表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

Gear-7 カレラはハシル

 名簿に書かれている名前を見て、カナタは目を見開いた。


「じゃあ、『白象計画』に関わった人が狙われているってことですか」

「そう考えるのが妥当だろうな。私もそう思うよ」

「でも、どうして」


 ミサキの手から名簿を奪い取り、ユウスケが呆れたような顔になった。


「蟹沢君、それが簡単に分かれば警察も探偵もいらないんだよ。これは俺が持ち帰って報告する。蟹沢君を捜査線上から外すことになるか、それとも余計疑われることになるかは分からないけどね」

「それで事件が真相に近付くのであれば構いません。僕がもっと疑われても、ミサキさんと園原警部がいますから」

「ははは、私達は責任重大のようだよ警部」


 緊張感の欠片もなくからからと笑いながらミサキは言う。力一杯背中を叩かれ、ユウスケは苦笑した。





 ユウスケと別れ、カナタとミサキは探偵事務所に戻って来ていた。黒板には連続殺人事件の被害者と並んで、名簿にあった残りの二人の名前も付け加えられている。


「おそらく、犯人はこの二人のことも狙うはずだ」

「この二人の花番は……」


 手帳に書いたメモを探すカナタの横で、ミサキがチョークを手に取る。重要な点は頭に入っているのだろうか、さらさらと名前の下に花番を書き記す。松に赤短冊、梅に赤短冊、桜に赤短冊、そこに、牡丹に青短冊、菊に青短冊が加わった。三人だけの時はこいこい組み合わせの赤短揃えだったが、青短冊が二人増えたことで同じくこいこい組み合わせのタン揃えとなる。メモしたページを探し出したカナタが顔をあげた時、すでにミサキは書き終えた黒板を見て考え込んでいた。


 手帳を閉じ、カナタはスイの背中のぜんまいを回す。定期的に巻いてやらねば止まってしまうため、カナタは暇さえあれば壊れない程度に巻き続けていた。考えるのはミサキの仕事、カナタは待つだけだ。


 巻き続けたぜんまいがこれ以上回らないよ、とカチッという音を立てた。


「カナタ、君の父親の花番は分かるか」


 ぜんまいの巻かれる音ばかりが響いていた事務所でしばらくぶりに人間の声がした。カナタが顔をあげるとミサキと目が合った。軽く伏せられた目に長い睫毛が影を落としている。スイを飛ばしてから、カナタはミサキに向き直る。父・蟹沢オトヤの花番号は何だったろうか、カナタは父のことを思い出そうとするが、なぜか花番だけは記憶に残っていない。十年前ならまだしも、父は五年前まで生きていたのだ。それなのに、そこだけがまるで欠落してしまったかのような、それとも、元々そこにだけ穴が開いていたのか、そのような感覚にカナタは囚われていた。


 揺れ動き泳ぎ回る目で見上げてくるカナタを見て、ミサキは小首を傾げた。長い黒髪がさらりと揺れる。沈黙するカナタの前に立ちはだかるミサキは腕組みをしており、何も答えずに逃げようとする者がいれば首根っこを掴んで片手で振り回し壁に叩きつけてやる、というような威圧感を放っていた。整った顔が何の感情も映さないまま傾げられているので余計に怖い。わかんないです、と言おうとしたカナタは気圧されてしまい何も言えない。


 スイが飛び回る機械音だけが事務所に響く。


「カナタ」

「ふあ」

「私の質問に答えろ」

「……すみません分からないです」


 ミサキが息を吐く。


「不思議なものだな、親の花番を知らないというのは」

「すみません」

「何、気になったから訊いただけさ。気にするな。父親の花番はおそらく関係ないだろうからな……」


 関係ない、そう言いつつもミサキは思案顔を崩さない。しかし、黒板の方を向いたカナタの目にはそのミサキの顔は映っていなかった。


「青短冊の二人には警察の監視が付くだろう。現れた犯人を園原警部達が捕まえてくれれば」

「僕の疑いは晴れ、自由の身になるんですね!」

「そうなるといいんだがな」


 ミサキの表情は晴れない。何か引っかかっているのだろうが、それはカナタの知る所ではない。これでこそこそしなくてよくなるのだとうかれているカナタを見て、ミサキはいっそう表情を曇らせた。





 翌朝、スイのぜんまいを巻きながら仕事部屋に出てきたカナタはぽかんと口を開けることになる。黒板の前にミサキが立っていたのだ。昨日はあの後、昼食を食べ、たわいもない会話などをして暇をつぶし、夕食を食べ、花番と同じ仕組みを利用した札遊びなどをしてから眠りについた。カナタが寝る時、黒板の前にいたミサキに声を掛けたのだが、あれからミサキはずっと考え込んでいたのだ。夜を徹して女探偵は思考を巡らす。そして、行き付く。


