氷龍→ロリ化?
その瞬間、俺は炎に触れた。
暗闇に落ちるその狭間で、女の子の形をした炎が笑いかけてくる。
そうか、彼女がアストリアか。
俺に炎の魂を与えてくれた遠い祖先。
アストリアは困ったように笑ってから、そしてその手を差し出してくれた。
まるでやんちゃがすぎる子供を叱るようなそのまなざしに、かなり居心地が悪くなる。
けれど、あたたかい。
ずっと俺を守ってくれた温もり。
そしてこれからもともに戦ってくれる熱。
俺は手を伸ばしてアストリアに触れた。
そして彼女は消えた。
まるで俺の中に溶け込むように。
その直前、やわらかな声が聞こえた気がした。
大丈夫だよ。
諦めなければ、きっと大丈夫。
初めて聞いたアストリアの声。
それは誰よりも優しくて、温かくて、そして熱かった。
「ああああああああーーーっ!!」
夢の狭間から現実に戻ってきた俺は、炎へと変じていた。
「なにっ!?」
炎の魔法ではない。
自らを炎に変えている。
これこそがアストリアの血筋にのみ許された秘儀。
夢の中で彼女が教えてくれた俺に使える最強の力。
「炎精転化」
この炎精転化を使っている間は、一時的にアストリアと同等の力を得ることが出来る。
つまり自身を炎の精霊と化す技なのだ。
生身ではなく精霊と化している以上、その傷に意味はない。
氷龍の爪を炭化させてから一気に崩す。
自由になった身体で思いっきり拳を叩き込んだ。
場所は左頬。
とにかく殴らなければ気が済まなかった。
「俺の仲間は、殺させないっ!!」
殴って、殴って、殴りまくった。
「ーーーっ! ーーーーっ!!!」
剣では傷ひとつ負わせられなかった強靱な身体が、ただ殴るだけでボロボロになっていく。
炎精転化したこの身体は触れるだけでとんでもない凶器となる。
ある意味ではリオの毒血以上の力だ。
殴っているのが相反する属性を司る氷龍だからこそダメージを積み重ねているが、これが人間だったら一瞬で炭化している。
リオの毒血も意味を成さない。
毒される前に燃やしてしまうのだから。
「バカな……人間が……精霊化など……しかし、妾を甘く見ないでもらおうっ!」
さすがは古代龍。
ここまでやっても一方的な結末にはなってくれなかった。
「くらえっ!!」
先ほど放たれた小さなものとは比べものにならないほど大きな氷の結晶。
触れればそれこそ一瞬で凍り漬けにされてしまうほどの冷気を帯びている。
それに対して俺も炎の結晶を放った。
アストリアの記憶が教えてくれる。
炎を統べる精霊の最強奥義。
「太陽の劫火!」
氷の結晶と小さな太陽がぶつかり合う。
二つの力は鬩ぎ合って、そして拮抗していた。
「ぐううううううっ!!」
いくら精霊化しているとはいえ、この状態は長持ちしない。
決着が長引けば俺が不利だ。
「人間などに負けるわけにはいかぬっ!」
そして氷龍も自らのプライドにかけて負けるつもりはないらしい。
お互いの力、そして意地がぶつかりあう。
相反する力がぶつかり合っている所為で、耳をつんざくような音が周りに響く。
人間だったら耳をふさぎたくなるような音だ。
今の俺にはそれすらもないけれど、でも余裕があるわけではない。
俺の炎が氷龍の氷を溶かしきるか、それとも氷に呑まれるか。
鬩ぎ合いはきっと一分にも満たなかっただろう。
最後に立っていたのは俺だった。
「ぐ……無念だ……本来の力さえ発揮できていればこのような無様なことにはならなかったものを……」
幼い声が悔しそうに呻く。
地面に倒れた氷龍はもうまともには動けないようだ。
長い間の封印はそれほどまでにこいつを苛んでいたのだろう。
本来ならば絶対に勝てない相手だった。
俺にとっては運が良く、こいつにとっては運が悪かった。
それだけのことだ。
「はあ……はあ……」
俺の方も精霊化が解ける。
