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街道、という言葉を聞いたときに思い浮かべるものといえばなんだろう。


たぶん日本史が好きなら江戸時代の五街道、世界史が好きならローマ帝国時代辺りのアッピア街道なんかを思い浮かべる人が多いんじゃないかと思ってる。

いずれにせよ国家レベルの組織によってきっちりと整備された、ヒトモノカネが大量に動く国家の大動脈的なものであることを否定する人は少ないはずだ。


だからこそ僕は“東側の街道での清掃作業”なんて言葉をフマースのギルドマスターから聴いたとき、ある程度トロフィーを探して森林地帯に立ち入る必要があるかもしれないとすら考えていたわけなんですが。


「正直に述べさせてもらうならば、いつのもワンピースをやめてカーゴパンツに履き替えたのは大正解だった。こいつを着たままだと主と同化出来ないのが多少不便ではあるが……」

「これをいつもので歩くのは素足でガラスの敷き詰められた道を歩くのと大差ないって。しっかし丈夫な服装は野外生活の基本だけど、ここまでそれが必須と言い切れるような場所を街道と言い張るのはどうなんだろ」


日本国内ではありえないほどの太い幹の樹木が乱立し、日が少ししか届かない地面にはヒザ下くらいまでの小低木が全てを覆い隠すように茂っている。

多くが蔓のようなもので構成されたそれらの表面には無数のトゲが生えていて、油断していると容赦なく皮膚を切り裂き、チリチリとした痛みによって自己主張をしてくるのが鬱陶しい。


歩き出した当初は人よりやや細いくらいの幹が目立つ落葉広葉樹林が広がっていたのに、半日も歩いてきた辺りから徐々にスギと良く似た――それよりもかなり太く、大きいが――樹木が目立つようになり、同時にこの有害で危険な植物が大地を席巻するようになってきたのだ。


これで安全地帯は二人が並列にぎりぎり歩けないくらいの太さの獣道しかないんだからツライ、っていうかこれを街道と呼ぶしかないのは即刻庭師を呼んで管理をしてもらいたい程度に遺憾である。


「出る前に聞いたが、西側の街道が出来てからは利用率が極端に下がったらしい。予算に厳しいこの国が利用率の低い道を整備する可能性は……まあ、あまり期待しないほうがいいぞ」

「おかげで魔獣の数には困らないのが唯一の利点か。涙出そう」

「無理に換金部位を取らなくても大丈夫なんて言ってたのはたぶんこれが原因だな。……ん、10時方向に再びターゲットだ。距離は250でこちらにはまだ気づいてない。遠くて分かりにくいがたぶんリザードマンが二匹程」

「了解。叩いた段階でもう一方は逃げるだろうから狩ったとしても獲られる対価は一匹分だけか。また剥ぎ取りに行くだけで痛い思いするんだろうなぁ……」


これで今日に入ってから既に5回目のエンカウント。

普通の街道なら三日に一度、自然林でも一日に二度くらいあれば多いほうだというのに、瘴気が多いこの辺りでは魔獣が大変に生まれやすく、自然と触れ合うには本当に最適だ。


脳みそのどこかで勝手にループしていたサファリパーク専用のBGMを意識してカットし、肩にかけたライフルをゆるく構える。

リザードマンのようないくつかの生物は、体温と外気温に大差がないので熱感知によるターゲットの強調表現が出来なくて狙いづらいのが欠点か。


名前の末尾に“マン”なんて単語がつくとは到底思えない、くすんだ刃物を持った人間サイズの二足歩行式トカゲが木々の間を縫うようにして進んでいくのをじっくりと観察すれば、そのうち撃つのに最適なタイミングだって見えてくる。


進行方向を予測し、射線の通る場所に照準を置いて軽く一息。

あとはもう簡単なもので、ターゲットがレチクルの中心より僅か手前に来たタイミングで魔術を放つだけ。

シアの落ちる――細いガラス棒を折るような――感覚と共に放たれた、音速の二倍以上の速度で飛翔する氷柱がリザードマンの致命部位である首の辺りに突き刺さり、それは糸が切れた操り人形のように地面へと崩れ落ちる。


「ダイレクトヒット。頭が飛んだぞ」

「ん、もう一匹は見える?」

「いや、主の予想通り森の奥へ逃走したみたいだ。探すか?」

「いいよ。面倒くさいしかったるい。街道を歩きながら見つけた奴以外を何とかするのは依頼の範疇外だからどうでもいいし」


どの道、戦果確認用のギルド員も同行しないこの依頼じゃ大した額にもなるまい。

目的だってお金じゃなくて、単にこの手の依頼を達成できるだけのスキルがあることをタルノバのギルドで証明することなんだから、最低限の条件さえ満たしているならあとは楽なほうに流れたい。


