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第十話 デートその2

俺たちは普通に振り返る。

 そこには大学生の集団があり、そこの一人の男がこちらを見ているのだ。見ているというよりかは俺たちの方に歩いてきているという方が正確だろうか。


「お前、大学辞めたと思ったらこんなとこで何してんの?」


「あ・・・うん。同僚と一緒に凛のプレゼント買いに来てるの」


 うん、何も間違ってないぞ。


「ふぅん・・・」


 男は俺を見る。


 今の俺は長ズボンにシャツを着ているだけであり、オシャレという単語よりかは遥かに遠い位置にいるようであった。

 対する男はカジュアルな格好で俺とはまるで相対するようなものだった。


「なぁ、こいつなんかほっといて今から俺たちと遊ぼうぜ。後で凛たちとも合流するんだし、夜は飲もうぜ」


 なんと男は自分の方がイケてると思ったのか、そんなことを有紗に提案してきたのだ。


「えっ・・・いや、けど」


「いいじゃんいいじゃん。同じ大学にいたんだし。それに、俺たち元恋人だろ?」


 えっ!マジで、こいつら昔付き合ってたの?


 凄まじいその発言に対して俺は一歩後ずさる。別に有紗のことは好きだが愛してるとかそういう類の気持ちは持ってないはず。多分。

 なのにこの心にくるモヤモヤとした気持ちはなんなのだろうかと頭の中で考えるも、俺は全く自分の気持ちに対する答えを見つけることは出来なかった。

 と、男はそんな俺に完全に買ったのかと思うと、強引に有紗の手首を掴む。


「行こうぜ!」


 有紗の体が動く。その目は一瞬俺を捉え、少しだけ寂しそうな目だった。


 少し似ていた。


 あの日、俺もこんな風に寂しげに見つめる姉を送り出した。見送るだけしか俺にはすることが出来ず、あとになってから何も出来なかった自分に対してずっとずっと後悔した。


 今回は戻って来ないわけじゃない。死ぬわけじゃない。意識を失うわけじゃない。そうだ。彼女を失うわけじゃない。

 なのに、なのにやはり俺は嫌だった。本能というか、頭で考えるよりも全身がその状況に対して嫌悪感を抱いたのだ。


 そこから後の行動は直ぐだった。

 有紗を引っ張っている腕とは逆の腕を俺は掴み、彼女が向こうに行くのを強引に阻止した。


「あ?」


「今日は有紗と俺は一日デートの約束しているんだ。悪いんだが、他を当たってくれないか?」


 俺がそう言うと殴ってはこないが、男は見るからに嫌そうな態度を取る。


「はぁ?お前聞いてたのかよ?俺と有紗は同じ大学だったんだぜ?今からそん時の仲間と一緒に遊ぼうっていうのに、お前は横槍入れんのかよ?」


「だから何だと言うんだ?こちとら待ちに待った休日なんだ。それをあんたらみたいな輩に奪われ、こっちとしても面白くないわけじゃないだろう?」


「お前っ!有紗と同じ職場かどうか知らねーけど、調子乗ってんじゃねーぞ?」


 調子乗ってんじゃねーぞ?はい、来ました。俺の嫌いな言葉の一つです。自分より格下の者たちが自分たちの立場を危うく、もしくは単純に気に食わないと思った時に発する言葉であり、言われたこちらとしても何がなんだかよく分からない言葉である。


 ソースは自分です。


「調子に乗る?随分とおかしなことを言うな。こっちは有紗が今日一日のスケジュールを組んでくれているらしくてな。それに、俺たちはもう直ぐデカイ仕事があるんだ。あんたらに構っている暇なんてないんだよ。第一に、何故お前に俺と有紗のデートを潰されなきゃならんのだ?第二に、元彼とか知らないが、今の状況に対して全く関係ないこと」


