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枝先の彼女【一年かけて季節を一周する短編集】  作者: 笠原たすき
山茶花

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29/32

山茶花( さ )

「歩~季っ! 改めて昨日は、誕生日おめでとー!」

「へへ、何度もありがと」


「どーだった? 昨日」

「別にー。いつも通りだよ」


「えー、ホントになんもなかったのー?」

「なんもないって。あーでもバイト終わって帰ったら、親がケーキ買ってきててさ、めっちゃ深夜なのに無理やり食べさせられた。おかげで今日、肌死んでる」


「えーうれしいじゃーん! 肌も全然わかんないよ!」

「いや、メイク落としたらホントヤバいんだって」


「わかんないけどなー。じゃーでも一応、今日は寄り道やめとく?」

「そだね。今日はちょっと、カロリー抑えとかんと」


「月末で、お財布も気になる頃だし」

「そーそー」


「じゃあ今日は、まっすぐ帰るってことで」

「うん、そうしよう!」


 ◇


「ありがとうございましたー」


「…………はっ」

「あれ?」


「うちらさっき、今日はまっすぐ帰るって言わなかったっけ」

「言ったねえ」


「じゃーここどこ?」

「コンビニ……いつもの」


「じゃーこれなあに?」

「コーンスープ……の缶」


「…………」

「…………」


「ぷっ」

「ははっ」


「ヤバいね。コンビニの魔力」

「つかうちら意志弱っ」


「だってさー、しょーがないよー。もうだって絶対ここ通んじゃん」

「まーそーだね。場所が悪い」


「ね! だってここ、ちょうど曲がり角にあるからさ、絶対ここ通るじゃん。こんな道、まじめにカクカクっと曲がるわけないんだから。絶対近道して駐車場入るんだから」

「そらそーだ」


「そしたらもう、絶対目に入るじゃん。今日はこれが割引ですーって」

「そりゃあお店入っちゃうわな。不可抗力だよ」


「ね! ていうか逆に、今日飲み物だけでやめれたの偉くない? 歩季なんかコーヒーじゃん! しかもブラック! 全然意志強いよ」

「ま、そういうことにしとくか」


「そーゆーことにしとこ! とりあえず座ろ!」

「そだね。冷めちゃう前に飲もっか」


「飲も飲も!」

「おっ、いい音」


「もー音だけでおいしそう」

「はは、じゃあ、そーゆーわけで――」


「「いただきまーす」」


「…………」

「…………」


「「はぁー」」


「あったまるー」

「あったまるねぇー」


「なんかこう、みぞおちのところまでぐぅ〜っとあったまるねえ」

「みぞおちwたしかに」


「…………」

「…………」


「とろけるー」

「ふふ」


「コーヒーはとろけないか」

「まあそうだね」


「そーいや歩季、こないだもコーヒー飲んでたよね。コーヒー好きなの?」

「んー、まあまあかな。モカは、コーンスープ好き?」


「好きー。っていうかこの時期、つい飲みたくなっちゃうんだよね」

「あーそれはわかるかも」


「だってスープが缶に入ってるんだよー? めちゃくちゃ贅沢じゃーん。それだけでもう飲みたくなるし」

「たしかに、コーンスープだけちょっと、缶の中でもジャンル違うよね。特別感あるよね」


「でしょー? しかも缶なのにコーンの粒まで入ってるんだよ!? もうご飯じゃん」

「ご飯って。でもわかる。謎の満足感あるよね。なんか、私まで飲みたくなってきたな」


「あ、一口飲む?」

「や、大丈夫。なんかコーンとスープ、バランスよく飲む自信ない。せっかくモカが飲んでたバランス崩しそうでw」


「あーでもモカねー、元々バランスよく飲めないんだよねー。いっつもスープだけ飲みきっちゃって、缶にコーンが残っちゃうの。なんか、回しながら飲むといいって聞いたから、一生懸命こーやって回してるんだけどさー」

