土産は外道の外法
ようやく話が進みます。
【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】は上限MPと引き換えに、自由に物を仕舞い任意に保存の魔法を掛ける事のできる亜空間を生み出す神位級の空間属性魔法である。
中級空間属性魔法である【便利箱(アイテムボックス)】や【不思議な空間(ワンダーランド)】とは違い、その空間の広さに上限など無い。MP上限値を差し出せば、それだけ広い空間を確保できるのだ。
そして俺は、この魔法に対して上限MPの八割以上を割いている。
そう、俺のMPの総量はたかだか4500万程度では、断じてない。
MPはステータスの中で唯一、何もせずとも生きた歳月に応じて増量するパラメータだ。俺の二億年という歳月の積み重ねとレベリング、そして超回復によって増量したMPの総量の桁は九桁に上る。そのうちの八割以上を割いて生み出された空間は、都市が一つ入っても全然余裕なのである。
そんな広大な空間に収められているのは、俺の箱庭生活の最中に生み出された数々の物品だ。二億年掛けて作り出されたそれらの総量はそれだけの広さが無ければ収まりきらない。
空間内には石造りの巨大過ぎる建物が作られている。俺たちが今いるのもその建物の中で、中には幾つもの部屋があり、部屋ごとに種類分けされた物品が置かれている。
「おーい、エレナちゃーん。正気に戻って」
「あ、ああ……」
硬直していたのは、5分ほどだったか。その間ずっと【空間画像保存(セーブ・シャッター)】をやっている訳にもいかず、いい加減待ちくたびれていた所で、イレーゼがエレナを現実に引き戻す。良くやったと褒めてやらんことも無い。
「こ、これは一体、何なのだ?」
ま、当然その質問は来るよね。ただし、馬鹿正直に答えるつもりはない。
ヴェクターとイレーゼの二人にさえ、偽りの情報しか渡していない。エレナにだけ真実を伝える要素などどこにも無い。
「日凪に代々伝わる、超古代魔法文明の遺産だ」
ニューアースが完成してから人類は幾度と無く誕生と絶滅を繰り返してきた。
今の神と人間の共存の関係が完成するまでに、人間は強大な魔の存在や天変地異といった要素によってことごとく淘汰されてきたわけだが、それまで兄貴たちは何の策も講じずに人間を生み出していたわけではない。
まだ神という存在が兄貴たち以外に存在しなかった頃に、兄貴たちは生み出した人間に対して、魔法のシステムに関するあらゆる英知を実験的に与えてみた。
それは確か六十七回目の絶滅を経験した後の事だった気がするが、その前回、前々回と魔によって瞬く間に淘汰された事に、兄貴たちは人間たちの個々の力の弱さが原因だという結論を出して、個々の力を上げる為にそんな事をした。結果人間は誕生より三万年以上の時を生存し続け、逆に魔を淘汰し、与えられた英知を元にさらに魔法を進化させ、文明を発展させ続けた。
しかし、それまでだった。
人間の愚かさは新たに生み出された別種の人間であっても変わらず、最終的にはその発展しすぎた魔法文明が原因で人間は自滅し、六十八回目の絶滅を経験する事になった。
結局その後もまた何度かの絶滅を経験した上で今の人類が存在するわけだが、その六十八回目の人類が残した、負の遺産とも言える物は今の時代でも極少数だが人間の手に渡り活用されているのだ。
「いや実は俺って故国じゃそこそこ立場のある家の生まれでさぁ、まあ何ていうの? その気になればこれを自由に持ち出せる事ができたんだよね。んで、出奔する時にくすねて来たんだわ」
一応兄貴が兄貴だから、家の階級はそこそこではあったが、それ以外は十割が真っ赤な嘘だ。
とはいえ、その事を根拠を持って疑うことはまず不可能だろう。発展しすぎた魔法文明時代とやらで使用されていたのは、所謂古代級神位級のクラスの魔法である。故に同じような事がその遺産で再現できるかどうかで言えば、答えは可能だからだ。
ましてや、ニューアースでは最高ランクの魔法が最上級であると誤認されている。これは兄貴たちが失敗を踏まえて認識を意図的に誘導した結果であり、個人レベルであればともかく、人間側で全体レベルで超級以上のクラスの魔法が認識されたことは、誕生してから一度たりともない。