 そこまで言うと男の方は更にイライラしてきたのか、その表情は歪んで醜い。嫉妬の顔だった。


「最後に、有紗が別に誰といようが自由じゃないのか?」


 そこまで言うとプチッと切れる音がして男が俺の襟首を掴み上がってきた。


 あーあ、イケメンもここまでなると醜い豚みたいな顔をするんだな。

 そんな状況に対してでも俺は随分と余裕であった。昔の俺であれば簡単にビビッてしまい、直ぐに逃げ出していたのかもしれない。

 だけど、違った。

 こんな男を前にしても今の俺は平然といられた。


「てめぇ、殺されたいのか!」


 男が俺に向かってそう言った時、バシッという音とともに男の頬が平手打ちされた。俺はそのまま解放されて、男は勢いのまま床に尻餅をつく。

 男は平手打ちされた頬を片手で摩りながら、信じられないような顔で平手打ちした犯人を見上げる。


「おいおい、有紗・・・こいつはなんだよ」


 そう、男に平手打ちしたのは有紗であった。


「同僚に危害加えるのを阻止するのは当たり前のことなんじゃないの?」


 有紗は男に向かってそう言った。 


「お前・・・お前っ!」


 男は余程そのことが気に食わなかったのか、立ち上がって有紗に掴みかかろうとした。が、それよりも速く俺の体が奴の右袖と襟首を掴み、そのまま奴の勢いに乗せて背負い投げをする。

 受身を取るも、地面は冷たく硬い。


「っ!・・!!!!」


 すると、男はそれで恥ずかしくなったのか、背負いなげした張本人である俺に対してファイティングポーズを取った。


「止めて!二人共!こんなところで喧嘩なんて!」


 と、俺と男の間に有紗が仲裁に入ってくるが、どちらもそんな要求を聞き入れるわけがなく、決闘の雰囲気になっていく。

 ていうか先に手を出したのは有紗なんだけどな。


 いつの間にか周りにはギャラリーが出来ており、少しばかりうるさい。こうなってしまえば警備員が俺たちの騒動を知ってこちらに向かってこないとも限らない。

 ならばさっさと決着をつけるのみであろう。


「おいおい、その下手くそな構えはなんだ?」


 俺の構えは隙だらけなのか、男はそんな安い挑発をしてきた。対する俺はもう何も言わず、男を叩き潰すことだけに全てを賭けることにした。

 その態度に男は更に腹が立ったのか、更なる挑発を仕掛けてきた。


「ああ、そう言えば俺は有紗の彼氏だったわけなんだが、そりゃあんなことやむふふなことまでさせてもらったぜ。いやぁぁ・・・あれは良かった」


「あぁ?」


 まぁ、挑発でもそれだけ言えば俺を激怒させるには正直十分な発言であった。俺は男の顔面を殴る為に一歩前に出て横から拳を放つ。


 それを待っていたかのように男の体は徐々に逸れ始める。

 このままの流れになると男は俺のパンチを避けて必殺の一撃を俺の顎か腹に放つことになる。そうなってしまえば俺に勝機はない。

 それに彼のファイティングポーズからボクシングか何かやっていたのだろう。そんな奴の一撃を受ければそれこそジ・エンドというものだ。

 まぁ、全ては俺のこのパンチを彼が避ければの話なんだがな。

 


 結論だけ言うなら俺のパンチは男が回避する寸前に男の顔面にクリーンヒットした。それもその筈、幾ら切れてしまったとは言え、訓練で相当戦いの雰囲気について体に染み込ませ、実戦でも嫌と言うほど命の危機を感じた。


