表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
三章「魔の饗宴」
39/44

目覚める竜帝

「【熱獄の絢爛拳(エル・ヴァンデル)】」


 虹色の鮮やかな、しかし実に数千度という超高温の古代級火属性魔法のグローブを嵌め、眼前の氷壁に【体術SS+】の織り成す連撃を叩き込む。

 拳が打ち込まれるたびに嵌められたグローブが一際派手に燃え上がり、その欠片が飛び散る様はさぞかし綺麗な光景だろう。俺もかつて相対したモンスターがこの魔法を使った時は、戦闘中だという事を忘れて見惚れたものだった。


「【徹甲崩拳・砕】!」


 連撃があっという間に三桁に登り、それでも氷壁には傷一つどころか水滴一つ付かなかったので、現時点で放てる中で最大の破壊力を誇る拳を叩き込み、氷牢全体を揺るがす。

 だがそれでも結果は予想通り、鏡代わりになりそうなほど滑らかな氷壁が聳えていた。


「さっみぃっ!」


 魔法の効果が切れて、意識が現実に引き戻されると、途端に肌を刺す冷気が脳に信号を送り付けてくる。

 物凄く寒い。いや、寒いなんてものじゃない。物凄く痛い。肌を刺すというよりも、肌を毟られるという表現の方が近いかもしれない。どっちが痛みとして上かは知らないが。

 兎にも角にもその冷気は耐え難く、後方宙返り四回捻りの無駄な動きをして畳んでおいたローブの側に着地し着込む。


「なにやってんだ俺は」


 本当に何やってんだよ。

 氷点下120℃の極寒地でローブ脱いで防具外して上半身半袖でスパーリングとか、アホにも程がある。


「クッソ、寒ぃ。二億年生きても耐寒力ちっとも身に付かないのな」


 もう呼吸するだけで鼻が痛い。かつてロシアの方々はこんな日常を過ごしていたのかと思うと、本当に頭が下がるね。


「【絶対封殺氷牢(コキュートス)】とか喰らったの、蒼藍龍そうらんりゅう戦以来だったか。何だっけな、あの個体の名前。ニブイヘイムとかそんな酷い感じの名前だった気がする」


 名前は酷かったが、戦い自体は凄惨を極めたな。ガチで凍死しかけたし、溺死しかけたし、もう散々だったっけ。龍との戦いはどの個体であってもロクな内容じゃない。


 腕時計を見ると、この氷牢に閉じ込められてからまだ三時間しか経っていない。残り四十五時間もこの極寒の地に閉じ込められたままとか、考えるだけで気が滅入る。


「本当にさぁ、うんざりしてるのよ。まだ三時間しか経ってないけど、早くもこの環境に。この落とし前どう付ける訳?」

「…………」


 答えは返って来ない。そんなのは最初から知っている。

 最初の一時間はラヴォスマだかマヴォラスだかは、よく耐えていた。失禁して泣き叫びながらも、絶対に話すものかと頑張っていた。

 次の一時間は凋落ぶりが酷かった。殺してくれ許してくれ叫びながら、知ってる限りの事を誠意を持って話してくれた。

 最後の一時間は特に語ることは無い。聞きだせる事全部聞き出した後に適当に暇潰しを続けていたら、もう悲鳴すら上がらずに放心状態になった。


 発狂すら通り越した状態になった奴を引き戻す術を、生憎俺は持っていない。なので仕方ないので、仰向けにして手足に杭を打ったきり放置している。


「結局分かったのは、二百年前に『アスバル迷宮砦』を建設する直前に人間側を裏切って魔側についた事と、魔側についてからはずっとさっきの魔王に付き従っていた事ぐらいか。後は裏切った理由とか寝返った経緯とかあったけど、それは割りとどうでもいいし。マジで使えなかったなコイツ」


