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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第八章 ムルタブス事変編

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第百四話 東大陸制覇

 全高八メルテはある特型聖魔兵二体がダイゴめがけて剣を振り下ろす。

 だがダイゴは軽々と躱し、二体の攻撃は虚しく空を切っている。


 ギョギィイン!


 一体の特型聖魔兵の一撃が大地を撃った。

 ダイゴは素早くその特型聖魔兵の腕に乗ると駆け上がる。


「うりゃ!」


 そのまま顔面に蹴りを見舞うとその反動でもう一体の顔面にもドロップキックを見舞う。

 二体の特型聖魔兵が同時に地面に倒れた。


「んだよ、歯ごたえがねぇな」


 呆れたようにダイゴが言い放つ。


「グググ……どうしたぁ! しっかりせんかぁ!」


 金切り声で叫ぶアマドだったがその足はジリジリと後ずさっていた。

 ヨロヨロと特型聖魔兵達が立ち上がり、再び剣を構え振り回すが、ダイゴは苦も無く躱していく。


「さてと、もういいか」


 そうダイゴが言った直後、一体が剣を振り下ろすが、すかさず後ろに回ったダイゴが膝関節に蹴りを入れる。

 バランスを崩して特型聖魔兵が倒れた。

 それを踏み台に駆け上がると、もう一体の懐に飛び込み右手のひらを広げる。


波動ヴェクテ・改」


 特型聖魔兵の胴体に右手が当たった瞬間、


 ボブビョン!!


 奇怪な音を発した特型聖魔兵の胴が粉々になって吹き飛んだ。

 そこへ立ち上がったもう一体が横薙ぎの剣を振るう。

 ダイゴはとんぼ返りでそれを躱しながら、紫の魔法陣を展開した。


「『伝導極大負荷インフォメーションオーバーロード』」


 途端、特型聖魔兵の全身がガタガタと震えだした。

 内部の魔石に極端な負荷を掛けて破壊するという、ダイゴが作り出したゴーレム殺しの魔法だ。


 振動は次第に大きくなり、まるで奇妙なダンスを踊るように四肢を激しく震わせた挙句に特型聖魔兵は四散して崩れ落ちた。


「まぁ、大して変わらなかったなぁ……ってあれ?」


 見るとアマド・ファギの姿が消えていた。


「本当逃げ足だけは速えなぁ」


 頬をポリポリと掻きながらダイゴはウルマイヤに念を送る。


『ウルマイヤ、アマド・ファギが逃げた。決着をつけてこい』


『畏まりました、ご主人様』


 すぐさま広場の方からレミュクーンの影が西へ音もなく飛んで行く。


「ん?」


 見ると馬車の脇に保守派の神官達が取り残されている。

 全員がダイゴの壮絶な戦いを目の当たりにして腰が抜けたのか動けずにいた。


「おい、あんたら」


「ひいいいい! い、い、命ばかりはお助けを!」


「わ、わ、儂等は……」


「ああ、見苦しい命乞いとか聞きたくないし、別にあんたらの命とか要らんから。まぁ、神皇猊下のとこに行って懺悔するなら何もせんよ」


 面倒くさそうに手を振るとダイゴは顎で広場の方を指した。


「わ、わわわ分かりましたぁ!」


 神官達は這うように広場へ戻っていった。


「さてと……」


 後はアラルメイル神皇猊下と改革派の面々が上手く収めてくれるだろう。

 ここでのダイゴの仕事は終わった。


「美味い食い物屋とかねぇかなぁ」


 呑気にそう言って鼻歌を歌いながら神官たちの後を追うように広場へ向かっていった。






 セスオワから西へ伸びる街道をアマド・ファギは馬を駆ってひたすらキンブイを目指していた。

 馬を飛ばせば三十ミルテも掛からない。

 最早、神皇も権力も無い。

 今は迫り来る死から逃れることが最優先だった。


 ダイゴが言った『神の代行者』と言う言葉が頭の中を駆けめぐる。


 あんな下賎で粗暴な男が神の代行者などであるはずが無い……!


 もしいるとすればそれは儂であるべきだ……!


 神は……神とは一体……!


 永年神に仕えてきたアマドに初めて生まれた疑念だ。

 その時、不意に巨大な影がアマドの頭上をよぎった。


「な! まさか……」


 ウルマイヤが操るあのバケモノの姿が脳裏に浮かぶ。

 だがもう後戻りはできない。


 西だ……キンブイにたどり着きさえすれば……。


 と、アマドの目前の彼方に人影を認めた。


 アマドにとっては見慣れぬ赤と白の法服を着たウルマイヤだ。


 あのバケモノはどうした……?


