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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第九章 アロバ勇者譚編

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第百十五話 魔王対勇者

 エルメリア女王と民衆が熱狂の踊りを繰り広げている頃。


 パラスマヤ城を後に大森林の隠し街道を馬車がひた走っていた。

 御者もおらず殆ど揺れもしない特別な馬車。

 乗っているのはコルナとクフュラの二人のみ。


「……止めないんだね」


 沈黙を破ってコルナが呟いた。


「コルナ様のご決意は私の言葉で揺らぐような物では無いと思います」


 クフュラは変わらず凛然とした表情のまま。


「ねぇ……クフュラさんに取ってダイゴってどんな人なの?」


「お兄様……いえ、ご主人様は、私に生きる意味を与えてくれたお方です」


「ご主人様……生きる意味……」


「先程のエモルノ公が私を人形姫と言ってました。エドラキム帝国の皇女だった時の私はその通りの人形だったのです。母親の言われるがままに振る舞うただの人形……」


「……」


「ボーガベルに侵攻した私の軍はご主人様に敗北し、私は奴隷姫となりました。そして私はご主人様に尋ねたのです。何故敗軍の将たる私を処刑しないのかと」


「……」


「ご主人様は『あんないい絵を描けるのに処刑なんてする訳ない』と仰いました。戦いの前に私はご主人様の使い魔と知らずに入り込んだネズミに私が描いた絵を見せたのです」


「絵を……」


「その時まで私は闇の中にいました。母親の人形として帝国の将軍を演じるという闇に。私の唯一の友人が勧めた絵はそんな闇に埋もれた私に残された人としての最後の証でした。ご主人様はそれを掬い上げてくれたのです」


「闇に……掬い上げた……」


「ええ、ご主人様によって私は人として、人らしく生きる事の意味を知りました」


「生きる事の意味……人として……」


 コルナには全く違う人生を歩いてきた筈のクフュラの独白が何処か自分の事の様に感じられた。


 闇って……まさか……。


「見えてきました、あれがアジュナ・ボーガベルです」


 そう言われて窓の外を見ると、森の先に光に彩られた白い物体が浮かんでいる。

 それが一体何なのか、コルナには見当もつかなかった。


 その前に馬車が停まると静かにタラップが降りた。


「灯りの点る道を行けばその先にご主人様はいます」


「ありがとうクフュラさん、それから……ごめんね」


「コルナ様がお謝りになられる事などありませんよ」


 クフュラが向けた暖かな視線と笑顔はコルナには友人に向けたもののように感じられた。


「……じゃあね」


 その思いを振り切ってコルナはタラップを登っていく。



 明りの行きついた先、展望デッキの入り口にはワン子が立っていた。

 コルナは身を固くする。

 ワン子の戦闘力は十二分に知っている。

 闘って勝てるかどうか。


「コルナ様、お待ちしておりました」


 旅の間は見なかった侍女服姿のワン子が深々と頭を下げた。

 警戒も敵意も無く、コルナの知っているいつものワン子だ。


「ダイゴはこの中?」


「はい、どうぞお入りください」


 旅の道中と同じように少し笑みを浮かべて扉を開けたワン子にコルナはホッとしたと同時に心がチクリと痛んだ。


 展望デッキに入ると中央の大きな長椅子にダイゴは座って外を眺めていた。

 窓の外、森の彼方にパラスマヤの街が浮かぶ。

 夜になって色とりどりの灯りに照らされた祭りの賑わいは衰えることを知らないかのようだ。


「……ダイゴ……」


「ん? おう、どうしたコルナ?」


 そう言ったダイゴは何時もの服、何時もの顔。

 やはり何時もと変わらぬダイゴがそこにいた。

 それを見てコルナは泣きそうになる。


 泣くな……ボク……。


 何度も助けられた。

 そしてオドイ村を出てギシャムに斬られそうになったときに救った腕。


 あの腕の力強さと優しさ。

 コルナはその時に自分の気持ちに気が付いていた。

 しかし、もう一つ心に芽生えた疑念の芽も拭い去れず、今その芽は棘のある蔦となってコルナの心と体を縛っている。


『ねぇ、ダイゴってやっぱり魔王って言われてるんだって? ボクびっくりしちゃったよ』


 そんな風に言えばダイゴはきっと


『だろ? 迷惑な話だよ。コルナはどう思ったよ』


 そう言うだろう。


 そう言いたかった。

 そう言って欲しかった。


 だが出来ない。

 勇者の使命がそれを許さなかった。


 唇をキュッと噛み、


 ボクは勇者だ……!


