魔王蹂躙
タイトルミスっていたので修正しました。
転移して即座に【神秘的な透明板(レド・アドラメ)】による透明板を足元に展開して足場とし、相手と同じ目線の高さに立つ。
いきなり転移してきた俺に驚き硬直している相手を他所に【分析Ex】を発動。
「……魔王か」
魔人かと思っていたが、とんだ上位種が出て来たものだった。
ヴェムド・ドラクラン。種族は吸血鬼で、レベルは2300弱。各ステータスも、二体の魔人や先ほどの合成魔獣を優に上回っている。
それでも俺からすれば雑魚なのだが、あいつらでは束になって掛かったところで、一蹴されて終わりだろう。おそらくという言葉が頭に付くが、倒すには国が滅ぶ覚悟が必要となる筈だ。
「……貴様は何者だ」
「答える義理は欠片たりとも存在しない」
これが全くの前提無しの初対面だったら名乗っていた可能性があったが、既に俺にとってこいつは無駄話をする価値もない外道であり、犬畜生にも劣るゴミだ。
こいつの姿を見ているだけでイライラするし、声を聞くだけで胸焼けがする。
外法を使ったという色眼鏡を通してだからだろうが、こいつの何もかもが気に入らない。
銀色の髪が気に入らない。それをオールバックにしているのが気に入らない。赤い瞳が気に入らない。日に一切焼けていない白い肌が気に入らない。立派に蓄えられた顎鬚が気に入らない。首にクラバットを巻いているのが気に入らない。着ている服が豪華なのが気に入らない。
そして外法を使った事を微塵も許せる気がしない。
だがタダでは殺さない。殺してはならない。
「……ふんッ、まあいい。どの道すぐに忘れる―――」
「お前に1つだけ質問をする」
聞く価値のない言葉を遮ったら、顔を歪めた。醜い。粉砕してやりたくなる。
「一体どこで外法を―――【生きた死者の汚い爆弾(ダグ・ミルガギン)】の魔法を知った?」
だが自制だ。質問の答えを聞いてからでないといけない。
「お前が魔王だろうが何だろうが、あの魔法を含めた禁忌魔法を知る事はできない筈だ。なのに何故お前は知り、使っている?」
それは【生きた死者の汚い爆弾(ダグ・ミルガギン)】の魔法が、人間側で最高位であると誤認されている最上級を上回る超級であるからとか、そんな生温い次元の話じゃない。
基本的に人間側に最高位のランクが誤解されているだけで、魔側は全く関係なく、普通に超級や古代級、神位級の魔法を使う。だからこそ、ごく稀に人間側の者が個人レベルでそれらの存在に気付く事があるのだ。
だがそれとは別に、禁忌指定の魔法はまた事情が異なる。
禁忌指定の魔法が、誰に対して禁忌としたのかと言えば、基本的には俺に対してだ。俺以外には、人間は勿論の事、魔側に対してもその存在が伏せられているからだ。
しかし現に禁忌であるはずの【生きた死者の汚い爆弾(ダグ・ミルガギン)】は発動されている。他でもない、目の前の魔王によって。
ならばこの魔王は、どうやってその存在を知った?
