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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
一章「箱庭にて」
8/44

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注意:この話は2万文字以上あります。長いのは読みたくないと言う人は、読み飛ばしてもらって構いません。話自体は一仕事するだけですので。

いつの間にか1500PVに300ユニークを突破しておりまして、皆様には感謝の念が尽きません。今後ともよろしくお願いします。


 ステータス

 名前 天神秀哉アマガミ・シュウヤ

 種族 古代人類エンシェント・ヒューマン

 称号 神の同盟者

 Lv 999

 HP 389000/389000

 MP 450000/450000

 筋力 4142(+124)

 耐久 5133(+154)

 敏捷 6281(+189)

 器用 3987(+120)

 知性 4885(+147)

 精神 4720(+142)

 《スキル》

【分析Ex】【剣術SS】【双剣術S-】【刀術A-】【槍術S】【斧術B-】【投擲SS】【体術S+】【ナイフ捌きA+】【臥震掌鍛】【踏襲脚】【遁走】【水面走り】【百歩騨】【破烈斬】【外殻斬り】【浸透斬撃】【十二連斬り】【無影双刃】【絶影双刃】【一刀両断】【無明神刀】【神刀滅却】【悪千九刀】【殴投刺突】【槍護斧除】【古代級無属性魔法適性】【古代級毒属性魔法適性】【古代級火属性魔法適性】【古代級焔属性魔法適性】【古代級水属性魔法適性】【古代級氷属性魔法適性】【古代級土属性魔法適性】【古代級地属性魔法適性】【古代級風属性魔法適性】【古代級雷属性魔法適性】【古代級光魔法適性】【古代級聖属性魔法適性】【古代級闇魔法適性】【古代級滅属性魔法適性】【最上級空間属性魔法適性】【上級時属性魔法適性】【下位種族召喚】【中位種族召喚】【詠唱破棄】【魔力注入】【魔法付与】【属性付与】【自動地図作成】【魔力探知】【震動探知】【毒無効】【物理ダメージ軽減Ⅹ】【魔法ダメージ軽減Ⅹ】【隠密Ⅹ】【奇襲Ⅹ】【痛覚鈍化Ⅹ】【痛覚遮断】【聴覚遮断】【視覚遮断】【嗅覚遮断】【味覚遮断】【自動治癒Ⅹ】【掘削Ⅹ】【測定Ⅹ】【解体Ⅹ】【調理Ⅹ】【武器作成Ⅹ】【防具作成Ⅹ】【装飾具作成Ⅹ】【魔道具作成Ⅹ】【衣類作成Ⅹ】【裁縫術Ⅹ】【錬金術Ⅹ】【調合Ⅹ】【食い溜め】【絶食】【寝溜め】etc.


 装備

 武器 星楼鉱の重剣

    星楼刀

    雷獣と風獣の双剣

    土轟竜の槍斧

 胴 黒蹄竜の竜鱗軽鎧

 首 竜滅の首飾り

 肩 始原魔のローブ

 腰 竜滅のベルト

 腕 黒蹄竜の竜鱗篭手

 足 風翔鳥のグリーヴ



 RPGにおけるレベルシステムというのは、レベルの大きさに比例してレベルアップまでの時間が増大する。

 レベルが1から2に上げるのは非常に容易だ。だが10から11に上げるのには、それなりの時間を掛けなければならないだろう。


 俺を例に出してみよう。時期としては、箱庭に移ってから二百年程度が経過した頃の俺だ。

 その頃の俺のレベルは、およそ400。二百年掛けてそのレベルなのだから、単純に考えて一年当たりに2のレベルが上昇している計算になる。

 だが一方で、箱庭に来て間もない頃の俺を例にとって見ると、最初の二年でレベルは20までに上がっている。それだけで考えれば、一年当たり10のレベルが上昇している計算になる。しかしそうすると、二百年後の俺のレベルが計算に合わない。


 もちろん、年月の全てをレベル上げに費やしていた訳ではないというのもある。少しでも生活を快適なものにしようと苦心していた事もあったし、レベルアップによるステータスの上昇に限らない、基礎能力を向上させようと鍛錬していた時期も合った。

 魔法を習得しようと、一心不乱に知識を叩き込んだり儀式を行っていた時期もあったし、スキルの熟練度を上げようと猛進していた時期もあった。


 だが、仮にそれらを差し引いたとしても、レベルの上昇ペースは年月を追う毎に落ちていっている。それはひとえに、レベルが大きくなるほど、次のレベルに上がるための必要経験値が増大するからだ。


 そして現在の俺のレベルは998。いや、昨日上がったから999か。おそらくMAXか、その一歩手前の段階だ。

 ここまで来るのに、およそ五千万年掛かった。


 時には百年間、ひたすら剣を振り続けた事もあった。あるいは、剣ではなく槍を突き続けていた。

 ひたすら走り込みをこなし続けた事もあったし、筋トレをこなし続けた事もあった。耐久力や精神力を上げようと、ひたすら相手の攻撃や魔法を受け続けた事もあった。これがステータスを数値で表す世界でなければ、俺は元の姿が想像できないような容貌になっていただろう。

 より良い装備を欲して、何百という作品を生み出したこともあれば、ただひたすらにアイテムを得ようと調合や錬金を繰り返した事もある。そのうちの殆どが、スクラップとなったが。

 魔法一つ習得するにしても、その魔法が高度なものであれば、習得するには一年や二年では足りない。それこそ十年単位百年単位の歳月を掛けて習得したものもある。


 だが、そうした日々は決して無駄ではないと断言できる。

 なにもレベルだけが強さの全てではない。レベルアップに伴うステータスの上昇に拠らぬ鍛錬によってでも、強さは得られるのだから。


「考えてみれば、兄貴たちを除けば、お前が一番古い付き合いだよな」


 いま、俺は荒れ果てた荒野に立っている。

 草木の一本すら生えていない、枯れ木はおろか生命体の一体すら存在しない渓谷跡地。一番高い位置から低い位置まで数千メートルの高低差がある、しかしまるで自然の息吹の感じられない、茶色一色で染まった地。

 そんな茶色い地を橙色に染め上げる夕日は、ある一点から微動だにしない。沈みそうで沈まない、そんな絶妙な位置を陣取ったまま、昇ろうとも沈もうともしていない。あたかも時が止まっているかのように。

 その夕日の反対側には、表面の半分を闇に隠した下弦の月が、不気味に薄暗い光を放っている。これもまた夕日と同じく、一切その位置から微動だにしていない。

 夕日と月が共に存在したまま、一切時の動かない地。そんな土地は、いかに広大な箱庭といえども存在しない。


 それもそのはず。この地は、箱庭と同じ場所にありながら、周囲から一切合財隔絶された結界内の空間であるからだ。

 そんな空間が、なぜ存在するか。その答えは、俺の目の前にある。


「CARORORORORORO……」


 茶色と橙色の世界の中で、異質すぎる黒に染め抜かれたその巨体。記憶にある姿よりもずっと大きくなったその巨体に加え、頭部に背中側に向かって生えた角は、初期の四倍である八本に増えていた。

 背中に生える翼も、一枚一枚が倍以上の大きさとなり、さらにその巨体を支えるためなのか、もう二枚増えている。その翼の生える背中に並ぶ角も、一本一本が俺の背負う大剣と同じぐらいの大きさを持っている。

 左右三対に並んだ、計六つの瞳は、得物を見つけた捕食者のように俺を睨んでいる。最も、簡単に食われてやる気はさらさら無いが。


 《黒滅龍》ティアマント、その成龍体の雄々しき姿が鎮座していた。


 昔は名前以外は見ることの出来なかったステータスも、今の俺のレベルならば、【分析Ex】を使えばある程度は確認できる。

 レベルは1000―――どうやらMAXレベルは1000であったらしい―――で、BOSSモンスターである事を示す【DANGER】の文字が名前の横に表示されている。

 保有するスキルは【物理攻撃耐性】に【魔法攻撃耐性】の二つに加えて【物理ダメージ軽減Ⅹ】と【魔法ダメージ軽減Ⅹ】の二重構え。それだけでも厄介なのに【火属性魔法耐性】に【焔属性魔法耐性】に【水属性魔法耐性】に【氷属性魔法耐性】に【闇属性魔法耐性】と、とりわけ魔法に対する耐性が徹底している。

