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Gear-21 カレをシルヒト

 神の依り代として祀られている少年のロボットは、カナタに向かって嬉しそうな笑顔を見せている。メッセンジャーバッグの中でスイが小さく鳴いた。


「オ兄サン、モシカシテ蟹沢博士ノ関係者。蟹沢オトヤ博士! 知ッテル?」

「え」

「オ顔ガ似テル!」


 少年は握手を求めてカナタに手を差し出した。


 神社に祀られているロボットから、なぜ父の名前が出てくるのか。思わず警戒してしまうが、神聖な場に置かれている身元のはっきりしているロボットなのでここで不審な行動はしないはずである。カナタは差し出された手をそっと握る。使い込まれている金属の手は度々握られたり撫でられたりしているのか、相手の指や掌が触れる部分だけがつるつるしていた。


「蟹沢オトヤは僕の父です」

「息子サンナンダ! 会エテ嬉シイナァ。博士ハ元気デスカ?」

「父は……。父は、五年前に亡くなりました」

「ア……。エ?」


 喜怒哀楽の表現自体はできるが、細やかな表情を作れるロボットではない。しかし、その声には戸惑いと驚きの色が滲んでいた。発声機関の作りが精巧なのだろう。カナタの掴んでいた少年の手が微かに軋み、静かに離される。


「ソウナンダ……。ミツハサン、彼ト少シオ話シテモ?」

「構いませんが……。ここでは皆の注目を浴びますので、続きは社務所でお願いします。特別、ですからね」

「ハイ、分カリマシタ。アリガトウ」


 くるりと体の向きを変え、ぷしゅぷしゅ音を鳴らしながら少年が歩き出す。外に出る時はいつも神輿などの上に乗せられているため、自分の足で歩くことはほとんどない。それでも錆び付くことのない関節部が、彼がどれほど丁重に扱われているのかを物語っていた。


 それではこちらに、とミツハがカナタとミサキを案内する。依り代が姿を現したことに驚いていた雨宿り客達は近くにいた神職によって散らされて行く。


 社務所で何らかの作業をしていた神職や巫女達が少年の登場に腰を抜かした。簡潔に説明をするミツハと挨拶をするカナタとミサキが少年の後に続く。説明を聞いても理解が追い付かず、一体何があったのかとぱちくりとさせた目で一同を追う。


 カナタもミサキも、神社の社務所の奥に入るのは初めてだった。拝殿に仕込まれていた派手な機能のようなものがこの建物にもあるかもしれないと、ちょっぴり足を止めてカナタは廊下を見回す。立ち止まったカナタにつっかえてミサキが小さく不服そうな声を出した。


「おい。おい、君」

「あっ、すみません! 珍しくて」

「珍しい? 普通の建物じゃないのか。拝殿のような仕掛けがあるようには見えないが」


 ミサキの反応を見て、カナタは得意気に笑った。知っていること、分かったことでミサキに優位を取れると誇らしく感じた。常が劣っていると感じているようでなんとなく嫌な気がしないでもないが、得意気にしている探偵に対して得意気になれるのはやはり嬉しい。ミサキはそんなカナタのことを無関心そうに見ていた。


「あそこの天井に小型のロボットが貼り付いていますよね」

「ふむ。昆虫のような見た目をしているな」

「あれはおそらく施設監視用の小型自動写真機ですね。神社の関係者以外がこれ以上奥へ進もうとした時、その姿を撮影する仕事をしているんだと思います。ほら」


 僕達のことをすごく見てます、とカナタは虫のような形をした手足の長い赤いロボットを指し示す。レンズになっている複眼の部分がカナタ達の動きを追っていた。顔にずらっと並んだレンズは八つもあり、色々な方向を視界に捉えているようだ。


「なるほど、不審者対策か。このような施設であれば配備されていてもおかしくないが、何が珍しいんだ?」

「ミサキさんが言うように、通常あの手のロボットは昆虫の形をしていることが多いんです。移動して写真を撮れるぞと脅すように、翅のある虫がよく採用されがちです。でも、あの子は蜘蛛ですね! 蜘蛛タイプは初めて見ました! あんなに長い脚が八本もあれば翅で飛ぶより速いのかもしれませんね!」