そして人間である俺の方が遙かに消耗がでかい。
立っていることも出来ずに、そのまま倒れてしまう。
「くそ……」
このまま気を失うわけにはいかない。
俺はまだ、こいつを殺しきれていない。
みんなの為にも、そしてローゼの為にも、こいつだけはここで殺しておかなければならない。
俺は倒れたまま、ずりずりと氷龍のそばに寄っていく。
今の俺でも、こいつの目に刺さった剣を奥に突き込むことぐらいなら出来るはずだ。
弱っているこいつならばそれでとどめが刺せる……と思う。
命を懸けて挑んだのならば、とどめを刺す。
ああ、確かにこいつの言う通りだ。
なにも間違っていない。
けれど、こいつはなにも悪くないのに。
ただ、復讐したいだけなのに。
それだけが申し訳なかった。
でも殺さないと。
こいつを殺さないと、俺の大切な人たちを守りきれない。
「ぐ……うぅ……」
何とか起き上がってから目に刺さった柄を握る。
このまま体重をかければ何とかなるだろうか。
「……待て」
「え……?」
氷龍が苦しそうに言う。
とても弱々しい声だった。
「妾はまだ死にたくない。虫のいい願いだと思うが、どうか見逃してくれないだろうか……」
「………………」
本当に虫のいい願いだな。
俺たちのことは容赦なく殺そうとしたくせに。
「ここでお前を見逃したら、俺は大切な人を殺すことになる。だからそれは出来ない」
「……それは、この子供たちのことか?」
「それもあるけど、グリオザークには俺の姉ちゃんがいるからな。姉ちゃんは騎士だ。戦いになったら真っ先にお前と戦うことになる。だから、見逃せない」
「……諦めればいいのか?」
「………………」
「復讐を諦めれば、お主の大切な人を殺さなければ、妾を見逃してくれるのか?」
「諦められるのか?」
長い間封印されてきた辛い時間。
それに耐えてきた孤独。
何よりも、騙されたという屈辱。
それに、この誇り高い氷龍は耐えられるのだろうか。
「諦めるしか、ないだろう。本当なら諦めたくはないが、妾は負けたのだ。負けた以上、何かを諦めなければ生き延びられない」
「生き延びたとして、これからどうするんだ?」
「そうだな……しばらくはのんびりするかな……」
「のんびり、ね……」
「もしくは、お主と契約を結ぶ」
「……はい?」
「本来の力を発揮できない状態とはいえ、妾を倒した初めての人間。実に興味深い。しばらく近くで見ていたい気分だ」
「ええと、マジで?」
「割とマジだ」
「………………」
「それに契約すれば妾をある程度縛り付けられるぞ。復讐を完全に諦めさせたいのなら、悪い提案ではないと思うのだがな」
「む……」
それはそうだけど。
「ということは俺が『主』なのか?」
契約とは主従契約のことであり、どちらかが『主』でどちらかが『従僕』となる。
この場合、こいつを縛り付けたいのならば俺が『主』ということになるのだが、古代龍を『従僕』にするなどあまりにも畏れ多い気がするのだが……
それにこんな図体のでかい従僕を持ったところで、側に置いておけるわけもない。
だからさすがに契約は遠慮したいのだが、と言うと、
「畏れ多い、というのはさすがに言い過ぎだろう。妾はそれほど高貴な存在というわけではない」
「いや、俺たちにとっては失われた偉大な古代龍っていう高貴すぎる存在なんだけどさ……」
分かっていないのは本人だけだ。
「それにでかい図体というが、契約を結ぶと肉体は主に影響されるから、妾も人型になる。妾はまだ龍としては幼い方だから、それほどかさばらないと思うぞ」
「マジで!? 人型になったのはちょっと見てみたいかも。しかも幼いって……ロリ化?」
「……何だか酷く俗な表現をされたような気がするのだが」
何故か呆れ声でぼやかれた。
ロリがそこまで俗なのか?
