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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
三章「魔の饗宴」
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不思議で愉快な世界にいらっしゃい

今回もあまり話は進まない、閑話みたいな感じです。

「本部と連絡が付いた。防衛ラインを退げるそうだ。我々の区画だけでなく、既に前線区画のいくつから連絡が途絶えているらしく、一端戦略を見直す必要が出てきた」

「妥当な判断ですわね。手順は?」

「前線側でまだ無事な部隊から順次退却を始める。我々が退却を始めるのは18:00頃になるそうだ」

「あと二十三時間……ほぼ丸一日ありますわね」

「仕方あるまい。さすがに一斉に退却するわけにもいかないからな。そもそもこんな事態は全くの想定外だ」

「確かに、今回は今までのとはまるで違いますわね」


 『アスバル迷宮砦』の第74区画の天幕の一つの中で、区画担当者の中で中心的人物であるエレナとエミリーの両者が額を付きあわせて話し合っている。

 因みに俺も同席しているが、完全に蚊帳の外だ。まあ『大侵攻』の経験がなければ、集団戦の経験もないから、当然と言えば当然なんだが。


「こんな初期の段階で魔人が現れるなんて事、私が『大侵攻』に参加する以前からも起こった事もありません。普段ならば一般のモンスターを尖兵として送り込み、我々がある程度消耗した所を実力者を中心に叩いて被害を齎すのが常でしたが、今回は既に二体、うち一体は成り立てである事を差し引いても、もう一体。おまけにその魔人は正体不明の魔獣によって連れ去られたと。誰がどう考えても異常事態ですわね」

「魔人についての事態が奇妙なのは勿論だが、個人的にはその魔獣も同じか、それ以上に奇妙だと感じる。あんな個体は今までに見た事がないし、何より魔人が赤子扱いだった。ごく最近生まれた新種だったと仮定しても、余りにも強すぎる。何故か我々には一切興味を示さなかったが、万が一再び出現し我々に牙を剥くような事があれば、齎される被害は想像を絶するものに成るだろう事は間違いない」


 やっぱりジュベルはやり過ぎたか。せめてもうちょいグレードを下げるべきだったな。

 つか、ここまで騒ぎになったら、今後一切目撃情報がなくなるってのも不自然極まりないよな。これ終わった後もちょくちょく召喚しとくか。姿を見せるだけで十分話題になるだろうし。


「まあ、分からない事をこれ以上議論するのも不毛なだけだろう」

「賛同致しますわ。それよりも今後規定時間までどうするのか、話し合ったほうが建設的でしょう」


 ん、エリンズはどうしたかって? あいつなら他の近衛騎士と一緒に、不貞の輩どもを締め上げてるところだ。


「バルスクライ側が一番被害が大きいですわね。次いで冒険者側で、ソリティアの被害が最も軽微ですわ。さすがは近衛騎士団と言ったところでしょうか。

 ひとまず冒険者の面々を二つに分けて、バルスクライ側とソリティア側にそれぞれ割り振り、各グループで警戒をするのが最も妥当なところでしょうか?」

「いや、それよりも冒険者側に警戒を一手に任せた方が良いんじゃないか? そして我々ソリティアとバルスクライが、陣地構築を行う。余り大掛かりな物を築くのはできないが、簡易なものでも短時間持ち応えるのならば十分なはずだ」

「なるほど、そういう案もありますわね。ではそれでいきましょう」


 どうやら話も纏まったか。ちょうど良いタイミングだ。向こうも野暮用が済んだみたいだ。

 しかし残念だ。たった今纏まった案を実行するのは、限りなく困難だろう。冒険者集団はたった今から負傷者集団にジョブチェンジしたからな。


「ふう……ただ今戻りました」

「エリンズか。ちょうど今案が纏まったところだ」


 顔に疲労は濃く表れてるが、相変わらずムカつくエセ爽やかな雰囲気を振り撒いているエリンズが天幕に入ってきた。


「こちらもちょうど済んだところです。まったく、姫様の痴態を見ようなどとは、不届き千万な輩たちです」

「物凄いブーメランだな」


 余りのショックに記憶から消去してるけど、最初にその痴態を見て鼻血を噴出して死に掛けたのはお前だぞ。


「むっ、そう言えば、早いところこの格好もどうにかせねばな。バロバクト殿、済まないが私に変わって指示を通達してくれないか?」

「畏まりました。お任せください」


 優雅な一礼をして天幕から出て行く。ついでにエリンズも。両者とも無駄に礼節がなっていて腹立つな。


「しかし、参ったな。本部ならばともかく、この場に代えの服は無いぞ……」


 今のエレナの格好は、ほぼ裸に俺の四哭獣のローブを羽織った状態ね。

 個人的には早くローブを返してほしいが、どうやら代えの服が無いようで。ま、あの儀礼服っぽいやつ、素材からして明らかにこの大陸基準で最高級品だったからな。そうそう数を揃えられないんだろ。