誰しも到底理解できない光景を目の当たりにした時に、いかにもそれっぽい説明がされれば、そうであると納得してしまう。だからこそ、この【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】が個人の力によって実現されているなどとは、夢にも思わないだろう。
「所謂『古代遺物』と呼ばれる代物か」
「そうそう、それ」
そう言えばそんな名称が付いてたな。余りにもそのまんまだから、逆に忘れてたわ。
「これは、凄いな……月並みな言葉だが、それ以外の感想が抱けない」
心底感心した表情。さすがにそこに疑いの成分は含まれていなかった。
「しかし、ここに私を連れて来て何をするつもりだ?」
「何って、あんたの服をどうにかするんだろうが」
「あとイレーゼの腕も!」
「ああ、そういやそれもあったな……って、言った側からウロチョロするな!」
ちょっと目を放した隙にどこかに行こうとしていたイレーゼを取り押さえる。油断も隙も無い。
「さてと……出て来い、プロストミアたち!」
捕獲したイレーゼをヴェクターに任せ、手を打ち鳴らす。即座に周囲の空間が歪み、呼びかけに応えて出現する。
出て来たのは直角的なフォルムの、ウサギとトラを足して二で割ってデフォルメ化したような外見のぬいぐるみ。
総勢五体。彼らは俺がスキル【使い魔創造】によって生み出した使い魔である。
彼らの主な役割は【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】の管理である。
スキルの一つに【解体Ⅹ】を持っており、それを使い俺が殺して亜空間に放り込んだモンスターの死体を解体して素材ごとに分別したり、あるいは作って適当に放り込んだ物を種類ごとに整理して部屋に整理してくれたりと、面倒事を文句の一つも言わずにやってくれるとても便利な存在だ。
ただ一つ難点を挙げるとするならば、比較的精神年齢が低く、多少やんちゃなところがある事か。ここの天井にある青空の落書きも、こいつらが描いたものだ。
「服が先だな。服飾部屋に運んでくれ」
「―――(ムイムイ)」
このクソ広大な空間を、徒歩で歩いて移動していたのではあっという間に時間が過ぎ去っていく。その為、この空間内を移動するにはもっぱら転移魔法を使うのが常である。
だが、俺がこの空間内で自主的に転移魔法を使うことは滅多に無く、基本的にこいつらに使わせている。
一人につき一体が張り付き、転移魔法を発動させて目的の部屋の前まで転移する。必然的にハブられた一体が、どこかしょんぼりした姿勢で遅れて転移してくる。ドンマイだ。
「この者らは?」
「説明が面倒。まあ番人みたいなものだと思ってくれれば良い」
それ以外に説明の仕様が無い。
「シュウポン、イレーゼもこっから何か貰って良い? ローブ溶かされちった」
「お前に選ばせると後が怖いから駄目だ。代わりの物をこっちで選んでおくから、ジッとしておけ」
「ちょっとは信用してよ」
「お前、その言葉を吐く前に、前回ここで何をしたかを思い出せ」
よもや忘れたとは言わせない。後始末がどれだけ大変だったと思っている。
「ああー、この扉を開ければ良いのだろうか?」
「遠慮するな。どんどん入れ」
扉を開けば、中に広がっているのは、前の世界で言うところのデパートの売り場だ。
向こう側の壁が、俺の視力を以ってしても見えないほどに無駄に広い空間の中に、様々な衣服がハンガーに掛けられた状態でぶら下がっていたり、あるいは防具の類がマネキンに装備された状態で陳列されている。
ここに置いてある物全てが、俺が二億年の箱庭生活の中で生み出した物であり、尚且つ一度も着用していない物だ。ニューアースでこのエリアだけを開放して店を経営するだけで、国家予算を上回る売り上げを上げられる、そう断言できる程にここに置いてある物は、ニューアースの者からすれば垂涎物の代物ばかりだ。
「こ、これは……ここにある物、全てが……魔法の防具か!?」
目玉が飛び出るんじゃないかと心配になるぐらいに見開いたエレナが、擦れた声で言う。
ここにある物を一括で防具と総称していいのかどうかはさて置き、その疑問に答えはイエスだ。というより、箱庭生活を始めて二百年が経った頃には、僅かな例外を除いて俺が作る物全てに、何かしらの魔法的効果が付与されるようになっていた。ただの防具では、箱庭で使うには余りにも心許ないからだ。
