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食べ歩き

 セモリナさんにボコボコになるまでこぶしで説教されていたケイトさんを呆然と見ていたソイル。


 説教が終わるとセモリナさんがベッドに座ってぽんぽんと叩いてソイルに微笑みを投げかけてきた。


「晩ご飯まで一緒に添い寝しよう」


「いや、ケイトさんを――――」


 ケイトさんを病院に連れて行かなくていいんですか?と言おうとしたら、思いっきり言葉を被せられた。


「一緒に添い寝しよう」


「でもケイトさんが……」


「しよ!」


 ベッドをぽんぽんと叩いて再びの満面の笑み。


 これは断れないやつだ。


 ケイトさんのことは諦めて、セモリナさんと添い寝することにした。


 ケイトさん、あなたの事はお空のお星さまになっても忘れません。


 *


 セモリナさんとベットの中に入るけど、ムフフな展開とかそういう物はなくて本当に添い寝するだけだった。


 セモリナさんは天井を見つめながら話しかけてくる。


「なつかしいね。昔ソイルくんと婚約した時、ソイルくんのお屋敷に泊まってソイルくんのベッドでこうやって寝たのを覚えている?」


 ソイルの記憶の中にはセモリナさんと会った思い出さえなかった。


 ここは言葉を濁したり話を合わせても良かったんだけど、素直に覚えていないことを謝ることにする。


「ごめんなさい、全く覚えてません」


「そうだろうね。婚約も覚えていないぐらいだしそうだと思ったよ」


「すみません」


「そんなに謝らなくていいよ。わたしもお風呂とベッドのことしかハッキリとは覚えてないしね」


 セモリナさんは天井を見つめながら話を続ける。


「ソイルくん、その頃は口数が少なくて殆ど黙っててあんまり話してくれない子だったの」


 当時は女の子の友だちがいなかったので緊張してたのかもしれないな。


 まあ、その頃の記憶は無いからなんで黙ってたのかはよくわからない。


「この人と将来夫婦になるけど、上手くやっていけるかな?って考えてたらわたし急に不安になってきて泣いちゃってさ」


 セモリナさんはソイルの顔を見つめる。


「そうしたら、ソイルくんどうしたと思う? わたしの手を暖かい手で握ってきてこう言ったの」


 ――僕がセモリナさんを必ず幸せにするから、セモリナさんはいつも笑っていて。


「そう言って頭をなでてなぐさめてくれたんだ。あれには感動したよ。もうこの人しか旦那さんにする人はいないと思ったね」


「そうだったんですか」


「それからしばらくして婚約破棄されて、あれには泣いたね」


 ヘレンと婚約してセモリナさんと婚約解消したことか。


 さすがに余計なことは言えないなと沈黙を貫いていると、セモリナさんがソイルの顔を両手で押さえる。


「なんか言いなさいよ」


 ソイルがなにも言わないのに腹が立ったセモリナさんはソイルのほっぺたをつねった。


 滅茶苦茶痛い。


 少しは加減してください。


 ソイルは涙目で心の中で抗議した。


 セモリナさんは添い寝に満足したのかベッドから起き上がる。


「さあて、念願の添い寝も済んだし、夜ごはんでも食べに行こうか」


「その前にケイトさんを……」


「ケイトは体力回復のスキル持ちだから、放って置いとけばそのうち治るから安心して。見た目以上にしぶといのよ」


 本当に大丈夫なのか?


