いくらチート使っても頭の出来の悪さはいかんともし難い
ひとまず迷宮は終了。次回あたりに決戦に移行したい。
ステータス
名前 天神秀哉
種族 古代人類
称号 秘境の探索者
Lv 423
HP 52700/52700
MP 27500/27500
筋力 587
耐久 853
敏捷 1015
器用 637
知性 711
精神 488
《スキル》
【分析Ex】【剣術A】【双剣術D+】【刀術F-】【槍術B】【斧術F-】【投擲A】【体術B+】【ナイフ捌きB-】【臥震掌鍛】【踏襲脚】【遁走】【水面走り】【百歩騨】【破烈斬】【六連斬り】【無影双刃】【絶影双刃】【殴投刺突】【上級無属性魔法適性】【上級火属性魔法適性】【上級水属性魔法適性】【上級土属性魔法適性】【上級風属性魔法適性】【中級光魔法適性】【中級闇魔法適性】【詠唱省略】【魔力注入】【魔法付与】【自動地図作成】【隠密Ⅹ】【奇襲Ⅵ】【痛覚鈍化Ⅴ】【自動治癒Ⅶ】【掘削Ⅷ】【解体Ⅹ】【調理Ⅹ】【武器作成Ⅵ】【防具作成Ⅵ】【装飾具作成Ⅲ】【魔道具作成Ⅱ】【衣類作成Ⅴ】【裁縫術Ⅳ】【調合Ⅹ】etc.
装備
武器 炎水竜の剣
炎鎧虎と氷鎧狼の双剣
炎鎧虎の尖槍
ハンティングナイフ
投擲用ナイフ
胴 氷鎧狼の軽鎧
首 ウンディーネのアミュレット
肩 氷鎧狼のマント
腰 青石のベルト
腕 氷鎧狼のガントレット
足 氷鎧狼のブーツ
扉が重厚な音を立てながら開いたとき、最初に気づいたのは、扉の向こうから漂ってくる、ムンとした鼻をつく強烈な異臭だ。
顔面に重い拳を喰らったような、そんな錯覚すら覚えるほどの異臭に思わず仰け反り、続いて猛烈な吐き気を催してしまう。
昔、臭いもまた暴力だと言っていた級友がいたが、今ならそいつの言葉がよく理解できる。このレベルの異臭―――いや、もう取り繕うまい。悪臭は、暴力を通り越して兵器レベルだ。あの時代の最先端の科学技術を結集したとしても、こんな兵器は作れまい。
袖口で口と鼻を覆いながら、意を決して扉の向こう側に広がる暗闇の空間へと進む。すると数歩歩いたところで背後で扉が閉まり、続いて突如として頭上に光源が発生し、闇を照らし出す。
室内は、パッと見る限り一辺が二百メートル以上はある正方形に近い形状をしている。高さも百メートル近くあり、それまでの狭苦しい迷宮内の環境と比べて異質すぎるくらいに広い。
地面はそれまでの固い岩盤ではなく、穴を掘ることが可能な程度に柔らかな土と砂利が敷き詰められた、運動場のようなもの。その地面の上には、中世を連想させられる風化した石の墓標が、不規則に乱立していた。
そして、その広間の中央。そこにそれがいた。
かつては荘厳な姿をしていたであろうそれは、体の所々から骨が除き、ウジとハエが集っている。全身を覆っていたであろう鱗など見る影もなく、その下にある肉も見るからに不健康な茶色に変色しており、腐っているのは一目瞭然だった。
頭部から除く角や牙は折れていたり砕けていたりと、本来の機能を十分に果たせないのは間違いないだろう。だが返ってそれが、見ていて不安になるような気を起こさせる。
背中より伸びる豪奢なる翼も、片方は半ばから消失していて、もう片方は根元から消え失せており、代わりに一抱えはある鉄杭が背中から胴体にかけて貫通し、それを地面に縫い止めていた。
ドラゴンゾンビ―――【分析Ex】のスキルで確認するまでもない、そんな名称が脳裏に浮かび上がる。
それでも一応【分析Ex】で確認すると、【屍竜ヴァンデッラ】と出る。ついでにレベルは兄貴の言葉通り400であり、特殊能力として【無限屍獣創造(エンドレス・アニメイデッド)】の魔法を持っているという事も。
最悪だ。マジで最悪だ。
原型である【屍獣創造(アニメイデッド)】は闇属性の魔法であり、言ってしまえば獣のアンデッドを生み出す魔法である。別にそれ自体は良い。
だがその頭に【無限(エンドレス)】が付いていると、非常に厄介なものとなる。
魔法を使うとMPを消費する。それはBOSS指定のモンスターであっても例外ではない。
