第百十二話 ハルメンデルの休日
爆炎を潜り抜けた馬車は車体を砕け散らせながらハルメンデルの門に突っ込んだ。
すぐさま門が閉じられる。
「ふう、何とか振り切ったな」
すでに殆どのヒディガの馬車は撃破したか落伍しており、残った連中は門の外で騒いでいたが、衛兵に威嚇されるとすごすごと引き上げていった。
改造馬車は最期の『炎爆弾』の余波で完全に車体部分が吹き飛んで台車だけになってしまったが、まぁ役目は無事に果たせたから良しとしよう。
「はあぁ、まだドキドキしてるよ」
コルナが深い息を吐いて胸を抑える。
「まぁ、ここまで来ればもう安心だ。降りよう」
台車だけになってしまった馬車を降りるとそこには美しく着飾っているもののよぉーく見知った顔がにこやかに立っていた。
「皆さまようこそオラシャントへ~貴女が勇者コルナ様ですね~」
「あ、はい! 勇者のコルナです……って貴女は?」
「ウチ……私~国王代行のメルシャ・オラシャントと申します~」
「え! メルシャ様ってあの貿易姫の二つ名で次期国王とも言われている……」
世間の評判はそうだったんか……。
「そうです~あのメルシャです~」
「あの、メルシャ様……どうしてボクのことを?」
「はい~ダイゴ殿から連絡をいただき、お待ちしておりました~」
「え? いつの間に? ダイゴ伝書鳥なんて持ってたっけ?」
「ああ、これだよこれ」
ニャン子に目配せすると、自分の背嚢から手のひら大の立方体を出す。
「これは?」
「これ持って向こうの端に行ってみ?」
「う、うん」
コルナが百メルテ位離れた所でシェアリアの持ってる同じ物に声を掛ける。
「あーあー、コルナクン聞こえるかね」
「うひゃぁっ!」
彼方でコルナがここにも聞こえる声でオーバーに驚きすっ飛んできた。
「何これ! ダイゴの声で喋ったよ!?」
「そうじゃない、俺の声をこの伝声魔導回路からそっちのに送ったんだ」
「そ、そんな事が出来るんだ。へええ」
光や給湯の魔導回路は既に見ているからこれもまぁ見せても大丈夫だろう。
少しニマニマした顔でメルシャは俺とコルナのやり取りを見ている。
「そういや国王はどうしたよ?」
「国王は持病のぎっくり腰が悪化して~ウチ……私に丸投げして療養中です~」
「マジかよ……」
コルナのいる手前そう言ったが、これはあらかじめ決められていた事で、俺も承知している事だった。
「え……ダイゴ、メルシャ様とお知り合いなのって言うか随分親しげだけど……」
「それはもう~ごしゅ……」
「あーあーメルシャ様? とりあえずお宿に向かいたいのですが」
「あら~そうでした~どうぞこちらへ~」
メルシャが指した先には豪華な馬車が停まっている。
「ワチは……ムデ達と一緒にいる」
所在無げだったミチョナがやっと口を開いた。
「そっか、じゃあ一緒に来いよ。どうせしばらくはオドイ村には戻れんぞ」
「でも……」
どうやらその辺に野宿して明日にでもオドイ村に帰るつもりなんだろう。
「村の人達は安全な所に避難してもらっている。頃合いを見て村に戻って貰うから後でミチョナもそこに行くと良い」
「本当?」
「ああ、だから俺達と一緒に来てシギル達をゆっくり休ませてやりな。これは俺からのお礼だ」
「……分かった」
ミチョナは煤けた顔ではあるがきれいな白い歯を見せて笑った。
「じゃあ、俺達は引き続きこっちに乗っていくよ」
俺は今乗ってきた台車だけの馬車に乗り込んだ。
当然のようにワン子達も続く。
「あら~ではご案内しますね~」
そう言ってメルシャは豪華な馬車を帰すと自分も俺達の馬車に乗り込んできた。
そこまでしなくていいのに。
「ねぇ! どういう事なのさ!」
馬車が動き出すとすぐにコルナが口を開いた。
「あ? 俺とメルシャ姫?」
「そうだよ! これで只の知り合いとか言ったら怒るよ?」
「じゃあ怒ってもらうしかねぇな」
「もう! ちゃんと教えてよ!」
「以前~私が航海に出て遭難した所をダイゴ様には助けて頂き~それ以来のお付き合いなのです~」
まぁ間違っちゃいねぇな。
「お付き合い……そうなんだ……」
今一つ納得のいかない様なコルナだったがその後は何も聞かずに街並みを見ていた。