 さらにそれ以外にも、【状態異常無効】に【ステータス低下無効】に【一定未満ダメージ無効Ⅹ】も【自動治癒Ⅹ】に【下位竜族使役】と、チートっぷりもここに極まりけりな内容だ。これら以外にも、いくつかのスキルが見て取れる。


 そしてそれらスキルを抜きにしたとしても、全長253メートルという巨体から繰り出される攻撃は、それだけで自然災害そのものといっても過言ではないだろう。


「俺を食いたいか?」


 保有するスキルから推測しても、勝つのは容易なことではない。それどころか困難を極めるだろう。決着までに掛かる時間など、計算するのもおこがましい。

 だが、そんな事など構いやしない。はなから簡単にいくとは思っていないし、消耗戦となる事は分かりきっていたことだ。であるからこそ、今日のこの時の為に入念な準備を整えてきたのだ。


「だけど無理だな。俺はお前に食われてやんない。俺は今日のこの瞬間の為にずっと準備をしてきたんだ。五千万年も時間を掛けてな。この五千万年間、お前は知らないだろうが、本当に色々な事があったぜ? 兄貴たちはニューアースを完成させたし、その中じゃ人類が七十三回も絶滅を経験した。神は何体も生まれては滅んだし、その過程で魔王や魔神とかも生まれたもんな。んで、そいつらが鎬を削っていた最中に、俺はずっと強くなり続けたんだ。……なあ、ティアマント?」


 目の前のコイツに―――ティアマントに、人の言葉が理解できるかどうかは知らない。だが、いざこうして対面してみると、言葉が口をついて止まらなかった。


「俺は、お前を倒すぞ。だからお前も、死にたくなきゃ死ぬ気で掛かって来いよ、ティアマント!」

「GYYYYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 戦いの火蓋が落とされた。



――――――――――――



「GYYYYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 大気を轟かし、付近の地面を砕く咆哮を【聴覚遮断】によって防ぎ、間髪入れずに【百歩騨】を発動。


「【加速(アクセル)】、【筋力強化(ストレングス)】」


 平行して敏捷値を増加させる魔法と筋力を増加させる魔法を発動。音を置き去りにして急加速し、地面を踏み抜いて跳躍。狙いは竜種共通の弱点である逆鱗がある喉元。


「GRGAAA!!」


 並みの竜では俺を目で追う事もできずに首を刈られるのだが、さすがは黒滅龍。俺をしっかりと目で捉え、右前足を振り下ろしてくる。

 指先だけで俺以上の大きさがある上に、その先端にある爪はどんな名刀の斬れ味も凌駕するだろう。だが何も、真正面から受け止める必要など無い。


「甘ぇっ!」


 振り下ろされる前足の軌道を見切り、俺は空を蹴って(・・・・・)回避する。

 捉えたと思った獲物が空中で回避したのを見て、ティアマントの瞳孔が微かに細められたのは、俺の気のせいだろうか。ともあれ、間髪入れずに左足を振るってきたのはさすがの一言か。

 だが俺は、その一撃も同様に空を蹴って回避する。


 俺が装備している風翔鳥(ふうしょうちょう)の素材を使って作られたグリーヴは、一回の滞空中に付き五回まで、空を蹴ることができる。魔法でも似たような事はできるが、発動のタイムラグがない事と、とっさに発動させる必要がない事。そしてMPの消費が0である事から重宝する装備である。

 五回までという回数制限は意外ときついが、少なくとも現段階で俺の事を侮っているティアマントの攻撃を回避する事は十分に可能だった。


 そして今この時において、既にティアマントは両前足を攻撃に使ったばかり。俺の事を攻撃するには、一端引かなければならない。だがそんな事をするよりも、俺がさらに一回空を蹴って加速し、喉元に飛び込むほうが速い。

 そう思っていた瞬間があったんだ。


「尻尾っ!?」


 俺は馬鹿か。散々見てきただろうが。

 ティアマントがその尾を鞭のように撓らせ、地を割る光景を。


「ぐっ!」


 咄嗟に背中から星楼鉱(せいろうこう)の重剣を引き抜き受けられたのは上出来だろう。だが足場の無い空中では踏ん張りきれず、受けたところで止められずに吹っ飛ばされるのは目に見えている。

 だが、風翔鳥のグリーヴの回数制限はあと二回残っている。


「ぬぅぉぉおおおおおおおおおおっ!!」


 四回目の蹴りで尾の勢いを削り。


「りゃぁぁあああああああああっっ!!」


 五回目の蹴りと共にスキル【外殻斬り】を発動。強固な外殻に覆われた部位を斬る時のみ斬れ味を向上させるスキルによって、受けた部分からティアマントの尾を切断する。


「GYAOOOOOOOOOOOO!!」


 隔離結界内に轟く黒滅龍の悲鳴。おそらくは生まれて初めて経験する痛みに、ティアマント自身が戸惑っているのだろう。

 だがそこは腐ってもBOSSモンスター。切断面に魔力が集まったかと思うと、ボコボコと断面が不気味に泡立ち、数秒後には元通りに尻尾が生える。見ていて驚嘆する再生速度だった。

 【自動治癒】に欠損した体構造の再生機能は備わっていない。となると、魔法―――全属性の中でも回復に特化した聖属性魔法、それも相当高位の魔法だろう。

 それこそ、超級ないし、古代級の。さすがに神位級というのは無いだろうが、いずれにせよ厄介だ。


「【身体硬化(ハードニング)】、【衝撃緩和(バファイング)】!」


 耐久値増加の魔法と物理ダメージ軽減の魔法をそれぞれ掛ける。もはや相手に侮りはなく、無傷で勝てるなどという甘い見通しは立たなくなった為に。


 これらバフ系の魔法は、一回掛けたら一定時間継続するのではなく、効果を持続させる時間に応じてMPを消費していく。この魔法は毎秒いくらといった具合に。

 現在俺はバフ系の魔法を四重に掛け、継続させている。俺自身のMPもかなり多い部類に入り、この程度では然したる消耗にはならないが、それでも折を見て解除していかなければならない。でなければ、いずれ痛い目に遭うのは必須だ。


 仕切りなおしといこうとしたところで、足元に魔力が集中するのを感知する。

 何事かと視線を向けるよりも先に、その場から退避する事を選択。直後に、一瞬前まで俺が立っていた場所に、巨大な石の槍が出現していた。

 おそらくは初級土属性魔法の【土槍(グレイブ)】なのだろうが、大きさが尋常ではない。あんなものを喰らえば、体を石槍が貫通するどころか、バラバラに引きちぎるのは必須だ。


 その攻撃を回避して息をついたのは一瞬。そのすぐ後には、連続して俺の足元から、次々と石槍が出現する。


「マジかよっ!?」


 舌打ちして疾走するも、間断なく出現する石槍に、止まる暇がない。それどころか、一瞬でも速度を緩めれば、たちまち俺は吹き飛ばされるだろう。

 ただの【土槍(グレイブ)】にしては、あまりにも展開速度が速すぎる。もちろん、それだけの技量が向こうにあるのだと言われればそれまでだが、気になったので【分析Ex】で観察してみると、結果は【土槍(グレイブ)】ではなく【無限土槍(エンドレス・グレイブ)】と出る。

 特殊能力―――ではないだろう。きちんとMPは消費する。この場合の無限とは、ティアマント自身が解除し続けない限り、延々と標的の足元に石槍を出現させるという意味だ。しかもご丁寧に、いつの間にかマーキング済みだった。


 向こうが先に解除してくれるまで延々と逃げ続け、解除を待ちたいところだったが、腹立たしいことにそれすら封じられる。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