 『大侵攻』を含む詳細については、元人間であるコイツには一切教えられる事は無かったらしい。病的なまでに用心深い。

 つまるところ、知るべき事を知るにはあの魔王から聞き出すしかないという事で、つまりは禍喜まがきどもの拷問が終わるのを待つしかないのだが……


「あいつら、無駄に粘着質で残虐だからな。終わるのに結構時間掛かるよなぁ」


 こうなると分かっていたら、最初から禍喜まがきどもに任せていたというのに。

 まあ今さら嘆いたってしょうがない。それよりも少しでも今後の展開を楽にするように、今のうちから動いていたほうが建設的だろう。


「とりあえずこの件の元凶には後ほどにきっちり落とし前を付けさせるとして……面倒くさいが、いっちょやりますかー」



――――――――――――



 【蜥蜴のザード】率いる冒険者の部隊が第108区画にて作動させた仕掛けは、現在進行形で存分にその効果を発揮していた。


 彼らが作動させたのは、有り体に言えば一方通行の結界である。

 北側から見て南側には何の抵抗も無く擦り抜け、逆に南側から北側に向けては見えない強固な壁が現れ、一切合財の侵入を阻む。

 莫大なエネルギーを消費する代わりに、例え魔人であっても容易に壊すことは不可能なその結界は、第97区画から108区画までと『澱みの森』との境界線上に一直線に張られており、今のところは魔側の侵略の一切を阻んでいた。


「後の事は一切考えるな! とにかく撃て!」

「警戒を怠るな! 密集している場所よりも強力な個体がいる場所に優先的に撃ち込め!」


 秒間に十では足りない砲撃の轟音が響き渡り、七色の色鮮やかな多数の光球が高速で射出されては集団で蠢くモンスター共を蹴散らす。

 結界は北側から南側へと移動するものは一切阻まず、見えない壁に阻まれてパントマイムを披露しているモンスターを容赦なく吹き飛ばし、撃滅する。


 連合側が使用しているのは『弐式魔弾大砲』と呼ばれる兵器で、魔晶石を動力とし、石から魔力を吸い上げ、増幅させて打ち出す事のできる物である。

 前世代である『壱式魔導大砲』は、魔晶石の属性に合った砲台を使用せねばならず、また石の魔力を砲弾に変換する際の増幅率も芳しくなかった。

 対してこの『弐式魔導大砲』は、魔晶石の属性に関わらず砲台に放り込めばそのまま動力として使えるばかりか、前世代と比べて増幅率も二割増しという画期的な物である。

 普段は動力となる魔晶石が需要量に追いつかず、限られた区画でしか運用されない魔道具だったが、今回に限り無名の商会から大量の魔晶石が提供された為に急遽大量運用されていた。


 因みに余談だが、この前世代の『壱式魔導大砲』は秀哉が箱庭にて拠点防衛用に製造した物が原型となっているのだが、本人もまた知らない事である。


「魔導部隊の【合同詠唱】が完了しました!」

「よし、十秒後に撃ちかた止め! 間髪入れずに撃ち込め!」


 部隊長らしき男が叫んでからきっちり十秒後に、あれほど響いていた砲撃音がパタリと消え失せ、直後に眩いばかりの光が、後方で待機していた共通して赤いローブを被った三十人前後の集団から放たれる。


 【魔撃艦隊まげきかんたい】と呼ばれるA2ランクの冒険者パーティである彼らは、全員が【合同詠唱】と呼ばれるスキルを習得しており、また入団の際にそのスキルを習得している事が必須となるパーティでもある。

 この【合同詠唱】は複数人で同じ魔法を詠唱する事により、魔法の威力と規模を爆発的に増大させる事のできるスキルであり、増大率は参加人数に比例する為、参加人数が多ければ多いほど強力な魔法となる反面、僅かでも詠唱がズレればそれだけで魔法が暴発し甚大な被害を齎すが故に、実戦で使用するには相当な練習を要するスキルである。

 彼ら【魔撃艦隊】はその【合同詠唱】を売りとした、冒険者としてはかなり大規模なパーティであり、こと魔法による火力に関しては大陸最強と誰もが口を揃えて言うほどに有名なパーティである。


「「「「「【絨毯爆撃(エル・イルロード)】」」」」」


 【魔撃艦隊】の面々の頭上に巨大な魔法陣が出現し、その魔法陣から無数の赤い矢が放たれ、着弾しては強烈な爆発を引き起こす。

 一発一発の威力が魔導大砲よりも強力であり、また秒間に数百単位で放たれるその矢は、見えない壁に阻まれ密集していたモンスターたちへと次々に降り注ぎ、瞬く間にその数を減らしていく。