だが頭に【無限(エンドレス)】が付いていると、その魔法に限り無限に使える―――つまり、消費MPが0なのだ。今回の場合だと、相手は無尽蔵に獣型のアンデッドを生み出せることになる。
その推測が正しいことを証明するかのように、墓石の下から次々と、狼や虎や蝙蝠といったモンスターの死骸が這い出てくる。そのどいつもこいつもが、元はこの迷宮で出てくるモンスターだ。つまり、レベルが高いという事だ。
「【地獄の業火(ヘル・フレイム)】」
わざわざアンデッド共が地中から這い出てくるのをのんびりと待っているほどお人よしでもない俺は、即座に中央のヴァンデッラ諸共焼き払うべく魔法を発動する。
黒い炎が虚空より出現し、道中にいたアンデッド共を焼き払いながら、ヴァンデッラへと進んでいく。そして俺とヴァンデッラの間の半分くらいの距離を進んだところで、炎はヴァンデッラが吐き出した水の奔流によってかき消される。
「マジかよ!」
ヴァンデッラが吐き出したのは、俺が屍食い蚯蚓の体内から脱出するのに使用した【大河の砲撃(アクアカノン)】だった。
とっさに【土壁(アースウォール)】を使い壁を作り出すも、圧倒的質量の激流の前では紙くず同然のように粉砕され、直撃してしまう。
「ゲホッ―――!」
少なくともアバラが三本は折れた感覚がし、喉元に苦いものが競り上がってくる。それを飲み下しながらステータスを確認すると、今のでHPの二割が削られていた。
ウンディーネのアミュレットと青石のベルトによる水属性に対する耐性を持っていながらこれである。もし装備している物が別の物だったとき、どれほどのダメージを受けたかは想像したくもない。
「【蹂躙する灼獄炎(エル・デルーヴァ)】」
再びヴァンデッラが【大河の砲撃(アクアカノン)】を放つ動作を取ったため、今度は俺が現時点で使用できる中で最も大きな威力と範囲を誇る上級卑属製の魔法を放つ。
橙色の猛火の奔流と水の奔流がぶつかり合い、大爆発を起こして周囲にいたアンデッドを纏めて薙ぎ払う。そんな中で、猛火が水流に競り勝ち、当初よりも大分勢いを落としながらも本来の目標であるヴァンデッラを包み込む。
屍竜の全身を一瞬炎が包むが、しかしそれも短い間だけであり、徐々に炎の勢いは鎮火の方向へと向かっていく。おそらく然したるダメージは与えられていないだろう。
さて、想像するまでもない事だが、アンデッド系のモンスターの弱点は、一部の例外を除き、総じて光属性、次いで火属性となっている。
だが俺は、光属性魔法の適正はあっても、魔法そのものは習得していない。よって弱点を突くとするならば、火属性を使うしかない。
しかしここで問題となってくるのが、ヴァンデッラが【大河の砲撃(アクアカノン)】を使ってきたという事である。
【大河の砲撃(アクアカノン)】は水属性の上級魔法であり、同じ上級属性の火属性の魔法でも相殺される可能性が高い。【蹂躙する灼獄炎(エル・デルーヴァ)】であっても、大幅にその威力を減殺されているのだ。魔法ではMPを無駄に消費するのがオチだろう。
となると、次に考え付くのが、属性武器による攻撃だ。幸いな事にも、今の俺はそれを行う条件を満たしている。
水生の癖に炎を吐いたり水属性が弱点だったりと散々なモンスターである炎水竜の素材を用いた、火属性と水属性の二属性を兼ね備えた剣。
双剣の片方はともかく、もう片方は炎鎧虎の素材を用いて火の属性が付与されているし、同じ炎鎧虎の素材を用いた長槍も背中に担いでいる。持っている主要武器は、別属性も混じってはいるものの、総じてアンデッドに対して有効な得物ばかりである。
ただ、それらの武器を当てるとなると、必然【無限屍獣創造(エンドレス・アニメイデッド)】によって生み出されたアンデッドの軍団を掻い潜らねばならない事になる。
こうして戦法を検討している今ですら、先ほど【蹂躙する灼獄炎(エル・デルーヴァ)】によって大半を焼き払ったのにも関わらず、おぞましいまでの生産速度で地中より這い出てきている。
「はっきり言って分が悪いけど、やるしかないか……な!」
