第三十二話 過去と未来の脅威に怯えて
土霊の国へは裏ギルドの仲間であるファルスが、風精の国へはエミリアお姉ちゃんのパートナーである女騎士シュウが向かった頃。
私は、水神の国から北西に位置する火竜の国に船で向かっていた。
今向かっている火竜の国。
他の国程魔術は発展しないが武術はどの国よりも発展しており、秀でた者は高い地位にあるという。
さらにその国では数年に一度、武術大会が開催されて腕自慢の参加者が戦い、最後まで勝ち抜いた者が国の代表であり象徴、すなわり王となるという、他の国ではありえない決まりがある。
マスターはその大会を何度も連覇している現国王向けに手紙を書き、渡す事を指示してきたのだ。
そこまで強いという事は、それだけ常人離れしているということなのかもしれない。
ちゃんと合ってくれるのかな?
そう思いながら、何の変哲も無い潮の香りに妙な懐かしさを感じつつ、客室から水平線を見つめながら船は目的地へと着実に進んでいく。
そして火竜の国へ到着すると、水神の国とも違う暑く乾いた空気が全身を包む感覚に身を委ねながらも私は港町を出て、どこも寄り道をせず王都へ向かう。
個人的にはいろいろ見ておきたかったけれども、マスターや他の仲間の様子から、なんだかこの仕事は急いで終わらせた方がいいような気がしたからだ。
その甲斐あってか、私は下船した日に国王がいるであろう城に到着する。
「本日は、何用ですか?」
「国王にこれを」
入り口の両脇に居る衛兵の片方にマスターからの手紙を渡すと、手紙を受け取った衛兵は城の中へと入っていくが、間も無く表情に驚きの色を残しながら戻って来た。
「……こちらへ」
手紙の中身は一切読んでいなかった。
迂闊に封を開けると、道中での内容の改ざんを疑われてしまう恐れがあるからだ。
だから内容は全く解らなかった。
衛兵がこんな反応をするなんて、どんなことが書かれていたのだろう?
私は衛兵に城内を案内されていく。
今までの仕事でも貴族の城への潜入は何度か経験していたけれど、国のトップである王の城に入る機会は無かった。
国の違いなのか、身分の違いなのか、国王の方針なのか?
意外と飾りつけは簡素で、壁や柱も大理石ではなく普通の石を使っていて、温暖な気候に併せて風通しの良いつくりになっているが、それでも水神の国よりは暑い。
そうやって見慣れない景色や感覚を堪能していると、私を案内していた衛兵は一際大きな扉がある部屋の前で足を止めた。
「ここです、国王がお待ちです」
私は石で出来た扉に手をかけてぐっと強く押す。
扉は音をたてながらゆっくりと開いていき、部屋の奥にいる国王と側近、そして数人の兵士の姿が視界に入る。
「ほう、あいつの使いがこんな少女とは」
格好は町にいた人たちと同様に半裸で薄着、とても王様とは思えない程質素な格好ではあるが、そんな事よりも光沢がある鱗のようなもので覆われていた皮膚と、丸太の様に太い尻尾に目がいってしまう。
どうやら半人半獣らしい。
確かに人間離れしている、これならば武術大会を何度も勝ち抜いたと言われても納得だ。
そう思いながらも部屋の中に入り、彼の前へと向かった。
「だが多くの修羅場を超えてきているな? お前の目は可憐な少女のそれではない、数多の戦場を生き抜いてきた歴戦の勇者の目だ」
マスターから事前に得た国王の情報では、この国王は過去に傭兵をしており、戦場で恐れられる程だったらしい。
それ故に、詳しくは解らないとは思うけれども、何となくは私の事を見通しているのだろう。
「まあそんな事はどうでよい。ところであいつは元気か?」
「はい」
具体的な名前は出さなかった。
でも国王の言っている事はマスターの様子だと察した私は、軽く頷きつつも一言だけ返答した。
「まだ死んでいなかったか。あの頭でっかちめ」
汚い言葉だけど、今まで不機嫌そうだったサラマンドラ国王の顔が少し緩む。
手紙だけで何の地位や身分も無い私をここまで通してくれたし、マスターとこの国王は何か訳ありなのかもしれない。
「手紙は読ませて貰った。お前が何をしたくてここにきたのかも解った。だが、それを叶える事は出来ない」
「どうして?」
「ここに精霊の石は無いからだ」
精霊の石は、各国で立ち位置は違えど扱いはどこも国宝級とされていると聞いている。
それが無いってどういう事なの?
「お前さんのボスが精霊の石と名乗っている鉱石が採れる場所は、今封鎖している」
「何故?」
「魔物が巣食っていて危険だからだ」
「手持ちにも無いの?」
「高純度の石は無いな。手紙に書かれているのは、存在するのならば国庫に入る程に純度の高い石だな」
そういう理由だったのね。
それならば仕方ない、次に打つ手はただ一つ。
「ならば採掘出来る場所に行ってきます」
「さっき俺が言った事が聞えなかったのか?」
「大丈夫です」
多分、というかほぼ確実に逆翼の天使ならば、魔物を倒して精霊の石を手に入れてくる。
手紙を渡す仕事ともう一つ私が請け負った仕事は、その天使から石を守る事。
ならば現地へ赴き、逆翼の天使と戦わなければならない。
「強情な娘だ」
サラマンドラ国王は、頬杖をつきながら呆れた表情をしつつ大きくため息をつく。
「だがそういう人間は好きだ。いいだろう、鉱山の場所を教えてやる。適当に採掘するとよい」
「ありがとうございます」
恐らくはここで許可を与えなくても勝手に行くであろうことを察知したのか、国王は半ば諦めたかのように、私へ鉱山に出入りする事を許可する。
それと同時に、国王の側に居た体つきのいい男から、一枚の紙が手渡される。
私はその紙に書かれた内容を見ると、鉱山の場所と入場を許可した署名がされていた。
まずは最初の段階をクリアした、すぐに鉱山へ向かわないと。
「おい、娘」
「はい」
目当ての物を求め、謁見の間から去ろうとした私を国王が呼び止める。
今更もう用事はない筈なのに、何かあるのかな。
「死ぬなよ」
振り返り、目が合うと国王は一言そう告げてくる。
彼なりの気遣いなのだろうか、そういう事をするようには見えないけども。
少しだけ意外な反応に、私は何も言わず軽く頭を下げてその場を去った。
火竜の国の都から地図を頼りに歩いていき、日が沈もうとしてきた時。
精霊の石が採掘されていた鉱山に到着する。
そして、鉱山の入り口に対峙した瞬間に寒気を感じてしまう。
この邪悪な気配は間違いない、この中には……。
"あいつ"が居る。
「呼び覚ませ、神秘なる月の力を司る神々しき光!」
私は何の躊躇いも無く、自らの力を解放する。
天使の力を使えば、余程の相手でなければまずは負けない。
でも……。
嫌な気持ちになりながらも、それを振り払おうと三度ほど顔を横に振ると、意を決して鉱山の中へと入っていく。
覚悟を決めて鉱山の奥へと入ったけれども、正直まだ迷っていた。
このまま事情を話して、精霊の石を諦めようとも考えた。
でも、マスターの頼んだ仕事が未達成に終わったらどうなるのか?
多分、詳しくは解らないけれども逆翼の天使側が有利になるのかもしれない。
その逆翼の天使は明らかにこちらに敵意と殺意を向けてきている。
どんなに考えても逃げ道が無い、どうしようもない結論に至ってしまう。
他にいい術は無いのだろうか?




