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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
三章「魔の饗宴」
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神々の独白そのに

「さて、会議を始めるか」


 モノトーンの模様の床と壁紙が目立つ部屋の中で、円形のテーブルに等間隔に並ぶ五つの人影。

 かつて五人の天才と称えられた彼らは深刻な表情で椅子に座り、その中で代表して秀哉の兄である天神蛍が話し始める。


「今回の議題は、俺たちが生み出してしまったあいつら―――暫定的に『アンノウンX』と呼ぶが、そいつらをどうするかだ。まずは事の次第の纏めを……メロナ」

「ええ」


 呼ばれたメロナ・ライコバリーが資料の束を手に持って立ち上がる。


「では皆様、お手元の資料の三ページ目をご覧ください」


 表情は深刻そうなのにどこかノリノリな声で、そんな事を言う。


「事の次第は数ヶ月前に、箱庭をニューアースの大陸日凪に移動させた時まで遡ります。

 当時のニューアースにおいて、最も箱庭に環境が近く、最も凶暴な生命体が犇く日凪の中心に箱庭を上書きする形で移動させた訳ですが、それが全ての騒動の原因となります。

 いくらニューアースで最も危険な地と言えども、やはり箱庭とは棲息する動植物も環境も雲泥の差があり、転移させた瞬間より箱庭の生命体は日凪の原生生物を淘汰し始めました。特に龍を筆頭としたボス級モンスターは縄張りを広げんとばかりに日凪の生態系の頂点に立つ種族たちを屠っていきました。結果、現在において日凪原生の種は当初の十パーセント未満にまで減ってしまいました。ここまでは良いでしょうか?」


 蛍も含めて、メロナの言葉に沈痛そうな表情で力なく頷く。


「しかし、問題はそれだけに留まりませんでした。

 今でこそ唐突に現れた多数の新種の生命体との熾烈な生存争いと唐突な環境の変化に手を拱いている箱庭の生命体ですが、やがて箱庭の生命体を駆逐する形で決着を付けるでしょう。そうなった場合、次に起こる事で考えられるのは―――箱庭の生命体が海岸線まで辿り着き外洋に進出する事です。そしてそれが現実のものとなった場合、ニューアースの生命体に抗う術は無いでしょう。要するに、また人類は絶滅する事になります」


 他の四人が重々しく頷く。

 だが彼らの表情に浮かぶ沈痛さは、それが原因ではなかった。


「そこで我々は一計を案じました。箱庭の生命体が外洋進出を果たすまでおよそ半年ほど。それまでに箱庭の生命体の数を減らす事で外洋進出を阻止しようと。そうして生み出されたのが『アンノウンX』です。

 『アンノウンX』に求められたのは、箱庭の生命体の数を減らす事。つまりは、龍をも抑えてヒエラルキーの頂点に立つ事です。その為に『アンノウンX』には大きく分けて三つの強力な能力が与えられています。

 一つ目は、殺されても即座に身体を再生させて復活する事ができる能力です。

 そして二つ目が、再生する際にその殺された時の戦闘データを元に解析を行い、自分を殺した相手に対する耐性を得る能力です。これはラバルゴミがかなり前に組み立てたスキルで、既にニューアースにてとある魔神に与えて効果を実証済みです」

「ちょっと、何で秘書モードなのに僕の事をゴミ呼ばわりなんだい!?」

「黙りなさい」

「…………」


 ラバルが立ち上がり猛然と抗議をするが、それをメロナは底冷えする声で切り捨てる。

 その短い言葉には、明確な意思が込められていた。曰く「こんな面倒な事態になった原因の一端はお前が担っている」と。


「そして三つ目が分裂です。勿論、分裂の際に情報は互いに共有されます。これにより、死ねば死ぬほど強くなる『アンノウンX』はネズミ算式に数を増やしていくことになります。それこそ、龍をも淘汰し箱庭の頂点に立つくらいに。そして現在も尚、爆発的に数を増やしていっています。

 結論から申し上げますと、このままですとおよそ二ヵ月後には『アンノウンX』は外洋に進出し、ニューアースを蹂躙するでしょう」


 説明を終えて、メロナが座る。

 そして再び蛍が議長として会議を進行していく。


「という訳だ。ホムンクルスも殆どが倒されていて、予備戦力も枯渇している。でもって、隔離しようにも数が増えすぎていて尚且つ広範囲に散らばっているお陰でイタチごっこになるのが関の山だ。さて、以上の事を踏まえてこれからどうするかを話し合っていこうか。誰か何か良い案はあるか?」

「……アンチ・アンノウンX・ワクチン―――『AU』の作成は?」

「自分で分かってる事を聞くな。作成に俺らが全員で不眠不休で取り組んだとしても、完成までに丸一年掛かるというのが見立てだっただろう。そんな事をモタモタとやっている暇は無い」