腰から炎鎧虎の双剣を抜き、投擲。投げられた短剣は軌道上にいたアンデッドの肉体を容易く貫通し、ヴァンデッラの胸部に命中。あいにく貫通とはいかないにしても、柄尻までずっぷりと埋まる。
その衝撃にヴァンデッラが仰け反った瞬間に【百歩騨】を発動し、炎水竜の剣を抜いて突貫。障害となるアンデッドは、弱点を突いた武器とスキルを織り交ぜて一撃の元に葬り去る。
左手から飛び掛ってきた【ハウンデッドドッグ】を下から掬い上げるように斬り裂き、返す太刀で背後から強襲してきた【ギールバッド】のアンデッドの群れを纏めて両断する。
前方からは【鎌蟻人】のアンデッドが数体近づいて来ており、そいつらと斬り合うのは愚作と判断。数歩手前のところで跳躍し、集団の中央にいた個体の肩の上に着地する。
足元と周囲の奴らが反応するよりも先に、そいつの頭を両足で挟み込み、捻じ切りながら後方跳躍。ちょうどヴァンデッラが放った【水圧狙撃(ウォーター・スナイピング)】によるウォータージェットの狙撃を背後の個体に押し付けて回避。着地したところで遅れて反転していた鎌蟻人を、背後から一刀のもとに斬り捨てる。
ようやく俺を認識した残り二体の鎌蟻人を始末しようとして、背後から強い衝撃。大型の獣の屍獣が体当たりしてきた為に前につんのめり、鎌蟻人の懐に潜り込んでしまう。対する鎌蟻人も、まるで俺を迎え入れるかのように六本の鎌を広げるが、甘い。
「どりゃっ!」
倒れこむ寸前に眼前に剣を突き立て、そこを起点に前方に宙返り。計十二の太刀全てが標的を空振り、俺の身代わりとなった剣に命中。そんな時に限って都合悪く【絶対切断】が発動し、炎水竜の剣は無数の断面の滑らかな破片となって地面に散らばる。
その結果に受けずに良かったと心底安心しながら、空中で身を捻ってその二体に蹴りを噛ましてから着地。背後の存在を気にせずにさらに前進する。
道中足元から震動が伝わってくるが、それも無視。ここは狭い迷宮の通路内ではなく、広大な広間なのだ。その中で【百歩騨】を発動させた俺の速度を捉えられはしない。
九十七歩。背後で【屍食い蚯蚓】のアンデッドが地面を突き破って現れる。無視。
九十八歩。ヴァンデッラが再び放った【水圧狙撃(ウォーター・スナイピング)】を回避。
九十九歩。ヴァンデッラが前足を振り上げるのが見える。それに応えるように、俺も背中から槍を手に取る。
「だっ、りゃぁぁああああああっ!!」
ちょうど効果が切れる百歩目で、大ジャンプ。振り下ろされた前足を回避し、ヴァンデッラの眼前へと躍り出る。
途端に強くなる腐臭。だがそれも無視。優先順位を見誤るような愚は犯さない。
手に持った槍を右手だけで、逆手に持ち帰る。そして跳躍の軌道が頂点に達し、ヴァンデッラの鼻面が目と鼻の先に迫った瞬間にスキルを発動。
槍術系スキル【殴投刺突】は、槍術系スキルであると同時に投擲系スキルでもあるという珍しいスキルである。
逆手に持った槍を投げるように、しかし手放さずに眼前の鼻面を殴り付けるように放つ。
【殴投刺突】によるダメージ補正と俺の持つ【投擲A】の補正、そしてさらに炎鎧虎の尖槍の特殊能力である『刺突攻撃に限りダメージアップ』の補正も加わった強烈な一撃は、ヴァンデッラの鼻面に命中し、頭部を纏めて吹き飛ばす。
普通ならばそれで終わりだ。頭部を破壊すれば、大抵のモンスターはHPが0になるからだ。だがこのヴァンデッラは、大抵の区分に入らない。
「う、ぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」
長槍をヴァンデッラの吹き飛んだ頭部の断面に突き刺し、重力による落下の力を利用し、その長い首を両開きに斬り裂いていく。その際に飛び散った腐肉の飛沫が俺の全身を余す事無く汚す。気分は最悪。そしてその反面、最高に高揚していた。
腐っているためかろくに抵抗がなく、ただぶら下がっているだけなのに、面白いようにヴァンデッラの首を開いていく。そして胴体部まで落下したところで、貫通している鉄杭に脚を引っ掛けて停止。槍を引き抜き、鉄杭を蹴って胸部まで跳躍。埋まっていた炎鎧虎の双剣の片割れを見つけ、貫き手を突っ込み、柄を引っつかむと、体術スキル【踏襲脚】を使い、胸板を踏みつけるように蹴り、長い滞空時間の末に地面に落下する。