「それさー、多分回し方違くない?」


「え、そーなの!?」

「多分こうだよ、こう」


「こう?」

「んーもちょっと下の方を、こう」


「こう?」

「そうそうそう。で、飲んでみな」


「うおーふごごごご」

「おお、大丈夫?」


「…………」

「…………」


「っはー! ホントだー! すごい、一気にコーン口の中侵入してきた! うけるー!」

「よかった、モカがコーンで溺れちゃったかと」


「あはは、ヘーキヘーキ! おいしかったよ!」

「そりゃよかった」


「おいしかったといえばさ! 歩季昨日はどんなケーキ食べたの?」

「急に話飛んだな。えっとねー、なんて言えばいいんだろ、ちょっと変わったやつでー。うーん……写真見る?」


「見たーい」

「待ってね……ほい」


「わー! めっちゃおいしそー! なんかソース?かかってるー! しかもちゃんと、プレートついてるじゃん!」

「ったく、子どもじゃないってのに」


「いいじゃーん、こーゆーのはいくつになってもうれしいよー。おー、ご飯もごちそうだ!」

「あ」


「あー! 家族で記念撮影? いーなー」

「あー……」


「ねえねえ、この隣にいるのって歩季のお姉さん?」

「あーうん」


「やっぱりー! めちゃくちゃそっくりじゃん!」

「はは、よく言われる」


「なんていうか、化粧の感じとかは全然違うけど、土台?がそっくりだよー」

「はは。たしかに、スッピンで歩いてると、近所の人とかに素で間違われるからね」


「あははー、それだけ似てるんだあ」

「まあ、今はこの髪のおかげで間違われないけど」


「それもそっか! でもそっかー。歩季、お姉さんいたんだねー。知らなかったよ。いくつ違いなの?」

「んー、2個上」


「じゃー、大学4年? それとも社会人?」

「大学4年」


「そっかー。ってことは、来年就職?」

「……いや、大学院行くんだってさ」


「大学院!? すごいね! 大学院とか、ホントに行く人いるんだあ!」

「はは」


「えーすごいすごーい! お姉さん、頭いいんだねえ」

「……うん。頭いいんだ。姉貴は」


「…………」

「…………」


「写真、ありがとね」

「ん」


「…………」

「…………」


「つっ……めたー! 缶冷えるの早っ! あっという間に裏切るじゃん」

「はは。こっちもアイスコーヒーになってる」


「アイスコーヒーとか、うける。それはそれでおいしそう」

「じゃあ飲む?」


「う、やっぱいいや。モカ苦いの苦手。モカなのに」

「あはは。そーいや、モカは一人っ子?」


「うん。どーしてわかったの?」

「いや、振袖お下がりって言ってたし……。ケーキもあんま、切り分けたことないって言ってたから」


「あーなるほどー。たしかに、うちパパとママの3人だけだから、丸いケーキだと食べきれないんだよね。だからケーキ分けるのとか、羨ましくてさ」

「別に、そんないいもんでもないよ? 大きさ、大小できちゃったとき、だいたいおっきーのが姉貴に行くし」


「ええー、そうなのー!?」

「うん。年上なぶん、食べる量も多いからって」


「そんなー。2個しか違わないのにー」

「うち、いつも姉貴優先なんだよね。ケーキだけじゃなくていろいろ。大学入ってからもそう」


「…………」

「……姉貴の通ってる大学もさ、家から通えるくらいの場所にあるんだけど」


「うん」

「だから最初の方は姉貴も、家から電車で通ってたんだけど」


「うん」

「なんか2年生になる前にいきなり、一人暮らししたいとか言い出して。2年生から研究が忙しくなるからとか言って」


「けんきゅう……! なんかちょっと格好いいな」

「カッコつけてるだけだよそんなの。だけど、親もまんまと乗せられて、あっさり許可してさ」


「そっか。じゃあお姉さん、今は一人暮らしなんだ」


「うん。けどさ、私が一人暮らししたいって言ったらさ、うちの親、アンタは一人にしとくと勉強しなくなるからダメって言って、出させてくんないの」


「えーっ」

「言ってること、姉貴のときと違うじゃんって感じ」


「ホントだねえ。それは不公平だよー」

「でしょ? それで今度は姉貴、東京の大学院行きたいとか言い出してさ」


「え、大学院って東京なの!? 今通ってるのは、この辺の大学なんだよね?」

「なんか大学院って、試験受かれば別のとこでも行けるらしいよ。それでいつの間にか試験受かってて。親もまたあっさりオッケーしてさ」


「えー、そんなー。じゃあお姉さん、4月から東京なのかー。でもなんでわざわざ東京の大学院行くんだろ」

「なーんか親には、その学校でしか研究できないことがあるとか言ってたけど、どうせ東京行きたいだけに決まってるよ。……ったく、姉貴ばっかり好き勝手しやがって。親も、姉貴ばっかり好き勝手させやがって」


「そんな……どうしてお姉さんばっかり……」

「姉貴が優秀だからだよ。どうせ親も、私みたいな落ちこぼれより、姉貴の方がかわいいんだよ」


「そんな……」

「つーか私が姉貴に勝ってるところなんかないんよ。似てるってよく言われるけど、スッピンだと姉貴の方が顔のパーツがくっきりしてて美人なんだ。私は姉貴に比べて、鼻も低いし、唇とかも薄いし。背も姉貴の方が高いしさ。だけど性格は姉貴の方が大人しくてお淑やかだから、先生とかにも気に入られてさ」