「……何の話だ? 貴様は何を言っている?」
すっとぼける、それが答えか。それならそれで良い。
自分から答えたくなるまで、痛めつけるだけだ。
でもただ痛めつけるだけでは芸がない。
「【怪奇な皆既日食(ダグ・アテランテ)】」
神位級闇属性魔法を使う。すると太陽が瞬く間に不自然な皆既日食を起こし、周囲が闇に包まれる。
「さて、これでそっちのハンデは消えて無くなった訳だ」
「……何のつもりだ。何をした!?」
「何、何、何、さっきからそればっかだな。自分の頭の弱さをそうやって曝け出す事に意味はあるのか? いや、別に答える必要はない。どんな言葉が返ってくるかは簡単に予想できるし、やはりそれも聞く価値がないからな」
「貴様、愚弄して―――」
「いるに決まってんだろうが。自分が愚弄されていることすら判断が付かないか? どっちでも構いはしないがな」
ローブのゲインの分母を8から5までに下げる。
転移し、その顔面に拳を叩き込み地面に落とす。
「ゴハッ、あ……ッ!?」
途中木々に引っ掛かり落下の勢いを減殺させて墜落した魔王に、間髪入れずに腹部に足を踏み下ろす。
足の下で内臓のいくつかが破裂した感触を確認し、さらにもう一度踏み下ろすが、命中の直前で魔王の全身が無数の蝙蝠に変化し周囲に散らばる。
吸血鬼固有のスキル【眷属分化】だ。
全身を数百からなる蝙蝠に変化させて周囲に散らばり、別の所に集めて再び体を構築する事で相手の攻撃を回避したり、あるいはダメージを最小限に留めるスキル。
一見厄介に思えるスキルだが、実際のところ全身から変化させられる蝙蝠の総数は決まっており、また蝙蝠の一匹一匹が吸血鬼の体を構築する血肉である為、分化した瞬間に蝙蝠を纏めて潰せばそれは全て相手のダメージとなる。
「ハァ、ハァ、き……貴様、よくもやって、くれたな……」
「何だ、喋れるぐらい元気じゃないか。ほら、それだけ元気があるならかかって来い。お前が何かをするのを見届けた上で、返り討ちにしてやる。とことん痛め付けて、嬲り殺しにしてやる」
それともう一つ付け加えておく。
「一応言っておくと、それはお前が俺の質問に対して明確な答えを返すまで続く。だから早めに喋っておけば、その分苦しみは短くて済むぞ?」
「ほざけッ、人間風情がッ! 【追悼の暗黒球(ダグ・ヴィオール)】!」
掲げた右手の平に生み出された、直径一メートル程の黒球を投げて来る。
しかし、たかが上級闇属性魔法で生み出された黒球一つで、本気で俺をどうこうできると思っているのか? 同じ黒球を生み出す魔法でも、重力属性魔法の【圧搾する黒重球(ガルデーラ)】とは雲泥の差がある。
この程度の魔法、何の小細工抜きにローブを着た状態でも、腕の一振りで簡単に弾ける。
「馬鹿なッ! 貴様一体、どんな小細工をッ!」
「小細工? そう思いたいんなら勝手にそう思ってろ。俺は何の小細工もしていない。単純にこれが俺とお前との実力差というだけの話だ」
「黙れェッ!」
俺を中心に、足元に3メートル程の真っ黒な円が形成される。
「【黒刃の斬裂刑(ダグ・ラドール)】!」
その円の八方向から突如として出現した刃が、中心にいる俺を目掛けて閉じる。
「【闇矢斉射(ダグ・フォスト)】!」
最上級闇属性魔法の効果を確認する間も入れずに、今度は中級闇属性魔法による黒い矢を無数に飛ばしてくる。
どうやら手数で勝負らしいのだが、はっきり言わなくても無駄だ。
最初の最上級闇属性魔法が効果が無かったのに、それと同等かそれ以下の魔法で効果的な戦果が得られない事ぐらいは分かりそうなものだが、この魔王には理解できないらしい。
いや、理解したくないのかもしれないが。
「終わりか?」
勿論最初の刃でも、その後の無数の矢でも、俺に目立ったダメージなど無い。
「終わりなら、またこっちから行かせてもらうが―――」
「ガァァァァァァァァァァッ!!」
魔王が吼える。耳障りなこと極まりない。
「【墜滅の狂乱輪(クルヌ・アルプ)】!」
