三人目の友達ゲット
それぞれ解散していく中、フォンカーベルさんだけが俺を睨みつけている。
「うぅ……」
怖いなぁ。
解散していいみたいだし、逃げちゃおう。
よし、そうしよう。
男ならともかく美少女相手だと分が悪い。
こちらが遠慮しなければならないような、そんな気持ちにさせられてしまうのだ。
彼女がどうして怒っているのか、何となく分かるけど、だからといって俺に怒りを向けるのは筋違いだろう。
踵を返してその場を離れようとする。
「待ちなさい」
「………………」
そのまますたすたと歩く。
命令するような口調が気に入らないので無視したのだ。
貴族が平民を軽く見るのはごく当たり前なのかもしれないが、しかし俺はそういう態度は気に入らない。
「待ちなさいと言っているでしょう」
「………………」
すたすたすた。
「人の話を聞いているのですかっ!」
「わっ!」
後ろから俺の衣服を、首の部分を掴んで引っ張られる。
容赦なく首が締まっている。
く、苦しい……
「何するんだよっ!」
「わたくしを無視するからですわっ!」
振り返って怒鳴りつけると、彼女も負けないぐらいに怒鳴り返してきた。
相当に気が強い性格らしい。
やっぱり関わりたくないタイプだ。
「あんな命令口調で他人を従わせようなんて気に入らないんだよ」
「………………」
「君がどれだけ偉い貴族様なのかは知らないけど、ここはアカデミーアだ。全ての生徒は対等である、というのが原則だぞ」
「………………」
貴族も、王族ですら関係ない。
アカデミーアはある種の治外法権であり、どれだけ力のある家の出身だろうと、生徒であることに変わりはない。
特別扱いはしない、というのが基本原則だった。
もちろんそうは言っても貴族を敬う空気は存在する。
特に高位の貴族だとその家に取り入りたい生徒たちが取り巻きになったりすることもある。
だから原則とは言ってもそれが完全に守られているわけではない。
もちろん教師側は相手が誰であろうと特別扱いはしないという姿勢を貫いているが、家の事情を背負っている生徒たちはそういう訳にもいかないのだろう。
もちろん家格だけではなく、その生徒本人の能力や人格に敬服している人もいるのかもしれないが。
しかし俺はそんなことをするつもりはない。
俺はこの学校で誰の下にもつくつもりはない。
俺が従うのは今のところたった一人だけだ。
「……分かりました。非礼はお詫びしましょう。立ち止まってくれませんか?」
「それでいい。何か俺に用か?」
意外なことに、フォンカーベルさんは素直に謝ってくれた。
言葉を改めたことも意外だ。
絶対に意地を張り続けると思っていたし、高圧的な態度は崩さないと考えていたのだが。
これは少々認識を改めなければならないようだ。
それに少しだけ見直した。
素直に謝ることが出来るというのは貴族として珍しい美徳だ。
「名前を知りたいのですわ」
「他人に名前を尋ねるときは自分から名乗るものだぞ」
「……そうですわね。わたくしはアリシャ・フォンカーベルですわ。オリヴィア帝国の筆頭公爵家の第三女です」
「なるほどね……」
筆頭公爵家ときましたか。
それならば態度が高圧的なのも頷ける。
それは彼女に非があることではなく、そういう家で育ったが為に、他の振る舞いを知らないのだろう。
むしろ先ほど素直に謝ることが出来たことに感心する。
他人を従えて当然の家柄なのだ。
たとえ自分が悪いと分かっていても謝ってはならないという教育さえ受けているだろうに。
「俺はフェリクス・アインハルト。一応貴族の出身だけど今は滅んだから平民に近いな。貴族の家で世話にはなっているけど、俺自身が貴族だと思ったことは一度もない」
「アインハルト……ですか。確か六年前にグリオザークの騒動に関わった家ですわね」
「よく知ってるな。外国のことなのに」