「【純水の砲撃(プレーンウォーター・カノン)】!」


 ティアマントから放たれたのは、目も眩まんばかりの極太の雷のブレス。対する俺は【視覚遮断】で目を保護しつつ、純水の奔流を放つ魔法で迎撃する。

 雷撃と純水の波濤の激突は、純水がうまいこと雷を散らして無効化したことにより、引き分けに終わる。俺のMPもごっそりと持っていかれたが、狙い通りの結果に満足する。

 追撃として放たれた尾による刺突も、跳躍して回避。尾が地面に深々と突き刺さったところで、その尾上に着地。そのまま駆け上がる。


 俺の意図に気付いたティアマントは、自分の尾を巻き込みかねない【無限土槍(エンドレス・グレイブ)】を解除。体を這い上がる無視を払うかの如く、俺を振り払う。

 俺自身もそれに抗うようなことはせず、むしろ自分から飛ぶことによって崖に衝突することを避ける。そして、


「【冥府の福音業焔(ラド・ヌメロヴィア)】」

「GYAOOOOOOOOOOOOOO!!」


 古代級焔属性魔法と絶対零度の息吹がぶつかり合い、また相殺される。

 

「【憤怒の天空雷(ノス・ディレンド)】」


 上空から降り注いだ数十の雷が、一発も外れる事無くティアマントの巨体に命中する。だが然程堪えたようには見られない。


「厄介だな」


 事前に分かっていた事だが、実際にこうして目の当たりにして、その認識をさらに強める。

 どんな魔法であれ、ティアマントに対しては【魔法攻撃耐性】から【魔法ダメージ軽減Ⅹ】を経て、その上で【一定未満ダメージ無効Ⅹ】の判定を受ける。そして属性次第では、それぞれの属性に対する耐性の判定も受けるのだ。生半な魔法ではろくなダメージどころか、傷一つ付ける事すら叶わない。そしてそれは、物理攻撃も似たようなものだった。


 現状では俺のほうが優勢に見えなくもない。だがそれは、ギリギリの展開の上で成り立っているものだ。ひょっとした切っ掛けで、簡単に崩れかねない。


「どうしたものか……」


 体の表面から煙を濛々と上げるティアマントを眺めながら戦術を練っていた俺を、突如として足元の揺れが襲う。

 一瞬地震かと思ってしまうのはやはり日本人なのだなと思いつつも、神によって隔離されているこの空間内で地震が起こるわけがない。


「まさか……!」


 脳裏にある可能性が過ぎり、あわてて確認しようとしたところでひときわ揺れが強くなり、立っている事すら困難になる。

 それは戦いの最中において、致命的な隙。その隙をティアマントが逃すはずがないと思ったが、それよりも先に、足場にしていた崖がど派手な音を立てて崩落していく。


「【巨大地震(アースシェイク)】……」


 古代級地属性魔法のそれを、ティアマントは周辺一体に発動させていたのだ。

 限定的範囲内ではあるが、地上に存在するあらゆる物に対する圧倒的な破壊力を誇るそれは、岩山を一つ崩壊させることなど容易い。


 重力に捕らわれながらも、頭上から降り注いでくる瓦礫を回避しようと、風翔鳥のグリーヴの能力を使用しようとする。だがそれよりも先に、俺の視界の端を横切る影があった。


「なっ―――ガハッ!?」


 横切った影の正体は、言うまでもなくティアマントの尾だ。鞭のように撓りながら俺を捕らえた尾は、そのまま俺を地面へと叩き付ける。


「がぁっ……!!」


 叩きつけられた瞬間、地面には巨大な亀裂が四方に走り、体の中で内臓と骨がぐちゃぐちゃに潰れる生々しい感覚に襲われる。

 最初は絶息し、次に激痛が襲い掛かる。即座に【痛覚遮断】を発動させるが、余韻のようなものが全身を縛っていた。そしてそれを抜きにしても、体にまるで力が入らない。入ったとしても、いま体を押さえ付けている尾を押し退けられる自信はないが。


 一撃。たった一撃で、あっという間に俺は瀕死の重傷に追い込まれていた。

 事前に【身体硬化(ハードニング)】と【衝撃緩和(バファイング)】を重ね掛けしていてこれだ。生身で受けたとしたら即死であっても不思議ではない。


 そして体を押さえ付けていた尾が一端上に持ち上げられる。自由を得たことに息をつく間もなく、ティアマントの意図を正確に把握する。


「喰らう……か!」


 【霧爆裂(ミスト・エクスプロード)】


 【詠唱破棄】によって余分に魔力を消費しつつも、あえて威力と時間を減殺させた小規模な爆発で、体をその場から強引に動かす。遅れて振り下ろされる尾。それが地面を砕いて地割れを起こし、その亀裂に俺の体は落ちる。

 

「まだか……!」


 亀裂の中へと落下する最中、俺の体は変わらず動かぬままだった。

 全身の骨が砕けているのだから当然なのだが、先ほどから【自動治癒Ⅹ】を全開にして、少しでも良いから体が動くまで回復するのを待っていた。この時点で既に【痛覚遮断】は解除している。痛みを感じないというのは便利である反面、自分の怪我の度合いを正確に測ることが出来ず、且ついざというときに難儀な思いをしかねないからだ。その為今は【痛覚鈍化Ⅹ】のみで堪えている。


「……よし!」


 ようやく腕が動くことを確認し、腰のポーチから液体の入った瓶を取り出す。

 取り出したのは【回復薬Ⅹ】。単純に傷を癒すだけのポーションの中では最高位のものであり、今日この日の為に大量にストックしておいた物の一つだ。

 それを蓋を開けるのももどかしく、瓶ごと握り潰して中身を全身に掛ける。すると傷が急速に癒されていき、数秒後にはほぼ全快の状態に戻る。


「【時間減速(タイム・スローダウン)】」


 上級時属性魔法を使い、俺自身の時を遅くし、落下速度を緩やかなものとする。同時に、


「【土壁(アースウォール)】」


 近くの崖から出っ張るように土壁を出現させて、足場代わりに着地する。

 これでひとまず墜落死の危機は免れたが、まだ問題は解決していない。急いで飛行の魔法を使って地上に戻らなければならない。


 そう思った矢先に、頭上を影が覆う。

 何事かと思って見上げてみれば、そこには亀裂を覗き込むティアマントの頭部。そしてその六つの目は、間違いなく俺を目視していた。


「っ……【塩基の砲撃(アンチアシッド・カノン)】!」


 ティアマントが放とうとしている息吹を見て、即座に反撃魔法(カウンター・スペル)を放つ。

 同時に吐き出された超酸の波濤は、俺が生成した塩基の波濤と衝突し、中和され無害なものへと変化していく。

 酸には塩基。中学生ならば知っている、当たり前のことだ。


「【閃光(フラッシュ)】」


 酸と塩基の反応が終わった直後に、【視覚遮断】を施し閃光の魔法を放つ。

 直視すれば目が焼かれかねない程の莫大な光量が放たれ、哀れにも亀裂を覗き込んでいたティアマントはその光を直視することになり、闇に包まれた視界の上方から悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「【飛行(フライ)】」


 その光が収まりすぐに【視覚遮断】を解除し、飛行の魔法を施す。中級風属性魔法によって俺の体を風が柔らかく包み、俺の意思の元で時速六十キロ程度の速さで亀裂から抜け出そうと飛ぶ。

 一方頭上では、目を焼かれたティアマントが、視界が回復しないうちに俺に脱出させまいと、亀裂の淵を崩し大量の落石攻撃を噛ましてくる。だが、それぐらいは想定の範囲内だ。


 飛行の魔法の欠点といえば、風の力によって空を飛ぶために、細かな制御が利かないという点だろう。「五メート三十センチ直進後に右に十四度折れて」などという走行が不可能であるように、今回のように落石の間を縫って飛ぶなどという芸当はどれほど熟練していたとしてもできない。


