Gear-20 ヨリシロのコ
背後から声をかけられたカナタとミサキは、驚いた様子で振り返った。
「わわっ、風早さん」
「ハハハ、ソンナニビックリシテ、臆病者メ」
「こら、そういうこと言わないの」
主をからかわれ、メッセンジャーバッグの中からスイが狐を睨み付ける。気が付いた狐はカワセミに向かってあっかんべーをして見せた。ロボット達の攻防を見て、カナタは最近のロボットの思考機関は実に素晴らしいと感嘆するだけで諌めることはしない。
カナタに呆れながら、ミサキはミツハに目を向けた。
「風早さん、拝殿について何か教えてくれるのかな。あの中で光っているものは?」
問われてミツハは拝殿を見遣る。肩に乗った狐もスイから目を逸らして拝殿の方を向いた。
「あれは依代です。依代……と、されているロボットです」
「ふむ? 依代とはつまり、神の?」
「神様なる者達は本当にいて、大昔の人は神様の姿を見ることができたのかもしれない。それらに直接祈りを捧げていたのかもしれない。でも、今のイーハトヴに残るのは形だけの社とただの習慣と化した信仰です。けれど祈るのならば対象は必要です」
拝殿の中の小さな光が揺れ動きながら一同を見つめていた。タニカワに伝わる守り神は男の子の姿をしているという。風や雨を司る彼が守っているからこそ、この程度の嵐で済んでいるのだと語る者もいる。信仰をおろそかにすれば想像できないほどの大嵐が村を襲うだろうと言われているそうだ。あれ以上降るのか、とミサキは説明を聞きながら顔を歪ませる。
祭りの時以外は中にしまっておくため見せることはできないのだとミツハは言う。代わりに、写真を一枚カナタとミサキに見せてくれた。村の人々が担ぎ上げている立派な神輿の上に、男の子の姿を模したロボットが行儀よく座っている。
「このロボットに神が宿っているということにして、祀っているんです。本当にいるのなら神様はロボットの傍にいてくれるはずですし、仮にいないのであってもこのロボットが代わりに神の姿を示し信仰の対象になってくれますからね」
「なるほどな。昔から神々の絵を描いたり像を作ったりすることがあったと聞くから、その延長のようなものか」
「風早さん、あの子は生きているんですか?」
「えっ、生きて……?」
カナタは拝殿をちらりと見てから、ミツハに向き直る。
「あの子供のロボットには思考機関は搭載されているんですか? もしそうなら、ああしてあそこに閉じ込めておくのはかわいそうです」
「カナタ、君はロボットのことを深く考え過ぎじゃあないか」
「昔のものならたかが知れますが、現在使われている思考機関は高性能です。人間と同じくらい考えているという科学者だっているんですよ。小さな子供が閉じ込められていたら、寂しいと思うに決まっているじゃないですか。必要な時だけ外に出されて、それ以外の時は一人ぼっちで座らされて、ただただみんなの願いを聞いて」
「オ優シイ少年ダナ。馬鹿ダナァ。人間ジャナイカラデキルンダゼ、アレハ」
ミツハの肩に乗っていた狐が人の悪そうな笑みを浮かべた。頑丈な素材でできているはずなのに柔らかそうな尻尾をゆらゆらと揺らしながら、口元に鋭い牙を覗かせている。
かつて花札達が崇めていた古の神々。その周りには手伝いの動物達がいたという伝承もある。イーハトヴの動物達が言葉を話すのは神々のお供の末裔だからとする説もあるが、真相は誰にも分らない。しかし、名のある神に仕えていたという動物やそれらのロボットが神社で仕事をしている風景は現在も残っている。狐もまた、そのうちの一種類である。
神聖さなど微塵も感じさせない邪悪な笑みを浮かべている狐は、からころと己の内で部品を鳴らした。くつくつからころんくつ、という嘲笑するための音を出す部品をわざわざ搭載させた開発者は相当性格が悪い。黙っていれば神社の雰囲気に似合う狐だが、口を開けば場に似合わぬ者となっていた。ミツハが軽く叱るが、狐は聞く耳を持たない。