 因みに代えの服が無いなんて不潔なんて事は無い。魔法の中には衣類や体の汚れなどを一瞬で消し飛ばす魔法だってあるのだ。箱庭時代にはかなり重宝した。

 まあそれとは別に普通に風呂には入ってたけどね。日本人には風呂は必須だよ。


「どうしたものか……」

「シュウポンに頼めば良いと思うよ!」


 頭上の天幕ブチ破ってイレーゼが降って来る。何で普通に登場できないのか。


「イレーゼ登場!」

「天幕も備品なのだがな……」

「気にしない、気にしない!」


 気にしろよ。どうせエレナは後で俺に修繕するように言ってくるんだから。


「服が無いならシュウポンに頼めば良いと思うよ! イレーゼも無くなった腕を治して貰おうとしていたところだし、物のついででどうにかしてくれるよ!」


 なに勝手に決めてんだよ。どうにかならない事も無いが、どうにかするつもりはないぞ。

 ってか、さりげなく腕を治して貰おうとか、厚かましすぎやしないか? 一応お前、俺の奴隷っていう立場だろうが。


「ついでって……いや、どうにかなるのなら是非ともその言葉には甘えたいが。というか、その腕は治るのか? 切断されたのであれば繋げられるが、君の場合重力波で引き千切ったせいで、長さが足りなくなっているだろう」


 そうそう、ただ切断されたならばともかく、欠損した体構造は回復薬ごときじゃ元に戻らないんだよね。

 欠損した部位をまた新しく生成するには、回復薬じゃなくエリクサーが必要になる。ただし。このエリクサーは作るのが恐ろしく面倒もとい、材料が恐ろしく稀少で、俺も三本しか持っていない。ぶっちゃけイレーゼに使いたくは無い。


「大丈夫! シュウポンならきっと治してくれる!」

「その根拠の無い自信の出所を、是非とも知りたいものだ」


 俺も知りたいな。エリクサーは使わないと今しがた脳内会議で決定したばかりだというのに。


「やってくれるよね、シュウポン! あそこに連れて行けば一発っしょ?」

「ええー。百歩譲ってエレナは良しとしても、お前の腕をどうにかする義理は欠片もないんだけど?」

「という事は、手段はある訳か……」


 あっ、やべえ。言質取られた。

 イレーゼ、お前のせいだぞ。どうしてくれる。 


「ええっ!? シュウポンやってくれないの!?」


 途端に悲しそうな顔をする。と思ったら、すぐに笑顔を浮かべる。


「まあ、それならそれでいっか! 片腕で生活するのも面白そうだし! あははははっ!」

「めっちゃポジティブだなオイ」


 片腕が面白そうとか、その立場の人に聞かれたら問答無用で蹴り喰らうぞ。


「あー、すまないが私からも頼んで良いか? 私が頼めた立場ではないのは百も承知だが、彼女は今回の件における最大の功労者だ。できる限り報いたい。君が彼女の腕を治せるというのならば、是非とも治して欲しい。

 勿論、君が何をしようとも、私が何を目撃しようとも、一切口外しないことを約束する。それにタダとは言わない。何なら【空間画像保存(セーブ・シャッター)】を使っても良い」

「マジで!?」


 何だそのクソ魅力的な提案は!