「諸外国の事情に目を光らせるのもフォンカーベル家の仕事ですわ」
「そりゃそうだけどさ」
意外だったのは、まだ家の政治事情に深く関わっていないであろうフォンカーベルさんがそれを知っていたことだ。
アインハルト家は貴族であってもそこまで大きな家ではなかったのだ。
血筋が特殊だっただけで、家の力はそれほどでもない。
滅んだところで外国の貴族が関心を持つような家ではなかったはずだ。
「なるほど。炎の精霊アストリア。その血を引くのでしたらあの魔法も納得ですわ」
「そこまで知ってるのか……」
「わたくしも似たようなものですから」
「へ?」
「雷獣セシリオン。わたくしの血筋はかの雷獣の祝福を受けていますの。ですから雷系魔法に対する強化属性が備わっています」
「なーるほど」
精霊には格で劣るが、雷獣もかなりの高位霊獣だ。
その祝福を受けたというのならその年齢であの魔法も納得できる。
確かに血筋的には似ている、と思った。
家格は大違いだが。
「ええと、フォンカーベルさんでいいかな?」
「アリシャで結構ですわ。わたくしもフェリクスと呼ばせてもらいます」
「別にいいけど。用件ってそれだけ? だったらもう帰りたいんだけどさ」
「肝心要の用件はまだ済んでいませんわ」
「な、なんだよ」
憤慨して迫ってくるアリシャに俺はビクビクしてしまう。
怒った美少女に迫られるのは苦手だ。
「わたくし、負けませんわよ」
「……は?」
「だから、フェリクスには負けません」
「………………」
「わたくしは常にトップでいる義務がありますの。フォンカーベル公爵家の子女として恥ずかしくないように、常に最高の立ち位置にいる必要がありますのよ」
「……大変だなぁ、貴族って」
「大変だと思ったことはありませんわ。当然のことですから」
「さようでございますか」
俺には理解できない世界だった。
貴族だろうが何だろうが自分を自分として受け入れていればそれでいいと思うんだけどなぁ。
「つまり、ライバル宣言?」
「宣戦布告ですわっ!」
「いや、戦争はしないよ?」
「わたくしだってしませんわ。けれどライバルというのは違うでしょう?」
「そういうものか?」
「ええ。ライバルは友人という意味も含みますからね。フェリクスと友人になるつもりはありませんわ」
「冷たいねぇ」
「馴れ合いは嫌いです」
「それも貴族の矜持ってやつ?」
「そうとってもらっても構いませんわ」
「まあいいけど。要するに負けないぞってことだな? 俺は手を抜いたりしないぞ」
「当たり前ですっ! そんな侮辱をしたら絶対に許しませんわっ!」
「ならいいけど」
手を抜かせてでも自分がトップに立たないと気が済まないと言われてしまえば困るけど、こういう宣戦布告ならどちらかというと好ましい。
この誇り高い公爵令嬢のことが少しだけ気に入った。
態度は相変わらず高慢だけど、そこに悪気がないのはよく分かる。
高慢だけど公平だ。
成長すればいい貴族になるだろうなと思った。
「じゃあ俺も負けないように頑張るよ。アリシャに貴族としての誇りがあるように、俺にも強くなりたい理由があるからな。簡単には負けてやれない」
「強くなりたい理由、ですか。この年頃の男の子なら最強を目指すのは当然ですわね」
「いや、具体性のない英雄を目指してるわけじゃないよ。目標は身近にいるんだ」
「?」
「俺は一つの約束に縛られていてね。その相手よりも強くなればその約束からは自由になれるんだ。だから強くなりたい」
「どんな約束ですの?」
「結婚」
「はい?」
「だから、結婚の約束だよ」
「相手の女性はその、お強いんですの?」
「そりゃあもう」
世界最強レベルです。
「その人のこと、嫌いなんですの?」
「大好きだよ」
「だったら何故?」
「大好きだから、かな。その人も自分で俺を選んだわけじゃないんだ。だから俺が自由になるのと同じように、その人のことも自由にしてあげたい。大きなお世話だって言われるかもしれないけど、でも俺がそうしたいんだ」
