第百十三話 海戦
オラシャントを出た『明けの彼方二世』は順調に旧エドラキムの港町セボイデに向かっていた。
「オロロロロ~」
船べりに干されたイカのようにメルシャがのびている。
「お前も結局また船酔いかよ……」
数年前に荒波逆巻くカイゼワラの海を乗り越えてきた姿は微塵もない。
ダイゴが『状態異常無効』を付与するとみるみるメルシャの顔色が良くなっていく。
「すみません~こんな筈じゃ無かったのに~」
「全く……まぁこっちは船初めてだから仕方ないが……」
そういって船内の一室に入ったダイゴは寝台で死にかけのザリガニのように横たわっているコルナを見た。
「うう、きぼぢわるいよう……」
「大丈夫ですかコルナさん、『治癒』」
「あ、ありがとうウルマイヤさん。もう大丈……うぷぅ」
ウルマイヤの魔法で体調を戻したコルナだがすぐに一瞬で再び顔が青くなる。
ダイゴの眷属でないコルナにはスキルである『状態異常無効』は付与できない。
魔法で対処するしか方法は無かった。
「あら……」
出航してからこっち、もうすでに何十回も繰り返している。
眷属であるウルマイヤだから可能であって、並みの聖魔法使いならとっくに魔力切れで倒れていただろう。
「ウルマイヤ、もうそっと寝かせておけよ」
「で、でも……」
「そうだよ……まだご飯が……うぶうぅ」
起きあがろうとしたコルナだが、揺れと一緒に崩れるように寝台に倒れ込む。
「この状態でまだ食い気だけはあるのかよ」
「だって……お腹……何も入って……うぇぇ……」
「どうせ入れてもすぐ出ちゃうんだから我慢しろよ」
「うう……酷いよダイゴ……お腹すいたよう……ヴェロロロ……」
そこへ船長のケイドルが入ってきた。
「ダイゴ様、宜しいでしょうか」
「おう、ケイドルどうした」
「まだ遠距離ですがこの船を追ってくる船団を確認しました」
「お、いよいよやってきたか。数は?」
「今の所三隻」
「よし、偵察型擬似生物を飛ばしておくが見張りを厳とな」
「分かりました。それと風が重くなってきてます。この先荒れるかも知れませんのでお覚悟を」
「俺は良いんだけどなぁ」
「ど……どぼじだの?」
もはやゾンビ同然のコルナが呻くように聞いてきた。
「ああ、懲りもせずヒディガの連中が船でやって来たらしい」
「……っ!」
その言葉にコルナは思わず脇に置いてある聖剣エネゲイルに手を伸ばそうとする。
「まぁ心配すんな。奴等には魚の餌になって貰う」
「……ダイゴ」
伸ばした手を取って掛布の中に戻そうとしたダイゴの手をコルナがきゅっと握った。
「ん?」
「ダイゴは……本当は何なの?」
「何なのとは?」
「オラシャントの姫様ともその……昵懇以上の仲だし……こんな凄い船を用建てられるし……」
酷い船酔いに苛まされながらもコルナは頭に浮かんだ疑問をダイゴにぶつけた。
「メルシャ姫は以前話した通りだし、船はまぁそれなりに儲けているからな。豪商って言えばこんなもんじゃないのか?」
「ボクの知ってる……アロバやガーグナタの商人だって……ダイゴ程の力は無いよ。これじゃまるで……」
そこでコルナは言い淀んだ。
「まるで何だい?」
「一国の……王様……」
「そっかぁ、それは面白いな」
「も、もう真面目に聞いてよ……うぷっ」
「うんうん、従者にお金を持ち逃げされて途方に暮れた勇者様を助けた商人、その正体はとある国の王様でした。物語としては実に良い! かのアリメルエ・ルベガーボの新作になりそうだ」
『それいただきですわ!』
エルメリアの念が飛び込んできたが構わずダイゴは続ける。
「だけど、コルナ。俺がそんな大層な人間に見えるかね」