「うーん。ロリヴァージョンは見てみたい気もするけど……マジで契約するのか?」
「嫌か?」
「嫌っていうか、うーん。別に悪くはないんだけど……」
「普段はそれほど迷惑をかけることもないと思うぞ。妾は専用の次元空間を持っておるから、普段はそこに籠もっておけばよい。用事がある時だけ呼び出せば、お主の日常生活を侵害するようなこともないと思うが」
「何でもありなんだなぁ、古代龍って……」
次元空間、ときましたか。
空間魔法は魔法使いの中でもごくひと握りの人間しか使えない。
それも空間を利用した転移術限定だ。
それを居住可能空間として利用できるなど、もう常識を軒並み蹴倒しているとしか思えない。
「どうして俺にそこまで興味があるんだ?」
「どうして、と言われてもなぁ。人間があそこまで精霊の力を使いこなすなど、初めて見たし。もう少し近くで眺めていたいと思うのはそんなに不思議なことか?」
「あれはあくまでもピンチにおける火事場の馬鹿力的なものというか、まぐれだと思うんだけど」
「ならもう一度ピンチに追い込めばまた見られるかな?」
「それはやめれ」
「ともあれ、お主が特別な何かを持っていることは確かだ。妾はそれを見極めたい」
「人間のこと、嫌いになったんじゃないのか? 騙し討ちにされたんだろう?」
「あの人間は確かに許せないが、もうとっくに死んでしまっているだろう? 今更全ての人間を憎もうとは思わぬよ」
「……それにしては国ごと滅ぼすとか物騒なことを言っていたじゃないか」
「そりゃあ、国ごと滅ぼせば妾を騙し討ちにした奴の子孫ぐらいは殺せるだろうと思って」
「大雑把すぎるよっ!」
「むぅ……」
実はこいつ、かなり愉快な奴なのではないだろうか。
もしくはちょっと間抜け、とか。
騙し討ちにされたのも案外そういう間抜けさが原因かもしんない。
「……何か失礼なことを考えなかったか?」
「いや、何も」
間抜けな割には鋭いなぁ。
「……だいぶ話が逸れたが、契約はどうする?」
「結ぶのはいいんだけど、一つ問題が」
「何だ?」
「俺はまだ十三歳なんだよ」
「見た目通りだな」
「うん。だからさ、経済力とかないわけよ」
「それで?」
「ええと、契約するってことは要するに俺はお前を食わせていかないといけないんだよな? つまり、金がない」
「………………」
うわあ。
なんだよそのがっかりしたような視線は。
子供なんだから仕方ないだろうが。
「まあ、主従契約は基本的に魔力で存在を維持するから食べ物がなくても問題はないけど……」
「そうなのか?」
「でも嗜好品としての食べ物は欲しい」
「う……」
「というか、ここに来る実力があるのなら、その気になればいくらでも稼げるのではないか?」
「まあそうなんだけどさ。四人で分けるとそこまで稼げるってほどでもないというか。それに金が入ったら装備も調えたいし」
「ではこうしよう。妾の分は自分で稼ぐ。こっちに来るつもりなら妾も戦えばそれぐらいは問題なく稼げるだろうし」
「いいのか?」
「仕方がない。甲斐性のない主だからな」
「甲斐性がないって言うなよ!」
そもそも彼女でも奥さんでもないだろうがっ!
ロリボイスでそんなことを言われたら男としてダメージ大きすぎるわっ!
「では契約を結ぶということで構わぬな?」
「うぅ……なんだか丸め込まれた気がするよぅ……」
「細かいことは気にするな」
「細かいかなぁ……」
「背丈だけではなく器も小さい」
「ちっちゃくないやいっ!」
背丈はまだ伸びるし器だってまだまだでっかくなる……つもり。
まあ仕方がないので契約を結ぶことにした。
「って、俺はまだ契約魔法については詳しくないんだけど、どうやって結ぶんだ?」
「ふむ。簡単だ。とりあえず名前を付ければよい」
「名前?」
「そうだ。主従契約は名前で縛り付けるものだからな。もっと下級の魔物相手だと面倒な術式が必要なようだが、今回は妾が手助けしてやるゆえ、名前を与えるだけでよい」
「名前ねえ。なんでもいいのか?」
「どうせなら可愛い名前がいい」
「可愛い名前……」
いきなり言われてもなぁ。
たぶん雌……だと思うから女の子の名前がいいと思うけど……
「雌はやめろ」
「……はい」
人間じゃないから表現としては正しいと思うのだけれど、かなりご不満らしい。
古代龍相手のコミュニケーションは難しい……
「じゃあ、カスミとかどう?」
「どういう名前だ?」
「うん。俺の実家にある植物の名前なんだけど、綺麗なを咲かせるんだ。雌……じゃなくて女の子なら花の名前とかがいいと思って」
白くて小さくて、可愛らしい花だから、きっとお気に召すと思うのだけれど。
「ふうむ……花の名前か。子供にしてはいいセンスだな」
「じゃあそれにする?」
「うむ。気に入ったぞ。今日から妾は『カスミ』だ」
「ではカスミに決定」
俺がカスミの名前を呼ぶと、カスミの巨体が淡く光った。
その後、粒子化して、再び形をなす。
「んな……」
「ふむ。人の身体だとこうなるのか。面白い」
目の前に現れたのは十歳ぐらいの少女だった。
青い髪に赤い瞳という氷龍の特徴は残っているが、それにしたってあの姿からこの姿は想像できない。
っていうか可愛いすぎだろう……(汗)。
悪いおじさんがいたら真っ先に目を付けられそうな美幼女っぷりだ。
「どうした? 主」
きょとんとした表情でのぞき込んでくるカスミ。
表情までも幼いのでドキドキしてしまう。
いや、変な意味じゃなくて。
……変な意味じゃ、ないと思う。
だってここでドキドキしていたらロリコンじゃん?