 魔王を討つ使命を帯びた勇者なんだ……!


 心の中で叫ぶ。


「ダイゴが……魔王だったんだね?」


「うん?」


「だって、ダイゴは本当はボーガベルの皇帝なんでしょ?」


「……ああ、そうだよ」


 悪びれるでもなく、困惑するでもなく、いつもの口調。


「何で黙っていたの? ボクを騙していたの?」


「……俺がボーガベルの皇帝って事を黙っていたのは謝る。だが……」


「やっぱり……騙してたんじゃないか……」


「……」


「どうして……どうしてそんな事したのさ……ボクを……弄んでたの?」


「それは違う」


「じゃあどうしてさ……」


「誓って言うが俺は魔王なんてもんじゃ無いし、東大陸は魔王に征服された土地なんかじゃない。それをコルナに実際に見て知ってもらいたかったんだ」


「でもダイゴは……ボーガベルは……凄い魔法や不死身の兵士でバッフェ王国やエドラキム帝国を滅ぼしたんでしょ、あっという間に……」


 脳裏にあのエモルノという男の怒りに満ちた呪詛が蘇り、それが更にコルナを縛っていく。


「……ああ、それは事実だ」


「それが魔王の仕業じゃなくて何だっていうのさ」


「それは……」


 神の代行者だから……。


 だがそれを幾ら説明したところで心にバイアスの掛かった今のコルナには全て魔王の仕業で帰結してしまうだろう。


 結局、こうなっちまうのか……。


 それはダイゴ自身とっくに分かり切っていた事だった。


 タランバの時から進歩してねぇな……。


 あの時もワン子を散々泣かせ、身も心もボロボロにしてしまった。

 今も心が切り刻まれているコルナが悲痛な顔で剣を向けていた。


「もういい……もういいよ……魔王ダイゴをボクは倒す。それが……勇者コルナの使命だ」


 一瞬震えた剣先がピタリと定まった。


「そうか……」


 長椅子から立ち上がったダイゴの表情も何かを決した物に変わった。


「ダイゴ……剣を構えてよ。幾ら魔王でも無腰の相手を討ちたくはないよ」


「随分と余裕なんだな。いきなり斬りつけても良かったんだぞ」


「……エネゲイルには魔の力を退け、魔を討つ力があるのは言ったよね。ダイゴが魔法を使ってもボクには通じないよ」


「そういやそういう話だったな」


 ダイゴが脇の卓に置いてあった物差しを手に持つとスタスタとコルナに近寄っていく。


「!」


「さぁやってみな。思いっきりズブッと」


「ば……馬鹿にして!」


 だがコルナには踏み込み事が出来ない。

 ただ剣を下げただけのダイゴの構えだが、隙が殆どないこともある。

 コルナの脳裏に今までの出来事が逆回転のように流れ、それがコルナを押しとどめようとしていた。


 明けの彼方二世……オドイ村……クァナ峠……ベルビハス……クリシバル……。


 そしてブルゴシンの街で途方に暮れていた時に、


『どうしたい、剣士さん。黄昏ちゃって』


 見上げた先にあった笑顔。


「ダイゴ……ダイゴ……ダイゴォォ!」


 激情が迸るような雄叫びと共にコルナの放った突きがダイゴの胸に吸い込まれていく。


「あうっ!」


 カキィンという乾いた音と共に渾身の一撃が弾かれ、コルナは床に倒れた。


「そ、そんな……聖剣が……どうして……」


「それは聖剣なんかじゃない。只のナマクラ剣だよ。結界を打ち破る力なんか無い」


 初めて会った時にダイゴは『走査』と『鑑定』でこの剣の正体を見抜いていた。

 成程この世界で銘剣と呼ばれる物と同じく魔石も嵌め込んであるが、剣自体は普通の兵士が持つようなごくありきたりな物でしかなかった。


「……ウソ……嘘だ……だって……父上が……」


 コルナは半身を起こしたまま愕然とエネゲイルを見る。