あの超大型台風で壊滅的被害を受けたハルメンデルはボーガベルの支援もあって急速な復興を遂げた。
その後の魔導輸送船を始めとする各種の先端技術の導入で貿易量は飛躍的に伸び、今や経済規模なら西大陸の三大国と比肩する規模になっている。
それに対して隣国とはいえ高い山脈が聳えるアロバは天然の要害ではあるが交通の便は悪く、通常であれば積荷は途中のシシャルで馬や駱駝からシギルに積み替えるという手間が必要になる。
今回みたいにそのままシギルが荒れ地帯を走破することはまず無いそうだ。
従ってオラシャントとアロバ間の交易は細々とした物で、大半の物資は元の宗主国とも言えるガーグナタ王国から運ばれていた。
「それで、船の方は?」
「はい~『明けの彼方二世』が出航準備中です~」
『明けの彼方二世』はメルシャが東大陸にやって来たときに乗ってきた船の後継船だが、所属は実はボーガベルで、当然の如く中身はとんでもない代物になっている。
メルシャがここにいた本来の目的は、この船の就航式に出席するためだ。
『ここにもヒディガの拠点ってあるのか?』
コルナに知られないようメルシャに念話を送る。
『表だっての物は去年摘発して潰滅しましたが~残党が商人に成りすまして潜んでいるようですね~』
『ヒディガは徹底的に潰すことにした。組織情報を詳しく調べてくれないか』
『畏まりました~お任せくださいな~』
『で、宿は? まさか王宮とかじゃないだろうな』
『それはもう、ご主人様が大喜び間違い無しの宿を用意致しました~』
そう念を送ってメルシャはにししと笑った。
「何じゃここは」
メルシャに連れてこられた『ぷろとん』という名前は大変胡散臭いが、元の世界の何処かの元大統領の別荘かなんかをモデルにしたであろう豪華な金宿。
そこでまず案内されたのは部屋では無く、紛う事なきプールだった。
椰子の木に似た木がちゃんと植えてあり、プールサイドバーもしっかりある。
こんなプール、テレビかネットでしか見たこと無いんですけど。
「これが~国営宿屋『ぷろとん』の誇る大ぷうるでございま~す」
コルナやワン子達がお召し替えに連れて行かれ、プールサイドの椅子には俺と寄り添うようにメルシャが座っている。
「作業用岩ゴーレム二十体貸してくれって言ってたのは……」
「その通りです~一枚岩から彫らせました~」
「マジかよ……」
ご丁寧に別の巨岩を掘り削ったと思わしきウォータースライダーまである。
「建前上は国賓用の宿ですが~まぁご主人様専用ですね~」
「それだけじゃ無いだろ?」
「やっぱり分かります~? 行く行くは各地に一般向けの系列店を出す予定ですのでその為の技術秘訣を得るためでもあります~」
つまりホテルチェーンを展開するに当たってのノウハウの取得って事か。
従業員の研修施設といったところが実態なんだろうな。
「お前、幾つ事業に手ぇ出すつもりだよ」
既にメルシャが手がけている事業はボーガベルとオラシャントで、陸海の運輸を始め、造船、食品製造、鉱業、倉庫業など十数種以上に渡っている。
「『来たるべき日』に備えて兄弟達に手に職を付けさせないとなので~」
「それってお前……」
「お待たせしました、ご主人様」
後ろから掛かった声に振り向くとそこには驚異の水着軍団がいた。
ワン子、ニャン子は言わず物がな。
獣人特有のすらりと長い手足にメリハリの効いた肢体。
ビキニが実によく似合う。
そして着痩せするタイプのシェアリアとはち切れんばかりと言うよりはち切れてるウルマイヤも実に素晴らしい。
シェアリアは以前はワンピースだったが、今回は露出の多めなビキニスタイルだ。
恐らくは隣の紐に申し訳程度の布が付いてるだけの奴に思うところがあるのだろう。
「ウルマイヤサン、それ動くと……」
「あ、ああああのっ!こここれはごごごご主人様にお見せする時だけで、ふふふ普段はこっこれを巻いておきます!」
俺の指摘に顔を真っ赤にしたウルマイヤは、ワンピース風のパレオというかエプロンみたいなのをいそいそと付けた。
「……一廻りしてみ?」
「え? こここうですか?」
くるっと回った後ろ姿はほぼ裸。
丸っきり裸エプロンじゃないか……。
「これってまさか……」
「はい~元は女王様のご提案の品です~。ウルマイヤさんに合う大きさが無くてですね~」