 時間にして十数秒ほど、放たれた矢の総数は万を超え、魔法が終了した時には前面に広がる結界に張り付いていたモンスターが皆無となっていた。


「撃ちかたを再開しろ!」


 しかし空白地帯ができたのも僅かな間の事で、即座にその空白を埋めようとモンスターの後続が殺到し、そうはさせないと魔導大砲が火を噴く。

 そうして魔導大砲と【魔撃艦隊】の【合同詠唱】の魔法が交互に数度ずつ撃ち込まれた後の事だった。


「モードレイが出た、モードレイが出たぞ!」


 物見櫓に登り、遠方を監視していた兵の一人から、そんな言葉が飛び出る。

 その言葉は即座に周囲に広まっていき、瞬く間に展開している部隊内に混乱と不安が伝染していった。


「よりにもよって、このタイミングでか! いや、敵も馬鹿ではない、当然と言えば当然か!」


 部隊長の男が唾を飛ばしながら、忌々しそうに見張りの兵たちが見ている方角に視線を向ける。


「魔人モードレイ……忌々しい上級魔人め!」


 遠目に木々を掻き分けて迫ってくるのは、四足歩行を行う真っ白な人骨。

 しかし近付くにつれて、その人骨が如何に巨大で、如何に奇妙かが露わになってくる。


 地面に付いた手の平から顎までの高さは10メートル近くあり、身長そのものはその3倍にも迫る。

 また腕の数は普通の人間の倍あり、何の意味があるのかその手の周りには副腕とも呼ぶべき小さなサイズの腕がいくつも生えており、その姿は魔人と呼ぶには余りにも人間からかけ離れていた。

 そして何よりも目を引くのが、その巨大な人骨の下を埋め尽くす大量の通常サイズの人骨の軍勢。


「総員、標的を魔人に変更しろ! とにかく撃ちまくれ!」


 指揮官がするには余りにも雑な命令だが、文句を言う者も愚痴を零す者も居ない。

 迅速な動きで砲台を移動させ、照準を迫り来る魔人に合わせて、命令通りにひたすらに撃ち続ける。


 的が大きく、また魔人の姿を視認できるほど距離が近い為に、砲弾の殆どは外れる事無く命中し、外れた砲弾も無駄弾となる事は無く、魔人の足元を行軍する白骨の軍勢の頭上に落ちては粉々に砕く。

 数発程度では、一見脆そうに見える骨の体に傷を付けることはできないが、数十発も当たれば亀裂が走り、数百発も当たれば粉々になって砕け散る。

 だが骨だけであるが故に痛覚が存在しない為か、砲撃の雨に晒されながらも魔人の歩みは止まる事無く、やがて当初の三割ほど体積を減らした状態で結界の前まで辿り付く。


「ひぃっ……!」


 誰かが喉から怯えた声を出す。その声に反応して、未だに砲撃をその身に受けながら、中身の無い眼窩を魔人が発声主に向ける。

 声を漏らした者も、自分が見られている事を理解したのだろう。完全に及び腰となって後ずさる。

 その後ずさる男へと、魔人が手を伸ばす。

 骨の指が結界に触れ、通常ならば南側から抜けようとするものを一切通さないはずの結界に淡い波紋が生じ、いとも簡単に魔人の伸ばした手は結界を通過する。


 これが、魔人モードレイが連合側に忌み嫌われている理由の筆頭である【結界無効化】のスキルの効果だ。

 魔法に対してではなく、魔法スキルを問わず展開された結界にのみ作用し、その一切の効果を無効化するというその一点にのみ特化したこのスキルによって、連合側は幾度と無く防衛線の突破を許しては甚大な被害を被って来ていた。


「やだやだやだやだやだやだやだ―――!!」


 真っ白い手が迫って来るのを見て逃げ出そうとするも、すぐに体を掴まれて捕らえられた男が、嗚咽混じりの悲鳴を上げる。

 そんな男の悲鳴など意に介す事無く、男を掴んでいる腕に生えている副腕が動き、男の体を掴み、引っ張る。


「やだヤダヤダァァァァァアアアアアアアアアアアッッ!!??」


 筋肉の無い骨だけの腕とは到底思えない剛力に引っ張られ、男の皮膚が剥ぎ取られる。

 勿論それだけでは終わらず、皮膚の次は肉、そして内臓と次々に巨大な手で掴まれ固定された状態で副腕に剥ぎ取られ、一瞬のうちに男は物言わぬ白骨と化する。

 それが終わると魔人は手を開き、握られていた白骨が落下。無機質な音を立てて地面に落ちた後に白骨はひとりでに動き出し、周囲の人間を襲い始める。


「畜生がッ!」


 指揮官の男が毒づき、手の開いている者にすぐに魔人の眷族とされた白骨を討伐するように指示を出す。

 しかしその間にも魔人は四本の腕を忙しく動かしては連合側の兵士を捕らえ、己の眷属へと変える。


 瞬く間に百を超える白骨の軍勢を新たに生み出した魔人は、カタカタと満足そうに歯を鳴らして笑い、次に自分の足元で出番なく立っている白骨を纏めて掴み、砲撃によって欠損した部位へと運ぶ。

