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第十六話 命の欠片



遠い視線の先にいる怪物に向かって走り出した。破壊され、えぐられてたコンクリートの道路を数度ジャンプして怪物に向けて更に加速していく。

 すると、前から大量の蜘蛛型のウイルスが接近してきた。と、次の瞬間、後方から飛んできた弾丸が蜘蛛型のウイルスを貫いた。

 ウイルスが次の瞬間爆散してそのボディを四散させる。


 スナイプ、有紗か。


「行くぞぉぉぉぉぉ!!」


 備え付けられたマシンガンで撃ちながら接近してくるウイルスの胴体を水平に斬り、前から飛びかかってきたもう一体の腹を突く。

 他にも襲ってくるウイルスがいるが、有紗の援護のおかげでかなり俺の負担が少なく済んでいる。


 俺には漫画の主人公のような揺るぎない信念というものなど存在しない。ただ、この状況を終わらせたいというその気持ちだけであった。


 それが俺と姉が交わした約束であるから。


「キィィィィィィィィンッ!」


 上空から空を飛ぶ蟲型のウイルスが飛んできて、射撃して来た。


「邪魔だぁ!」


 大きく上に避けて跳躍し、瞬時に三振りしてウイルスを蹴散らす。同時にまだ生きていたウイルスを踏んずけ、更に前へと跳躍する。

 やはり怪物に近づけば近づくほどウイルスの数が多くなっていく。有紗の援護だけではカバーできない部分もあるが、そんなものは関係ない。


 前方からミサイルが飛んでくる。角度と距離的にも俺の着地を狙ってのようだが、俺は着地と同時に前に転がり、そのミサイルを避ける。が、その爆風からは逃げられることは出来ず、前へと飛ばされた。


「舐めんなよぉ!」


 俺は吠える。接近してくる大量のウイルスを斬り倒しながら俺は走り続けた。そして、やっと暴れている怪物の前にやって来た。

 暴れていた怪物は次なる目標を俺へと切り替える。


「アァァ・・・アアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 叫び声を上げながらその巨大な手を振り下ろして来た。俺はそれを大きく後ろにステップして避け、その腕の上に乗る。そして、そのまま走り出した。

 怪物は腕の上にいる俺を地面に叩き潰そうとしてもう一方の手で俺を捕まえにくるが、器用に体を捻ったりしてそれを事々く避け続けた。

 決してその脚を止めることなく、一心不乱になりながら俺は走る。


「おおおおおおお!」


 パンッ!と、戦闘中であるのにそんな乾いた音が響き渡った。その音の発信源は怪物の首元であった。そこに影が見えた。不思議と視線が首元に移る。

 そこにはガイ・ヒリアという男がいた。こちらに銃を向けて。

 同時に腹部が熱くなるのが分かった。傷の中に一つ、銃で撃たれた傷がある。


「っ!」


 男を再び見る。その瞬間、左肩にまた銃弾を浴びた。俺はそれ以上一歩も前に行くことが出来ずに体が後ろに引っ張られていく。


 視界が揺れ、体に危険信号を送っているのか激痛が全身を駆けまわる。

 あれ・・・? 

 俺はこんなところでやられるのか?こんなとこで立ち止まるのか?


『死なないで』


 怪物の腕に刀を突き刺し、俺は踏ん張った。血が流れ激痛が俺を襲うがそれでも全ての力を使ってその場に踏み止まる。


「はっ、寸前で踏み止まったか。千早君。君はよく戦ったよ。君の敗因は君自身にある訳じゃないさ」


 そんな風にガイ・ヒリアはこちらに銃を向け、笑いながらそう言った。


「まぁ、そのなんだ。運がなかっただけさ。だから、もう死ね」


 銃口を俺に向けた。


「・・・・・・・」


 だけど平然とした態度で俺はいた。いつも通りの呼吸で、いつも通りの視線を奴に向ける。


「何故だ。何故そんな目をしている。この状況が分かっていないのか?涙を流せ、命乞いをしろ、地面を這え!何故私を目の前にしてそんな態度でいるんだぁぁぁぁぁぁ!」


 放たれた弾丸の射線から移動する。そのまま肩を伝って奴の前に踊り出た。ガキンッ!と銃と刃が弾き合う。


「んなもん知らねーよ。俺はただ、自分の使命を果たすだけだ」


「使命?ふざけるな!お前らは何も分かっていない!この世界がどれだけ腐っているのか!」


「かもな」


 バックステップで距離を取る。怪物の上ということもあり、中々戦いにくい。



「あんたの言う通り、世界は腐っているのかもしれない。だけど、お前のやり方は間違っている!」


「そんなことは貴様には関係ない!この世は結果論だ!結果こそ全てであり、結果が良ければその過程などなんだっていいんだ!」


「なんでもいい?ふざけんじゃねぇぞ。そのてめぇの結果の為に一体どれだけの人間が死んだのか数えたことあんのかよ?あんたはそれを尊い犠牲とか言いやがる。くだらないも程がある。反吐が出るね」