薄紫色の光輪が全部で六つ。それらが高速回転しながら複雑な軌道を描いて俺に向かって飛来する。
これには少しばかりびっくり。この魔王はどうやら、最上級の滅属性魔法が使えるらしい。
さすがにこの魔法は先ほどのように弾き飛ばすのには無理があるので、両腕を掲げて防御する。
いくら複雑な軌道を描いたところで、最終的には俺に命中するものだ。首と胴体を庇うように腕を置けば、防御自体は簡単にできる。
ただし、無傷というわけにはいかなかった。
「さすがに今のは痛かった」
六枚全ての光輪が、俺の腕に命中。
ローブの袖は斬り刻まれて弾け飛び、その下の腕も決して浅くは無い切り傷を負わされ、血が流れ出る。
さすがは滅属性魔法といったところか。燃費や制御の難しさは基本十四属性の中でも断トツでトップだが、その分威力もぶっちぎりでトップな属性なだけはある。
「それでもその程度だ」
例え強力無比な属性であろうとも、術者の程度が低ければ十全に威力を発揮することは無い。
多少の傷は負ったが、即座にスキルによる治癒が始まり、瞬く間に流れ出る血も止まり傷が塞がる。
「ま、まだ―――」
「今度はこっちの番だっての!」
分化する暇も与えず、踏み込みからの【徹甲崩拳・烈】の突き。どてっぱらに拳大の風穴を開け、足が地面から離れた瞬間にアッパーからの裏拳のコンボで地面に叩きつける。
「さすがは不死の種族だ。腹に穴を開けた程度じゃ、大したダメージにはならないな」
人間なら最初の一撃で一度死に、次のアッパーで首の骨が折れ、直後の裏拳で顔面が陥没して三度の死を経験しているだろう。
だがこの魔王は一見重傷に見えるが、数値で見れば大したダメージは受けていない。
「まあ、すぐに死なれても困るし、好都合だ。お前には―――」
クラバットを掴んで持ち上げ、目線を合わせる。
「格の違いというものを少しずつ刻んで、徹底的に心をへし折ってやる。そうすれば、俺の質問にも答えてくれるだろう?
とはいえ、生憎ながら俺は相手を効果的に痛めつけて嬲り殺しにするという経験は殆ど無い。だからうっかり殺してしまう可能性もある。だからできるならば、今のうちに正直に答えてくれるとありがたいんだが?」
「……き、貴様は、何者だ?」
望んだ答えは返って来ない。そして答える意味の無い質問に答える義理は無い。
掴んでいたクラバットを手放し、地面に放り出す。同時に地面に真っ黒な円を生み出す。
「【黒刃の斬裂刑(ダグ・ラドール)】」
俺の使う【黒刃の斬裂刑(ダグ・ラドール)】は、魔王が使ったものとは少し違う。
魔王の発動した【黒刃の斬裂刑(ダグ・ラドール)】で生み出される刃物がギロチンとするならば、俺の生み出す刃物は鋸だ。ギロチンの刃と比べて、より荒々しく、強い痛みとダメージを与えられる。
直撃すれば面白い具合にミンチになっただろうが、魔王は辛うじて刃が体に食い込んだ瞬間に分化する事に成功し、直撃を避ける。
しかし即座に俺が立方体の不可視の結界を展開した事には気付けず、分化した蝙蝠の半数近くが結界内に閉じ込められる事となる。
「【密室の爆裂業火(エル・パズルスス)】」
そして超級火属性魔法が炸裂。結界内で数多の爆炎が生じ、内部に閉じ込められた蝙蝠を焼き殺す。
結界は内部で生じた爆風も炎も熱も一切外に漏らす事は無く、また音の殆どを遮断してしまう為、俺の耳に届くのは炎のうねる小さな音のみで、焼かれる蝙蝠の断末魔など聞こえはしない。
しかし視覚の拾う、蝙蝠が焼き殺される映像が俺の耳へ、新鮮な断末魔の幻聴を届けてくれる。
「ア、ガハァッ、ハァ―――」
運良く結界から逃れた蝙蝠が集まり、再び人の姿を取る。
苦しげに咳き込んでいる事を除けば、その姿の見た目は腹に開いた穴も含めて傷一つ無い。だが数値を見れば今のでどれだけのダメージを負ったかは一目瞭然だ。
「まだ喋らないか?」
「…………」
答える代わりに、憎しみの篭った視線を向けてくる。