 すると変化はすぐに訪れ、運ばれた白骨の兵は突如としてバラバラになり、新たに互いに合わさりあい、巨大な一つのパーツへと変貌。欠損した部位に宛がわれ、欠損した部位は瞬く間に修復される。


「落ち着け! スケルトンには護衛を担当していた兵だけで当たり、それ以外の兵はモードレイだけに集中して砲撃を続けろ! 下手に撃つと味方に当たるぞ!」


 指揮官の男が声を張り上げるも効果は薄く、先ほどまで統制が取れていた筈の部隊はあっという間にバラバラとなり、自陣に向けて砲弾が飛び交う阿鼻叫喚の地獄と化した。

 そしてその様子を、魔人は心から面白そうに歯をカタカタと鳴らし続けて眺めていた。



――――――――――――



「ぐわっ! 眼が、眼がぁぁぁぁっ!!」


 えっ、一体何をやっているかって? 両手で目を覆って地面をゴロゴロ転がってんだよ。

 別に滅びの呪文を喰らった訳じゃない。むしろそっちの方が痛みを伴わない分まだマシかもしれない。


「あぁ、クソっ……眼が焼ける……!」


 実際にはそれはあくまでそう感じるだけで、眼球自体に異常は無いのだが、痛いものは痛い。


 原因は俺が【下位種族召喚】のスキルで寄眼蟲きがんちゅうと呼ばれるモンスターを召喚した事だ。

 召喚系のスキルや魔法は、使役したモンスターを召喚する際に呼び出す位置をある程度コントロールできる。それを利用して俺は氷牢の外にそいつらを呼び出したのだ。


 この寄眼蟲きがんちゅうという名のモンスターはビー玉サイズの剥き出しの眼球に虫の翅を二枚生やしただけの実にシンプルな姿をしており、口もない為に食事はおろか栄養の一切合財を摂ることができず、生まれてから僅か三日で産卵をして死ぬという実に可哀想な生態を持った昆虫系モンスターである。

 レベルもたった1しかない上にステータスは敏捷を除いて貧弱そのもので、おまけに保有スキルも一つしかない為、戦闘にはまるで向かない。しかしそのたった一つのスキルが大いに役に立つ。

 寄眼蟲きがんちゅうの持つスキルは【感覚共有】。文字通り寄眼蟲きがんちゅうが見たり聞いたり感じたりした事を、そのままリンクした相手に体感させられるというスキルだ。

 この【感覚共有】を俺にリンクさせた状態で放てば、カメラを搭載したラジコンよろしく自由に遠くの光景をリアルタイムで確認できる為、箱庭時代では意図的に養殖する程世話になってきた。

 その寄眼蟲きがんちゅうの群れを箱庭から呼び出して、外の状況を確認しようと考えたのだが、この寄眼蟲きがんちゅうは一つ大きな欠点があった。

 あくまで寄眼蟲きがんちゅうが共有するのは感覚であり、視覚や聴覚だけでなく、痛覚もバッチリ共有するという点である。しかもその共有される痛みは、寄眼蟲きがんちゅうのそのシンプルな姿の為か全て俺の両眼にのみ襲ってくるのだ。


 まず、召喚した時点で氷牢の放つ冷気に当てられて、群れの二割が死に絶えた。その時は眼が凍りつき割れるかと思った。

 次に飛び立たせた直後に魔鳥系モンスターに襲われ、群れの一割が啄ばまれた。俺の眼も啄ばまれる痛みを経験した。

 それでも魔鳥の群れを唯一の取り柄である敏捷値に物を言わせて振り切ったら、今度は雷撃の流れ弾に遭遇し、またまた群れの一割が体内の水分を沸騰させて死んだ。俺の眼も沸騰する痛みを受けた。