 ガイ・ヒリアは鬼の形相で俺を睨みつける。

 己の感情しか吐き出さず、自分の未来を実現させる為には周りを傷つけることすら厭わない。そうでもしない自分の理想が現実化することはあり得ない。そう言う風な世界になってしまったのだから。


 だけど、だけどそれを仕方がないからそうしよう。そういうルールならそうすればいいんだ。なんてことで片づけちゃダメなんだって。理屈じゃ理解しちゃダメなことだってこの世にはある。

 俺もついこの前までは彼のような感情しか吐き出すことの出来ないガキだったのかもしれない。


「お前こそふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何も知らないガキが私に説教するんじゃない!!」


 俺は走り出した。それを迎え撃つかのように弾丸が飛んでくる。

 これ以上は不毛であった。互いに互いの価値観をただ押しつけあう、喧嘩に過ぎない。言葉で決着がつかないのは明白であった。

 正義の反対とは悪。とはよく言ったものだ。そんなものは漫画やアニメの世界だけである。

 この世はいつも正義は正義と戦い、勝ったものが正義と賞賛され、負けたものが悪だと侮蔑される。

 どこまで言っても世界は世界で、人は人であり、それが変わることはもはや一生ないことかもしれない。

 だけど、もしもちょっとでも変化があるというのなら。俺は喜んでこの身を投げようではないか。

 奴に向かって一直線に走る。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 避け、斬撃を浴びせたとしてもまた繰り返し同じことをやるだけだ。鈍い音ともに奴の放った弾丸が俺の体に吸い込まれる。


 だけど、俺は止まることはない。進み続けると、誓ったから。


 もう一歩前に出て刀を今一度強く握り締め、渾身の力を合わせて刀を振り下ろした。肉と骨を斬る嫌な音がする。それでもその刃は止まることなく、彼の腰から肩を斜めに斬った。


「がっ・・・」


 口から血を吐き、ヨロヨロと後ろに下がる。


「わ・・た・・・じは、世界を・・・変え・・・」


 男はそのまま足を踏み外して怪物の首元から落ちていった。この高さだ。助かる訳がないだろう。だけど、これも奴が選んだ未来のうちの一つだ。

 体に残った力を振り絞り、その場から移動する。怪物は相変わらずその体を動かすのでこちらとしても移動しずらいのだが、障害がなくなった今、姉のいる額に移動するにはそんなに時間がかかることではなかった。

 息を切らし、体から血を流しながら歩く。

 怪物の動きが少しずつゆったりとなる。それが何故なのか分からないが、怪物は暴れるのを止めた。まるで、これから起こることを理解し、受け止めるかのように。


 俺は水晶まで来た。

 水晶の中で姉が安らかに目を閉じ、眠っていた。

 こいつのシステムを止めるにはもはやこれ以上の方法はありはしない。それは、超情報処理能力者である姉を媒介として彼がプログラムを作り上げてしまったから。

 プログラムを完全に破壊するには、この手で全てを終わらせる他ない。それしか方法が残っていない。だから、姉は俺を黙って見送ってくれたんだ。

 決して止めはせず、自らその選択を選んだんだ。


「ここで、止めるのは無粋か」


 ちょっと前の俺には無理だ。俺も奴らと同じで感情をただ吐き出すことしか出来ないのだったから。


 けど、今は違う。

 見送ることしか出来ない孤独な人と、隣で笑い戦ってくれる人と、俺にその選択を預けた人が、俺を今信じてくれている。


「ありがとう、姉さん」


 柄を握り締める。強く握り締め過ぎて手から血が滲む。

 俺がそう言うと水晶の中にいる姉はほんの少しだけ笑っていた。もしかしたらそう見えただけかもしれないが、俺には姉が笑っているように見えた。そう見たかった。


「あああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 そして、俺はその水晶に向かって真っ直ぐ刀を振り下ろした。同時に水晶が砕け散り、光りが全てを包み込む。 

中にいた蓮花の電子体が徐々に消え始めた。俺は手を伸ばして姉を抱き寄せとするのだが、姉は笑いながら俺に言うのだ。


『ありがとう』

 

 と。







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