全身に浴びた腐肉と腐汁の凄まじい臭いに顔を顰めながらも、上を見上げてヴァンデッラの姿を確認する。するとそこには、傷口を泡立たせて緩やかに再生していく屍竜の姿があった。当然、吹っ飛ばしたはずの頭部も生やすようにして再生している。
【自動修復Ⅸ】―――ヴァンデッラが持っているスキルの一つであり、頭部を吹き飛ばしても死んでいない理由の一つでもある。
俺の持つ【自動治癒】と同じく、傷を治しながらHPを回復させるスキルではあるが、【自動修復】は【自動治癒】とは違い、欠損した部位の再生まで行えるのだ。
それでも通常は腕や足など、失ってもすぐに死に到るようではない体構造のみの再生に限られるのだが、アンデッドには体構造の機能などあって無いに等しい。その為、アンデッドに限りこのスキルを保有する場合、たとえ頭部を破壊しても一撃死とはなりえない。きちんと正攻法で、HPを0にする必要があるのだ。
「ガルァッ!」
「っ!?」
ヴァンデッラの観察に気を取られ、周囲に群がってきていた屍獣共に対する対応が遅れてしまっていた。
それでも長槍をしっかりと両手で持ち、時には突き、時には薙ぎ払い、順次アンデッドを葬っていく。だがしかし、数の暴力は侮れるものではなかった。
切っ掛けはヴァンデッラが【大河の砲撃(アクアカノン)】をアンデッドごと俺に対して放ってきたことだった。今度は俺もそれにしっかりと反応し、氷鎧狼の双剣を手に持ち、その氷属性の冷気によって押し寄せる奔流の全てという訳にはいかなかったが、一部を凍らせて威力を減殺する。
結果として、奔流そのものを止める事はできなかったが、本来発揮するはずだった威力を大幅に削り取った状態で受ける事となり、押し寄せる奔流に押し流されながらも微々たるダメージだけで済ませることができた。
だがそれは、一緒に押し流されたアンデッドも同様だった。
「んぎ、がぁぁぁああああああっ!!」
最初にハウンデッドドッグが、俺の左肩に喰らい付いてくる。途端に、メリメリッ、と皮膚を破られ、筋繊維ごと血管や肉を喰い千切られる感覚と激痛に、視界を赤く染めて絶叫を漏らす。
【痛覚鈍化】が発動していなければ気絶していたであろう激痛にもがくも、腐っているくせに信じられないほどの力を発揮し、ハウンデッドドッグは離れない。そしてそうもたついている間にも、同じように別の個体が起き上がり、次々に右腕、左脚にと喰らいついて来る。
「がっ、痛ぅ……」
完全に地面に押し留められた俺の視界に移ったのは、鎌蟻人の鎌と、さらにその背後で、大口を開けて【大河の砲撃(アクアカノン)】を放とうとしているヴァンデッラの姿。最早なりふり構って入られなかった。
「こん、の……【霧爆裂(ミスト・エクスプロード)】!」
水蒸気爆発を引き起こすこの魔法は通常の爆裂魔法と違い、水属性に属する魔法である。その為ウンディーネのアミュレットと青石のベルトの能力で大幅にダメージを減殺し、尚且つ衝撃などはそのままに、自分も範囲に巻き込んで強制的に喰らい付いていたアンデッドを引き剥がし、【大河の砲撃(アクアカノン)】の範囲から逃れる。
「いってぇ……クソっ、いてえ! おまけに臭いし、最悪の気分だ!」
そう思わず怒鳴ってしまいたくなるぐらいに、最悪だった。
一応【自動治癒Ⅶ】で緩やかにHPと傷ともに回復していってはいるが、全快には程遠い。それは相手も同じなのだろうが、時間を掛ければ掛けるほど向こうも削ったHPを回復していく。さらに加えて言えば、無限に出現する屍兵のせいもあり、長期戦になればなるほど俺が不利になる。
そんな中で、最も得意とする武器である剣を失い、元からポーションを始めとしたアイテム類は枯渇している。これを最悪と言わずして、なんと言う。
「まあ、うだうだ言ってても始まらねえけどなっ!」
時間を掛ければ不利になるのは百も承知。だが一方で、長期戦は避けられないという事も百も承知。ならば不利になるのは確定事項……いや、すでに不利になっている。
