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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
それは機能しているものなのか
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2

聞いたことのない鳥の鳴き声と虫の音が聞こえる森の中を一歩一歩確かめるように歩く。

途中までは獣道くらい残ってたのに、気づけばそれすらなくなった天然の森はおよそ人が歩くのには向いてなくて、一部のふかふかとした地面や、木の根とかツタに足を取られないように気をつけたりするおかげで移動速度は決して速くない。


現段階での移動距離は直線換算で20キロメートルとプラスアルファ。

手の入っていない山林を移動する難しさが露呈した形となってしまった。

いくら長い期間スカウトをやっていたとしても所詮それは日本国内でのことだもんなぁ……。


「だあぁぁぁっ! 直線距離で指定されたって崖とか沢とかなんて進めんて……」

「妾からしてみればそれだけでも随分高性能な案内人だと思うのだがな。それ」


うがぁーっと首を振ってからスリングバッグに取り付けたGPSを見れば、目的地までの残り距離が4.2キロメートルであることを教えてくれた。

ちなみに、目的地を示す電子コンパスの矢印は正面を指しているが、残念ながらその先は落差10メートル程度の崖である。僕がベア・グリルスではない以上、迂回しないと先に進むことは不可能だ。


Foretrex301に良く似たデザインの癖に、最近流行の中国産の劣化コピーといっても苦笑しながら頷くことしか出来ない程度の機能しか持っておらず、信じられないことにウェイポイントの設定をすることくらいしか出来ないこの体たらく。

おまけにそのウェイポイントだって一個しか登録できない上、軌跡ログすら残らないこの仕様では道に迷ったときに帰還することすら困難ではないか。

突き刺さってはじけるロケット花火のようなシステムもここまでぶっ飛んでれば潔いといってもいいのかもしれないが、現物の利便性を知ってる僕からすればかなり残念の一言に尽きる。


「まずいな……。そろそろ日が落ちてきた」

「十分な視界を持って歩けるのはあと一時間と少しか。今までを省みるに目的地まで歩く場合夜間の移動が必要になるがどうする?」

「何かあれば途中でもいいけど、出来ればウェイポイントでキャンプしたい。土地勘って意味じゃ危ないけど魔獣は少ないみたいだからいけると思うんだ」


これがアマゾンのような密林だったら夜間の移動なんてとても出来るものではないが、落葉広葉樹林ちっくなこの辺りの森林はブッシュなどが比較的少なくて見通しも良い。

おかげで先ほどあった突然の崖などにさえ注意しておけば、懐中電灯と簡単な魔術の二つを併用するだけで意外なほど野外での活動時間は長くなる。


「こうして森の中を歩いてると最初を思い出すな」

「思えば最初がある意味一番アウトドアしてたような気がするよ」

「そりゃあんな場所に来てしまったのだから仕方があるまい。むしろ一番驚いたのは主じゃなくて妾なんだぞ」

「本当にあの時はどうなるかと思った。辛うじてキャンプ用品が一式あったら良かったけどさ」

「主のことだから無ければ無いで結構何とかなったんではないか?」

「いやいやっ! 道具もなしじゃ普通に木の陰で寝るくらいが精一杯だから」


エルの真剣みをガッツリと帯びた勘違いをしっかりと矯正しつつ、黄金色に染まりつつある広葉樹の葉を楽しみながら小幅でゆっくりと歩いて進む。

多少程度のアップダウンしか存在しない地形だと馬鹿にせず、山道の基礎を守りながら歩くことは疲労軽減にも有効だし、何よりもこんなにも美しい風景をただ流すだけなんていうのは勿体無い。


