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お嬢様の問題発言

動体視力って書こうとすると、胴体視力って変換されるのが怖い……

 アカデミーアの生活は順調に過ぎていく。

 剣術の授業も、魔法も、隠密も、そして体術もかなり面白い。

 体術では何故かアリシャがいたのでびっくりした。

 彼女は純正魔法使いだと思っていたので、脳筋授業である体術クラスにいるとは思わなかったのだ。

「何でアリシャがここにいるのさ?」

 組み手をしながら問いかける。

 アリシャは体術の方もなかなかのもので、俺と組み手をしてもほとんど互角に渡り合ってくれる。

 ほとんど、というのは、俺が女の子に対して遠慮している分があるので、そこをなくせば俺の方が勝だろうという差だ。

「愚問ですわね」

 アリシャは俺の拳を受け止めながらふふん、と鼻を鳴らした。

「砲撃に値する大魔法ならまだしも、細かい魔法を当てるにはロックオン性能だけではなく、本人の身体能力が重要になってきますわ。当たらない魔法になんて意味はないでしょう?」

「それは確かに」

 どんなに強力な魔法であっても当たらなければ意味がない。

 問答無用で周囲を巻き込む範囲攻撃ならまだしも、個人を対象とする一般魔法を当てるには別の技量が必要になってくる。

 身体能力だけではない。

 目標を見失わない動体視力もだ。

 アリシャはそれをよく分かっているのだろう。

 体術を身につければ身体能力と動体視力の両方が鍛えられる。

 そしてアリシャの身体能力も動体視力も、現時点でなかなかのものだった。

「それにしても魔法だけではなく体術もいけるだなんて、反則みたいな人ですわね」

 体術の方にも自信があったのだろう。

 アリシャはちょっとだけむくれた。

「アリシャだってかなり強いぞ。同年代で互角に戦える人がこんなにいるなんて、ちょっと意外だった」

「すごい自信ですわね」

「師匠が凄いからな。必然的に俺も十三歳離れした実力の持ち主になっているんだ」

「確かにその通りではありますけど、でもそれはフェリクスだけの特権ではありませんわよ」

「分かってるよ。それはもううんざりするぐらい実感しましたとも」

 アリシャだけではない。

 リオのこともそうだった。

 隠密の授業では、リオが大活躍だった。

 目立つような活躍ではないけれど、実戦訓練の方では暗器の使い方が素晴らしいのだ。

 投擲武器の的中率は百パーセント。

 隠し武器を使うタイミングも素晴らしい。

 はっきり言って、あの分野ではまだリオに敵わない。

 完膚無きまでに敗北を味わっている。

 もちろんそれは悔しいけれど、それ以上に友達に対する敬意がある。

 俺の友達はこんなに凄いんだと思うとかなり誇らしい気持ちになる。

 その話をするとアリシャは興味を持ったようだ。

「隠密までやってるのは呆れますけど、フェリクスが勝てないという実力の持ち主には興味がありますね。わたくしの専門外ではありますが実力者には違いないのでしょう?」

「うん。リオっていうんだけど。この授業が終わったら一緒に飯を食うことになってるんだ。よかったらアリシャも来る?」

「む……」

 アリシャは難しい表情で考え込んでいる。

 アリシャは貴族向けの寮に入っていて、部屋には専任のコックがいるらしい。

 全ての食事はコックが担当しているようなので、俺たちとは食べているものが違うらしい。

「そうですわね。たまにはいいかもしれませんわ」

 考え込んだ後、アリシャは了承した。

 たまにはランクを落とした食事もいいかもしれない、ということらしい。

 いつもはどんだけ凄いのを食べてるんだ……。

「ふふん」

 俺がぼんやりと呆れていると、アリシャが隙ありと笑ってから俺の腕を取ってきた。

「わあっ!?」

 ずだん、と派手に投げられてしまう。

「いててて……」

「ふふふ。わたくしの勝ちですわね」

「うぅ……油断した……」

 勝ち誇るアリシャの金髪が太陽の光に映えてキラキラしている。

 下から眺めるとまるで後光が射しているように見えてちょっと感動した。

「わたくしとやり合っている時に考え事なんてするからですわ」

「そうだなぁ。それにしてもキレのいい投げ技だな」

「実家で本格的に教えていただきましたからね。体術もそこそこ使いますわよ」

「みたいだな。貴族の習い事?」

「というより護身術の類ですわね。命を狙われることもありえる立場ですから」

「………………」

「もちろん護衛はつきますけど、最低限自分自身で身を護る必要もあるでしょう?」

「そりゃあ確かに」

「でも護身術だと少々物足りないので、もう少し戦闘向きの技術を教えてもらえるようにお父様にお願いしましたの」

「積極的だなぁ」

「わたくしの場合は膂力が足りないので、力押しで攻めるよりも相手の力を利用して攻撃する、という手法を学びましたわ」

「なるほど。でもそれだと圧倒的な力を持つ相手には不利じゃないか?」

「そういうときは距離をとって魔法でなぶりごろ……こほん、もとい遠隔攻撃ですわ」

「……今」

「気のせいですわ! 空耳ですわっ!」

「………………」

 そういうことにしておこう。

 仮にも公爵令嬢がなぶり殺しとか言いかけたなんて、問題発言にも程があるし。

 それにしても油断すると物騒なことを言うよな、このお嬢様は。

 内面はかなりえげつないんじゃないか?