メルシャの顔も微妙に引き攣っている。
やはり……。
と、俺の肩を指でつつかれてそっちの方を向くと、コルナとミチョナが立っていた。
「おおっ、コルナもミチョナも似合ってるじゃないか」
「ねぇダイゴ、何でボクとミチョナが同じ服なのさ」
コルナ達が着ているのはいわゆるスク水型という奴で、ご丁寧に胸に『こるな』、『みちょな』と名前が書いてある。
「ああ、スマンな。何でも来客用の水着はそういうのしか無いそうだ」
まぁそれもどうかとは思うのだが。
「なんかこれ作為を感じるよ……」
コルナがワン子やウルマイヤをチラチラ見ている。
だがコルナの引き締まったアスリートっぽい体には不思議とこっちの方が似合っている気がする。
「こんな服初めて着た」
ミチョナは肝が据わってるのか全く動じていない。
肝が据わって泰然自若な九歳の村人の脇で落ち着かなげな十六歳の王女様兼勇者。
何とも不思議な絵面だ。
『あの~ご主人様~、ここの光景を見た女王様が直ぐに行くと駄々をこねてらっしゃるそうなんですが~』
『却下』
今アイツに出てこられたらこの後の展開どうすんだよ……。
「さぁ~御夕食までの一時、ゆっくりくつろいで下さいな~」
確かにアロバに行ってからこっち、戦いの連続だった。
ゴキブリの生命力のようにしつこいヒディガの連中だったが、流石にここにはちょっかいをかけてはこれないだろう。
明日までは骨休めしたいもんだ。
「ねぇダイゴ、この大きな池は何のためにあるのさ?」
早速好奇心旺盛なコルナが罠に飛び込んできた。
「コルナクン、良い質問だね。ここはプールと言ってね、泳ぐためにあるんだよ」
「泳ぐ? 泳ぐって?」
「ワン子クンお手本を見せてあげたまえ」
「畏まりました」
スッと立ち上がったワン子がそのままプールサイドから綺麗に飛び込み、見事なクロールで泳いでいく。
昔は平泳ぎだけだったのが何時の間にか覚えたようだ。
「へぇ~、あれが泳ぐって事かぁ」
「いやいや、感心してないでキミもやるんだよ」
「え? ボ、ボクはいいよ」
「何を言っておるのかね。明日には船に乗るんだよ? 万が一船に何かあって海に投げ出されたらどうするんだ」
「あう……た、確かに」
「王女であるコルナ様が泳げないのは仕方ない。だぁが! 勇者であるコルナが溺れてしまうなど恥もいいとこ! そうは思わんかね?」
「うー、何か釈然としないけど泳ぎを覚えるのは良いことだよね」
「そう言うことだ。ワン子クンニャン子クン、コルナ様に泳ぎの基本を教えてあげたまえ」
「畏まりました」
「おまかせ……にゃ」
「わ、私も教えて下さい」
ウルマイヤが手を挙げた。
「何だウルマイヤ泳げなかったのか。だがその水着ではやめておけ」
「あう……わわわかりました」
そうしてコルナが二人に泳ぎを教わってる間、シェアリアとミチョナが揃って無表情でウォータースライダーを滑り降りてきた。
「楽しい?」
その問いに二人はコクコクと頷いた。
やがてハルメンデルの海を美しく彩った夕陽も暮れ、魔導照明灯が灯る。
「さぁ飯にしよう。今日はバーベキューだそうだ」
プールサイドには石で組んだグリルが置かれ、メルシャとウルマイヤが串に刺したカマネ牛や海鮮、野菜を焼いていて、香ばしい匂いが漂ってきていた。
「ばーべきゅー? 何だいそれ?」
飲み込みが早かったのか直ぐに泳げるようになったコルナが拭布で頭を拭いている。
「うむコルナクン、バーベキューというのは屋外で肉や野菜を焼いて食べる食事なんだよ」
厳密には違うのかもしれないが、まぁ間違ってはいないだろう。
「そうなんだ。もうお腹ペコペコだよ」
「お前いつもペコペコじゃん」
「そ、そんな事ないよ! ダイゴはボクをどんなふうに見ているのさ!」
「おなかペコリン勇者」
「な、なにそれー!」
「ささ、皆さんお肉焼けましたよー」
ウルマイヤの声にコルナの顔つきと首の向きが変わった。
「お肉だー!」
ダッシュでグリルの前に走ると両手に串を持つ。
「はふっ! もぎゅっ! おひひい!」
最早コイツに食いながら喋るなと言うのは無理なのだろうか。
少しだけアロバの国王とやらに同情しながら、メルシャから渡された肉串を頬張る。
お……。
おおお……?
