第百十四話 豊穣祭
ボーガベル王国王都パラスマヤ。
東大陸の大半が『ボーガベル帝国』となった今もなお、この地は『ボーガベル王国』のままである。
もっとも政治的な機能や権限は全てボーガベル帝国側に移譲されており、実質的にはアルグフナ州がボーガベル王国を名乗っているだけに過ぎない。
それでも旧ボーガベル王国領だった十三州のみならず新たな領地の臣民にすら、王都パラスマヤとそこに住まうエルメリア女王はボーガベルの象徴であり、また心の拠り所であった。
そのパラスマヤにコルナはいた。
王城前広場の普段の数倍の人出に賑わう雑踏に呆然として。
「…………」
「もしもーし! コルナさーん!」
「な、なに……ここ……」
「ここってボーガベル王国王都パラスマヤだけど?」
ヒディガを撃退した『明けの彼方二世』はセボイデではなく、カイゼワラ湾に錨を降ろしていた。
元々消息不明を偽装するための処置だったが、ダイゴ自身にも早くパラスマヤに戻らねばならない事案が発生した為だ。
「え、だって東の地の王都は今では廃墟になって髑髏の山だって……」
「どこのコンピューターに滅ぼされた世界の話だよ」
「こん……ぴゅうた?」
「まぁそれはそれとして、俺達はこれからちょっと用事があるんだ。今日はお前には付き合えない」
「ええっ!? ボクをこんな魔王の地に一人で置き去りにするの? 酷いよダイゴ!」
「いや、お前……ここが本当に魔王の地とやらに見えんのか?」
「う……そ、それは……」
「お前の要望で途中の村にも寄ったろうが……」
コルナが是非というのでカイゼワラから少し離れたロスペヨという小さな村を尋ねたが、麦の穂は順調に育ち豊作が期待され、村人は副業として推奨されている陶器造りに精を出していた。
農作業の手伝いが終わった後、子供たちや希望する大人たちが政府から派遣された疑似人間の教師によって読み書き、算術を習っている。
村長の家に据え置かれた伝声魔導回路から、音楽や芝居、日々の出来事などが流れ、大ヒットメロドラマ『王家の悲恋』を聞いたコルナも目の幅で涙を流した。
決して贅沢ではないが豊かな生活がそこにはあった。
自国のオドイ村とのあまりの差にコルナはかなり衝撃を受けているようだった。
「う……うん……」
「まぁ、予定を変更してカイゼワラに寄港したからな。積み荷の売却処理とかで夜には宿に戻るから。それまで案内をつけておく」
そう言ってダイゴが手を挙げると、紺のブレザー風の服を着た清楚な顔立ちの少女が近寄って頭を下げた。
「初めましてコルナ様、今日一日案内を務めさせていただきますクフュラと申します」
「あ、こ、こんにちは。コルナです」
コルナは自分と近しいスタイルのクフュラに若干の安堵感を抱きながら頭を下げた。
「丁度、パラスマヤは豊穣祭の真っ最中だ。楽しんできな」
「豊穣祭?」
「ああ、秋の収穫を祈願する祭りで、以前はそんなに派手じゃなかったんだが、去年女王様が大々的な祭りにして大成功でな。今年はこの人出なんだよ」
「へえぇ……アロバのお祭りはこんなに賑やかじゃないよ」
「じゃ、後はクフュラに聞いてくれ。頼むぞクフュラ」
「はい、お任せくださいお兄様」
「へ? おにい……さま?」
「ああ、義理だ義理」
ダイゴが面倒くさそうに手を振る。
「そ、そうなんだ……」
「そうなんだよ、じゃあな」
そう言ってダイゴ達は雑踏に消えていった。
「あ、あの……」
「うふふ。コルナ様、仲良くしてくださいね」
「あ、うん。よろしくね」
「では屋台でも回りましょうか。色々な食べ物がありますよ。コルナ様は大層な健啖家と聞いておりますので」
「本当! 行く行く!」
「はい」
「まずお肉ー!」
先程脳裏に浮かんだダイゴと別れるという不安も消し飛び、コルナはクフュラと共に屋台の連なる通りへ歩いて行った。