「……何か失礼なことを考えていませんか?」

「鋭いなぁ」

「顔に出てます」

「おっと。そりゃあ気をつけなければ」

 じとーっと睨みつけてくるアリシャ。

「睨むなよ、可愛い顔が台無しだぞ」

「なっ!」

 あ、赤くなった。

 もしかして照れてるのかな?

 可愛いところもあるじゃないか。

「べ、べべべ別に顔は関係ないですわよっ! 大切なのは実力ですわっ!」

「うん、そうだな」

 それはその通りだけど、照れているアリシャを見るのは面白い。

 でもこれ以上からかうと本気で怒られそうなので我慢しておこう。

 それからアリシャと組み手を続けたけど、やっぱり俺が不利だよな、これ。

 だって相手が女の子だと色々遠慮しちゃうし。

 具体的には触れられる場所が限られるし……

 油断して胸とかお尻とか触ると不味いじゃん?

 そうなると攻め手が限られるんだよなぁ。

 もちろんアリシャじゃなくて本当の敵だったら女の人でも遠慮をするつもりはないけど、今後も付き合っていく友達相手にそんなことをすれば友情に罅が入りかねない。

 というか軽蔑されてしまう。

 それは嫌だ。

 他の理由ならまだしも、エロ方面で軽蔑されるのは流石に耐え難いよ。

 我慢していてもアリシャにもそれは伝わったようで、少しだけ不満そうだった。

「別に女の子相手だからって遠慮しなくていいんですのよ?」

 アリシャらしい正々堂々とした台詞ではあるのだけれど、こちとら男の子なのでその辺の事情は察してほしい。

「そうしたいところだけど、うっかりやばいところに触ったりすると怖いじゃないか」

「む……」

 またアリシャが赤くなる。

 照れているというよりは純粋に恥ずかしいらしい。

 胸元とか今更隠さなくても触るつもりはないし。

 というかまだ触るほど……げふんげふん。

 やばいやばい、殺されるところだった。

 女の子に胸と体重の話題は禁忌だとローゼにしっかり教育されているのだ。

 うっかり口にしたら命の保証は出来ない。

 女の子にとってこの二つは死活問題なのだと、そう言い含められている。

 正直どうして胸と体重をそこまで気にするのかと首を傾げたくなるのだが、女の子には女の子の事情があるのだとあの時は怒られてしまった。

 男には分からない複雑な乙女事情というやつらしい。

「確かに触られるのは困りますけど、不可抗力に怒るほど心は狭くありませんわよ」

「そうなのか?」

「ええ。やりすぎなければ、ですけど」

「その境界線がよく分からない」

「……こちらも説明するのはやや恥ずかしいですわね」

「だろうね。だからそこは勘弁してほしいな」

「……仕方ありませんわね。フェリクスとの決着は純粋に魔法でつけることにしましょう」

「そうしてくれると助かる」

「負けませんわよっ!」

「俺だって負けてやるつもりはないよ」

「………………」

「?」

 アリシャがふと何かを考え込んでいる。

「アリシャ?」

 どうしたんだろう、と顔を覗き込む。

「わ、わ……近いですわよっ!」

「いや、どうしたのかなぁと」

 慌てて離れるアリシャ。

「ど、どうもしませんわっ!」

「そうか?」

 俺が特に何かをした訳ではないらしい。

 それならいいけど。

「ちょっと、不思議な気持ちになっただけです」

「?」

「別に、個人的なことですわ」

「ふうん?」

「……こんな風に誰かと遠慮なく言い合ったりするのって、初めてだな、と思ったんです」

「そうなのか?」

「ええ。実家ではわたくしの家に遠慮してみなさん当たり障りのない態度で接してくれましたから」

「なるほど」

 公爵令嬢だもんなぁ。

 そりゃあ迂闊なことは言えないよな。

 治外法権のアカデミーアにやってきて、その違いに驚いたらしい。

 いや、新鮮な感覚に戸惑っている、といったところだろうか。

 お嬢様然としているよりも、こういう素の表情の方がやっぱり可愛いよな、アリシャは。

「それって嫌な感覚か?」

「いいえ。戸惑ってはいますけど、悪くはありませんわ」

「ならいいじゃないか」

「そうですわね。いい気分ですわ」

 対等な関係、遠慮なく言い合える友達。

 アリシャにとってそれは初めての存在なのだろう。

 その存在に俺が加えられていることがちょっとだけ嬉しい。

お嬢様怖い……

あとお姉ちゃんの教育はきっと正しい。

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