 周囲にはウルマイヤ以外には何もない。

 レミュクーンの姿かたちも見当たらなかった。


 ならば……これは僥倖ではないか……?


 アマドの懐にはドンギヴの魔水薬ポーションが一つだけある。

 これを上手く使えば、ウルマイヤを再び手に入れられる。


 アマドの脳裏に最愛の妹セレオリアの笑顔が浮かんだ。

 兄妹で神皇猊下の最側近の地位に就き、栄華をほしいままにする筈だった。

 それをあの男……カナル・セストが奪っていった。

 アマドの中に歪んだ復讐欲が再び燃え上がる。


「ウルマイヤ……貴様……」


「アマド・ファギ。我が神の命により貴方を誅しに参りました」


「我が神? それはダイゴのことか?」


 アマドの問いにウルマイヤは黙って頷く。


「フン、宗旨替えとは感心せぬな」


 馬を降りながらアマドは嘲笑った。


「違います。ご主人様は神より遣わされた代行者、つまりは神も同然なのです」


「ご主人様ぁ? 代行者ぁ? 馬鹿馬鹿しい。あのような下賤な者が力を持った所で、お前が使ったあのおぞましい力を振りかざすのが関の山よ」


「違います。あれこそが聖魔法の真の姿。貴方たち保守派が欲していた物ではありませんか?」


「そうよ。だが儂はあの力をラモ教が世界を統べるために使うつもりだ。あのような下賤の者がむやみに振るって良い筈が無いわ!」


 手に魔水薬を忍ばせ、アマドはじりじりとウルマイヤに近づく。


「愚かな事を。土魔法は貴方のような邪な考えを持つ人間が振るってはいけないのです。だから先人達はこれを封じた。その意味が分かりませんか?」


「分かるとも! 禁断の土魔法は優れた人間のみが振るうべき! ならば儂が振るって何の問題がある?」


「愚かな……何故そこまで歪んでしまったのですか……叔父上……」


「儂は歪んでなどおらん!」


 そう叫んでアマドは左手をウルマイヤの頬に当てた。

 右手の親指で魔水薬の筒の蓋を外す。


「おとなしくしてろ」


 最初に魔水薬を飲ませた時にはウルマイヤはさしたる抵抗も出来なかった。

 ただ恐怖に震える目で見ていただけだ。

 だが、


「いいでしょう」


 そう言ってウルマイヤは自ら口を開く。

 その姿はまるで殉教者のように見えた。


 不審に思いながらもアマドは魔水薬を注ぎ込んだ。

 魔水薬を飲み込んだウルマイヤの表情が消えていく。


「ふ、ふははは! 母親と同じで愚かな女だ! さてどうしてくれよう!」


 簡単に逆転の糸口を掴んだアマドは喜色に顔面を歪ませながら言った。


「さぁウルマイヤよ! 儂に忠実に仕えるのだ! まずあのバケモノを呼び出せ。あれに乗ってキンブイに行くぞ」


「……降臨せよ……機甲聖堂レミュクーン」


 無表情のウルマイヤが魔石をかざすと、頭上に展開した魔法陣からレミュクーンが現れた。

 金の縛鎖がウルマイヤに絡みつき、レミュクーンに飲み込まれていく。


「ふっ! ふはは! いいぞ! さあ儂を乗せろ!」


 レミュクーンの腕が伸び、アマドを掴む。


「お、おい! もっと丁寧に……あ、あがががぁっ!」


 レミュクーンの腕に締め付けられたアマドが苦悶の声を上げる。


『如何したのです? アマド大神官様。いえ、アマド神皇猊下でしたか? 随分とお苦しそうですが』


 歌うようなウルマイヤの声が響く。

 だが祠の中のウルマイヤは目も口も閉じたままだ。


 その声は後部の管から発せられていた。

 神聖騎士団長を始め多くの神聖騎士たちを苦しめた音を発したあの管からだ。


「あぎぃいいいいいいいい! やぁめろぉウルマイヤァアアアアアア!」


 ウルマイヤの声にアマドは更に苦悶の表情を浮かべ、口の端から血が噴き出す。


『お断りします』


「なぁっ!? なぜだああああ! わ、儂の言う事が聞けんのかぁあああ!」


『聞けません』


「そ……そんな……魔水薬がぁ……何故だああああ」


『私は既に神の代行者の奴隷ですので、この様な物は何の意味もありません』


 頭を駆け巡る猛烈な激痛の中でアマドは以前にもタンガラの海上で同じ言葉を聞いたのを思い出した。


「そ……そんなぎぃあがああああああああ!!」


『アマド神皇猊下? もう一度だけお願いします。 悔い改めてご主人様に懺悔してください』


 優しい言葉が投げかけられるが、その言葉はアマドの脳髄を焼き、巨大な腕が締め上げる力を強めていく。


「ヴァ、ヴぁがったァ……ザンゲスルゥ……」


 アマドがやっとのことで声を絞り出す。


自白カツドン


 レミュクーンから放たれた紫の光がアマドを突き抜ける。


「ゴゲェエエ!! ダ、ダレガスルモノかぁ! コノ場さえ切り抜けれバボブゥっ!」


 更に力が強まり、アマドの口から血混じりの吐瀉物が噴き出す。


『アマド神皇猊下、我が神に嘘はいけません』


「ご……ゲ……ヤメ……助……」


『やはり、貴方は神の裁きを受けねばならぬようですね』


 アマドを締め上げていたレミュクーンの手がふと緩み、アマドは地面に落ちた。


「がぁ……あひぃい」


 最早神皇という地位を掴みかけた大神官などという威厳も消し飛び、アマド・ファギは西へ這いずっていく。


 西へ……キンブイへ……このバケモノから逃れて……。


 だが、アマドの必死の思念をあざ笑うかの如くレミュクーンが跳躍して退路を塞ぐようにアマドの前方に降り立った。


重力縛キャメルクラッチ


「へぶぅっ!?」


 ウルマイヤの声と共にアマドが大地に押し付けられる。

 強大な力場に押さえつけられ身動き一つとれない。


「や……やめ……」


 その直後閉じていたウルマイヤの目がうっすらと開いた。


「あが……あ、あ、あああああああああああ!」


 その目を見たアマド・ファギが恐怖に歪めた顔で絶望の悲鳴を上げる。


『神敵浄散、聖櫃殲光アークルミナス


 その途端紫の光がアマドを包んだ。


「ぎゃああああああああああ!」


 アマドが悶絶極まりない悲鳴をあげた。


「やぁメェギャアアアアアアアああああああ!」


 その光の中、徐々にアマドの皮膚が蒸発するかの如く溶け始める。


「あばあおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 やがてドロドロに崩れ、骸骨になったアマドの身体が更に粉々なっていく。