「その人の為ということですか?」
「いや、一番の理由は俺の為だよ。俺だって相手は自分で選びたいし」
「よく分かりませんわね。貴族の結婚というのに自由はありませんから」
「それは知ってる。アリシャももう婚約者は決まっているのか?」
「まだですわ。公爵家の子女としては遅い方なのでしょうが、釣り合う家格に適正年齢の男子がいないのです。ですからあと五年もすれば随分と年下の少年か、随分と年上の壮年と結婚することになるのでしょうね。わたくしは家を継ぐわけではありませんから、結婚問題に関してはそこまで深刻にはなっていないのです」
「年下はとにかく年上過ぎるのはちょっと悲惨だなぁ」
「まあ、あまり年齢が離れすぎているのはわたくしとしても遠慮したいところですが。これも義務ですから仕方がありませんわ」
やれやれ、と肩をすくめるアリシャ。
なんだかすごく大変そうだ。
それに少しだけ寂しそうだった。
受け入れてはいても納得しているわけではないのだろう。
それは理屈よりも感情的なものなので、貴族としてそれを律しているのだろう。
立派な態度だと思う。
少なくとも俺には真似できない。
「貴族って大変なんだな」
改めて思う。
その大変さを背負っているのはアリシャだけではなく、ローゼもなのだ。
そう考えると自分だけ義務を放棄しようとしていることに罪悪感が込み上げてくる。
しかしアリシャは誇らしげに胸を張った。
「わたくしは生まれたときから貴族ですから、大変だと思ったことはありませんわ。これが当然であり、わたくしのあるべき姿ですもの」
「そこは大したものだと尊敬する」
「それに相応しい相手がいたら自分で選んでも構わないとお父様にも言われていますしね。今のわたくしは相手を捜す楽しみもありますし」
「そうなのか?」
「ええ。もちろんわたくしの立場では平民と結婚する、という訳にはいきませんが。けれど自分で自分の相手を捜すというのはなんだかワクワクしますわ」
「そうだな。見つかるといいな、そんな相手」
「ですわね。ここは多くの貴族も通っていることですし、探せば相応しい相手はいるでしょうね」
「応援しているよ」
「一応受け取ってあげますわ」
「………………」
この傲慢な態度も、悪意がないと分かればアリシャの味だと思えてくるから不思議だ。
「家が滅んでいなかったらフェリクスのことも考えてあげたのですけれど」
「うわあ、遠慮したい」
凄まじく遠慮したいぞ。
「失礼ですわねっ!」
あ、怒らせた。
頬を膨らませて怒鳴りつけてくるアリシャはさっきまでよりもかなり年相応で、女帝というよりは毛を逆立てた猫みたいだった。
可愛いけど怖い。
噛みつかれそう。
「いや、だって尻に敷かれそうだし」
「殿方を敷くほど大きなお尻は持っていませんわ!」
「そういう意味じゃないんだけど……」
首根っこ押さえつけられそうで嫌なんだよなぁ。
「だいたい、考えて『あげた』っていうのが気に入らない。俺、そういうのは嫌いだ」
「……そうですわね。見下した発言だったのは認めます。すみません」
「うん。そうやって素直に謝るところは結構好きだぞ」
「別に好かれたくてやってるわけではありませんわ」
「まあ俺も好かれたいわけじゃないからいいけど」
「……そこはもう少し愛想を振りまいてもいいところですわよ」
「そういうものか?」
「そういうものですっ!」
「そういうのはよく分からん」
「………………」
はあ、と盛大なため息をつくアリシャ。
やっぱりよく分からない。
「話がだいぶ逸れましたけど、用件は終わりましたのでそろそろ失礼しますわ」
「ああ、俺には負けないって奴か」
「その通りですわ」
「じゃあ俺もアリシャに負けないように頑張るよ」
「む……」
「ん?」
何で怒っているんだろう?