同じ頃、少し離れた大道芸人や見世物小屋が集まる場所でお菓子職人の少女チュレアと白兎族のヒルファが祭りを楽しんでいた。
「凄かったねぇ! 人が首だけになっても喋ってたよぅ! あれも魔法かなぁ?」
先程入った見世物小屋での出来事を興奮気味に話すチュレア。
「あれは……奇術という……らしい」
チュレアの菓子を受け取る役をエルメリア女王付き侍女のヒルファがするようになって既に一年以上の月日が経ち、年の近い二人はすぐに大の親友になった。
「でもぉ、ヒルファがお休み貰えるなんて思わなかったよう」
「ラデンナーヤさんも……ルファさんも……とても優しい……ぜひ……行ってこいって……」
「黒竜ちゃんはぁ?」
最近はヒルファにくっ付いてきた言葉使いが風変わりな少女、ソルディアナともすっかりチュレアは打ち解けた仲になっていた。
だが、あだ名で黒竜ちゃんと呼んではいるが、ソルディアナが本当に黒竜の化身であることは知らない。
「モフモフが……気に入ったとか……まだお帰りに……ならな……!」
そこへ何者かがチュレアに飛び込んできて、瞬時にヒルファが前に出た。
ドン
ヒルファとぶつかって尻餅を付いたのは二人よりも少しだけ年下の少年だった。
「うぅ……」
金髪に育ちの良さそうな顔は貴族の子弟を思わせるがそれにしては良く日焼けした顔をしている。
「ごめん……なさい、大丈……夫ですか」
「いや、僕の方こそごめん……あっ」
そう言った少年は後ろを振り向くと慌てて立ち上がる。
少年の視線の先の人混みが不自然に乱れている。
列の流れを押し分けて近づいてくる者がいる。
ヒルファは瞬時にこの少年が何者かに追われているのを悟った。
「チュレア……ここにいて……こっちに」
ヒルファが少年の手を取って雑踏に紛れて小走りに進む。
「ちょっとぉ、ヒルファ! 私も行くよぅ」
慌ててチュレアも付いてきた。
「……不味いですな」
「仕方あるまい、もう時間が無い。いざとなれば……」
そんな声が雑踏から聞こえ、そしてまた紛れていった。
広場から少し離れた水汲み場で三人は腰を下ろして水を掬って喉を潤した。
「大丈夫……付いて来ない」
「はぁ、喉カラカラだよぅ」
「あ、ありがとう」
一息ついた少年が改めて頭を下げた。
「私はぁチュレア。この子はぁヒルファ。貴方はぁ?」
「僕は……ジョスト。ジョスト・ケドレイト」
旧エドラキム帝国第三皇子ブリギオの遺児であるジョストだが、今は母方の姓であるケドレイトを名乗っている。
「どうして……追われていたの」
「それは……いや……君達に迷惑が掛かってしまう。ありがとう、僕はこれで……」
そう言ったときにジョストのお腹がグゥッと鳴った。
「あ……」
「お腹空いてたんだぁ」
「う、うん、朝から何も……」
「ちょっと待ってねぇ」
チュレアが鞄を弄ると包みを取り出す。
「うん、潰れてないよぅ。はい」
そう言って焼き菓子をジョストに差し出し、ヒルファにも分ける。
一口囓ったジョストが目を輝かせた。
「美味しい……こんな美味しいの初めてだ」
「でしょぉ? 私が作ったんだよぉ」
「君が? 凄いや、どうやって作ったの?」
「それはねぇ……」
チュレアが熱心に焼き菓子の作り方を説明している間、ヒルファは周囲に目を配りながら焼き菓子を頬張る。
「そうなんだ、今度母様に作ってあげようかな」
「うん、私もぉ初めは母さんに食べて欲しくて作ったんだぁ」
その時、三人に声が掛かった。
「あら? ヒルファとチュレアさん?」
そう声を掛けたのは指の間に串を挟みながら何かを食べているコルナを連れたクフュラだった。
「クフュラ様!」
今度はジョストが声を上げた。
「ジョスト……?」
「クフュラ様知ってるのぉ?」