触っただけで軽い怪我をしかねない蔓の大地を、高出力のスタンロッドで焼き切りながら進むこと数分程度。

ようやくたどり着いた首の無いリザードマンの死体から、換金部位である尻尾の先にくっついたクリスタルのように輝くなにかで出来たトゲトゲを切り取ってドロップポーチへと放り込む。


「ふぅ、これでまた先に進め――」

「ないみたいだな。今の音は魔術か?」

「しかもなんか全力でこっちのほうに向かってきてる気がするんだけど」

「ついでに馬のいななきと車輪の音も聞こえたぞ。こんな細道を馬車で全力疾走なんてまともな神経をしてたら出来ないと思うんだが」

「出来れば助けてあげたいんだけど……」


逃げる馬車を助けるなんていうのは冒険者の臨時収入的にも大変宜しいのだけど、一点問題が。

歩行者優先なんてルールは地球の、しかも一部の先進国にしか存在しない。

こんな見通しの悪い道では僕らがいたとしても気づけないで轢くか、気づいた上で轢くかの二択しか有り得ないわけで。


「とりあえず、様子見で」

「うむ」


茂みに身を潜めてしばらく待つと、大地を揺るがすような馬蹄音と共に二頭立ての馬車が馬鹿に細いこの街道を通過しようとしているのが見えてきた。

圧倒的に街道の幅が足りないので、そこらの小低木を引きちぎりながら進む様はショベルカーかロードローラーのような印象すらある。

その後ろには意外な速度で馬車を追い立てるトロールが四匹、イノシシと馬を足して二で割ったようなデザインの乗り物に乗っているのがハチャメチャにミスマッチで思わず三度見直してしまった。


「なにアレ?」

「トロールが育てている騎乗用のナードラーだ。単独でもある程度の戦闘力を持つ危険な魔獣として世の中ではそれなりの知名度なのだが、トロールが乗るともう一般人には手が付けられんな」

「めっちゃ興味があるから後でいろいろ聞きたいんだけど、まずはあれどうしようか? 援護しようにも当たるか分からんし、仮に一騎撃墜したとしても残りに素通りされるよね?」

「うむ、打つ手が無いな。早過ぎる」


何せ早いといっても騎馬と比べれば鈍重な馬車だ。

オマケにこんな腐った環境では距離も縮む一方で離れるような要素は無い。

だからなのか、僕らを通り過ぎてしばらくした馬車は相手を遅延させるためのナニカを荷台から蹴りだし、更に速度を上げた馬車が死に物狂いで逃げてゆく。


しかし、あれはまるで――


「なあ、蹴りだされたのって人じゃないか?」

「――っ、間に合うかっ!?」

「ちょ、主、待て!」


スプリンターも真っ青になるような速度で跳ねるように疾走し、薄汚い格好をした子供の前まで到着、もうトロールまでの距離はほとんど無い。

しかも相手を遅延させるはずだったそれはまるで目標を達成出来そうになくて、僕らを路傍の石か何かと勘違いしてるとしか思えない速度で突っ込んでくる。


――スモーク展開。

――熱感知眼鏡展開。

――魔力障壁展開。


煙幕で相手の視界を潰して速度を低減させ、熱感知眼鏡でこちらはしっかり相手を認識、あとは轢かれたとき対策で魔力障壁を展開。

俗に言う、後は野となれ山となれ作戦である。


飛び込んでくるナードラーのうちの一匹を回避して子供もろとも蔦の海へとダイブ。

狙い通り相手さんの速度はかなり落ちてたので避けるのは難しくなかった。

ついでに煙幕で幻惑してもらって僕らと馬車を見失ってどっかに行ってくれるとすっごく嬉しいんだけど……えぇ、こんなことしたら相手さんにケンカを買われることくらい覚悟してたよ。


煙の中身を警戒してるのか、少し先から動かずにこちらを見つめる三対の瞳。

一匹は僕らを無視して馬車のほうに突っ込んでったので、相手にしなくてはならない戦力は先ほどに比べれば多少マシになったか。


「大丈夫。だからちょっとだけじっとしてて」

「……っ」


ぼろぼろの布を被っただけという、およそ服とも呼べないようなシロモノの隙間からはがりがりに痩せた貧相な体つき。唯一のアクセサリーといえば首についた趣味の悪い真っ黒なネックレスくらいで、あとは本当に何も無くて。

……それに、軽く頭を撫でただけでビクリと全身を強張らせるなんて、この子は一体今までどんな目に遭ってきたんだろう。


でも、考えるのはここまでにしてまずは一セット取らなくては。

蔦の海の中で指先に集めた魔力を展開、発射。

十分な殺意と魔力を込めた12発のフレシェットはブッシュに弾かれることなく、粗雑な金属鎧なんてものをあっさりと貫通して人馬両方を引き裂く。

瞬間空洞がほとんど発生しない弾種とはいえ、ほんの数十メートルしか離れていない標的にブスブスと複数本も刺されば体内の臓器はグシャグシャだし、当然耐えられるはずも無い。


