山茶花( て )
「ふぅー、よく寝たー」
「よく寝てたねー」
「だってあの先生、ハナシ眠いんだもん。歩季よく起きてられるなー」
「だって……寝たらまた再履だよ?」
「えーちょっとくらい寝たって大丈夫だよー」
「『ちょっと』だったか……?」
「いや、先生来た瞬間から記憶ない……」
「やっぱり……」
「どーしよう、また再履になったら! こーなったら歩季、テスト前ノート貸して!」
「んー、どーしよっかなー」
「お願い! モカの来年がかかってるの!」
「わかったわかった。私のでよければ貸すって」
「やったー! これでひと安心!」
「つっても、私のノートだからね? アテにならんよ?」
「えーそんなことないしー。歩季、ちゃんとしてるもん」
「だからそんなことないって」
「またまたー……って、ひゃー! 外、風やばー!」
「うわーホント、やばー」
「うう、顔寒いよう」
「うう……」
「手も冷たいし……」
「そう。さっき思ったけど、モカめっちゃ手ー冷たそうだよね。しもやけ?」
「そーなのよー。モカ、手ー冷えるとすぐ、しもやけなっちゃうのー」
「そっかー。それはつらいね」
「そーなのつら……ってうひゃー」
「さみぃー!」
「今度は前からー!」
「あーもー、髪ボサボサなるし」
「ああ……せっかくの、歩季のキレーな外ハネが……」
「もーヤダ……」
「ねー……。てかさ、歩季の髪、めっちゃいい匂いしない? シャンプー?」
「え? ん、ああ、これはヘアオイルかな」
「へー! どこの使ってるの!?」
「あーこれはねー、バイト先で売ってるやつ」
「バイト先? そーいや歩季、バイトどこだっけ」
「バイトはねー、今は美容院でバイトしてんだ」
「美容院!? ってことは、え、美容師さん!?」
「まっさかー、ただのレセプションだよ」
「れ……れせ……?」
「受付のこと。来店したお客さんの予約を確認したりー、お会計とかしたり」
「へー、そーゆーバイトがあるんだあ。歩季にぴったりじゃん! 歩季めっちゃおしゃれだし!」
「そうかな」
「そーだよ! お店、結構大きいとこなの?」
「まーね。モカ、サロン・ド・シュミネってわかる?」
「え、なんか聞いたことある! あれだよね、県内初進出したってとこ!?」
「そーそー。その、初進出したとこで働いてるんだ」
「え、そこで働いてんの!? すごっ!!」
「へへっ」
「だって、すごくない!? え、だって、絶対面接とかさ、絶対激戦でしょ!」
「まーね。だから普通に面接受けても、学生だし絶対落とされるって思ったからさー、面接の前に県境越えて系列のお店行ってー、カラーとカットしてもらったんだ。うけるでしょ」
「え、そんな遠くまで行ったの!? すごい!」
「んで面接でその話したら、カットしてくれた美容師さんが、たまたま店長さんの知ってる人だったらしくてー、それで話盛り上がって、運よく受かったって感じ」
「えーそれもう運とかじゃなくて歩季がすごいんだよ! だって普通そこまでできないもん! きっと店長さんも、歩季のやる気を感じて、それで採用しようって思ったんだよ!」
「えー、そうかなあ」
「そーだよ絶対! ……ってかさ、サロン・ド・シュミネって、結構遠くない? どれくらいかかるの?」
「あー、電車で1時間くらいかなあ」
「やっぱそれくらいかかるよねえ。通うの、大変じゃない?」
「まーでも、スマホ見てればすぐだし」
「そっかー。でもすごいなー。歩季やっぱすごいなー」
「そんなことないって。自分が好きなことだから、なんつーか、苦にならないっていうか?」
「えー、カッコいいー。そう言えちゃうのカッコいいよ歩季。でも歩季……髪が……」
「あーもう、風うぜーんだよ」
「ねーホント、手もヤバい冷たい……ていうか、かゆい……」
「うう……」
「もー、この寒いの、誰かなんとかして……」
「なんとかって、そんなん……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「そっか、ここなら、なんとかしてくれるかな」
「まあ、ただのコンビニだけど」
「でもさ、見てよ」
「肉まん」
「しかもほら!」
「そうか、今日は肉まんが安いのか……って、このやり取り、先週もやったじゃん」
「ふふっ」
「ま、いーけどさ」
◇
「ありがとうございましたー」
「あったかーい♪ 手の中が幸せー」
「ふふ、ホントだね」
「もう一瞬でしもやけ治ったし」
「早いな」
「肉まんパワー、半端ないね」
「肉まんパワーって」
「へへっ。よし、それじゃあ――」
「「いただきまーす」」
「んーっ」
「うん」
「…………」
「…………」
「はふ、はふ」
「…………」
「ふぅー」
「ふふ」
「あーもーコンビニの肉まんって、なんでこんなにおいしいんだろー」
「ホントそれ」
「外はふわふわでさー」
「うんうん」
「中のお肉はジューシーでさー」
「うんうん」
「今度はもう、今度は口の中が幸せだよー」
「だね」
「…………」
「…………」
「うへ」
「どした」
「紙食べちったぁー」
「ええー、大丈夫?」
「あ、ホントには食べてないよ? かじっちゃっただけー」
「なんだよかった。モカがヤギになっちゃったかと」
「ヤギとか、うける」
「ははっ」
「あ、見て見て!」
「ん?」
「あのポスター! おいしそう!」