「そ……そうか。君は機械に関することは些細なことでも感動できるんだな。いいことだとは思うよ」


 廊下の向こうからミツハの呼ぶ声が聞こえる。機嫌の悪そうな狐の声も聞こえて来たため、二人は蜘蛛のロボットに睨まれながら歩き始めた。


 ミツハが通してくれたのは応接間のような場所だった。少年のロボットがほんの少し高い位置にちょこんと座っており、皆の到着を待ち構えていた。


「蟹沢博士ノ息子サン。博士ハ、ボクノ恩人ナノデス」

「恩人? 父が?」


 カナタのその問いに答えたのはミツハだった。


「七、八年前です。彼の調子が悪かったので人を呼んで点検と修理を頼んだんです。彼を作った技師は既に高齢で細かい作業を頼めず……。大切な彼なので、名のあるロボット開発者を探して来ました」

「蟹沢博士、凄腕デシタ!」

「まさか、貴方が博士の息子さんだったなんて」

「博士、亡クナッチャッタノ悲シイデス。夢ハ叶エラレタノカナ」


 夢? とカナタが問う。オトヤが夢について語っている姿は記憶には残っていない。見たかもしれないが、覚えていない。


 少年はミツハのことを見て、ミサキを見て、そしてカナタを見た。考え込むようにかくりと首を傾げて、寸の間静かになる。


「……フウマ様? どうしました?」

「エット……。彼ト二人デ話ヲシタイデス。イイデスカ」


 神の依り代を部外者と二人きりにはできない。ミツハは首を横に振ったが、少年は退かない。


「僕ダケニ話シテクレタコトダカラ、ミツハサンニモ話セナイ」

「え……? 博士が来た時には私達がずっと近くで見ていましたが」

「フフフ、秘密。ネ、イイデショウ?」


 冷たく硬い顔が僅かな動きをいくつも重ねて柔らかな表情を作る。豊かな感情表現を行える作りのロボットではないが、可能な限りの動作を組み合わせて外見の年相応におねだりをする姿は様になっていた。


 ミツハと少年がしばらく静かに睨み合う。


「あの、僕、父が関わったロボットを壊したりしないですよ。いや、他のロボットも壊しませんが」

「ホラ! 彼モコウ言ッテマスヨ。ネ、オ願イ! ミツハサン!」

「そこまで仰るなら……。蟹沢さん、彼のことは丁重に扱ってくださいね」

「話し合いは済んだのかな? ではカナタ、私は風早さんと向こうで待っているよ。ロボットの話を聞く趣味はないし、彼は私にも離席してほしいだろうからね」


 立ち上がったミサキがミツハを伴って部屋を出て行った。遠退いた足音がカナタの耳に届かなくなっても、少年はまだ耳を澄ましていた。人間には不可能な方向や角度に腰や首、耳を傾けたり動かしたりしながら二人がすっかり遠くへ行ってしまうのを待つ。


 やがて、駆動音を鳴らして少年がカナタの方へ体の向きを合わせた。ミサキとミツハは別の部屋へ行ったか、社務所の外へ行ったのだろう。居住まいを正す神の依り代の少年ロボットは、これからどんな話をするつもりなのか。カナタは思わず身構えた。


「えっと……。フウマ、様」


 ミツハが呼んでいた名前を思い出して呼びかけた。このロボットは神社に祀られている村の守り神の依り代である。守り神には何文字もある厳かな名前があるはずだが、このロボットそのものの個体名はフウマと言うのだろう。


 カナタの呼びかけにフウマはぱかぱかと顔のパーツを動かして笑顔を作った。


「蟹沢オトヤの息子、カナタです。蟹沢カナタ」

「ウン……。エヘン。コホン。こほん。ヨロシクね。カナタさん。会えて嬉しいです!」

「えっ?」

「フふふ、驚きましたか。ぼくが突然流暢に話し始めるものだから」


 いたずらっ子のような笑みを作るフウマと目を丸くするカナタが向き合う。


「……え?」

「うふふ」


 メッセンジャーバッグの中で、スイが小さく鳴いた。

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