「神様ノ仕事ナンテ、人間ニヤラセタラスグニオカシクナッチマウゼ。ソレコソ虐待ダロ。俺達ロボットハ、例エ自分デ物事ヲ考エテイタッテ結局ハロボットダ。人間ニ任セラレタ仕事ナラ何ダッテ喜ンデヤルンダヨ。社ノ中ノアイツは何モ言ワナイ。見タ目ハ子供デモ、機械ヲ全力デ動カセバ人間ナンテ捻リ潰セル。仕事ガ嫌ナラモウヤッテル。オマエ、機械ニ詳シイナラ分カッテンダロ、ロボットノ危険性ヲヨ」
「分かってる。分かってるから言ってるんだ。仕事を頑張ることと、寂しいことは違うから。授与所で黙って座っていてって風早さんに頼まれたら、きみはどうするの。やってきた参拝客の相手をすることもせず、ただ黙っていて、楽しい? 任せられたから、それだけをやっていて楽しいの。性能がいいのならば、生き物のように色々考えているなら、休憩や他の行動だって必要だ。疲れれば壊れるよ。壊れて暴走したら、ロボットも人間も困る」
「フウン。ヘエ、ソウカイ。デモソレハオマエノ意見ダロ。アイツガ言ッタワケジャナイ。アイツハアレデイインダヨ」
狐はミツハの肩から身を乗り出す。至近距離から更にカナタと口論するつもりだったらしい彼は、不意に吹いた風に驚いてそのまま地面に落ちてしまった。がらがしゃんという体躯のわりに大きな音を立てて地面に叩き付けられた狐からぽろりと尻尾が抜けた。
雨が吹きすさぶ今日のタニカワ。神社の境内はドーム状の設備に覆われており雨も風も外から入ってくることはない。トリイの部分は既に閉じられている。拝殿の前にいる一同に向かって吹いて来た風は外ではなく内で発生したものだ。
「ソコノ帽子ノオ兄サン、アナタ、面白イネ」
狐を拾い上げたミツハが唖然として声の主を見つめる。
拝殿の至る所に取り付けられている歯車が勢いよく回り出した。蒸気が噴き出し、周囲に一瞬電気が走る。境内に鳴り響く轟音は外の雷雨さえ囁き声のように掻き消してしまうほどで、雨宿りに来ていた誰もが耳を塞いだ。人間も、動物も、ロボットも、聴覚を持つ者全て。
どっどど。
葉が、砂が、小石が、草が。軽いものはぐるぐると飛び回り、ドームの中の空気をぐちゃぐちゃに混ぜて行く。その場にいた者達は皆足を踏ん張り、近くにあった物に掴まり、荒れ狂う風を耐えた。いつまでこれが続くのだろう、何が起こっているのだろう、隣にいる者とそんな話をする余裕もなかった。
どれくらいの時間が過ぎたのか、誰にも分らなかった。少しずつ弱まって行く風に目を開け、顔を上げた人々の前にそれは姿を現した。
回り続けた歯車によって拝殿は大きく形を変えていた。建物自体が祭りの神輿や山車であるかのようだ。木や金属の部品が大きく広がり重なり合い派手な飾り付けになっている。その中心部、賽銭箱のすぐ近くに小柄な少年が立っていた。見た目は小学生くらいで、和服を纏っている。その体は金属光沢を有しており、少年が人間ではないということを示していた。ぷしゅぷしゅという音を出しながら関節を曲げ、時折部品を軋ませながら一歩一歩前進する。
「ま、まさか、自分で出て来るなんて」
「スミマセン、社ハ後デ戻シテオキマス」
少年がミツハに軽く頭を下げると、ミツハはそれよりも深く頭を下げた。
作られてからしばらく経っているのだろう。経年劣化が見られるものの、丁寧に手入れされているのが分かる人型ロボットだった。興奮して感想を叫ぶどころか、それを通り越して言葉の出ないカナタの前で少年は立ち止まった。
境内にいた人々が驚いた様子で拝殿だったものと少年を見つめていた。「あれは何?」「ロボット……?」と困惑する声の中、手を合わせて拝んでいる地元の老人もいた。
少年はカナタを少しだけ見上げて目を合わせると、にっこりと笑った。爛々と輝いていた目を閉じ、ぱかりと口を開けて笑顔を形作る。
「コンニチハ」
「こっ……こんにちは」
目を開け、カナタの姿を視覚を司る機関に刻み付けながら少年は改めて挨拶をした。
「コンニチハ。ボクハ、ココノ神様デス」