「はい、何があったのです?」
「それは……」
ジョストは今までのいきさつをクフュラに話し始めた。
豊穣祭見物にやって来たジョストは従者のアーノルドが食べ物を買いに出た隙を突いて現れた数人の男に拉致されそうになり、その手をすり抜けて逃げ出した。
「途中でこの子たちとぶつかって……ここまで一緒に逃げて来たんだ」
「そうだったのですか……」
「そっちのお姉さんはぁ? またおじさんのぉ?」
「違いますよ。こちらは西大陸からのお客様です」
困った笑顔でクフュラが否定した。
「ぼぶふぁぼふにゃ。ほふゃっふぁらはべふぁよ」
コルナが手に持ってる焼いた肉の挿してある串を三本差し出す。
どうやら
「ボクはコルナ。良かったら食べなよ」
そう言ってるらしかった。
「ありがとぉ、お姉さん、黒竜ちゃんみたいだねぇ」
チュレアが串を受け取るとヒルファとジョストに分けた。
その頃、パラスマヤ王城前の広場には多数の見物人が詰めかけていた。
皆、女王エルメリアが舞う豊穣祈願の舞を一目見ようと押しかけた人々だ。
「概算で十万人超だそうですわ」
王城の広間でセイミアがダイゴに報告する。
「おおよそ旧ボーガベルの人口相当が来たのか。経済効果はバッチリだな」
この祭りのためにパラスマヤとその周辺の宿は全て埋まり、民泊も大盛況、場外には天幕がびっしりと張られている。
そして多くの出店商人、大道芸人、果ては西大陸の獣人達で結成された曲芸団や妖しげな奇術団、更には移動娼館なども集まり大いに賑わっている。
「しかしそれに乗じて不埒な者共も相当数入り込んでいますわ。如何致します?」
「まぁ大半はアーノルドとシルベスター達に任せれば大丈夫だろう。そういやアーノルド・イレブンがジョストを連れて来てたってのもそれか?」
「いえ、報告では単にジョスト元帝孫が祭りを見に行きたいと言っただけのようで、件の一派とは関係無いようでしたが」
「たまたま見つかってこれ幸いって奴か」
「その場に居たものはアーノルド・イレブン達が捕縛しましたが、まだ相当数がジョストを追ってる模様ですわ」
「分かった。そっちは引き続きジョストの捜索を。さて……こっちは」
ダイゴの視線の先には踊りの衣装に身を包んだエルメリアがいた。
白いビキニに薄衣のベールを掛けたような衣装は煽情的を通り越して神聖的だ。
さらに頭や腕、胸などの燦めく装飾具がそれを一層引き立てている。
「連中の目標はお前だからまぁくれぐれも注意してくれよ」
「うふふ、ご主人様にご心配して頂き感激の極みですわ」
エルメリアは自身が暗殺の標的になっているのに全く動じている様子はない。
「あと、今年は舞楽団も一緒に踊るんだからいきなりキングオブポップのダンスを踊るなよ」
「勿論ですわ、心得ておりますわ」
そう言ってエルメリアは自身のおおきな胸をポヨンと叩いて微笑んだ。
めっさ心配なんだけど……。
柔らかな口づけをして舞台に向かうエルメリアを見送るダイゴだったが、その心配はエルメリアがロクでも無いことをやらかさないかという事だった。
『お兄様』
そこへクフュラからの念話が飛び込んできた。
『おうどうした? コルナが食い過ぎにでもなったか?』
『いえ、件のジョストを見つけましたが……』
『おう、何処にいたんだ』
『二十八番水汲み場です。それが……ヒルファとチュレアさんも一緒で』
『へ? 何で二人と一緒にいんの?』
『それが……』
「エモルノ公が?」
「うん、是非とも蜂起の旗頭にって」
コルナが渡した串焼きを食べながらジョストが答える。
ジノ・エモルノは旧エドラキム帝国第四軍でジョストの父であった第三皇子ブリギオに仕えていた武遍高き猛将だった。
