第百話 遊撃騎士団
聖魔兵から撃ち出された物はかなりの距離を勢いよく飛んでいく。
「あれは!?」
ダイゴが身を乗り出した。
あの形は見覚えがある。
全長はニメルテ(約二メートル)程。
先端の鏃は複雑な返しが付いている。
「クロスボウか!」
聖魔兵が持っていたのは携帯型の弩砲。
茶猪族達が左右に別れたのは弩砲の射線上にメアリア達を誘導する為だった。
ビュオオオオオオン!!
不気味な音を立てて十数本のの弩がメアリアに迫る。
「くっ!」
と、目の前にハリュウヤの装甲を前面展開したセネリが飛び出した。
「不愛想!?」
ガガガガンガン!!
セネリのハリュウヤが弩を弾いていく。
「大事無いか無愛想?」
「あるものか。成程威力はあるな」
「護ってもらう必要は無いぞ?」
「お前では無いよ」
そう言ってセネリは後ろを見た。
艦船積載型にも匹敵する聖魔兵の弩砲は『絶対物理防御』を持つメアリアとハリュウヤを身に纏っているセネリはともかくそうでないリセリ達には十分に脅威となり得る威力を持っている。
だがリセリ達もアルボラス傭兵団として場数を踏んできた歴戦の強者達だ。
リセリは茶猪族の動きと遠方の聖魔兵の挙動にいち早く気付くと左手を挙げVサインを作る。
「分!!」
その号令と共に茶猪族の動きに合わせて左右に分かれる。
直後、前方で凄まじい衝突音が起こり、続いて何かが自分達のいた所を掠めていく。
「重弩だ! 十分注意しろ!」
飛んできた物の正体を理解したリセリが叫ぶ。
そのまま目前に迫った茶猪族達に突っ込んでいく。
弩を無事に避け茶猪族達と会敵したリセリ達を見て安心したセネリは聖魔兵達の方に向き直った。
ハリュウヤが再び鎧形態になっていく。
「改めて突っ込むぞ! 注意をこちらに引き付ける!」
「応よ!」
二人は再び風と化して突っ込んでいく。
今度は注意をひくためわざと狙われるように動きながら。
先鋒に茶猪族を配置し正規兵を後続に配した意味を理解した。
傭兵であれば流れ弾に当たっても構わないのだろう。
もしくは弩を避けるだけの技量を茶猪族の傭兵達は持っていると言う事。
だがそれはいざとなれば茶猪族諸共掃射される可能性があると言うことだった。
聖魔兵から弩弓の第二射が発射される。
「!?」
またもメアリアが不審に思った。
注意を引き付けた筈なのに弩弓は再び同じ軌道を飛んでくる。
妙に違和感があった。
通常の弓兵は後方から山なりに射ってくるのが常道。
勿論ある程度の距離になれば直射で狙っても来る。
だが聖魔兵にはそれがない。
メアリア達を狙ってはいるのだが狙いを定めると言うよりはいる方向に漫然と射ているだけ。
『何だこいつ等? 狙ってないのか?』
『どうやら正確には狙えないようだな』
『ならば遠慮無く懐に入らせて貰おう!』
そう念を送ってメアリアとセネリは弩弓を弩砲を持っている聖魔兵の前に肉薄する。
勿論相当の数の聖魔兵の一斉射は言わばショットガンの散弾のような物だ。
だが二人にとってはそれを避ける事は造作も無い事。
目の前に弩弓の装填に掛かっている聖魔兵が迫る。
メアリア達が肉薄しているのにもかかわらず聖魔兵の動作には応戦する気配もない。
「何だこいつ等……」
斬り込もうとしたメアリアの言葉は槌を振ってきた別の聖魔兵によって途切れた。
どうやら弩砲装備の聖魔兵の護衛役らしい。
キチンと役割分担は為されているのか……。
ヴォン!
鈍い唸りを上げて迫る槌を僅かに馬体を捻ってパトラッシュが躱す。
「うりゃああああああ!!」
ガキィン!
メアリアが斬りつけた腕は傷が走っただけ。
「ならばぁ!」
バルクボーラを切り返して関節の部分を狙う。
ガギャァン!
鈍い音を立てて槌を持った腕が吹き飛ぶ。
バランスを崩した聖魔兵がたたらを踏むとその顔面の穴目掛けてメアリアはバルクボーラを突き込む。
ガビョン!!