「む、主。そこのキノコは美味だぞ」

「おっけ、回収確定で今日のご飯はキノコ鍋だ」


ついでに食欲までもが満たせてしまうのだ。

こんな素晴らしいトレッキングが今までにあっただろうか。


「ただし毒キノコが混じってる可能性があるから食べる前に茎の部分を割ってくれ。黒い斑点があったらそれは食べちゃ駄目だ」

「……なんか凄く採りにくくなっちゃったんだけど」

「大丈夫だ。この形のキノコでほかに毒を持つ種類は無い。苦くて美味しくないのは混じってるかもしれないが危険性という意味では問題ない」


見た目がムキタケに似てるだけあってツキヨタケに相当するものも混じってるって事か。

コケの生えた倒木に群生した薄茶色のカサが非常に美しいハズ、なのに急に恐ろしく見えてきてしまった。


「その辺は悪いけどエルにお任せしちゃおうかな」

「うむ。任された」


天然モノのキノコは同じものと思えないほど美味しいという話だけは聞いていたが、日本国内では毎年100件以上発生している毒キノコ中毒とその症状のせいでついに食べることは無かった。

しかし、経験知識共に豊富なエルが判定をしてくれるのなら安心して食べることが可能である。

果たして異世界のキノコの味とはどんなものなのか、楽しみでならない。


その後もあちこちに群生しているキノコや山菜に目を奪われつつ、気づけばAR15のマガジンが8本は余裕で入るドロップポーチから溢れそうなほどの山の恵みを確保した僕らは食欲に押されながら無人の森林を突き進み、指定されたウェイポイントまで到着することとなった、のだが――


「さすがに暗過ぎて判らんな。本番は明日か」

「実は何も無いハズレでした。ってのが怖くなってきたんだけど」

「もしそうならあのメモ書きを残した奴を地の果てまで追わないと気がすまんぞ」


――GPSで指定された地点にあったのは平地に均された小さな広場とごく浅い洞窟が一つあるのみで、いわゆる遺跡っぽいものなどは何もない閑散とした空間だった。

到着時はその明らかに人の手が入った広場に心が躍ったものの、僅か半時間も経たないうちに表面的な探索は終了し、その結果得られたものは何一つ無いというこの有様。

わざわざ丸一日掛けて到着したにはあんまりな結果に思わず肩を落としそうになったが、現時刻は月もすっかり顔を出した夜ということで、一応心の平静を取り戻すところまでは何とか頑張った。


「とりあえず探索は明日に置いとくとして、まずは夕飯にしよう」

「賛成だ。とりあえず妾はキノコを選別するから袋を渡してもらっても良いか?」

「了解。よろしく」


ベルトから取り外したドロップポーチと小皿を渡すと、エルは指先に発生させた小さな魔力による刃を使って器用に根元を裂いてキノコの安全性を確認していく。

たまに軸の無いキノコなどが混じっているが、そういうのを躊躇無く一瞬で捨てるその作業速度は素人目にも熟練していて、見ているだけでも面白い。


反面僕は何が出来るのかといえば大したことはロクに無く、せいぜい今日のメニューを考えることと実際に作ることだけ。

しかもバックパッカーの料理なんてものは昨今省エネ化が激しく、水が豊富に使えるとは言っても限られた食材しかないこの環境で出来るのはキノコスープとキノコソテーくらいなものだ。


キノコ以外の食材ということで採取した山の定番である山菜はどれも生で齧った瞬間に人生を後悔したくなるほどの猛烈な苦味で、まともに食べるにはしっかりと木灰で灰汁抜きをしてやらないととても食べられない。


洞窟の石とグリル台で簡易かまどを作り、クッカーでお湯を沸かし、エルが検分したキノコを放り込み、湯だったところで携帯スープを投入してあっさり完成。

なんてイージーなんでしょう。それでも内心まだ手が込んだほうかとも思ってるけど。

スカウトをやっていたころの基本的な夕飯は焚き木の中にアルミホイルを巻いたジャガイモとなにか――おもにソーセージ――を突っ込むだけのお手軽かつノー洗い物な食事がメインだったからかもしれない。