 虫の息のケイトさんを部屋に残して、セモリナさんはソイルの手を引き町に出る。


 *


「飲みに行く?」


 セモリナさんにお酒を誘われたけどまた酔っぱらって倒れるのが目に見えてるので、メニューにお酒のない宿屋の食堂で済ませようとしたんだけど……。


「ごめんよ。ここのところ薪が値上がりしてろくな料理を提供できないから食堂は休みにしてるんだ」


「あら残念」


 市場の屋台や町の食堂に行くけどどこも休み。


 セモリナさんも不思議がってる。


「まだ日没前なのにどこも店じまいってこの町の商売人はやる気無さすぎよ」


 確かにソイルが今まで育ってきたアンダーソン領の屋台と比ると店じまいをする時間にしては早過ぎてソイルは違和感を覚える。


 そして町中探し回った挙句一軒だけ食事を提供してくれる酒場を見つけた。


 酒場と言っても冒険者ギルド併設の酒場なんだけどね。


 他に食べる店が無いのか席は満席で、相席は汗臭い髭ぼうぼうのおっさん冒険者である。


 おっさんと相席で食べるサンドイッチはまずい。


 しかもパンがあり得ないぐらい薄くい上に、滅茶苦茶高い。


 セモリナさんはかなりご立腹だ。


 店員を呼んで大抗議を始めた!


「なによこのサンドイッチ! ハムが薄いのは許すわ。でも向こうが透けるぐらいのこのパンの薄さはなに? ハムぐらい薄いパンなんて聞いたことないわ!」


 たしかに普通のサンドイッチ用のパンの半分の厚さはさすがにケチり過ぎだ。


 セモリナさんが怒り出すのもわかる。


 セモリナさんが怒っていたのはパンの薄さだけではなかった。


「しかもこんなの1切れで1000ゴルダとかあり得ない! 詐欺よ詐欺! 新しいの作り直して持ってきて!」


「そう言われましても、最近は物価が上がってましてこの値段でもかなり努力してるんです……どうかお許しください」


 相席の髭ボーボーの冒険者はセモリナさんの抗議が五月蝿かったのか、かなりご立腹。


「ここは冒険者の酒場なんだ。黙って酒でも飲んでろ」


「飲んでやるわよ」


 髭ぼうぼうの冒険者からジョッキを奪うとグビリと飲んでジョッキを空にするセモリナさん。


 いきなりジョッキを奪われて空にされた髭ぼうぼうの冒険者は顔を真っ赤にして怒り出した。


「あー! てめー! 俺の酒を飲んだな?」


「黙って飲めって言うから黙って飲んでやっただけよ」


「なめんな!」


 髭ぼうぼうの冒険者がセモリナさんに殴りかかる。


 やばい!


 セモリナさんが怪我をする!


 ソイルはとっさに手のひらにレンガを出してその拳を受け止めた。


 レンガを思いっきり殴ることとなった髭ぼうぼうの冒険者。


「ぐはー! いてーよ! なにしやがる」


 拳を押さえてマジ泣きしている。


 ソイルは冒険者をたしなめる。


「いくら腹が立っても女性を殴ってはいけません」


「でもよ。こいつが俺の酒を勝手に飲んだんだぞ!」


 セモリナさんは不満の残る冒険者に提案する。


「いいわ。腕相撲で勝負しましょう」


「腕相撲? そんなことをしておーめーに勝って俺になんの得がある?」


「わたしが負けたらお酒を3杯奢おごるわ。でもあんたが負けたらサンドイッチを1つ奢りなさい」


「いいのかよ? 後で泣いても知らねーぞ」


「どっちが泣くことになるかしらね?」


 腕相撲の結果は当然セモリナさんの圧勝。


 髭冒険者は再戦を繰り返すものの、財布の中身が空になるまで完敗。


 途中からはソイルもサンドイッチを食べて二人とも満腹だ。


「ねーちゃんスゲーな」


 一見華奢(きゃしゃ)なセモリナさんがマッチョな髭冒険者に勝ちまくってたので、気が付くと周りに人だかりが出来ていた。


「ねーちゃん、俺と勝負してくれないか?」


「もう満腹だから、勝負はもういいわよ」


「ゴルダならいいだろ? 1000ゴルダ銀貨1枚で勝負頼む」


「しょうがないわね」


 当然セモリナさんの圧勝。


 さすがブランさんの娘だけある。


 それを見て次々に力自慢の挑戦者が現れた。


「くそー! 勝てねー!」


「ビクとも動かん!」


「このねぇちゃん、なんちゅう強さだ!」


 酒場の営業時間の終わる午後9時には427勝0敗と言う圧倒的な戦績を残し、腕相撲勝負は終わった。

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