奇妙な音を立てて聖魔兵の動きが止まった。
「……あれ?」
メアリアが拍子抜けした声を上げた。
メアリア、そしてセネリ達はこの日の為にダイゴが作り出した岩ゴーレム相手に実戦練習を重ねてきた。
当初ダイゴが超回転で岩を割れだの滝の水を斬れだのブーメランを避けろだの尖った丸太を避けろだの挙句の果てにはカーペットで追い回すだの宇宙人も裸足で逃げ出すような特訓を思いついていたのだが、何れも却下されて結局無難な岩ゴーレム相手の模擬戦になった。
この訓練用岩ゴーレムはダイゴが転移して一番最初に作ったものとほぼ同じものだ。
構成素材が岩であることと、それに伴い若干動きが緩慢な為、戦闘は不安視された結果、現在は主に土木作業や戦場での後始末などに活用されている。
だがその岩ゴーレムよりもこの聖魔兵とやらは呆気なさ過ぎたのだ。
ふと脇を見ると別の聖魔兵にグリオベルエで風穴を開けたセネリが微妙な顔をしている。
たぶん自分も同じ顔何だろう……。
そう思ったメアリアだが、セネリと同時に頷くと、
「うおおおおおおおおお!」
雄叫びをあげ、聖魔兵の群れにセネリと共に突っ込んでいく。
弩弓の装填が終わった聖魔兵が弩砲を構えた。
「させるものか!」
そう言ったメアリアは弩砲を構えた腕の関節を斬り飛ばす。
「まずはこいつ等からだ!」
その言葉にセネリも続く。
グリオベルエが白い光を放ち始め、ハリュウヤが後方に展開していく。
「雷迅突!!」
爆発的な推進力で五機程の聖魔兵の胴に一気に風穴を開けて突き抜けた。
だが残りの弩砲装備の聖魔兵は文字通り機械的に弩砲を装填し、発射しようとしている。
その懐にセネリは滑り込むとグリオベルエを下から斬り上げ聖魔兵の腕を飛ばす。
護衛の聖魔兵が槌を振り下ろしてくる。
「遅い!」
紫の光がハリュウヤの力場制御素子から放たれ、瞬間移動並みの速さで避けたセネリがグリオベルエを聖魔兵の顔面に突き立てる。
頭部を破砕された聖魔兵はその場でクルクルと回っていたがやがてバランスを崩すと倒れ、そのまま歩く動作でもがいていたがやがて停止した。
だがセネリはその聖魔兵には目もくれず、次の獲物に襲い掛かっていた。
一方後続ではリセリ達マキシマ遊撃親衛隊の面々と茶猪族の傭兵達が激しい攻防を繰り広げていた。
「掛かれぇ! 掛かれぇ!」
戦場にリセリの透き通るような、それでいて力強い声が響く。
森人族達が量産型グリオベルエとも言えるグリオエルデを振るい茶猪族の首を飛ばして回る。
乗っている擬似生物の馬はメアリアのパトラッシュ程ではなくとも十分にリセリの意を解して動いてくれる。
マキシマ遊撃騎士団の戦力は実数の二百以上とも言えた。
だが、相対する茶猪族達も歴戦の強者らしく、容易に突破はさせてくれない。
数は十倍以上いるのだ。
四人一組になって馬上を狙ってくる。
「ゴーレム兵に頼らずに屠って見せろ! それがご主人様の名を戴いたマキシマ遊撃騎士団の矜持ぞ!」
「「応!!」」
リセリの激にレノリ達騎士団員が声を挙げる。
同時に茶猪族がリセリ目掛けて槍を繰り出してきた。
「いりゃあっ!」
頭上で回したグリオエルデを突き出し。先頭の茶猪族を串刺しにする。
だがすぐさま別の所から槍が突き出される。
リセリは四人の茶猪族に囲まれていた。
「ちぃっ!」
だが後方の茶猪族を擬似生物の馬が蹴り飛ばし、更に前の一人を体当たりで吹き飛ばす。
リセリはもう一人をそのまま斬り下げる。
瞬時に二人が血しぶきを上げ、二人は血反吐を吐いて地面に斃れた。
だが茶猪族は次々と押し寄せてくる。
「雷撃! 行くぞ!」
リセリ達はグリオエルデの魔石に手を翳し魔力を注ぎ込む。
刀身が白光を帯ていく。
この魔石は実際は雷撃魔導回路になっており、魔力を雷魔法に変換、放出する事が出来る。
「『雷電』!!」
一斉に放たれた雷撃が茶猪族を襲い次々と煙を吹き上げ斃れていく。