「お前に言わなかったのは真実があまりにも辛い事だからだ。だから順を追って説明しようと思ってたんだ」


「真実……? 何さ……真実って……」


「お前を抹殺しようとした張本人は国王だよ」


 その言葉にコルナの表情が凍った。


「……な、何言ってるの? 分からないよ……ダイゴ……まだボクを騙そうとしてるの? 酷いよ……」


「嘘じゃない。お前は国王と妹、それに大司教に図られて勇者に仕立てられた挙句にヒディガに襲われて死ぬ予定だったんだ」


「な……何でさ……何でそんな……」


「国王はお前より妹に跡目を継がせたかった。だが王になれるのは長子だけ。そこに都合良く東の地に魔王が現れたって講談師の話が舞い込んできた。お前が死ねば妹が新たな勇者になる。その後は国民には適当に魔王を倒したと説明するつもりだろう」


「う……嘘だ……嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああああああ!」


 項垂れたコルナが叫び声がこだまする。


「お前が海で死んだと思った国王は早速妹を第一王女に格上げして新たな勇者にするつもりだ。アロバに潜伏しているニャン子から報せが届いた」


「だ、だって……ボクが魔王を討ってくれば……」


「それは不可能だ。元々魔王なんかいないしな。大体考えてもみろ、一つの大陸を征服する様な魔王にいくら勇者でも一人で討伐なんて正気の沙汰じゃない」


「で、でもそれは聖剣……」


「そのナマクラが何の役に立つって? あれも真っ赤な嘘だ。本物は今でも城にあるだろうが、それですら魔王を倒す事なんか出来ない。ギシャムが洗いざらい白状したよ」


「ギシャ……ブニオンが……」


「ああ、お前が船酔いで寝てる間に捕まえた。後は分かるだろ?」


 コルナの脳裏にダイゴが『自白カツドン』を使った者達の姿が浮かんだ。


「う……うう……ううううううっ!」


 俯いたままのコルナの慟哭が展望デッキに響く。


「………………お願い……」


 ユラユラとコルナが立ち上がる。


「ん?」


「お願いだよ……ダイゴ……ボクに……ボクに討たれてよ……」


 俯いたまま呟くコルナの表情はダイゴには伺い知れない。


「お前……まだ……」


「ボクは勇者なんだ……魔王を倒す使命を帯びた勇者コルナなんだ……でなければ……ボクは……ボクは一体……何の為に……だから……お願い……」


「いい加減分からないのか? 魔王なんてこの世にはいないんだ。お前は騙されて自分自身を討とうとしているんだぞ!」


「騙したって言うならダイゴだってボクを騙したじゃ無いかぁっ!」


「それは謝る、だけど本当のことを初めに言ってお前は信じたか?」


「……」


 クリシバルの街で言われたら信じなかっただろう。

 今ならば信じられる。

 だがコルナは信じる訳にはいかない。


 そこでコルナは自分の姿に、今の自分に気が付いた。

 神託の勇者という名の黒い呪縛の闇に縛られ操られている滑稽な人形。


 それがアロバの勇者コルナ。


『ご主人様によって私は人として、人らしく生きる事の意味を知りました』


 クフュラの言葉が脳裏に浮かび、


『魔王に奪われた帝国復興こそ我らの悲願!』


 あのエモルノというやはり闇に囚われた男の姿が浮かぶ。


 ボクは……ボクは……ボクはぁぁ……!


 コルナの心が悲鳴を上げている。

 だがその悲鳴を餌にするが如く闇は更にコルナを縛っていく。


「ボクは! 勇者なんだ! 魔王を倒して人々を救う勇者なんだ! 魔王ダイゴ! 覚悟!」


 目を真っ赤にしたコルナが聖剣エネゲイルを構え、絞り出すように叫んだ。

 最早問答無用と言うことらしい。


「……」


 ダイゴは何も言わずに物差しを真横に構える。


 エネゲイル! ボクに力を貸して……!