「これほどの物を、一体、どうやって……」
「日凪四千万年の歴史だ」
まあ四千万年どころか、その五倍の年月の成果な訳だが、二億年前には今の人類は存在していないので、適当な数字を挙げておく。
「ああっと、その、つまりだ。私がここに連れて来られたという事は、この中のどれかを私にくれると、そういう認識で構わないのか?」
「半分正解で、半分ハズレだ」
再び手を鳴らし、プロストミアたちを集める。
そしてエレナを指差し、言い放つ。
「採寸」
「「「「「―――(ムイムイ)!!」」」」」
俺の号令を聞いたプロストミアたちが、一斉にエレナに飛び掛かる。
「ちょっ、いきなり、何を―――!?」
「という訳で、正解は一から作って贈呈、でした」
「待て、どうしてわざわざ、そんな事をする必要が―――」
「生憎、あんたの体に合うサイズの服はここには無いんだよね。主に胸周りが」
ニューアースで作られた魔法の防具や衣類はそうではないが、俺の作った物には、わざわざ着用者の体に合わせて大きさが変化するなどという効果は付与されていない。何故ならば、基本的に着用するのは俺しかおらず、稀に人型の隷属化したモンスター用に用意する場合は、俺自身がオーダーメイドで作っていたからだ。
一応作った物の中には、気まぐれで作った、イレーゼが着ている服のように俺が着るにはサイズが小さすぎる物や、またはヴェクターが着ている物のように俺が着るにはサイズが大きすぎる物はある。だがその気まぐれで作った物の中にも、人間の女性の体系に合わせて作った物は一つ足りともない。
要するにここにあるラインナップは、全て子供用か男用の物しかなく、その為イレーゼのような幼児体系の奴ならばともかく、エレナのように完全に成熟した女性の体を持った者の為に用意しようとすれば、今回のように一から作るしかないのだ。
「なんかイレーゼが馬鹿にされている気がする!」
「単にお前がガキだと思っているだけで、馬鹿にしてはいない」
「なるほど、なら大丈夫だな!」
このやり取りも慣れたものだった。
「んで、次だ。魔法薬をありったけと、それと『骨肉粘土』を持って来い」
手の空いているプロストミアに命じて、目的の物を運ばせる。
程なくして、両腕に魔法薬の入った瓶と、薄桃色の土塊を抱えたプロストミアが戻ってくる。それらを受け取り、魔法薬を喉の奥に流し込む。
【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】は非常に便利な魔法であり、この中に居れば例え箱庭であっても絶対の安全が確約される。にも関わらず、俺はこの空間内に必要以上に長居した事は無い。何故ならば、この空間内に俺を含めた人間が足を踏み入れた瞬間から、その人数に応じた量のMPを毎秒消費していくからだ。
俺一人でこの空間に足を踏み入れた場合、大体八時間も居れば俺のMPはスッカラカンになる。今回は俺以外にも三人居るので、二時間も居れば俺のMPは枯渇するだろう。今もステータスを確認すれば、ベガスのスロットなんて目じゃない速度で数字は目まぐるしく変動している。
そしてここからが重要で、万が一人が空間内に居る状態で俺のMPが枯渇した場合、空間を維持できなくなり、消滅する事になる。中にある物も漏れなく道連れにだ。
つまりは、俺のMPが枯渇した時点で俺は空間の消滅に巻き込まれて死ぬ。高いステータスなど何の意味も為さない、一瞬の出来事だ。
それを避けるためにも、現在進行形で減少していっているMPを回復薬を用いて回復させる。これでMPの減少に多少の歯止めが掛かる。無論、限界はあるが。
「という訳で、俺の命が空間ごと消滅する前に、エレナの衣類とイレーゼの腕をどうにかする必要がある訳だ」
エレナの方は問題ない。服を作るのに必要な生地や糸などは全てこの空間内に保管されているし、プロストミアたちは【裁縫Ⅹ】のスキルも持っている。所謂魔法の素材であっても楽々と扱い、高性能の衣類を作ってくれることだろう。
問題はイレーゼの腕で、こればかりは俺がやらねばならない。
「シュウポン、それで何をするの?」
「これでお前の腕を作るんだよ」