この風味溢れるソース……。
懐かしい……。
「このソースってまさか……」
「はい~ご主……ダイゴ様にご教授頂いた、うすたーそーすとけちゃっぷを混ぜた物です~」
「おお、遂にここまでこぎつけたか」
ボーガベルで再現に成功したウスターソースとケチャップ。
トマトの近似種であるクオガルの大量栽培に地域限定ではあるが成功した為、最近量産の目処が付いた。
近々同じく量産の目処が立ったガラス瓶と合わせて製品化の計画が着々と進んでいる。
「このドロッとしたのがスゴく美味しいよ。これは何て言う物なの?」
「これはバーベキューソースと言う物だ」
「そーす? 変な名前だね。でも美味しいや」
コルナは両手の指の間に計八本もの串を挟んでる。
お前は観光地や高速のサービスエリアで買い食いしているオヤジか。
「そうだろう、俺の故郷じゃ野外で肉を焼くときはこれか醤油が欠かせないんだ」
ボーガベルでは醤油の再現も順調には行ってる。
麹菌の採集と選別、培養に実に一年以上の歳月が掛かり、去年一番樽の仕込みが終わった。
同時に味噌も造ったので、冬にはこれらを使った料理が食べられるはずだ。
「ふうん、ダイゴの故郷って美味しい物が一杯ありそうだね。行ってみたいなぁ」
「そうだな」
今の故郷ボーガベルはこれから行くつもりだ。
そして本当の故郷は……。
そう思って肉をかぶりつく。
「ご主人様……付いてますよ」
俺の胸中を察したのか少し悲しそうな目をしたワン子が俺の口元をペロリと舐めた。
翌朝。
起きてみればまた同じ光景が広がっていた。
違いといえばメルシャが加わっていることだ。
部屋は二つの大きなコネクティングルームになっていたのだが、ミチョナは
「ワチはムデ達と寝る」
と言って外に出て行ってしまい、一部屋を割り当てられたコルナは夜中に無言で俺達の部屋にやってきて潜り込んできた。
「あうう……またやっちゃったよ……」
「なんだ? いつも誰かに添い寝してもらわないと寝れない体質なんか?」
世の中には添い寝役なんてのもいるらしいからなぁ。
「そうじゃない、そうじゃないけど……うう……ダイゴのバカ……意地悪……」
顔を赤くしたコルナは小走りに食卓に向かっていった。
と、そこにいたメルシャを見てまたすっ飛んで戻って来た。
「なんでメルシャ様がいるのさ?」
今頃かよ。
「コルナ様~私とダイゴ殿……いえご主人様は既にそういう間柄なのです~」
「え……そうなの? そっかぁ……」
オラシャントの王族が商売の為に各地の王族や豪商に嫁いだり側妾になったりすることはコルナも知っていたようだ。
「ダイゴって一体……」
そう言ったコルナの腹がグウウウッと音を立てた。
「はいはい、お腹が呼んでますよ」
「うー」
俺の茶々にコルナは再び顔を真っ赤にして食卓へ駆けていった。
宿を出た俺達はシギル達に曳かれて港にやってきた。
石造りの桟橋には純白の大型帆船が接岸している。
これが『明けの彼方二世』だ。
すでに出航に向けて乗組員が慌ただしく働いている中、舷梯の前には見知った男が待っていた。
「ケイドル!」
「はっはぁ~、陛……いやダイゴ様! お久しぶりです!」
「やっぱり戻って来たかよ!」
「まぁあの仕事はあまりやる事も無いですしね」
ケイドルはメルシャがボーガベルに来た時乗っていた『明けの彼方』の船長で元海賊だ。
今は在ボーガベル領事をやっているはずなのだが、船乗りの心が抑えられない少々困った男だ。
例えるなら地元の祭りに仕事を放り出してくるような物。
「そういやサラナは?」
「実は……子供が……」