「【悠然自若の斬風(ガゼ・トゥスレイダ)】」


 ならば、落石そのもの(・・・・・・)をどうにかしてしまえばいい。


 唱えたのは古代級風属性魔法による、広範囲に強烈なかまいたちをばら撒く魔法。その魔法に掛かれば、たかが落石など紙細工のように粉微塵にすることができる。

 その際に大量の砂を被る事になるのは、大目に見よう。全身が砂にまみれる事は、落石が直撃するよりも被害が軽微だ。

 そして尚も勢いを止めないかまいたちは、そのまま崖の淵にいるティアマントの体にも襲い掛かる。


「GYAAAAAAAAAAAA!!」


 本来の威力には程遠いが、それでもその強靭な鱗を斬り裂き、ティアマントの注意をそらすことぐらいは十分に可能だ。そしてその隙に、俺はまんまと亀裂から脱出する。


 ようやく視力を回復したらしいティアマントが、亀裂の中を覗き込んで俺を探す。だが生憎、俺は既にそこにはいない。


「お返しだ!」


 星楼鉱の重剣を構え、空を蹴って下方へと突貫。そこでようやくティアマントが俺に気付き姿を捉えるが、問題ない。


「らぁっ!!」


 【浸透斬撃】をティアマントの眉間に叩き込む。落下と突貫の勢いに加えて重剣の重量も加算された勢いは見事にティアマントの眉間を割り、尚且つスキルによって浸透したダメージが頭蓋の下に潜り込み、脳を揺らす。


「KYAOOOOOOOOOOOONNNN!!」


 この世界は現実である。いかにゲーム染みていようと、基本的な法則や生物の生態は現実に沿ったものとなっている。

 ゲームならば、いくら現実では困難であっても、攻撃の衝撃を内部に浸透させることなど容易だろう。そしてゲームならば、浸透したままで終わりだろう。だが現実では、衝撃が脳内に浸透した際に引き起こる現象がある。

 即ち、脳震盪。


 ティアマントの巨体が、あからさまに揺らぐ。意識を奪うことは叶わなかった様だが、十分すぎる隙だ。


「おおおおおおおおおおおおっっ!!!!」


 割れた眉間に畳み掛けるように【踏襲脚】を喰らわせて移動。喉元に潜り込み、雄叫びと共に逆鱗目掛けて【破烈斬】を叩き込む!


「CUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNN!!」


 今まで聞いた中で最も長く、最も悲痛そうな叫び声が響き渡る。

 俺の放った斬撃はティアマントの逆鱗を二つに割り、刀身の根元までズップリと埋まり込んでいた。

 だが……、


「くそっ!!」

「GYAOOOOOOOONN!!」


 俺にできたのはそこまでだった。

 【破烈斬】によって強化された斬れ味による強烈な一撃は、目論見どおり逆鱗を斬り裂く事には成功した。だが、成功したのはそこまで。あわよくばそのまま首を切断しようとしたが、それには俺自身の筋力と勢いが足りず、重剣は喉奥深くまで埋まった状態で停止し、かといって引き抜くこともできない状態となってしまう。

 そうしている間にティアマントは意識をハッキリさせ、剣にぶら下がった状態にある俺を無理やり振り落とす。


 地面に降り立った俺が見たティアマントの目。その六つの目は、間違えようのない憤怒に染まっていた。


「【飛行(フライ)】! 【時間加速(タイム・アクセル)】!」


 飛行中は敏捷値の補正を受ける事は無く、最大速度は上限が決まっている。そのため時間そのものを加速させることで本来ならば不可能な速度を引き出し、その場から急速に退避する。

 一瞬遅れ、下方一面を灼熱の炎が埋め尽くし、わずかばかりに生えていた枯れ木や枯れ草を容赦なく舐め尽くしていく。


「GUOOOOOOOOOOOOOOO!!」

「【純水の砲撃(プレーンウォーター・カノン)】!」


 燃え盛る炎はそのままに、長い首を動かして頭部をこちらにむけ、今度は雷撃を放ってくる。対する俺も純水の波濤で対抗するが、


「クソったれ!」


 先ほどは相殺できたはずが、今度は完全に力負けする。それでも僅かに時間を稼ぐことに成功し、ギリギリ範囲外に離脱する。

 そしてティアマントはと言えば、俺が自分のブレスから逃れたと知るや否や、その六枚の翼を力強く羽ばたかせ、俺と同じ目線の高さまでその巨体を浮かび上がらせる。


「……なるほど、ここからが本番って訳ね」


 【分析Ex】には、ティアマントに先ほどまではなかったスキルが一つ、追加されていた。

 【龍の逆鱗】―――龍が強い怒りの状態に陥ったときに発動するスキルのようで、基礎ステータスが爆発的に上昇するとの事。


「ただでさえ一杯一杯だったってのに、これ以上強くなるのかよ」


 目の前に聳え立つ絶望を前に、しかし言葉とは裏腹に、今の俺は笑っていると思う。

 昔は痛いのは嫌だの、苦しいのは嫌だの、戦いなんて大嫌いだとか考えていたはずの俺が、笑っていた。


 いや、今だって痛いのも苦しいのは嫌だ。だがその一方で、戦いは楽しいと感じられるようになっていた。 

 この箱庭で、来る日も来る日も戦い続けた結果、戦いを楽しむことを覚えてしまったのだ。


 今の俺は、十分に壊れていると思う。この絶望的な状況下で、全身を高揚感で満たしているのだから。だがそれでいい。


「さて……」


 ホバリングしたまま、ポーチから新たに【魔法薬Ⅹ】の瓶を取り出し、中身を一気に飲み干す。

 酸味のある爽やかな喉越しの後、全身に消耗していた魔力が回復し、全身に満ち満ちるのを感じる。


「行くぞ、ティアマント!」

「GUAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 俺の放った猛火と、ティアマントの吐き出した絶対零度の息吹が激突する。



――――――――――――



「【蹂躙する灼獄炎(エル・デルーヴァ)】」


 周囲に炎を撒き散らし、俺の姿をティアマントから一時的に隠す。


「【透明化(インビジブル)】、【加速(アクセル)】、【時間加速(タイム・アクセル)】」


 そして自分の姿を透明化し、二重に動きを加速させた上で【百歩騨】を発動。燃え盛る炎の近くから大急ぎで離脱する。


「【隔離部屋(アイソレイション・ルーム)】」


 数秒後には超酸の息吹によって、炎はもちろんのこと、地面すら消失しグズグズに溶かされる。その様子を、最上級空間属性魔法で作り出した空間の中に逃げ込み眺める。

 部屋を維持している間、毎秒ごとに膨大な魔力を消耗する代わりに、内部の存在の姿や発する熱、音や臭いといった気配の一切合財を遮断する空間内で、大急ぎで【回復薬Ⅹ】と【魔法薬Ⅹ】を飲み干す。


 戦い始めてから、大体一週間ぐらいか。いや、もしかしたらまだ六日かもしれないし、一週間など過ぎて八日目だったりするのかもしれない。まるで景色の変わらない場所で戦い続けていたためか、時間間隔が完全に狂っていやがった。

 その間一切の睡眠も食事も取っていないが、まだまだいける。スキル【食い溜め】は数日分の栄養を一回の食事で確保することができるし、反対の【絶食】は数日間栄養を取らずとも、平時と変わらぬコンディションを維持してくれる。また【寝溜め】というスキルもあるため、疲労はともかく、必要とする最低限の睡眠に関しては問題ない。

 とはいえ、体を蝕む疲労ばかりはどうしようもない。そしてその疲労が誘発する睡魔に関しても、【寝溜め】のスキルの範囲外だ。


 そこで役に立つのが【栄養剤Ⅹ】なる丸薬である。

 一見すると干しブドウにしか見えないが、香りはなぜか柑橘系。そして一粒飲めば、たちまち疲労も眠気も吹っ飛ぶという優れものである。

 一粒につき持続時間はおよそ半日で、効果時間が切れたときの反動は凄まじいが、効果時間が切れる前に新たに摂取することで、時間の延長も可能だ。

 ただしこの丸薬、味はなぜか納豆味である。柑橘系の香りがするクセに。


 ともあれ、現状はあまり芳しくない。


 【龍の逆鱗】を発動させたティアマントの物理攻撃は、殆どがバフを施した状態であっても一撃で瀕死に追いやられ、反対にこちらの攻撃はあまり通用していない。とりわけ双剣などは一撃が軽いために、ほぼ弾かれる始末だ。

