山茶花( さ )
「歩~季っ! 改めて昨日は、誕生日おめでとー!」
「へへ、何度もありがと」
「どーだった? 昨日」
「別にー。いつも通りだよ」
「えー、ホントになんもなかったのー?」
「なんもないって。あーでもバイト終わって帰ったら、親がケーキ買ってきててさ、めっちゃ深夜なのに無理やり食べさせられた。おかげで今日、肌死んでる」
「えーうれしいじゃーん! 肌も全然わかんないよ!」
「いや、メイク落としたらホントヤバいんだって」
「わかんないけどなー。じゃーでも一応、今日は寄り道やめとく?」
「そだね。今日はちょっと、カロリー抑えとかんと」
「月末で、お財布も気になる頃だし」
「そーそー」
「じゃあ今日は、まっすぐ帰るってことで」
「うん、そうしよう!」
◇
「ありがとうございましたー」
「…………はっ」
「あれ?」
「うちらさっき、今日はまっすぐ帰るって言わなかったっけ」
「言ったねえ」
「じゃーここどこ?」
「コンビニ……いつもの」
「じゃーこれなあに?」
「コーンスープ……の缶」
「…………」
「…………」
「ぷっ」
「ははっ」
「ヤバいね。コンビニの魔力」
「つかうちら意志弱っ」
「だってさー、しょーがないよー。もうだって絶対ここ通んじゃん」
「まーそーだね。場所が悪い」
「ね! だってここ、ちょうど曲がり角にあるからさ、絶対ここ通るじゃん。こんな道、まじめにカクカクっと曲がるわけないんだから。絶対近道して駐車場入るんだから」
「そらそーだ」
「そしたらもう、絶対目に入るじゃん。今日はこれが割引ですーって」
「そりゃあお店入っちゃうわな。不可抗力だよ」
「ね! ていうか逆に、今日飲み物だけでやめれたの偉くない? 歩季なんかコーヒーじゃん! しかもブラック! 全然意志強いよ」
「ま、そういうことにしとくか」
「そーゆーことにしとこ! とりあえず座ろ!」
「そだね。冷めちゃう前に飲もっか」
「飲も飲も!」
「おっ、いい音」
「もー音だけでおいしそう」
「はは、じゃあ、そーゆーわけで――」
「「いただきまーす」」
「…………」
「…………」
「「はぁー」」
「あったまるー」
「あったまるねぇー」
「なんかこう、みぞおちのところまでぐぅ〜っとあったまるねえ」
「みぞおちwたしかに」
「…………」
「…………」
「とろけるー」
「ふふ」
「コーヒーはとろけないか」
「まあそうだね」
「そーいや歩季、こないだもコーヒー飲んでたよね。コーヒー好きなの?」
「んー、まあまあかな。モカは、コーンスープ好き?」
「好きー。っていうかこの時期、つい飲みたくなっちゃうんだよね」
「あーそれはわかるかも」
「だってスープが缶に入ってるんだよー? めちゃくちゃ贅沢じゃーん。それだけでもう飲みたくなるし」
「たしかに、コーンスープだけちょっと、缶の中でもジャンル違うよね。特別感あるよね」
「でしょー? しかも缶なのにコーンの粒まで入ってるんだよ!? もうご飯じゃん」
「ご飯って。でもわかる。謎の満足感あるよね。なんか、私まで飲みたくなってきたな」
「あ、一口飲む?」
「や、大丈夫。なんかコーンとスープ、バランスよく飲む自信ない。せっかくモカが飲んでたバランス崩しそうでw」
「あーでもモカねー、元々バランスよく飲めないんだよねー。いっつもスープだけ飲みきっちゃって、缶にコーンが残っちゃうの。なんか、回しながら飲むといいって聞いたから、一生懸命こーやって回してるんだけどさー」
「それさー、多分回し方違くない?」
「え、そーなの!?」
「多分こうだよ、こう」
「こう?」
「んーもちょっと下の方を、こう」
「こう?」
「そうそうそう。で、飲んでみな」
「うおーふごごごご」
「おお、大丈夫?」
「…………」
「…………」
「っはー! ホントだー! すごい、一気にコーン口の中侵入してきた! うけるー!」
「よかった、モカがコーンで溺れちゃったかと」
「あはは、ヘーキヘーキ! おいしかったよ!」
「そりゃよかった」
「おいしかったといえばさ! 歩季昨日はどんなケーキ食べたの?」
「急に話飛んだな。えっとねー、なんて言えばいいんだろ、ちょっと変わったやつでー。うーん……写真見る?」
「見たーい」
「待ってね……ほい」
「わー! めっちゃおいしそー! なんかソース?かかってるー! しかもちゃんと、プレートついてるじゃん!」