「う、うむ。約束は違えない」

「……でもなぁ」


 提案は確かに魅力的ではあるが、エリクサーとは明らかに見合わないんだよな。

 作成するのに必要なスキル自体は、ティアマントと戦う以前から揃ってたんだよ。でもそれから今までで、消費した分も含めて作成したのは三桁に満たない。

 単純な計算で、一本作るのに百五十万年掛かる代物なんだよね。


 まあエリクサー以外にも手段はあるんだけどさ。そっちの方もやっぱりぶっちゃけちゃうと面倒くさい。


「いや、面倒くさいはいくらなんでも酷いだろう」

「あっ、声に出てたか」


 事実だし聞かれても困らんから良いけど。

 それにふざけている訳でもない。本当に面倒くさいのだ。


「……いっそ兄貴たちに頭下げるか?」


 兄貴だったら、神パワーとかそこら辺で簡単に治してくれそうな気がする。


『やだよ面倒くさい』

「やっぱあんた、俺の兄だわ」


 自分の事ながら、兄弟揃って救いようが無いな。


「シュウポン、お願い」

「片腕で生活するのも面白そうなんじゃなかったのか?」

「よくよく考えたら不便な事の方が大きかった」

「よく考えなくてもそれぐらい分かれよ」


 ちょっとこいつの頭が本格的に心配になってきた。


「何がいけないの?」

「何もいけなくねえよ。単純に面倒くさいだけだ、割とガチなレベルで」

「んじゃあ、やる気出させる。イレーゼの処女やる!」

「割と本気でいらねえ」


 例え年齢的にセーフでも、さすがに見た目中学生、下手すれば小学生に見える奴に手を出したりはしない。


「んなら、抜くの手伝ってあげる。それならセーフ、合法っしょ」

『どう思う?』

『セーフね』

『余裕でセーフよ』

『合法だね』

『…………』


 本当にしょうもねえな、この至高神共は。


「いや、普通にアウトの違法だ」

『ヘタレめ』

『ヘタレね』

『ヘタレよ』

『ヘタレだね』

『…………』


 マジで黙れよお前ら。いやヴィスヒツさんは一言も発してないけど。


『それぐらい別に良いだろ? 何だかんだ言って間接的に助かっているのは事実だろう。多少骨を折ってあげても良いんじゃないのか?』


 俺の物差し的には多少どころの骨折りじゃない。


『薄情者め。そんなんだから浪人するんだ』

『だから彼女ができなかったのよ』

『むっつりスケベ』

『甲斐性なし』

「分かったよ、やれば良いんだろ!?」


 浪人云々は関係ないだろ!


「ど、怒鳴ること無いじゃん……」

「今のはいくらなんでも大人気なさ過ぎるだろう」


 ほら見ろ、兄貴たちのせいで俺の株が急下落だ。

 しかもイレーゼに至っては完全に涙目な状態で頭を抱えながらびくびくと俺を見上げてる。何コレ罪悪感半端ない。


「ったく、ヴェクター!」

「…………」


 天幕の外で待機させておいたヴェクターを呼び寄せる。


「とりあえず、またあそこ・・・行くから、お前イレーゼの目付け役やれ。どこかに勝手に場所に行ったり、勝手に何かを触ったりさせないように」

「…………」


 喋れ! 知ってんだぞ、本当は物凄く饒舌だってこと!

 まあ初めて知った時は驚いたがな。思わず「キェェェェアァァァァシャァベッタァァァァァ!!」とか叫んじまったよ。当然エレナには白い目で見られた。


「開け、ゴマ」


 指パッチンと一緒に唱える。呪文に意味はないが、何となく唱えたくなるから不思議だ。

 ついでにどうでも良い話だが、指パッチンて音的には指パチンの方が正しい気がする。


 まあ、それらはさて置き。

 指を鳴らして眼前に見た目からして重々しい、赤焼けた色の両開きの扉を出現させる。

 出現させられる扉の大きさは、俺の意思で自由に変更できる。今回の場合、本来の大きさで出すと余裕で天幕突き破るので、天幕内に収まる手ごろな大きさに調整して出現させる。


「これは……」

「おおー、出てきた出てきた」


 扉にはそれぞれに意匠が凝らしてあり、左側の扉には五本の柱の中心に人間が跪いている装飾が施されていて、反対の右側には多数の龍の姿が装飾として施されている。

 左側の装飾は至高神であり箱庭創造者である五人の天才と箱庭唯一の住人である俺を表していて、右側の装飾は箱庭最大の生命体である龍が表されている。

 そんな事は知りもしないが、その扉の言い表しようのないある種の威圧感は感じ取れているらしく、エレナは緊張した面持ちで扉を見ていた。反対にイレーゼははしゃいでいたが。


 ただ、いつまでもそうしているわけにもいかないので、先導して俺が扉を開けて中に入る。それに続いてイレーゼ、ヴェクターが入り、最後にエレナが意を決して、慎重に足を踏み入れる。


「なっ……!?」


 驚きに驚きを重ねたエレナの表情は、中々愉快だった。とりあえず【空間画像保存(セーブ・シャッター)】をこっそりしておく。


 扉の向こう側に広がっていたのは、悠久の豊かな緑の大地。大地と木々がちょうど良い割合で存在し、天から注ぐ日差しが俺を含めた四人を心地よく照らす。

 だが天井を見上げれば、広がるのは青空ではなく人工物の天井。どこまでも続く石造りの天井の、今俺たちがいる位置の真上には、子供の落書きのような青空が書かれているのみ。どこから太陽の光が降り注ぐのか、俺以外には誰にも分からないだろう。


 見晴らしの良い地平の彼方を見れば、遠目にだが人口の石造りの壁が存在するのが見える。それと天井を見れば、この光景が人工物の内部に存在するものだと分かるだろう。

 

「ようこそ、【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】へ」


 いつまでもフリーズしたままのエレナに、お決まりの文句を言う。

 だがフリーズが解けることは無かった。




【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】って何っていう人は2章第2話の「神話というのは要は捏造話である」の後書きををご覧ください。

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