……いや、まてよ。
カスミの外見年齢が十歳として、俺が十三歳だから、そこまで酷くもないのか?
いやいやそういう問題じゃなくて!
というか見た目が幼いだけでカスミは俺よりも何千歳も年上なんだってばっ!
いわゆるロリババアなんだってばっ!
「いてえっ!」
ぶったたかれた。
割と容赦なく頭をたたかれた。
主なのに……
「誰がロリババアだっ!」
「口には出していないだろうっ!」
「顔に出ておったわっ!」
「マジで!?」
「というのは冗談だが、契約の繋がりがあるからある程度考えていることが伝わってくるのだ」
「マジか……」
それはプライバシーの侵害というやつではないだろうか。
「妾は封印されていた期間を除けば氷龍としてはまだ五十歳程度だぞ! まだまだ若いっ!」
「五十歳って……」
人間にしてみれば十分にババアじゃん……
「人間と一緒にするでないっ! 龍にとっての五十歳は人間にとっての十歳程度だっ!」
「あ、そうなんだ。だから人型になってもその姿なのか」
「そういうことだ」
「てっきり若作りをしているのかと思った」
「……とことんまで無礼な主だな」
「う……」
じとーっと睨みつけてくるカスミ。
見た目だけは可愛らしい女の子にそういう目でにらまれるのは何ともいたたまれない。
「ま、まああれだ。無事に契約が完了したところでちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「こいつらを元に戻してくれよ」
氷漬けにされたままの三人を指さす。
「うむ。了解した」
カスミがぱちん、と指を鳴らすだけで氷が消えた。
……あれほどの高位魔法をたったそれだけで解くのか。
やっぱり古代龍ってすげえ。
「おーい、無事か?」
三人に声をかける。
氷漬けになっていたのでもしかしたら治療が必要かもしれない。
その場合は真っ先にアリシャを治療するべきだろう。
俺よりもアリシャの方が回復魔法に優れているので、ほかの二人を手際よく治療できる。
「うぅ……何とか無事ですわ……酷い目に遭いましたけど……」
頭を振りながらアリシャが起き上がる。
どうやら身体に異常はないようだ。
「ううん……寒いですぅ……」
ぷるぷる震えながら起きあがるリオ。
こっちも無事だ。
「んあ……? 何がどうなったんだっけ?」
ぼんやりとしながら寝転がるヴァル。
いつも通りバカそうで何よりだ。
「というか無事ですのっ!?」
「うわあっ!?」
いきなり俺に掴みかかってくるアリシャ。
しかも服を脱がそうとしてくるしっ!
勘弁してくれっ!
「ぎゃああああっ!!」
「いいから傷を見せなさいっ! 治療するからっ!」
「いい! 治療はもういいからっ!!」
「って、あれ? 塞がってる? フェリクス。貴方、あんな傷を塞げるほどの回復魔法が使えましたの?」
俺の腹を凝視しながら問いかけてくるアリシャ。
気持ちは分かるけどあんまり腹を見ないでほしいなぁ。
傷は塞がったけど血はまだついてるし。
「回復魔法じゃないけど、回復力を促進させる技があってさ……」
これは結果論だけど、炎精転化は肉体を一時的に精霊化してしまうので、生身の傷も無効化してしまうようだ。
塞がったというよりは肉体が一度分解されて再構築された結果、みたいな感じだろう。
理屈は俺自身にもよく分からないので、あくまでも感覚的なものだけど。
「……無事でよかったですわ」
「うん。ありがと。それよりもリオを治療してやってくれないか。腕の傷、結構ひどいからさ」
「そうですわね。あやうくあの氷龍に食い千切られるところでしたものね」
「だな。まあそのおかげで何とかなったけどさ」
「って、そうですわ! あの氷龍はどうなりましたのっ!?」
「ええと……こうなった……みたいな?」
冷や汗……いや、脂汗かもしれないものをだらだらと流しながら、俺はカスミを指さした。
「………………」
「………………」
「………………」
それをみた三人はぽかんとした表情で固まる。
そして三秒後……
「「「ええええええええええーーーーっ!!??」」」
三人の絶叫があたりに響き渡った。
結局最後はロリに走る。
それこそがさなぎ節!