第四軍が降伏した後、手勢を率いて行方をくらましていたエモルノがこの豊穣祭を襲撃、つまりテロの標的にしてるとの情報をダイゴはグラセノフがバロテルヤから引き継いだ諜報集団『耳目』から得ていた。
「それで貴方は……」
「僕はお祭りを見に来たんだ。それを壊すような企みは駄目って言ったら……」
「それが栄えあるエドラキム帝国の御皇胤の仰りようですか」
「!!」
何時の間にか給水池は二十人の男に取り囲まれていた。
中央の髭面の男が舐るようにジョスト達を見る。
「エモルノ公……」
「これはこれは人形姫様ではありませんか。汚れなき御皇胤をそちら側に淫売の色香で誘惑するのはやめて頂きたい」
人形姫、それはエドラキム帝国皇女時代のクフュラに陰で囁かれていた蔑称だ。
「エモルノ公! 無礼ではありませんか!」
「ふん、ボーガベル如きに負けて奴隷姫に成り下がった人形姫に用はない。大人しくジョスト様をお引き渡し願おう」
「奴隷姫……? クフュラさんが……?」
「お断りします」
驚いて顔を見るコルナに構わずクフュラは毅然とした顔をエモルノ公に向ける。
「ふん、魔王ダイゴに尻尾を振る雌犬が」
「え!?」
魔王……だって?
その言葉がコルナを凍り付かせた。
「エモルノ公! 確かにダイゴ・マキシマは帝国を滅ぼし、僕の父上を殺した! でも、だからってこの祭りに来ている人たちまで巻き込むなんて僕は嫌だ! そんな事は父上だって望んでない!」
「ジョスト様、貴方はまだ幼い。世の理がお見えにならぬのです」
「そんな僕を旗頭にしようとしたのに?」
「ぬうっ……どうやらお話にならぬようですな。ここは御身をお連れした後にゆっくりとご理解なさって頂きます」
エモルノが右手を挙げると暑い盛りにも関わらずに革の外套を着込んだ男たちが一歩前に出た。
「待った!」
コルナがエネゲイルを抜いてジョストの前に出る。
「こんな小さな子を大の大人が大勢で連れ去ろうなんて、ボクが見逃さないよ」
「何だ? その言葉使いは異大陸の者か? 貴様も魔王ダイゴの犬か?」
「何でさ? 何でダイゴが魔王なのさ!?」
「知れたこと。彼奴の操る魔法と不死身の兵士の力で我がエドラキム帝国とバッフェ王国は滅亡した。その上でエルメリア女王を操り乗っ取ったボーガベルを帝国などと詐称している。正に魔王の所業!」
怒りと憎しみのこもる怒気でエモルノは吐き捨てた。
「……」
コルナの動揺を悟ったエモルノがすかさず懐から剣を抜くや斬撃を送る。
居合いにも似た常人ならざる剣戟だ。
キィン!
「くっ!」
動揺した分反応が遅れ、かろうじてエネゲイルで受ける。
「そんな魔王に奪われた我が祖国を皇帝陛下のお血筋のジョスト様を頂いて再興するが我らの悲願! 邪魔だてするな!」
更にすさまじい連撃がコルナを襲う。
「くっ!」
怒りの言葉とは正反対の正確な剣筋に心が乱れている今のコルナは受けるのが精一杯だった。
「エモルノ公! 今のこの国の人は皆幸せそうに暮らしてるじゃないか! エドラキムの再興なんてまたたくさん人が死ぬかもしれないじゃないか! 僕はそんなの嫌だ!」
「そうだよ……」
エネゲイルがエモルノの剣を押し返し始めた。
「き、貴様!」
「この国は人々が幸せに暮らしているんだ。それを邪魔するのは……」
「貴様如きに何が分かる! お前達! 御皇胤をお連れいたせ!」
その言葉に周囲の外套姿の男達が一斉に動く。
「しまった! クフュラさん! みんなを連れて……」
だがクフュラは動かない。
『絶対物理防御』のスキルを持つ自分が盾になるつもりだった。
「皆逃げ……ヒルファ!?」
更にその前にヒルファが立った。
「チュレア……クフュラ様……皆……私が……守る」
目を閉じたヒルファが歌を詠う。
静かに、透き通るように。
そして激しい情熱を込めた凱歌のように。
ヒュヒィィィィィン!