巨漢で厳ついケイドルが子供のように赤く照れている。
サラナはメルシャのお付き侍女をしていたが、元はケイドルの海賊仲間で、今はボーガベルで『サラナ商会』を切り盛りしている女傑だ。
「おおおう! そりゃめでてぇじゃないか! じゃボーガベルで留守番か」
「いや、どうしても一緒に行くって聞かなかったんで……」
「はぁ? 連れてきたのかよ」
「すみません、へ……ダイゴ様」
そう言って髪が伸びて少し印象の変わったサラナが舷梯から降りてきた。
「はぁ、まぁお前が良いってのなら良いけど、身体労われよ?」
「はい、ありがとうございます」
桟橋にはミチョナと三頭のシギル、そしてその脇にはニャン子が俺達を見送っていた。
ニャン子はこの後ミチョナをオドイ村の村人のいるオラシャントの避難場所に送り届けた後、アロバに潜伏して貰うためだ。
代わりに船主としてメルシャが同行する。
「じゃぁ、ミチョナを頼んだよ」
「畏まりました……にゃ」
「勇者様……ダイゴ……ありがと」
余り感情を表に出さないミチョナが何かを我慢しているようだ。
「ミチョナとムデ達のお陰でここまで来られたよ。ありがとう」
コルナがミチョナの手を取った。
「勇者様……ワチ……勇者様のお手伝い出来て嬉しい」
「違うよミチョナ」
コルナが首を振った。
「え?」
「ミチョナもボク達の仲間だ」
「ワチが……勇者様の……仲……間」
そこでミチョナの大きく丸い目から涙がこぼれ、それを隠すようにコルナに抱きついた。
帆にいっぱいの風を受け、『明けの彼方二世』はハルメンデルの港を出航した。
が、
「あヴヴヴヴヴ……ぎぼぢわるぅい……」
「おい! 出航した瞬間に酔うとかどんだけなんだお前は!」
「だっで……船に乗るの……う゛ぷぅ……う゛ぇぇ……」
「だっでって、まだ桟橋そこじゃねぇか……って待て待て! 新造船に早速やるな!」
見送ってたミチョナ達が唖然とこっちを見ている。
先程の感動的なシーンが跡形も無く台無しだ。
「あわわ! コルナ様、『治癒』!」
「あ、ありがとうウルマイヤさん、もうだいじょ……ヴォロロロロ」
ウルマイヤの魔法で治ったと思った次の瞬間のひと揺れですぐにコルナの顔は真っ青になった。
「あーこりゃ駄目だな。部屋に連れてって見ててやってくれ」
「はははいっ!」
ウルマイヤに付き添われコルナは部屋に這うように向かっていった。
「まぁコルナがアレなら却ってやりやすいか」
「そうですね~ところで~隣国ウメヌルからヒディガらしい船が出たのが確認できました~」
「ん? 港からか?」
「いえ~、ハルメンデル付近に停泊していた物です。海賊とかが良くやる手です~」
「そっか、犯罪組織は海賊もやってる訳だ。潰し甲斐があるなぁ」
「ですね~」
にししと笑うメルシャに俺も悪そうな笑みを返した。
その頃、ウメヌルを出たヒディガの海賊船六隻の一隻にギシャム・ジントの姿があった。
ダイゴの『炎爆弾』を喰らったにも関わらず、奇跡的に一命を取り留めたギシャムは、生き残った手下達に隣国ウメヌルの国境近くにあるヒディガ所属の山賊の隠れ家まで運ばれ、そこで最近入手した希少な『聖職者要らずの魔水薬』で回復していた。
身体をある程度動けるまでに回復させるとすぐに小舟で海賊達と合流し、事前にハルメンデルに商人として潜んでいる者から伝書鳥送られてきた勇者が乗った白い船を追って出発した。
「あの野郎……ここまでコケにされて引き下がれるかよ」
まだ火傷が完治しておらず全身に包帯を巻き、頭髪も殆ど残っていないギシャムが唸る。
その姿はさながら復讐に燃える悪鬼のようだった。