「ウォオオオオオオ!」


 雄叫びをあげコルナが突進し、エネゲイルを振り込む。


「遅い」


 物差しが翻りエネゲイルを弾き飛ばす。


「くうっ!」


 くるりと回ったコルナが横薙ぎの一閃を放つ。


「それも遅い」



 ダイゴが叩く様に振るった物差しがエネゲイルを弾く。


「くっそおおおおおおおおっ!」


 コルナが猛烈な連撃を浴びせるがダイゴは全て物差しで弾く。


「いりゃあああああっ!」


 左に払った時にできる右側の死角を狙って弾かれたエネゲイルを巻いて突き込むが、ダイゴもそれに合わせて物差しを巻き込み、その反動でコルナごとエネゲイルを弾き飛ばす。

 だがその力を利用して跳ね起きるとエネゲイルを構え直した。


 コルナの剣筋は決して手数も多くなく、ケレン味もない実直な剣だがその分速さと正確さがあり、どことなく今は帝国第三軍の将であるレノクロマを思い起こさせる。


 眷属になる前のニャン子……いやそれ以上か……。


 魔素が身体に与える影響なのか、オリンピックで金メダルが余裕で取れそうな人間がゴロゴロいるこの世界でもコルナは特筆すべき柔軟さと強靱さを兼ね備えている。

 そのコルナ自身の身体能力の高さと剣技が相まった独特の剣、それがコルナの剣だ。


 だが……。


「本気でいくぞ」


 ダイゴがそう言った直後、猛烈な剣気がコルナに吹き付けられた。


「はぁぅっ!」


 それは今まで受けたことの無い凄まじい剣気だった。

 気を許せば失禁して失神しそうになるのを辛うじて堪えられたのはそれでも勇者たらんとするコルナの最後の矜持だった。


 と目の前のダイゴが消えた。

 否、消えたのでは無い。

 その「雲雀の捌き」と呼ばれる足捌きは人の死角や盲点を突いて間合いを計らせず、コルナにはダイゴの動きが捕らえられない。


 ギキィン!


「あうっ!」


 ダイゴの姿を認めた瞬間には物差しが聖剣エネゲイルごとコルナを弾き飛ばした。

 壁面に叩きつけられそのままズルズルと崩れ落ちる。


 勝負は決まったかに見えた。


 だが。


「ダイゴ……マ……オ……ウ……ダイゴォォ!」


 エネゲイルに縋って立ち上がったコルナが絞り出すような咆哮する。

 それはもはやコルナでは無く彼女を縛る勇者という名の闇自身だった。


「この……技で……覚悟……!」


 足を開きエネゲイルを水平に思い切り反って構える。


 以前、三日間だけコルナに剣術を教えた異郷の剣士。

 ドルスと名乗った金髪のその男が酔狂で教えてくれた絶対無比の必殺剣。

 その男ならともかく、コルナが使うには天賦の才と日々の鍛錬、そして魔石を備えた鍛え抜かれた銘剣が必要と言われた。


『やり方は難しくは無いんだが、出来る奴はそうそういないんだよ。まぁ、お前さんならいつか出来るかもな』


 そうドルスは別れ際に言った。


 この……聖剣エネゲイルなら……!