果たして答える事すら億劫なのか、それとも答えるつもりは無いという意思表示なのか、どっちだろうか。
まあ視線に篭るものを鑑みれば、後者である可能性が圧倒的に高い。
「仕方ない、なら次だ」
亜空間から真っ白で歪な大振りのナイフを取り出す。
白聖龍と呼ばれる龍の鱗を削って作られたそのナイフは銘を『不死殺し』といい、聖属性の属性が付与されている為、いま眼前に居る吸血鬼のような不死の種族に対して絶大な効果を齎す一品だ。
「コロンビアンネクタイって知っているか?」
このナイフがどういう物なのか、知らずとも本能的に勘付いたのだろう、魔王が瞬く間に顔色を蒼白にし脂汗を浮かべる。
不死者にとって聖属性や光属性はまさしく猛毒だ。その身に受ければ激痛や大ダメージは勿論の事、再生の阻害や身体侵蝕など重大な被害を被る事になる。
ましてや『不死殺し』は、箱庭最強種のモンスターの素材を使って作られた一品だ。その性能は他の武器を遥かに凌駕する。受ける側としては堪ったものじゃないだろう。
「遥か遠い昔に行われた処刑法の一つでね、喉元を掻っ捌いて、そこから舌を引っ張り出すというおぞましい処刑法さ。
普通は痛みと出血でショック死するらしいが、お前は不死種で、曲がりなりにも魔王だ。その程度じゃ死なないだろ?」
もう一つ、舌を引っ張り出す為の鉤爪を取り出す。こちらもやはり、不死種に対して凶悪な効果を発揮する銀製だ。
「頼むから、生きているうちに話してくれよな。俺は余り殺しのバリエーションが多くないんだ。それらが全部尽きたら、いよいよ他種の手を借りなくちゃならないからな」
――――――――――――
「また後ろから来やす!」
クバーレンが鼻をひくつかせて警告を飛ばすと同時に、壁が斬り裂かれ、そこから鎌蟻人の群れが現れる。
幸い数は然程多くは無い上にレベルも低い為、即座に前衛の者たちが斬り伏せ殲滅する。
しかしその背後から続く、高レベルの別のモンスターたちはそう簡単にはいかなかった。
「前衛部隊はそのまま抑えながら少しずつ後退しろ! 後衛部隊はある程度敵が伸びきったら右翼から一斉射撃! 近衛騎士、斉射が終わった後に左翼から一気に切り込め!」
エレナが次々と指示を飛ばし、指示を受けた側は見事な連携で指示通りに動き、最小限の被害で敵を殲滅する。
「これで全部か?」
「……一応、周辺に我々以外の臭いはしません」
「質量反応もないよ」
クバーレンとイレーゼからそれぞれ回答を得て、一行の空気が多少緩む。
彼ら彼女らが秀哉から別れて、そろそろ二十四時間が経過しようとしていた頃。
進行方向から襲撃が来る事こそ無くなったが、変わりに進む先々で壁がこうして斬り裂かれては、敵の散発的な襲撃に遭っていた。
一回一回での損害は軽微では有るが、ある程度離れた位置から敵を視認できる進行方向からの襲撃と違い、壁さえあればいつでも襲われる事があり得るこの奇襲に対し、一行の精神力は徐々に磨り減っていき、精神的な疲労が溜まっていっていた。
今のところは獣人であるクバーレンの嗅覚と、イレーゼの【質量探知(サーチ)】の魔法で事前に察知出来てはいるが、とりわけ後者に関していつ漏れが出て来るかという緊張感が漂っており、一行の不安を払拭し切れてはいない。
「これでちょうど四十回目か。勘弁して欲しいものだな」
「仕方のないことだと思いますわ。道なりに進むしかないわたくしたちに対して、向こうは道を作りながら進んでいますから、どうしても移動速度には差が生じてしまいますから」
本来ならば、迷宮の仕切りの役割を果たしている壁を破壊する事は、容易ならざる事の筈だった。
壁の材料に利用されている鉱物は、硬度は勿論の事、熱や衝撃、そして何より魔法に対して高い耐性を誇り、エミリーの強力な雷属性魔法やエレナの氷属性魔法、イレーゼの重力属性魔法であっても破壊する事は不可能である。
壁を力任せに破壊できる者など、精々が魔人クラスくらいなものであり、今回の相手の行動は彼女らにとっても完全に想定外だった。