 カナタがやって来たことに気が付いたミサキが振り向く。動きに合わせて揺れる黒髪が日の出の中で光る。


「私はとんでもない勘違いをしていたかもしれない」

「どういうことですか」


 スイを肩に乗せ、黒板に歩み寄る。


「タン揃えなのではなく、赤短と青短、それぞれなのではないだろうか」


 短冊が五枚であればどの組み合わせでもタン揃えになる。ミサキが気になっているのは、青短冊が二人いることである。タン揃えを作るのであれば、赤短冊が四人、青短冊が一人でも構わないのだ。『白象計画』に携わった人間の組み合わせが偶然このようなものであったと言ってしまえばそれまでなのだが、女探偵には何やら思うところがあるらしい。


 黒板に昨夜は書かれていなかった文字が増えていることにカナタは気が付いた。「紅葉に青短冊は誰?」と書かれている。牡丹、菊、紅葉の青短冊が揃えば青短揃えができあがる。


「でも、名簿には他に名前は……」


 そうカナタが言いかけた時、来客を知らせる仕掛けが動いてオルゴールが鳴り始めた。普通の依頼人か、それとも、カナタを匿っていることが知られてしまったのか。階段を上ってくる足音は一人分だ。しかし、やや重みのある音である。太った者か、非常に筋肉質な者か。やがてドアがノックされ、聞き覚えのある声が向こう側から聞こえてきた。


「朝早くにすまない、俺だ。急ぎの用がある」


 ユウスケである。カナタとミサキは顔を見合わせ、彼ならば安心だとドアを開けた。ドアが開くと同時に事務所に文字通り転がり込んできたユウスケは額に汗を浮かべ、息を切らしている。


「どうしたんだい、警部」

「ここを離れた方がいい」


 綺麗に整ったミサキの片眉がぴんと跳ねる。膝をついているユウスケに目の高さを合わせるようにして屈み、続きを促す。その間にカナタがコップ一杯の水を持ってきた。一気に飲み干してユウスケは続ける。


「新たな被害者が出た。昨日浮上した残りの二人のことは警察が警護していたんだが、それとは全然違う人が殺された」

「なるほど、では、その人物は紅葉に青短冊だったのではないかな」

「ああ、そうだ」


 やはりな、とミサキは呟く。犯人が作ろうとしていた役はタンではなく赤と青、それぞれの短冊揃えだったのだ。


「その人は『白象計画』と何か関係があったんですか」

「科学技術省の元職員で、計画に協力していたらしい。……いや、今は報告などしている場合ではない。逃げろ、蟹沢君も、番条さんも」

「私もか」

「現場に残されていたのは貴女の名刺だ。じきにここまで聞き込みが来る。蟹沢君のことがバレるのも時間の問題だ。旅行中などにしていれば留守でも誤魔化せるだろう、早くするんだ」


 ユウスケに急かされ、カナタとミサキは急いで準備をする。荷物を鞄に詰め、黒板を消す。資料をファイルに閉じ、ドアには『おでかけちゅう』の札を下げる。そして裏口から飛び出した。現在の時間警察が貼り込んでいないルートを告げ、無事に逃げるようユウスケは言う。カナタはともかくミサキは犯人として追い駆けられるわけではない。指名手配にもならないだろうから、どこかを転々としながら情報を集めていくといいだろうとのことだ。立ち去ろうとするユウスケのことをカナタが呼び止める。


「園原警部は、どうしてそこまでしてくれるんですか」


 しかし、ユウスケは答えない。困ったように笑うと、足早に去って行ってしまった。これからどうしましょうか、と呟くカナタの横でミサキはユウスケの後ろ姿を見つめていた。その眼差しは感謝でも敬意でもない、孕んでいるのは疑いだ。





「僕は未成年なのでお水でいいです」


 ひとまず身を隠す場所として、二人はミサキ行きつけのバーへやって来た。二階が居住スペースになっており、しばらくいてもいいとマスターが言ってくれたのだ。カナタは追われてはいるものの一般に顔が公開されているわけではないため、警察が相手でなければ神経質になる必要はない。事件の調査をしていて危ないところまで足を突っ込んでしまったので、助手と一緒に匿って欲しい、というのがミサキがマスターへした注文だった。


 バー・金星ヴィーナス。売り出し中の若手バーテンダーでもあるマスターが切り盛りしている近所で評判の店だ。訪れるのは常連客ばかりだが、店内の小さなステージでたびたび開かれるミニコンサートにはいつもとは違う客が訪れることもある。


「シュウイチさんのチェロは素晴らしいからね。私も好きだよ。彼の演奏を聴こうと、音楽好きが集まるんだ」

「お酒を飲みにたくさん来てくれるとありがたいんだけどな。仕方ねえな。演奏も宣伝の一つさ、また聴きたい、って、今度は飲みに来てくれるかもしれないし」


 朝だから私も水で、と言ったミサキの前にもグラスが置かれ、二人は揃って喉を潤した。


「まさかミサキが助手をとるとはな」

「カナタ君だ。こう見えて走るのは早いし体力も十分だ」


 新聞配達で鍛えられたものである。少し誇らしくなって、カナタは大げさに頷く。そして、ミサキはカウンターの向こうにいるマスターを指し示す。


「カナタ、彼は本郷ほんごうシュウイチさん」

「お世話になります、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 チェロ弾きは人当たりのよさそうな笑顔を浮かべた。本心から来るものか、このような仕事からくる営業スマイルか、それはカナタには分からないものだ。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