「…………」
コルナは無言。
この世界の、いや元の世界でもダイゴという人間はおおよそ王などという範疇には及ばない人間だ。
それは新帝国ボーガベル皇帝となった今でも変わらない。
エドラキム帝国の第一皇女ファシナが抱いたイメージはどこにでもいる市井の者だった。
アロバの王女であるコルナも最初はやはり同じ印象を抱いていた。
「だろ? まぁ気持ちは分かるが俺はそんな大層な人間じゃないよ」
ダイゴ自身が自分の事をそう考えていた。
所詮元はしがない一労働者だった身。
王様なんてのは別の生き物も同然だと。
「そうじゃないよ……」
「ん?」
「……もう良いよ」
そういってコルナはプイと反対側を向いて掛布を被ってしまった。
確かにコルナは最初はただの市井の商人とダイゴを見ていた。
だが、今では全く逆の、そしてそれ以上の印象を抱いていた。
そしてそれと一緒にまだ形にならないような小さな疑念が心に生まれていた。
「さてと……ウルマイヤはコルナを看ててくれ」
「畏まりました」
コルナとの会話の間にも索敵に飛ばしていた偵察型疑似生物が新たに三隻の船が近づいているのを捉えていた。
都合六隻もの立派な船団がコルナの命を狙って接近している。
そこまでして勇者を抹殺したいとはね……。
よっぽど魔王らしい所業と思いつつ、ダイゴは甲板に駆け上がる。
既にシェアリア、メルシャ、ワン子とケイドル、サラナが集まっていた。
「……六隻になった」
偵察型疑似生物から報告を受けていたシェアリアが口を開いた。
「ああ、分かっている。押し包んで乗り込んでくるか、それとも弩を浴びせてくるか」
「両方ってのが海賊の定石ですが」
そう言ったのは元海賊のケイドルだ。
「まぁ連中には相手が悪かったと思いながら死んでもらおう。戦闘準備」
「了解しました。機動砲台起動! 持ち場に着け!」
ケイドルの言葉に格納楼に収納されていた円筒状のゴーレムが次々と砲列甲板に移動していく。
『明けの彼方二世』を追尾していたヒディガ所属の海賊船六隻。
縦列陣で進んでいる最後尾の船『誉れ高き母神』にギシャムは乗っていた。
「あれが勇者乗ってる船か、随分変わった形だな」
船長でもある海賊頭、ハマデ・ボトが興味深そうに言った。
彼らの船は元の世界で言うところのキャラック船に近い形をしている。
対して『明けの彼方二世』はスループ船に近い形状で全長も長く、スマートな印象を与えた。
「燃やして沈めるには惜しい船だ。貰ってもいいか?」
「好きにしろ。ただし勇者とあのダイゴって奴は必ず仕留めろよ」
欲深そうな船長の問いに全身に包帯姿のギシャムはにべも無く言い放った。
彼にしてみれば船などどうでも良い事。
勇者コルナとその抹殺を悉く邪魔した挙句、自分に今も残る大火傷を負わせた忌々しいダイゴの命さえ奪えればそれで良かった。
「なぁに、オラシャントの取り締まりを逃れた腕っこきが六隻だ。訳はないさ」
豪快に船長は笑うがギシャムは苦い顔のままだ。
あのダイゴに得体の知れない不気味さを感じていた。
見た事も無い威力の魔法を操り、部下を瞬時に倒す体術も使う。
何よりも全く手傷の一つすら負う気配がない。
しかも配下の奴隷らしき獣人や魔法使い、神官の女供も常人とは言い難い能力を発揮している。
ギシャムも獣人の奴隷を見ることは珍しい訳ではないが、これ程の者はいなかった。
裏世界でのし上がったギシャムの勘が警報を発していた。
だが今更この仕事を降りるわけにはいかない。
ここで芋を引けばヒディガの中での信用を大きく落とすだろう。
更には依頼主にも無能の烙印を押されればヒディガの今後も左右しかねない。