 だからこそ、男が予想したスピードよりもその倍で動き、更に一歩前に踏み出して男を殴ったわけである。


 やはりその辺の戦いにおける雰囲気というものはボクシングと殺し合いでは違ってくるわけであって、リアルでは俺のほうが彼よりも一枚上手であった。

 気絶した男が警備員が持ってきた担架によって運ばれ、その後俺たちは色々と話を聞かされることになった。

 解放された時にはオレンジ色の光を放つ太陽がビルの間から消えようとしていた。


「あー、すまん。ホントはあんなことする必要なかったんだが、ちょっとカチンと来てだな」


「・・・・・・」

 何か怒っているのか、隣を歩く有紗は眉一つピクリとも動かすことはなく、黙って隣を歩いていた。


 まぁ、確かに俺のせいで折角の休日の半日を無駄にさせてしまったわけなのだからな。


「あっ、そろそろ駅か」


 見れば俺が駅が近づいてきた。

 時刻的にもあと五分もすれば俺の乗る電車がくる時刻である。


「有紗・・・・悪かった」


「・・・なんで、謝るの?」


「だって、俺のせいで半日無駄にしちゃったから」


 俺がそう言うと彼女は顔を上げて言う。


「そんなの、私のせいじゃん。私がちゃんとあの誘いを断っていれば千早君が危ないことをしなくても良かったのに・・・」


「んなこと言われてもな。お前の気持ちなんて知らねーよ。ただ、俺があいつのことが気に食わなかった。それだけだ」


「でも・・・・」


 シュンとする有紗であるが、ちゃんとここで彼女の心を整理させないと明日に持ち越すのは面倒だ。


「有紗。ほら、受け取れ」


 俺はポケットにしまっておいたフヌーピーのネックレスが渡した。


「これ・・・」


「友達のプレゼント買うのもいいが、自分たちもちゃんと楽しまないとな。そいつは俺からのプレゼントだ」


「いいの?」


「ここで受け取ってもらえなきゃ、俺は何の為に金を払ったんだ?後で捨てても構わないから、今は受け取って」


「そんなの、しないよ」


 そこまで言うと彼女は表情は少しずつ明るいいつもの表情へと戻っていった。

 それと時を同じくて電車がホームへと入ってくる。

 見送らなくてもいいんだがな。


「それじゃぁな。また明日」


「うん、じゃぁね。今日は楽しかった!」


「俺も楽しかったよ!」


 そう言うと俺は人混みの中に消えていき、有紗の姿など直ぐに見えなくなってしまったが、彼女とはもう十分語り合った。

 何も言わなくても分かるだろう。

 俺はそう思いつつも満員電車の中でそのまま周囲に身を任せた。













 私は家に帰ると食事と風呂を済ませて自室でゴロゴロしていた。両親とは私が大学を辞めたことで色々と喧嘩してしまったが、私の収入と時間というものがその状況を少しずつ変化させているらしく、最近私に対する言い方も随分と柔らかくなって来た。

 ベットの上に寝転がり、千早君にプレゼントしてもらったスヌーピーのネックレスを袋から取り出した。


 スヌーピーは私にとってはかなり重要度の高いキャラクターとして位置付けられているので、こういったスヌーピーグッズはかなり嬉しい。

 千早君が私の好みを知っているかどうかについては把握はしていないが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 これは大事にしよう。と思って机の中に大事しにしまう。


「あっ・・・・」


 そう言えば千早君はこれがデートだと思ってくれてたんだ。

 元カレと対峙していた千早君の横顔が浮かんできた。あの時のことを思い出すとなんだか急に気恥ずかしくなってきて、枕に顔を埋める。


 風呂上りのせいなのか、千早君のせいなのか分からないが、体がとても熱くなり、どうしようもない心苦しい気持ちになってくる。

 鼓動が速くなり、頭はオーバーヒート寸前。そんな火照った体を沈めようと扇風機のスイッチを入れるのだが、その風を受けても体の熱はあまり逃げていってくれない。


「ふぅ・・・」


 不意に口からもれたため息。

 今にして思えば千早君との出会いはなんでもないただの日常の一コマだったのかもしれない。これから一緒に戦う仲間として紹介されて、最初は普通に仲良く出来れば良い程度であった。 

 あの時はスナイパーになれるからって、浮ついてたからなぁ・・。

 けど、私と彼とじゃシュミレーションのスコアが全然違った。明らかな劣等感を感じてしまい、それを埋めようと何度も何度も訓練を続けた。


 かなり焦ってしょうがなかった。

 そして、不安の中で訪れた実戦では結局足を引っ張ってしまった。大事な場面で心が折れてしまった。だけど、彼は私に言った。


 何の為に戦うのか。


あの横顔、あの背中、あの言葉。千早君に対する思いが私の中でドンドン強くなっていく。


 そして、私の中で一つの結論が出るには遅くはなかった。

 その気持ちがこの流れでの気持ちだとしても私はこの今の気持ちを大事にしたい。そっと胸にしまい、私はベットに寝転がり静かに瞼を閉じた。










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