怒っているというよりは、ちょっとだけむくれているという感じではあるけれど。
「なに?」
「何でもありませんわ。精々頑張ることですわ。わたくしも、弱い相手よりも強い相手の上に立つ方がやり甲斐はありますし」
「じゃあ俺はその鼻っ柱を折ることにやり甲斐を求めてみようかな」
ちょっと意地悪かもしれないけど、これぐらいならいいだろう。
この誇り高いお嬢様をちょっとだけからかいたくなってしまったのだ。
何でかは自分でもよく分からないけど、そういう気分になってしまう。
「わたくしの鼻柱はちょっとやそっとじゃ折れませんわ!」
そして予想通りに憤慨した。
そこが面白い。
澄まし顔よりもこうやって怒っている方が人間味を感じるからかもしれない。
最初の時のように睨みつけていた冷たい表情とは違う。
感情の見える怒り方だ。
こういう顔の方が生き生きしているように見える。
「どうかなぁ。案外、脆いかもしれないぜ?」
「オリハルコン並の強度を持つわたくしの矜持がそこまで脆い訳がないでしょう!」
「……自分の矜持をオリハルコン並とか言えるその度胸がすげぇ」
「当然ですわっ!」
当然、と小さな胸を張るアリシャ。
その様子がおかしくて笑ってしまう。
「何が可笑しいんですのーっ!」
「ごめんごめん。面白くて」
「侮辱ですわっ!」
「してないしてない」
「むぅ……」
悪気はあったけど悪意はない。
本当だぞ。
「悪気はあるってことじゃないですかっ!」
「あ……いや、悪戯心?」
「余計に最悪ですわっ!」
「ごめんごめん」
「謝罪に誠意を感じませんっ!」
「うぅ。絶対にぎったんぎったんにしてやりますわ……」
「おお、こわ」
ギロリと睨みつけてくるアリシャ。
さすがにその視線の力は強くて、こちらの分は悪い。
「まああれだ。せっかくこうやって友達になったんだから、それなりに仲良くしようぜ」
とりあえずアリシャを宥めようと右手を差し出してみる。
「と、友達?」
きょとんとしたアリシャが不思議そうに俺を見上げてくる。
「あれ? 俺はもうそのつもりだけど? 迷惑だったか?」
「………………」
俺よりも少しだけ背の小さいアリシャはこちらを見上げたまま黙り込む。
何かを考えているようだ。
「馴れ合いは嫌いだって言ってたけど、ここまで好き放題に言い合える関係なら、それはもう友達だろ?」
「………………」
「それとも迷惑だったか?」
誇り高い貴族としては譲歩できない問題なのだろうか。
そうだとするととても残念なのだが。
俺としては傲慢であっても誠実なアリシャの性格を好ましく思うし、出来れば友達になりたいと願っているのだが。
「ど……」
「ど?」
「どうしてもというのなら、考えてあげなくもないですわ……」
ちょっとだけ赤くなったままそっぽ向きながら答えるアリシャ。
照れているのだろう。
物言いは傲慢だけど、ここが彼女の限界なのかもしれない。
それも照れ隠しだと思えば腹も立たない。
「うん。アリシャとどうしても友達になりたいな。友達になってほしい」
もう一度右手を差し出す。
親しみを込めて差し出した右手を、アリシャの手がそっと握る。
「仕方ありませんわね。貴方をわたくしの友達にして差し上げますわ」
「……ありがと」
ちょっと上から物言いだけど、まあいいか。
譲歩を求めたのはこちらなのだし、これぐらいは妥協しなければ。
こうして俺はアカデミーアで三人目の友人を得たのだった。
フェリクスくんは地雷を踏むのが得意技かも……