そうとくれば、もうなるようになるしかない。策など無い、正攻法によるゴリ押しである。
「グォォォオオオオオオオオオッッ!」
「【蹂躙する灼獄炎(エル・デルーヴァ)】!」
そうして、ヴァンデッラの放つ【大河の砲撃(アクアカノン)】を迎え撃つように、本日二度目となる猛火の魔法を放った。
――――――――――――
戦いは丸々一日続いた。その末に、とうとう俺はヴァンデッラを撃破することに成功する。
「っはぁ……!」
ヴァンデッラがゆっくりと灰となって崩れ落ち、それにあわせるように屍獣の群れも灰に変わっていく。その光景を見ながら、俺は両手両膝を付いて疲弊しきった息を吐き出す。
言うまでも無く、ギリギリの戦いだった。HPは500を下回り、MPは戦いの途中で枯渇するという有様だった。
『いやぁ、お疲れお疲れ。見ていて熱くなるような戦いだったよ』
「あ、兄……兄貴、か?」
天井から声が降ってくるが、それが誰の声なのか判別できない。鼻はとっくに馬鹿になっていたし、視界も霞み、耳もどこか遠い。
『やれやれ、自分の兄の声も忘れるとは……そんな薄情な弟にはこうだ!』
空など無いはずの室内に、突如として土砂降りの雨が降り注ぐ。俺の頭はたちまち覚醒し、体にこびり付いた悪臭と腐肉と腐汁を洗い流した。
「サンキュー。魔力が尽きてどうしようかと思ってたところだよ」
『どういたしまして』
程なくして雨はやみ、代わりにカラッとした快晴となる。地下なのにも関わらず、だ。本当に神は反則だ。
「兄貴。俺はクリアしたぞ。約束どおり、報酬を―――」
『実はそのドラゴンゾンビ、中ボスなんだよね』
「ざっけんな!」
中ボスだと!? あれが!? ならボスはどれだけ強いって言うんだよ!
『あっはっはっはっ、嘘だって。冗談。ちゃんとレベルは400だっただろ? それがボスであるなによりの証拠じゃないか』
「死ね!」
心臓に悪すぎる冗談だっての。
『一応お前を励まそうと思っての冗談だったんだけど……まあ仕方ない。約束は約束な訳だし、報酬を渡そう!』
そう兄貴が言った途端、突如として景色が変わる。
場所はおそらく地下。だが先ほどまでいた地下迷宮のような場所ではなく、はるか頭上には久しく見ていなかった青空広がる地上があり、俺の後方にはここまで降りるための石階段があった。
そして前方には、高さ二メートル前後の両開きの扉。昔馴染みの完全な鉄製の門に、並ならぬこだわりが見て取れた。
『さすがに一度に渡すと、お前が圧死しちゃうからね。そこはお前の拠点のすぐ近くにあるわけだけど、その扉の向こうは図書館になっている。そこにある魔導書全てが報酬だ』
兄貴の言葉通り、扉の向こう側には図書館の光景が広がっていた。
真っ赤な絨毯の敷かれたフカフカの床に、室内一面に規則正しく並ぶ多数の本棚。そしてその本棚のおよそ半数には、魔導書がズラッと並んでいる。ちなみに残り半数は、見事なまでの空だ。
「すっ、げぇ……」
思わずそう呟いてしまう。それ程に、見ていて圧倒される光景だった。
確認した限り、全部で五階分の高さがあり、それぞれの階を区切る床は無く、階段と通路のみ。それだけでも圧倒されるというのに、天井には豪華絢爛という言葉が似合うシャンデリアが吊るされており、さらによく見てみれば、設備である本棚も精緻な金細工が施されており、机や椅子も、素人である俺が見てもすぐにそうと分かるぐらいに高級な物だった。
ふと既視感に襲われる。まるで、過去のものとなったかつて俺が生きていた時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥る。それだけ圧倒的で、場違いな雰囲気だった。
『気に入ってもらえたようで何よりだ。紙と筆記具は手前の机に常備してある。足りなくなったら俺たちが補充しておこう』
「……兄貴、なんで羽ペンで、なんでインクなの?」
『その方がロマンがあるだろうが!』
「だよね! 聞いた俺が馬鹿だった!」
まあ書けるならそれでいいが。上手く扱えるかね?