何が何でも成功させなければならなかった。
「よし! 右の連中を先行させて取りつかせろ! 船を奪う!」
旗によって指示を受けた右側の三隻とは対象に『誉れ高き母神』等三隻は左側を回り込む様に遅れて追っていく。
これによってまず右側に注意を向けさせ、ある程度戦力を減らしたのちに左側からも襲い完全制圧する。
ハマデの常套作戦だ。
「怒砲、投石器準備!」
その号令に上甲板の投石器に据えられた石とと砲甲板にある怒砲の弩弓の先端に火がつけられる。
弩の先には油の入った陶器が付いており、敵船に着弾するや油を撒き散らして火をつける、火炎瓶のような仕組みになっている。
火薬が存在しない故に大砲という物が無いこの世界の艦船の標準的な武装だ。
一方の『明けの彼方二世』でも三隻の接近を確認していた。
「予想通りですね」
「よし、目には目を、海賊戦法には海賊戦法を、だ」
荒れ始めた海を物ともせずに動き回っているサラナの報告にダイゴが答える。
「何ですか? それ」
「ああ、俺の故郷の諺だよ。それで……」
「はいはい~ウチが行きます~」
既にメルクヮ・マヴァルを持っていたメルシャが手を挙げた。
「私も行きます」
ワン子も手を挙げる。
「……」
シェアリアも続いた。
「じゃ、三人は右から追ってくる奴を。俺は左のをや……」
そこでダイゴは言葉を切った。
エネゲイルを杖にしながらコルナが船室から出てきたからだ。
後ろから心配そうにウルマイヤが付いてきている。
「ダイゴ……ボクも……戦うよ……」
「おいおい、その身体じゃ無理だ。大人しく寝ていろ」
「嫌だ! ブニオンが……追ってきているんでしょ?」
偵察型疑似生物が最後尾の船上にギシャムらしい人物を確認している。
ダイゴは黙って頷いた。
「なら……今度こそ……誰がボクを殺そうとしたの……うぇ……」
勢い叫んだものの、また顔を青くしてへたり込むコルナ。
「前も言ったけど、その事は俺がちゃんと調べるから大人しく寝てろ」
「で、でも!」
「『睡眠』」
「くぅ……」
紫の魔法陣の光を受けたコルナはその場で眠り込んで倒れ、ダイゴが受け止める。
「ウルマイヤ」
「あ、ああのっ申し訳ありません! コルナ様がどうしてもって……」
「いや、いいんだ。引き続き看ててやってくれ」
「か、畏まりましたっ!」
「ご主人様……」
「この旅はコルナの旅だから出来ればコルナには全部見て欲しかったんだが仕方ない。ワン子、お前もコルナに付いててやってくれ」
「畏まりました」
そう言ってワン子はコルナを抱きかかえてウルマイヤと一緒に船室へ向かった。
「改めて右舷側の三隻はメルシャとシェアリアに任せる。いいな?」
「お任せください~」
「……任せて」
「ケイドル、機動砲台を左舷に集中、前の二隻を仕留めろ。後方の奴は乗ってる奴に用がある」
そう言いながらダイゴは魔導核を生成すると、それは徐々に形を作り、四角い高所作業用バケットにも似た浮遊台座になり、シェアリアとメルシャが乗り込む。
「了解です」
「よし! 戦闘開始だ! 連中にこの船を指一本触れさせるなよ!」
「おう!」
ケイドルを始め乗組員たちの勇ましい声が響く。
「お頭! 勇者の船が動いた!」
物見の報告にハマデは戦利品の望遠鏡を覗く。
白い船は左に舵を切り始めた。
「ふん、右側から逃れるためだろうが無駄なことを……ん?」
望遠鏡の中の船の舷側から次々と長い筒状の物が突き出している。
「なんだありゃ……」
そう言った次の瞬間、その筒状の物から一斉に炎が爆ぜた。
「なっ!」
放たれた二十発の光が先頭を行く『栄光たる暁星』に吸い込まれる。
パバボッ!!
