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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
最終部「復活を夢見る、虚な存在」
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第三十六話 サンダルフォン、その驚異的な力の正体

 風精の国に居るラプラタへ敵の情報を聞くため、全員で向かう。

 その道中、水神の国から風精の国へ向かう船の上。


「どうした、アロマ?」

 外の風に当たろうと船の甲板へと昇った俺は、備え付けの椅子に座り自身の得物である聖剣アルペストリスをじっと見つめているアロマを見つけた。

 あまりにも集中して見ている姿を不審に感じた俺は、様子を覗おうと声をかけてみるが、アロマは俺に一切気づいていない。


「あ、ごめんなさい。マスター」

「どうしたのだ?」

 声をかけてから数秒後に、ようやく彼女と目が合う。

 どうやら本当に気づいていなかったらしい。

 暗殺者にとって、何かに気をとられて周りが見えなくなるのはかなり危険なのは、何度も教えてきたし彼女もそれを解っているはず。


「エミリアお姉ちゃんから貰った剣を見てたら、何だか不思議な気持ちになっちゃって」

 そんなアロマが夢中になる程に、その武器に何か思いいれがあるのか?

 天使だった頃に使っていた武器らしいし、特別な感情があるのは解らなくは無いが。


「元々はお前が使っていて、壊れたのを直して貰ったんだったな?」

「うん」

 それとも、弓に宿っていた力が形状を変えても引き継いでいて、アロマに何かをしているというのだろうか?

 だとすれば危険だが……。

 でも、あの魔術師がそれを考慮せずにアロマに渡すだろうか?


「ルナティックの巫女の命を奪う弓を素材にしているんだ。お前の大切な人にこんな事を言うのもあれだが、危険な武器かもしれん。気をつけろよ」

「うん、心配してくれてありがとう」

 これ以上考えても、そういう武具は専門ではないから解らないと察した俺は、余計だと思いつつも一言だけアロマに伝えてその場を離れる。


 途中一度だけ振り返るが、やはりアロマは剣をじっと見つめていた。

 ……少しは錬金術や魔術の道具に関する知識もあった方がいいな。



 以降はアロマの様子以外特別何も珍しい事は起きず、一行を乗せた船は目的地へと着実に向かっていき……。


「ここが風精の国かー、風ってつくだけあって何か清々しい感じがするもんだねえ」

 それから数日後には目的地である風精の国に到着する。

 ここへは傭兵として来た事があったか。

 その時は戦時中だったせいか、血肉や物の焼ける臭いが入り混じった死と破壊と伝える憂鬱な風が吹きすさんでいたが、今は穏やかで清々しい平和なよそ風が体をやさしく抜けていく。

 ……時代は、変わったんだな。


「シュウ様、エミリア様、お待ちしておりました」

「はい」

「道中の船で事前に連絡して、馬車を手配しました、これならすぐにつくでしょう。さあ、乗ってください」

「流石は最高位ランク、気が利くな」

「あたしは何にも知らなかったよ……」

 だが俺達を取り巻く環境は決して平和ではない。

 現役の頃には一切想像のつかない仲間が居て、そして敵がいる。

 俺の戦いが終わる日は来るのだろうか?

 俺は自らにそう問いかけながらも、全員が馬車へと入るのを確認した後に自身も乗り込んだ。



 馬車は、宮廷魔術師長が居る王城へと向かっていく。

 王城がある王都へは意外と時間もかからず、昼間を告げる鐘の音が鳴る頃には現地に到着し、女騎士と女魔術師が城の衛兵に事情を話すと何ら難しい手続きを行わず、また俺達の素性が明らかにされる事も無く、宮廷魔術師長の部屋に通された。


「ラプラタ様!」

「あら、元気そうね」

 部屋の中には、恐らく執務中であっただろう風精の国宮廷魔術師長であり、うちらの業界では風の悪魔と恐れられている大人びた女性が、笑顔でこちらを見ていた。


「お体、もう大丈夫なのですか?」

「ふふ、私を誰だと思っているの?」

 女騎士の話だと、天使の襲撃を受けたが実際にやられた場面は見ていないらしい。

 この悪魔の事だ、自らの力で上手く凌いだのだろう。

 それでも風の石が守りきれなかったところから、やはり敵は彼女以上の実力の持ち主というべきか。


「と言いたいけれども、正直ぎりぎりだった。あと少し防御の魔術の発動が遅かったら、私はここに座っていないでしょうね」

 多少得意げになっているのか、鼻をならして答える。

 周りからは畏怖やら尊敬やらを感じていて、本人もまんざらではないようだ。

 しかし、気のせいだろうか顔色があまり良くないと思うのは俺だけか?