周囲の空気が振動し金属音にも似た共鳴音を発する。
「あ……あ……ああああ!」
ヒルファの紅玉のような瞳が更に輝きだした。
「何が……まさか……獣化転換!?」
獣人の中でも戦闘に秀でた者の一部が稀に持つと言われる希少な特殊能力。
取り込んだ魔素の力で自身の能力を大幅に引き上げられるという恐るべき力。
「ヒルファ! それは駄目だよぅ!」
チュレアが叫んだ。
だがヒルファは構わずに跳ぶと外套姿の者の一人の懐に飛び込む。
「げぶぅ!」
渾身の拳を受け宙に浮いた男が地面に這いつくばった時にはヒルファは別の者の懐に飛び込んで膝を腹部にめり込ませる。
「何だこのガキは!」
そう言った男の目前に紅く輝く瞳が現れ、強烈な頭突きを顔面に喰らい、鼻血を吹いて昏倒する。
「な……」
次々とその場に倒れる配下の姿にエモルノが動揺を見せた。
今だ……!
コルナが渾身の瞬発力でエモルノの剣を跳ねる。
「ぬ、がっ!」
「てりゃあああああッ!」
一回転しながら放ったエネゲイルの横面がエモルノの顔面を捕らえ弾き飛ばす。
「ぶうぅっ!」
三回転ほど回ってエモルノは地面に転がった。
だがコルナはエモルノを見ていない。
ヒルファが倒れたからだ。
「どうしたの! しっかり!」
「は……あう……」
汗まみれのヒルファが苦しそうに喘いでいる。
「ヒルファはアレを使うとこうなっちゃうんだよぅ」
涙を流してチュレアが駆け寄る。
まだ幼いヒルファにとって獣化転換の負担は大きく、一ミルテ程で魔素切れになってしまう。
まだ動ける外套姿の男達は五人ほどおり、慎重に距離を詰めてきた。
「後はボクに任せて……この子をお願い」
コルナが改めてエネゲイルを構える。
と、
「待て!」
遠巻きに見ていた野次馬達の中から覆面姿の男達が飛び出し、忽ち外套姿の男達を取り押さえた。
「ジョスト様! ご無事で!」
最後に出てきたのはジョストの従者であるアーノルド・イレブンだった。
覆面の男達は彼と同じ擬似人間のアーノルド部隊の者達。
その時、王宮の方から荘厳な音楽が流れてきた。
「フフフ、フハハハ!」
取り押さえられたエモルノが狂ったように笑い出した。
「もう遅い! 我が本懐ここに成れり! それに比べれば御皇胤などどうという事は無いわ!」
王城前の広場の特設舞台でエルメリア女王が舞う。
典雅に、優美に、艶やかに。
それに合わせ剣を振りながら舞楽団の踊り手が輪を描き踊る。
何れも白装束に顔を布で覆った姿。
この舞楽団が全員刺客だった。
踊りは最高潮に達する。
あくまでも舞いながら一斉に剣がエルメリアを襲う。
観客達は息を呑んだ。
仰向けのエルメリアに向けられた剣は皆寸で止まっている。
「……?」
必死に力を込める刺客達に舞台から湧き出した紫の光が貫く。
一瞬刺客達の身体がビクンと痙攣して動きが止まった。
そこで舞台から今までとは全く違う激しい音楽が奏でられた。
昨年と同じノリの再来に会場が沸く。
「ウモモモ……」
「モモモ……」
刺客達はさながら亡者の如く呻きながらギクシャクと音楽に合わせて踊り始める。
『さぁ皆さん第二部『ぼんだんす』の始まりです! 皆で一緒に踊りましょう!』
広場に展開して舞台となっているレミュクーンを操るウルマイヤの声が響いた。
そしてエルメリアと生ける亡者と化した刺客達が元の世界で一世を風靡したダンスを踊り始め、民衆も釣られて踊り始める。
忽ち広場は興奮の坩堝と化し、その様子を城内で見ていたダイゴは額に手を当てた。
「結局やりやがった……これじゃ生霊の盆踊りじゃねーか」