「それは理解しているのだが、余りのんびりしていられる余裕も無い。時間を掛ければ掛けるほど―――」
「先ほどのような化け物に襲われる可能性が高まりますわね」
エミリーは醜悪な巨人の姿を脳裏に思い浮かべる。
巨大な質量を持ち、己の魔法も含めて一切の攻撃が通用せず、加えて再生能力も兼ね備えた存在。
私見だが、エミリーはあの合成魔獣をかつて戦った竜を凌駕する存在と見ていた。つまりは、一体を倒すのに完全武装の一個騎士団でもまだ足りない存在だという事だ。
現在の一行は近衛騎士も含まれてはいるものの当初よりも大分数を減らしており、戦力的には一個騎士団には到底届かない。万が一もう一度合成魔獣の襲撃を受ければ、全滅は免れないという事は容易に予測できる。
「……彼は大丈夫だろうか?」
ふとエレナが口にした言葉。その言葉にエミリーも同じ人物を思い浮かべる。
「エレナ様、やはりあの魔法は―――」
「君の想像通りだ」
その答えを聞いたエミリーの顔も、そう答えるエレナの表情も、どうように何とも言えないものとなっていた。
なまじ互いに魔法について人並み以上に使える分、秀哉の見せた魔法がどれだけ桁外れなものなのかが理解できる為だ。
「あの者は一体―――」
何者なのでしょうか、そう尋ねようとして、首を左右に振る
答えを聞いたところで何かが変わる訳でもなければ、自分が過去に取ってきた態度が無かった事になる訳でもない。究極的にはただの自己満足でしかなく、この場でわざわざ聞くような事ではないと判断したからだ。
「エレナちゃん、もしかしてシュウポンの事が気になるの?」
代わりに耳聡くエレナの呟きを耳にしていたイレーゼが、エレナに問いを飛ばす。
「いや、別に気になるという訳ではないが……」
「つまり心配なんだね! 【念話(テレパス)】使おっか?」
「……やめておいたほうが良いだろう」
神妙に首を振るエレナに、イレーゼはあからさまな不満顔。
「彼が今どんな状況下に居るか分からぬ以上、下手に通信することは彼の邪魔をする事になりかねない。ましてや、彼が相手をしているのは魔王である可能性が高い。どんな些細な事でも、命を落とす事に繋がりかねない」
イレーゼとヴェクターの奴隷紋が消えてない以上、秀哉が生存している事にエレナは疑いを持っていない。彼が死んだ場合、隷属状態は速やかに解除されるという条件を、隷属化の際に組み込んであるからだ。
だからこそ、下手な通信を入れることは得策ではないと判断していた。
「ようは心配しているって事だよね! 【念話(テレパス)】使う?」
だがイレーゼは基本的に人の話を聞かない部分があった。
「いや、だから―――」
「心配なんでしょ?」
「ま、まあどちらかと言えば心配ではあるが……」
「なら【念話(テレパス)】使ったほうが良くない?」
「……単純に、君が【念話(テレパス)】を使う口実が欲しいだけじゃないのか?」
ようやくその可能性に思い至る。
最初こそ治った腕に大喜びしていたイレーゼだが、ここのところは鎌蟻人を中心とした昆虫系モンスターが少数出現してくるだけの繰り返しばかりで、早い話が飽きていた。
たださすがに暇だからという理由で通話をすれば、怒られる事ぐらいはイレーゼも理解していた。加えて言えば、既に理由無き通話を行おうとして直前に発覚し、ヴェクターから警告を喰らっていたりする。故に格好の口実を探していたのだが―――
「で、【念話(テレパス)】使おっか?」
「いや、使わない。絶対に使わせない」
「オッケー、使うね!」
「君の耳は何の為に付いているんだ!」
繰り返すようだが、イレーゼは基本的に人の話を聞かない。
(シュウポン、シュウポン)
『……何の用だ?』
もしこの時通話内容がエレナにも聞こえていたならば、エレナはどんな手を使ってでもイレーゼを止めていた事は想像に難く無い。それほどに秀哉の声には不機嫌成分が混入されていた。
(今そっちどう?)