その場に留まることの危険性にいまさら気づいたのか、二騎のトロールが回避機動を挟みながら回り込むようにこちらへと近づいてくるのを確認してから子供を脇に抱えてターゲットへとステップイン。


言うまでもないがここは森の中。

街道を走る馬車を追うならまだしも、こんな場所で直進性に優れた乗り物を使って回り込もうとしたところで旋回半径は高が知れてる。

だからこうやって相手に近づいてしまえばしばらくの間は1on1の状況が簡単に作り出せてしまうし、馬上攻撃なんてものは振り下ろすしかないから威力ばっかり高くても単調で、重装甲に定評のある僕の場合だと防御するのは難しくない。


猛烈な風切り音と共に振るわれた馬鹿でかい釘バットによる攻撃を魔力障壁で軽くいなし、お返しにとばかりに馬のケツをスタンロッドで引っ叩いてやればバランスを崩した残念なバディがすっころび、それぞれの愛する杉の木へダイレクトキス。おぉぅ、痛そう。


そして最後の一騎。

挟み撃ちは見事に失敗して傍目にも形勢が不利なことくらい分かるだろうに、復讐の光を目に宿らせてこちらへ飛び込んでくるが――


「むぅ、主は急ぎ過ぎだ。妾が間に合わないではないか」

「ごめんごめん、でも結果オーライじゃない?」


――遅れてやってきたエルの魔術によってスパン、と首が刎ねられ途中で大地に倒れ付す。


毎度おなじみながら威力精度の両面で申し分なく、欠点といえば吹き上がる返り血を防ぐために魔力障壁を再度展開する必要があることと、ちょっと15歳以下には見せられないような物体が出来上がってしまうことくらいか。


「確かに主が走らなかったらその子が危なかったかもしれんが……。心配したんだぞ?」

「う……、ごめん」

「ほら、とにかく腕を見せよ。主もそっちの子供もあちこち傷だらけじゃないか」


なんの冗談らしいものも含まれず、純粋に心配されるのはくすぐったいけど嬉しくて、返せる言葉が思いつかなかった。

そうこうしているうちにエルの治療術による緑色の魔力が僕の腕に巻きつき、ビデオの早送りでもしているかのような速度で小さな傷が見る見るうちに消えていく。


「久しぶりにお世話になった気がするけど、やっぱり凄いわ……」

「ふふん、少なくとも治療に関しては妾に任せておけば万事安心だ。これでも主の言葉で言うところのエキスパートって奴だからな。……どれ、後はこの子だけか」

「……」


話しかけても、首輪に触れても、全身に治療を受けて体中から痛みが消えたとしても。

大した反応をすることも無く、歳相応の感情を一切感じさせない虚ろな瞳はまるで僕らの姿が見えていないかのようだった。


「なあ、主。この子、……どうもどこかの奴隷みたいだぞ」

「は?」

「ほれ、この首輪は奴隷用の……名前が思い出せないが、なんとかの首輪といってな。主人の命令違反を行うと様々な罰が与えられるようになったものだ」

「いやいや、ちょっと待ってよ。こんな首輪つけた人なんて結構一杯居たじゃん。ウィスリスじゃ見た記憶が無いけど王都でもガルトでも見たことあるんだけど」

「ん、ひょっとして……主の世界だと奴隷って一般的じゃないのか?」

「全然一般的じゃないよ。そういうの使ったら犯罪だから」

「それじゃあ犯罪者が罪を償えないではないか」

「あぁ、そういう用途がメインなのね。こっちだといろんな処理の方法があるけど一般的なのは小さい檻に数年突っ込んで洗脳ライクなことするのが普通なんだよ」

「……それは、残酷だな」

「そう? それは置いとくとして、奴隷が大丈夫な国なら持ち主に返却しないといらん問題のタネになりかねないし、どうしようか?」

「それなんだがな。たぶんこの子は正規の奴隷じゃない」

「理由は……いいや。エルが間違ったこと言うとも思えないし。……なんか、すっごいトラブルの予感なんだけど」

「大丈夫だ。うん、違法奴隷商くらい主と妾が居て何とかならないはずが無かろう。どうせこの先にある街なんてタルノバしかないんだ。途中で馬車が潰れてなければ相手側からぺちぺちとちょっかいが来るだろうて」


楽しげに笑うエルを見ると僕自身も段々と気持ちが上向きになってくる。

考え方を変えれば結構な報酬を貰うチャンスだったり、最近不足によるデメリットを感じるようになってきた知名度を向上させるチャンスでもあるわけだしさ。


だったら隣を歩く無表情な子供のために一肌脱ぐってのも、決して悪いものじゃない。

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