「ったく、子どもじゃないってのに」
「いいじゃーん、こーゆーのはいくつになってもうれしいよー。おー、ご飯もごちそうだ!」
「あ」
「あー! 家族で記念撮影? いーなー」
「あー……」
「ねえねえ、この隣にいるのって歩季のお姉さん?」
「あーうん」
「やっぱりー! めちゃくちゃそっくりじゃん!」
「はは、よく言われる」
「なんていうか、化粧の感じとかは全然違うけど、土台?がそっくりだよー」
「はは。たしかに、スッピンで歩いてると、近所の人とかに素で間違われるからね」
「あははー、それだけ似てるんだあ」
「まあ、今はこの髪のおかげで間違われないけど」
「それもそっか! でもそっかー。歩季、お姉さんいたんだねー。知らなかったよ。いくつ違いなの?」
「んー、2個上」
「じゃー、大学4年? それとも社会人?」
「大学4年」
「そっかー。ってことは、来年就職?」
「……いや、大学院行くんだってさ」
「大学院!? すごいね! 大学院とか、ホントに行く人いるんだあ!」
「はは」
「えーすごいすごーい! お姉さん、頭いいんだねえ」
「……うん。頭いいんだ。姉貴は」
「…………」
「…………」
「写真、ありがとね」
「ん」
「…………」
「…………」
「つっ……めたー! 缶冷えるの早っ! あっという間に裏切るじゃん」
「はは。こっちもアイスコーヒーになってる」
「アイスコーヒーとか、うける。それはそれでおいしそう」
「じゃあ飲む?」
「う、やっぱいいや。モカ苦いの苦手。モカなのに」
「あはは。そーいや、モカは一人っ子?」
「うん。どーしてわかったの?」
「いや、振袖お下がりって言ってたし……。ケーキもあんま、切り分けたことないって言ってたから」
「あーなるほどー。たしかに、うちパパとママの3人だけだから、丸いケーキだと食べきれないんだよね。だからケーキ分けるのとか、羨ましくてさ」
「別に、そんないいもんでもないよ? 大きさ、大小できちゃったとき、だいたいおっきーのが姉貴に行くし」
「ええー、そうなのー!?」
「うん。年上なぶん、食べる量も多いからって」
「そんなー。2個しか違わないのにー」
「うち、いつも姉貴優先なんだよね。ケーキだけじゃなくていろいろ。大学入ってからもそう」
「…………」
「……姉貴の通ってる大学もさ、家から通えるくらいの場所にあるんだけど」
「うん」
「だから最初の方は姉貴も、家から電車で通ってたんだけど」
「うん」
「なんか2年生になる前にいきなり、一人暮らししたいとか言い出して。2年生から研究が忙しくなるからとか言って」
「けんきゅう……! なんかちょっと格好いいな」
「カッコつけてるだけだよそんなの。だけど、親もまんまと乗せられて、あっさり許可してさ」
「そっか。じゃあお姉さん、今は一人暮らしなんだ」
「うん。けどさ、私が一人暮らししたいって言ったらさ、うちの親、アンタは一人にしとくと勉強しなくなるからダメって言って、出させてくんないの」
「えーっ」
「言ってること、姉貴のときと違うじゃんって感じ」
「ホントだねえ。それは不公平だよー」
「でしょ? それで今度は姉貴、東京の大学院行きたいとか言い出してさ」
「え、大学院って東京なの!? 今通ってるのは、この辺の大学なんだよね?」
「なんか大学院って、試験受かれば別のとこでも行けるらしいよ。それでいつの間にか試験受かってて。親もまたあっさりオッケーしてさ」
「えー、そんなー。じゃあお姉さん、4月から東京なのかー。でもなんでわざわざ東京の大学院行くんだろ」
「なーんか親には、その学校でしか研究できないことがあるとか言ってたけど、どうせ東京行きたいだけに決まってるよ。……ったく、姉貴ばっかり好き勝手しやがって。親も、姉貴ばっかり好き勝手させやがって」
「そんな……どうしてお姉さんばっかり……」
「姉貴が優秀だからだよ。どうせ親も、私みたいな落ちこぼれより、姉貴の方がかわいいんだよ」
「そんな……」
「つーか私が姉貴に勝ってるところなんかないんよ。似てるってよく言われるけど、スッピンだと姉貴の方が顔のパーツがくっきりしてて美人なんだ。私は姉貴に比べて、鼻も低いし、唇とかも薄いし。背も姉貴の方が高いしさ。だけど性格は姉貴の方が大人しくてお淑やかだから、先生とかにも気に入られてさ」