「……さようならアマド・ファギ……神に歯向かう愚か者……」


 風に乗って流れていくアマド・ファギの残滓に慈愛に満ちた声を吐き捨てたウルマイヤが再び目を閉じ、生ける者の居なくなった丘をレミュクーンは皇都に引き返していった。





「お、帰って来たな」


 中央大神殿前の広場では既に動いている神聖騎士団の姿は無く、解放された改革派の神官達と司祭達がいるのみだった。


 そこへレミュクーンが戻ってきた。

 皆が恐怖の眼差しで見守るなか、ダイゴ達の前にふわりと着地したレミュクーンの祠からウルマイヤがズルリと吐き出されるように出てきた。

 直後、レミュクーンは淡い紫の光を発し、粒子となって溶け消えていく。


「ご主人様、お任せ頂いた任を果たして参りました」


 駆け寄って上気した顔で見つめるウルマイヤの髪をダイゴがなでる。


「良くやった。カナル卿が心配していたぞ」


「あ、はい」


 そう言ったウルマイヤが遠巻きに見ていた神官たちの元に駆け寄る。


「お父様、申し訳ありませんでした。腕は……」


「あ、ああ。大丈夫だ……」


「そうですか。良かった」


 心配そうにしていたウルマイヤがほっとした笑顔を見せた。


「ウ、ウルマイヤ……」


「はい?」


 カナルの脳裏に先程までの猛威を振るうレミュクーンの姿が思い起こされた。

 敵対していた者たちとは言えあのような惨たらしい惨劇を引き起こしたのが自分の娘だとは信じられない。

 実際目の前にいるウルマイヤは特使として送り出す前とも、戻ってきた後とも違っているように感じられた。


「いや、いいんだ」


 恐らくはダイゴ帝の能力による物なのだろう。

 だが今のウルマイヤの幸せそうな顔を見てカナルは納得した。


 セレオリア……ウルマイヤは幸せを掴んだようだ……。


 そう思った一瞬、ウルマイヤに亡き妻の面影が重なったようにカナルには見えた。






 数日後、ムルタブス神皇国皇都セスオワ。


 新帝国ボーガベル、ムルタブス、ガラフデの三国元首による会談の結果、戦後処置が決定した。

 ムルタブスは領地等に変更は無く、国軍および神聖騎士団の解体とそれに伴いボーガベルからの部隊駐留を受け入れる事になった。

 実質的な占領だが、それを拒む余力はムルタブスには全くなかった。


 ガラフデは現状のまま。

 これによって弱小国家だったガラフデは一躍東大陸第三番目の国家に躍り出ることになった。

 ただしボーガベルの要請により、新規奴隷売買が禁止され、ワン子やヒルファがいた高級奴隷調教所を始め奴隷に関する施設は全て閉鎖された。


 その上で『東大陸連合条約』が締結される事になった。

 これはダイゴのいた世界の欧州連合を手本にしたもので、これによって実質的に議長国である新帝国ボーガベルが東大陸を統治することになる。



 そのセスオワでは三か国による調印と祝賀式典が行われることになり、アジュナ・ボーガベルから中央大神殿に向かう大通りをダイゴを乗せたモルトーンⅡが進んでいる。


 行列の先頭にはパトラッシュに乗った正装姿のメアリア。

 後にゴーレム兵二千が続き、グラセノフ、ガラノッサ、レノクロマ達三軍の将が選抜された各軍二千の兵を引き連れて続く。

 そしてモルトーンⅡがその威容を誇らしげに進み、側面と後方をリセリ達遊撃親衛騎士団が守る。


 ダイゴは展望指揮所ではなく前部の張り出しに設えた大きめの椅子に座っていた。

 脇をエルメリア達眷属が固めている。

 メアリアと中央神殿でアラルメイル神皇猊下やカナル・セスト大神官達と共にダイゴの到着を待つウルマイヤ以外の眷属は皆礼装に身を包んでいた。