 しかし手持ちの武器で最も破壊力があったであろう重剣は、初日にティアマントの喉元に突き込んだきり抜くことができず、ティアマントの【自動治癒Ⅹ】も手伝い、殆ど一体化しかけている。


 また俺自身の装備に関しても、あまり状態が良くない。

 身に着けている鎧はボロボロで、左手の篭手にいたっては完全に破壊されている。竜族を相手に戦う際にステータスに補正を与える竜滅の首飾りは三日目辺りで糸が切れ、竜滅のベルトも千切れかけている。

 そしておそらく、戦いの最中で最も俺に貢献したであろう風翔鳥のグリーヴは、酷使しすぎた為か、それとも別の理由からか、空を蹴る回数制限が四回になっていた。


 持ち込んだアイテムも、ポーチの中身はとうに底を尽き、今は最上級空間属性魔法【不思議な空間(ワンダーランド)】で作り出した亜空間の中に保管しているアイテムを使用している状態だ。それにしたって、数に限りがある。


 一方でティアマントと言えば、無尽蔵なのではと疑いたくなる体力とHPとMPを使い、唯我独尊に暴れまわっている。ただ暴れるだけでも厄介なのに、その暴虐の矛先が俺だというのだから、最悪なこと極まりない。

 一応殆ど役に立っていない双剣を、それぞれ投擲スキルによって放ち、幸運にも二本ともティアマントの右の眼のうち二つを潰すことに成功している。そしてその双剣が突き刺さったままな為、魔法による修復もできていない状況だ。

 だが、目立つ戦果といえばそれくらいだろう。


 ジリ貧になっているのは理解している。だが、打開する術がない。

 いや、策がないわけではない。たった一つだけ、策ともいえない策がある。だがそれを行うには、どうしても大きな隙が必要だった。

 その隙に当てはある。だがその当ては、ティアマント任せという曖昧なもの。そろそろ時期は来ると三日ぐらい前から思っているのだが、一向に来る兆しがない。


 ここまで来ると、もう自分からアクションを起こしたほうが良いようにも思える。

 例えば、新たに相手の体構造を奪うとかは良いかもしれない。


「っと、バレたか!」


 【飛行(フライ)】


 【隔離部屋(アイソレイション・ルーム)】を解除し、上方へ全力で飛ぶ。ワンテンポ遅れて、猛毒の毒液が俺のいた場所をさらっていく。

 徐々にだが、【隔離部屋(アイソレイション・ルーム)】で一時休止できる時間が減ってきている。つまりは、相手もこちらの魔法に慣れてきているという事だ。


「QOOOOOOOOOOOOOO!!」 

「【飛行(フライ)】解除! 【時間加速(タイム・アクセル)】!」


 再び吐き出された毒液に、重力による落下とその落下速度を加速させることで回避を図る。ティアマントの多様なブレスの中で、唯一この毒液だけは対策が見出せなかった。

 一応毒自体は【毒無効】のスキルでどうにかなるのだが、だからといってブレスを喰らって良いわけではない。難儀なことだった。


「【憤怒の天空雷(ノス・ディレンド)】!」


 ティアマントが浮遊している間、俺には魔法以外に攻撃手段がない。迂闊に近づこうものならば、その翼が巻き起こす竜巻に飲み込まれるからだ。

 かといって、地上に降り立てばどうなるかというと、【無限土槍(エンドレス・グレイブ)】や【巨大地震(アースシェイク)】の餌食となる。

 理想的なのはティアマントが地上に留まった状態で、尚且つ俺が空から攻撃をする事なのだが、いかんせん空中では俺の機動力はどうしようもないくらいに削がれる。あちらを立てればこちらが立たずな状況だ。


「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「クソっ!!」


 ティアマントの突進。それだけで見ると大したことがないように聞こえるが、常に翼の羽ばたきによってティアマントの周囲に生み出される竜巻が進路上のものをミキサーに掛け、その上で全長253メートルの巨体が凄まじい速度で迫ってくるのだ。怪獣大行進という表現でも生ぬるい。


「【神秘的な透明板(レド・アドラメ)】」


 進路上に生み出されたのは、一辺が四十メートルの透明な正方形の板。しかし厚さは五メートルあり、硬度も竜が衝突してもビクともしないという触れ込みである。

 だが、あっけなく粉砕される。


「やっぱ駄目かよ」


 別に驚きはしない。初日で既に目にした光景だ。だが一秒二秒程度の足止めにはなる。


 その間に走る。疾駆する。

 【百歩騨】を百歩目に次を発動するように繋ぎ合わせながら、全力でその場から離れる。

 案の定、ティアマントはすぐ後ろを追い掛けて来る。


 複雑に入り組んだ元渓谷の谷間を縫って俺は走る。その後ろを、地上すれすれの高さを飛んでティアマントが追いかける。

 ティアマントの巨体に、この谷間の幅は広いとは言えない。むしろ狭いだろう。にも関わらずわざわざ谷間を飛行するのは、ティアマント自身、自分が飛行しながら突進することの脅威を認識している証拠だ。

 少なくとも、初日辺りはそんな兆候は見られなかった。つまりは、ティアマントはこの戦いの中で成長している。

 今まで互角に戦える相手がいなかったティアマントにとって、俺は初めて対等に戦えている相手。それと戦う事を通して、少しずつ自分の力の有効な使い方を学んでいっている。

 何の事はない、また一つ新たに長期戦が不利となる要素を見つけただけの事だ。


 その思考を頭の隅に追いやり、ひたすら探す。条件に合致する地形を。

 走って、曲がって、走って、曲がって、走って、走って、走る。その後を一定の距離を保ったまま、ティアマントが追いかける。


 ―――見つけた。条件に合致する地形を。

 それは左右が崖に囲まれていて、そして崖は然程高い訳でもなく、かといって低くもない。それでいて横幅は、ティアマントが通り抜けるには狭い場所。


 一も二もなくそこに飛び込む。遅れて背後でティアマントが激突するような音が聞こえるが、無視して走る。それぐらいで怪我をするような奴ではない事は、重々承知しているからだ。

 そして通り抜けることが不可能となれば、どうなるか。当然その左右の崖のすぐ上空すれすれの高さを飛んで追跡してくるだろう。その推測を肯定するように、俺の頭上に影が覆いかぶさる。

 だがそうすると、突進による攻撃ができなくなる。となれば、次にティアマントが取るであろう攻撃手段は何か?