 それが終わったと思ったら、今度は連合側に敵と間違われて投石の嵐を受けて群れの一割が弾け飛んだ。俺の眼も破裂する痛みを感じた。

 中にはかまいたちを飛ばして来る奴もいて、群れのさらに一割が斬り裂かれた。俺の眼にも斬り裂かれる痛みが襲い掛かり、まな板の上の葡萄の気分を味わった。


 そんなこんなで、その後は特に襲撃もなく魔側の様子を上空から観察していたところ、モンスターの軍勢の奥に、多数の竜の群れが鎮座しているのが見えた。

 その数は数百どころか数千はおり、竜の性質を考えれば有り得ない程の規模の群れであり、その群れの中でも一際巨大で、独特の雰囲気を纏った個体を見つけた。

 不便な事に寄眼蟲きがんちゅう越しに【分析Ex】を使う事はできない為、名前やステータスを確認した訳ではないが、それでも俺は確信した。

 あいつが吸血鬼ヴァンパイアの魔王の言っていた魔王、竜王シークレスとやらだと。


 元の種族はおそらくは火竜ないしその亜種なのだろう、鮮やかではないが赤色の鱗を持ち、周囲の竜が大きくても20メートル程度の大きさに対し、ただ一体だけ50メートルはある巨躯を持ち、そして俺の知る火竜よりも二枚多い翼を背中に生やして鎮座していた。


 【分析Ex】を使わずとも、一目見れば分かる。さっきの魔王よりも、遥かに強いと。

 これならばあの魔王が心酔し、自信満々に話すのも理解できると、素直にそう思った。

 そして恐れるまでもないとも、同時に思った。

 それは単純なステータスの話だけではなく、シークレスが魔王であるという事から来るある種の確信だった。


 魔人や魔王は、モンスター側にとって遍く種族が共通して持ち、またどんな個体であってもそこに到達できるチャンスを持った上位種である。

 その能力や影響力は計り知れず、同種はおろか他種族まで従え、そいつらの上位種として君臨できるという事実は、即ち魔人や魔王の持つ能力の高さを裏付けている。

 だがそれでも、龍には劣ると断言できる。


 箱庭最強種である龍と魔王を比べれば、間違いなく前者に軍配が上がる。

 仮に同一の個体が別々に進化したとして、同一レベルで比較すれば、間違いなく龍の圧勝で終わる。

 今の俺ですら、例えレベル1000は下の龍を相手取ったとしても死力を尽くす必要がある。それほど龍は強大で、圧倒的な存在なのだ。


 竜王シークレスは、その龍に進化クラスアップできる可能性を秘めていた。いや、シークレスだけではない。どの竜の個体であっても、平等に龍に到れる可能性を秘めている。

 だがシークレスは、龍としてではなく魔王として君臨している。つまりは、竜から龍へではなく、竜から魔人を経て魔王に進化したのだ。

 断言できるが、龍へと到れる条件よりも、魔人となれる条件の方が圧倒的に緩い。兄貴たちが最初から龍として創造したならばともかく、一から龍に成り上がるには、途方もない年月と労力を要する。

 そしてシークレスは、その労力を惜しみ安易な魔人の道へと走った――いや、逃げた愚か者だ。

 苦難の道を恐れて安楽な道を選んだような愚か者など、恐れる要素がない。まあ浪人していた俺が言えた義理ではないが。


 とまあそんな事を考えていたところに、いきなりシークレスにブレスを吐き掛けられて、寄眼蟲きがんちゅうの生き残り全てを焼き払われて先程の悶え苦しんでいる場面に戻る訳だが。


「あ、あの、腐れトカゲ野郎が……オーバーキルも良いところだろうが……」


 焼き払われる直前に見えた、橙混じりの拡散する眩い白い焔。あれは間違いなく神位級焔属性魔法の【死界の白螺焔(ラド・イグニシリア)】による息吹だ。

 俺が使えば炎熱系に完全耐性を持つ紅緋龍こうひりゅうにすら手傷を与える、焔属性の中でも最強の魔法の一つに挙げられるような代物だ。間違っても敏捷値以外のステータスが1の寄眼蟲きがんちゅうごときに使う魔法じゃない。


「許さねぇ、ブッ殺してやる……!」


 元からそのつもりだったが、殺す理由がさらに一つ増えた。


「やるべき事は、エレナたちを含む連合側を勝利に導く。禍喜まがき共が飽きるまでは、これが最優先事項だな」


 そしてその為には、シークレスを倒す事が必須だと。わお、俺の鬱憤も晴らせて一石二鳥じゃん。

 問題があるとすれば、今は俺自身が当分動けない事。なら、俺以外にやらせれば万事解決するな。

 でもただやるだけじゃ、面白くない。いくつか芝居を打つとしよう。


「さて、ジュベルに続いて久しぶりの出番だな。そろそろ寝るのにも飽きてきただろ、起きて出て来い」


 ―――最上位種族召喚【嵐竜帝らんりゅうていヴァジャーユ】





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