 ダイゴは例の軍装姿。

 こんなキンキラキンは嫌だと必死で抵抗したダイゴだったがエルメリア達にあっさり却下されしぶしぶ着ることになった。


「あのさぁ、これじゃ何か印象悪くないか?」


 国内有名テーマパークのパレードを想像していたダイゴは想像と全く真逆の民衆の反応に口を開いた。

 だが足を組んで片肘を突いている姿はどうにも漫画に出てくる悪の支配者だ。

 しかも周りに美女を何人も侍らしているのだからなおさら。

 これで脇で見守る民衆を消毒したがるようなモヒカンがいれば完璧だ。


 もっともダイゴを見る民衆の表情が一様に恐怖に塗りつぶされているのは致し方ない。

 異様な風体のレミュクーンが放った光を浴びた騎士が目をカタツムリに宿った寄生虫のようにさせながら味方に襲いかかる姿は恐怖以外の何物でも無い。


 神聖騎士達はウビル騎士団長を除いてあの後ウルマイヤが蘇生させたが、逃げた者も含め殆どがあの時の恐怖が元で騎士としては再起不能になり、事実上神聖騎士団は瓦解した。


 そんな恐怖を皇都のど真ん中で撒き散らしたのだ。

 ドン引きされない方がおかしい。


「大丈夫ですわ、この後ご主人様のだんすぱふぉーまんすを披露して頂けば民衆の心は鷲掴みですわ」


「ぜってーやんねぇ」


 そう言ってダイゴは視線を民衆に移す。


 恐れの視線で見守る市民とはまた違ったみすぼらしい服の一団が目に付いた。

 隷属の首輪では無いが首輪を嵌めているところを見ると一般奴隷のようだ。


「ムルタブスにもやっぱ奴隷はいるんだな」


「はい、工事や聖魔兵の製作に駆り出されていたようです」


 クフュラがすぐに答える。


「まぁこれから……一寸停めてくれ」


 不意に何かを見つけたダイゴが声を出すと共に先頭のメアリアに念を送った。



 ボーガベルの皇帝が来ると言うことで出迎えの為に市民はおろか奴隷達もすべて駆り出された。

 畏怖の表情で見守る市民とは別に奴隷達は希望の眼差しで通り過ぎるモルトーンⅡを見ていた。

 奴隷である彼らにしてみればボーガベルの支配権にムルタブスが入るという事は彼らの待遇が大幅に好転する好機なのだ。


「はあー、あんれが皇帝デレゴだっぺ、まんだ若ぇのにすんげぇなぁ」


「まんず皇帝ともなるといい女侍らしてんなぁ」


「あんないい女と毎晩……くうぅ羨ましいなぁ」


 口々に期待とは相反する下卑たことを言ってる奴隷達に混じって身体を壊して寝込んでいた若い奴隷も仲間に連れられて行軍を眺めていた。


 と、突然彼の所で行軍がピタリと止まった。


「な、何だ、どうしたんだ」


「おい、こっちの方見てるど」


 皇帝がじっと若い奴隷の方を見ている。

 やがて大きな馬車を降りて二人の女を脇に連れながらやって来た。

 片方の女は如何にも女王と呼ぶに相応しい白絹の礼装に身を包んだエルメリア。

 もう一人は木綿ではあるが美しい蒼の礼装姿のワン子。


 たちまち人垣が分かれ、若い奴隷に連なる道が出来た。

 その道を三人は若い奴隷に向かって歩いてくる。

 若い奴隷はダイゴよりも左右を固める美しい女に目がいっているようだった。

 目前まで来たダイゴはそんな若い奴隷をお構いなしにマジマジと見ていたが、手をかざして紫の魔方陣を展開した。


「『回復ヒール』」


 紫の光が若い奴隷を包む。

 民衆は先日の惨劇を思い出してざわついた。

 だが、見る見る若い奴隷の血色が良くなり、スッと立ち上がると両の手を見た。


「お、オメェ良くなったんか?」