『……余り芳しくは無いな。色々と試してはいるが、言えないの一点張りだ』
「えっ、それって大丈夫なのシュウポン!?」
いきなり大声を出したイレーゼに、エレナは勿論の事、周囲の者も一斉に彼女に注目する。
「一体どうした!?」
「シュウポンが傷が癒えないって!」
この瞬間に、イレーゼに対するキツイ折檻が下される事が決定する。
『問題ない。まだ試してない手法もあるしな』
(でもヤバいんでしょ!?)
『ん? ヤバいというよりも、面倒くさいというのが本音だが、まあ何をヤバいと感じるかは人それぞれだしな、お前からすればヤバいかもしれないな』
「シュウポンかなりヤバいって!」
「マズイな、今彼に死なれて欲しくはない。場所は聞けるか?」
エレナが緊迫した表情で尋ねる。イレーゼも神妙な顔で頷く。
(シュウポン、今どこに居る?)
『それを聞いてどうするつもりだ』
(エレナちゃんが知りたいって)
『ああ、やめとけ。見てて気持ちの良いものじゃない』
「見て気持ちの良い状態じゃないって!」
第三者から見れば突っ込みどころ満載な、くだらない勘違いは加速する。
「クソっ、応援を向かわせるにしろ、最低でも魔人、下手をすれば魔王との交戦中では―――いや、通話ができる余裕があるという事は戦線は離脱したのか? だとしても―――」
「姫様!」
頭の中で最善手を模索する最中に、クバーレンの鋭い声が飛んで来る。
その声に顔を跳ね上げた瞬間に壁が斬り開かれ、四十一回目の襲撃者たちが姿を現す。
ただし、前回までの襲撃者たちとは決定的に違う点が一つ。
「こいつら、一体何匹いやがる……!」
100や200では利きそうにない、昆虫系モンスターの大群。
それもレベルの低い弱い個体ばかりではなく、中には『澱みの森』でも上位に挙げられるような個体まで混じっている。
「んげっ、こんな時に限って―――」
『おい、さっきから何なんだよお前は? 何があった?』
(ごめんシュウポン、一端切るね! すぐにそっちに行くからそれまで頑張って!)
『はっ? 別に来なくて―――』
やはり最後まで話を聞かずに通信を打ち切る。因みに頑張ってというのは、死なないように頑張ってという意味である。
「エレナちゃん、さっさとこいつら始末するよ!」
「分かっている」
エレナは歯噛みする。
彼女にとって非常に都合の悪い事に、よりにもよって今回の軍勢は進行方向の壁を斬り裂いて出現した。つまりは、完全に道を塞がれた状態になっていた。
「やむを得まい―――前衛部隊で盾を持っている者はバリケードを築け! 後衛部隊は貫通系統の魔法の詠唱に入れ!」
エレナの指示に、彼女の直属の近衛騎士が、次いでバルスクライの騎士たちが動き、一直線に盾を構え隙間から剣や槍の穂先を突き出す。
同時に後衛の部隊が思い思いの魔法の詠唱に入り、いつでも放てるように準備する。
そのまま待ちの姿勢で、敵が仕掛けてくるのを待つ事しばし、硬直が敗れる。
エレナたちでも、モンスター群れでもない、第三グループの介入によって。
「突撃しろ! 魔法や弓弩は一切使うな!」
「「「「「「おおーッ!!」」」」」」
モンスターの群れのさらに向こう側、進行方向の奥から響いてきた声に一行は全員が驚く。
その間にも刃が甲殻を破り肉を斬り裂く音が続き、群れが左右に割れ、武装した集団が飛び出して来る。
「ソリティアの正騎士!? という事は―――」
「兄様!」
