなかった。だが、くれぐれも皇帝陛下にご迷惑を掛けぬように……朝は早く起きて、食事はキチンと行儀よく……」


「あはは。やっぱりその方が父上らしいや」


「む、し……しかしだな……」


「父上、ボクは父上やセソワの事を少しも恨んでいません。ボクにとっては今でも父上は父上で、セソワはセソワ……大好きです。今までありがとうございました」


 コルナは胸に手のひらを当て、アロバ流のお辞儀を優美に披露する。

 王女に、勇者に相応しいその仕草にパナポスは涙を堪えて頷いた。


「みんな! またね!」


 コルナが手を振ってタラップを駆け上がり、やがてアジュナ・ボーガベルが静かに浮上し、西のオラシャントの方角へ進路を取り、飛び去って行った。







 旧エドラキムの港町ゴルンダ。


 エドラキム帝国時代には皇帝バロテルヤが貿易に左程積極的では無かった為に閑散としていたこの港町も、今では桟橋が拡張整備され、多数の船が行き交う一大貿易港として賑わいを見せていた。


 西大陸行きの貨客船の前に慌ただしく荷積みを行っている一団がいた。

 十台近くの大型の馬車や荷馬車には何れも『摩訶不思議奇術団アチムレシノ・ベグトーヤ』ののぼり旗がはためいている。

 彼らはパラスマヤの豊穣祭での興行を終えて故郷へ戻るところだった。


 荷積みを行っている団員達の傍らに黒い外套姿の女が荷物に腰を掛けて何やら呟いていた。


「ええ、姉上。成果は予想以上でしたわ。獣人の秘儀をこの目で見ることが……ええ……やはり音階言語による魔素励起でした……はい……ボーガベルではそれを応用した高速言語が使われているようで……ええ……おかげで南大陸には回らずに帰れそうです……はい……」


 女は何者かとまるで電話で会話しているようにも見えた。


「例の魔石……魔導回路と言うらしいですが……一つ手に入れましたわ……ええ……はい……呪紋はやはり分かりません……ええ……いくつかは書き写したので……はい……はい……あとは戻ってから……はい……では」


「ふう、どうも口に出ちゃうわね」


 女が外套を脱いだ。


 現れたのは白髪であるがまだ十代の少女。

 聡明な高い知性を感じさせる顔立ちだが妖しい雰囲気を漂わせる。

 線と点を模した文様に彩られた服がそれを際立たせていた。


「わざわざ東大陸くんだりまで来てみた甲斐があったわ。ここまで魔法が進んでいるとはね」


 そう言って取り出した光魔導回路をしげしげと眺める。


「でもまだまだ一般的でないようね。そこがシストムーラと違うところか」


「姫、そろそろお乗りください」


 船の上から声が掛かる。


「分かったわ」


 そう返事をして女は舷梯を上がって行った。

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