 魔法による攻撃―――悪くはない回答ではある。しかしハズレだ。おそらくティアマントは、それはしないからだ。なぜならば、使ったとしても効果が薄いからだ。


 確かに【無限土槍(エンドレス・グレイブ)】や【巨大地震(アースシェイク)】といった魔法は、地上を走っている俺に対しては有効ではある。だがそれは、広大な平地である場合だ。

 今俺が走っている場所は、左右が崖に囲まれていて、それでいてティアマントが通り抜けるには横幅が狭すぎる地形―――言ってしまえば天然の通路だ。そんな場所を走る俺に対して、例え【無限土槍(エンドレス・グレイブ)】を使ったとしても、あくまで対象の位置に発動するだけで先回りできないこの魔法では、精々が退路を塞ぐくらいの事しかできない。

 そして【巨大地震(アースシェイク)】の方はと言えば、こちらもやはり、使ったとしても然したる効果は期待できない。

 周囲に並ぶ崖は【巨大地震(アースシェイク)】による地震で崩壊するほど小さなものではないし、かといって通路に沿って亀裂が入るような都合の良い事が起こるはずもない。故に、ティアマントが魔法を使ってくることはまずないと断言できる。


 そうなると、残された答えは当然、ブレスである。それもおそらく、炎のブレスだ。


 通路の地形を走っているという事は即ち、動き回れる範囲も必然的に限定されるという事だ。そしてそんな奴を捕らえるには、範囲が広い攻撃が最も有効だ。そしてティアマントの多様なブレスの中で最も広い攻撃範囲を持つものが炎のブレスである、それだけの事だ。

 もちろん、そうならない可能性もある。あくまで最も可能性が高いのが炎のブレスであると言うだけで、あるいは絶対零度だったり、雷のブレスだったりするかもしれない。だがそれでも俺は、炎のブレスが来るだろうと踏んでいた。

 

 ティアマントは決して知能が低いわけではない。むしろ高いくらいだ。だがそれを戦闘に活かせるかどうかは、また別問題となる。

 だがこれまでの戦いを通して、自分の力の最も合理的な使い方を短期間で見出すなど、その頭の使い方が良いことは先ほどの思考を通して確信した。だからこそ、俺は最も合理的であろう炎のブレスを放ってくるだろうという考えを持っていた。


 その考えは果たして、正しかった。


「【耐熱空気層(インサレイション・エア)】!」


 ティアマントによって吐き出された灼熱の炎が、背後から襲ってくる。それは喰らえば灰すら残らず、喰らわずとも輻射熱で十分に人を殺せる殺傷力を持っている。

 そこで俺は全身に空気の鎧をまとわせる。それによって熱気を遮断し、灼熱の砂漠に素っ裸で放り出された程度の熱さに緩和される。


「【空気発条(エア・スプリング)】!」


 そして地面を全力で踏みしめて跳躍。着地地点に空気のトランポリンを展開し、その中心に着地する。


「【時間加速(タイム・アクセル)】!」


 発生する運動エネルギーを僅かたりとも無駄にすることはせず、十分に溜めた上で大ジャンプ。さらに俺の周囲のときを加速させ、跳躍速度を上げる。

 向かう頭上の先は、ティアマントが吐き出した放射状に広がる灼熱の炎。その中に、眼と口を閉じて粘膜を保護した上で頭から突っ込む。


 何も感じないと思った矢先には、全身に灼熱感が襲い掛かる。だがそれもすぐに消え失せ、炎を突き抜けてティアマントの腹の下に潜り込む。

 跳躍の軌道が頂点に達しようとしたその時に、ちょうど足元に来た崖の淵を全力で蹴りつけ、再度の跳躍。


 三角跳び。その突飛な軌道に加え、三つあるうちの二つの眼を潰された右側を抜けられたこと、そして崖の淵を蹴りつけた直後に足元で発動させた無詠唱の【霧爆裂(ミスト・エクスプロード)】の爆発によって推進力を得たことによって、ティアマントは一瞬俺の姿を見失う。その一瞬の隙に、俺は一気にティアマントの背部へと躍り出る。


 空中で身を捻り、方向を転換。現在の手持ちの武器の中で最も質量のある、土轟竜(どごうりゅう)の槍斧を両手に握り、風翔鳥のグリーヴの能力を使って空を蹴って突進。標的部位に対して、槍斧の斧の部分で部位破壊を行うときのみ破壊力を増大させるというイマイチ使い勝手の分からないスキル【槍護斧除(そうごふじょ)】を発動させて攻撃する。

 標的となる部位は、ティアマントのその巨体を支える六枚の翼のうち、右側の三枚のうちの一枚。そして狙い寸分違わず命中し、根元から翼を切断する。


「GYAOOOOOOONN!!」


 突然翼を失ったためか、空中でティアマントがもがき、錐揉み上になりながら落下する。といっても大した高さではないが。

 起き上がったティアマントは、戦い始めてから憤怒以外の感情を浮かべていないその瞳で、俺をまっすぐに睨みつける。そして突如として頭上を見上げ、顎を限界まで開く。


「……来た!」


 おそらく今の俺が浮かべている笑みは、非常に嗜虐的なものだっただろう。自分でもそうであると分かる。

 だが、そんな笑みを浮かべるのも無理はないだろう。ティアマントのその動作は、放たれる技は、俺が戦い始めてからずっと待ち続けてきたものなのだから。


 大きく開かれた顎の間、ちょうど舌の先辺りに、小さな薄紫色の燐光を放つ黒い球が生み出される。

 その黒い球は、あたかも内部に何かがいるかのように不気味に蠢き、その大きさを急速に膨張させる。


 そしてティアマントが黒い球を生み出してから三十秒後には、そのティアマントの巨体をも上回る大きさ、直径三百メートルをも超えて尚肥大し続けていた。


 それは、最初にティアマントを観察したときに唯一、正体が分からなかったブレス。

 その後知識を得たことで正体に見当がつき、同時に戦慄を覚えたもの。


 薄紫色の燐光を放つ黒い球の正体は、純粋な魔力の塊だ。それもただの魔力ではない。十四ある基本属性と上位属性の中でも、薄紫色の燐光を放つのは滅属性の証だ。

 それは十四の属性の中で最も習得難易度が高く、そして最も圧倒的な破壊力を誇る属性。読んで字の如し、全てを消滅させる事に特化した属性だ。


 その属性の魔力の塊が、今や直径が四百メートルにも達した大きさで、それこそ目にも止まらぬ速度で放たれる。おまけに放つ直前まで、放つ方向を自在に変更することができる厄介な攻撃だ。

 同時に、俺がティアマントを倒す事のできる唯一の勝機であり、千載一遇のチャンスでもある。


 ティアマントのその一撃は、その性質上、回避することはまず不可能だ。だからこそ、よく観察して見極める。

 ティアマントの巨体ですら霞むほどの大きさの黒い球が放たれる、その瞬間を。


 ―――見ろ、視ろ、観ろ、ミロ。


 そしてティアマントが十分すぎるほどにそれを肥大させた瞬間、それは放たれた。


 【瞬間転移(テレポート)】


 一秒後には、なにも無くなっていた。

 乱立していた巨大な山脈も、大小無数の岩山も、そして草木一本生えていなかった荒れ果てた大地も。

 まるで、地面に巨大なスプーンで抉り取ったような跡だけが残されているのみ。


 その光景を見ながら、俺は手に持った土轟竜の槍斧を、技の反動からか動くことのできないティアマントに全力で投擲する。

 まさしく流星と形容するにふさわしい勢いと速度を持って放たれた槍斧は、ティアマントの残り二枚となった右側の翼、そのうちの手前の翼の翼膜を貫き、大穴を明ける。これでおそらく、あの翼も使い物にはならないだろう。

 その結果を見届けてから、次に腰に提げていた星楼刀を鞘から抜く。


「GYAAAAAAAAAAAA!?」


 まるで俺が生きているのが不思議でならないとでも言いたげは表情だった。それも無理もない。

 あの一撃はティアマントにとって、まさしく一撃必殺の技であり、撃った反動で動けなくなるというリスクがあるものの、躱すことのできる存在などいない筈だったのだ。そして事実、俺も躱せなかった。


 事前に何度も見てきたとおり、巨大な魔力の塊が眼にも見えない速度で放たれるのだ。それを見た俺も、動いて回避するのは不可能だと判断した。

 そして、ならば動かずに回避すれば良いとも判断した。


 あの一瞬、黒い球が放たれる瞬間を見極めて、無詠唱の上級空間属性魔法【瞬間転移(テレポート)】を使い、ティアマントの後方上空に転移したのだ。


 ティアマントの技の性質上、事前に転移しては軌道を修正されて終わりである事から、放たれる瞬間を正確に見極めなければならない事。

 放たれてから俺の元に到達するまでの間に、【瞬間転移(テレポート)】を発動させられる事。

 転移した距離に比例して魔力を消費する【瞬間転移(テレポート)】のコストを支払い切れること。


 これら三つの条件を満たした上で、手に入れることのできる千載一遇のチャンスだったが、俺は見事にものにした。


 ティアマントはまだ動けない。詳しい原理など知ったことではないが、そのチャンスを手放すつもりは毛頭ない。

 いつぞやの蟻人のスキル【絶対切断】と同じ効果の、しかし発動確率は【絶対切断】よりも上だが、一方でBOSSモンスターには無効でありながら、ただし部位破壊のみはその限りではないという注釈が入る、やはりイマイチ使い勝手の分からないスキル【一刀両断】を放ち、残された最後の右側の翼の一枚を切断する。