「あなた達が何故ここまで来たのか、その理由は理解しているわ」

 彼女の口調が急にかしこまり出す。

 その結果、今までの和やかな雰囲気を一気に打ち破られてしまう。


「サンダルフォンの力の正体を知りたいのよね」

 ついに本題を話すときが来た。

 全員が同じ心持ちであるせいか、ラプラタの言葉を一言も漏らさないように聞くべく、がやがやとしていた部屋内は一気に静まり返る。


「率直に言うと、空間操作能力よ」

「く、くうかん……?」

「……駄目だ全然解らねぇ」

 俺はさり気なく仲間の様子を見る。

 ふむ、理解出来ているのはエミリアとアロマくらいか。

 女騎士とファルスはさっぱり解らないようだな。


「解らない人が居るみたいだから、簡単に説明するわね。空間っていうのは、まあ厳密な解釈はさておき解りやすく要約すると、私やあなた達が住んでいるこの世界そのものなのだけども」

 ラプラタはほんの少しだけ体勢を前のめりにしつつ、組んでいた手を解き、手振りしつつも理解出来ない仲間達へと説明を始める。


「その世界は一つではないの」

「どういう事です? ラプラタ様」

「例えば、これ」

 女騎士の質問に対しラプラタは、質問が来るであろう事を予想していたかのように、何の迷いも無く机の上にあったガラスで出来た透明の水差しを手に取る。


「私が今、この器に入った水を故意に蒸発させたとしましょう。ここで様々な可能性が出来るの」

 彼女は身近な物で敵の能力を説明し始める。

 ファルスは興味津々とうなずきながら聞いているが、女騎士はうとうととし始めていた。


「本当に蒸発させるのか? 無意味と悟ってしないのか? するならばどういう手段でするのか、どのタイミングでその行為をするのか。水は半分蒸発させるのか、全て蒸発させるのか、それとも匙一杯分なのか」

「な、なにいってるんだこいつ……」

 俺は何となく解ったが、ファルスはやはり解らないらしい。

 助けを求めるようにこちらの方を見るが、まだラプラタの話は終わっていないようなので奴には目線で合図し、再び話を聞くように命令した。


「日常のさり気ない選択によって、無数の可能性が生まれる。すなわち、それだけ世界が誕生していく」

 だが、いきなりここであってここではない並列に存在する別の世界の事を話されても解らなくて当然だ。


「それがこの地上が、命が始まってから今まで繰り返されているとするならば?」

「つまりサンダルフォンは、時間軸は同じだけれど並行して別に存在している世界へ干渉しているわけですね」

「そうね」

 今までの説明をエミリアが要約し伝えると、難しい顔をしていたファルスが何やら勝ち誇ったかのようににやけだす。


「無限に広がる並行世界の中には、この地上は炎が猛り狂う死の大地だったり、吹雪が吹き荒れる永久凍土だったりするものもあるの」

 天使や、天使に敵対する新たな天使、そして別の世界か。

 この短い期間で俺は並の人間では絶対に知りえない事を知れたような気がする。

 知見を深められたいい機会というべきか。

 もっとも、無事にこのまま終えればの話だが。


「彼……、彼女かしら? 兎も角、サンダルフォンは短い時間だけども異なる空間への物質を転送している。私は一時的だけども、そんなとても人の住む事のできない空間へと送り込まれてしまった」

「そんな事が可能なのか?」

「時間の操作と同時に、空間の操作の研究もされてきた。時間の操作には成功したけれど、空間の操作は結局失敗だった」

「てかよ、転送したら戻ってこれないんじゃねえか?」

「それは正直、私にも解らないわね。並行世界へ物質を送りつけるという事は、送られた側の世界の概念を変えるというわけでもあるし、たった一体の天使がそこまでの力を自在に扱えるとも考えにくい。案外、サンダルフォンもそのあたりは解らず漠然と能力を行使している……だけなのかもしれない」

 ようやく話に区切りについたラプラタは、椅子に座ったまま体をゆっくりと伸ばし緊張をほぐそうとする。


「はっきり言って、規格外よ。こんな危ない相手なんて無視しなさいって言いたいもの」

 無視出来るならば無視したい。

 俺もラプラタとは同意見だ。

 今からでも彼女の意見に同調して他の仲間に自分の考えを伝えてみるか?


「でもあなた達は立ち向かうのよね」

「ええ」

 だが、アロマやエミリアは納得いかないだろうな。

 そんな事をしても、この天使達(・・・・・)は二人だけでも逆翼の天使と戦う。

 口には出さなくても、それくらいは察しているつもりだ。

 だから俺は、俺自身の考えを言えないまま、途方も無く強大な相手への対抗策を考えなければならない。


「こちらが仕掛けても、攻撃は全て別の空間へ送られてしまう。サンダルフォンが天空術を発動させるまでに勝負を決めるしかない」

 ラプラタは多少困った様子のまま、逆翼の天使へ対抗する術を伝える。

 彼女の答えは、アロマやエミリアを再び答えの出ない思考の大海へと放り投げてしまう破目になってしまったが……。


「ほう、相手に警戒させず倒せばいいのか」

「えええ!? そんな事出来るの……?」

 彼女らを満足させる答えを俺は瞬時に思いつき、その様子を見た女騎士が寝起きだったせいもあるか、異様な驚きを見せている。

 他の仲間も全員がこちらを怪訝そうな眼差しで見ているが、そんな珍しいことを言ったのだろうか?

 というかエミリアは縁遠いから解らなくも無いが、アロマが悩んでいる事の方が意外さを感じるくらいだ。

 俺らならば出来る。

 むしろ今までやってきたではないか。

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