変態さん
宿屋に戻るとセモリナさんの予想した通りケイトさんが復活してたんだけど……。
「くんか、くんか、ぷはー! やっぱソイルくんの残り香は最高だねー!」
ベッドに四つん這いでへばりついて犬のようにソイルの残り香を嗅ぎまくってる変態さんがいた。
目が合うケイトさんとセモリナさん。
ケイトさんは一瞬で青ざめた。
「ち、違うから! こ、これはそんなのじゃないから、そんなのじゃ」
「そんなのってなによ?」
「調査だから、毒物が散布されてないか調査してたの!」
「そんな訳あるか!」
「ごめんなさい」
雑過ぎるいい訳なので、当然セモリナさんに怒られてた。
「あんた、あれだけ怒られたのにまだ帰らないの?」
「渡し忘れた書類があって……。ギルドに依頼した『鑑定の魔道具』の検査結果で大事な報告書だからずっと待ってたのよ」
以前、ヘレンから貰った鑑定の魔道具の測定結果がおかしかったので、ケイトさんに調べて貰うように依頼してたとソイルは思い出す。
「大事な報告ってなによ?」
「これよ」
ケイトさんは大きな封筒を差し出した。
それは建築ギルドの刻印で封緘された報告書類であった。
「中身は見てないけど、検査の依頼を出した時に説明を聞いていたから中に書いてあることは大体想像つくわ」
封書の中には『魔石不足により鑑定の魔道具の調査は出来ませんでした』とのお断りが丁寧な言葉で書いてあった。
ケイトさんはその事情を説明する。
「測定用の魔道具が使えないらしいのよね。みんなも知ってるように魔道具って魔石を動力にして動くんだけど、魔石がこの町に入って来ないから使えなかったのよ」
「魔石が入って来ないの?」
「この町の流通が完全にストップしてるらしいの」
そういえばここの宿屋の食堂で料理を頼もうとしたら薪が無いから料理を提供出来ないと断られたな。
この町で物が手に入らない状況になってるとは思わなかった。
「もうなにからなにまで手に入らなくて、わたしがハーベスタ村に行く前は一個50ゴルダだったパンが今は500ゴルダ超えるぐらいに値上がりしてもう滅茶苦茶なのよ」
「冒険者ギルドの酒場でサンドイッチを頼んだけどめちゃめちゃ薄いのに1000ゴルダもしたわ。パンを焼く小麦も薪も無いのかもね」
「街道沿いに魔獣でも出て流通が止まったんですか? 今ならブランさんがいるのですぐに解決出来ると思いますよ」
ソイルのアドバイスにケイトさんは大きなため息を吐く。
「魔獣ならいいんだけどね……運送ギルドの方で馬車を出さないようにお達しが出てて、馬車を出せないから完全に流通が止まってるらしいわ」
「なんで馬車を出せないの?」
「そんなの私にはわかんないわよ。毎日の食事を満足に取れない人が出始めててもう暴動寸前よ」
そこにブランさんが戻って来た。
ブランさんは帰ってくるなり、肩をすくめる。
「戻ったよ、ただいま。どこも飲み屋が閉まってて結局飲めなかったから宿で飲もうと酒を買って来たぜ。さてと一杯やって寝るかなー」
「お父さん、なにのんきなこと言ってるのよ。この町が大変なことになってるのよ」
するとブランさんはダメ親父の演技をやめて真顔になった。
「お前たちも知っていたのか。どこまで知ってるんだ?」
「この町の流通が止まって、物価が上がって、暴動寸前になっているところまでね」
「そうか。俺も町長のジョンのとの面会の様子がおかしかったから知り合いの元を回って調べてたんだけど、どうやらその原因は俺たちのハーベスタ村の開発らしい」
「わたしたちの村が原因なの?」
「ハーベスタ村の開発で悪影響がでたんですか?」
やったことと言えば防壁を作って魔の森を開墾して砦を占拠するゴブリンを退治したことぐらいだ。
ゴブリンは逃げ出していないはずだし、開墾や防壁でこんな離れた町に影響が出るはずもないのでなんで悪影響が出たのか謎である。
ブランさんはハーベスタ村の開発で影響が出た過程を話し始めた。
「セモリナの元婚約者のマイケルだっけ? 前にあいつが来ただろ?」
「ええ。でもマイケルは流通を止める様な事はしないと思います」
マイケルはセモリナさんとの婚約破棄でわざわざハーベスタ村まで謝罪に来たぐらいだ。
そんな誠実なマイケルが馬車の流通を止めて嫌がらせをしてくるとは思えない。
しかも流通が止まってるのはハーベスタ村ではなくて隣町のウッドストックだ。
さすがに意味がわからない。
「そのマイケルがハーベスタ村に来た時に高額で馬車をチャーターして俺の村に来たんだけど、その時に馬車の御者が防壁を見ちまったらしいんだ。『ハーベスタ村で大規模な開発が行われている』との噂話がマイケルの高額な馬車のチャーター代と相まって運送ギルドで流れたらしい。都市開発と言えば莫大な金が動くだろ? 金の匂いを嗅ぎつけた野郎が運送ギルドを買収したんだ」
資材運搬が大量に発生する大規模開発を当てにして運送ギルドを買収するのは解る。
それと流通を止めるのとはどう関係するんだ?
