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美食こそジャスティス

 すっかり日が暮れてしまい、モンスターも倒しまくったので一通り落ち着いてしまった。

 あらかじめ購入していた一層と二層の地図を確認しながら、安全地帯で落ち着くことになった。

 野営になってしまったが、ここには前に来た人間が永続タイプの結界を張っており、モンスターが近寄ってこない場所になっている。

 俺たちはそこで食事にする。

 保存食はかなり味気なかったが、近くに川が流れていたので、いくつか魚を捕って串刺しにして焼いてみた。

「……ワールド・エンドの魚なんて食べられるんですの?」

 アリシャが不安そうに言う。

 気持ちはよく分かるけど。

 モンスターが跋扈している世界のイキモノなのだ。

 不安になるのも無理はない。

「川魚は食べられるって聞いたぞ。ただし大きなモノはやめた方がいいらしいけど」

 俺が取ってきたのは細くて小さな魚で、だいたいアユぐらいの大きさだ。

「どうして大きなモノはダメなんだ?」

 ヴァルが火加減を調整しながら訊いてくる。

 こいつはこういうアウトドアに慣れているらしく、恐ろしく手際がいい。

「大きなモノだと半モンスター化しているから、大味すぎてあんまり美味しくないんだってさ」

 これはローゼから教えてもらったワールド・エンド豆知識だ。

「なんだ。別に毒があるわけじゃないのか」

「モンスターだって別に毒持ちってわけじゃないと思うぞ」

「確かになー。どちらかというと……」

 ちらりとリオに視線を移すヴァル。

 毒持ちのモンスターよりも遙かに恐ろしいものを見るような視線だった。

「?」

 それに気づいていないリオはきょとんとしている。

 それが一層恐ろしい。

 いや、毒の身体が恐ろしいんじゃなくて、猛毒じみたヤンデレな性格が恐ろしいんだけどね。

 本人だけその自覚がないし。

「まあいいですわ。それよりもそろそろ焼けたのではなくて?」

 アリシャの声が少し弾んでいる。

 先ほどからじっと串焼き魚を眺めている。

 早く食べたいのだろうか。

 お嬢様がこういうものに興味を抱くとは思わなかったけど。

「おー、もう少しだな」

 火加減を見ていたヴァルがそう言うと、アリシャは少し不満そうだった。

「見た目はしっかりと焼けているように見えますわよ」

「ちっちっち。分かってないな、アリシャお嬢様。こういうのは焼けてるだけじゃ駄目なんだよ。ほどよい焦げ目をつけてこそ美味いんだ」

「焦がしたら苦くなるでしょう?」

「いやいや、こういうのはちょっと焦げたぐらいが美味いんだってば」

「……そういうものですの?」

 怪訝そうに首を傾げるアリシャ。

 しかしヴァルの意見を尊重するつもりはあるらしい。

 手際の良さから見て自分よりもアウトドアの知識は豊富である。

 それならば任せるのが最善だと判断したのだろう。

 俺も同意見だし。

 それから五分ほどじっくり焼いてから、ヴァルが串をとってアリシャに差し出す。

「ほら、これぐらいが最高なんだぜ、アリシャお嬢様」

「む……いかにも庶民っぽい感じですが、いただきますわ」

「アウトドア料理に貴族っぽさがあったら逆に怖いぞ」

「言えてるな」

 恐る恐る、しかしワクワクしたようにかぶりつくアリシャ。

「っ!!」

 一瞬だけ赤くなって、それから俺たちを見る。

 ヴァルがニッと笑って親指を立てた。

 してやったり、という表情だ。

「ま、まあ、悪くはない……ですわね……」

「素直に美味いと言えばいいのに」

「わたくしは素直ですわっ!」

 と、言いながらもぱくぱく食べている。

 とても気に入ったらしい。

「じゃあ俺も食おうかな。ほら、リオも」

「食べます食べます~」

 ワクワクしながら待っていたのはリオも同じらしく、嬉しそうに魚へとかぶりついていた。

「うん。美味いっ!」

「美味しいです~」

「当然だ。オレ様が焼いたんだからな!」

 一人で威張るヴァル。

 ちょっと腹立たしいけどこの偉業は威張るに値するので我慢しておこう。

 美食は正義なのだ。

 特にアウトドアにおける美食は天下無敵のジャスティスなのだ。

「でも不思議ですわね……」

「何が?」

「魚に塩をふって焼いただけのものが、どうしてこんなに……」

 美味しいのでしょう……と言いたかったのだろうが、そこはプライドが邪魔して口を噤んだ。

 お嬢様としては庶民の料理を賞賛するわけにはいかないのかもしれない。

 まあ顔と態度に出ていれば同じだとは思うけど。

「そりゃあオレの腕がいいからに決まってるだろ」

「………………」

 堂々と言い放つヴァルだが、アリシャは胡散臭そうな目を向けるだけだ。

 ……いや、半分はその通りだと思うけどね。

 でも調子に乗ると腹立つから黙っておこう。

「単純な調理法ほど素材の味が引き立つからな。それにこいつはさっきまで生きていたんだ。美味いに決まってるだろ」

「ああ、なるほど。言われてみればその通りですわね。単純な調理法だからといって侮るのは禁物でした」

「そうそう」

 俺の説明には満足したようで、アリシャはうんうんと頷いた。

「ちょっと~……オレの腕もいいんだってばぁ~」

 無視されていじけているヴァル。

 確かに今回はかなり働いたからこの扱いは可哀想だと思わなくもない。

「だ、大丈夫ですよ。ヴァルさんの腕もいいんです。ちゃんと美味しいですから、ね? さすがヴァルさんですよ~」