「うーむ……。調味料が塩しか無いから焼き物がきつい。香辛料くらい持ってくれば良かった」

「こればかりは荷物を最低限に抑えてきてしまったから仕方があるまい。ただ味は決して悪くないな」

「確かに。キノコ旨し」


なんてこと無いただの携帯スープがキノコ一つでこれほどまでに美味しくなるとは誰が予測できただろう。

厚めのしいたけにも似た外見ととろりとした食感に続くのはキノコに含まれるうまみ成分で補完されたスープの塩味。まろやかで素晴らしく旨い。

ほとんど香りが無いのは好き嫌いが発生しにくいことを考えればむしろプラスの要素か。


香りマツタケ味シメジなんて言われ方をしているほうのシメジを食べる機会が昔あったのだが、それとほぼ変わらないほどの非常に強いうまみ成分を感じるので、これを日本に持って帰ったら馬鹿みたいな値段で売れること間違いなし。


凄く、凄く醤油が恋しい。バターとあわせてこいつを炒めてビールで一杯やりたい。


そう思ってしまうほどのキノコを食べたのは本当に久しぶり。

こりゃ毎年命知らずたちがキノコ狩りをするわけだ。自分で食べてものすごく納得した。

あっという間にクッカーに一杯だったキノコ汁は底を尽いてしまい、その代わりに得られた満腹感が僕を満たしていて気持ちが良い。


「今日と明日午前中まではキノコがあるから良いとして、思えば最初からまともな食事を取りたいなら現地調達が前提っていうのも結構あれだよね」

「そうか? 妾はこういう、主の言葉を借りるならサバイバルな生活も結構好きだぞ?」

「気づいたら野生児に戻っちゃいそうなエルが怖いんだけど」

「たぶんそのときは主も一緒だな」

「あ、あながち否定できない……」







翌日、今日も天気は快晴ナリ。……と言えればよかったのだが残念ながら曇天である。

朝食は昨日使わなかったキノコを塩で簡単に炒めたものと相変わらずのビスケット。

乾飯みたいに連食しても大丈夫な主食が欲しい今日この頃。利便性を考えると選択肢が無いことくらい理解できるけどさ。


山菜は朝の段階ではまだ苦過ぎて灰汁抜きが全然十分じゃなかったのでパス。

深夜に見たらクッカーの水が真っ赤になってたので交換したのにまた真っ赤になってたんだからたまらない。この分だと食べられるのは最速で今日の昼食あたりかもしれない。


「さあ、日も昇ったことだし心機一転今日も頑張ろう」

「最低でも何らかの痕跡は見つけておきたいところか」

「最悪オリエンテーリングみたいな真似をさせられるかもね」

「なんだそれ?」

「地図上で指定された複数の地点を通過しながらゴールを目指すレースなんだけど、色々派生ルールがあってさ。ちょうどこんな感じでヒントに書かれた先にまた次へのヒントがあって、あちこち歩かせて最終的なゴールに到着できる、みたいなのがあるんよ」

「もしそうだとしたら随分と性格の悪いやり方だな」

「うん、だからそうじゃないことを祈ってる」


だがこの世界に来てから初めて見た日本語のヒントなのだ。何かあるに違いないっ!


と、どんな風に意気込んだところで歩いて一分もしないうちに最奥まで到達してしまうような洞窟で出来る探索なんてものは限られている。

壁面および天井は岩石で作られたごく一般的な洞窟で、軍用懐中電灯で照らしてみればごつごつとした岩肌以外に見えるものは何も無く、浅過ぎるせいでコウモリなどの洞穴生物すら居ない。