「新たに『アンノウンX』のみに対してだけ天敵となり得る種を創造したらどうかしら? 案は大体三十種ほど思いついてるわ」

「実際に形にするのにどれくらい掛かる?」

「……私たちが不眠不休でやって、最短でも二ヶ月ほどかしら?」

「俺の思いついた種もそんな感じだな。最長だと二百年とかいう試算が出たわ」

「勝ったね。僕の場合は最長で六百六十六年という試算が―――」

「黙りなさい」

「…………」

「まっ、要するにやるとしてもギリギリで、しかもその間他の一切の事に割く余力も無くなる訳だから、万が一の事が起きた時に対応できなくなる。最後の手段とするべきだろうな」

「箱庭ごと隔離するのはどうかしら?」

「しても良いだろうが……」

「そうした場合、秀哉君が使い魔を一切呼べなくなってキレるだろうね。

 それに隔離したとしてもやっぱり使い魔たちと『アンノウンX』は同じ空間内に置かれる訳だから、隔離された空間内で逃げ場もなく淘汰されてしまう」

「別々に隔離すれば良いだけの話じゃないの?」

「なら聞くが、お前は秀哉の使い魔を全て把握してるのか?」

「…………」

「そういう訳だ。で、他に案は?」


 蛍の言葉に、それまで沈黙を保っていたヴィスヒツが口を開く。


「……哭獣を、再び創造するのが最善だろう」

「あーあ、こいつとうとう言いやがったよ」

「まったく、全員分かってて黙ってたというのにねえ」

「空気を読みなさいよね」

「ただでさえ口数少ないのに、その少ない発言も失言というのはどうかと思うわ」

「…………」


 ぼろくそに批判されて閉口する。いや、ただ単純に言う事を言い終えたから口を閉じただけかもしれないが。


「まあ、確かに哭獣なら『アンノウンX』共を淘汰できるだろうけどよ」

「元々秀哉君に倒させる為に創造したやつだから、やっぱりワクチンは作ってないしね」

「どうせ外洋に進出するでしょうし」

「まあ、大量の『アンノウンX』と四体の哭獣とどっちがマシかと言えば哭獣だと思うけどもね」

「それに、いざとなれば哭獣だけを隔離すれば良いだけの話でしょ」

「もしくは秀哉に倒させるかだな。前に確か【闇哭獣】の素材がねえとか言ってたし。ただなぁ……」


 ヴィスヒツを除く四人が苦々しい表情を浮かべる。


「……【天哭獣】と【闇哭獣】は仲が悪い」

「生息圏が被ってるからね。仕方ないと言えば仕方ないけど」

「しかも、あれらは偶然の産物でまだ詳しく解明し切れてないから、四体纏めて生み出す事しかできないのよね」

「だから【天哭獣】と【闇哭獣】が争うのは必死だ。しかも下手に実力が拮抗しているから決着なんか付かないしな。生み出されてから秀哉に討伐されるまで日夜ずっと戦い続けてたし」

「で、余波で物凄いことになるんだよね。日凪だけに留まれば良いけど」

「日凪が駄目になる時点で大損害よ。まだあの大陸には利用価値はたくさんあったのに」

「このままニューアースをリセットする羽目になるよりはマシだと思うわよ。どの道研究の遅れは免れなさそうだし」

「こんなんだったら、もう少し哭獣について詳しく研究しておくんだったな。他にも研究したいことが山ほどあったとは言え、悔やまれるな」


 蛍が髪の毛をガシガシと掻きまわし溜め息を吐くと、指を鳴らしてホワイトボードとマジックを出現させる。

 そしてそのボードにマジックで『哭獣を再創造する』と書き込む。


「エルナ、哭獣の設計図はお前が保管してたよな?」

「ええ、そうよ」

「創るのにどれくらい掛かる?」

「そうねぇ。細かい部分を『アンノウンX』用に調整する必要があるから、大体二週間ぐらいかしら」

「不眠不休で?」

「不眠不休よ」

「そうか……」


 不眠不休という言葉に、蛍は勿論ラバルやメロナも心底疲れた表情を浮かべる。


「ま、とりあえず一つは決まったな。でもって、次の議題だが……」


 ボードの『哭獣』のところに矢印で『不眠不休二週間』と書き込み、次に『対アンノウンX用』と書き込む。

 そしてそれらを円で取り囲み、大文字でデカデカと『誰が秀哉に伝えるか?』と書き込む。


「一応聞く。進んでやりたいって奴は居るか?」

「「「「断じてノー」」」」


 四人の声が合わさる。それも全員が蛍の「居るか」のかの文字を言い終えるよりも先に答えていた。


「だよなぁ。そこら辺も含めて改めて話し合うか」


 会議はより混迷していく。

 結論は当分に出そうに無かった。





次の本編の話の冒頭に来る筈の話だったんですが、本編との温度差が余りにもあり過ぎて分割して投稿する事にしました。

一応伏線らしきものも無きにしも非ずです。

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