だがそれでも物怖じせずに茶猪族達は突っ込んでくる。
まさに猪突猛進という言葉がピッタリだ。
「敵の数! まだ少なくはないぞ! 掛かれぇ!」
再びリセリの声が響き、騎馬の美丈夫達はグリオエルデを構えた。
「うーん」
モルトーンⅡ上の展望指揮所でメアリア達の戦いを見ていたダイゴが唸った。
「如何でしょう? 聖魔兵は?」
脇に寄り添うエルメリアが尋ねる。
「ま~ぁ、あんなもんだよなぁ。うん、頑張った方じゃね?」
このダイゴの言葉が全てだった。
結局全ての性能は聖魔兵よりもゴーレムの方が遥かに上回っている。
その差を例えるなら、
F1カーと幼児向け電動自動車。
F22戦闘機とライト兄弟の飛行機。
イージス護衛艦とスワンボート。
その位のどうしょうも、どうにもならない差があった。
無理はない。
見てくれは似ていてもその技術体系が根本から違うのだ。
言って見れば似て非なるもの。
『あー、メアリア。取り敢えず聖魔兵は放っておいて良いや。リセリも鹵獲しなくていい。ゴミが増えるだけだ。あとはゴーレム兵に片付けさせる』
『分かった』
『畏まりました』
返事をするまでも無く次々と聖魔兵を倒していくメアリアとセネリ。
聖魔兵は腕を斬り飛ばされただけでバランスが悪くなるらしく、戦闘どころではなくなる。
「てえぃい!」
メアリアが腕を斬り飛ばし、
「せぇい!」
セネリが頭部にグリオベルエを突き込む。
鈍重な動きの聖魔兵が次々と破壊されていく。
「…………」
ウビル騎士団長はあんぐりと口を開けたままだった。
期待の聖魔兵が呆気なく屠られていく様は悪夢としか言いようがない。
事前に見た時は頼もしかった巨体も、戦場を風の様に駆けまわる二人の騎士の前にただの薄ノロのでくのぼうにしか見えなかった。
二体の聖魔兵が槌を振り下ろした隙間を白銀の鎧が軽やかに駆け抜け、聖魔兵がお互いを殴って倒れている。
腕を斬り落とされた聖魔兵が同じ場所をクルクルと回りやがて倒れ、そのまま歩く動作をつづけている。
「なんて……ザマだ……」
余りの無様さに漸く絞り出す様に言った。
それに比べればまだ茶猪族の傭兵の方が善戦してると言えた。
森人族らしき騎士を必死で食い止めている。
だが数で勝っているはずの茶猪族も森人族達の魔法を取り交ぜた攻撃に徐々に押されていた。
後方では例の魔法人形の兵士たちがひたひたと迫って来ていた。
このままでは茶猪族が突破されるのは時間の問題だった。
「全軍前進! 茶猪族に続いて敵を蹂躙せよ!」
前進の旗が掲げられる。
「団長! 聖魔兵は……」
「ええい、放っておけ!」
聖魔兵は複雑な命令を判断、処理する能力はない。
予め設定された数種類の命令をこなすのみだ。
二万の正規兵を持ってすればまだ勝機は十分にある……。
ウビル騎士団長はそこに望みを繋ぐ。
二万の兵は隊列を組んで前進を開始した。
だがその目前に二つの疾風が吹き込んだ。
リセリ達マキシマ遊撃騎士団も徐々に数で勝る茶猪族を圧倒し始めている。
だがそれでも勇猛果敢な彼らの抵抗は凄まじく、徐々に手負いが増えてくる。
「存外茶猪族の方が手強いな。シェアリアに負傷者の治療を……」
徐々に増えてきた後退してくる負傷者を乗せた擬似生物の馬を見てダイゴが待機中のシェアリアに指示を出そうとした。
「ご主人様、ウルマイヤにお任せ頂けないでしょうか?」
脇に侍っていたウルマイヤが見上げながら言った。
「うん、じゃあ頼む」
ちょっと考えたダイゴだったがウルマイヤの頭を撫でて言った。
「畏まりました」
そう言ってウルマイヤはダイゴの唇に自分の唇を重ねると、身を翻して展望指揮所を出て行く。
モルトーン前ではシェアリアが回復魔法を使っていた。
「シェアリア様、お手伝いさせてください」
「……うん、それじゃここはお願い」
シェアリアはそう言うと浮遊台座に飛び乗り戦場に向かって行った。
直後、前線で次々と炎が巻き上がった。