錬金スキルを駆使して作れる『骨肉粘土』は、捏ねて人体の部位の形に整えて欠損した部位に宛がうと、成分が本物の血肉へと変わり、欠損した体構造を再生させられる効果がある。
この部屋ではないが、空間内にある別の部屋にはこの『骨肉粘土』を捏ねて作った、俺のあらゆる体構造の代替品が保管されている部屋がある。体構造を欠損した際に、即座にそれを再生させられるようにする為である。
しかし『骨肉粘土』にも欠点があり、欠損した部位に宛がう際に、欠損した体構造と同じ大きさでなかったとしても、お構いなしに成分の変遷が起こるのである。
つまりは、手首から先が吹っ飛んだ時に、肘までの形を象った『骨肉粘土』を押し当てても『骨肉粘土』は本物の血肉に成り代わり、結果的に吹っ飛ぶ前よりも大幅に長くなった腕を抱える事になる。『骨肉粘土』はあくまで血肉に成り代わるだけで、細かなサイズの調整などは全て捏ねる側がしなければならないのだ。
これがまた非常に神経を使う作業であり、俺も『骨肉粘土』を錬金したばかりの頃は、中々欠損した部位と同じ大きさの物ができず、最終的にくっつけて血肉に変えた瞬間に、自分が形を整えやすいように改めて切断して捏ねるなんていう事をする羽目になった。
まあ今では捏ねすぎて、例えどの部位の体構造がどれだけ欠損しようが、即座に欠損した量と同じ大きさの体構造を捏ねられる自信があるが、それはあくまで、二億年間捏ね続けた自分の体の話である。これが他人の体となれば、また話は別だ。
その欠損した者―――今回の場合はイレーゼの体にあった大きさの腕を、慎重に生み出さなければならない。間違っても、断面の太さが違うだとか、長さが違うだとか、そんな失敗はしてはいけないのだ。
「……面倒臭い」
想像しただけで面倒臭い。おそらく作業には、何時間どころか何日も掛かるだろう。
だが俺はやらなければならないらしい。明確な理由は俺自身にも分からないが、啖呵切った手前、やらなければいけない。
「イレーゼ、その状態のまま動くな。軽く採寸するから」
軽く採寸といっても、反対側の腕と欠損した腕の両方のデータを取った上で、どの程度の割合で欠損しているのかを算出し、尚且つどんな形に整えれば良いのかを確かめる為のものである。手を抜く事は許されない。
それが終わったら、とうとう実際に粘土を捏ねる作業に入る。ただし、普通にやったのでは時間が掛かりすぎるので、自分自身に【時間加速(タイム・アクセル)】を掛けた上でだ。
「【隔離部屋(アイソレイション・ルーム)】」
さらに念のため、自分の動きを見られたら面倒な事になりそうなので、自分の姿が外部からは見えないようにして、作業に取り掛かる。
制限時間は、エレナの衣類が完成しそれを彼女が身に付けるまで。俺の見立てでは、どれだけ作業が長引いたとしても、通常の流れの時間で六時間といったところだろう。
……うん、死んだな、俺。
――――――――――――
「やった、俺はやったぞ!」
いざ実際にやってみると、作業は思いの他トントン拍子に進み、当初予想していた時間の半分以下の時間で腕を完成させることができた。ただし、それに費やされた俺の精神はプライスレスだ。
完成したそれを、簡単に整えた(荒々しく引き千切られた断面を少量の『骨肉粘土』で平らにした)腕に押し当てる。
すると変化は劇的で、薄桃色の粘土はたちまちにイレーゼの肌と同じ色に変化し、また血が通い自然なものへと変わる。それを見たイレーゼが腕を何度か振って、感激する。
「うぉおおおおう、イレーゼの腕が戻った! シュウポン、ありがと!」
「おう」
一方、エレナの方も作業が完了していた。
デザインは溶かされた儀礼服と同じ、ただし素材の関係で色違いとなった物。これだけでエレナのスペックは大幅に上昇しているが、さらについでに、サイズの合った手袋やブーツなどを贈呈、身に着けてもらっている。これで生存率も飛躍的に伸びただろう。俺の負担も減るというものだ。
「私からも改めて礼を言わせてもらおう。これほど立派な物をくれるとは、感謝しても仕切れないな」
「気にする事は無い。元々は先人が集めた物だし、実際に作ったのはプロストミアたちだ。俺は何もしていない」
「ふむ、まあ、そういう事にしておこう」
何かしら気付いた―――というよりも勘付いたと言ったほうが正解か。疑いの根拠となるようなものは、何一つ掴ませてはいないはずだ。