「そんな……」

「私は小さいころからずっと、姉貴と比べられてばっか。バカな方が妹、顔が薄い方が妹、チビな方が妹、チャラい方が妹……ってね」


「そんな……」

「……ごめん、こんなことばっか言われても、リアクション困るよね」


「ううん、そんなことないよ。話してくれてうれしい」

「…………」


「きっと歩季は、今までいっぱい悲しくて、いっぱいイヤな思いをしてきたんだね」

「…………」


「一人っ子のモカには、わからない気持ちだからさ……」

「…………」


「だから、なんていうか…………わかるよ」

「…………いや、どっちだし」


「……ふふ……」

「あはは……」


「それにね、それに……モカ、歩季の唇の形好きだよ。ずっとその形の唇になりたいって思ってた」

「えーそうなの? モカの方がぷっくりしてていいじゃん」


「えーやだよー。モカのは厚いだけだもん。リップとかなに塗っても、チキン食べた後! みたいになるしー」

「えーそうかなあー」


「そうだよー! だから、お姉さんの方が顔濃かったとしても、お姉さんの方が美人ってことにはならないよー。背だって、あんま大きすぎない方がモテるしさー。性格だって、明るい方がいいじゃーん」

「そうかなあ……」


「っていうか頭だって、あんまり頭よすぎる人、なに言ってるかわかんなくてモカついてけないもん! あ、別にお姉さんのこと、悪く言いたいんじゃないよ? でも今こうやって隣にいて、一緒に楽しく話せてるのはさ……」

「…………」


「きっと歩季だったからだよ!」

「モカ……」


「ひひ、ちょっと照れるね」

「いや、だいぶ照れる」


「へへ、えっとー、それにさー、ほらあの、お姉さん、もう来年から東京行くんでしょ? そしたら、もう別々なんだから、もうそんなに、気にしなくてもいいんじゃないかな」

「……そっか。そう言われれば、そうか」


「そうだよ。これからは、比べられることだって、きっともうなくなるよ」

「……それもそうだね。あーそう考えたらなんか、急にせいせいしてきたわ。姉貴なんかもう、さっさと東京行っちまえ。それでもう一生戻ってくんな。私は私で、一生地元で幸せになってやるわ」


「そうだそうだ」

「へへっ」


「ふふっ」

「……ありがとね、モカ。こんな話につき合わせて、ごめん」


「ううん。……モカこそさっき、勝手にスマホ、スクロールしちゃってごめんね」

「ああ、別にそんなこと」


「…………」

「…………」


「そろそろ行く? モカ、缶捨ててくるよ」

「ああ、私行くよ」


「いいよ、モカ行くよ」

「じゃ、一緒に行こっか」


「そだね」

「ま、一緒に行くってほどの距離でもないけど」


「ふふ」

「はは……ってうわ」


「ちょっとー、ゴミ箱パンパンじゃん」

「店長さーん、ちゃんと片づけてー」


「あ、ビン缶のとこはギリ入るか」

「だね」


「ほい。じゃ、行こっか」

「そだね」


「そういや歩季、今日荷物多くない? なんかあったの?」


「ああ、今日クラスの友だちが、デートだから髪巻いてほしいっていうから、アイロンとかヘアオイルとか持ってきたんだ」


「へーそうなんだ! すごい、ホントに美容師さんみたい」

「ま、そんな大したことはしてないけどね」


「えーでもいいなー。モカも歩季に、髪やってもらいたいなー。デートの予定とか、別にないけど」

「そう? 私でよければ、いくらでもやるけど」


「ホント!? やってやってー! え、じゃーさー、あのコンセントとか使っちゃダメかな」

「いや、それはダメっしょ。看板消えちゃうって」


「えへへ……そりゃそーか」

「つーか今? 今やってどーすんのさ。もう帰るだけだし」


「帰るだけでも、やってもらいたかったのー!」

「いや今日じゃもう遅いし……そしたら来週は? 授業の前とか、時間ある?」


「ある! でもいーの? また持ってくるの、大変じゃない?」

「別にそんくらい」


「ほんとー!? じゃーやってほしい! 来週!」

「おっけー。じゃーさー、やりたいスタイルとか、後で送ってよ。予習しとく」


「えーそんな、オーダーまでできるの!? ほんと、プロみたい」

「あはは」


「じゃー後で画像送るね。あー楽しみだなー」

「そー言われると、腕が鳴るね」


「おー、鳴っちゃいますかーボキボキ」

「ホントに鳴らしてどうするー」

次回は、12月5日(金)18時頃の更新予定です。

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