「まだだ……!」


 魔力を刀身に乗せて振るうことで、斬撃の軌道に沿って乗せられた魔力が直線状に奔流として放たれ、広範囲の敵を攻撃することのできるスキル【無明神刀(むみょうじんとう)】を、ティアマントの頭部から尻尾側へと繰り出し、放たれた魔力の斬撃がティアマントの背部を下ろすように開いていく。


「まだ、まだ……!」


 これぐらいでは、ティアマントを倒すには程遠い。だからこそ、間髪入れずに【神刀滅却(しんとうめっきゃく)】のスキルを畳み掛ける。

 【無明神刀】を広範囲を巻き込む多人数用のスキルとするならば、【神刀滅却】は一撃の威力に特化したスキル。かつてはレベル800の竜族も一撃で葬ったこともあるそのスキルが、ティアマントの胴体に袈裟懸けに斬るように決まり、鮮血が吹き出る。

 

 その辺りになってようやくティアマントも動けるようになったのだが、既に俺は仕込みを終えていた。

 最初に投擲して翼膜を貫通した土轟竜の槍斧を回収し、そしてそれを、今度は槍の部分を地面に突き刺す。途端に、周囲を突如として大きな揺れが襲う。


 土属性のと地属性の魔法に特化した竜である土轟竜の素材で作られた槍斧には、一つの特殊能力がある。それは武器の破壊と引き換えに、一定範囲内の地殻を自在に操るというものだ。

 初日に亀裂に落ちた俺は、その際に地層を【測定Ⅹ】のスキルを使って観察することで、周辺一体の近くがどうなっているかのおおよその見当をつけている。それがどの程度当たっているかなど知る由もないが、ある程度でも当たっていれば、近くを自在に操ることなど十分可能だ。

 例えば、ティアマントの足元に、その巨体すら落ちてしまうような巨大な穴を生み出すとか。


「GURUOOOOOOOOOOO!!」


 足元にできた穴に驚きながらも、ギリギリで前足を淵につけて這い上がろうとするティアマント。もっとも、いずれ自重で自滅するのは目に見えているが、それを待つほど俺には余裕がない。


「大人しく落ちていろ!」


 これまた使用するのに利用した刀を消滅させることと引き換えに、千と九発の遠距離斬撃を放つスキル【悪千九刀】を放ち、ティアマントへと斬撃を次々と降らせる。

 その半分以上はその巨体に面白いように命中し、命中しなかった分も、ティアマントがしがみ付いている淵の周辺に落ちたりして、結果的にはティアマントを穴の中に落とす手助けとなる。


 そうしてティアマントが穴のおく不覚に落ちたところで、仕上げをする。


「【隕石の暴雨(メテオレイン)】!」


 唱えたのは古代級土属性魔法。魔力が続く限り大きさも自在な隕石を生み出し、範囲内に降り注がせると言う大規模破壊魔法である。

 俺がそれを発動させた瞬間、雲ひとつない空から次々と人間よりもずっと大きな隕石が穴の中へと降り注いでいく。


 当然、こんな魔法がいつまでも持つわけがない。例え俺であっても、たちまちの内にMPがそこを付いて解除される筈だった。

 だが今の俺には、事前に大量に製造して貯蔵しておいた【魔法薬Ⅹ】がある。俺はそれを適宜飲みながら、魔法を維持するだけで良い。


「GUGAAA…………」


 始めは聞こえていたティアマントの咆哮も、次から次へと降り注ぐ隕石の落下音に呑まれて掻き消える。それでも尚隕石は降り注ぎ、それは穴が隕石によって埋め立てられるまで続いた。

 もっとも、その時点で【魔法薬Ⅹ】はストックがつき、残ったMPも上限の半分くらいなので、実質限界まで魔法を発動させていたのと変わらないが。


 そして残ったのは、隕石で一杯になった穴のみ。その下には当然ティアマントの体があるわけだが、生死は不明だ。


 起き上がってくるな、出てくるな。


 ズンッ、と腹から重い音が聞こえてくる。同時に全身を衝撃が襲い、続いて灼熱感と、激痛。喉元からは血がせり上がってくる。


「カフッ……!」


 信じられない、信じたくない一心で視線を下に向ける。そして後悔する。


 腹部には穴が開いていた。その穴を開けたのは、黒い鱗に覆われた鞭のような物体の尖端。そしてその物体は、たった今俺が埋め立てた穴の中の隕石を押し退けて伸びていた。


「クソ、がぁ……」

「GGYGYAGYAGYAGYAAAAAAA!!」


 穴を満たしていた隕石が押し退けられる。そして這い上がってきたのは、俺を貫く尾の持ち主であるティアマント。

 その全身は鱗が剥げ、血が溢れていた。重傷であることは一目瞭然なのに、未だティアマントは倒れる事無く立っていた。


「化け、物が……ぐぅッ!!」


 尾が蠕動運動を行い、内蔵が掻き回される。その痛みに呻く。

 五千万年間生きていて始めて体感するその痛みに、【痛覚鈍化Ⅹ】が発動しているのにも関わらず俺の視界は赤く染まる。ボウルの中で掻き回されるひき肉の気分はこんなものだろうかと、どうでも良い事まで考えてしまう。


「ちく、しょう……」


 両膝をつく。体に開けられた穴からは急速に血が失われていっていた。未だ尾が刺さったままの状態でこれなのだから、尾が抜かれたらどれ程の血が流れるのかは、想像もつかない。


 【回復薬】の弱点が、これだ。【回復薬】にしろ、回復魔法にしろ、治すのは傷だけで、失われた血は元には戻らない。だからこそ、出血というのは早急の止める必要があるのだ。

 これまでの戦いで負った怪我は、大半が打撃による内部損傷あったり、あるいは出欠を伴わない火傷や凍傷であったりと、派手に血が流れる事はなかった。だがここに来て、一気に大量の血を失う事となる。


 勝てるわけ、ない……。

 こんな化け物相手に、これ以上どう戦えば良いと言うんだ?


 生半な攻撃は全て無効化され、必死の思いで傷を与えてもすぐに再生してしまう。そして渾身の策が完璧に決まっても、倒しきることはできなかった。

 しかも攻撃力は強力無比で、俺なんかでは到底張り合うことはできない。いや、張り合うほうが間違いなのか。


 ああ駄目だ、思考がどんどんマイナスに傾いて行っている。良くない兆候だ。諦めればそれだけ体は生きようとすることを放棄する。そうすれば死ぬ。諦めては駄目だ、まだ負けが決まったわけじゃない。

 まだ防具だって生きているし、武器だって失ったのは槍斧と刀だけだ。双剣は役に立たないとしても、重剣はあいつの喉元にあるじゃないか。


「それ、だ……」


 まったく、俺と言う人間……かどうかは不明だが、存在はひどくしぶといらしい。この土壇場で、生き延びる可能性を見出しやがった。


 こういうのを、フィクションでは主人公補正と言うんだったか。だが今の俺なら、それは違うって言える。なにもこれは、主人公に限った話じゃない。

 人間、死の淵に立てば必死になって生きる方法を模索する。そしてそういった方法は、案外そこいらに転がっているものだ。それに死ぬ気になった人間が加われば、十分に逆転の展開は現実的にもあり得る。