一瞬にして『栄光たる暁星』は炎に包まれ、跡形もなく吹き飛んだ。
無数の燃えカスが辺りに舞う。
「何が……!」
瞬時に起こったことが理解できないハマデの目前で、前方を航行していた『幸運の太陽』も炎に包まれる。
その熱風がハマデの顔にまで届き、乗組員たちが悲鳴を上げる。
瞬時に歴戦の海賊船二隻が文字通り消滅した。
「か……回頭! 回頭しろ! 離脱だ! 急げぇ!」
即座に危機を感じ取ったハマデが泡を吹きながら叫ぶ。
「な! おい! 逃げるんじゃねぇ!」
ギシャムがハマデの襟首を掴むが、目が血走ったハマデがそれを振り払う。
「冗談じゃねぇ! あんなバケモノ相手にしてられっか! 命あっての物ダネだ! おい! 急げ!」
「くそっ!」
ギシャムも歯噛みした。
だが海の上ではどうすることも出来ない。
絶望感がまだ完治しきれない火傷の傷を疼かせる。
「一体何なんだ! あのダイゴって奴は!」
「神の代行者」
「!」
その声に振り向くとそこには当のダイゴが立っていた。
『栄光たる暁星』と『幸運の太陽』が瞬時に沈む様は、右舷側から『明けの彼方二世』に接近していた三隻にもはっきりと見えていた。
先頭の『黄金の真珠』の海賊達は爆炎を背後にして白い船から何かが飛び出し、こちらに向かってくるのを見た。
シェアリアとメルシャを乗せた浮遊台座だ。
海賊達が呆然と見つめる中、跳ね上がった浮遊台座からメルシャがきりもみしながら船に降り立った。
「な……」
「海賊どもめ~覚悟せよ~!」
にこやかに笑うメルシャが巨大な盾状のメルクァ・マヴァルを横に構える。
「あ、相手は女一人だ! 取り押さえて輪姦してしまえ!」
「そういういけない子にはお仕置きです~」
剣を構えた男たちが殺到するが、全く臆することなくメルシャはメルクヮ・マヴァルを開放する。
盾が解かれ、金色の鞭となって唸りを上げた。
「げうっ!」
不埒なセリフを吐いた男が真っ先に胴薙ぎにされ、上半身は海に落ちていった。
メルシャがそのままメルクヮ・マヴァルを帆柱に巻き付ける。
「せえい~」
呑気な声と裏腹に一瞬で帆柱が切断された。
「な!? げっ!」
落下する帆に驚いてた船員達が次々と両断されていく。
「余所見はいけませんよ~」
「お、お前オラシャントのメルシャか!」
変幻自在の鞭がオラシャント王家に伝わる秘宝具と知っていた海賊が叫んだ。
「ぴんぽ~ん、当たったよい子にもえ~い」
瞬時に二本の黄金の蛇が襲い掛かり、その海賊は細切れと化す。
「相手はひと……ぎぃいいい!」
「おい! にぎゃあああああ!」
メルシャ自体はそこに立っているだけで腕と指の動きで操られたメルクヮ・マヴァルが生き物のようにのたうち回って船を蹂躙していく。
金色の蛇は次々と船室の壁を破り、柱を寸断し、船底を切り刻む。
乗っている海賊たちは右往左往している間に巻き込まれていった。
『シェアリアさま~一丁上がりです~』
その念で迎えに来たシェアリアの浮遊台座にメルシャが飛び乗った直後、『黄金の真珠』は自己崩壊を起こすように崩れながら海に消えていった。
見ると後の二隻は転舵して逃走し始めた。
「どうします~」
「……問題ない。一気に潰す」
「はい~お任せしますね~」
二人を乗せた浮遊台座が二隻に突っ込んでいく。
「急げ! 急いでここから離脱だ!」
残った二隻『虹珊瑚』と『毒鮫』が必死の逃走を試みる。
オラシャントの取り締まりを逃れた自慢の速力ですらもどかしいと感じられた。
キュボッ!