周囲を騎士に囲まれて出てきた男に、エレナが驚愕の声を上げる。
「やあ、エレナ。無事なようで何よりだよ」
「一体どうしてここに?」
白い脂肪と緑色の体液に塗れた剣を携えて歩いてくるシオンにエレナが駆け寄る。
「通信兵が何人か纏めて失踪してね、不審に思って記録を遡ってみたら、報告と食い違っている通信記録が複数あった。お陰で兵を動かす事ができたよ。お前が無事で本当に良かった」
剣の汚れを払って鞘に収め、兄妹が互いに抱擁を交わす。
数秒ほど抱き合った後に身を離し、シオンが周囲をキョロキョロと見渡す。
「そう言えば彼は―――シュウヤ君はどこにいるんだい? 彼にも是非お礼を言いたいんだが」
「……その事で、兄様に一つお願いがあります」
安堵で弛緩していた表情を引き締め、現在秀哉が置かれている(と誤認されている)状況を掻い摘んで話す。
「……なるほど、それは大分マズイ状況だね」
「お願いです兄様、救援の部隊を出しては貰えないでしょうか?」
「駄目だ」
頭を下げたエレナの頼みを、兄は申し訳なさそうに、しかしはっきりと却下する。
「何故……!」
「エレナ、優先順位を間違えてはいけない」
諭すようにシオンが告げる。
「本来ならば、この行動もバイン閣下からは許可が下りなかったんだよ。生きているかどうかも分からない相手に対して、不用意に兵を動かして死者を出す訳にはいかないってね。たまたま記録に不審な点が残っていて、その上で父上が説得してくれたからようやく兵を動かす事ができたけどもね。
お前ならばもう何が言いたいかは分かるだろう? シュウヤ君一人の為に『澱みの森』の奥まで、それも敵が魔王である可能性まであるのに、多数の兵を動かすことなんてできないんだ」
「それは、分かっています。ですが―――」
「ぼくたちは、王族なんだよ、エレナ」
その言葉に込められた様々な意思に気圧され、エレナの言葉が途切れる。
「確かにぼくたちも、一人の人間だ。だけどそれ以上に、人の上に立つ王の血筋に連なる者なんだ。他の人のように個人の為に動くことは、王族には絶対に許されない。それでも多少の範囲ならば大目に見る事はできるけど、今回ばかりは容認できない。例えどんな事情があろうとも、大多数を拾うために優先順位の低い少数を切り捨てるのが、人の上に立つ者として果たさねばならない最低限の責務だ」
「…………」
唇を噛み締め、手が白くなるほどまでに拳を握り込んでまで、エレナは堪える。兄の言っている事が全面的に正しいと、他でもない彼女自身が理解できているが為に。
「気の毒だと思う。月並みな言葉だけど、そう言うより他がない。だからせめて、祈ろう。彼が無事に生還できるように、お前に加護を与えてくださったイーリャ様にね」
――――――――――――
「何だったんだ一体……」
いきなり通話してきたかと思えば、要点も不明なまま勝手に騒ぎ出した挙句に切られるって、相手次第じゃイタ電扱いされても文句言えねえぞ。
まあこっちも忙しいから、通話を早期に打ち切ってくれたのはありがたいと言えばありがたいが。
「いい加減さぁ、話して欲しい訳よこっちも。言えないの一点張りじゃなくて、もっと建設な話をさぁ」
棺の扉を開けて、血まみれの穴だらけになった魔王を引っ張り出す。
コロンビアもやったし、抽腸もやった。鋸挽きもやったし、磔もやった。切り刻みもやったし、今アイアンメイデンもやった。他にも色々やったし、やってないのはファラリスぐらいか?