まあそれぐらいは想定の範囲内だ。最終的に俺が認めない限りは、エレナがいくら自分の中で仮説を立てようとも、それは仮説でしかない。
「しかし、説明はされていたが、実際に目の当たりにするとやはり驚くな。こんな便利な物が存在するなど、私は今まで知らなかったぞ」
「便利とか思えるのは、自分が捏ねて形を整えてないからだ。実際にやる側からすれば、恐ろしく繊細で神経を磨り減らす作業だ。便利なんて言葉には程遠い」
「確かにそうかもしれないが、それを差し引いても、その粘土の価値は計り知れないぞ。世の中に不毛な芸術品を流出させる、自称芸術家の人間に作業をやらせれば、欠損した部位を抱える者たちが連日押し掛けて来るだろう。良ければその粘土の作製法を教えて欲しいくらいだ」
「こっちじゃ原材料が手に入らないから無理」
これは嘘だ。原材料は用意しようと思えば、こちらの大陸でも用意できる。
必要なのは、上質の魔力の宿った粘土と、同様に上質の魔力の宿った血肉と骨。それらを混ぜ合わせ、そこに幾つか特殊な薬品を加えて数日放置すれば完成する。
ただし、作成するにはⅧ以上のランクの錬金スキルが必要であり、それを俺が持っているという事を知られれば、間違いなく面倒な事になるので、教えたりはしない。
「んじゃま、出ますか」
余り長い間この空間に留まってボロを出す危険を増大させる意味は無い。そして何よりMPの残量が結構ヤバイので、早急に立ち去る。
因みに採寸の折に、プロストミアたちに頼んでその光景を【空間画像保存(セーブ・シャッター)】でちゃっかりと激写して貰っている。後で暇ができたら、現像してもらうとしよう。
――――――――――――
そんなこんなもあって、二十三時間などあっという間に過ぎ去った。まあ俺の体感時間は、二十三時間どころの話ではないのだが。
「もう二度と他人の為に粘土は捏ねない」
そんな決意を露わにしておく。何かすぐに撤回する羽目になりそうだが。
それはさて置き、先程から周囲が騒がしい。周囲の音を拾っていくと、騒動の原因らしき内容の会話がチラホラと聞こえてくる。それを鑑みる限り、すぐにでも俺のところに飛び火して来るだろう。
「すまない、少し良いだろうか?」
「ほら見ろ、来たろ?」
「な、何がだ?」
「いや、こっちの話」
「そうか、ならいいが、そんな事よりも―――」
「転移できないのは知っているし、原因も分かっている。だけどそれは現状ではどうしようもない」
エレナの言葉を先回りして、答えと一緒に提示する。増長な会話など、誰も求めてないだろう。
「周辺一帯に、転移阻害の結界が張られているんだろ。これは術者が解除するか、もしくは術者を殺すしか解除は不可能だ。だけど、その術者が現状ではどこの誰で、どこにいるのかは分からないから、打つ手がない」
さっきからあちこちで転移魔法を封じた結晶を砕いては、効果が発動しない事に戸惑いの声が上がっている。その原因を作り出しているのは、もしかしなくとも魔側の仕業だ。おそらくは、また魔人でも襲撃して来たのだろう。
ただし、今回のは前の二体とは少しばかり毛色が違うらしかった。最初から姿を現して襲って来るのではなく、姿を表さないで先に転移阻害の結界を張って逃走を封じるなど、搦め手を使って来ている。俺の経験上、そういう絡め手を使って来る奴は面倒臭いと相場が決まっている。
転移阻害の結界というのは、ランクで言えば上級に該当する、俺からすれば低階位の魔法だが、面倒な事に明確な対処法というのが存在しないのだ。
発動させてしまえば、例え神位級の魔法であっても転移する事は許されず、術者をどうにかして解除するしかない。箱庭でも散々使われて苦しんだ記憶のある魔法だ。
「敵襲か……!」
さすがにエレナは切り替えが早い。これが頭の回転の鈍い奴が相手だと、同じ説明を二回も三回も繰り返す必要があっただろう。
「取り敢えず、これ以上結晶を砕くのをやめさせとけ。どうやったって転移はできないし、無駄に消費するだけだ」
「分かった」
しかし、連日続けて魔人の襲撃があるとは、面倒な事極まりない。さすがにジュベルをもう一度呼び出す訳にもいかないし、現状で残った戦力(ただし俺を除く)で対処しなければならない。いけるか?