「モカ、ポスターも食べんの? やっぱヤギ?」
「ちーがーうー!」
「わかってるって。おいしそうだね、クリスマスケーキ」
「でしょ? なんかもう、コンビニのクオリティじゃなくない?」
「たしかにね。なんか、すごいケーキ屋さんのみたい」
「ねー」
「それにしても、もうあっという間にクリスマスなんだね」
「ホントだねー」
「毎年思うんだけど、ハロウィン終わったら即クリスマスだよね」
「たしかにー」
「ホント、11月どこ行ったんだろ」
「ホントだねえ」
「つか、11月って、地味くない? なんもイベントないし」
「たしかにー。10月はハロウィンでー、12月はクリスマスだけど、11月ってそーゆーのないね」
「なーんか季節も、秋なんだか冬なんだかハッキリしないしさー」
「うーんたしかにー。あ、でもさ、11月はさ!」
「11月は?」
「……ほら、あの…………文化祭があるじゃん!」
「文化祭、もう終わったけどね」
「そーだけどぉー!」
「しかも、文化祭とか、私出てないし」
「えー文化祭出てないのー!?」
「え、モカは出たの?」
「うん! やきそば焼いたよー」
「そーなんだ! どうだった?」
「楽しかったー。煙かったけど」
「あはは。他になんか、見たりした?」
「ううん、ひたすらやきそば焼いてー、それからちょっと他の屋台とか見て、帰った感じ。雨降ってきちゃったし」
「そっかー。そういや週末、雨だったもんね」
「そうなのー」
「そっかそっかー」
「…………」
「…………」
「はぁー、おいしかった。ごちそーさまでした」
「ごちそーさまでした。おいしかったね」
「それでさ、話戻るけど、歩季はケーキ好き?」
「まあ、好きかな。ケーキだしね」
「そーだよね! だってケーキだもんねえ。なにケーキがいちばん好き?」
「うーん…………モンブラン?」
「あー、モンブラン! モカもモンブラン好きー」
「あの甘さがたまらないよね」
「わかるー! モンブラン、めっちゃ甘いもんね!」
「なんか特別感あるし。見た目とかも、他と違うじゃん」
「うんうん」
「あれさー、うけるから私、子どものころ、上のやつのこと、麺だと思ってたんだよね」
「わかる!! モカも!!」
「え、マジで?」
「マジでマジで。あのフォルムは、絶対そー思うよ!」
「うける。そんなん思ってるの、私だけだと思ってたわ」
「いやー、あれは全人類、そー思うよ!」
「全人類て。大げさww」
「へへっ」
「まーそんなんだからさー、最初に食べるとき、これどーやって食べんだろーって思ってさー」
「うんうん」
「どーするんだろー、パスタみたいに巻くのかなーとか思って、親が食べるの見てたらさー」
「うんうん」
「思いっきり、ザンっ!! って、縦にフォーク入れててさ」
「あははは!」
「え、そう行くの!? そんな、奴、フォークで行けるほどやわいの!? ってめっちゃびっくりしたんだよねー」
「わかるー。モカも同じだったよー」
「そっかそっかー。仲間だったかー」
「モンブラン仲間だね」
「モンブラン仲間って」
「それで、その衝撃の出会い以来、モンブランひとすじですか」
「ひとすじって。まーでも出会いもインパクトあったけど、食べたら普通においしくてさ。最初に食べたやつ、中にも栗入ったりしてて」
「あーそれはおいしいねえ」
「ホントに、全部麺だと思ってたからさ、こんなに色んな味するんだって、いい意味での衝撃もあったから、それで好きになって……つーか、モンブランひとつでこんなに語れるのキモくない? 引いてない?」
「えーそんなことないよお。モカ正直、麺じゃなかったこと以外あんまり覚えてないから、そーゆー風に色々覚えてるの、いいなーって思うよ?」
「多分、モンブラン食べたの、そこそこおっきくなってからだったと思うんだよねえ。だいたい我が家、ケーキって言ったら、イチゴの丸いショートケーキ分けて食べてただけだったからさあ。もうちょっと変わったの食べたいって、いつも思ってたんだよねえ」
「えーいいじゃん、逆にうち、ケーキ切り分けるとかあんまなかったから、羨ましいよう」
「そんなもんなのかなあ」
「あーあ、ケーキの話してたら、食べたくなってきちゃったねえ」
「ねー」
「モンブラン、たしかスイーツの棚にあったよね」
「え、まさか、ホントに食べんの?」
「まっさかー。さすがに今は食べないよお」
「だよね。肉まん食べたもんね」
「そりゃあしょっぱいものの後に、デザートで甘いもの食べたらおいしいだろうけど……」
「こらこら、帰ったら晩ご飯あるでしょう」
「そうだった! いけないいけない! ユーワクに負けないうちにもう行こ!」
「そうだね。モカがお店に吸い込まれちゃわないうちにね」
「あ、その前に、ゴミ捨ててきちゃうね」
「ああゴメン」
「いえいえー」
「そのまま吸い込まれるなよー」
「だいじょうぶー!」
「ふふ」
「…………」
「…………」
「お待たせー」
「いえいえ。ちゃんと戻ってきてよかった」
「大丈夫だよー。ケーキは大事なときにとっとかなくちゃ」
「そだね。クリスマス、まだ先だもんね」
「それに、ちゃんと肉まんでお腹いっぱいになったし」
「そだね」
「おいしかったね、肉まん。今度はお腹の中が幸せだぁ」
「ふふ、そだね」
次回は、11月21日(金)18時頃の更新予定です。




