第十四話 真実
「あーあー、はいはい。黒幕のごとーじょー・・・そうだ。皆さん知っての通り、この私ガイ・ヒリアがフェンリルのリーダーなのだよ」
そう、笑いながら言った。
「あんたが全ての元凶だったんだな・・・」
「元凶だなんて、悪い風に言わないでもらえるかな?私はこの腐った世の中に革命の嵐を巻き起こす者だよ?レジスタンスといえば分かってもらえるだろうか?」
「わかんねーよ!」
俺は水晶を叩きながら言う。
「こんな風に!誰かを物の一部に扱う奴の言葉なんて!」
「何を言っているんだ?我々も所詮は道具だ。神様が遊び半分で作った泥人形なのだよ?そんな私たちに神は一体何を求めるというんだ?人が自由に生きる世界。この世界こそが神が求めていたもの。その枠組みの中にいる以上は、君も私もこの世界を構築する上での道具に過ぎないのだよ」
こいつ、分からないようにワザと変に話して俺を惑わそうとしているのか?
「今の世界はね、腐っているんだよ。政府の上層部は金の亡者と成り果てたバカな豚どもが支配し、途方もない経済戦争を永遠と繰り返している」
「・・・・・」
「貧富の差は激しい。私はね。決して誰もが幸せになれる世界を目指しているわけではない。だが、それでも今の世界のあり方は間違っている。革命の必要があったのさ。だからこそ、私はここにいる」
確かにこいつの言うとおりでもある。俺たちは途方もない経済戦争を繰り返し、平和という名の自由を手に入れた。
だが、それには多くの屍と犠牲の上に成り立っていた。
それを良しとする無能な政治や自分たちの思い通りになれば良いと考えている国家。
最大の難敵はその全てをなんやかんやで関係ないと言って黙殺する国民なのではないかと俺も思ってしまう。
決して俺は奴の考えが間違っているとは思わない。
「君もそう思わないか?」
一歩ずつ男が近づいてくる。
「浅間蓮花の弟だと言うのなら、君にはこちら側にくる権限がある」
そして、男は俺の目の前までやって来た。
「どうだい?一緒に世界を無茶苦茶にしないか?そして、その後に私たちが望む理想の世界を作ろうじゃないか?」
他国の全ての中枢のサーバーを襲い、奪取することが出来ればそれも不可能なことではない。
全てをリセットしてその後に新しい自分たちの世界を作る。
案外名案かもしれない。
内部から世界を変えていこうなんてバカにも等しい行為だ。そんなもので世界はそう簡単に変わりはしない。
変われるなら遠い昔に変わっているのだろう。
それでも何故こんな世の中なのかはそれを皆が求めているから。そうすることが自分たちにとって都合の良い社会だから。
人は見たいものだけ見る。自分たちに都合の悪いものが微かにでも見え始めたら途端にそれから目を逸らし、現実逃避をする。
それが人間という生き物の愚かなところであり、人間らしいと言えるだろう。
「さぁ・・・」
男が俺に手を差し出してきた。
この手を取れば俺は彼らと同じ革命家になる。そうなってしまえば取り返しのつかないことが多く存在するだろう。
世界も・・・みんなも・・・。
不意に心配そうに見つめている有紗と目があった。
彼女とも約四ヶ月程度の付き合いになるだろうか。同期として一緒に入隊し、初陣では目立つことはなかったが、それでもキチンとした戦果とちゃんとした戦う理由を見出した。
そして俺も・・・。
バシッと俺は男が差し出した手を払い除けた。
「っ!」
「俺はCDTでも神様の道具なんかじゃない。俺の意志で、俺の気持ちでここにいる る。あんたらには協力出来ないよ」
そうだ。俺を含めて誰も道具なんかじゃない。そう思いたければそう思えばいい。だけど、少なくとも俺は絶対に違う!
「・・・な、なるほどね。ならばここで死ね!」
男がハンドガンをこちらに向けた。俺は右足を一歩後ろにやり、構えのポーズを取る。
「はっ、今更何をするかと思えば。何をバカなこと。ただの戦う為の人形に過ぎないか」
「おっと、その考えは一歩早いぞ?人間、頑張れば意外となんでも出来るらしい」
次の瞬間、敵の手元にあった俺のAVS、鬼火がスルッと敵の手元から抜けてこちらの手元に戻ってきていたのだ。
「なっ!バカな・・・ここは数字が支配する世界。ただのダイバーにこんなことが出来る訳がない!」
ガキンッとハンドガンの銃身と刀の刀身が交じり合う。ガリガリとお互いの身を削り合いながらもどちらも押していくが、一歩俺の方がリードしたのか思いっきり男を銃ごとぶっ飛ばした。
それが発端となったのか、それに気を取られているテロリストどもを工藤隊長や七宮先輩が殴り倒し、自分のAVSを奪い取る。
戦闘が開始された。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
奴は空中からの斬撃を瞬時に避けるとこちらに向けて発砲して来た。頬を銃弾がかすめ、血が滲む。
そんなものは関係ないんだ。俺は決めた。この姉を見た瞬間。俺は確かに思ったことがある。
確かにガイ・ヒリアが思う理想の世界とは今の世界より数倍はマシな世界へとなっているのかもしれない。
「何故だ!何故分からない!人間の根幹はいつも腐っている!だから革命が必要なんだ!その為には尊い犠牲も覚悟しなければならない!」
銃弾は避けることは出来ない。だから、奴が銃を構えた射線で回避しろ。
「うるせぇ!あんたが一番分かってねぇよ!」
