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Gear-10 ガクゲイインとヒコウセン

 猫の形をしたロボットのパーゴ君を撫で繰り回す学芸員のレイに案内されて、カナタとミサキは学芸員室に通された。レイの机の上にはいくつもの飛行機の模型が飾られている。


「お茶でもどうぞ」


 置かれた湯呑を手に取り、二人は緑茶を一口飲んだ。


「僕に何の御用でしょうか」

「単刀直入に言おう。君、先日大型飛行船がハナゾノに来ていたのを知っているかな」

「ああ、あの船ですか? もちろん! 見に行きましたよ。写真も、ほら」


 レイはアルバムを取り出してページを捲った。示された写真には件の大型飛行船が写っている。恋人の写真でも見ているかのようにレイは飛行船を眺める。


「いやあ、でも驚きましたよぉ。ハナゾノは確かにイーハトヴの機械工学において重要な位置にある街で、工場の数も多いです。でもねー、まさか科学技術省の船が、しかもこんなに大きなのが来るなんてね! びっくりですよ。ねー、パーゴくぅーん」


 そう言ってレイはパーゴ君を撫で繰り回す。山猫のロボットは嫌がることもなく撫でられている。


「科学技術省? あれは科学技術省の船なのか?」

「そうですよ。僕が船の所属を見間違えるわけないでしょう」


 自慢げにレイは言う。ミサキは軽く握った手を顎に添えて、小さく息を漏らした。


 レイの机の上には飛行機の模型の横に小型の鳥を模したおもちゃが置かれていた。カナタは興味深そうにそのおもちゃを眺める。ミサキとレイの会話は聞こえていたが、おもちゃのことが気になった。小さな鳥は腰の部分で台座に固定されているらしく、軽く頭を押してみると腰を軸にくるりと縦に回転した。しかし、一回転するとそのまま止まってしまった。


 メッセンジャーバッグが動く。鳥のおもちゃが気になるのか、スイが顔を覗かせた。カナタは慌ててバッグの口を閉める。連続殺人事件の重要参考人として捜索されている少年の実名は報道されていないが、鳥型ロボットを連れていることは国中に知れ渡っている。鳥のロボットを連れた少年など何人もいると思われるが、できるだけ疑われないようにしなくてはならない。


「あ、あの、久坂さん。このおもちゃって……」

「昔ハナゾノに行った時に買ったんですよ。でも調子が悪いみたいで」

「ちょっといいですか」


 カナタは鳥のおもちゃを手に取ると、躊躇うことなく分解した。レイは驚いて止めようとしたがミサキに遮られてしまう。


「彼に任せておけばいい」

「僕の鳥さんが……。悲しい、悲しいねパーゴ君」


 部品を外し、付け直す。手際の良さは機械に慣れた者のそれであり、おろおろしていたレイも感心したようにカナタを見守った。


 数分後、カナタは鳥のおもちゃを机に置き直して頭を軽く押した。一回転した後、鳥のおもちゃは頭を上げたり下げたりを繰り返し始めた。お辞儀をしているようにも見え、頭に被った帽子が相まって紳士的な様子である。


「これはこうしてしばらく動くタイプのものですよね。ねじがずれていたみたいなので直してみたんですが、いかがでしょうか」


 お辞儀を繰り返す鳥のおもちゃとカナタを交互に見て、レイは嬉しそうに微笑んだ。眼鏡のブリッジを押し上げ、パーゴ君を撫で繰り回していた時とは正反対の冷静そうな顔になる。元々真面目そうな雰囲気を纏っていたものの、パーゴ君を撫でているとその雰囲気が霧散してしまっていたのだ。


「探偵さん、でしたよね」

「僕は助手です」

「直してくれてありがとうございます。僕に協力できることなら何でもしますよ。それは大事なものだったので、とても感謝しています。ね、パーゴ君っ」


 ミサキが身を乗り出した。


「では教えてもらおう久坂さん。科学技術省の飛行船がどこからハナゾノへ来てどこへ行ったのか御存知かな」

「はっはー! お任せ下さい! この久坂レイ、気になった船については調べに調べて調べまくりますからね!」


 この人、真面目なのかふざけているのか分からないな。と思ったもののカナタはそれを飲み込んだ。ミサキは冷めた目をしている。


 レイは書類や飛行機模型、鳥のおもちゃを押しやって地図を広げた。六芒星に似た形をしているキャロリング大陸の北東部に位置する三角形の国がイーハトヴである。海岸線は波に削られ複雑になっており、イーハトヴを象徴する地形と言われている。他国でも同じような地形は俗に花海岸と呼ばれているそうだ。


 ほぼ中央に位置するのが首都・イシオカ市。やや北東に進んだところにポーラ市。そこから更に東へ行ったところにあるのがハナゾノ市である。レイはイシオカを指差す。


「どこから飛んで来たか、というのはおそらくイシオカでしょう。飛行船仲間が目撃しています。他の仲間達の証言を繋ぎ合わせると、イシオカを出発した船はポーラ上空を過ぎてハナゾノへ、そして停泊。その後、北側を回ってイシオカに戻ったらしいです。途中の街で停泊した形跡はなさそうですね。あと、みんな近付かないようにってロボットに注意されたと言っていました。だから遠巻きの写真しか撮れなくて……」