 そんじゃ、俺が思いついた一つの、まるで冴えない醜い方法を試すとするかね。


「んぐっ、ああ……」


 動くのに邪魔な尻尾を力任せに抜き取る。その際に激痛が走るが、なんとか耐える。頑張れ俺、男だろう。

 だが出血のほうはいかんともしがたい。これではあまり時間も掛けられない。

 かといって、傷を癒す暇などない。そんな隙など、ティアマントは与えてくれたりはしない。


「……【雷帝の咆殺哮(ノス・デヴィリシア)】」


 残り少ないMPを振り絞り、古代級雷属性魔法の雷撃を放つ。狙いはティアマント―――の喉元に埋まっている星楼鉱の重剣の柄。


 正直小さな的に当たるかは賭けだったが、ティアマント自身も負傷によるものか、それとも自分ならば耐えられるという自信によるものなのか、特に躱そうともしなかったお陰で、寸分違わず重剣の柄に雷撃が命中する。

 そして当然のように、雷は重剣によってティアマントの内部に伝導し、ティアマントの体内を蹂躙する。


「GYURURURURURURU!!」


 思ったとおり、ティアマントの持つ【魔法ダメージ軽減Ⅹ】のスキルは内部からの攻撃には働かないようだった。いや、それは俺が持っているものも同じか。

 ともかく、今までにないくらいに攻撃が通用しているようで、ティアマントは眼や鼻腔や口腔から黒くなった血を流して硬直していた。


「……【破滅を齎せし滅槍(クルヌ・カプリコス)】!」


 そして残るMPの殆どを費やし、超級滅属性魔法を詠唱。俺の手に、薄紫の燐光を放つ、黒く細い槍が生み出される。

 槍の長さは二メートルほど。中央に行くほど太く、端に行くほど細い、所々で枝分かれした奇妙な形状をしており、そして一番太い部位でも二センチ程度の太さしかなかった。

 そんなあまりにも頼りない槍を、俺は無気力な者がそうするように投じる。

 投じられた槍は、俺の投擲スキルのランクからは考えられないほどゆったりとした緩やかな放物線を描き、そしてティアマントの腹部に辛うじて当たり―――大きな風穴を開けた。


「CUOOOOOONN……!」


 穴の大きさは直径が七メートルほど。太さ二センチの、ヒョロヒョロの軌道を描いた槍が開けたとは、到底信じられないもの。だが、これはまだ控えめなくらいだ。

 うっかり制御を誤れば、術者である俺ですら消滅させてしまうほどに危険で、未だ高位の魔法は実践で使えないが、その代わりに滅属性の魔法は圧倒的で強力無比な破壊力を持つのだ。超級ともなれば、まともに投じて、尚且つ【魔法ダメージ軽減Ⅹ】がなければ、これの比ではない破壊を齎していただろう。


 腹部に穴をあけられたティアマントは、それでも緩やかに【自動治癒Ⅹ】によって傷を修復していた。どうやら重要な臓器は傷ついていないようだが、しかし今この時、ティアマントは確実に眼の焦点が合わさっていない、意識を失う寸前だった。

 その証拠に、その巨体はふらつき、今にも倒れそうだった。


「……ずっ、あああああああっ!!」


 痛みを堪えながらも【百歩騨】を発動。ティアマントの元へと駆け出す。


 ティアマントに限らず、竜が倒れるときはうつ伏せの場合が多い。それは竜の大半が四足歩行型であったり、前傾姿勢であるからだ。それはティアマントも例外ではない。

 そしてうつ伏せに倒れた状態ならば、足を地面につけた状態で剣を振るうことができる。踏ん張りが利くのと利かないのでは、振るう剣の威力には天と地ほどの差があるのだ。


「【土壁(アースウォール)】!」


 地面を盛り上げて壁を作る。そしてその上に、ちょうどティアマントの首がもたれる。

 あたかも、ギロチン台に固定された罪人のように。


「【筋力強化(ストレングス)】!」


 残ったMP全てを費やし、筋力値を増加させる。そしてティアマントに近づき、喉元に刺さっている重剣の柄を手に取る。

 未だ握ると痺れるような感覚が襲い、柄はかなりの熱を持っていたが、関係ない。


「ああああああああああああああああああああっっ!!」


 【破烈斬】を前回と同じように、もう一度発動。そしてバフが掛かった筋力値で、足元を踏みしめ全力で剣を真上に引く。

 最初は微動だにしなかった重剣だったが、やがて僅かに移動し、開いた隙間から血が溢れ始め、


「がぁぁあああああああああああああああああっっ!!」


 とうとうティアマントの首を切断する。


「はぁ……はぁ……!」


 全身から力が抜ける。重量のある重剣を持ってられずに、手から零れ落ちる。バフが解除され、全身を重い倦怠感が包む。

 駄目だ、まだ倒れるな。先に傷を塞がないと……!


 ――称号【龍殺し】を手に入れました。

 ――称号【王者の頂点に立ちし者】を手に入れました。

 ――スキル【下位竜族使役】を手に入れました。

 ――スキル【龍眼】を手に入れました。

 ――スキル【龍霊鎧】を手に入れました。


 亜空間から【回復薬Ⅹ】を取り出し、傷口に注ぎ込む。かなり沁みたが、あっという間に傷が塞がる。ひとまずこれで、失血死の心配はなくなった。


「……ひは、ひひゃひゃひゃ、けっひゃっひゃっひゃっひゃ」


 なんか変な笑い声出た。ここまで来ると、もう笑うしかない。


『ギリギリだったな』

「……悪趣味だ」

『なにを言う。いざという時に、すぐに介入できるよう待機していたと言え』

「物は言いようだ……」


 戦いが終わった頃に姿を現す、お調子者のようなキャラが兄貴の板についている気がする。まあ事実かもしれないが。

 それに兄貴の言う通り、本当にギリギリだった。とりわけ、最後のあれは、筋力強化だけではなく、瀕死の重傷を負ったときにのみ発動する始原魔(しげんま)のローブの筋力増加がなければなしえなかっただろう。

 どれか一つでも要素が抜けていれば、俺が逆に死んでいた。


『まあ、お疲れ様と言ったところだね』

「ああ……」


 こんな他愛もない言葉が、今はひどく嬉しく感じられる。これもまた、生きているという実感と言うやつだろうか。


 ――レベルが上がりました。

 999→1001


「……は?」

『どうした?』

「レベル……MAX1000の筈じゃ……」

『ああ、なるほど……』


 空で兄貴が喉の調子を整える音が聞こえる。嫌な予感しかしない。


『一体いつから、レベルが1000で上限だと錯覚していた?』

「なん……だと……?」

『上限を決めるのは俺たち。そして不老のお前に上限なんてあってないようなもの』

「……つまり?」

『まだまだ続くよチュートリアル。とりあえずこの後は、昔造っちゃったティアマントを超える龍を目標に頑張ろうかって、おーい?』


 兄貴の声が遠くに聞こえる。だがもういいんだ、疲れたんだ。

 お休み。



ひとまずこれにて1章は終了とさせていただきます。


 称号解説

・龍殺し 龍を殺したものの証。騒動に巻き込まれるようになる。

・王者の頂点に立ちし者 この称号を装備している間に【龍眼】のスキルで見たものを一体、自由に操ることができる。


 スキル解説

・下位竜族使役 自分よりも弱い圧倒的に竜族を意のままに従わせることができる。

・龍眼 睨んだものを金縛りにあわせる。

・龍霊鎧 龍の鱗と同等の硬度を持つ不可視のオーラを纏う事ができる。


 次章予告

『ごめ~ん、色々とやらかしちゃったから尻拭いして』

「ざっけんな! なんで俺がそんな事をしなきゃなんねえんだ!」


 ついに二億年の時を掛け、満を持して箱庭を出た秀哉。そんな彼に降りかかる数々の試練とは!?


「やっべぇ! 人と面と向かって話すの二億年ぶりで、どう話したらいいか分かんねぇ!」

「違うんです、誤解です! 俺はやっていない!」

「フヒヒ、お嬢さん。ちょっとその布の下を見せてもらおうか」


 乞う御期待!

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