なのにこいつは一向に口を割らない。言わないんじゃなく、言えないとか言っているあたり間違いなく何かしら知っているんだが、どうやら俺以上に忠誠か恐怖を抱いている対象がいるらしいな。
「一体お前が何に対して義理立てしているのかは知らないが、全部無駄だぞ。お前が話そうが話すまいが、どの道そいつも俺が殺す。これは決定事項なんだよ」
「……ククッ、ククククッ―――」
いきなり笑い出す。凄まじくムカついたので地面に叩きつけて、足蹴にしとく。
「何笑ってんだコラ」
「クックックッ、これを笑わずして、何を笑えと言う。あの御方を殺すなど、貴様ごときにできるものか」
「現在進行形で手も足も出ずに嬲り殺しにされている奴が言わなきゃ、もうちょい格好が付いたのにな」
ズタボロの奴が言ったところで、噛ませフラグにしか思えん。
実際そうなるだろうし。
「ググ、グクッ……確かに貴様は、強い。認めよう。だがあの御方には、遥か遠く、及びはしない。あの御方―――竜王シークレス様にはな」
何か聞いてもない事をいきなり語り出したよこいつ。もう、すんごいフラグ臭。
「あの御方は、我と同じ魔王だが、その力は比べ物にもならぬ……我らの中で唯一、魔神グレイアス様がこの大陸に君臨していた頃より魔王として生きていた御方だ。貴様ごときでは束になって掛かろうと、瞬殺されて終わりだ……!」
「魔神?」
この場合、あれだよな? 魔の人じゃなくて、魔の神のほうで魔神だよな?
この大陸に魔神が居て、しかも君臨していた? そんな話、過分にして初耳だが……。
まあ、今はいいか。
「しゃーない。ファラリスは道具がないから無理だしな、いよいよ他種の力を借りるしかないか」
気分で指パッチン。扉を生み出す。
ただし生み出したのは、いつぞやの【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】に繋がる扉ではない。左右で赤と黒に綺麗に分かれ、攻撃的で凶悪的な装飾の施された、見るも禍々しい扉だ。
「この扉の向こうには、まあ言っちまえば拷問虐殺大好きで、無邪気な子供程度の知能と好奇心を持ち合わせた種族が住んでいる。俺はそいつらを『禍喜』と呼んでいるんだが、はっきり言って、俺が今までやってきた事が可愛く思えるほどの事を平然とやってくるぞ?」
扉が重厚な音を立てて、ゆっくりと開いていく。
それに伴い、中から白い冷気と、低く小さな、それでいて耳を塞ぎたくなるほどの怨嗟の声が響いて来る。
「最終勧告だ。知っている事を洗いざらい、全部話せ」
「……断る」
ニィっと、勝ち誇った笑みを浮かべる。踏みつけておく。
「なら、もう終わりだ」
「お、終わりなのは貴様の方だ。もう我の、役目は、終わりだ。役割を、十全に、果たした……」
どこからともなく咆哮が響く。
森が一斉に騒ぎ始める。
「今までと違い、今回は、終始時間を掛けて、最大限の戦果を望む必要が、なかった。最初から全力で向かい、残り僅かな量を、どれだけ早く補填できるか、それだけが目的だった」
「…………」
なんだろう、こいつは完璧に噛ませ犬で、こいつの崇拝する竜王とやらも噛ませ犬な筈なのに、物凄く嫌な予感がする。
「貴様のような奴がいるとは、想定外だったが、逆に考えれば貴様をここに縫い止めて置く事ができた分、我々は幸運だったな。どの道、シークレス様が動き出した以上は貴様が居ようが居まいが、結果は変わらぬが……」
引き攣ったような、甲高い笑い声を上げ始める。酷く不愉快なので踏み付けるが、今度は何度踏んでも笑うのをやめなかった。
「今さら貴様がどうしようが、全て遅い。シークレス様が率いる軍勢は、既に侵攻を始めている。総勢200万を越す大軍だ。貴様ら人間程度が、全勢力を集めたところで、その一割にも満たない事は分かっている。貴様らに、もはや生き残る術はない、皆殺しだ!」