 しょんぼりとした様子のレイを無視してミサキは地図を指す。


「イシオカに戻った後は動きがないのか?」

「さ、さあ? これだけ大きな船なので色々と知りたいんですが、なかなか……」

「では久坂さん、探偵から依頼するというのもおかしなことなんだけれど、一つ頼めるかな」

「なんなりと。助手君には助けてもらったので」


 地図の横に避けてあった飛行船の模型を手に取ってミサキが笑う。


「科学技術省の大型飛行船について、何か分かったら教えてくれないだろうか。連絡はバー・金星ヴィーナスにしてくれるとありがたい」

「構いませんよ、了解です。探偵さんも飛行船に興味沸いてきましたか!」

「私は別に」

「今手に持っているその船はですねえ、クラムボンの災厄の後に……」

「カナタ、君が相手してあげなさい」

「えっ、ミサキさんは?」

「私は展示品を見てくるよ」


 飛行船の模型をカナタに持たせると、ミサキは逃げるように学芸員室を出て行った。レイの語りは止まらない。別の学芸員が「久坂君、お仕事」と声をかけるまで、一時間半近く飛行船と飛行機の話は続いたのだった。


 博物館の常設展示を見て来たミサキが学芸員室に戻ってきた時、乗り物好きの男二人は会話に花を咲かせていた。レイが出て行った後、カナタを見てミサキは呆れたように笑う。


「君もあの男と同類だな」

「楽しかったです。ミサキさんは?」

「うん、まあまあかな。クラムボンの災厄以前の街を再現したジオラマなどが置かれていたよ」


 取り残されていたパーゴ君が手を振り上げて動き出した。車輪の足を回しながら、二人の間を抜けてホールの方へ歩いて行く。その後ろ姿を見送ってから、カナタはミサキに向き直った。


「飛行船はイシオカです。どうしましょうか、この後」

「一度ハナゾノに戻って、金星で情報を集めつつ久坂さんの連絡を待とう。無闇に歩き回ってもな」

「そうですよね……」


 カナタは俯く。少しは進んだが、大きく前進したわけではない。メッセンジャーバッグの中でスイが小さく鳴き声を漏らした。


「カナタ、元気出シテ」

「叔父さんが心配なのは分かるけれど、君は追われている身なんだからね」

「ええ、分かっています」


 学芸員室を出て、玄関ホールへ向かう。来館者に説明をしていたレイが二人に気が付き、小さく手を振った。傍らではパーゴ君がくるくると回っている。ミサキはひらりと手を振り返し、カナタは軽くお辞儀をして博物館を後にした。





 駅へのバスが来るまでまだ時間がある。どこかで時間を潰そうということになり、二人は博物館の近くの食堂へ立ち寄った。店内に入ると、パーゴ君と同じ型の山猫のロボットと、カナタよりやや年上と思われる少年が出迎えてくれた。


「イラッシャイ! イラッシャイ!」


 駅前広場にいたものと同じように山猫博士は賑やかに声を上げる。パーゴ君が珍しくおとなしい個体のようだ。少年は盆を手に控えめな笑みを浮かべている。


 少年に案内され、二人は席に着く。


「何にする?」

「蕎麦」

「じゃあ私は冷麺だ」

「……でも、いつもこればっかりですね」

「ふむ、折角だからポーラのものが食べたいね」


 二人は顔を見合わせる。その様子を見ていた店員の少年がおずおずと近付いてきた。メニュー表を見ていたカナタの後ろから覗き込むようにして、そっと指を伸ばす。


「あ、あの。市外の方、ですか? それなら、これとかどうでしょうか……」


 二枚のパンで具材を挟んだ料理のイラストが描かれていた。


「南の国のハンバーガーに似てますね」

「あ、はい、そうなんです。ポーラバーガー、です。バンズにポーラ産の豚肉と、野菜を挟んでいるんです」

「美味しそう! 僕これにします」

「私もそれで頼むよ」

「はい、かしこまりました」


 少年は注文のメモを山猫博士に渡す。すると、山猫博士はメモを手に厨房の方へ引っ込んでいった。「はいよー!」という威勢のいい男性の声が聞こえた。店主だろうか。


 注文を終えたが、カナタはメニュー表をまだ眺めていた。メニュー表には色鉛筆で料理が描かれており、隅にサインが添えられている。漢字イーハトヴもじではないためカナタにはよく分からない。しかし、イラストを描いた者の名前なのだろう。


「この絵はお兄さんが?」


 カナタが訊ねると、少年は照れくさそうに苦笑した。


 向かい側から身を乗り出すようにしてミサキがメニュー表を見る。


「ロクロウ・ハセガワ。君のことかい?」

「……ああ、はい。長谷川はせがわロクロウ……です」


 盆を手にしたロクロウは恥ずかしそうに笑う。その右手の甲には大きな傷跡が付いていた。











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