 脇の仲間の奴隷に恐る恐る聞かれて、


「あ……うん、大丈夫」


 そう流暢な言葉で答えた。

 奴隷達、そして周囲の民衆から驚きの声が上がる。


 ダイゴが若い奴隷に短く言葉を掛けた。

 それを聞いて若い奴隷の目が大きく見開かれる。


 ダイゴは踵を返すと、手を振ってモルトーンⅡに戻っていく。


「お、おい、皇帝は何て言ったんだ? 聞き慣れない言葉だったがよう」


 仲間の中年の奴隷が声を掛ける。

 だが若い奴隷はそれには答えずに呆然とダイゴを見送っていた。

 自然と涙が溢れてきたが、それが何故なのかは彼自身にも分からなかった。



 ムルタブスで治癒魔法が使えることは十分尊敬の対象になることだ。

 目の前でのパフォーマンスに民衆の空気が変わっていた。


「ダイゴ皇帝万歳!」


「ダイゴ皇帝万歳!」


 更にあちこちでそんな声が湧きあがった。

 その声を発しているのはこの間まで兵士だった者たちだ。

 死んだと思われた彼らは殆どがカラン高原から生還してきた。

 その彼らが無意識にダイゴを称える声を上げている。

 やがてそれは他の民衆にも伝わっていった。


「流石ご主人様、お見事ですわ」


 行進を再開したモルトーンⅡの上で感嘆するエルメリアに相変わらず片肘をついてダイゴが返した。


「そんなんじゃ無いよ」


 よく知った顔に似た男がいて何気なくステータスを見たら何も表示されなかった。

 そんな人間はこの世界に来て二人目だった。

 まさかと思って近くに行って確認したらほぼ予想通り。

 身体が悪いのを直したのはせめてものよしみで、それ以上あの男に介在する気はなかった。


 神様にも取りこぼしはあるってことか……。


 そんな思いを抱くダイゴを乗せたモルトーンⅡは中央神殿に入っていった。





 その頃、東大陸を遙かに離れた洋上を五隻の船団が進んでいた。

 先頭の船に乗っているのはドンギヴ・エルカパスとペルド・ファギ。


「ンン~流石ダイゴ帝。瞬く間に大陸を統一してしまうとは。流石にもう商いは難しいでしょうが、色々と収穫はありましたねぇ」


 ドンギヴは脇にいるペルドに仰々しく話しかけるが、ペルドは無表情のままだ。


「ン~ン、ペルド殿も思いの他父親思いのお方だったのでお薬を使わせてもらいましたが、まぁ、故郷に戻ったら熱いおもてなしをさせて頂きますで御座りまするよ。お代はたぁくさん頂いておりますので」


 船にはアマド達保守派の神官達の財産である多量の金銀や宝石などが積み込まれている。


「はい……楽しみです……」


 無表情のペルドがボツりと言った。


「流石にお薬が切れないとお仕事に差支えますでねぇ」


 そう言いながら空の魔水薬の筒を海に投げる。

 と、海鳥がそれを加えて飛び去った。


「あらあらぁ、おいたはいけませンねぇ」


 ドンギヴは自身の奇妙な柄の外套から長い筒状の物を取り出すと構える。


 パン!


 炸裂音が響き、彼方に飛んでた海鳥がパッと散った。


「ふうむ、まぁだ腕は衰えていませンねぇ」


 結果に満足したドンギヴは筒を外套の中にしまい込む。


「ああ、久しぶりの我が偽りの故郷、『第六天國エデンナンバーシックス』。到着が楽しみですねぇ」


 そう言ってドンギヴは笑った。

第八章 ムルタブス事変編

これにて完結です。

次週より第九章 アロバ勇者譚編が始まります。

引き続きのご愛読、ブックマーク、評価、ご感想お待ちしております。

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