 そんなヴァルをリオがよしよしと慰めている。

「う~。リオちゃん怖いけど優しいね」

「こ、怖いって何ですかっ!?」

「え? だってモンスター倒す時とかすっごく怖い笑い方してたじゃん?」

「ええっ!? 私普通に倒してただけですけど、そんなに怖い顔してました!?」

「……自覚ナッシングかぁ」

「え? ええ!?」

「いやいや、分からないならいいんだ。逆に自覚した方が怖い気がするし」

「酷いですーーっ! こ、怖くなんてないですよっ! 私ちゃんと普通ですよっ!」

「いや……普通ではないと思う……」

「うわあああんっ!!」

 あ……泣き出した……。

「わあ~。ほら、泣くなってば。ほら、ほら、もう一本やるから」

 いくら怖くても泣いている女の子には勝てないらしく、ヴァルは慌てて焼きたての串をリオに渡す。

「えぐ……いただきますぅ」

「うん……」

「えへへ。美味しいです」

「そりゃあよかった」

 ……食い物で機嫌が直るっていうのも女の子としてどうかと思うけどなぁ。

 いや、簡単でいいけどさ。

 でも単純すぎるのもちょっと……

「やれやれ……ですわね……」

「いいじゃないけ。平和そうな光景で」

「平和というよりは餌付けに見えますわ」

「それは否定できない」

「まあ、悪くはないですけど」

 はむはむ、と魚をぱくつくアリシャ。

 いつの間にか焼きたてを一本確保している。

 相当に気に入ったらしい。

「……って、放っておいたら俺の分がなくなるっ!」

 俺を含めてパーティーは食べ盛りの子供たちなのだ。

 油断していたらあっという間に食いっぱぐれてしまう。

「ふふふ。食い意地が張っていますわね、フェリクス」

「ちゃっかり五本も食ってる奴に言われたくねえよっ!」

 俺はまだ三本しか食ってねえしっ!

 優雅に動いているから気づきにくいけど、結果的に食い意地が張っているのはアリシャということになる。

「魔法使いはカロリー消費が激しいから、その分エネルギー補給が必要なだけです」

「それを言うなら俺だって魔法使いだよっ!」

「今日はあんまり使っていないでしょう?」

「そりゃそうだけどさ」

「だったらわたくしに優先されるべきです」

「うわあ……なんたる暴論……」

「正論と言ってくださいまし」

「無理っ!」

 でもまあ、こういう食事も楽しいよな。

 みんなでわいわい楽しいし。

 俺だって寂しい食事ばっかりって訳じゃないけど、こういう賑やかな食事にはずっと縁がなかった。

 ローゼはなるべく俺と一緒に食事をとってくれていたけれど、やっぱり忙しくて同席できないときも多かったし。

 それにローゼと一緒でも二人っきりだ。

 前伯爵は家族と一緒に食事をするタイプではなかったし。

 ローゼがいたから寂しいと思ったことはないけれど、でもこういう賑やかな食事はとても新鮮で、好ましく思う。

「ああ、そっか……」

 そこで俺はようやくもう一つのことが分かった。

「何ですの?」

 いきなり手を叩いた俺に首を傾げるアリシャ。

「いや、何となくだけど、今の飯が美味い理由のもう一つが分かった気がする」

「?」

「この空気だよ」

「……分かるように説明しなさい」

「ええと、つまりだな。仲のいい仲間どうして楽しく食べてるだろ。だから美味いんだよ。この気分こそが最高のスパイスって奴だ」

「……信憑性に欠ける話ですわね」

 胡散臭そうな視線を向けてくるアリシャ。

「そうか? だったらアリシャは一人っきりで食べる飯が心底美味いと思ったことあるか?」

「………………」

「最近は俺たちと食堂で食うようになったけど、以前一人で食べていたときと、どっちが美味いと思った?」

「それは……」

「そりゃあ単純な完成度では専任のコックが作った奴の方が美味いと思うけどさ、でも人が食べ物を美味しいと感じるのって、それだけじゃないだろ?」

「………………」

 アリシャは何も言わない。

 けれどちょっとだけ照れくさそうに頬を赤くしながらそっぽ向いた。

 その表情だけでどう考えているかが十分に伝わってくる。

「つまり、そういうことさ。こいつが美味いのは」

「ふん……。つまりヴァルの腕だけでは不十分、ということですわね」

「ははは……厳しいお嬢様ですこと……」

「普通ですわ」

「つーかその発言、美味いと認めたようなものだよな」

「はうっ!」

 いつの間にか墓穴を掘っていたことに気づいたアリシャは赤くなった後にむくれた。


 食事が終わるとそれぞれ寝袋にくるまった。

 やっぱりアリシャの寝袋だけは見るからに最高品質のものだったけど。

 もう見た目がすげーのなんのって。

 俺たちのが汎用品ならあっちはオーダーメイドのワンメイク品って感じだよ。

 もこふわ度が明らかに違う。

 あれならベッドで寝ているのと変わらないんじゃないだろうか。

 ちょっと眠ってみたいなー、と思うけど、さすがにレディの寝袋を貸してくれとは言えないしなぁ。

「アリシャさん、その寝袋すっごく気持ちよさそうですね~」

「あら、興味があるのなら朝に少しだけ貸して差し上げますわよ」

「ほんとですか!?」

「ええ」

「わーい。楽しみにしてますね~」

「………………」

 いいな、女の子同士って。

 男が言えないことを気軽に言えるのが羨ましい。

じゃすてぃすにゃのだっ

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