『では、頑張れよ』
言われるまでもない。俺は早速調べ物に没頭した。
魔導書と言っても、なにも魔法の儀式について書かれた物だけが魔導書というわけではない。魔法に関する基礎から専門的な知識や考察など、そういった類のものをひっくるめて書かれた本の総称が魔導書なのである。
前の時点の俺は、魔法の儀式について書かれた魔導書しか読んだことが無かったため、そのあたりの基礎的な知識が欠如していた。というよりも、兄貴たちが意図的にそうしたのだが。兄貴曰く「理論から入るよりも実践から入ってから理論をやったほうが覚えやすい」だそうだ。俺には違いがさっぱり分からなかったが。
それはともかく、調べていくうちに、俺はつくづく無知だったのだなと実感していくことになる。
兄貴たちが構築した魔法のシステムには、大まかに分けて、全部で十四の属性があるようである。基本属性である無、火、風、水、土、闇、光にそれぞれの上位属性である毒、焔、雷、氷、地、滅、聖の十四個である。
俺個人的には無属性の上位が毒だったり、風の上位が雷だったりする事に読んでいて疑問に思わなくもなかったが、どうやら上位属性というのは便宜的な呼び名であり、上位であるからといって必ずしも優れているという訳ではないらしく、中にはまったく性質の違う属性があるのだとか。どれとどれの事なのかは、考えるまでも無い。
ともあれ、その計十四の属性に加え、ごく稀に亜種属性とも特殊属性とも言うべき属性がある―――というよりも出現させる予定なのだそうな。具体的には、時とか空間とか。まあ定番といえば定番だ。
そして魔法のランクについてだが、てっきり俺は上級までで終わりだと思っていたのだが、実際は下から初級(下級)、中級、上級と来て、さらにその上に最上級、超級、古代級、神位級とあるのだそうだ。最上級と謳っているくせに、実際には四番目とはいかがなものか。
そういった具合に、俺はしばらくレベル上げや装備の充実といった作業の一切合財を放り出し、頭の中に知識を叩き込む作業に従事した。
魔法の各属性の特徴や長所や短所、そして魔法の組み合わせや原理や成り立ち(ここら辺はあまり理解できていない)など、全てである。
現時点で図書館にある魔導書に記されている魔法の数だけで、数万では足りない。それらすべてを習得するのに、果たしてどれほどの時が掛かるのかは分からない。だがそれらの魔法と知識を組み合わせれば、果たしてどれほどの力になるのかは、想像も付かない。そしてそれは、ティアマントとの決戦の時に大きな力となる筈だった。
「とりあえず、まずはこの知覚強化の魔法から習得するか」
その為にも、まずはこのポンコツな頭の改良から始めることにした。
・ヴァンデッラ
BOSSモンスター
Lv400(800)
元は水を司る水竜であり、アンデッド化し屍竜となったドラゴンゾンビ。本来ならば最上級までの水属性魔法を扱うのだが、レベルを半減されたことによって使用不可となる。また【自動修復】のランクもⅨではなくⅩであった。本来のスペックで戦えば、凄まじい苦戦を強いられることは必須。
【無限屍獣創造(エンドレス・アニメイデッド)】という、迷宮内に出現するモンスターを屍獣として無限に生み出す特殊能力を有している。