こうして冷静になって遠くからこいつを見て見れば、世界へ対する不平不満を言っているただのガキにしか見えなくなってきた。
理想は理想であり、こいつが作った後もそれが長らく続いていくとは限らない。
「私は何も間違ってなどいない!」
「そうだ、あんたは間違ってはいない」
そうだ。彼は間違ってはいない。世の中など腐りきっている。
終わらない民族戦争、環境汚染、少子高齢化社会。金のことにしか考えがない無能な政治家、それを良しとする国民。
だから革命が必要になったのだろう。
だから彼らのような人間が生まれてきたのだろう。
だけど、だからと言って、
「だがな。罪もない人間をそんな風に洗脳するなんておかしいだろ!んなことはお前の敵と同じぐらい最低なことしてるんだぞ!」
銃身を左手で握り右足からのハイキックを顔面に食らわせる。
「ぐぅっ!」
男は大きく後退して後ろに下がる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
激しい戦闘だったのか、俺も肩で息をしている。
俺の思いは伝わっただろうか、俺は奴に答えられただろうか。締め付けられる思いを胸に抱きながら俺は倒れた男へと向かう。
「キサマらぁぁぁぁ!こんなことをして許されると思っているのかぁ!」
ガイ・ヒリアがこちらに向かってそう叫んできた。そして、そのまま立ち上がって懐から何らかのスイッチを取り出した。危険だと思ったその時には遅く、彼はなんの迷いもなくそのスイッチを押した。
すると、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!などと床や壁が揺れ始める。奴がこの空間に何かをしたのは明らかであった。そんな不安が脳裏によぎった瞬間、姉の入っている水晶が壁の中に消えていく。
「おい!何をした!」
「うるさいうるさい!お前らは何も分かっていない!人類など所詮は神が作った人形でしかない!そこに善悪がないのなら、今ここで死ねぇぇぇぇ!」
彼がそう言った瞬間、眩い光りと衝撃が水晶から発せられた。思わず膝立ちになるが、俺はしっかりと前を見て何が起こったのか確認した。
内部を巨大な外殻で覆われ、下半身から生えている二本の脚に長い尻尾。獲物を狩る鋭い目つきに異型な顔。肩から生えている二つの腕と爪を上げて叫んだ。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
最後に、額に姉さんがいる水晶がボコッと出現した。
「見たか、これが超情報処理能力者を媒介にすることで完成した兵器。君らダイバーなどゴミ虫以下の存在となるのだよ」
次の瞬間、こちらに向かって怪物がその巨大な爪を振り下ろしてくる。各自散開して攻撃を避けようとする。
ズシンッと重い一撃が地面を破壊した。衝撃で天井や壁が更なる崩落をし始める。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
怪物は叫び、吠える。次は爪だけでなく体を捻ったり、足で地面を踏み鳴らしてきたりする。その先の読めない攻撃に工藤隊長が外に投げ飛ばされた。
と、次の瞬間真横からその巨大な尻尾が飛んでくる。スピードで回避が無理なことを決めた俺は直ぐに刀を縦にして衝撃備えた。
「え・・・」
尻尾と衝突したと感じた瞬間俺の体は刀と一緒にグシャッと横に曲がった。そのまま外に飛ばされた。
途中、コンクリートの壁を破壊しながら地面に叩きつけられる。
「あ、が・・・クソ・・・が」
傷口から大量に血が流れ、体から力が抜けていく。神経がイカれてしまったのか、不議と痛みは感じない。それでも確実に俺の命は削られた。これ以上身体にダメージが与えられるのであればきっと蚊のようにプツリと呆気なく散ってしまうだろう。
怪物は徐々に地下から抜けて地表へと出てきた。それに驚愕した他のダイバーたちが怪物へと攻撃を開始する。
が、その怪物を前にしては殆どの者たちが花弁のように散っていく。それでも国を、祖国を守る者として今ここであれを野放しにすれば何が起こるか分かっているかのように彼らは戦うことを止めない。
「俺は、何を・・ってい、んだ・・・」
俯せの状態で俺はそう言った。血が食堂に溜まっているのかいつもどおりに喋ることが出来ない。
結局ダメだった。
やっとたどり着いた答えを目の前にして俺は負けてしまった。奴の言うとおりで、俺はゴミ虫以下の存在になってしまった。
ガイ・ヒリアの言うことは間違っていない。だけど、彼が行っている非人道的なことを
見逃す訳にはいかない。だけど、違った。
俺が怒っていたのはそこじゃなかった。俺が怒っていたのは姉であった。こんなところで何をしていたんだと。何をそんなところで利用されているのだと。
いつも眩しくていつも頼りがいのある姉だったからこそ、俺はそれが許せなかった。
伸ばした手は虚しく空を掴む。その先にいる怪物は周辺の構造物を破壊し、接近してきたダイバーたちを潰し、叩きつける。
「やめ・・・て・・・姉さん」
戦闘が始まって大した時間は経ってはいないのに、何人のダイバーが死んだだろうか。きっと本隊の半数以上はやられてしまっただろうか。
だけど、その攻撃の手は緩めない。なんの手加減もなく、怪物は彼らを殺すだけの動きしかしない。
「もう・・・やめてくれよ」
頬に冷たい塩水が流れる。それは地面に落ちて血と交じり合う。破滅と狂気が支配する中、俺の意識は徐々に消え去った。