前線でシェアリアが放った『炎華繚乱』の爆炎が次々と正規兵達を飲み込んでいく。
ウルマイヤは両手を翳し紫の魔法陣を展開し、負傷者の治癒を始める。
「ありがとうございます、ウルマイヤ様」
槍傷の癒えた森人族が頭を下げると再び擬似生物の馬に跨り戦場に戻っていく。
「頑張ってください」
笑顔でそう言って見送ったウルマイヤの澄んだ青の瞳が一瞬暗く澱むような光を放った。
私も……。
だが新たな負傷者が次々とやってきて再びウルマイヤは治癒に忙殺されていった。
前線では既にメアリア達が正規兵の中に飛び込み、ゴーレム兵が茶猪族と聖魔兵の残りを駆り始めていた。
シェアリアの魔法援護もあり、既に正規兵も相当の損害を与えてている。
「聖魔兵には構うなぁ! 正規兵に狙いを絞れぇ!」
リセリの号令で一丸と固まった遊撃騎士団が聖魔兵の間を駆け抜けていく。
一体の聖魔兵がリセリの行く手を塞いだ。
「邪魔だ! 充雷!」
リセリの持つグリオエルデの魔石に魔力が充填され光を放つ。
聖魔兵が横殴りに振るった槌を馬上で仰け反る様に避けたリセリは身を捻って起こすやグリオエルデを聖魔兵に突き立てる。
「爆雷!」
瞬間膨大な雷の魔力が聖魔兵に放出され、
ボビュン
と奇妙な音を立てた聖魔兵は煙を吹いて動かなくなった。
もはや聖魔兵は脅威でも何でもなく、戦場の障害物に成り下がっていた。
標的を絞り切れずにもたもたしている聖魔兵に茶猪族を抜けてきたゴーレム兵が襲い掛かる。
メアリアやセネリからのフィードバックを受けてゴーレム兵は正確に聖魔兵の腕を斬り飛ばし、頭部の穴を突き込んでいく。
次々と聖魔兵は成す術無く石くれ同然と化していった。
「うぐぐぐ……」
ウビル騎士団長は折れんばかりに歯噛みした。
余りにも一方的な蹂躙劇。
みるみるうちに正規兵が斃されていく。
周りを囲んでいる神聖騎士達も一方的な展開に言葉を失っている。
「これが……これがボーガベルか……」
ウビル騎士団長が絞り出すように言った。
認めたくはなくても認めざるを得ない。
二つの大国をいとも簡単に落し、東大陸のほぼ全てを手中に入れた国。
僅か三千にも満たない兵が、二万超の自軍の兵をまるで一方的に屠っていく。
余りにも実力が、格が、技量が、何もかもが違い過ぎた。
このままでは遠からず全滅するだろう。
だがそれを止める手段が無い。
ウビル騎士団長は懸命に思考を巡らせるが、全く思いつかない。
「団長! このままでは!」
騎士の叫びに我に返る。
「撤退だ! 急ぎセスオワに戻るぞ!」
そう怒鳴って馬首を翻すと一目散にセスオワ目掛けて駆けていく。
結局それしか思いつかなかった。
例えアマド・ファギ大神官の命や期待に背くことになっても死んでしまっては何にもならない。
騎士たちも慌てて続く。
撤退の合図すら出さずに皇都セスオワに向かって逃げていくウビル達を見た周囲の兵も武器を放って後に続く。
もはやウビル騎士団長には一般兵の事などどうでも良かった。
まだセスオワには神聖騎士団が温存してある……。
それにしても何と使えん……。
余りに不甲斐ない聖魔兵に毒づきながらもアマドにどう釈明するかでウビルの頭は一杯だった。
『……ご主人様、敵が撤退していく』
シェアリアが暗に魔法攻撃の許可を求めてるような口ぶりで念話を送ってきた。
『あーほっとけほっとけ』
「追撃は如何致しましょう?」
今度はセイミアが尋ねる。
「追撃は無しだ。あくまで『我が軍はガラフデの防衛が目的』だからな」
「畏まりましたわ。では……」
「ああ、次の段階に進めよう」
「ご主人様、その事で私、良い考えがありますわ」
そう言ってエルメリアが目を星の如く煌めかせながら言った。
「な、なんだよ……」
この顔のエルメリアは大概ろくでも無い事を企んでいる。
悪い予感しかしねぇ……。
ダイゴの晴れ渡っていた胸中に急に黒雲が湧いて出てきた。