 柄に嵌った魔石に気と共に魔素を送る。

 並の剣士では出来ない芸当だがコルナの天賦の才がそれを可能にした。



星崩し(シャゴナ)!!!!」


 ダイゴは僅かに目を見開いた。

 それはレノクロマの師匠、剣王ドルミスノの秘奥義だ。


 あのオッサン……異大陸で何やってんだよ……。


 そう毒づいた直後、凄まじい程の魔素の共振が展望デッキの空気を震わせる。


 だがコルナが振り抜こうとした刹那、聖剣エネゲイルが木っ端みじんに砕けた。


「あうっ!」


 コルナの気を受けた魔石の力の放出に剣身が耐え切れずに粉砕したのだ。


「あ……」


 粉々に砕け散っていくエネゲイルを見てコルナは勇者としての自分の全ても砕けていく気がした。

 放出された剣気はさながら暴発した銃の如く爆ぜてコルナを吹き飛ばす。


「あうっ」


 天井に激突し、床に叩きつけられる前にコルナはダイゴに受け止められた。


「ダイゴ……何で……」


 コルナを抱きかかえたままダイゴは『回復』を掛ける。


「これで気が済んだか? それともまだやるか? 聖剣は砕けちまったけどな」


 床には剣身は文字通り粉々に砕け、柄だけのエネゲイルが転がっていた。

 そこでコルナは気が付いた。

 ダイゴは敢えて戦う事でコルナ自身を縛る、神託の勇者という闇から掬い上げてくれた事を。


「うっ、ううっ……うううっ」


 コルナはダイゴを見つめてポロポロと涙を溢す。


「うあああああああ!」


 そしてそのまましがみついて慟哭した。


「あああああああああぁ! ダイゴ! ダイゴォ! ボク! ボクは! ダイゴが! ダイゴの事がぁっ!」






 彼方ではシェアリアや弟子のテネア達による魔法花火の華が煌びやかに咲き乱れている


「ねぇダイゴ……ボクはどうすればいいの?」


 長椅子の上でダイゴに縋っていたコルナが花火を見つめながらつぶやいた。


「うん?」


「本当に……父上とセソワがボクを殺そうとしたのなら……ボクはもう国に帰れないよ」


「コルナはどうしたいんだ?」


「ボクは……どうしたら良いのか……分からないよ」


「勇者コルナが分からないはないだろ」


「ダイゴの意地悪……もうボクは勇者なんかじゃ無いよ……」


 神託によって魔王討伐に出た以上コルナがアロバに帰還できるのは見事に魔王を討ち取った時だけだ。

 そして元々魔王など存在しない。

 それでも東大陸を統べた男、ダイゴに戦いをい挑み、敗れた。


 そもそも魔王などいない以上『魔王を討つ神託の勇者』の存在意義も幻の様な物だった。

 その正体はコルナを死地へと誘う闇の呪縛でしかなかった。

 ダイゴによってその呪縛から掬われた今、コルナにとって『魔王を討つ神託の勇者』という言葉は何の意味も持たなかった。


「だけど、お前を陥れた者たちとは決着をつけないとだろ?」


「……うん」


 国王パナボスやクンゾォ大司教、そして何より妹のセソワの顔が浮かんだ。


 どうして……。


 コルナには父や妹が自分を殺したいほど憎んでいたとは思えなかった。

 そんな気配は微塵にも感じられなかった。

 厳しく口煩かったが父は父であり、優しく朗らかな妹は妹であった。


「それに国としてもこんな危なっかしい鉄砲玉を送って来たんだ、キチンと落とし前を付けなくっちゃな」


「……テッポウダマが何か分からないけど、そうだね……」


 自分はボーガベル帝国の国家元首たるダイゴの命を狙った。

 結果的にあのエモルノと同じ事をしようとしたのだ。


「ダイゴ……ボクは殺されても構わない……でも……せめてアロバの国の人だけは……」


「心配すんな。アロバの国の人には手を出さないし、コルナを殺す訳ないじゃん」


「ダイゴ……」


「ああ、やっぱそんなしょげたコルナはらしくないなぁ」


「それは……仕方ないよ……もうボクは……」


 勇者じゃ無いと言おうとしたコルナの髪をダイゴはクシャッと掴むように撫でた。


「コルナ、お前が望むなら俺がお前を勇者にする事は出来る」


「えっ? どういう事?」


「俺の能力ちからは神の代行者としての能力だ。お前に眷属化という人を超えた能力を与える事が出来る」


「眷属化? それって魔王の配下の魔人の事?」


「へ? なんだそりゃ?」


「魔王の配下の魔人は元は人で、魔王の血によって不老不死と人を超えた力を持つって」


 コルナが言っていたのはどうやら講談師の話の一説のようだ。


「んまぁ、近いっていやぁ近いけど……方法とか違うし……」


 誰だよ、そんな事まで言ってるのは……。


「やっぱりダイゴって魔王なんじゃないか」


「だーかーらー違うって、神の代行者だって言ってるだろうが」


「ウン、分かってるよ……それでボクに……その神の代行者の眷属になれって事?」


「ああ、コルナが欲すればの話だ。不老不死なんて良い事ばかりじゃないし、子供も産めなくなる。良く考えて……」


 潤んだ瞳でダイゴを覗き込んでいたコルナの顔が近づき、唇が触れた。


「ダイゴがボクを勇者にしてくれるんだね?」


「ああ、神の代行者たる俺が神託を与えた勇者だ」


「ありがとうダイゴ……好き……大好き。ボクは喜んで神の……ううん、ダイゴの眷属に……勇者になるよ」


 花火はクライマックスを迎え、眩いばかりに展望デッキを彩る。

 その彩りの中で、コルナの影が躍る。


 この夜、新たな眷属が誕生した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] コルナについて 「神託」と「神の代行者」、どちらも神がらみですが、「神託」の言葉には反応して、「神の代行者」の言葉に無反応なのは、矛盾していませんか? それとも、「神託」以外は反応しな…
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