後続の『虹珊瑚』一瞬で炎に包まれた。
「あれは……あの船からじゃないぞ!?」
『明けの彼方二世』の右舷は反対側の『幸運の太陽』を攻撃するために『毒鮫』の方を向いていない。
その隙に乗じて急遽逃走を図った筈だったのだが。
「あれを!」
見れば、燃え盛りながら沈んでいく『虹珊瑚』を突き抜けて何かが追ってくる。
シェアリア達の乗った浮遊台座だ。
「何だありゃ! 船じゃないぞ!」
海面僅か上を浮遊して疾る浮遊台座はみるみる『毒鮫』に迫っていく。
「射て! ゆ、弓で射ち殺せ!」
何人かがシェアリアめがけて矢を射掛けるが、急場の攻撃がそうそう当たる訳が無かった。
「……突っ込む。『八芒守星陣』」
全速で海面を飛ぶ浮遊台座の前部に白く光る八芒の魔法陣が展開する。
「突っ込んで来……がぁっ!!」
ドォン!
後ろの見張りの中途半端な叫びと共に『毒鮫』に衝撃が襲った。
直後に展開したメルクァ・マヴァルが船内を暴れ狂い、まるで生き物の如く船内を食い破っていく。
たちまち帆柱は折れ、船体はのたうち回るが如く軋み、悲鳴を上げた。
船首を突き破った浮遊台座上でシェアリアは今度は赤い魔法陣を展開した。
「『豪炎爆嵐』!」
瞬時に崩れかけた『毒鮫』の海面下に赤い魔法陣が出現するや渦巻く炎が『毒鮫』を飲み込んだ。
紅蓮の炎の渦の中で『毒鮫』は粉砕されながら燃え尽きていく。
「シェアリア様~結構荒事がお好きですね~」
「……本当は『蒼太陽』使いたかったけど近すぎるから……」
感心するメルシャと少々残念そうなシェアリアを乗せて浮遊台座は『明けの彼方二世』に戻っていった。
瞬く間に海上から五隻の海賊船が消滅したが、『誉れ高き母神』の海賊たちはそれに注意を払う余裕などなかった。
「貴様! いつの間に⁉」
突如現れたダイゴに向かってハマデ・ボトが剣を抜きながら吠える。
周囲の海賊たちも一斉に剣を引き抜いた。
「船長! こいつは妙な魔法を使うし腕も立つ。気ぃつけてくれ!」
ギシャムもそう言うや剣を引き抜いて構える。
「ほう、誰かと思やブニオンさんじゃないか。すっかり男前が上がったなぁ」
「やかましい! 誰のせいだと思ってやがる!」
「お前の所為だろ? そう言うの自業自得っていうんだぜ」
「どこまでもふざけやがって! 何が神の代行者だ!」
「殺れ!」
ハマデの号令で一斉に海賊が斬り掛かる。
「……たく」
ヤレヤレと言った表情で物差しを抜いたダイゴが瞬時に腰を落としながら横薙ぎの一閃で二人を斬ると、半回転しながら後ろから斬り掛かってきた三人を斬る。
「!」
ダイゴの頭上から麻で編んだ網が降ってきた。
「こんなモン……?」
引き離そうとするがいたる所に釣り針が仕込んであり、それが外套に引っかかって離れない。
海賊が船上で敵の動きを封じるのに使う網だ。
「今だ! 押し包んじまえ!」
囲んだ海賊たちが一斉に剣を網に突き立てる。
「ぎゃあ!」
「よし!」
悲鳴を聞いてハマデが快哉を叫ぶ。
「ヨシ! じゃねぇよ」
その声と共に網から突き出た物差しが網ごと悲鳴を上げた海賊を斬り倒す。
そのまま周囲に群がっていた海賊ごと網は切り刻まれ、無傷のダイゴが現れた。
「な……何とも無いのか……」
「全く、服を直すの手間なんだから余計な事してくれんなよ」
「く、くそぉ! おい! 行け!」
ハマデが脇の手下に命令する。
「うおおおお!」
破れかぶれに斬り掛かる手下もあっけなく剣ごと斬られる。
「げうっ!」
崩れ落ちかけた手下の身体がビクンと跳ね、胸から剣が突き出てきた。
ハマデが手下の体ごと剣を差し込んできたのだ。
ドン!