「運送ギルドを買収するだけならかわいい話だったんだけどな。奴はハーベスタの流通、いや経済を牛耳るために、唯一隣接する町のウッドストックの乗っ取りを計画。ウッドストックの流通を完全に止めて町長を脅し始めたんだ。『町長の地位をよこさないと、この町の町民は死に絶える事になるだろう』とな」
「流通を止めるだけで町民が死に絶えることになるんですか?」
さすがにそれはオーバー過ぎる気がする。
と思ったんだけど、そうでもないみたいだ。
「他の町からの馬車輸送も運送ギルドが担当していたので入って来る馬車は無い、町から出ていくにも馬車もない、で町は完全封鎖状態さ。町から出る馬車は無いし、町に残るにしても薪が無いんで冬を越せない、そういう脅しさ。おまけに他のギルドにまで物資の流通を人質に取って恐喝まがいの事をし始めたって話さ」
建築ギルドにも魔石が入って来ないとついさっきケイトさんに聞いたばかりだ。
ブランさんは今まで見せたことのない目をして怒りを隠さない。
「俺の村でこんなことをされたら、こんな騒ぎになる前に黒幕をぶん殴ってギルドの許可を剥奪してギルドの解体するんだが、ジョンは性格が大人しいからギルドの権利剥奪まで出来なかったんだろう。今は暴動寸前の状態になってるからギルドの解体よりも住民の命を優先して考えるしかねえ」
セモリナさんがため息を吐く。
「ハーベスタ村に来れれば、食料は有り余るほどあるし薪も山のようにあるのにね」
「セモリナはそういうけど、あれだけ荒れた道じゃ馬車を走らせられないし歩いて来いって言うのも酷な距離だ。いきなりハーベスタ村に開拓民が来たとしても家も井戸も仕事もないんじゃ混乱するだけだ」
「そういわれると、お父さんの言うとおりね」
セモリナさんがさらにため息をつくと、ケイトさんもため息をつく。
「木なら開墾で伐採したのが有り余るぐらいあるのにね。あの木は硬過ぎて加工しにくくて薪ぐらいにしか使い道がないから、薪として処分できれば好都合なんだけどね。ソイルくん、大急ぎで道路工事出来ない?」
ブランさんは道路工事は無理だろうという。
「もうそろそろ雪の降る時期だからいくらソイルでもあの距離の道路工事は無理だろう。奴もウッドストックが雪で陸の孤島になるのを狙って町民の命を人質に取って脅迫してきてるんだと思う」
「万策尽きたわね」
「そうね」
セモリナさんもケイトさんもあきらめ顔。
でもソイルは違った。
「とりあえず薪と食料をウッドストックへ持って来れればいいんですよね?」
「そんな事が出来るのか?」
「ソイルくん、馬車は走れないし道は作れないからこの町の人口2000人分の食料を運ぶなんて無理よ」
「出来ます! 3日もあれば出来ます!」
「ソイルくん、本当なの?」
「ソイル、信じていいんだな?」
「はい! 任せて下さい」
「頼むぜソイル! ジョンには絶対に町長の地位を渡すなと伝えてくる」
ブランさんは喜々として町長宅へと走って行った。