「おい、あいつら前線に配置されてた奴じゃないか?」
「本当だ。あの制服は、ムンバオとバルネイカのか。あいつらが配備されてたのって、100番以降の区画じゃなかったか? どうしてこんな所に」
「多分、あいつらも転移できなかったんじゃないか? それで、ここまで徒歩で移動して来たとか」
「まあ何にせよ、あいつらに直接聞いてみればいい。もしかしたら、原因を知っているかもしれないだろ?」
ソリティアの近衛騎士たちがそんな会話を交わしながら進む先には、確かに統一された装備を身に付けた兵士が数人、固まって歩いていた。
足取りは胡乱気で覚束なく、瞳には生気が宿っていない。口からは生乾きの血と涎が垂れ流され、何より全身の所々に傷を負ってちる。つまりは、どこからどう見ても死んでいる。
「そいつらに近付くな!」
怒鳴って静止しようとするが、一瞬遅く、先程までの覚束ない足取りが嘘のようにそいつらは走り出し近付いて来た近衛騎士に飛び付き、首筋に噛み付き―――そして爆発した。
「……は?」
予想の斜め上をいく光景に、俺も含めた全員が硬直していた。
しかしそんなのはお構い無しに、さらに同様の装備をした兵士たちが現れ、俊敏な動きで襲い掛かり、そして爆発する。
慌てて騎士たちや冒険者たちも応戦するが飛び付かれた瞬間に爆発するそいつらに接近戦を挑む事ができず、何もできずに死んでいった。
まともに応戦できたのは、最初だけだ。すぐに防御陣形も瓦解し、各々が思い思いの方向に逃げ始めた。
だがそんな事は、俺にとってはどうでもいい。そんな事よりも、別の事で俺の頭の中は一杯だ。
奴らは死んでいる。それは間違いない。そして死んでいるのに動いているという事は、即ち奴らが生きる屍―――ゾンビであるという事を示している。
だが俺の知るゾンビは、間違っても俊敏な動きで走ったり、ましてや飛び付いた瞬間に爆発したりなどはしない。
目の前で起きているのは、あり得るはずのない現象。そして俺は、そのあり得ない現象を引き起こす手段を知っていた。
「クソがっ、どこのどいつだ! 超級闇属性魔法の【生きた死者の汚い爆弾(ダグ・ミルガギン)】の外法を使いやがった外道は!」
人間を生きた爆弾に変える、超古代魔法文明の最中に兄貴たちの手によらず生み出された、兄貴たちから絶対に使うなと厳命されている禁忌指定の魔法が使われていた。
感想に、ローブが横流しされたのに補償がないのはおかしいのではないかという指摘がありました。そちらでも返信をしましたが、一応弁解させていただきますと、補償をしていない訳ではありません。しかしのちのネタバレになりますので、言及は控えさせていただきますのでご了承ください。
今後とも誤字脱字報告感想等、あわせて質問なども受け付けておりますので、よろしくお願いします。