手下の身体越しに何かにぶつかるような手ごたえがあった。
「通った!」
ハマデが快哉を上げる。
だが、
「残念でした」
その声と共にゾクリとした感触がハマデの身体を通り抜け、そこで彼の人生は暗転して終わった。
「何なんだ……コイツは……」
ギシャムはハマデの剣はダイゴを貫くことなく止まり、逆にダイゴの振るった剣は貫かれた手下ごとハマデを両断する様を驚愕の表情で見ていた。
「だから言ってるだろ、神の代行者だって」
肩に物差しを置きながらのんびりとした口調でダイゴが答える。
「な、何なんでい……そりゃ……」
「あぁ、あれだ……」
「でぇえええい!」
ダイゴが説明しようとした隙を狙ってギシャムが先程の海賊などとは比べ物にならない鋭い斬撃を送る。
キン!
だが渾身の一撃もダイゴの体に届く前に弾き飛ばされてしまった。
「……」
「この野郎、人が親切に説明してやろうとしてるのにその隙に斬り込むとはふてぇ奴だ」
「ひぃっ!」
怯えた表情のギシャムが背を向けて逃げようとした瞬間。
「『重力縛』」
「げぶぅっ⁉」
ダイゴが右手に紫の魔法陣を展開すると、ギシャムがその場に崩れ落ち、身動きが取れなくなる。
「じゃぁコイツは貰っていくよ」
そのままダイゴはズカズカと近づき、ギシャムの襟首を掴むとその場からかき消すように消えた。
「何だ一体……」
残された海賊がそう言った瞬間、『明けの彼方二世』から放たれた魔導砲弾が直撃し、『誉れ高き母神』は一瞬で消滅した。
「おーし、オラシャントに連絡して『明けの彼方二世は海賊に襲われたとの伝書鳥を寄越して消息不明』と発表させてくれ」
「畏まりました~」
『転送』で『明けの彼方二世』に戻ったダイゴに元気良くメルシャが応える。
「相手は乗っかりますかね?」
「ヒディガの船は皆沈めて生存者も無し。連中が確かめる術は無い」
ケイドルの問いにダイゴが答える。
その足元に『重力縛』で身動きの取れないギシャムが転がっていた。
「第一、連中の目の前でこの船沈めちゃ嫌だろ?」
「嫌ですね」
ケイドルが笑った。
「後は港に着くまで任せたよ。コイツは大事な切り札だ。身動きは出来ないが丁重に船倉にぶち込んどいてくれ」
「畏まりました、陛下」
「しーって」
捕らえたギシャムの前なので唇に指を当てたダイゴだが別段気にはしていないようだ。
そして夜の帳も降り、『明けの彼方二世』は西へ、東大陸へ向け進んでいく。
「んあ……ダイゴ?」
「ん、起こしちゃったか? どうだ気分は?」
「うん……大分良くなったよ……ヒディガは?」
「みんな魚の餌さ」
敢えてダイゴはギシャムを捕らえた事は言わなかった。
「そうなんだ……」
そこでコルナはまたもダイゴに縋り付いているのに気が付いた。
「……」
「ん? 今日は騒がないんだな」
「……まだ酔いが抜けてないし……それに……」
「それに?」
「……何でも無い。おやすみ」
そういってコルナは顔を隠すようにダイゴの身体にしがみついた。
まさか……ダイゴとこうしてると船酔いも収まるの……?
ボクは……ボクは一体どうしちゃったんだろう……?
コルナは『明けの彼方二世』が、浮遊台座と同じく海面すれすれを飛んでいることなど思いもつかず、そのまま眠りに落ちていった。