「洞窟っていうか、穴?」

「むぅ、あのメモを残した奴はきっと性格が悪かったに違いない」

「少なく見積もっても十年単位で昔の紙に書かれた言葉だよ? 最初はなにかあったかもしれないけど風化しちゃったのかもしれない」

「本当に風化してしまってたとしたらここに来た意味がなくなっちゃうぞっ!」

「全くその通りで。どうしよ、多少トラウマが残ってるけど爆破でもする?」

「賛成だが、……妾は念のため安全が確認されるまで中には入らないでおこう」

「ん、了解」


前回のあの光景が脳裏に浮かんだのかげんなりとした様子のエルには悪いが他に手が浮かばない。

最奥、側面にぺたぺたと爆発性の魔力を貼り付けて起爆用のラインを引いて洞窟外に退避。

二回目となれば慣れたもので特に気負うことも無くスイッチオン。


ズドン。


前回と違って外に避難しているからか爆音は想像以上にちゃちで一瞬失敗したかと思った。

実際にはもうもうと立ち上がる粉塵が洞窟の入り口からまるで火口のように溢れ出ているからそんなこと無いんだけど。


「例の臭いは無いね。この分だと大丈夫かな」

「よく主は平気でいられるな。臭い以前に……ぺっぺっ、煙いし埃だらけだ」

「口元に布を当てとけば意外となんとかなる、というかエルなら換気出来るんじゃない?」

「出来なくはないが見える範囲くらいしか出来んぞ」

「魔力が必要なら僕のを持ってっても構わないからやってくれ。複数回もやれば中入れるくらいにはなると思うんだ」


軽く頷いたエルが器用に魔力を操作して粉塵交じりの空気を見る見るうちに洞窟の外へと放出し、徐々に見えてきた洞窟の岩肌は……そのままだった。

発破によってかなり抉れてはいるものの、その向こうに隠されていたかもしれない何かに繋がることも無く、相変わらず面白みのない岩肌が覗いているだけ。

中に入って爆破した壁の辺りを触っても、実はカモフラージュされた壁だったなんて落ちも無く、爆発によって脆くなった岩がぼろぼろと崩れ落ちていく。


「労力の割りに何の意味も無かったりするとへたり込みたくなるんだけど」

「主、しっかりしろ。まだ外の探索は終わってない」

「あ、うん。そうだ……ね?」


地面に座って視線が低くなったからこそ気づく微妙な違和感。

壁面から少し離れた、ちょうど爆破前は洞窟の中央だった場所が他の場所と比べるとやけに膨らんで見えるのだ。そう、ちょうどマンホールでもあるみたいに、だ。

慌てるようにそのあたりの土を手で払っていくと指先に岩肌とは明らかに違うつるりとした金属のような手触りの何かがある。


「突然どうしたのだ?」

「エル、当たりだよ当たり」


エルは未だ釈然としない様子だが、この明らかに不自然な地面に気づいていないのだろうか。

さらに土を払っていくと金属製のふちが段々と浮かび上がってきた。

大きさは直径一メートルほどで、外見だけなら本当にマンホールと大差ない。


「これ、は……」

「入り口だね。悪いけどエルは離れてて」

「うむ」


エルが十分に離れたのを確認してからマンホールに取り付けられた取っ手をゆっくりと、だが力を込めてぐりぐりと引っ張る。

どうもかなりの時間が経過していることは間違いないようで、あほみたいに重い。

数分の時間を掛けてなんとか取り外したが、なんと厚さが5センチメートル以上もあるのだ。

まったく当時の人間はどうやって中に入っていたのやら。


「こんな重いもの持ったの生まれて初めて……」

「腰とか大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。さすがにこんなので痛めるほどやわじゃないよ」


思わず飛び込んで中に突入したくなる心を抑えて覗き込んだ先に見えたのは以前の古代遺跡とさして変わらないリノリウム製の床と壁。

床までの落差はおよそ二メートル程度、一応ハシゴがついているから一人で脱出することも可能だし、仮にそれが映画よろしく折れたりしたとしてもエルと二人でなら登ることも難しくない。


ならば――


「降りても大丈夫そうだ。行こうか、エル」

「おーけーだ。カバーは任せろ」


――突入して中の調査をするしかあるまいっ!

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