「どうやらあなた方の企みは失敗に終わったようですね。女王様はご無事のようです」
流れて来る激しいビートの効いた音楽を聞いてクフュラが拘束されてるエモルノに言った。
「そ、そんな……エドラキムが……私の悲願が……」
「如何なる大義を掲げようと罪も無い民衆を巻き込もうとするあなた達のやり方は誰にも支持されません。勿論我が父バロテルヤ帝にも」
「くっ……」
うなだれたエモルノ達は駆け付けた衛兵に連行されていった。
いつの間にか覆面姿の男たちの姿は消え、アーノルド・イレブンだけが残っていた。
「ヒルファぁ! しっかりぃ!」
「う……」
未だにヒルファは苦しそうに喘いでいるままだった。
ウルマイヤさんは今来れない……あとはシェアリア様に……。
クフュラがそう思った時、野次馬の中からケープ風の外套をすっぽり被った人物が出てきた。
すかさずアーノルド・イレブンが前に出る。
「心配しないで、直してあげる」
女の声がそう言って構わずヒルファに近寄ると手をかざして何かを呟き始めた。
超高速呪文……?
クフュラがそう思っている間にヒルファの顔色がみるみる良くなり目を開いた。
「ヒルファぁ……」
「もう……大丈夫……」
幾らか体力が回復したようで、ヒルファがヨロヨロと立ち上がった。
「アレは使っちゃ駄目って言ったのにぃ……」
「ごめん……なさい……でも……」
「わかってるよぅ……ありがとぅ」
チュレアはヒルファにヒシと抱きついた。
「あ、あの……ありがとうございます」
クフュラが外套の女に頭を下げた。
「何、色々面白い物見せて貰ったからね。そのお代さ」
女はそう言って人ごみに入っていった。
「ありがとうチュレア、ヒルファ。その……怖い目に合わせてごめん」
「ううん、ねぇ、それよりぃ一緒にお祭り見ようよぅ」
「え、でも迷惑掛けたし……」
「気にしてないよぅ、ねぇヒルファ」
「うん……」
「アーノルド、僕は彼女達とお祭りを見たいんだけど」
「今度は私が付いていますので問題ありません」
「アーノルドも一緒でいいかな?」
「大丈夫だよぅ」
「じゃあ、いこうか。アーノルド」
「はい」
アーノルドがヒルファを抱え上げた。
「あ……あの……」
「ヒルファはまだ疲れてるんだからそうしていてよ」
「マスターもそうしろと言っておられます」
他の者にはアーノルドの言ったマスターの意味が分からず、漠然とジョストの事だと思っていたが、ヒルファとクフュラにはダイゴが疑似人間であるアーノルド・イレブンに念話で伝えたと理解できた。
「わかり……ました」
「ねぇ、コルナさんも一緒に行こうよぅ」
チュレアがコルナの袖を引いた。
「ごめんね。ボクはこれから行く所があるんだ」
コルナがすまなそうに言った。
「そうなんだぁ、じゃあまた会おうねぇ」
「うん、お菓子美味しかったよ」
「ありがとぅ、じゃあねぇ、コルナさん、クフュラさん」
「ありがとう……ございます」
四人は雑踏に紛れていった。
「コルナ様、行きたい所があるのですか?」
クフュラの問いを余所にコルナは手にしたエネゲイルを見つめていたが、
「やっぱり……ボクはやらなくちゃなんだ……」
ポツリと呟いた。
「クフュラさん、連れて行って欲しい所があるんだ」
「はい。何処でしょう?」
「皇帝……ダイゴ・マキシマの所に。クフュラさんなら連れて行ってくれるよね?」
悲しそうな笑顔を浮かべてコルナはクフュラの方を向いた。
「……承知いたしました」
瞳に若干の悲しみを帯びてはいたがクフュラはやはり凛然と答えた。