「そんな……」
「私は小さいころからずっと、姉貴と比べられてばっか。バカな方が妹、顔が薄い方が妹、チビな方が妹、チャラい方が妹……ってね」
「そんな……」
「……ごめん、こんなことばっか言われても、リアクション困るよね」
「ううん、そんなことないよ。話してくれてうれしい」
「…………」
「きっと歩季は、今までいっぱい悲しくて、いっぱいイヤな思いをしてきたんだね」
「…………」
「一人っ子のモカには、わからない気持ちだからさ……」
「…………」
「だから、なんていうか…………わかるよ」
「…………いや、どっちだし」
「……ふふ……」
「あはは……」
「それにね、それに……モカ、歩季の唇の形好きだよ。ずっとその形の唇になりたいって思ってた」
「えーそうなの? モカの方がぷっくりしてていいじゃん」
「えーやだよー。モカのは厚いだけだもん。リップとかなに塗っても、チキン食べた後! みたいになるしー」
「えーそうかなあー」
「そうだよー! だから、お姉さんの方が顔濃かったとしても、お姉さんの方が美人ってことにはならないよー。背だって、あんま大きすぎない方がモテるしさー。性格だって、明るい方がいいじゃーん」
「そうかなあ……」
「っていうか頭だって、あんまり頭よすぎる人、なに言ってるかわかんなくてモカついてけないもん! あ、別にお姉さんのこと、悪く言いたいんじゃないよ? でも今こうやって隣にいて、一緒に楽しく話せてるのはさ……」
「…………」
「きっと歩季だったからだよ!」
「モカ……」
「ひひ、ちょっと照れるね」
「いや、だいぶ照れる」
「へへ、えっとー、それにさー、ほらあの、お姉さん、もう来年から東京行くんでしょ? そしたら、もう別々なんだから、もうそんなに、気にしなくてもいいんじゃないかな」
「……そっか。そう言われれば、そうか」
「そうだよ。これからは、比べられることだって、きっともうなくなるよ」
「……それもそうだね。あーそう考えたらなんか、急にせいせいしてきたわ。姉貴なんかもう、さっさと東京行っちまえ。それでもう一生戻ってくんな。私は私で、一生地元で幸せになってやるわ」
「そうだそうだ」
「へへっ」
「ふふっ」
「……ありがとね、モカ。こんな話につき合わせて、ごめん」
「ううん。……モカこそさっき、勝手にスマホ、スクロールしちゃってごめんね」
「ああ、別にそんなこと」
「…………」
「…………」
「そろそろ行く? モカ、缶捨ててくるよ」
「ああ、私行くよ」
「いいよ、モカ行くよ」
「じゃ、一緒に行こっか」
「そだね」
「ま、一緒に行くってほどの距離でもないけど」
「ふふ」
「はは……ってうわ」
「ちょっとー、ゴミ箱パンパンじゃん」
「店長さーん、ちゃんと片づけてー」
「あ、ビン缶のとこはギリ入るか」
「だね」
「ほい。じゃ、行こっか」
「そだね」
「そういや歩季、今日荷物多くない? なんかあったの?」
「ああ、今日クラスの友だちが、デートだから髪巻いてほしいっていうから、アイロンとかヘアオイルとか持ってきたんだ」
「へーそうなんだ! すごい、ホントに美容師さんみたい」
「ま、そんな大したことはしてないけどね」
「えーでもいいなー。モカも歩季に、髪やってもらいたいなー。デートの予定とか、別にないけど」
「そう? 私でよければ、いくらでもやるけど」
「ホント!? やってやってー! え、じゃーさー、あのコンセントとか使っちゃダメかな」
「いや、それはダメっしょ。看板消えちゃうって」
「えへへ……そりゃそーか」
「つーか今? 今やってどーすんのさ。もう帰るだけだし」
「帰るだけでも、やってもらいたかったのー!」
「いや今日じゃもう遅いし……そしたら来週は? 授業の前とか、時間ある?」
「ある! でもいーの? また持ってくるの、大変じゃない?」
「別にそんくらい」
「ほんとー!? じゃーやってほしい! 来週!」
「おっけー。じゃーさー、やりたいスタイルとか、後で送ってよ。予習しとく」
「えーそんな、オーダーまでできるの!? ほんと、プロみたい」
「あはは」
「じゃー後で画像送るね。あー楽しみだなー」
「そー言われると、腕が鳴るね」
「おー、鳴っちゃいますかーボキボキ」
「ホントに鳴らしてどうするー」
次回は、12月5日(金)18時頃の更新予定です。




